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9 神の庭Ⅱ⑤

「……といっても。蒼司とお父さんの話は、本題からものすごく離れている訳じゃないの。最終的には月の一族の、『剣』に話にも関わってくることになるし」


「なあ、かーさん」


 いい加減じれてきたのか、もどかしそうに蒼司が問う。


「要するにさあ。『剣』って何やねん?」



 母は真っ直ぐ、蒼司を見る。

 あまりにも真っ直ぐなその視線は、さながら蒼司の裏側まで見通しているような、怖ろしいまでの鋭さがある。

 母の視線に負け、蒼司は視線を揺らした後、目を伏せた。


「『剣』を定義するのなら。『鏡』……つまりその世代で一番の能力者に心酔し、結果『鏡』に絶対的忠誠を誓い、『鏡』の心身を魂かけて守るという契りを結んだ者を言います。『鏡』と『剣』は、互いの性別や生まれ育った立場に関わらず、霊的な意味で妹背(いもせ)、つまり夫婦の契りを結んだと見做されるので、『剣』を持つ『鏡』は生涯独身を貫く慣習(ならい)になってます。でも、有体に言うのなら……」


 母は、そばで見ている者がぎょっとするほど、さぁーと青ざめた。

 父が気遣うように、そっと母の手を取った。母は父へ軽くうなずき、居住まいを正す。


「『鏡』に従う、という枷を持ったことで、安定的に現世(うつしよ)にとどまることが可能になった……怨霊、を指します」


 さくやもそうだが蒼司はもっと衝撃を受けたのだろう、顔が白くなっている。

 当然だろう。

 蒼司はツクヨミノミコトから、お前は『剣』の性を持つ、と言われたことがある。

 要は、お前は怨霊になりやすいと言われたようなものだ。

 母は続ける。


「……『剣』は通常『鏡』との契りの際、人間としての命を絶つの。ヒトであることをやめ、精神攻撃と呪殺に特化した怨霊になる。といっても『剣』が自分の自由意思で、野放図に精神攻撃や呪殺を行ったりはしない。『剣』以上の能力者である、『鏡』の命令に従うのが基本。でも『鏡』が正しく『剣』を制御できなければ、『剣』は暴走を始める……そういう、危うい(さが)を持ったモノでもあります」


 母は一度大きく息を吐くと、思い切ったように言葉を押し出した。


「昔、私がまだ八歳の頃だったけど。とある事情で、心を病みかけたことがあるの。その元凶となった人物へ、当時中学二年生だった六歳上の兄の明生(あきお)が……呪殺を仕掛けた。でも、生まれつき高い能力を持っているとはいえまだ子供、兄は、自分で自分の力に翻弄され、狂ってしまった。当然よね、兄は一時的な激しい感情で相手の人を殺してしまったけど、自分のしでかした罪を背負い切る本当の意味での覚悟がなかったし、ちゃんと自我も確立できていなかった。子供の癇癪に近い、感情の爆発だった……」


 さくやと蒼司は黙って母の顔を見ていた。


「そんな兄に対し当時の月の鏡だった父の真言(まこと)、つまり二人のお祖父ちゃんに当たる人が、兄を強引に『月のはざかい』の中へ呼び、自分自身の心と対峙させようとしたんだけど。なまじ兄の能力が高かったことが災いして、神事は上手くいかなかったの。それどころか更に暴走した兄は、祭主の父だけでなく父をかばった母まで自らの手で殺してしまって。ここまで狂ってしまった兄を野放しに出来ないと、父が瀕死の中で最後の力を振り絞り、兄に致命傷を負わせるんだけど……」


 母は何かに耐えるように、一瞬、きつくまぶたを閉じた。


「兄が、死ぬ直前。今まで仲の良かった家族がお互いに殺し合うという場面を、どうとらえていいのかわからなかった当時の私は。虫の息の兄へ、強く願ってしまった。


『おにいちゃん行かないで。ずっとそばにいて』


……って。兄はわかったと了承した。それが……『鏡』と『剣』の契りとして発動してしまったのよ、幼かった私も兄もはっきりとわからないまま。私はなまじ月の一族としての能力が高かったし、私の能力をそばで見て知っていた兄は無意識のうちに、妹である私を主と仰いでいたようだった、から……」


 辛そうに唇を噛み、母がうつむく。

 かすかに眉を寄せ、父が後を引き取る形で話し始めた。


「その時のことが原因で、お母さんは長いこと、この辺の耐えがたい記憶を自分の中に封印して、何もわからんままに必死で暮らしてはったんや。『剣』としてお母さんを守ってたお前さんらの伯父さんも、最初は大人しかったんやけど、お母さん自身が自分が月の鏡やという自覚のないまま成長してしもたせいか、だんだん暴走するようになってな。伯父さんとしては『剣』として、お母さんのこと守りたい一心やったみたいやねんけど、お母さんに近付く人間、特に男を容赦なくぶち殺すようになってしもてな。お父さんも、『鏡に近付く不埒な男』と目されて、もうちょっとでぶち殺されるところやったんや」


「ぶち、殺すって……」


 蒼司が乾いた声でそう言うと、母が顔を上げた。


「蒼司。こちらの心身を脅かす、他人からの悪意や邪念を躱す方法の、基本は何?」


 今更な問いに不可解そうにしながらも、蒼司は答える。


「『我は鏡なり』」


「そうね。相手からの悪意や邪念を自分の中へ入れてしまうんじゃなく、静かにありのままに、向かってくるモノをそのまま相手に返す、イメージを持つこと。もちろん簡単にできることじゃないけど、効果的な防御になる。でも……、これをゆるやかな攻撃へ転じさせることも可能よね。 あまり推奨はしないけど、しつこくこちらへ悪意や邪念を向けてくる者へに対し、相手の弱いところを曝して見せつけるように、()()()()()()()()()()()、ある種の裏技。攻撃に限りなく近い防御。手探りでいつの間にか会得していた、蒼司の得意技、でしょう?」


 ややきまり悪そうに、蒼司は目を伏せた。

 隠していた訳ではなかったが、改めて指摘されると後ろめたい、というところなのだろう。


「『剣』が行う精神攻撃や呪殺は、それをもっと洗練というか先鋭化させ、攻撃に特化したものなの。相手の心へ土足で踏み込み、痛む箇所を曝して鋭利な刃物で突き刺すようなことを繰り返すの。どんなに心の冷たいサイコパスであっても、その人にとって痛む箇所を的確に、繰り返し攻撃されれば耐えられなくなる。『剣』に狙われ、逃げられる者はほぼいないと言われるのはそのせいです」


「『剣』の呪いから逃げるんは、何とかして『剣』という名の怨霊さんを鎮めるしかないねん」


 父が言う。


「お父さんらの場合は、小波の木霊さんらとオモトノミコト……小波の水神さんに助けてもろて、『剣』やった伯父さんの怨霊を、いわゆる普通の死霊の状態に戻して輪廻の輪へ連れ戻してもらったんや。天津神さんの場合やったら多分、問答無用で怨霊を浄化して、存在そのものを消してしまうんやろうなァ。それ以外にも方法あるんかもやけど、お父さんは知らん」


「私もちょっと見当がつかないから。多分、その二つしか方法はないのかも」


 母が言い、さくやと蒼司を見た。


「月の一族の『剣』について、お母さんが知ることと経験した話はこれくらいになります」


「……あの」


 さくやが声を出すと、母が目で促した。


「なんで……『剣』という怨霊が『鏡』に従うとか、そんな恐ろしいシステムが出来上がった……んでしょうか?」

 

 母は疲れたように苦笑した。


「そこは私にもわからないわ。でも多分、始まりは自衛の為だったと思う。月の一族は、物理的な意味で弱い人が多い血筋のようでね。健康であっても筋肉の付きにくい体質の人が多いから、鍛えてもそう強くなれないし。また、身体そのものが弱くて病がちの人も多い傾向があるらしいの。そんな中で他の氏族から一族(うから)の者を守る為には、精神攻撃や呪殺をするしかなかったんでしょうね」

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