11 朝Ⅱ④
短めの、閑話的な息抜き回になるかと思います。
そんな感じでその日の仕事は終わった。
帰りにはスーパーへ寄り、朝食用のパンや夕飯用の鮭の切り身など、食材の補充を少し。
宿舎へ帰り、着替えて一息ついた後、夕飯の支度を始める。
「九条のにーさん」
夕暮れの庭から声が聞こえてきた。
「ナンフウです、遥と交代します」
遥の声も聞こえる。
「今日はこれで帰ります。僕はまた明日の朝、今日と同じくらいの時間に参りますので」
「わかった。遥くん、今日はありがとう。ナンフウさん、今夜もよろしく」
野菜を刻む手を止め、円は庭へ声を張った。
「……せやけど、にーさん」
ややあって、あきれたようなナンフウの声が思いがけないくらい近くに聞こえ、円は再び手を止める。
いつの間にか彼はリビングダイニングに、胡坐をかいて座った状態でこちらを見ていた。
「なんちゅーか。やっぱりかなり真面目な人なんですねえ。遥からの引継ぎで聞きましたけど、仕事の前には掃除に洗濯、仕事から帰ったらメシ作り。そんなキチキチしてて、しんどないですか?」
「え? そう? キチキチしてるかなあ?」
言いながら円は予備のマグカップに湯冷ましを汲み、ナンフウの前に出した。
木霊たちは水か湯冷まし、白湯なら受け付けると、昼の間に遥から聞いている。
「そういうの、自分ではよくわからないよ」
ありがとうございます、いただきますと軽く会釈した後、ナンフウは
「あー。こういう、なんか性分としてキチキチせなアカン感じも、結木草仁の若い頃に似てる気ィします。まあ、お医者があんまりエエ加減なんも、それはそれで問題やろうけど」
と言いつつ、マグカップに軽く手を伸ばした。
それだけで湯冷ましは、空に近いくらいなくなった。
円は苦笑しながら調理に戻る。
「確かに性分だね。この性分のお蔭で女の子に振られた経験もあるんだけど、だからと言ってなかなか変えられないし」
うえぇ、とナンフウは変な声を出す。
「 ひいぃ、あ、天津神を振るような、畏れ多くも大胆不敵な女の子、この世にいてはるんですかァ?」
「いやいや、いくらでもいると思うよ? 」
円は思わず吹き出す。
「大体、俺が天津神だとか、世間じゃまったく関係のない話だし」
「せやけど。にーさんはお医者でしょ? 人間の世界ではお医者はモテるって聞きましたよ? それこそ、ウチの主みたいに樹木医やってる変人よりは、よっぽどモッテモテやないかと……」
「あー、一般的にはそうだろうけど。社会的なステータスとか、なんか金回り良さそう的な意味で。でも勤務医は激務だからデートもままならないし、恋人や夫としては楽しくない男だよ、ATMって割り切るんならまあいいんだろうけどさ。そこも俺は、大学の学費半分近くが奨学金で医者になったクチだから、ATMとしても今ひとつ旨みはないし」
「に、にーさん……」
円の自虐ネタ?に、ナンフウはさすがに気遣った目をする。
「あのう。木霊のオレがこんなん言うのもアレですけど。にーさん……あんまり女運、良うない人生やったんですねえ……」
思わぬ指摘に、円は瞬間的に固まった。
「う……そ、うだよね。薄々、感じてなくもなかったけど」
最終的にはストーカーの怨霊に、命狙われる羽目に陥ってるし。
円がそうつぶやくと、ナンフウは慌てたように立ち上がった。
「わああ。にーさん! スンマセンスンマセン、落ち込まんといて下さい! に、 にーさんはきっとこれから、う、運命の女性と出会うんですよ、多分、いや絶対!」




