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35. 疎外

 これからどうしようか。ルナは王都に帰る馬車の中で考える。帰ったらまずはジェフィードからの尋問があるだろう。

 座りこんだ床からじかに伝わる振動は、行きの馬車に比べてずいぶんと荒い。


 ルナは現在、スーリヤ家の一行と共に王都への帰路にいた。メアリたちはすでに王都に向けて先行し、ルナは遅れていく自警団の馬車の1つに乗っている。

 ジェフィードの指示で、今回の襲撃で出たけが人の介抱をしているのだ。

 介抱とはいっても、その実は体裁のいい隔離なのだが。

 しかし、そんな命令でさえも本来の主であるメアリをきちんと通すジェフィードの几帳面さにルナは苦笑する。


 けが人に負担をかけないよう、ルナの乗る馬車はゆっくりとすすみ、ジェフィード達の2日遅れで王都に到着する予定だ。


「ルナちゃんごめん、包帯を巻きなおしてくれないかな」

「あっ、はーい」


 この馬車に乗っているのは、食堂から離れたところで戦闘してけがを負った、ルナの事情を知らない者たちだ。

 そんな彼らは、まだ12歳のルナに大けがをした自分たちの世話をさせていることに申し訳なく思いつつも、甲斐甲斐しく世話をやいてくれるルナに顔をほころばせていた。


「ん? ルナちゃんってそんなキャラだったっけ?」

「あー、こっちが素で、あっちが仕事モードです。メアリ様の侍女として仕事をするときはクールなメイドさんなんです」

「いやクールって自分で言う……?」

「今はメアリ様の侍女じゃないので」

「ふーん」


 自警団の青年は、ルナが素でいるのは今の仕事がメアリの傍にいることではないからだ、と納得したようだ。

 『メアリの侍女』として振る舞うということは、いわばメアリの庇護下におかれた存在だと主張することでもある。

 普段はそれを誇らしく思うルナだが、今の状況でのそれは逃げでしかないと思っていた。


 ルナはあの食堂での一幕から今にいたるまで、一度も手足を拘束されるようなことはなかった。

 《黒猫》を相手に無駄だと思ったのかもしれないが、その素振りすらなかったのだ。

 別荘でも自室での待機を言い渡されたものの、当然その部屋には窓もあり、監視付きとは言っても体裁だけのものだった。

 今もこうしてけが人の介抱という名目でこの馬車に乗っている以上、一切の身体の制限は受けていない。


 ―――逃げたければ逃げろ


 ジェフィードの無言の声をルナは正確に汲み取るが、逃げるつもりなど微塵もなかった。

 今更逃げたところでどこに行けと言うのだろうか。

 メアリを『主』だと定めた今、メアリと離れ、孤児院に戻ったとしても死んだように生きるのがオチだ。


 それに、ルナがこっそりと報告書を読んだ限り、100人以上の自警団員が『暁の槍』壊滅作戦のあと殉職もふくめて再起不能になり自警団を辞めている。四肢のどれかを欠損するなんて珍しくもないような惨状だったようだ。

 それだけの被害をもたらした『暁の槍』の構成員、しかも幹部クラスのルナに、自警団を第二の家族のように思っているスーリヤ家の面々が思うところがないわけがない。

 それにもかかわらずルナを逃がそうとする彼らの内心の葛藤を考えても、逃げることなどできなかった。


「ぐっ…」

「ん? どうしたんですかバージルさん…ってうわっ、傷が開いてるじゃないですか」

「だ、大丈夫だからルナちゃんは気にしなくていいよ……」

「そんなわけないじゃないですか、軽く縫合しますんでちょっと我慢してくださいね」

「えっ、ちょっ縫合ってルナちゃんその針どこから出したのいたぁぁあ!……くない?」


 まだ若い自警団員は現在進行形で縫われている自分の腕を恐る恐る眺めながら、伝わる痛みが想像よりもはるかに軽いものだったことに首をかしげる。


「魔術で麻酔かけてますんで痛みはそんなにないと思いますよ。

 ただこれ闇属性の〈鎮静化〉の性質を使ってるので血の流れも悪くなるんですよね。

 細胞が壊死する前にさっさと縫いますんで暴れないでもらえると助かります」

「ルナちゃんって闇魔術使えたのか!? それにやけに縫合も手慣れてるよな…」

「昔取った杵柄ですよ」

「一体なにやってたんだ……」

「はい、縫い終わりましたよー」


 こんな学院にも通っていないような小さな子が一体なにをしていたのかというバージルの訝しげな視線を笑顔で流し、ルナは今度はまた他の女性の団員のもとへ向かう。



 そもそも、迷ったメアリを助けるようなお人好しな面のあるルナに、けが人を見捨てて逃げろと言うのも無理な話だった。


 馬車はゆっくりながらも順調に進み、王都のスーリヤ家の屋敷に着いた。

 しかし、なにやら屋敷の中の様子があわただしい。


(なにか浮足立ってる…?)


 どうにも、ルナの一件とはまた違ったトラブルが起きていそうだ。

 けが人とはまた違う、まだ新しい血のにおいを嗅ぎ取ったルナは馬車の皆が何があったのだろうと疑問符を浮かべる中一人緊張する。

 いやな予感がしながらも、怪我がだいぶ治っていたため様子を聞きに行った団員の帰りを待つしかない。


 と、その自警団員が傷口が開くのにもかまわずに、血相を変えてかけよってきた。


「大変だ! メアリお嬢様が誘拐されたらしい!!」

「…は?」


 瞬間、ルナの目の前が闇に染まった。







少し遅れました。すみません

現在、いただいているたくさんの感想への返信が滞っておりますが、全て読ませていただいています。

本当にありがとうございます。

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