この曲に相応しい、君の「コーダ」を奏でなさい
千佳が倒れ伏した、その時。
小波地区、否、イザナミノミコトが敷いた戦場エリア内が正しいだろう、に、不意に素晴らしい音楽が鳴り響いた。
弦楽器、管楽器、打楽器。
あらゆる楽器で奏でられる、交響曲というのが一番近い。
高く低く、曲は流れ続けている。
甘やかで切なく、そして憂鬱に満ちているにもかかわらず透明で、芯にあるのは何とも言えない力強さ。
聴く者の郷愁を誘い、心の奥を揺さぶる音楽。
(この交響曲のタイトルは……『青春』、だろうか?)
血まみれで茫然としたまま円は、そんな、場違いなほどロマンティックな感想を持った。
ふと気付くと彼は、いつの間にか津田高校の中庭ではなく、どこまでも広がる白っぽい平原にいた。
自分だけでなく、さくやに遥、蒼司、斉木千佳。
それだけではない。
少し離れたところに片角の神鹿たる結木氏、アルビノの美しい巫女の姿をした結木夫人、大楠にナンフウ。
つまり今回の関係者全員が、黄色味を帯びた柔らかな光の中、一面に広がる平原……否。
地面と思っていたそこに、自分の姿がさざなみに揺れながら映っている。
地面ではなく、鏡に似た水面であることに、その場にいる者はほぼ同時に気付いた。
戦場エリアに重ね合わせられた、月と水との霊力で敷かれた国津神のはざかい。
「……諸君。どうだい、実に素晴らしい交響曲だろう? 今回の出来事で、君たちが奏でたそれぞれの音色を、私が、君たちにわかる形で表現してみたんだよ」
いつの間にか皆の中心に、黒髪・黒い瞳、真白のスーツに真紅の蝶ネクタイの美しい少年――すなわちヒトコトヌシノオオカミ――がいて、優雅な仕草で指揮棒を振りつつ、言う。
相変わらずのん気というかふざけている。が、彼の醸し出す圧倒的な『ただ者でない』雰囲気に吞まれ、その場にいる者は圧倒されて沈黙するしかない。
「この曲はそろそろ終わろうとしている」
彼は頬を引き、静かに言う。
「君たちにとって国生みの母であり、黄泉の女神でもある彼女は願った。君たちそれぞれの心のままに、この曲を終わらせてほしい、と。今後どう生きたいのか、あるいは心の底から自らの終わりを望むのか。君たち自身にゆだねる、とね」
ヒトコトヌシノオオカミは、不意に破顔する。
「さあ諸君。諸君それぞれの心に刻まれている、この曲……この一連の出来事に、どんな終結部をつけるのかな? 自らの心のまま存分に奏でてほしい。僭越ながら私が今から指揮を務めさせてもらうが、君たちはのびのびと自らの音を奏でてくれればいい」
少年の姿をした大いなるものは、輝く指揮棒を高く振り上げた。




