28. 北へ
メアリ達が西の市への脱走して以降、スーリヤ家の屋敷の警備は一段と厳しくなった。主に内側に対して。
メアリはルナを自分が命令したのだと庇ったが、ルナは家政婦長のばあやにこっぴどく叱られ、もうこんなことがないように『スーリヤ家に迷惑をかける行動をしない』と約束させられるのであった。
メアリももう抜け出すようなことはできなくなり、刺繍やダンスの練習で溜まった鬱憤は剣術の訓練で発散させているようだ。
ちなみに例の料理長は、面倒臭がったのではなくうどん作りの修行中だったようで、メアリに出せると納得するまではうどんを作らないと決めていたらしい。
屋敷に届いた大量の小麦粉がうどんに変わるのは、料理長が納得のいくまで修行を続けた結果、秋の終わりまでかかることになった。
その日、メアリの好物にうどんが追加されることになった。
そんなこんなで日常が過ぎ、この世界で冬の始まりとされるある日、メアリ達は王都の北にあるレクタン湖の湖畔まで旅行に行くことになった。
「お父様が旅行に行こうって誘ってくださるなんて珍しいわね。ウチが伯爵家になってから忙しそうになさっていたし」
と、メアリはゴーレムの馬が牽く馬車の中でそう言った。ゴーレム馬車はすでに王都から出て北への街道を走っている。
「秋のメアリの脱走で、ジェフもメアリに溜め込ませてはいけないって学んだみたいね。メアリが爆発する前に遊ばせておこうってことじゃないかしら」
そう返したのは、同じ馬車に乗るメアリの母親、アリスである。馬車には他にメアリの専属侍女としてルナと、道中の護衛の一人としてアランが乗っている。ゴーレム馬車の周囲には、護衛としてついてきた自警団が乗る馬車が一台同行している。
アリスがジェフと愛称で呼ぶジェフィードは、出立の直前に舞いこんだ緊急の仕事をこなしてから追いつくそうだ。
「お母様、何故私が危険物であるかのようにおっしゃるのですか」
「あら、自覚はなかったの? まあやんちゃざかりの子供の扱いなんてそんなものよ。私もよく市場に抜け出してジェフに怒られていたものだわ」
メアリは母のあんまりな評価に頬をふくらませるも、アリスの返答に目を丸くした。メアリは母親は自分とは違って品行方正で真面目な人間だと思っていたのだ。
事実、アリスはメアリが生まれてからそう思われるような振る舞いを心掛けていた。
「お母様もそのようなことをなさっていたのですか?」
「ええ、だから貴女が脱走したと聞いた時は血は争えないなぁと思ったものよ。書き置きの文面まで同じで、ジェフが頭を抱えていたわ」
そういってコロコロと愉快そうに笑うアリスの顔はメアリが初めて見るもので、今までの厳しくも優しい母とは違い、いたずらっぽく瞳を輝かせてとても可愛らしいものだった。
娘が自分と同類だとわかり、今までメアリに悪影響を与えないようにと被っていた猫が剥がれたらしい。
メアリは自分の知る母と目の前の本性を出した母とのギャップに唖然とする。
「とはいえ、そんなメアリにもストッパーになってくれる人が身近にできたのは喜ばしいことね。こちらが必要以上に心配する必要が無くて助かるわ」
そんなアリスはメアリの隣に控えているルナに視線をうつして続ける。
「私にはジェフがいたから、そこまでの暴走はせずに可愛いものだったのだけど、メアリはどうなのだろうかと心配していたのよ。私達みたいにじっとしていられない人種って、どうしても問題を起こしやすいじゃない?」
おどけてそう言うアリスの話を聞くと、アリスとジェフィードは親戚同士で幼馴染なのだそうだ。幼い頃から破天荒だったアリスにジェフィードはメアリの誕生まで振り回されていたらしい。
アリス曰く「可愛いもの」だと言う騒動で若き日のジェフィードは胃薬を常備するようになったのだが、そのことにアリスは気付いていない。
「そうですね、ルナには感謝しています。西の市でもルナがいなければ私、時間を忘れていた自信がありますし」
「そうでしょう? そういう自分の行動に最後まで付き合ってくれる友達は大事になさい。
ルナちゃんもこれからもメアリをよろしくね、奔放だし、主としては頼りないかも知れないけれど、悪い子じゃないから」
アリスは主達の会話に口をはさまないようにアランと共にずっと黙っていたルナに話し掛けた。
「こちらこそよろしくお願いします。私にとってもお嬢様は初めての歳の近い友人でもありますから、全身全霊をもってお仕えさせていただきます」
ルナの返答に、アリスは満足げに頷く。
「さっきまでずっと黙っていた堅物っぷりといい、たまにイタズラ好きなところといい、貴女はジェフによく似ているわ。貴女達、きっといいコンビになるわよ」
「コンビって……お母様? 何を仰っているのですか?」
「ジェフがルナちゃんを貴女の専属にしたのは大正解だったということよ、メアリ」
うふふと笑うアリスと、その答えにやや不満げなメアリ。
メアリ達一行は、本性を出した母に慣れず翻弄されるメアリ、話し掛けられない限り無言を貫くルナやアランと楽しそうに語らいながら北へと向かっていた。




