30. アリス
アリス、メアリ、それにルナの三人で食卓につき、少し遅めの夕食を摂りながらメアリの将来についての話は続いた。
「いい機会だからきちんとお話ししましょうか。ルナちゃんは、メアリと一緒に王立学院に入る気はない?」
「学院……ですか?」
ルナは習ったテーブルマナーがきちんとできているか不安に思いながら言葉を返す。
「ええ、メアリは最低でも普通科に行くことになるのだけど、付き人としてルナちゃんを同行させたいの。でもそれだけだと完全寮制だし、ルナちゃんもつまらないでしょう?
魔術科か騎士科、どちらかの試験を受けたければ受けてもいいわ。そして学園にいる間は、メアリと主従じゃなくて対等な友達として接して欲しいの」
「いいのですか、お母様!?」
予想外の話にメアリは嬉しそうな声を上げるが、一方のルナは戸惑っていた。もともと学園へ付き人として付いていくことは予想していても、自分が通うことは全く考えていなかった。
「私は構いませんが、学費などはどうなさるのですか? それなりの額なのでしょう?」
「騎士科は特待生じゃないと入れないし、魔術科はそこまでの額じゃないわ。子供がお金の心配なんかしないで、自分のしたいことを大人にいいなさい」
「しかし……」
雇ってもらっている手前、あまり負担をかけさせたくないという悲しい元日本人の小心さが出てしまい、素直にうなずけないルナ。
「どうせ前もらった褒賞金が手つかずで残っているから、子供たちに使ってあげなさいってジェフも言っていたもの。大丈夫よ」
「……わかりました。魔術科を受験させていただきたく思います」
このタイミングでジェフィードの名前を出してまで入学を勧めるアリスに、ルナは何か裏があると察した。
ルナが今度は素直に頷くと、アリスは安心したような微笑みを浮かべ、メアリは少し考えた後、きっと決意した顔でアリスを見た。
「お母様、それならば私もルナと一緒に魔術科を受験します」
「お嬢様!?」
「ルナちゃん、諦めなさい、こうなったらメアリは何を言っても止まらないわ」
ルナは従者に合わせる主人ってどうなんだろうと思ったが、アリスの台詞とメアリの楽しみにしている表情を見て溜息を吐いた。
「わかりました。お嬢様と共に魔術科を受験致します」
「よろしくね! ルナ」
底抜けに明るいメアリのセリフを聞いて、ルナはこれはこれでいいかと思うのだった。
その夜、普段は王都に情報収集に出ている時間、手持ち不沙汰なルナは部屋で寝間着のまま軽い鍛錬をしていた。
この別荘での使用人用の部屋は二人部屋だ。しかし、今回の旅行に同行した女性の使用人はアリスの侍女三人と料理人一人、護衛の女性騎士二人にルナの七人だけだったため、希望したルナが一人部屋となった。
十五分ほど体を動かしていると、ふとルナは扉の向こうに気配を感じて鍛錬を中止した。
「……ルナちゃん、起きているかしら?」
少ししてルナの部屋のドアをノックしたのはアリスだった。どうやらメアリが寝るのを待っていたようだ。
「はい、なんでしょうか」
鍛錬で多少乱れた服を直し、ドアを少し開けてルナは顔を出す。
「実はね、さっきの話に関連してルナちゃんにお話があるの。部屋に入ってもいいかしら?」
「かしこまりました、どうぞ」
さっきの話とは学園の件だろう。ルナはアリスを部屋に招き入れ、仕事モードで応対する。
「それで、どのような御要件でしょうか」
「そんなに堅苦しくしないでいいわ。今はお仕事ではないのだから、普通に話してくれないかしら」
アリスに問い掛けるルナにアリスは苦笑しながら言った。
「……わかりました。ただ、年長者で身分も上のアリス様への敬語は改める気はありませんよ」
そう言ってルナも苦笑を返す。
「あら、笑うと普通の女の子なのね。まあ敬語ぐらいなら認めましょう。ルナちゃんの自然な表情が見れただけでも満足よ」
「……要件とはそれだけですか」
「あら、脇道にそれていたわ。メアリの学園での生活についてなのだけど……」
「メアリと周囲の潤滑油になって欲しいということですか?」
どこか気まずそうに言うアリスにルナが、当主様と伯爵夫人ってこういう表情は似てるんだな、とぼんやり考えながら先回りして言うと、アリスは驚いたような顔をした。
「メアリに聞いてはいたけれど、本当に聡いのね。その様子だと、私達の置かれた状況もわかっていると見てもよさそうね」
3年前に伯爵位へと昇格したスーリヤ家、それもきっかけとなる大功があったとは言え大きな理由が治安の維持という誰でもできる(ように見える)ものだ。
同じ伯爵位の貴族の大半はスーリヤ家をどこか見下しており、子爵以下の貴族では嫉妬の眼差しをスーリヤ家に向ける家が大半である。
そんな中、メアリは貴族では珍しい一人娘、それもかなり将来の楽しみな美しい顔立ちをしているのだ。アルトと婚約するまでは婿にどうかという縁談が大量に舞い込んでいたらしい。要するに乗っ取りである。
アリスはルナにメアリと親しくすることで、スーリヤ家の一人娘であるメアリが安易に他人につけこまれ、利用されないように露払いをして欲しいのだろう。
この女性は、どこか抜けている雰囲気ながら意外に策士だ。幼少期、さぞジェフィードは苦労したことだろう。
ルナが推測を口にすると、アリスは感心したようにうなずいて認めた。
「よくもまあそこまで把握できているものね。
その通りよ、メアリに近付く人間を第三者として見極めて選別して欲しいの。だから学園ではしばらくメアリの侍女ということは伏せて、ただのメアリの平民の友人として、あの子の側にいてくれないかしら。
貴女の雇用契約の内容は聞いているから、あくまでもお願いになるのだけど、どうかしら」
「もしかして、私のことをなかなか他の令嬢に紹介させないようにしていたのもこのためですか?」
「ええ、貴女を知っている人は全員スーリヤ家とつながりがあって、口外しないよう頼める信頼のおける人たちよ。
……それで、お願いできる?」
アリスの真摯な視線をまっすぐに見つめかえし、ルナはここは真面目にせねばなるまい、とまとう雰囲気を優秀な侍女のそれに変え、首を縦に振る。
「承りました。お嬢様がその手の輩にそうそう騙されるとも思いませんが、保険はあった方がよろしいでしょうし」
要は潜入しての簡単な諜報と工作である。その手の行為はルナは専門外ではあったが、一応ひと通りの訓練はこなしており、全くできないというわけではない。
とはいえ保険として気楽にやればいいのだから、実質ルナのやることはただの友達Aとしてメアリと学園生活を楽しむことだけだ。
「迷惑をかけるわね」
しかしルナの能力を知らないアリスは心底すまなさそうな顔でルナを見る。
アリスから見たら、いくら優秀とはいえ娘とそう年齢のかわらない元平民の女の子に、娘の貴族社会の中でのお目付け役を頼んでいるのだ。
ルナが普通の娘ならばどう考えても荷が重かっただろう。
「私が好きでやっていることですからお気になさらないで下さい。このくらいできないで、どうしてあのお嬢様に付いていけましょうか」
ルナが微笑を浮かべて言うと、アリスは安心したようににっこりとほほえんだ。
「末長くメアリをお願いね、ルナちゃん」
「はい、娘さんは必ず幸せにします」
先程までとは一転して、いたずらっぽく笑っておどけて言うアリスに、ルナは素に戻って同じように笑い返し、深く頭を下げた。
お母さんとのお話でした。
百合…いや、ならない…はず、うん
ストックが尽きました。
次回から更新頻度は二日に一度程度にしようと思います。




