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36. 追跡

グロ描写あります。

 メアリが拐されたと聞いたルナがとった行動は単純だった。

 普段冷静に物事を判断する頭は真っ白になり、食堂でも使った魔術【影遁】ですぐさまジェフィードの書斎に突撃したのだ。

 突然黒いもや(・・)とともに掻き消えたルナの姿に、残された団員達が驚くだろうということも、ルナの頭からは綺麗に抜け落ちていた。

 いきなり部屋の隅に出現したルナに執務机で憔悴しきった顔をしてたジェフィードが目を丸くしてたが、それに構わずルナは彼に詰め寄る。


「当主様! お嬢様が攫われたとはどういうことですか!?」

「ル、ルナ君か? 君が手引きしたんじゃないのか?」

「していません! それより、状況を教えてください!」


 ジェフィードがルナに疑惑を持っていたという事実に、ギリリと歯噛みしたルナはジェフィードに必死に言い募る。

 タイミングがタイミングだけにその疑いももっともではあるのだが、ルナはここで諦めて誘拐犯をみすみす逃がすようなことはしたくない。

 そんな鬼気迫るルナの様子にひとまず納得したのか、ジェフィードは「ついて来い」とルナに言って書斎を出た。


「いつ、誘拐されたんですか?」

「今朝だ。いつの間にか侵入していた青年に、怪我をしたアランの代わりに護衛につけていた自警団員は殺され、メアリはそんな青年に逆らわないようにしてそのままついていったらしい」

「他のみんなに危害が及ばないように……ですか」

「恐らくは、な……ここだ」


 ジェフィードに案内されたのは、屋敷の1階にある客間だった。メアリはここでくつろいでいる最中に攫われたのだという。

 床や壁は犠牲になった自警団員のものであろう血液で赤く染まっていた。

 その異常な量の血糊を見てルナは顔をゆがめる。


「首に…両腕、ですか」

「…そうだ。彼は両腕を落とされ、最後に首を落とされたようだ。絶叫を聞いたという証言がある」


 自警団を家族のように思っているジェフィードも怒りで顔が歪んでいる。

 ルナはその手口にふと引っかかるものを感じ、ジェフィードを見た。


「すみません、遺体を見せてはいただけませんか。腕だけでも、ぜひ」

「……わかった」


 ジェフィードもここまでくるとルナを疑うのは無駄だと判断したらしい。素直にうなずくと、ルナを遺体が安置してある部屋に案内した。


 部屋に入ったとたんにつんとした独特の臭い――死臭と、それを打ち消すための香の匂いが鼻につく。

 それに構わずルナは布をかけられた死体に近づき、手を合わせたあとその切り落とされた腕を手に取った。

 その腕の断面をみたルナは思わず呻く。


「やはり……」

「なにかわかったのか?」


 ジェフィードがルナに期待したような視線を向ける。捜査に進展がないのだろう。

 決して自警団は無能というわけではないが、ルナの推測が当たっていた場合、現在の自警団には荷が重い相手だ。


「十中八九、元同僚です」

「まさか、十二将か」

「ほんとにその呼び方やめてください。…まあそうですが。

 この一方向から力が加わって切り落とされたものとは違う、全方位から均等な力を受けてすっぱりいかれたような断面は、剣や槍ではできません。これは、鋼糸によるものです」

「……《天蜘蛛》」

「ええ、間違いないかと。……私に、追わせてください」


 真剣な目でジェフィードを見つめるルナを、ジェフィードも当主としての顔でしっかりと目を合わせ、最後の確認にとルナに問う。


「……裏切っては、いないんだな」

「はい。私の『主』たるお嬢様を誘拐した時点で、奴は私の敵です」

「わかった。団員を一人つける、好きに使ってくれて構わない」

「いえ、結構です」

「何故だ?」

「アレと相対するには4年前ならともかく、今の自警団では力不足です。

 彼の実力が4年前と変わっていなかったとしても、今のメンバーだと彼を殺せる可能性があるのはアランとスコットの二人がかりのみ、それでもよくて相打ちです」


 自警団の弱体化はジェフィードがもっとも感じているはずだ。

 ジェフィードはぐっと言葉に詰まる。


「それに、そもそも【影遁】で私に追いつけるような闇魔術師が自警団にいますか?」

「あれは【影遁】だったのか!?」


 【影遁】は高難易度の闇魔術で、その名の通り影を伝って離れたところまで移動するものだ。

 地味なイメージがあってあまり人気のない闇魔術の最後の希望である……ということはさておき、現在存在する魔術の中では唯一の高速で長距離の移動が可能な魔術である。

 しかしそんな一見便利に見える影遁だが、魔力をあつかう際に必須の『影に潜る』というイメージからして難しく、また影に潜っている最中にそのイメージが崩れると、影の中に飲まれて帰ってこられなくなる可能性が出てくるという危険なものだ。

 それを防ぐため術者は、イメージを保つための呪文を唱えながらゆっくりと影に潜り、また影の中でも念仏のように呪文を唱えながらすすむことになる。それでも移動速度は馬よりも早く、危険性はあるものの重宝されている魔術だ。

 しかし、ルナはそれを無詠唱で、それも一瞬で影に潜っていた。

 甘く見ていた訳ではなかったが、それでも目の前で見せられたのはジェフィードの想像の埒外にあった。


「…仕方ない、私は『暁の槍』についてもう一度調べなおしておく。メアリを頼んだ」

「お任せください。お嬢様は無事お連れします」


 言うが早いかルナの姿は再び闇をまとってかき消えた。









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