10 To be or not to be,that is the question.②
食後、少し休んでからゆっくりと入浴し、その後にまたうたた寝をしたりおやつ代わりに果物を食べたりして、のんびり過ごす。
頃合いを見て、円はキョウコさんと小波の宿舎へ戻った。
現実世界での時間は、結木氏に送ってもらって30分も経っていない。
「ズルだよなあ」
思わずひとりごちる。
ただ、このチートを使えるのはあくまでも【管理者】であって、円たち【eraser】ではない。
小波では天津神だのなんだの呼ばれているが、所詮円のような【eraser】は【管理者】の駒……そんな虚しさは否定できない、今でも。
しかし……。
(【eraser】のこと。可愛がっているペット、くらいの愛着はあるみたいだな、彼女にも)
彼女と連れだって【home】のある丘を下る。
斜め前を歩く小さく頼りない風情の彼女の姿を見ながら、円は思った。
長年、【home】で家族のように暮らしてきたスイに対し、彼女が特別な思い入れがあるのは知っていたが、九条円に対しては『キャラデザから気合を入れて作り、手塩にかけて育てたゲームのキャラクター』くらいの親愛度だろうと思っていた。
それであっても彼女的には、破格に『思い入れのある人間』だろうが。
でも、どうやらもう少し、彼女は自分に対して思い入れを持っているらしい。
ちょっと……意外でもあった。
円が内心でそんなことを思っていると知ると、もしかすると彼女は悲しむかもしれない。
だが根本的な話をするなら、彼女はヒトではないのだ。
ヒトとよく似てはいても、決してヒトと同じメンタルでもない。
ヒトと同じメンタルならば、たとえ断腸の思いであったのだとしても、必要ならば世界を消し去る、など、とても出来ないだろう。
仮に出来たとしても、消し去った後に再び、他の『神々』と共に淡々と世界の構築をし直すなど、平常心で出来はしない。
詳しく聞いた訳ではないが、彼女は過去『そうする必要があった』ので、世界を何度か消したのだそうだ。
今、自分たちが生きているこの世界は、彼ら高天原の住人にとって一体何度目の創作物だろうか?
考えただけで気が遠くなる。円ごときには想像も及ばない。
(……やめやめ、無駄無駄。神々の世界のあれこれなんて、人間の力や考えが及ぶ話じゃないんだから。それよりも、目の前にぶら下がっている厄介事に集中しなきゃ。自分が死ねばとりあえず解決、みたいな、単純な事態ではとっくの昔になくなってるんだし)
むしろ、下手に自分が斉木千佳嬢の怨霊に殺されると、最悪【Darkness】を発生させてしまう。
そうなると、キョウコさんこと【管理者・ゼロ】は、何度目かになる世界の全消去を行うしかなくなるのだ。
彼女にとっては何度目かであるかもしれないが、円たちにとってはこれが最初で最後。
自分が死ぬことで、まったく関係ない人たちの生活や人生を巻き添えにするのは忍びない。
というか、逆の立場だったなら腹が立つに決まっているし。
円とて、なりたくてなった訳ではないが。
過剰な『負』をゼロに戻す役目の【eraser】が、より『負』を大きくして滅亡のきっかけになってどうする。
本末転倒もいいところだ。
(……あー。でも。それならそれもアリ、かもな)
自分が消える時に世界が消える。
ならば、残された親が悲しむだろうと気に病むこともなく、自分亡き後の彼らの老後の心配もしなくていい。
中途半端に残っているしがらみのあれこれも、当然なくなる。
この上なく後腐れがない、というもの……。
(ええ? はあ?)
円は思わず立ち止まった。
ドキドキと心臓の脈打つ音が、必要以上に感じられる。
(俺。今、何を思った?)
無意識のうちに右のてのひらで、額に浮いた冷たい汗をぬぐう。
(まずい、な……)
『……では。死ぬか?』
冷ややかで硬質な声で問う、黒曜石を穿ったようなユニコーンの瞳。
『神の庭』で出会ったユニコーンを、不意に円は、まざまざと思い出す。
「……九条君? どうした? 体調が悪くなったのか?」
急に立ち止まった円へ、キョウコさんは不審に思ったのだろう。怪訝そうに声をかけてきた。
ハッと我に返った円は、やや引きつった笑みを浮かべて首を振り、一歩、足を前に出した。




