24. 西の市
タイトルを少し変えました
「ねえメアリ、そういえば私達って今どこに向かってるの?」
ルナは乗合馬車の中でメアリに尋ねた。まだ早朝だからか、ルナ達以外に乗客はいない。
馬車とはいってもぱっと頭に浮かぶような数人乗りのこじんまりしたものではなく、ゆうに30人は乗れそうな車体を土魔術で造った馬のゴーレムが二体で引く大型のもので、決められたコースを巡回している。見た目や運用方法は小型のバスや市電に近い。
前世の知識を持つルナとしては、何故わざわざ馬の形を形成する手間を掛けるのか理解できなかったのだが。車輪を直接動かせばいいではないか。車と言えば何かが牽引するもの、という固定観念でもあるのだろうが、非効率である。
まあそれはさておき、
「あれ? 言ってなかったっけ? じゃあ発表します、私達の今回の行き先はぁー……西の市ですっ!」
「はあ」
ババン!!と口でいうメアリに冷めた視線を送るルナ。その反応にメアリは不満そうにする。
「うー、もっと! 反応を!」
「なによその選挙の参加を呼び掛ける標語みたいな言葉は。投票率低いの?」
似たようなものである。
「……?」
しかし、意味がわからないと首を傾げるメアリ。残念ながら現代日本の時事ネタはこの世界では通用しなかったようだ。
「まあとにかく、この時期の西の市ってことは穀物だよね? 何が欲しいものでもあるの?」
王都から西にしばらく行った大陸の中央付近には巨大な穀倉地帯が存在し、この季節の各市場は収穫されたばかりの安い穀物で溢れている。特にそれは一番近い西の市で顕著で、場所によっては70%オフという所すらある始末だ。ルナも孤児院時代に安い米類を求めて何度も足を運んでいる。
メアリならばそれも計画のうちに入れているはずだ、とルナは半ば確信していた。そして案の定、力強く頷くメアリ。
「もちろん。私が欲しいのは小麦粉よ」
「小麦粉? パンでも作る気?」
「いや、先週地理の本を読んでたらね、鉱山の爆発事故の原因の多くは粉塵爆ふぁっふぇうなやめへおえんあはい」
「馬鹿なの? ねえ馬鹿なの?」
碌でもない理由が飛びだしかけたメアリの口をルナはうにょーんと引っ張ってそれ以上の言葉を阻止する。ルナはそれ以上小麦粉の使い道を訊きたくなかったのだ。主にどの婚約者に使うかとか。
「冗談に決まってるじゃない。先週なんてもう計画の準備も全部終わってる頃よ」
ルナが手を放すと、もー、と言いながら物理的に赤くなった頬をさするメアリ。だが、その口元は隠せないほど弛んでいた。半年ぶりのルナとの遠慮のない掛け合いがどうしようもなく楽しいらしい。
実際はルナは普段から一切遠慮などしてはいないが、そこはノーカンである。口調が問題なのだ。
「……計画的犯行だと初めて認めたわね」
「あ」
やっぱりルナは容赦なかった。
「……それで? 実際のところはどうなのよ」
「うどんっていう食べ物を食べてみたいの」
「は?」
思わず聞き返すルナ。また冗談を言っているのかと思ったが、メアリの表情は真剣そのものだ。
「だから、う・ど・ん!」
「いやなんでうどん」
「え? うどんを知ってるの? 二ヶ月ぐらい前に読んだ”カガワ・バイブル”っていうお父様の持ってた稀覯本にうどんの記述が作り方と一緒にあったのよ。それで食べてみたいなぁって思ったの」
ルナは絶句した。メアリの脱走の理由にもだが、それ以上にカガワバイブルというふざけた名前の本があったことに。
香川県民は異世界にまでその版図を広げていたようだ。
「『その絹糸のように白く細長い麺が黄金色に輝くつゆの中に存在する光景はまさに眼福。さらにその味は……』とか書いてあったの。それが面白かったから食べたくなって料理長のところに持っていったんだけど、小麦粉がないって断られちゃったのよ」
著者絶対ふざけてるだろ、とルナは心の中で突っ込んだ。メアリは気付かずに続ける。
「面倒臭かったんでしょうね、ミネア料理長、バイブル受けとらなかったし。それ以来二ヶ月音沙汰がないから、もうこっちで息抜きのついでに必要なものを準備して逃げ道を塞いでやろうかと」
必要な道具は注文済みだし、完璧ね、と満足げな顔をするメアリに、ルナはメアリを本気にさせた料理長にほんの少し同情したが、それ以上に余計なことしやがってとも思うのであった。
「さあやってきました西の市です!」
西の広場の少し手前で停まった乗合馬車を降り、西の市が開催されている広場に入る。初めて来たらしいメアリは、先程から自分の知る唯一の市場である東の市との差異を指摘してはルナに報告している。
「匂いも違うんだね。石畳も殆ど濡れてない」
「東は新鮮命の生の魚介類が多いからね。必然的に魚を保存するための海水とか氷のせいで独特の匂いがするし湿気るのよ。
それに比べて西は殆ど穀倉地帯からの穀物や肉類で、魚介類はあったとしても保存がきくように加工してあるから生臭い匂いはしないし、余り湿気ることもないんだよ」
「なるほどー。じゃあこのやわらかい匂いはなに?」
「うーん、一概に何の匂いとは言えないんだけど……メアリが言いたいのは多分糠の匂いのことだと思う。メアリもお米は食べたことあるでしょ? それを小麦みたいな状態から白く加工する時に出る粉みたいなものよ。栄養価が高いから肥料なんかにも使えるわね」
「へぇー」
メアリが気付いた点に一つ一つ解説を入れていくルナ。そんなルナにメアリは次々に気になったことを質問していた。
と、メアリが一つの店舗の前で立ち止まった。市の開催日の今日、安売りをしている店の一つだ。
「ここね、ばあやに聞いた信頼できる小麦が安いお店」
「婦長も共犯者だったの……?!」
「まさか、あのばあやが協力してくれるわけないじゃない。それとなく聞き出しただけよ」
「そうよね……ってそれだけの情報を婦長から怪しまれずに聞き出しただけでも十分おかしいと思う」
なんと、メアリはうどんのために怒らせたら当主といえども頭が上がらない百戦錬磨の家政婦長を手玉にとったらしい。自分でも怒られる時は結構覚悟がいるのに末恐ろしい娘だ、とルナは戦慄した。ついでに帰ったらさっさと婦長にメアリを突き出そうとも決めた。
「たのもー」
そんなことをルナが考えているうちに、メアリはさっさと建物の中に入っていってしまう。
「いやいや違う違う。……どこでそんな言葉覚えたのよ」
ルナはそう言いながらもメアリのあとに続く。
店内に入るとまず、穀物特有のメアリが先程「やわらかい」と表した香りがルナ達を出迎えた。石造りの壁や木でできた床と質素な内装に、掃除しきれずに残った小麦粉の粉がいかにもな雰囲気を出している。
「ん、お嬢ちゃん達、おつかいか? 朝早くからごくろうさん」
カウンターの向うから、店主らしき大柄な中年男性がルナ達に声を掛けた。
メアリは全くもの怖じせずに初対面の男性に話しかける。
「おはようございます。初めてだからあんまり小麦粉の相場とか知らないんだけど、おじさん、教えてくれない?」
「おう、小麦だったら大体この袋一つで大銅貨五枚だ。粉になると手間がかかるし袋に入る量も増えるからちょっと割高で大銅貨六枚になるぜ」
店主は快活に棚に置いてある大人が両手で抱える程の麻袋を指す。
「えーっと、今の持ち合せはこれだけしかないから、小麦粉を五袋お願い」
そういってメアリは小銀貨三枚を差し出した。首を傾げて店主を見あげるのも忘れない。
「初めてにしては計算早いんだな、お嬢ちゃん。しかし五袋とはまた多いな、まあいいぜ。もうひと袋、おまけしてやろう」
あっさりと店主が釣れた。ちょろい、とメアリは内心ほくそ笑む。
メアリも大概な性格をしている。
「んー、おまけはいいから、ウチまで届けてくれたりはしないかな? 私達で運ぶには多いし」
「お安い御用だ。じゃあ住所をここに書いてくれ」
メアリは差し出された紙に屋敷の住所を書き込んだ。
それを確認した店主は顔をひきつらせて硬直し、入口近くで一部始終を見ていたルナを手招きし小声で尋ねた。
「(……なあ)」
「(恐らくご想像の通りかと)」
みなまで言われずともわかる。町娘の見た目とは程遠い教養を感じさせる丁寧な口調のルナの返答に頭を抱える店主。
「(……これってあの家の教育方法とかだったりするのか?)」
「(そう見えます?)」
朝日が昇ったばかりの早朝、見あたらない護衛、彼女の口調……と、淡々と状況証拠を並べるルナの言葉を、店主はやめてくれとばかりに遮った。
「二人で何を話してるの?」
「……もういい、あんたらはきっとパン屋の娘かなんかなんだろ。朝早くからご苦労だったな、商品はきちんとこの住所に送っておくよ。まいどあり」
朝から疲れたような顔になった店主になおざりに見送られ、二人は穀物店を後にした。
「じゃあ帰ろうか」
「え、なに言ってんの、小麦粉はあくまでもついでだよ。本命はこれからの息抜きに決まってるじゃん」
帰宅を促すルナにメアリは不満そうに口をとがらせる。
「いやでも当主様きっと心配してるよ? いいの?」
「ああうん、書き置きしておいたから大丈夫。それに午後のダンスのレッスンはちゃんと行く気だしね。あ、そうそう、この口調の時はお父様のことはお父さんか、おじさんって呼んでね」
「……まあいっか、はーい」
自信満々な様子のメアリにそこはかとなく心配になるも、これ以上気にしてもしょうがないと軽く流したルナだった。
その頃、スーリヤ家の屋敷では、メアリの部屋の中で専属のルナが一番に発見することを想定した「探さないで下さい」というノリノリの書き置きを発見したジェフィードが頭を抱えていた。
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