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13 月と水とめぐる夢と①

 とにかく、今後の作戦を詰めようということになった。

 キョウコさん……イザナミノミコトが手際よく紅茶を淹れ(木霊たちには頃合いの白湯)、配ったあたりで夫人のスマホが鳴った。

 ちょっと失礼します、と断り、夫人はスマホの画面を確認し……何故か眉をひそめる。

 立ち上がり、部屋の隅へ行って二言三言話した次の瞬間、彼女は息を呑んだ。


「何や? どないしたん?」


 結木氏が問うと、さっきよりもさらに青ざめた彼女が大きく息を吐き、言った。


「蒼司が……眠ったまま、目覚めなくなったって……さくやから、連絡が」

 

 場の空気が凍り付く。

 一拍遅れ、円もこの状況が『ただならぬ』ことを覚る。

 眠ったまま、目覚めない。

 ()()()()()()()()()()だ。


「……猶予はなさそうだな」


 低い声でつぶやいたのはイザナミノミコト。


「ちくしょう」


 そう吐き捨てたのは円だったのか結木氏だったのか。


「諸君。1時間後、『おもとの泉』の祠前に集合してもらいたい。動きやすい服装で身支度してくれ。旧野崎邸の敷地を中心に、小波全体に特別な戦闘エリア(バトルフィールド)を展開する。そこへ重ね合わせるように、神鏡の巫女姫とオナミノイラツメによる国津神のはざかいを敷いてもらいたい。【dark(不浄)】をある程度浄化させつつ、生霊である彼女の魂をあるべきところへ帰すために、国津神の霊力を使っていただきたいんだ」


「国津神のはざかい……いわゆる、月のはざかいでしょうか?」


 夫人の問いに、イザナミノミコはうなずく。


「貴女の場合はそうだ。ご息女は()()()()()()()()()()()()()()()()を、可能な限り月のはざかいの中へ満たしてほしいとお伝え願いたい。そして……オナミの水神」


 結木氏……否。

 今の彼はおそらく、意識の半分以上がオナミの産土神・オモトノミコトであろう。

 無言で彼女へ鋭い目を向ける。


「あなたはこの地の大黒柱のごとき方。祠に鎮座し、動かないでいただきたい」


 彼は苦く笑う。


「それはある意味一番しんどい役割ですね、苛々しそうや。まあでも、ミコトのおっしゃる意味は私も本能的にわかります。承りました」


  それでは一時間後。


 彼女の声に、皆が一斉に動いた。



 動きやすい服装ということなので、円は、初日に着ていた白のオックスフォードシャツに薄青のデニムパンツを合わせる。


「九条君」


 いつものキョウコさんと同じ口調で、彼女は円を呼んだ。


「時間やタイミングからいって、食事をしていないだろう?」


「ええ……まあ」


 ややぶっきら棒に返すと彼女は、盆に親子丼の入った小さめのどんぶりを乗せ、差し出す。


「これから先はエネルギーを使う。半分でもいいから食べておきなさい」


 あまり食欲はなかったが、彼女の言う『これから先はエネルギーを使う』はわかる。

 彼は軽く頭を下げて受け取り、添えられた匙で、出汁を吸った玉子、煮込んでとろけた玉ねぎ、小さめに切り分けられた鶏もも肉などの絡むご飯を、飲み込むようにして食べる。


「珍しく機嫌が悪いな、九条君」


 食事の半ばほどで彼女が言う。思わず一瞬、円は匙を止める。


「別に機嫌悪くは。ちょっとばかり腹が立っているだけです」


「そういうのを機嫌が悪いというんだがな。……彼女の浄化を制限したのが気に入らないか?」


「……気に入る入らない、という言い方をするなら。気に入りませんね」


 言いながら彼は匙を動かし、残っている白飯を口へ詰め込む。

 一瞬、『どうせ自分は【管理者】の駒、仰せのままに従いますよ』とでも言ってやろうかと思ったが、さすがに子供っぽいと思い止まり、素直に不満を述べることにした。


「俺はあの怨霊に、マジで命を狙われてんスよ。命狙ってくる相手に、気遣いや忖度が必要ですか? 俺が心の底で実は死にたがってるとかは、この場合、カンケーないですよね? それにアイツ、俺だけ狙えばいいのに。俺の身近にいる人をどんどん巻き込んでゆく、とんでもねーサイコパスじゃないですか。そりゃ人道上の理想とか俺が医者の立場でそこまで元患者をクソミソに言っていいのかとか、ありますけど。健康な今なら、瞬間的に全力で浄化することも可能です。それならアレが、月の氏族の人の命を盾にして逃げる暇、少なくとも9割方なくなるでしょう? 仮にそれでアレが完全にお亡くなりになっても、コッチ的には正当防衛が成立しません?」


「……言いたいことはわかるよ、九条君。心情的にはそれが真っ当な感覚だろう」


 ふっと彼女は小さく息を吐く。


「もし彼女が死霊ならそれでいい。むしろ素早い浄化は、彼女にとって救いでもあるだろう。でも彼女は……昏睡状態ではあるが、生きている。生きている人間の命を、たとえ今は怨霊化していたとしても、簡単に消すのはダメだ」


「……そうですか。それが【高天原】の見解なんですね」


 冷ややかな円の言葉に、彼女は刹那、苦しそうに眉を寄せた。


「そう……思ってくれていい」

 

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