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10 To be or not to be,that is the question.⑤

「真面目?」


 ほぼ初対面の人(木霊だが)に、いきなり思いがけないことを言われ、円は目を見張った。

 少し考え、


「うーん。あ~まあそうかも。少なくとも、ヤンチャ自慢のネタとかないし。高校二年で進路を文系から理系、それも医学部に変えたからねえ、医者目指して小学生時代からせっせと勉強してる連中に追いつくため、そこからは俺、勉強ばっかやってたし。強いて言えば【Darkness(大怨霊)】とバチバチやった時に、ちょっと無茶してイザナミノミコトを慌てさせたことくらい? はは、特殊過ぎて語れない武勇伝だけどさ」


 と、笑みを作ってそう言ってみたが、ナンフウの表情は大してゆるまなかった。

 むしろ、痛ましそうな影が濃くなったようでさえある。


「こんなん()うたら、気ィ(わる)するかもやけど」


 ナンフウは少し伏し目になり、言う。


「九条のにーさんは、結木草仁の若い頃と雰囲気が似てるんですワ」


「結木先生に? ホント? 気を悪くしたりしないよ、むしろ光栄だし」


「や、その」


 ナンフウはばつが悪そうに肩をすぼめる。


「いい意味で似てるのんも確かやねんけど。どっちか言うたら、悪い意味で似てるねん……スンマセン」


「いや別に謝らなくても……」


 取りあえず円はそう答えた。

 彼の言いたいことが何なのかはよくわからないが、円が『悪い意味で結木氏に似ている』からといって、ナンフウが謝るのも変な感じだ。


「九条のにーさん」


 思い切ったように彼は目を上げる。


「オレは大楠先生みたいに、話、上手やないから。聞いてて退屈かもやけど、オレの知ってる昔話、聞いてもらえませんか?」




 話があるなら部屋で聞こうかと言ってみたが、ナンフウは首を振る。


「出来るだけ手短かにまとめるようにするんで、ここで聞いていただけませんか? 明るいところでは……ちょっと、話しにくいんで」


 すまなさそうではあるが頑なな態度だった。

 半ば仕方なく、円はうなずいた。

 



「今、ここの敷地にある泉が、精霊として生きてた頃。泉は、小波に住む者の中から、自分を大切に守ってくれる人間を選んだんです。その人間を『おもとの(もり)』といいました」


「……だそうだね。大楠さんからも少し聞いたよ」


 あの泉は元々、大層な水量を誇っていて、この辺りの田畑を潤す大切な水源だったと聞いている。

 遠い昔、三太という名の若者が旱に悩む村を救う為、命がけでこの辺りを管轄する水神である龍と掛け合い、そのお蔭で泉を授かったという縁起が伝えられているそうだ。

 しかし、その話は半分だけしか事情を伝えていない。

 実は、どれほど頼んでもまったく聞き入れてくれない水神と、それでもひるまず必死で交渉する三太の心意気に感じ入った水神の娘が、三太に『嫁ぐ』形で村に降り、泉に成ったということらしい。

 村人の中から泉を守る者を出すという制度は、この最初期から自然と出来上がった制度だ。

 泉の『夫』である三太はもちろん最初の守り人だったし、三太亡き後も少しずつ形を変え、村に受け継がれてきたのだそう。


「あいつは……精霊として生きてた泉に選ばれた、最後の『守のツカサ』……つまり守り人の長なんです。あいつが就任して数年で泉は、精霊としての寿命が尽きる時期になって。それを知って、あいつメチャクチャ落ち込みましてね。それこそ、村に水が欲しいと水神に願いに行った男とおんなじくらい必死に、泉の延命を願いに行ったんです……『神の庭』まで、神(さん)へ対して」


「そんなことが……」


 思わず言葉をもらした円へ、ナンフウは苦笑交じりにうなずく。


「ええ、そうです。もちろん、誰にでも出来ることやないです。そもそも『神の庭』で神(さん)と会うこと自体、普通の人間では難しいでしょうし。近々と、ガチで神様とツラ合わせて、情理を尽くして説得せなアカンのですよ? そんなこと、当時の小波ではあいつにしか出来んことでした。せやけど神様からの答えは残酷でした。精霊としての泉の死は寿命やから、たとえ神であってもどうにも出来ん。神やから万能とは思うな。……要約したら、それが答えでした」


 当時のことを思い出したのか、ナンフウは遠い目をしてふっと息を吐いた。


「そこまでの状態になったら、もう色々と諦める方向へ気持ちを切り替えるのんが普通です。でもあいつは切り替えられんかったんです。理由のひとつに今現在、結木草仁の眷属としてヒトの姿を持ってる我々のことがありました。泉が精霊として元気に生きてる間、我々三人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんです」


「……はい?」


 ポカンとした円へ、ナンフウは済まなさそうな感じに笑ってみせた。


「信じられんでしょ? でもマジです。当時のオレは、あいつの中学時代からの友達ってスタンスでしたし、大楠先生は、話のわかる博識な先生って感じでした。実際あの人は勉強熱心で、高校生くらいやったら勉強教えられる知識もありましたし、真面目な話ちょいちょい中高生時代の結木草仁の勉強、みてました。高校から知り合ったメタセコイヤの遥は、付き合い自体は短いけど、癒しの後輩キャラって感じであいつに懐いてましたし」


「……」


 絶句する円へナンフウは再び、かすかに苦笑した。


「せやけど。泉が精霊としての死を迎えたら。我々三人は、実体を持つことは出来んようになります。確かに死ぬ訳やないけど、あいつにとって一番親しいっていえる、友達と恩師と後輩が、いっぺんに消える事態になります。まあ、他にも幾つか理由はありますけど、あいつはそれに耐えられへん……いや」


 ナンフウは暗い表情で大きくひとつ、息を吐いた。


「『守のツカサ』でありながら、そんな、小波に泉が生まれて以来のこの危機をどうにも出来ん……泉の寿命なんやから仕方ないのは頭でわかってても、泉を延命出来ん自分の無力に腹立てて……自分で自分の心臓、気合だけで止めよったんです」


 ナンフウは複雑な表情で、物も言えずに硬直している円へ、やや上目遣いに目を当てた。


「自分が死んでも解決はせーへん、あいつもそれがわかってなかった訳やないけど。あいつは多分、その瞬間、生きてるんが鬱陶しィてたまらんかったんやないかと、後からオレは思いました。鬱陶しィて鬱陶しィて……生きてるんが嫌になったんやないかと。……九条のにーさん」


 思わずぎくりと肩を揺らした円へ、ナンフウは、祈るような目をして言った。


「にーさんも鬱陶しいやろうけど。死なんといて下さい……」


 お嬢のためにも。

 不思議なことをつぶやきつつ、彼は、円の鼻先に手をかざした。

 指の長い、美しい手だなと思った瞬間、大樹の緑蔭に入った瞬間に似た、濃い緑の香りが鼻に抜けた。

 ふうッと肩から力が抜ける。


「もう遅いです、0時まわりました。やすんでください」


 ナンフウの声に円は、自然に笑んでうなずいていた。

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