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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
高すぎる壁
93/241

第83話 シュバルツの力

『え……? え?』


 これから始まる激戦。それを期待した観衆と、場を盛り上げようと構えていた司会。

 そのいずれもが、待ち望んだ戦いが始まったにも関わらず歓声の一つも上げずに唖然としている。拡声器が拾い上げる司会の男の困り果てた声が妙に虚しい。


「……バース、何が起きたのだ?」


 困惑しているのは民草だけではなく、陛下も同様らしい。陛下も王族として文武両道一通りは修められており、かつて起こった人間同士での戦い――人類統一戦争においても前線に出張っていた豪傑だ。

 もちろんその本質は王であり、戦士ではない。故にその実力は年齢も考慮に入れて下級騎士に届くかどうかくらいであるが、それでも素人よりは遥かに強いといえる。


 その陛下ですら、今闘技場で行われた試合を理解できなかった。ならば、多くの観衆が理解することすらできなくて当然だな。

 この、『城壁』と謳われた上級騎士が試合開始と同時に場外の結界に叩きつけられ、自慢の鎧が半壊している上に白目むいているなんて結果の過程など。


「これと言って特別な事は何も。ただガーライルの息子が試合開始と同時に真っ直ぐ距離を詰め、その速度を乗せてあの青い剣を振るっただけですよ」

「何……? では、幻術の類は一切使われていなかったと申すのか?」

「ええ。単にガーライルの息子――レオンハートの速度が陛下の動体視力を超えていて、その速度と共に放たれた一太刀が『城壁』の防御能力を超えていたと言うだけの事ですよ」


 流石はガーライルの息子と言うべきか、容赦ないな。問答無用で最初の一撃で敵を倒しに行った。

 あいつも、敵が規格外の強者だと見ただけでわかる――なんてことでもない限りはとりあえず一撃かまし、問答無用で倒すのが基本戦術だった。それができない強者ならば打ち込んだ感覚から実力を測り、敵の情報を集める方針に移行するのが常道だったからな。

 まあつまり、シュバルツの剣士と『戦う』最低条件はあの初撃を回避ないし防御することと言うことだ。どうやら今のレオンハートの実力は、人間と言う種族の中でならば強者とされる上級騎士レベルならば戦うに値しないといったところらしい。

 流石はガーライルの血を引いているだけのことはあるな。吸血鬼がどうたらと不穏な話を聞いていたからちと不安だったのだが、どうやら降って沸いた力に溺れて鍛錬を蔑ろにするような腑抜けではなかったらしい。


「……あれ?」


 まあ、この困惑と沈黙を生み出した張本人が首をかしげているのは少々いただけないが。

 どうやら、レオンハートは今の一撃を『城壁』が防御すると思っていたらしい。今の一太刀は右手だけで剣を持っていたし、左手に何か属性を持たせた魔力を溜めているところから考えて、剣を受け止めさせた後鎧の隙間から魔法を撃ち込む算段だったのだろう。


 相手の実力を判断する技術はまだまだ未熟なようだな。上級騎士の肩書を持っているから自分よりも強い――なんて判断をしているようでは。


『しょ……勝者! レオンハート・シュバルツゥゥッ!』


 ようやく混乱から立ち直った司会兼審判が、最初の勝利宣言を行った。観客もその声を聞いてようやく事情が飲み込めてきたのか、戸惑いながらではあるが徐々に声援をあげている。

 しかしあれだ、絶対的強者の試合は人気があるのだが……流石に見ることもできないのでは客も満足してくれない気がするのだが。


(まあ受験者に手を抜けとも言えんし……仕方がないか)


 一瞬闘技場関係者の視点で考えてしまうが、これはいつもの試合ではなく試験だ。ならばこんな勝負も悪くはないだろう。


「……最後をアレにするため、不正はないとするために最強に近しい戦力を集めてみたが……これは余計な心配だったらしいな」

「ん、そうですな」


 陛下が今回の試験に上級騎士の中でも強者を集めたのは、最後の一人に立候補したあいつのせいだ。

 流石に試験者との関係が近すぎるからな。不正など万が一にもありえないと主張する為に前代未聞の難易度の試験となったわけだが……まあ問題あるまい。

 シュバルツの後継者を名乗るのならば、人間種の枠組みの中では強いという程度、軽く超えてもらわねば話にならんからな。


『で、では! 次の対戦相手の発表でぇぇす!』

「ふむ、次は誰だったかな?」

「予定では『山崩し』のガルバンですな」

「ガルバン……ああ、巨大ゴーレムを破壊したあの男か。一撃の破壊力ならば人外にも通用する優秀な男だったと記憶しているな」

「ええ。十分強力な……っと、観衆にも発表されましたな」


 陛下がガルバンのことを思い出していると、観衆とレオンハートにも次の対戦相手が発表された。

 ここでレオンハートには『このまま戦う』か『次の戦闘日を決める』かのどちらかを選ばねばならない。大抵の場合は戦闘の疲労を癒す為にも日を置くものだが……まあ不要だろうな。


「このまま戦わせてもらいます」

『レオンハート選手は戦闘続行を宣言! では、上級騎士試験第二試合をこれより行いまぁぁす!』


 一切疲労も消耗も見られないレオンハートは、今すぐ戦うことを宣言した。

 先ほどの一撃で使用したのは、恐らく加速法のみ。ガーライル仕込みの三加法は見事な発動速度だったな。

 一度発動しただけなら、体内魔力の調整時間さえあればほとんど反動ダメージもないだろう。そのくらいの時間は今の会話の間に取れただろうし、事実上消耗ゼロで二回戦開始だな。


『それでは! ガルバン・ゴレスト上級騎士の入場ぉぉぉですっ!』

「……手加減は、不要だな?」


 ドスドスと地響きを立てながら、一人の男が姿を見せた。

 2メートルを超える巨体を唸らせ現れたこの男こそ、『山崩し』と呼ばれる重戦士だ。先ほどの『城壁』ほどではないにしても重量感溢れる鎧を身につけており、片手にはこれまた巨大なハンマーを持っている。

 あれこそがガルバンがその名を国にとどろかせた魔法の武器【大地の戦鎚グランド・ウォーハンマー】。先端が鋭利に尖っており、その重量と硬度はどんな強固な外皮に包まれている魔獣でも一撃で滅ぼせる破壊力を生むと謳われている。

 更には魔法の武器としての能力として、地面に叩き付けることで地割れや地震を起こす能力を秘めている。その力で敵の足場を崩し、一撃叩き込むのが奴の必勝パターンだ。

 欠点としては破壊力あるハンマーの宿命と言うべきか、非常に重く小回りが利かない。まあ、それも力自慢のガルバンなら問題にしないだろうが。

 総じて、ワシやガーライルの奴を勘定に入れないとするのならば騎士団の中でも攻撃力トップと言えるだろう。

 だが――


『では! 試合開始ぃぃぃ!』

「瞬剣――刃輪舞(エッジロンド)(ハンドレッド)ッ!」

「【大地の――】……え?」


 一瞬で加速した後、まず武器の能力を発動させようとハンマーを振りかぶったガルバンの懐にレオンハートは飛び込んだ。

 そして、そこから放たれる無慈悲な連続攻撃。一切反応できていないガルバンに縦横無尽の斬撃を浴びせ、瞬く間にその身を守る鎧を解体していく。

 ……決まったな。アレだけ斬られれば鎧越しでも衝撃で気を失うだろうに、一切容赦なく鎧を解体されてはもう耐えられるわけもあるまい。


「あ、が……?」

『え……? えぇぇぇぇ!?』


 ガルバンは意識を失い、その巨体を闘技場に沈めた。それを見て司会や観衆はまたもや唖然とした後、大声で驚愕の叫び声を上げたのだった。


(レオンハートの動きが見えていなかった者達からすれば、突然ガルバンの鎧が弾け飛んで全身青あざだらけになったかのように見えたのだろうな。峰打ちだからその程度で済んだが……なかなかえげつない技を使う。……もっとも、恐らく本気ではないだろうがな)


 素早く動き、敵を滅多斬りにする。たしかに強力だが、速度に力を回している分威力には欠けているように見える。

 恐らく、あの技の真髄はスキルを使い刃に特殊能力を持たせることにあるのだろう。抵抗に失敗すれば単純な傷とは違ったダメージを負うスキルは幾つかあり、恐らくあの技はその手のスキルを確実に成功させるために考案されたのだろう。

 今の一撃はスキルを全く発動していなかった以上、本人的には様子見以上のものではなかったはずだ。敵が魔法の武器を振りかざしたからいつでも逃げられるよう機動力を重視した牽制を行った……と言ったところだろうな。


「……バース。今のは?」

「高速で動いて滅多斬り。それだけです」


 陛下にも見えていなかったらしく、平然とした態度を取られてこそいるがワシにまたもや質問してきた。

 それは仕方のないことだろう。今のが見える奴など本当に限られてくるし、ワシ自身も驚いているのだ。


 加速法と言う、圧倒的な速度と引き換えに繊細な動きを失う――速すぎてどうしても動きが直線的になってしまう諸刃の技を使いながらあそこまで複雑な動きを可能にしたその事実にはな。


(……特殊能力に依存しない、純粋な鍛錬の成果だな。あの動きを可能にするには、徹底的に反復練習を行う他ないだろう)


 積み上げた鍛錬の結晶とも言うべき、人知を超えた技。見事だ。

 まるで若いころのガーライルを見ているようで、実に愉快だな。


『しょ、勝者レオンハート! で、では! 次の選手を発表します!』


 もう観客を意識した喋りをする余裕もないようだが、それでも司会は忠実に仕事を続けている。

 流石は長年あの場所に立っているベテランだな。普段ワシが試合に出てもあそこまで容赦のないことはしないから、かなり衝撃は受けているようだが。


『次は『軍勢』のトーラ・ケルム! 生まれついての才能――先天技能(スペシャル)を扱う脅威の魔術師です! さあ、どうしま――』

「えっと、このまま戦いますよ?」

『そ、そうで……コホンッ! レオンハート選手の強気な発言! 過去に例を見ない超強力な試験官たちを前に三人抜きをすると宣言しましたぁぁぁ!』


 一瞬素を見せたが、何とか自分を立て直して司会の男はレオンハートの意思を会場に伝えた。

 まあ、本人は顔を見る限り『何でこの人達避けないんだろう?』とか思っているんだろうが。

 ……懐かしいものだ。騎士学校時代にガーライルとワシ、二人だけでしのぎを削っていたせいでお互いの力量をスタンダートだと考え、些細な問題を起こしたことがあったものだ。

 過酷な環境に身を置くものがよく陥る状態と言う奴だな。


「あー……やっぱこうなりますよねぇ……。シュバルツだもんなぁ……」


 なんて昔の思い出に浸っていたら、いかにも魔術師と言った風貌の優男が聞こえないようにぶつぶつ愚痴を言いながら現れた。ワシの耳には何の問題もなく聞こえてくるが、まあ観衆の耳には届くまい。レオンハートには聞こえているだろうが。


 さて、そんなネガティブオーラ全開の優男だが、実は服の下はそれなりに鍛え上げられている。

 流石に前衛戦士には遠く及ばないものの、騎士として基本体力は必須事項だからな。それに、奴には肉体能力を補う力がある。本来数秒を要する魔法を瞬時に発動する先天技能――


『試合開始ィィィッ!』

「【高速詠唱――】」

「フンッ!」

「ぶばっ!」


 なんて解説している間に吹っ飛ばされてしまった。先天技能によって高速化した魔法発動も、それより早い剣には何の意味もなかったらしい。

 ……まあ、この試験のルールは魔術師にやや不利だからな。魔術師はまず強力な前衛か、あるいは魔法を準備する時間があって初めて本領を発揮する者達。

 こうして戦士の間合いでよーいドンで始まる勝負ではこうなっても仕方がないだろう。

 ……もっとも、一人の拳士としてのワシならば、魔法発動前に潰すなんて基本中の基本くらい何とか対処して見せろといいたいのだが。


『は、ハハハ……。えと、勝者レオンハートさんですはい。次は『影槍』のヤルル・スピールなんですけど……』

「……まあ、やりますけど」

『ですよね。わかってます』


 何か越えちゃいけないラインを超えたかのように司会のテンションが落ちているな。

 ……何故かレオンハートの機嫌まで悪くなっているのは気になるところだが。あまりにも弱すぎて拍子抜けしたといったところか?

 それならば、まず人間の弱さを知らねばならないぞ、レオンハートよ。人間とは本当に弱く、脆い生き物だということをな。


「……帰りたい」

『えー……コホン。では試合開始――終了です!』


 そんな二人より更にテンションの低い影槍が入場し、そしてぶっ飛ばされた。

 確か魔法の槍を使った白兵戦が得意な男だったと記憶しているが、どんな武器も振れなきゃ意味ないのは共通の真理なのだ。

 司会も慣れてきたのか、試合終了――開始から0.4秒くらいか――を正確に宣言して見せた。ふむ、あやつが不機嫌だったのは試合終了の宣言がうまくできなかったからなのか?


「……圧倒的。そう言うほかない……」

「まあガーライルの息子ですからな。これくらいはしてもらわねば困りましょう」

「…………そうだな。人類の切り札。この人を遥かに超える外敵が跳梁跋扈する世界で、人を生かすための最強戦力たるシュバルツの次代が育っているのはいいことだ……」


 ちょっと疲れたように陛下はそう零したが、事実シュバルツの名を継ぐ者がこの程度のことできなくては困る。

 あいつらは確かに強いが、それはあくまでも人間の中での最強候補。我らが請け負うのはその先にある戦い――人の領域を踏破した修羅の世界なのだから。


(人間を遥かに超える魔物を殺す人間……それが古来からのワシら一族の役割。我らの敗北は人類の滅亡。故に我らは最強であらねばならない――だったか?)


 実際のところ、ワシはただ鍛えるのが好きで最強の座を愛しているだけなのだが。家訓として覚えてはいるが、そんな面倒なこと考えている奴に最強の座を得る事はできんだろうな。

 どんな世界でも頂点を掴むのは義務感でやっている奴ではなく自分の意思でやっているもの。やらねばならないからやっている者ではなくやりたいからやっているものだと相場は決まっているのだ。


(だからこそ――武の世界を死に場所に決めているワシだからこそ、最終試合は絶対に見逃すわけにもいかないのだがな)


 恐らく最終戦は、最終戦だけは本物の死闘になるだろう。

 見られることなど数年に一度と言っても過言ではない、本物の死闘にな。


『では最終戦の対戦相手の発表です!』

「……よい、名乗りは私自らがあげる」

『は、はぁ……』

「……え?」


 司会の宣言の前に、一人の男が姿を見せた。

 全身を灼熱をイメージさせる真紅の鎧で包み、これまた炎を象った刃の剣を手にしている。

 その面構えは歳をとっても決して衰えることの無い強烈な眼光を見せ、その鎧が決して飾り物ではないことを証明する闘気を纏う。漲る魔力は会場を震わせ、観衆に強烈な疑問を抱かせるのだ。


 何故、あの男がここにいるのだと。何故、決して偽者ではありえない力を見せてあんな場所にいるのだと。


「この最終戦の相手は私、ガーライル・シュバルツが相手をすることとなっている。さあ、どうするのだレオンハートよ」

「……マジッスか」


 上級騎士試験最終試合。その相手こそが騎士団副団長であり、受験者レオンハートの実の父親であるガーライル・シュバルツである。その事実を知った観衆は困惑し、当人であるレオンハートも目を見開いている。

 ……普通ならば、副団長自らが試験官などしない。まして、身内の試験を担当するなど許されるはずもない。ガーライルの性格上ありえないが、普通に考えれば権力でごり押しして自らの息子を合格させるつもりだとしか思えないからな。

 だから上級騎士の中でも上位の者達を用意することで難易度を跳ね上げてイカサマではないと周囲に納得させる為の陛下の策だったわけだが……まあ不要だったな。それが分かっていたからこそガーライルが自ら出たのだろうが。


『で、では! 最高の騎士と謳われるガーライル・シュバルツとの試合日時を指定してください!』


 ガーライルショックから抜け出す暇も無く、司会は試合時刻を決定するように迫った。

 さて、レオンハートはどうするかな? 疲労はほとんど無いだろうが、頭があるのならば恐らく――


「……試合は十日目、最終日を指定する」

「ふむ、なるほど」

『決まりましたぁぁぁぁ! 上級騎士試験最終試合! 受験者レオンハート・シュバルツVS最高の騎士ガーライル・シュバルツの前代未聞の親子対決は試験最終日! 皆様! 過去に例のない最強を決める戦いを見逃すことなきよう――』


 ……司会が観客を煽る中、ワシは概ね予想通りだと頷いた。

 今までの相手とガーライルは次元が違う。ここで何の覚悟も準備も無いまま戦うなどと選択すれば、その時点でアウトだと言ってもいいほどに。

 残された時間全てを有効活用し、最大限勝率を高める必要があるだろう。


 今までの試合内容と耳にした噂からワシが両者の力を比べれば、7:3でガーライルが優位だろうからな……。



(やばいな。まさか親父殿が出てくるなんて誰が予想できるんだよ)


 俺は試合を終えて屋敷の庭兼鍛錬場に戻ってから、これからどうしたものかと超重模擬剣で高速素振りをしながら一人考えていた。

 なお、隣では俺と同じく限界を超えるようアレス君が高速素振りをやっている。やっぱり悩みながらでも修行に手は抜けないからね。


(それはいいとしても……どうするかな本当に)


 いや実際、こりゃマジで参ったな。上級騎士と戦闘を行うなんて超高難易度試験の割には随分簡単に勝てたななんて思っていたら、まさかこんな落とし穴があったとは。

 ……対戦相手として現れたのは、いずれも俺だって聞いたことのある有名どころだった。だというのに弱すぎるからどうしたのかと思えば、最終試合が過酷過ぎるから手を抜いてくれていたわけだな。

 手加減されたことに怒りたいところだが、正直ちょっと感謝だ。親父殿と負けられない勝負を前に消耗するわけにはいかないからな。


(今の自分の腕試し程度なら気楽に挑めるけど、流石に未来を賭けた試験ともなれば万全に備える必要があるよな)


 しかしどうするかが思いつかない。ギリギリまで修行するのは当然としても、確実に勝つどころか勝ち目を見つけることすら出来ない現状だ。

 なんせ、試合会場に現れた親父殿は真紅の鱗鎧に灼熱の魔剣――【紅蓮】を持った完全装備だった。つまり、微塵の手加減も無いと言う事だろう。


 炎の魔剣である紅蓮は、この国の国宝。古来より代々王家の人間に伝えられ、人間世界最強の剣士であると国王が認めた者にのみ貸し与えられる人間世界最強の剣って話だ。

 それを生来の魔力属性が合致している親父殿が振るうんだから、もうどんな破壊力を生み出すか予想もできない。

 更に、あの鎧についても昔親父殿自身の口から聞いたことがある。

 何でも、何代か前のシュバルツ当主が英雄の誉れとしても知られる、英雄譚の王道――竜狩りに成功した証らしいんだ。

 詳しい事情は忘れたけど、南の大陸に攻め込んできた強大な火竜を一対一でねじ伏せ討伐。その火竜の鱗を使って作り上げられた魔法の鱗鎧であり、それ以降のシュバルツ家当主に伝えられてきたものだと言っていた記憶がある。

 ……そういや、紅蓮も元はその火竜の骨とか牙とか鱗とかから作られたんだっけか? 鎧は自分用にとっておいて、剣は王家に献上したけど結局シュバルツの手に握られている――とかそんな顛末だったような気もする。


 まあとにかく、そのどちらにも言えることとして、それを持ち出して敗北することなどありえてはならないってことだ。

 騎士としての、そしてシュバルツの当主としてのプライドが乗せられた剣と鎧。そのどちらもが最高レベルの性能を持っていることを踏まえれば、もう親父殿に負ける気など0.1%もないことがよくわかるだろう。


(正直、まだ技量じゃ親父殿には敵わないだろう。俺は所詮、高々10年ちょいの鍛錬を積んだだけだけど、親父殿はその三倍以上の修行を積んできたはずだからな)


 今まで努力してきたんだからきっと勝てる。そんな甘い予測で挑めば一瞬で塵にされるだろう。俺が努力してた間、親父殿だって毎日鍛錬を積んでいたことに違いはないんだから。


 ……できるだけ主観を除いて俺と親父殿を比較すれば、身体能力だけなら吸血鬼化と言った裏技を持っている俺にも分があるとは思う。

 でも、技では確実に負けている。そして装備も完全に負けている――リリスさん製のアクアバジリスクの鱗で作られた魔剣も、親父殿の火竜装備には遠く及ばない――以上、俺の不利は間違いないだろう。

 その差を十日やそこらで埋めるなんて生半可なことじゃ――ん?


「やってるなシュバルツ」

「メイ? どうしたんだ?」


 一人悩んでいたら、何故かメイが庭に入ってきた。その後ろに執事さんがおり、彼がここにメイを通したようだ。

 まあそれは別にいいんだけど、何しに来たんだろうなと素振りを中断して二人に振り向く。あ、アレス君はそのまま続けてね。今日中に5万回振らないと修行追加だよ?


「そうだな、まずは第四試合までの勝利でも祝っておこうか?」

「あー……まあ、素直に受け取っておくよ」


 あんなほとんど何もしていないに等しい戦いを称えられても嬉しくないけどね。

 メイの本題もそれじゃないだろうし、適当に流すか。鬼気迫る顔で腕からプチプチ何かが千切れる音をさせながら超重模擬剣を振っているアレス君もスルーされていることだし。


「それで、お前どうするんだ? あのガーライル殿と戦うに当たって、何か策はあるのか?」

「……いーや、何にも思いつかないね。十日でどこまで強くなれるか――って希望的観測込みの実力真っ向勝負しかないな」


 修行は毎日やっているんだ。今更スパルタ特訓なんてするまでも無く毎日できうるギリギリに挑んでいる。

 だから結局、最大限とった時間を使っていつも通りにやるしかない。どんなに頑張っても親父殿の40年を超える鍛錬に僅か十日で追いつくなんてできるわけもないが、やるしかないだろう。


「……まあ、そうだな。結局のところ、いつだって私達にできることなどそれしかない」

「せめて装備だけでも対等にしておきたいところだけどね」


 メイも予想通りといった感じにうなずいているが、実際そうなんだから仕方がない。

 実力がそう簡単に伸びるわけないしね。道具の強化だったら持つだけでそれなりにはパワーアップできるだろうけどさ。

 いやまあ、腕の延長と言っても過言ではないくらいに紅蓮を使いこなしている親父殿相手に道具の力だけでどうにかできるほど甘くはないだろうけど――ん?

 何かまた誰かが近づいて、それもダッシュで来ているような気配が……?


「……ハー……レオ……さま……ッ!」

「……? 叫びながら近づいてくるな。聞き覚えがあるが……」

「ああ。どうしたんだろ? この声は……?」


 庭の先から聞こえてくる耳に覚えがある叫び声に、俺とメイは首を捻る。

 一体どうしたんだ? リリ――


「レオンハート様!」

「うおっ!? ど、どうしたんです? リリスさん……?」

「て、転移魔法……」


 声の主は叫びながら走ってきたのだが、辛抱たまらなかったのか短距離転移魔法で突然俺の目の前に移動してきた。

 まあその超高度な魔法をそんなことに使ったのは予想通りリリスさんだったわけだが、一体どうしたんだろうか?

 だって、様子が尋常じゃないもの。家の敷地内で転移魔法って時点であのジジイを彷彿させるレベルの狂乱なんだけど、それがなくても正直びびるよこれは。

 例の72時間寝ずに研究できる薬のせいで元々尋常じゃなかったけど、今のリリスさんは何か鬼気迫るものを感じるんだから。

 どのくらい凄いかって言えば、あのメイですら目を見開いて無意識に三歩距離を空けてしまうくらいにはすごい迫力なのだ。

 既に周りのことなんて認識する余裕も無くなっているアレス君は何の反応もせずに剣振ってるけど。


「つ、つつつつつ――」

「え? 『つ』?」

「ついに完成しました! アレが!」

「え? どれが?」


 主語が無い、興奮しきった人間特有の支離滅裂で理解不能な叫びを上げているリリスさんだが、とりあえずいいことがあったらしい。

 だが俺は何か怖いので回りに目線で助けを求めてみるが、執事さんは執事さんらしく空気のようにただ立っているだけだ。命令されない限りは不可侵を貫くつもりだろう。アレス君に助けを求めるのは既に不可能として、残ったメイは……目を逸らしやがった。面倒くさいからって逃げたなこいつ。


「コレですよコレ! コレがついに完成したんです!」

「コレとかアレとかやめません!?」

「だからコレですって! この一振りがついに完成したんです!」

「……一振り? これは、刀……ですか?」


 目を輝かせているリリスさんから何とか受け取ったのは、一振りの刀だった。

 外見は今も俺が使っているアクアバジリスクの鱗製魔法刀と変わらない……と思う。細かい装飾はちょっと変化しているみたいだけど、今受け取ったのも魔力を感じさせる青白い刀身を持った刀なのだから。


 でも、これは……違うな。今まで使っていた奴とは桁が違う。いくらその手の感覚が鈍くても、手に持てばわかる。

 この刃に秘められた。寒気がするほどの魔力の波動を。


「り、リリスさん? この刀はいったい……?」

「はい! 今まで創意工夫に失敗を重ねてきた魔法刀……その完成バージョンです!」

「えっと、それってもしかして……?」


 まさか、あの精霊竜の鱗を使った武器とか何とかって奴のことを言っているのか?

 溶鉱炉の改造とか何とかって聞いてからまだ五日しか経ってないんだけど……マジで完成したの?


「水の精霊竜の鱗をベースに、今まで研究を重ねてきた風の魔法刀のシステムをハイブリット! 水と風――二つの力を持ち、更に精霊竜特有の聖なる力まで持ち合わせた当時の想定よりも数段階も性能を跳ね上げたまさに完成形態なんですよ!」

「いや、ちょっと速すぎ……」

「実際に試作作成するのに40時間、異なる属性制御を行うための技術開発にちょっと苦労して32時間ほどかかりましたが、元々議論は入念に重ねていましたからね! 十分時間はありましたよ!」

「あの、リリスさん? 世間一般の常識では五日あるってのは120時間活動するって意味じゃないんだよ?」

「レオンハート様の試験に間に合うよう頑張りましたとも! せっかく作ったこの刃――名を授けるに相応しいこの完成形、是非ともお披露目は派手に行きたかったので」

「ああ、うん。お疲れさまです」


 ……なんだろう? さっきまで悩んでいた装備問題が突然解決してしまったというのに、喜びよりも驚きの方が強くてなんだか不思議な気分なんだけど。

 しかしまあ、この際動揺は放置しよう。多分考えても損するだけだ。


 そんなことよりも、今俺が考えなきゃいけないのは――


(……やばいぞこれ。魔法の武器として今まで手にしたこと無いくらい強力だけど……強力すぎてうまく扱える気がしない)


 どんな道具も使い手が未熟では効果半減、下手すればマイナスになるものだ。

 それが最高峰の物ともなれば、扱いを間違えれば自分に被害が出るだろう。こんなもん暴走させたら酷いことになるのは間違いない。あくまでも俺の勘でしかないが、こいつは極限られた巧者にしか扱えない代物だ。


 そして、はっきり言おう。俺がその限られた者に入っているかいないかを言えば、入っていない。

 俺の技は、基本的に地道な反復練習で身体に刻み込んできたものだ。それは剣術や道具の扱いも含まれ、一発で高度な技や武具を使いこなすなんてセンス俺にはない。

 しかし残されている時間は今から十日しかない。その時間でこいつを使いこなすのは相当難しいぞ……。


「よかったではないか、シュバルツ。これで武器でガーライル殿に劣るということはないのではないか?」

「いやまあ、そうなんだけど……使い手に差がありすぎるぞ」


 メイが狂乱のリリスさんを視界から外して俺に話しかけてきたが、苦笑いで返すことしかできない。

 親父殿と【紅蓮】は長年共に戦ってきた相棒のようなもの。対してこっちは今手にしたばかりの卸したてだ。扱いの技術でどっちに軍配が上がるかは火を見るよりも明らかと言える。

 少なくとも、この魔剣に秘められている力を全て扱えるようにならないと話にならない。でも俺にそんな器用な真似は――ッ!?


「フンッ!」

「おっと!?」


 メイが突然拳を握り、ワンツーパンチを打ってきた。

 俺はそれを上体の動きで回避するが、普通に危なかったぞ。不意打ちは突然やるから不意打ちなんだと言っても、突然どうしたんだいったい?


「フン、悩む必要などないだろう?」

「……何がだ?」

「お前はガーライル殿と戦う為に、その剣を使いこなせるようにならなければならない。そうだな」


 メイは拳を回避した俺に戦士の笑みを浮かべながらも真っ直ぐに俺の目を見てそう言った。

 俺は、それに無言で頷く。今の俺は、親父殿に勝つためにやれることを全てやらなければいけないのだ。そして今手の中には使いこなせれば戦力アップ間違いなしの剣がある。ならば、やるしかないだろう。


「せっかくいい勝負が見られそうなのだ。私も全力で協力するぞ?」

「協力?」

「どうせ、この武器を期日までに使いこなすことができるか、とか考えているんだろう?」

「……まぁね」

「だったら話は早い。時間が無いのだから最高の効率を持つ鍛錬を行うほか無い。そして、昔からこの世でもっとも効率のいい鍛錬法など一つしかないだろう?」

「……なるほどね」


 俺はメイの言いたい事を理解し、手にした魔刀の感触を確かめるように一回振る。

 ……うん、流石リリスさんだ。俺の癖を完璧に知り尽くした職人技で、まるで手に吸い付いてくるような感覚すら受ける。

 これなら、できるだろう。メイが協力してくれれば、この世でもっとも効率のいい鍛錬が……!


「それじゃ、お願いしようかな」

「フ、任せろ。私も本気で楽しませてもらう」

「ああ。じゃあ、やろうか。九日目は休息に当てるとして……今日を含めて八日間、休みなしのガチバトルだ……!」


 大昔から、もっとも効率のいい修行法なんてのは一つしかないと決まっている。

 それは、命を危険に晒すほどの実戦。それも、実力が拮抗した相手との真剣勝負だ。


 今からメイを相手に徹夜での極限バトルを行う。そうすりゃ、嫌でもこの刃の全てを身体で理解できるってもんだ……!

レオンハート、女性と激しい夜を過ごす。

……ウソはついてないヨ?

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