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15 月と水とめぐる夢とⅢ①

 結木蒼司は今、()()()()()()()()()()()()()()



 ナンフウがあの忌々しい怨霊にさらわれた後。

 帰宅後、蒼司は自室で『夢路をたどる』ことにした。

 『夢』の方面から怨霊を追い、ナンフウを救う為に。


 たとえ月の若子(わくご)と呼ばれているとはいえ、蒼司のような子供が『鏡』の立ち合いもなしに『夢路をたどる』など、母である『鏡』から当然禁じられている。

 が、蒼司個人としては、このままおめおめと引っ込んでいるなど耐えられない。

 多少は危険であったとしても、怨霊の手の内からナンフウを救い出さなくてはならない。

 自分のせいでナンフウは囚われたのだ、自分が助け出さなければ『男がすたる』というものであろう。


 蒼司はまだ14歳の子供かもしれないが、月の一族の『若子』。

 一人前ではないものの、ぼんやりと『子供』でいていい立場ではない。

 少なくとも自分ではそう思っている。



 『夢路をたどる』。

 これは月の一族に伝わる術のひとつだ。


 月の一族の者は本人の希望や意思に関わりなく、他人の夢と共有することがある。

 『共鳴』と呼ばれている現象だ。

 しかし、ある程度以上の能力者ならば、自らの意志で特定の個人と『共鳴』することも可能だ。

 成功率は『鏡』であっても六割弱程度と、さほど高くはない。

 が、不可能では決してない。


 物理的に距離が離れていても『夢』ならば。

 思いと霊力が強ければ、そしてタイミングが合えば、地球の反対側にいる人間とであっても『共鳴』は可能だ。

 そういう術である。


(ナンフウは今、怨霊の『月の鏡』に囚われてる……)


 『月の鏡』は月の一族の者が霊力で作り出す。

 普通の使い方は、術をかける相手の心をそのまま映し出し、自身の姿を見つめ直したり自覚し直したりさせるために使う。

 だが、実は裏の使い方もある。

 術の対象者にとって心地のいいものを(術者が意図的に選んで)見せ、その『夢』の中でしか生きられないように心を狂わせ魅了するという、呪術の一種でもある禁断の技だ。

 怨霊はその禁断の技を使ってナンフウを縛ったのだと蒼司は察している。


(あの怨霊……)


 蒼司の想定以上に、月の一族としての能力が高い。

 潜在能力が高いだけでなく、(裏も表も関係なく)その能力を使う技そのものを伸ばすのが、とんでもなく早い。

 蒼司は、相手の能力や手強さに恐ろしさや疎ましさと感じるのと同時に、ワクワクするのを否めなかった。


 母は身内だし別格だから、端から戦うつもりなど(少なくとも今は)ない。

 が、自分より頭ひとつくらい上の存在、しかも敵と認定できる相手と戦えるというめったにないこの機会に、蒼司は、自分が思っている以上に気持ちが高ぶっていた。

 好敵手と出会ったバトル漫画のヒーローのような気分なのかもしれない。

 自室にこもると彼は、着替えもそこそこに霊力を高め、練り上げる。

 夢路をたどり、斉木千佳の夢の中へと!


(ナンフウを縛ってるお前を、今度はオレが縛ったる!)



 薄闇の中、意識だけになった蒼司は進む。

 自他の夢の境界は、一面の薄闇だ。

 時々、何か影のようなものが蠢いてそばをすり抜けてゆくこともあるが、蒼司は無視して進む。

 あの怨霊の気配、あの怨霊の放つ霊力だけを、彼は全身で探る。


 どのくらいそうしていただろうか。

 客観的にはさほど長くはなかっただろうが、蒼司の主観としてはかなり長く辛抱強く探った結果、怨霊すなわち斉木千佳の『夢』を特定できた。

 用心しながら彼は、そっと近付く。


 今現在、彼女は、生霊が怨霊化した存在として小波の近辺をうろついている。

 それはつまり、彼女の存在すべてが夢の中にあると言って過言ではない。


(ちょうどええ。アンタを丸ごと、俺の『鏡』の中へ閉じ込めたる!)


 そうすれば自然とナンフウも確保できる。

 アレをどう処理するか、確保した後に大人たちと相談すればいい。

 比較的安易に、蒼司はそう考えていた。


「……我が名は結木蒼司。光と闇のあわい・生と死のあわいであるあおにおいてすら、自らで自らをつかさどる者であれかし、との願いにより名付けられし者。我が真名において斉木千佳へ命じる。月の鏡に映る己れを見つめ、己れの真の姿を知れ」


 ささやき声で祝詞を唱え、蒼司は、自らの霊力で創り出せる最大級の月の鏡を、油断しきっている斉木千佳へ向けた。


 向けた……その後。

 彼の記憶は曖昧だ。

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