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7 共闘へ⑤

 さくやの後、母にうながされた蒼司がポツポツと語り始める。


 まず、今朝方夢の中で触れた怪異――有体に言うならば不浄――について。


「僕は夢の中で花畑にいました。この花畑は僕の夢の中にだけちょくちょく出てくる場所で、現実にある場所ではないんです。その花畑の中で、見たことのない黒い花がありました。実際は……花というか、人形みたいな感じで。ヒトの顔みたいな部分があって、コッチを見てしゃべるんです」


 蒼司はそこでひとつ、大きく息をついた。


「その、花みたいな人形みたいなものの顔は……イザナミノミコトの、顔をしていました」


「私の顔?」


 さすがに想定外だったのかイザナミノミコトが問うと、顔色を悪くした蒼司がうなずく。


「いくつかやり取りをしているうちに、僕は……イザナミノミコトの。『(つるぎ)』になります、と、言いました」


「なんやて!」

「蒼司!」


 両親が悲鳴を上げる。

 『剣』という単語に、さくやは訳もなく戦慄した。


「い、いや、でも。オ、オレかって。ナンデいきなりそんなことうたんか、わかれへんねん!」


 半泣き状態で蒼司もわめく。


「わかれへんけど! メッチャ真面目に真剣に、オレは、イザナミノミコトの顔した花に誓ったんや! 『剣』になりますって。『剣』は主を見誤ることはありませんって。ナンデそんな話になったんか、ナンでそんなこと口走ったんか、ホンマにようわからへんねんけど。オレが誓った気持ちは、本物で真面目やった! そしたらその花、今の言葉がホントやったら私を食べろ、って言いよったんや! オ、オレは、嫌やって、出来へんって、ゆーたんやで? せやけど、ほんならこの契約は無効や、あっちへ行けって花が言うもんから……言うもんやから……目ェつぶって、食べたんや!」


「食べた? 花を? イザナミノミコトの顔をした花なんでしょ?」


 怪訝そうに問う母へ、唇を噛んでうなずく蒼司。父は不意に、何かを納得したかのように顔色を変えた。


「……そういうことか」


「碧生さん?」


 もの問いたげな母の視線へ、父は軽くうなずく。


「多分……蒼司がその夢を見てた時。リビングで新聞読んでたかスマホでなんぞチェックしてたか、そんな感じで過ごしてたはずやけど……一瞬。記憶が途切れてる、時間があるねん。一瞬、やけどな」


 父は言うと、ひとつ大きく息をついた。そしてイザナミノミコトと九条の顔を見た。


「これは、実は個人的に『アッチへ呼ばれる』って名前を付けてる現象なんですけど」


「ああ、大体わかる。あなたは生身の人間であると同時に国津神でいらっしゃるから、必要があればアチラ側での仕事や役割が優先される。瞬間的に『アチラ』へ行って帰ってくることも、時々起こるでしょうね」


 イザナミノミコトが当然のようにうなずくのを見て、父はホッとしたように笑った。


「ご理解いただけて助かります。天津神でいらっしゃるのですから当然かもしれませんけど」


 九条はどこか不可解そうな顔をしているが、イザナミノミコトと父はわかり合えている様子だった。


 さくやはふと、なんとなく恥ずかしいような、物悲しいような気分になった。

 彼女は父を、俗に『天然』と呼ばれる、どこか浮世離れたところのある人だと思ってきた。

 彼のそういう部分が、嫌いではないが若干恥ずかしいというか、軽い侮蔑に似た気分があったのは否めない。

 だけど彼が『天然』なのはそれ相応の、仕方のない理由があるのかもしれないと、突然覚るように彼女は思った。

 彼が瞬間的に『アッチへ呼ばれる』ことが日常的に起こっていたなど、今の今までさくやは知らなかった。

 おそらく父は、あえて家族特に子供たちへ、このことを言わなかったのだろうから、知らなくて当然なのかもしれない。

 だが、ずっと一緒に暮らしてきた実の娘であるにもかかわらず、今の今までまったく知らなかったことにショックを受けた。

 時々、瞬間的にぼんやりしている彼を見て、『天然だから』以外の認識を持たなかった自分が恥ずかしくもある。

 見えている部分だけで軽薄に判断している自分が、彼女は自分ながら軽く疎ましく思った。


 父は淡々と続ける。


「それで、続きなんですけど。今朝方、私はさっき()うたように朝食後、リビングで新聞とか読んでたんですが。ふっ、と、瞬間的に意識が遠くなったんです。次に見えたのんは、段々畑みたいな花畑みたいな、けったいな場所でした。そこで蒼司が、ナンか、デロデロしたもんを手に持って、目ェつぶって……そのデロデロを、ぱくっと口に入れたんです。あ、マズイ、私は本能的にそう思いましたね。慌てて蒼司の近くまで走っていって、背中叩いて『吐き出せ!』って怒鳴りました。蒼司がそれを吐き出した瞬間、ホッとしたんと同時にすさまじく腹が立ちましてね。怒りに任せ、私はその場にひとつ、雷を落としてきました」


(……はい? 雷を、落とした?)


 さくやは目を白黒させた。

 まあ、つまりは『怒鳴った』ということだろう、が。

 それだけではない、気配というかナニガシかをさくやは感じ、背筋が一瞬、寒くなった。

 父の後ろにいる獣の本気の咆哮を、聞いた気がしたのだ。


 相変わらず父は、淡々と話を続ける。


「多分それにビビッて、あの場でうろついてたであろうアヤシのモノは逃げ出したみたいなんですけど。例のデロデロ、つまり不浄の影響は、現実の蒼司に残ったんです。ハッと我に返った時に、蒼司を起こしにいった妻が血相を変えてリビングへ飛び込んできまして。それから後は……小波神社での出来事といいますか、九条さんにお世話になった、朝のあの出来事につながります」

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