第56話 新生ミハイVSレオンハート
「……立て、レオンハート・シュバルツ。他ならいざ知らず、この空間内ならばまだ動けるだろう?」
(……親父殿を思い出すスパルタってか)
命を蝕む力を持った闇の魔力の爆発によって、この不毛な大地はプスプスと妙な音を立てている。
そんな一つの魔法によって作られた巨大なクレーターの中央で、俺は土をかぶりながら倒れていた。体がメキメキと生物が上げてはいけない音を上げながら再生し、ちぎれた箇所まで問題なく繋がっているようだ。
奴の口ぶりから察するに、どうやらこの空間は吸血鬼に有利な効果を齎すらしい。所詮紛い物である俺でも、再生力が強化されている気がするな。
敵が純正の吸血鬼であるミハイだと思えば、全く慰めにならないことだけど。
「よ……っと」
「立ったな? では、改めて殺そうか」
「ははは……休憩タイムとかなし?」
「なしだっ!」
再びミハイの武器が伸びる。触手槍の形態をとり、前に進むほどにその数を枝分かれさせて増やしている。
ああ、どうしよ。まだまだ体がガタガタなんだけど……せめて後一分くらい回復タイムが欲しいなぁ。
「――魔剣開放」
手にしていた剣は、さっきの攻撃の衝撃でどっかに飛んでいってしまった。そこで、すぐさまもう一本の剣に魔力を通す。
今まで手にしていたのは、ロクシーの伝手で磨き上げられた鋼の剣。でも、実はもう一本手元に持っていたのだ。
(頼むぜ、リリスさん――)
手にしたのはリリスさん製の風の魔剣。ニナイ村で使った奴は数度の使用でガタが来てしまったんだけど、その反省を生かして更に改良したものらしい。
何でも凄い工夫をしたおかげで今までとは比べ物にならない性能を手にしたらしく、興奮気味に書かれた手紙と共にさっき転移魔法便で受け取ったばかりの品だ。
ほのかに青く輝く刀身が確かに今までとは違う力を感じさせる、もしかすると名づけに値する完成品かも知れない一品である。
「――【風術・中位風竜の牙】!」
刀剣を一振りすると、全てを引き裂かんとする豪風がミハイに向かって飛び出した。
俺の魔力に従い、刀身からあふれ出る風の魔力を圧縮した上で回転を加え、鋭利な突撃槍のような効果を持たせたのだ。
初級魔法とは桁が違う威力をそのまま攻撃的な形状に変化させた龍の如き突風は、ミハイの触手槍を吹き飛ばしていく。流石に全てを吹き飛ばしてミハイを倒してくれるほどの威力ではないにしても、追撃を打ち落とした上で蝙蝠に変化する血液までもを吹き飛ばすことに成功したのだった。
「すっげぇな、リリスさん。これはもう完成品でいいんじゃないか?」
今までのであれば、単純に中位魔法級の魔力を放出しただけでガタが来ていた。それなのに、高出力の魔力を放った上で魔法として加工までしたのに青く輝く刀身に傷も歪みもない。
まさに、戦闘用の魔道具たる魔剣としては文句のない出来だと感じる。中位魔法を問題なく発射できる刀とか、今の技術じゃ作れないと思っていたんだけどな――
(いや、まだまだ行けるのか? この刀、まだ全力を出しちゃいないんじゃ――)
「いい剣を持っているな。構成も人の手にあるとは思えんほど巧みだが――何よりも、材質が飛びぬけている。その刀身は一体何でできているやら……」
……俺も知らない。ミハイは吸血鬼としての魔力視認を使ってこの刀の完成度の高さを見抜いたようだけど、ぶっちゃけこれ何で出来ているのだろうか?
今までの奴も手に入る中で最高の金属を使っているって言ってたし、そのせいで材料費が凄いことになっているって状況だったのに、何か今までのとは違うもっと凄いのを見つけたんだろうか?
……その答えを知るためにも、何としてでも生き残らないとな。
「フフ、よいよい。実によい。俺の魔槍には及ばんとは言え、お前もいい魔剣を手にしたじゃないか。ならば、この先の第二幕にも花が添えられると言うものだ」
「第二幕?」
「ああ。最初に言っただろ? この空間の能力をな」
その瞬間、周囲に多数の魔力反応が現れた。生命反応は欠片もないのに、魔力反応と憎悪にも似た敵意を感じる。
これは、間違いなくアンデッドの反応だ。自我を持つほどではないが、そこそこの力を持っているアンデッドが側にいるときこんな感覚を覚えるんだ。
「……アンデッド、創造か」
「そうだ。この結界空間の中では、無限の死者が生み出される。その全てが空間を創造した俺に従う、無限の兵力を生み出すのだよ」
ゲームではよくあった、取り巻きの無限召喚ってわけか。術者がスキルすら使うことなくポコポコ生み出せるとはまあ、便利だなおい。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「んっ!? 今の声は――ッ!」
「ああ。お前が連れていた人間のガキか。そう言えば、アレは何なんだ?」
アンデッド反応が出現してすぐ、遠くからアレス君の悲鳴にも似た雄たけびが聞こえてきた。同時に、剣が硬いものに当たるような音も。
どうやら言いつけを守って遠くに避難していたみたいだけど、雨後のたけのこみたいに生えてくるゾンビとかスケルトンとかに出会ってしまったらしい。
下位アンデッドなら今のアレス君でも対処できるとは思うが……生物とは根本が異なるアンデッドは通常の戦闘とは全く違う認識が求められる。
それに、いつまでも下位アンデッドしか生み出せないとも思えない。早くこの空間を消さないと、アレス君が――
「俺自身はあのガキに何の興味もないが、お前の関係者であると言うのなら殺す以外ありえんか。どうせ始めの頃に湧き出す下位アンデッドは本能だけで生命に襲い掛かるだけなのだから、まあ人間のガキなど獲物にしか映らんだろうしな」
こっちにもいくらか雑魚が向かってきているけど、それ以上の数がアレス君のいる方へと向かっているらしい。
考えてみれば、この場にいる下位アンデッド以外の存在は俺とミハイ、そしてアレス君の三人しかいないのだ。
その内純粋アンデッドであるミハイはそもそもこいつらの担い手だからと除外して、狙われるのは俺かアレス君のどちらかしかいない。そして、完全ではないにしろ吸血鬼としての力を持っている俺よりも純粋な人間であるアレス君のほうがアンデッド共にはおいしそうに見えるんだろう。
生き物と見ればとにかく殺すのが、アンデッドだからな。
「――ハァ!」
「ん? もうそこまで回復したのか。結界空間はアンデッド創造だけではなく吸血鬼の能力向上効果もあるわけだが、俺の想像以上に頑丈になったじゃないか」
自分の足で走り、未だ宙を舞うミハイの足元を目指す。まだ飛翔の魔法効果は残っているが、空中よりも二本の足で動いたほうが速いのだ。
当然ミハイも再び増殖する触手槍で迎撃してくるが、大体触手の動きはわかってきた。最小限の動きで回避し、とにかく走ることだけを考える。
上から狙われるのは厄介極まりないけど、どうせ空中にいても飽和攻撃される以上は俺が動きやすい地上の方がいいから――っな!
「でりゃ!」
「ほう、連射性まであるのか……」
再び風の砲撃を、今度はミハイの真下から発射する。今回のリリス式魔剣は開放してもまだ余裕があるように感じられたからやってみたが、ホントに出たなおい。
「――眷属形態解除。吸血の牙守護形態:“鮮血の盾”」
(……今度は血が前方に集まって、盾になったのか? あの魔槍汎用性ありすぎだろっ!)
蝙蝠が血に変わって落下すると同時に、今まで触手槍を作っていた血が盾を形成してミハイを守った。
それにより、オーガくらいならバラバラにできる自信のある烈風は全て防がれてしまった。流動する液体が瞬時に頑強な盾に変わるとか、もう一撃当てるのは至難の業かもな……。
(――でも、止まれない!)
飛行を起動させ、一気に飛び上がる。目標は、蝙蝠を引っ込めたことで若干攻撃の手がゆるくなったミハイ自身だ。
魔道書発動させた飛行魔法では持続時間も決まっている為、あまり空戦を挑みたくはない。でも遠距離攻撃ではミハイを傷つけることが困難だとあの血の盾で証明されてしまったので、俺には接近戦を挑む以外の選択肢はないのだ。
それ以外となれば、これほどの魔道具を起動させ続ける魔力消費を狙っての持久戦くらいしかない。今もかすかに聞こえてくる必死の戦闘音を無視して、俺を信じて自分の命を繋いでいる弟子を見殺しにする選択肢くらいしか。
「突っ込む以外、俺に道はねぇ!」
触手槍を斬る。タイミングを僅かにずらし、俺のミスを誘うように襲ってくる触手槍の全てを高速の剣技で斬りおとす。
幸いにも、一つの町で最高と呼ばれるくらいには腕をもった職人に手入れされたはずの鋼の剣よりもこの青い輝きの刀は鋭い切れ味を持っている。この剣さえあれば、この突撃もそこまで無茶なものではないと思うことが出来るんだ。
「ククッ! では、第二幕を始めようかっ! ――【不死者召喚・下位死霊の軍勢】」
「んっ!?」
ミハイは、武器を操りつつ何かの魔法を使い、自分の正面に巨大な魔法陣が形成した。
何事かと思いつつも前進すると、その魔法陣から大量の何かが姿を現したのだった。元々ちょっと馬鹿になってきていた鼻を刺激する、死臭を纏う何かが。
(――ゾンビにスケルトンの群れ! この空間に誕生した雑魚をここに召喚したのかっ!?)
己の支配対象を手元に呼び寄せる。それ自体は珍しくもない技法だ。
でも、だからと言って契約を結んだわけでもマーキングをつけたわけでもない、生まれた時から支配下に入れていたのだろうと言っても出会ったことすらない魔物を召喚するなんて恐ろしい技量だ。
おまけに、その技術をこの瞬間まで隠し持っていた。これ見よがしに蝙蝠共を引っ込めることで防御形態とは両立できないのだろうと俺に見せ付けた後、それを計算に入れて攻めさせた上で代用品を最高のタイミングで呼び出したのだ。
ここで、俺は確信する。ミハイは強力な武器を手に入れて浮かれているだけの奴じゃない。生まれもった能力を最大限に活かすべく、確かな技術を身につけているのだと。
単純に魔力が多いだけでは使いこなせない高等技術を用い、そしてそれを戦術に組み込むことまで出来るようになっているのだと。
「――落とせ、下等なる死者どもよ」
「うぅ……あぁ……」
(クソッ! ゾンビやスケルトンに飛行能力はないけど、上から下にならどんな奴でも問題なく移動できるってか!)
真下に移動し、そこから俺はミハイに詰め寄っていた。だからこそ、ただ下に重力そのままに落下するアンデッド軍団とこのままでは正面衝突してしまう。
この程度の雑魚、正直多少の数がいたところで大した事はない。アンデッド特有のしつこさを考慮に入れても、10秒もあれば消滅させられるだろう。
でも、ミハイ相手に10秒は大きすぎる。既に触手槍を操ってアンデッドの崩落からの逃げ道を封じているほど判断力にも長けた敵を前に、10秒も無防備な姿を晒せば串刺し確定だ。
この状況を打開するには、今も魔法陣を通して現れているアンデッドを一瞬で消滅させるくらいのことをしなければならない。
その方法を模索する。二連発で砲撃を放った魔剣は流石に少しクールタイムが必要。ならば、本当の切り札を切る以外に道はないか――
「――【光術】」
「ムッ! 来るか!」
「【退魔の輝光】!」
左腕の腕輪から、対吸血鬼の切り札たる光の魔力を開放する。
これは俺を中心として小規模な攻性結界を張る魔法。結界内に入った闇に属するものを浄化し、ダメージを与える光術だ。
普通の生物には効果イマイチな、ほとんど対アンデッド、悪魔系専用の魔法。ゲーム時代にはその汎用性の低さからほとんど日の目を見ることのない魔法だったけど、今の俺からすればアンデッドを殺せる力こそが最高だ。
その浄化の光に触れた下位アンデッド共は次々と消滅していき、ついでに闇の魔力が動力源である触手槍の動きを鈍らせることにも成功する。
このまま突撃すればミハイ自身にもダメージを与えられるはずだし、方針は変わらず突貫あるのみだ――ッ!?
「俺が、キサマの魔力に何の対策もしないと思ったか? ――【闇術・常闇】」
光の結界を纏ったまま飛ぶ俺に対し、ミハイはしてやったりと闇の魔力を大量放出した。
属性魔力をここまであっさり展開するとか羨ましい限りだけど、しかしそんなこと言ってる場合じゃない力が周囲を覆い、俺の魔力を弱らせる。
これは、恐らく結界魔法だ。効果は多分、結界範囲内の光属性魔力効果減退。対希少魔力用の魔法とかどっから見つけてきたんだと怒鳴りたくなるけど、吸血鬼からすれば闇属性は希少でもなんでもない標準装備の魔力だからな。その使い方も当然のように熟知しているってことかねっ!
「実に楽しいね。闘いが思い描いた通りに進むのは」
「――囮か」
「ああ。あんな下等アンデッド如き、初めから戦力に数えていない。より充満した死の魔力によって強力なアンデッドが発生すればそれも選択肢の一つだが、流石にこの程度の者共で直接お前をどうこうしようとは思わんさ」
ミハイにとって、かつて敗北した最大の原因である俺の光属性魔力はもっとも警戒すべきものだったんだろう。
流石に俺の腕輪の秘密にはまだ気がついていないと思うけど、旅の間に何度もかけられたミハイ配下を名乗る連中からの情報で俺の光属性魔力が多用できるものではないと知ったのだろう。
だからこそ、俺が温存できないように布石を打った。雑魚アンデッド退散なんかの為に貴重な光属性を使わされ、そして後出しで使われた対策魔法で無駄撃ち同然にされてしまったわけだ。
後に残ったのは、アンデッド軍団と正面衝突させる為だと思われた完全包囲状態の触手槍。そして、アンデッド軍団が消失したにも関わらずまだ待機している真正面の魔法陣だ。
「――ハッ!」
「うん? 苦し紛れか?」
光の結界を失い、再び無防備な状態で奴の触手槍に完全包囲されてしまった俺は、せめてもの抵抗と腕に巻いていた投げナイフを魔法陣とミハイへ向けて飛ばした。
でも、それは自動防御と思えるくらい素早く反応した血の盾があっさり弾いてしまう。まさに詰みの段階にある俺を象徴するような、全く無意味に見える攻撃だった。
「では、そろそろトドメに入るか」
余裕を見せたミハイは、自分の前に展開したままだった魔法陣に手を加える。
恐らく、あのアンデッド軍団召喚の為に使っていた魔法陣はいつでも別の魔法発動の媒介にできるように準備されていたものだったんだろう。
アンデッド軍団を召喚の真の目的は、魔法発動の為の生贄。邪法か何かで似たようなものがあるって聞いたこともあるけど、それ以上にゲーム時代では絶対に忘れられないものだったからこそ俺はよく知っている。
それは、一定数の雑魚モンスターを倒すと発動してしまう超威力の魔法。始めに雑魚掃除をしてからボスを倒す基本戦術に忠実なプレイヤーを殺す、初見殺し。
配下が死亡した際に発生するエネルギーを取り込み、とんでもない破壊力を持った魔法砲撃としてカウンター発動する必殺の魔だ。
「魔法陣開放――【闇術・死の魔砲】!」
魔法陣が砲台の役割を放ち、死を媒介にした――命そのもののエネルギーを使った暗黒の砲撃魔砲が飛んでくる。
生贄が命を持たないアンデッドなのが納得できないけど、負の生命だって命に変わりはないってことなのかな――
「所詮は下位アンデッド。生贄としては最低ランクだが……それでもお前の体を粉々にするくらいのことはできるぞ?」
「だろうなっ!」
質がダメなら数で勝負といわんばかりの生贄砲撃だが、その威力は確かに高い。目測だが、その威力は小さな村くらいなら跡形もなく木っ端微塵にできるくらいはあると思う。
万全の体勢でなら受けられないこともないかもしれないが、一度完全再生を使わされた上に腕輪の魔力を両方とも使わされた今の俺には絶対に無理。なけなしの魔力で防御して消し飛ぶか、それとも回避して触手槍に貫かれるかの二択をミハイは迫っているのだ。
ミハイは、この状況を作るために今までの全てを行っていたのだ。この、完全な詰みの状況を作り出すために全ての武器を使い、技を振るってきたのだ。
……正直、その執念には驚かされる。さっき俺を殺しかけたときにそのまま追撃していれば勝てただろうに、あえて再生させて再び殺す意味。それは、一度敗走した屈辱をそそぎ、更に勝利する為だろうから。
一勝一敗では納得できないから、二勝一敗の功績を作りだそうとしている以外には考えられないから。
(……その傲慢。それこそがお前の弱点だっ!)
確かに油断はしていない。圧倒的な力と魔力を身につけながらも、一切慢心することなく俺を殺しに来ている。
でも、一度自分の勝利を確信した瞬間にその決意にひびが入ったな。確かにその恐ろしいほどに便利な武器のせいで無駄な抵抗でしかなかったとは言え――この一秒に黄金の価値がある状況で使ったものを、ただ弾くだけで終わらせるなんてさ。
「――小型魔道書、【空術・短距離転移】!」
「むっ!?」
空間転移魔法。かなり高度な魔法で、自在に使える人間なんて俺は未だにジジイくらいしか知らない。
でも、俺は曲がりなりにもその大魔導師グレモリーの教えを受けた男だ。ゲームのシナリオで勇者救出の為に使われたのを横に置いても、この魔法はあらゆる状況に置いて恐ろしく便利で強力であり、覚えようと努力したのは当然のことだろう。
……そして、挫折するところまで当然だったわけだが。
結局自力習得は諦めたものの、それでも諦めきれずに代用としてジジイにアイデアを願い、そしてリリスさんに協力を求めた末に完成させたのがこれ。極短距離に限定される上に事前に魔力を込めた札がある場所にしか跳べない不便なところは多々あれど、使い魔便の転移符とは違って人間でも跳ばせる空間転移魔法っぽいものの発現に成功させたものなのだ。
ちなみに、一回使うだけで魔力に耐え切れず札が燃え尽きる使い捨て設計。お値段は一枚中級騎士の日給で一週間分である。
俺はその一枚一枚に血の涙を流したくなる転移符を、さっきのナイフの一つに予め仕込んでおいたのだ。もし受け止められたり砕かれたりしていれば奴の放つ魔力によって転移が阻害されていた危険な賭けではあったが、勝利を確信したせいかミハイはあれをただ弾くだけに留めた。
だからこそ、俺は今――――ミハイの触手槍の射程から大きく離れ、無防備な側面で剣を構えられるのだから。
「――本当に手品はうまくなったな人間っ!」
(腕を斬りおとしたくらいじゃ、また血を操って簡単に再生される。狙いは――頭だ!)
この闘いが始まって、多分初めてだろう驚愕を顔に表すミハイ。その表情にちょっと愉悦を覚えてしまうくらいにボコボコにされてしまったが、気を引き締めて青い刀身による突きを放つ。
残った飛行の魔力を全部注ぐつもりの突撃だ。残りかすの光の魔力まで刀身に乗せ、俺の刃はミハイの頭に吸い込まれるように進むのだった。
だが――
「あれを覆したのは褒めてやるが……この程度では俺には届かん!」
(わかってる。あれは多分、自動防御の類だ。ミハイの不意を突いても意味はない)
俺の刀身の前に、あの血の盾を形成しようと早くも魔力を込められた血が集まってくる。
完全に俺を仕留めたと油断していたミハイにこれほど早い対応など不可能なはず。なのに、それでも血の盾は当然のようにミハイを守護しようと俺の前に現れようとしている。このタイミングなら、ギリギリ俺の剣よりも先に盾が完成してしまうだろう。
今までの闘いからも薄々察してはいたが、あれは自動防御を行ってくれるタイプの盾なんだ。主の周囲に攻撃が迫った場合、持ち主の意思なしで起動する絶対防御を施す武装。本当に便利な武器だな。
「もう一度爆ぜろ、魔剣開放――オーバーブースト!」
「むぅ!?」
血の盾は、恐らくどんな攻撃をしても立ちふさがる。それへの対処法は簡単に考えて二つ。
一つは盾ごとミハイを破壊する強力な一撃を叩き込むこと。そして、もう一つは何らかの方法で盾を無効にすることだ。
俺は、後者を選んだ。リリス式魔法刀から無理やり魔力を後方に噴射させ、武器ではなく推進力として利用する。それにより、盾が形成されるよりもギリギリ早くミハイの懐に入れる。そうすれば、奴の頭を叩き割れる――
「盾に気を裂きすぎだ――」
「え?」
俺の思惑通り、盾の形成よりも早くミハイに接近することができた。それなのに、ミハイに焦りは見られない。
むしろ、こちらを蔑むような笑みを浮かべていたのだった。
「ふんっ!」
「――ッ!?」
「戦技とは、お前らの専売特許だと思ったか?」
(こいつ、格闘術まで――)
切れる札を全て使い、ミハイへ肉薄することに成功した。それなのに、ミハイは実に洗練された動きで俺の刀を腕の回転で逸らしてしまったのだ。
もちろん俺もそれで終わるほど諦めよくはないが、ミハイの防御は中々見事。しかも防御だけではなく攻撃にも技のキレが見られ、格闘家としてもかなりの腕前だと評価せざるを得ないものがあった。
「吸血鬼が、武術だと……!」
「技術など弱者の悪あがきだと見下していたが、こうして会得してみれば中々役立つものだな。……こんなものを身につけるため、わざわざ鍛錬なんぞを積む屈辱。それもまた俺に力を与えてくれるからなぁ!」
俺が頭を狙って突きを出し、それを腕を大きく回すことでミハイは逸らす。その勢いを利用する形で俺が胸目掛けて肘を入れようとすれば、ミハイは半歩引くことで体にこすらせるように無力化する。
更にそのまま回転し、俺の首筋に手刀を打ち込もうとしているが、それはさせないと一瞬飛行をカットして落下することにより回避。そのまま再び魔法を発動させ、全身のバネを利用した突きを再び放つが、今度はミハイの武器も真っ青な硬度と鋭さを持つ爪を使うことで受け止められた。
その流れるような動き。元々ミハイに圧倒的優位な空中戦なだけに正確なことは言えないが、これでも物心ついてから毎日剣を振っていた俺と対等に打ち合える技量をミハイは身につけているようだ。
……いや、それでも俺のほうが一段階上だな。空中の不利を考慮に入れても、流石に技量だけで言えば俺のほうが強い。力の練り方も、腕の出し方も、気配の隠し方も、動きの先読みも、全てに置いて俺のほうが優れていると確信を持っていえる。
(そんなこと、何の慰めにもならないけどなっ!)
鋭い爪を立てた熊手打ち。決して今の俺にはひねり出せない威力を込めた一撃を、俺は命からがら体を捻って避ける。
今のも、動きの先読み、気影を見たから避けられたんだ。技量だけなら俺のが上ってのは、つまり他では負けてるってこと。
本来魔物って連中は、こういった技術を最初から求めない。より効率よく無駄なく力を込める拳の握り方なんて知らなくても、ただ生来の力をぶつけるだけでどんな奴でも殺せるからだ。
そんな化け物が、ほんの僅かでも技術を身につけた。それが脅威でないはずがない。しかも刻一刻と触手槍まで俺に迫っているわけで、これは俺にだけ時間制限のある空中格闘戦なんだ。
どう考えても、普通にやったら勝ち目なし。そんな死闘を前に、俺はやはり一つの選択肢を取るしかない。
蹴りを避けると同時に、俺の切り札である、加速法のフル開放を発動させたのだった。
「加速、瞬剣――」
「それを待っていたぞ、レオンハート・シュバルツ」
最大加速、六倍。それに到達して必殺を仕掛けようとしたとき、ミハイの顔が大きく歪んだ。
それは恐怖しか感じさせない笑み。獲物を前にした獣そのものの顔であった。
「【加速法ぉ……三倍速】!」
「――え?」
ミハイの体内を流れる魔力が狂ったように暴れ、全身を巡っていく。
その魔力の流れは俺もよく知る、俺こそが最もよく知る体内魔力の暴走。強烈な負荷をかけることで一時的に能力を増大させる俺の切り札と同じものだった――
「自分の得意分野でやられる。それ以上の屈辱はないっ!」
俺の加速は六倍速。対して、ミハイのは三倍速。これは魔力コントロールの技術の差であるが、そもそも素の身体能力で大きく水をあけられている俺の慰めにはならない。
強化倍率が低くとも、ミハイ本来の能力値と合わさることで最大加速の俺をも超える速度をミハイは手にして見せたのだ。
俺の最大の切り札を会得し、超える。なるほど、確かに復讐としてはこれ以上はないかもしれない――
「がはぁ!?」
「この日を待っていたぞっ!」
反応できない超高速の拳打が俺の腹をえぐる。加速法はその性質上、速度以外の能力値が落ちてしまい、防御力も通常時より大幅に落ちてしまう。
そんな状態で加速を加えることで結果的に破壊力を増した拳の直撃を受けた俺は、体の中身が全部飛び出したような衝撃とともに吹っ飛ばされてしまう。
「まだ終わりではないっ!」
そんな俺に、高速飛行で追いついた――生来の種族的特殊能力による飛行の為か、加速法が飛行速度にも及んでいるらしいミハイは、俺の服を掴んで素早く拘束してきた。
今の一撃で意識のほとんどを持っていかれている俺は、何が起きているのかを認識できているのに体を動かすことができない。
そんな俺をミハイは舌なめずりして見下すと、吸血鬼特有の長い犬歯を見せてきたのだった。
「俺の復讐は、これにて完結する」
「な……に、を」
「俺がお前に受けた屈辱は二つ。一つは勝負に後れをとったこと。そしてもう一つは……我が血を受けながら、支配することができなかったことだ!」
吸血鬼のプライド……か? 俺にはよくわからないけど、血を使っても支配できないのはかなりの屈辱らしいな。
となると、次の行動は予測がつく。あの時と同じように、魔力を高めるんだ……。
「あの時とはあらゆる意味で違うぞ? 受けるがいい、我が魔力を最大限に込めた最上級の“上位吸血鬼の血”をなぁ!」
ミハイの牙が、俺の首筋に突き刺さった。初めてコイツと闘ったときと、同じように。
一番精神的にきつい負け方って、自分の得意技でやられることだと思う。




