7 共闘へ①
結木氏が帰宅後、円は、彼が持ってきてくれたお弁当をいただく。
小さめの俵型のおにぎりが五つ、だし巻き玉子にほうれん草のごま和え、なすの煮びたし。
スープポッドに入った少し冷めたポタージュ。
どれもあっさりとしていて滋味深い。
円は有り難い気持ちで、残さず全部、平らげた。
優しい味の食べ物すべてが自分の力になる、そんな気がする。
「食欲も戻ってきたようだな、九条君。ホッとした」
お茶を持ってきてくれながらキョウコさんは言った。
「はい。やはりエリクサーはよく効きますね」
軽く頭を下げてお茶をもらいながら円が言うと、彼女は顔をしかめた。
「効くのはいいんだが。これはやはり、不自然な力だからな。あまりしょっちゅう使うと、どうしてもエリクサー依存症になる。依存させないため、ある程度以上の投薬後は反エリクサーとでもいう薬剤を投薬するが、それも過ぎると今度はそちらの依存症になってしまう。……スイがいい例だ。私はやりたくなかったんだがな、あいつはそうでもしないとすぐ、死のうとするからなぁ」
エリクサー、という仮の名で呼んでいる薬が、日本神話で伝えられている変若水やギリシャ神話でのネクタルとほぼ同じだとも聞かされ、驚いたのは最近だ。
常若を保つのは神の領域のことだと、円は改めて思ったものだ。
そう言えば、スイこと角野英一が生きていた当時には聞かされなかった裏話を、彼女は最近、こうして思い出したようにポロリとこぼすことが増えた気がする。
彼女にとってスイは、長い期間家族同然の付き合いをしてきた唯一の【eraser】だ。
ようやく彼女の中でスイが思い出になってきたのかもしれないなと、円は密かに思っている。
「しかし。あの子……斉木千佳さんが『月の一族』の流れをくむ人だったとは。キョウコさんから聞いた程度しか知りませんけど、『月の一族』は夢を司る霊力を持つ国津神の裔なんですよね?」
ああ、と、キョウコさんは暗い顔をする。
「夢を司る者はある意味、死を司る者だ。怨霊化すると最も恐ろしい能力者でもある。『月の一族』は普通、直系に近いほど能力が高いから、十世代以上前に分かれたであろう血脈にこれほどの能力者が現れるのは限りなく0に近い確率なのだが……0ではない、ということだな。結木氏や結木氏の奥方にかけなくてもいい迷惑をかけてしまったが、彼らでなければ対処しにくい、事態だともいえる。幸なのか不幸なのか何とも言えないが、小波で世話になるのは必然の流れだったのかもしれないな」
お茶をすすり、円は言う。
「キョウコさん。ちょっと訊きたいんですけど」
目顔でうながす彼女へ、瞬間的に躊躇った後、円は言葉を続けた。
「もし。彼女と俺が『戦闘エリア』の中で。彼女の、相手の生気を吸い取るキャパシティーを超えて俺が、浄化の力を注ぎ続けたら。このややこしい事態、解消されやしませんか?」
「出来なくはなかろう」
円の予想に反し、キョウコさんは簡単に肯定した。
「出来なくは、な。ただし」
キョウコさんは久しぶりに、黄泉の女神の名を戴くに相応しい、冷えた瞳で円を見据えた。
「相手もそうだが、君の命はなくなる。なくなるだろうと考えるべきだ。そもそも彼女の存在は、イレギュラー中のイレギュラー。あの子が普通の怨霊ならば、君と戦闘エリア内で戦えば君が圧勝するだろう。最盛期と言える時期は少々過ぎているが、君はやはり百年に一人クラスの超一流【eraser】、別名エンノミコトだ。ミコトの名を戴く者が、少しばかり力が強かろうが成ったばかりの怨霊に負けることはまずない。ゲーム的な表現をするなら、彼女クラスの怨霊など君の本気の一撃でオーバーキル、というところだ」
だがな、と彼女は冷えた瞳のまま続ける。
「あの子はイレギュラー過ぎて、潜在能力がどれほどか読めない。それでも、君があの子に対して問答無用で浄化の力を注ぎ続ければ、確かにいずれは浄化されるだろう。君には、【Darkness】の作り出す虚の世界で自分と相棒の周囲に浄化の陣を敷き続けただけの、底なしの持久力がある。消耗戦は君の得意とするところだろうが、アチラも消耗戦を得意とする可能性が高い。少なくとも蒼司君は、彼女の補給先としてマークされているしな」
「……あ」
夢の中で不浄に触れ、心身ともに衰弱していた蒼司の姿を改めて円は思い出した。アレはそういうことだったのか、と思い至る。
「彼女が浄化される時。最低でも蒼司君は犠牲になる。もしかするとさくやさんや、結木氏の奥方も。……君は医者なのだろう? 人間の命を救う使命を持つ者が、自分の命だけでなく罪のない人間の命も犠牲にするのか?」
「……いえ。たとえ医者でなくてもそんなことできませんけど。医者ならもっと、してはならないですね」
唇をかんだ後そう言う円へ、ようやくキョウコさんの瞳が若干ゆるむ。
「一人で解決しようと焦る必要はない。……結木家の皆がそこまで来ている。君たちはまず、お互いの情報を共有することから始めることだな」




