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閑話 聖なる夜に 後編

 孤児院の応接室で、カリーナは壮年の貴族と向かい合って対応していた。貴族相手の対応ということもあってか、いつものおっとりとした表情の中にも一抹の緊張が見て取れる。


「急な訪問で済まないね。もう少しはやく、こちらに来る旨を伝えておくべきだった」

「いえ、お気になさらないでください」

「なにか困ったことがあれば、いつでもいってくれ。すぐに人をやろう」


 カリーナの前にいる貴族とは、かつて孤児院の土地を狙うやくざ紛いの連中とトラブルが起きたときに仲裁してもらった時からの付き合いだ。それ以降、定期的に孤児院の周辺の警戒やこうした援助をしてくれている貴族である。

 それでも、身分の違いだけはどうしようもなくそこにある。カリーナは目の前の貴族が悪い人間でないとは知っていても、緊張を解けないようであった。


「今年も一年、本当にありがとうございました。おかげさまでまたつつがなく冬を越えられます」

「いや、貴女たちの自助努力の結果だろう。先ほど子供たちの顔を見たが、生き生きとしてじつに楽しそうだ。我々の少ない援助だけではこうはなるまい」


 彼はリリィが運んできたお茶を飲みながら、彼女の消えたドアを見ながらそう言った。 カリーナはそんな彼のことばに嬉しそうに頷いた。


「ええ、子供たちも頑張ってくれていますから」

「貴女は本当に子供たちが好きなのだな」

「私の子供たちですもの、当然です。これからクラウスの日のお楽しみ会をするのですが、伯爵様もご覧になっていかれますか?」


 カリーナの誘いに、伯爵と呼ばれた彼は「いや」と首を振って苦笑する。


「残念だが、貴女のような魅力的な女性と長く一緒にいると、妻に嫉妬されてしまう」


 彼の冗談にカリーナは苦笑する。緊張もだいぶ薄れてきたようで、話の終わりを察して、ティーカップを置いた彼に頭を下げた。


「本日はお忙しい中、ありがとうございました」

「構わないよ。せっかくだから、孤児たちの様子を見せてもらってもいいかな?」

「もちろんです」



 * * * * *



 コロッケと聞いて目に見えてうきうきとしているメアリを横目で見ながら、ルナは調理道具をてきぱきと並べていく。メアリの様子からこの世界でもコロッケは正義らしいと察するが、今回ルナが作ろうと思っているコロッケは、おそらくメアリが想像しているコロッケとは少し違う。


「今からコロッケを作るのよね?」

「いや、揚げ物ができるだけの油なんてウチにはないからね。油は高いし、いくらお楽しみ会とはいっても基本は節約志向でいくよ」


 よほど楽しみなのか、先ほどと同じ質問をしたメアリにルナは苦笑しながら答える。


「じゃあはじめようか。アランさんはここにあるジャガイモを茹でて下さい」

「わかった。皮は剥かなくていいのか?」

「しっかり洗いさえすれば、むしろ皮のほうが栄養あるくらいなので、剥かなくていいですよ」


 もともと、孤児院の食事はそこまで十分ではない。孤児たちにはできるだけ栄養は摂ってほしいルナが、せっかくの栄養源をみすみす捨てるわけがなかった。


「そうなんだ。っていうかルナちゃん物知りだね」

「それほどでもないですよー」

「ねえルナ、わたしは何をすればいいの?」


 メアリの問いに、ルナはなにやら粗めの白い粉をフライパンの上にしき、その粉を指さした。


「メアリには、このパン粉を焦がさないように炒めてもらおうかなと思ってるんだけど……」

「まかせて!」


 メアリは元気よく答えると、重そうなフライパンを両手で持ってえいっという可愛らしい声とともに、そのまま大きく上に振り上げ、当然の結果として、そこまで広くはない厨房内に白い粉が舞った。




「……正直、こうなるんじゃないかって気は薄々してたわ」

「ごめんルナ……」


 メアリがぶちまけたパン粉をアランと共に掃除し終わり、ルナはため息をつきながらそう言った。メアリが言うには、東の市の屋台で見たフライパン返しをしたかったらしい。


「確かに焦がさないようにとは言ったけど、少しゆするだけでもいいんだからね?」

「……はーい」


 少し落ち込んだ様子でフライパンをゆすり始めるメアリのとなりで、ルナは慣れた手つきで玉ねぎをみじん切りにしていく。 すこしして、メアリがルナに自分のフライパンを指した。


「ルナ、パン粉はこんな感じでいいの?」

「どれどれ……お、そうそうこんな感じ」


 ルナはメアリからフライパンを受け取ると、綺麗なきつね色になったパン粉を別の容器に移して、そのまま先ほど切った玉ねぎを炒めはじめた。


「メアリ、次に入れるひき肉を準備してくれる?」

「わかったわ……よいしょ。意外と重いね」

「おねえさんがおまけしてくれたのよ。これからデートなんだって」

「へー。あの二人、順調なんだ」


 ルナの口からおねえさんと聞いてメアリが思い出すのは、東の広場の肉屋の看板娘だ。ルナ達が宝飾の露店主と引き合わせてから3ヵ月ほど経っているが、二人の関係は順調に進展しているようであった。


「で、この肉を玉ねぎを炒めてたフライパンに投入する……と」

「これがコロッケの具になるんだね」

「そうそう」


 焼きあがった具を、アランに潰してもらっていた茹でた芋の中にいれてよく混ぜる。

 混ぜ終わると、ルナはコロッケの具になるはずのそれを大皿に盛りはじめた。


「え、ちょっ、コロッケを作るんじゃなかったの?」

「そうだよ。まあ見ててよ」


 ルナの行動に慌てたメアリの言葉に笑って返し、ルナは大皿に平らになるように詰めた具の上に、メアリが炒めたパン粉を具が見えないくらいまで薄く敷いていく。


「それで、これにオリーブオイルをかけて、温めておいた窯で5分くらい焼く」

「ここ、窯なんてあったんだ」

「薪を結構使うからなかなか使えないけどね」


 窯の中をのぞきながらそんな会話をして時間をつぶし、しばらくたって皿を取り出すと、きれいに焦げてコロッケの色をしていた。


「完成! 『スコップコロッケ』!」

「おおー、コロッケの匂いがするよ、ルナ!」

「ふふふ、ちょっと形は違うけど、スプーンで食べるとちゃんとコロッケの味がするんだよ。ここの片づけをしたら、遊戯室に持っていこうか」



 * * * * *



「おじちゃん! もっとちょうだい!」

「すまない、これで最後なんだ。私はもうすぐ帰らないといけない」


 コロッケもどきが完成する少し前、孤児院を訪ねていた貴族の男は持参していた飴玉をくばり、遊戯室で孤児たちに囲まれて困ったように眉尻を下げていた。彼は貴族ではあるが、幼い子供たちにとっては身分の違いなど関係なく、ただアメをくれる優しいおじちゃんでしかない。

 当初は彼の身分を知っているカリーナとリリィはどうしようかと困惑して子供たちを諌めようとしたが、彼は構わないと二人に首を振った。


「旦那様、そろそろ時間です。次の場所に向かいましょう」

「そうだな……おや、君は本を読めるのか」

「はい! ルナ姉がおしえてくれてんです」


 ずっと脇に控えていた従者の言葉に促された去り際に、彼はリリィの持っていた本に目をとめてリリィに話しかけた。話しかけられたリリィは緊張しながらも、姉と慕っているルナの話ができるのがうれしいのか、使い慣れない様子の敬語で答える。

 リリィはルナから文字を教えてもらい、軽い小説程度ならばなんとか読めるようにはなっていた。この世界でのこの年の子供、それも孤児としては十分に高水準の教養があると言える。


「ルナ姉とは?」

「わたしのお姉ちゃんです。このあいだ11歳になって、わたしにおべんきょうを教えてくれるんです」

「……そうか。私にも彼女と同じ年頃の娘がいるんだが、これが可愛くてな。去年の誕生日にねだられたプレゼントはなんだったと思う?それが週に一度……」

「旦那様」

「コホン、では帰ろうか。……そうだ、君さえよければ、将来ウチの事務として働かないか?」

「え!?」

「いまうちは人手不足なんだ。信頼できる人間が1人でも欲しい……まあ考えておいてくれ」


 どんどん冷めていく従者の視線に、男は居心地悪そうに咳払いをして「ではな」と遊戯室を出る。その後ろ姿に何故か違和感を感じ、リリィは不思議そうに首を傾げたのだった。




「今の人は……? みんなー、お料理できたよー」

「あ、そうか、メアリ姉なんだ」


 しばらくしてルナが出来上がったお皿を抱えて遊戯室に入ってくると、リリィは得心したようにうなずいた。


「どうしたのリリィ、なにかあった?」

「ねーねー、さっきの貴族のおじちゃん見た?」

「カリーナさんのとなりにいた人? 角を曲がるところをちらっとだけ。それがどうかした?」

「うん。どこかで見たなーっておもってたら、メアリ姉のかみの色だなって」


 一人納得したような表情を見せるリリィに、一瞬ちらりと後ろ姿を見ただけのルナは実感が湧かずに「へぇ~」と気の抜けた返事をする。 確かに今のメアリのパーティーのために磨かれた髪なら、普通の貴族と同じように見えても納得だな、くらいの感想だった。


「それで、メアリ姉はいまなにしてるの?」

「アランさんと一緒に片付けしてくれてる。先に持って行ってあげて、だって」


 その後、片付けが終わったメアリたちと、見送りを終えたカリーナが遊戯室に揃い、お楽しみ会がはじまった。



 * * * * *



「……旦那様、いくら我々の人手が足りないからといって、あんな幼い子供を勧誘する必要はなかったのでは?」

「まあそういうなスコット。ウチが猫の手も借りたい状況なのはお前も知っているだろう」


 孤児院から離れていく馬車の中で、渋い顔をした従者に手をひらひらと振りながら鮮やかな金髪をした貴族――ジェフィードはなだめるように言った。


「ですが……」

「陞爵で、昔より信用できる人間の選別が難しくなったんだ。私もさっき思いついたんだが、孤児院からの登用というのもなかなかいい発想だと思うが」


 ジェフィードはこれまで孤児たちのことを庇護する対象だとは思っていたが、教育をほどこして自分たちの戦力にすることまでは思いつかなかった。


「まあそんなことはおいおい考えていけばいいさ。いまは今夜のメアリへのサプライズのことを考えようじゃないか」

「確かメアリ様には、今日は遅くなると言っていましたっけ」

「うむ。私がいなくて寂しく思っているだろうメアリを、これから早く帰って驚かせようと思ってな」



 * * * * *



「やった! ビンゴ!」

「まだ10個も数字を言ってないのに……メアリって運いいよね」

「そうかな?」


 馬車の中で、ジェフィード達がそんな会話を交わして屋敷に帰り着いたころ、当のメアリ()はルナ達孤児院のメンバーと一緒に、お楽しみ会のビンゴゲームで盛り上がっていたのであった。








作中に出てきたコロッケもどきは、10月くらいに話題になったスコップコロッケです。レシピはグーグル先生に聞けば出てきますので是非お試しあれ。

本編は12/26から、これまで通り一日おきに投稿します。

詳しくは活動報告をご覧ください。

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