27. ???
「これは……」
深夜、ある屋敷の暗い書斎の中でうごめく影が一つあった。影の足元には外された肖像画と、その下にあった破られた金庫の中身が散らばっている。
その影は中に入っていたある書類に違和感を感じ、僅かな光の中正確にその内容を読み取り反芻する。
「『暁の槍』摘発作戦成果報告書、各十二将殺害時の詳細状況……か」
影は情報をあつかうことを専門とする男だった。
建物に侵入して情報を盗み出す腕や戦闘の腕は勿論、その場で盗むべき情報を分析、選別する選択眼も持っており、その筋ではかなり名の知れた男である。
「『暁の槍』幹部の会議室らしき部屋の円卓におかれた椅子は13個、騎士団と自警団の連中は十二将と総帥のものだと考えたみたいだが、本当にそうか…?」
素早く考えを巡らせ、男はその資料を詳しく分析するために懐に入れ、部屋から退出しようとした。
「それにしてもここの警備、ザル過ぎだろ……」
評判は聞いていたが、本当にあっさりと侵入できた。ここの主人は防諜とか考えていないのか、申し訳程度の警備があるのみだった。
窓には侵入者よけなのだろう鉄格子がはまっているが、正面から入れたら意味がないだろう、と男は呆れる。
「!?」
と、突然響いたコンコンというノックの音に男はとっさに机の下に身を隠す。
(今の今まで廊下に気配なんてなかったはず……)
男がこれまで生き残ってきた理由で最も大きなものは、警戒を怠ったことがないことだ。その臆病ともいえる警戒っぷりと、生まれ持ったネズミの足音すら聞き取るほど鋭敏な聴覚とで彼はすでに中年と言える今まで生き残ってきた。
そして、その死線をくぐり抜けてきた積み重ねとして、彼は周囲とは一線を画する存在となっていた。戦闘でこそ一流とは言えないが、総合的な評価で彼の右に出る者はいない。
そんな彼が一切の気配を感知できなかった。そんな相手がただ忘れ物を取りに来た貴族なわけがない。
「失礼します」
そう言って室内に入ってきたのは
(……メイド?)
そこにいたのは黒のワンピースに白いエプロン、ホワイトプリムを付けた紛うことなきメイドだった。
そのメイドは、明るいところから暗い室内に入ったばかりだというのに瞬時に男の隠れている場所に視線を合わせ、事務的な声で云った。
「ネズミの駆除も『メイドのお仕事』でしょう。……目の付け所は悪くなかったのですが、流石に詳しく調べられてバレてしまっても面倒ですからね、見逃すつもりでしたがそうもいかなくなりました」
「……お前、誰だ」
「はて、私はただのメイドですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「嘘つけ……」
素っ気なく返すメイドに男は苦虫を噛み潰したような声で返す。
目の前のメイドは侵入者を前にしてあくまでも自然体。一見は隙だらけだが、ドア越しとはいえ一切気配を感じさせなかったことを考えると、男には彼女の隙がむしろ不気味なものに感じられた。
まずは様子見にと、男は取り出した小型の投げナイフを2本まとめて投擲する。
無造作に投げられたように見えたそれは、正確な軌道でメイドの心臓と頭に吸い込まれる。彼女は暗闇の中飛んでくるナイフを避けることはできずに突っ立っていた、ように見えた。
「……!」
「ふむ、中々の腕ですね」
気が付くと、投げられた2本のナイフは彼女の手の中にあった。
暗闇の中高速で飛来するナイフを見切り、指の間でつかみ取るという離れ業を難なくやってのけたのだ。その技術に男は背筋に冷たいものが走るのを感じる。
男にはこの緊張感を以前にも感じたことがあった。
(こいつは……別格だ……)
群を抜いている、並外れた、卓越した。そんな言葉では到底表現しえない領域にいる者。努力や経験、才能の差などではなく、根本的に人間として同じ土俵に立っていない者たち。
そんな存在と男は一度相対したことがあった。今こうして命を繋いで生きているのが奇跡だと思える体験を男にさせた彼らの名は
「十二将……」
思わず漏れた呟きに眼前のメイドが初めて表情を変える。不快げなものに。
「……今のだけで察するとは、伊達に経験を積んではいない、ということですか。ただ……その名で呼ばないでいただきたいのですが」
「なんでお前らがこんなところにいやがる……復讐か?」
十二将は何故かその名で呼ばれることを嫌う。そのことを思い出して男は間違いなく目の前のメイドが本物であると確信する。
一気に氷点下にまで下がったように感じる部屋の空気に、少しの後悔をにじませた声で男は尋ねる。
まさに蛇に睨まれた蛙の彼が今できる延命処置は会話を続けて交渉の糸口を掴むことだけだ。
「どうなんでしょうかね。今の私の仕事は忍び込んだネズミの処理だけですが」
しかし、男の儚い希望ははぐらかすような答えと取り付く島もない宣言で打ち砕かれた。
「クソっ……こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ……!」
男はギリッと歯を食いしばり、隠れていた机の陰から飛び出してメイドに向かって駆け出した。
手には先ほど投げたものより二回りほど大きなナイフが握られている。しかし、振るったナイフを彼女は身をかがめて躱し、身をひねるようように手に持った先ほどの投げナイフの柄を男の鳩尾に、続いて体を起こして首筋にそれぞれ強烈な一撃を叩きこんだ。
衝撃に意識を手放しながら、男はしかし彼女の行動に違和感を感じていた。
殺すなら男が接近した時点で首を掻っ裂けばいい。それができる実力が十二将である彼女にはあるし、それは先ほどの戦闘とも言えない一方的な展開でいやというほど理解できた。
それをしなかったということはつまり、
「情をかけた……つもりか……」
その言葉を最後に男は気を失った。
「書斎を血で汚さないようにしただけで、情を掛けたつもりはないのですが……と、こういうとツンデレのように聞こえてしまいますね」
倒れた男をチラリと見遣ったメイドは困りました、と嘯きながら男が破った金庫の中身を綺麗に整理し、肖像画を元に戻した。
「さて、当主様に見つかる前に、さっさとコレの処理をしてしまいましょう」
そういって彼女は自分の体重の倍ほどもありそうな男の体を軽々と担ぐと、書斎から退出した。
短いですがやっとまともな戦闘シーンです。
そろそろメイドさんの戦闘シーン入れないといけないかなと思ったので。
たたかうメイドさんって言っといてなんですが、戦闘描写って難しいですね。
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