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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
光と闇の進化
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第57話 神造英雄

――――構成素材『人間』に異常発生。

――――異常検索、特定。魂への深刻な被害を確認。

――――構成素材『人間』への損傷確認。瀕死。これより修復作業に入る。

――――問題発生。修復完了まで時間を要する。周囲に『邪悪』あり。

――――防衛手段を検索、特定。防衛人格『神造英雄』を起動……



(体が軽い)


 首を目掛けて伸ばされた、腐った腕を斬りおとす。


(剣が馴染む)


 今まで扱えなかった、子供の僕には大きすぎる剣が自由に振れる。


(全部見える)


 まるで背中に目でもついたみたいに、周囲を取り囲む死者の群れの動きを察知できる。


(なんだろ? 死にそうになっておかしくなっちゃったのかな?)


 剣に魔力を流し、骨のモンスターを両断する。これは、じいちゃんの使っていたスキル【骨断ち】。

 今までの師匠との修行。いつも死にそうになってもイマイチ強くなった実感なんてなかった。あまり変わってないようにしか感じられなかった。

 でも、今ならはっきりとわかる。師匠についてきたのは、間違いなんかじゃないって。


「――確か、こんな感じだったよね」


 何度か見た師匠の本気。それを頭の中で再現し、自分の体で再現する。

 前も後ろも死者の魔物だらけ。その全てが自分に向かって手を伸ばしているのならば……周囲を全て斬り裂くような剣がいい。


「――剣技変式・円刃」


 自分を中心にして、回転しながら全方向を斬り裂く。一匹一匹斬る度に自分の力が増しているような感覚だ。


 あの吸血鬼ってモンスターと師匠が闘い始めてから、僕は遠くでアンデッドモンスターの大群に襲われた。

 最初は怖かった。勝てないと思った。無理だと思った。でも……それでも足掻いてたら、いつの間にか目の前のアンデッドたちは取るに足らない敵に成り下がっていた。

 これが成長なんだろうか? 師匠は『毎日鍛えて闘ってれば嫌でも強くなる』って言ってたけど、なるほど確かに実戦は素晴らしい修行だ。

 今までの師匠の教えが、まるでパズルのように僕の中で組みあがっていくんだから。


「ラストッ!」

「ああぁぁ……」


 怨念のような唸り声と共に、近くにいた最後のゾンビが倒れた。酷い匂いにもう馬鹿になった鼻が更にダメになりそうだけど、何とか我慢する。

 この不思議な空間では弱いアンデッドが沢山湧き出てくる。それを理解した以上早く逃げたいんだけど、多分これを作ったあの吸血鬼を倒さない限り出られないんだろうなーとは僕でもわかる。

 だから、師匠を信じてじっと待つしかない。僕はそう考え、師匠に渡された道具袋――なんでこんなに物が入れられるのかは師匠も教えてくれなかった――から回復の薬をとりだす。村で怪我人を治したときにも思ったけど、回復の魔法と同じ効果が得られるなんて凄いよね。

 でも――


「これ……なくても大丈夫なのかな、師匠?」


 この袋の中に入っているものは、どれも戦いの場で有用だ。あの吸血鬼は凄い強そうだったし、アイテムを持たずに大丈夫なのか心配になる。

 一応幾つか魔道書(スクロール)を取り出していたけど、あんな数じゃ全然足りないんじゃないかと思う。僕もこの闘い、最初の頃はいろいろアイテムを使わせてもらったし、その便利さは身をもって理解したから。


「……よし、行こう!」


 もうこの辺りのアンデッドは全て倒し終わった。自分からどんどん向かってきてたから早く片付いたんだよね。

 となれば、僕のやるべきことは師匠にこのアイテムを届けることだ。不用意に近づいて迷惑かけたら本末転倒だけど、せめて回復のポーションを渡すくらいのことはできるはずだよ。




 そして、こそこそいつでも全力で逆走できるように戦闘音が鳴り響く場所に行った僕が見たのは、予想外の光景だった。


「ク……ソガッ」


 目で追うことすら出来ない何か――多分拳が肩に突き刺さり、爆散させる。

 その痛みに一瞬顔を顰めて止まったところに、とんでもない出力の魔力砲撃を打ち出して追撃をかける。

 それによって全身の皮膚が焼かれた苦しみに悶える暇もなく、今度は貫通性の魔力弾が全身を遠慮なしに貫く。

 今まで見たこともない、圧倒的な力による蹂躙だった。手も足も出ずに打ちのめされ、それを何の感慨もなさそうに、無表情のまま見下す蹂躙者。

 そう……あの吸血鬼が、僕もまだ見たことのない輝きを身に纏った師匠に完膚なきまでに叩きのめされていたんだ。


「ぢ……治癒形態:“同化する牙”」


 師匠の魔力――前に見せてもらった、希少魔力“光”による魔力砲によって全身を焼かれた上に体中を穴だらけにされた吸血鬼は、手に持っていたあの結界を作り出した道具に掠れた声で何かを命じた。

 するとあの赤い武器みたいなのは、その先端を持ち主である吸血鬼に向け、突き刺した。そこからドクドクと何かを注ぎ込んでいるように膨れたり縮んだりを繰り返していく。

 何かが注がれる度に、今にも死にそうだった吸血鬼の体が見る見るうちに回復していく。やがて見た限りでは完全回復した吸血鬼は、何とかと言った様子で立ち上がったのだった。


「かはぁ……はぁ……はぁ……な、何故だっ!」


 吸血鬼は信じられないと、そんな感情を爆発させたように叫んだ。


 僕の感覚なんて大して当てにはならないだろうけど、あの吸血鬼は間違いなく強い。この空間内での戦いで何か掴んだ気がするなんて自惚れてる僕だけど、それでも到底適わないと見ただけで分かる。

 それは師匠も同じはずだ。師匠なら互角に戦えるのかもしれないけど、少なくともここまで圧倒的に追い詰めるなんてことはできないはずだ。


 今の師匠は、僕が知っているのとは別の次元の強さを身に纏っている。

 いつもの騎士鎧は闘いの中で砕けてしまったのか、もはやボロボロの血で染まった服しか身につけていない。おおよそ万全とは言いがたい状態のはずなのに、全く弱さを見せない姿をしているんだ。

 全身からは「うまく扱えない」と言っていたはずの光属性魔力が目に見えるほど強烈に放たれている。それが鎧のように全身を覆い、鳥のような翼まで作っているようだ。今も空に当然のように静止しているところを見ると、飾りじゃなくて飛行能力を得る魔法なのかな?


(あれは……僕が教えてもらってない師匠の奥の手なの? でも、何か違う。あれは本当に……師匠なの?)


 更に動揺する心を沈めて深く観察してみれば、鎧のように放出される光の魔力以外にも別の魔力が全身から立ち昇っている。まるでからだが光っているようだ。

 あれが何なのかはわからないけど、本来視認することなんてできないはずの純粋な魔力が目に見えているんだ。その力は、僕の認識の外にあるんだろう。

 でも、それ以上に気になるのは目だ。師匠は戦いのときに限り、とても激しい目をする。どこまでも敵を斬ることだけを追求したような、野生の獣のように人としての理性や感情が吹き飛んだような目を。

 しかし今の師匠は、そんな目とは似ても似つかない冷たさがある。余計なことを考えないよう気を暴走させるから戦闘中は雰囲気が変わるって言ってたけど、今はそれとは真逆の冷徹な印象だ。

 あれじゃあもう、人としての感情を全て捨て去ってしまったようにも見えてしまうよ。


「俺の……俺の高めた“血”は、決して耐えられるようなものではないっ! 我らの力の対極に位置するその忌々しい魔力の加護があろうが、確実にその魂を歪めるレベルにまで高めたはずだっ! なのにその、その力、いったいどうやって手に入れたぁ!?」


 ショックを受けているんだろう、動揺を全く隠せていない吸血鬼が地に足をつけたまま叫んだ。

 吸血鬼は強い。でも、今の師匠はもっと強い。そのくらいしか僕にはわからないけど、吸血鬼にとってはそうじゃないんだろう。

 何がそこまで許せないのかはわからないけど、多分絶対の自信のあった何かが通用しなかった。そんなことがあったんじゃないかと、僕は何となく感じた。


「……感知範囲内に新たな個体確認。識別……判定、善。守護対象に認定。識別判定、悪への攻撃を続行」


 でも、師匠は何事かを呟いてから冷淡に淡々と殺意だけを高めていた。そして両手に多量の魔力を集めるのだった。


「排除対象を観察……現時点での攻撃有効を確認できず。対象への有効な攻撃を検索……判定、対象の完全消滅」


 そして師匠は両手に集めた震えが走るほどの魔力を一つに束ね、片手を後方に、まるで弓でも持っているのように引き絞った。

 いや、『ように』じゃない。あれはまさしく弓矢なんだ。膨大な光の魔力を矢として放つための、弓術の構えなんだ。


「――――ッ! キサマが何者だろうが、俺に二度目の敗北などありえんっ!!」


 対し、吸血鬼もまた全身から師匠の纏うものとは真逆の印象を与えてくる魔力を立ち昇らせ、自分に突き刺さっていた武器に叫んだのだった。


吸血牙槍(ヴァンパイアファング)決戦形態――“終末の牙”!!」


 吸血鬼の手にする武装が形を変えていく。それは最初に見た何の為に使うのかわからない歪な棒ではなく、明確にその役割を現した一つの武器だった。

 形状は槍。最初から槍っぽいものではあったが、今のそれは鋭さと力強さ、そして美しさまでもを兼ね備えた投擲槍だった。

 槍は白兵戦用の武器であると同時に、投擲によって敵を殲滅する遠距離武器でもある。槍使いは高確率で遠距離攻撃スキルを会得しているから注意するように――って師匠も言ってたけど、あれは間違いなく投げて使う遠距離武器だ。


「排除対象に変化を確認。行動を再検索――判定、変わらず。殲滅を行う」

「舐めるなぁぁぁぁっ!」


 吸血鬼は激情を槍に込め、師匠はただ淡々と魔力を高めていく。

 対照的な二人だけど、それでも互いにぶつけようと高められる力は規格外。僕が子供だとか未熟だとかそんなこと無関係に、人間では決してたどり着けないとわかってしまうほどの力が目の前で集約されていた。


「あ、あぁぁ……」


 体が震え、声が漏れてしまう。敵とか味方とか無関係に、震えるしかない隔絶した力が今にも牙を向こうとしていた。

 そして、その恐怖のにらみ合いは――およそ10秒ほどのチャージを終え、力の解放が行われることで終わりを迎えたのだった。


「――【終末撃(エンディストライド)】!」

「――【神の裁きホーリージャッジメント】」


 漆黒の大魔力を宿した魔槍が、一直線に放たれる。神聖さを宿した破滅の光が、矢となって放たれる。

 どちらも僕の認識では規格外。そう呼ぶしかない人外の一撃。それが空中で正面からぶつかり合い、そして――破壊を撒き散らしながら拮抗した。


「ぐぅ……!! この、この一撃に……担い手の魔力を溜め込み、最上級の破壊を促す至高の魔槍最強の一撃と、拮抗だとぉ……!」


 対極の力を宿した槍と矢は、白と黒をぶつけながら強烈な衝撃波を放つ。

 それを見た吸血鬼は、眼球が飛び出すんじゃないかと思うくらいに顔を顰め、怒った。どうやらこの漆黒の槍は吸血鬼にとってもっとも頼りにする一撃らしく、それと対等な一撃なんて認めたくないみたい。

 対して、師匠はこの期に及んでも眉一つ動かさない。本当に感情を失ったみたいに、別の何かに変わってしまったように大魔力の喪失で苦しいはずの体を動かしていた。


「現状における攻撃の有効性……不明。更なる追撃を次策とする」

「がぁ……? ば、ばかな……」


 拮抗する白と黒の極光に対し、師匠は再び構えをとった。それは今も空中で激しい衝突を繰り広げる白光の矢を放ったときと同じ構え。

 それはつまり――今目の前で放たれた驚愕の一撃が、再び放たれると言うことであった。


「ありえんありえんありえぇぇん! 人間が魔槍の力を込めた我が最強の一撃に拮抗し、あまつさえ連撃ぃ……!? ありえてたまるかぁ!!」


 吸血鬼が狂ったように叫ぶ。当然だ。あんな、人間超えてるとしか思えない魔力波を続けて二発? ありえないよいくらなんでも。

 あの光の矢は、多分町の防壁すら消し飛ばす威力がある。いっそ城でも問題なく消滅するはずだ。どう考えても人間の限界を超えてる。師匠のお父さんは師匠よりもずっと強いって話だけど、それでもあの光の矢をどうにかできるなんてとても思えないんだもん。

 それはつまり漆黒の槍にも同じ威力があるってことなんだけど、武器を投擲することでその威力を得ていた吸血鬼に二撃目があるわけない。まだ叫ぶくらいの元気があって、魔力的にも撃てないわけじゃぁないって感じが恐ろしいけど、それでも槍が手元に帰ってくるまでの間は同じ技を使うことなんてできない。

 だから――二撃目が放たれれば、その結末なんて考えるまでもないことだ。


「クソッ! 【闇術・威力上昇(マジックブースト)闇の砲撃(ダークカノン)】」


 その代用に、吸血鬼は魔法の構えをとった。僕的には十分切り札級の魔力が吸血鬼が前に突き出した両手に集まっているけど、それでもあの光の矢と闇の槍には遠く及ばない威力しかない。

 師匠の次があれと同等ならば……はっきり言って、勝負にならないと断言できる魔法だった。


「――【神の裁きホーリージャッジメント】」


 師匠は、さっきと全く変わらない矢を、さっきと変わらない構えで、さっきと変わらない――威力で放ったのだった。


「あ、がぁ……」


 両者の魔力の後押しを受けた光と闇の拮抗は、その援軍の差で大きく均衡が傾いた。全てを浄化するような清浄な気を放つ光の二矢が、闇の槍と砲撃を押し始めたのだ。

 その差は徐々に広がっていき、やがて闇は光に飲まれて消える。それで光が収まることはなく――大本である吸血鬼をも飲み込もうと、その威光を進めるのだった。


「――形態――」


 光に飲まれる寸前、吸血鬼が光に手を伸ばしながら何かを叫んだ。

 強大な魔力が大地を抉る轟音のせいでよく聞こえないけど、どうやら吸血鬼は回避するつもりがないらしい。無理な魔力の放出で体が硬直しているのかもしれないし、破壊範囲の広さから諦めたのかもしれない。

 どっちにしても……僕はその結末を見ることなく、光の矢が地面に命中した衝撃波で後方へと吹っ飛ばされたのだった。



「くそっ! 何が起こったんだ! 映像データはどうなっているっ!」

「不明! 強化魔術師部隊並び強化魔物部隊の生命反応が消失してより、下手人およびターゲットの反応もロストしたままです!」


 総勢450にも及ぶ我らの研究の結晶。その肩慣らしにターゲットと接触前に現れた旅人らしき男へ攻撃命令を出した。

 そこまではわかっている。だが、そこから急に使い魔からの通信映像が乱れ、まともに情報が入らなくなった。わかっているのはこちらで管理している連中の生命エネルギーが次々に消失していったこと、そしてここの感知システムですら旅人らしき男とターゲットの反応が確認できないことだけだ。


「まさかとは思うが……僕たちの研究の結晶が、旅人一人に殺しつくされた、何てことはないだろうな?」

「わかりませんが、現在判明しているデータを見る限りは……」

「ああ、皆まで言わなくていい。僕も研究畑の魔術師の端くれ。手元のデータを読み違えることはないさ」


 そうだ、判明しているデータだけで考えれば、一人を殺すのには明らかに過剰な、戦争でも視野に入れているような戦力が見知らぬたった一人に壊滅させられたとしか結論できない。

 それができる個人が存在し得ないか――で言えば、存在すると僕は答える。例えばかのガーライル・シュバルツやバース・クンと言った生きる伝説たち。あるいは我が直属の上司であるイビル様ことイーグル・スチュアート様でも勝利することは可能だろう。こんなことを言うと上司に殺されるが、そのイビル様を超える術士であるグレモリー老でも可能なはずだ。

 そう、そんな人類のバグ、人と言う規格からはみ出した逸脱者ならば数は脅威になりえない。我らが知恵によって強化された兵士と言えども、あの化け物の領域から見れば有象無象に過ぎないだろうから。


「……あの、旅人らしき男のデータはあるかい? リップちゃん」

「残念ながら、映像データだけです」

「だよね。それが答えだよね……」


 助手のリップちゃんが、映像受信水鏡を操作しながらそう答えてくれた。ああ全く、その答えは自分で分かっていても聞きたくないよ。

 だって、それはつまり裏にも表にもそれなりに精通している僕らですら知らない顔ってことなんだから。仮にあの映像に写っている謎の男が三大武家の当主達であれば、データを望めばプロフィールから武勇伝までかなりの資料が出てくるのに。


「あー、どうしよ。このままだと僕がイビル様に殺されるんだけど」

「大量の研究資金を投じて作り上げた改造兵団を全て失い、得た物は何もない。責任を取るには一人の首では足りないかもしれませんね」


 リップちゃんは感情を交えずに、淡々と僕の置かれた現状を教えてくれた。

 そうさ、これはあくまでもデータ収集が第一目標なのだ。いくら個人に対して出すには多すぎる数であったと言えども、国を相手取ることを考えれば500程度ではあまり大差ないんだから。

 できればターゲット、レオンハート・シュバルツを捕獲せよとの上司命令を完遂したいところだったけど、敗北してでも集団戦における改造兵団の問題点および課題点、そしてターゲットの現在の能力を調べることさえ出来れば全滅でも問題ないといえば問題ない戦いだったんだ。


(現実は、何故か探査計器が誤作動起こしてほどんど死んだせいで何にもわかりませーん……なんだけどさ)


 まずターゲットと接触する前に謎の人物に壊滅させられた。これがよくない。

 最悪準英雄級のシュバルツ次期当主に敗北したなら戦闘経過次第では順調に研究は進んでいますと言えたところだけど、どこの誰かすらわからない奴に壊滅させられたとか、研究資金使って何やってたんだと最悪命で償う破目になる。

 更に探査計器が不調とか、一番やっちゃいけないミスだ。データ取りが目的なのにそのデータを取ることが最初から出来ない状態だったとか、やっぱり責任者の僕の首が物理的に飛ぶ。

 当然、魔力測定計器に関しては念入りに確認したはずなんだ。飛行能力をもった使い魔も、魔力を測定して魔力波に乗せてデータを送信してくる装置も、全て間違いなく動作することを確認していたはずなんだ。

 それなのにこの失態。せめて何で計器が動かなかったのかくらい突き止めないと……もはや殺されるじゃすまない罰を受けてしまうぞ……。


「うー!! 飛ばした使い魔はまだ現場に着かないか! 少しでも情報を集めろ!」

「了解!」


 ここの研究所のスタッフたちも、自分が表社会で大手を振って歩けないことは承知している闇の世界の住民だ。

 だからこそ、失敗に課される罰の大きさは理解している。最悪責任者の僕だけではなく、ここにいる全員が見せしめに処断されることも考えているはずだ。

 それを知っているからこそ、みんな必死に手を動かす。強化魔法による高速移動使い魔での情報収集など、普段はやっていない手段まで使って全力で今何が起きているのかを探っているのだ。

 せめて何か言い訳できる材料だけでも見つけてくれれば――


「ッ!? 支部長!」

「どうした!」

「計測機器の回復を確認! 画像、出ます!」


 スタッフがそう叫ぶと、我が研究所お手製の大型水鏡に映像が映し出された。これはリアルタイムで遠距離の映像を映し出すもののはずだが……はて?


「何もないだと……?」


 映し出された映像には、何も映っていなかった。映っているのはのどかに広がる自然な風景。戦いの痕跡すら感じさせない、どこにでもあるのどかな草原でしかなかった。


「周囲に生命反応、魔力反応はあるか?」

「いえ……計測器には何の反応もありません」

「……妙だな」


 誰もいないのはこの際構わない。既に戦闘が終了し、立ち去ってしまったと考えればいいのだから。

 だが、それにしたってなくてはならないものが欠けている。この場になくてはならない、敗者がいないのだ。


「450体に及ぶ我らの兵は、どこに行った?」

「個々に埋め込んだ発信機によれば、全個体が死亡しているはずです」

「だよな……。じゃあ死体はどこに行ったんだ? 発信機から場所を割り出すことは?」

「やっていますが、今のところ成果なし。元々宿主の魔力依存型なので、死亡すればそれ以上の動作は期待できないのですが……」


 リップちゃんの歯切れの悪い言葉に、僕も頷く。確かに、元々強化に失敗して魔力バランスに異常をきたしていないかを管理する為の装置なわけだから、個体が死亡すれば機能が停止するのも当然のことだ。

 しかしとなると、死体はどこに消えたんだ? 酷く荒れた画像ながら何体かが手も足も出ずに殺されていったところまでは見られたんだから、最低でもゴブリンやオーガの死体が山になっているはずなんだが……。


「支部長。使い魔映像及び魔力測定計器の不調の原因が判明しました」

「ん? もうかい?」

「はい。まだ確定ではありませんが、送られてきた映像の不調と時間をおいて回復したことから考えて、恐らく魔力波障害が発生していたのだと思われます」

「魔力波障害……まさか、個人が起こしたと?」

「恐らくは、その通りかと」


 使い魔からの視覚を受け取るなど、遠距離との情報のやり取りは全て魔力を介して行われる。魔力に様々な情報を載せて遠距離に飛ばすことでやり取りしているのだ。

 しかしそれは逆に言えば、情報を乗せた魔力――魔力波が飛ばせない状況では効果を発揮しないと言うこと。そしてその状況がもっとも考えられるのが魔力波障害、簡単に言えば強力な魔力が近くで解放されたせいで周囲の魔力が押し流される現象のことだ。


「しかし情報伝達魔法を乱すほどの障害を個人が起こす? ちょっと人間には無理だぞ?」

「ええ。我々のデータに寄れば、最低でも一人前と呼ばれる魔術師が10人同時に大規模魔法を使ってようやくそのレベルの障害を起こせると出ています」

「……最低でも準英雄級、だよなぁ」


 そんな強者の情報が今まで出回ってないとかありえない。少なくとも、あの謎の男が人の世界で暮らしているのならば噂にならないわけがない。

 となると、考えるべきなのは人の世界の住民ではない場合だ。確かターゲットのシュバルツ次期当主はヴァンパイアキラーだかバスターだかって異名があったはず。

 となると――


「……レオンハート・シュバルツを狙って来た吸血鬼ってところか?」

「可能性としては、あるでしょう」


 人の基準で言えばありえない力による所業。それを人間にやらせようと思えば、人の枠を超えちまった怪物を呼んでくるしかない。

 でも、最初から人の領域なんて超えている本物の怪物ならば話は別。なんでそんな化け物が人の世界を悠然と歩いてるんだよって叫び倒したいところだけど、それなら筋は通っちまうな。


「はぁ……。ま、最悪この仮説を立証できればいいわけにはなるかなぁ。吸血鬼とか、そんなのに勝てるわけないでしょってねー」

「詳細なデータはありませんけど、間違いなく人類が立ち向かおうとする時点で間違いの危険度がありますからね。イビル様への言い訳……もとい、報告としてはそれでいいのでは?」

「だよねリップちゃん。そう思って心を落ち着かせよ――」

「緊急報告! 異常発生!」


 今も忙しく魔法式を弄ってるリップちゃんと軽い話をして心を落ち着かせていると、他のスタッフが叫び声のような報告を入れてきた。

 何事かと思って顔を向けると、そのスタッフは信じられないようなものを見た顔で更に叫ぶのだった。


「映像水鏡の右上に異常発生!」

「なに? 故障?」

「いえ! 映像の中に……観察ポイントに異変が起きています!」


 その声と共に、僕を含めたこの場にいるスタッフ一同は水鏡の右上に注目した。


「な、なんだあれ……?」

「罅? 空に罅が入っている?」

「なんだ? どんな現象だこれ?」


 口々に呟かれている通り、水鏡が映し出す映像の端っこのほうに罅が入っていた。水鏡自体がどうかしたと言うわけではなく、水鏡が映し出す空に罅が入っているのだ。

 それをみたスタッフたちは、混乱しつつも好奇心と言う名の狂気を浮かべ出す。ああ全く、未知の何かを見せられて興奮しない変態なんてここにはいないってことかね……。


「支部長。そんな変態そのものの顔で興奮してないで指示をお願いします」

「ん、ああ、了解だよリップちゃん。……全員に告ぐ! あの空間の罅を高速で解析しろ!」

「了解!」


 謎の現象に歓喜を抑えられなかったのか、ついついリップちゃんにダメ出しされてしまった。

 彼女だって僕と同じくらい興奮して、さっきから忙しなく動いている指が更に三割り増しのスピードになっているのに無表情は変わらないんだねー。


「……支部長。罅、どんどん大きくなっています」

「そのようだね。目に見えない何かがあるのか? それとも――」

「ッ!? 魔力計測器に異常発生! 測定限界値を余裕でオーバーする魔力があの罅から検出されました!」


 あの罅からは、とんでもない魔力が出てくるらしい。空間に罅が入る原理をまずはじっくり考えたいところなのに、なんとも忙しないことだ。

 そうやって僕らが楽しく見ていると……ついにその罅は大きく広がり、やがて空間の裂け目となるのだった。


「うわっ!? ま、魔力波障害発生! デカイです!」

「あー! 映像消えたぁぁぁ!!」


 空間の裂け目から何かが出てきたと思ったら、またまた映像が途絶えてしまった。測定器を軽く振り切る魔力とか出てきたら当たり前と言えば当たり前なんだけど、そりゃないだろう。

 こんなの、極上の美酒と美女を目の前に出されて手を出す前に奪われたようなもんだぞ……。


「……ご心配なく。私の使い魔が高度を上げて観測を行っています。私と水鏡を繋いでください」

「おお! 流石リップちゃん!」


 魔力波障害が起きるのならば、それの範囲外から観測すればいい。当然のことだけど、それができる高性能使い魔を出していたなんて流石リップちゃんだね!


「映像……切り替え完了!」

「こ、これは……」

「……うん。これは面白いことになってるね」


 映し出された映像に映っていたのは、三人の人影だった。

 一人はレオンハート・シュバルツ。一人はあの謎の吸血鬼と思わしき男。そして最後は、シュバルツ次期当主が最近連れ歩いていると言う子供だった。

 その内、二名は瀕死の状態に見える。シュバルツ次期当主は全身の生気と言う生気を使い切ったかのように地に伏し、暫定吸血鬼は比喩ではなく身体の半分が消し飛んでいる。子供に関しては多少疲労しているようにも見える……といったところだ。流石にこの子供について今考える必要はないだろう。

 この状況から考えられるのは……


「なるほど、隔離結界とか言う奴か」

「隔離結界? 何ですかそれ?」

「ああ。以前イビル様のコレクションである文献を読ませていただいたときに知ったんだけど、異空間を作り出す魔法らしいよ。他にも決闘空間とか支配世界とか呼び方はいろいろあるんだけど、とにかく言えるのは、その魔法があれば本当に数に意味がなくなる。無理やり一対一に引きずり込むことが可能で、しかも結界空間内は術者に有利な特別なルールが発生する……らしいよ」

「なんとも、暗殺に便利な魔法ですね」

「実際は発動に人間では用意できないクラスの魔力を要求されるから実用的じゃないんだけどね。大半は魔道具なんかを使って使うらしいし」


 つらつらと机上の空論レベルの魔法理論を講義しつつ、さてどうするかを考えよう。

 現状、ターゲットは意識不明。もっとも危険であると思われる吸血鬼も半死半生。吸血鬼には高速再生能力があると聞いているけど、それができないほど弱っているのか?

 まあ、いい。どちらにせよ、今あの地には戦闘能力をもった者がいない。ならば、これは絶好のチャンスじゃないか? 捕縛対象レオンハート・シュバルツと、イビル様がご執心の吸血鬼の血の生産元を一度に手に入れられる、さ。


「……リップちゃーん。今すぐ長距離転移を用意してくれない?」

「はい? もう出せる戦力はありませんよ?」

「うん。でも大丈夫。まだ出してない戦力があるからさ」


 僕は、自分を指差しながらそう答える。それにリップちゃんは一瞬ビックリした表情を浮かべたけど、すぐさま元も無表情に戻って頷いたのだった。


「了解しました。確かに、観察対象を見る限り支部長でも大丈夫そうですね」

「うん。かろうじて生きてるだけの実験動物二匹摘むくらい僕だってできるからね。でも流石に戦闘力皆無の人らを行かせるのは危ないから、僕しかいないでしょ?」


 ここにいるのは魔法使いと言っても研究者ばかりだ。はっきり言って、戦闘訓練なんて産まれてこの方一度もしたことないインドア派の集まりなんだよね。

 まあそれは僕も同じなんだけど、彼らとは一つだけ違う点があるんだ。


「じゃ、大急ぎでよろしく」

「はい。【空術・他者転移テレポーテーション・ターゲティング】」


 こういった空間操作による転移魔法は高等技術なんだけど、リップちゃんは空術のスペシャリストだ。

 だから僕も安心してその魔法に身を任せ、そしていつも身につけている戦闘用の杖を握った。


「第七支部責任者兼、暴走実験体捕獲用戦闘員。コードネーム“ヘッド”。これより実験動物の捕獲に向かいまーす」


 僕の仕事はここの責任者であり、そして、制御に失敗した魔物を取り押さえることなんだからさ。

吸血鬼の血で更に進化――と思ったら、何か謎のなにかが出てきたの巻。

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