第55話 改造魔物軍VS新生ミハイ
「――さあ、存分に腹を満たせ【吸血牙槍】」
手にした呪われし魔槍に我が魔力を流し込み、覚醒させる。標的は不遜にも私が待ち伏せ場所に選んだ場所に陣取る有象無象共。
数は、目測だがおよそ500ほど。人間と下等な魔物の混合部隊のようだが、私には関係ない。精々この魔槍の試し斬りと、奴との戦場を彩る画材にでもなってもらうとしよう。
「へえ、こんな感じなのか……」
血で作られたような歪な槍は、私の魔力に反応してプルプルと震えだし、一気にその体積を増やして穂先を無数に枝分かれさせた。
その先端はまさに牙。到底武器として加工されたとは思えない原始の鋭さを持った無数の触手のように分裂し、標的に向かって命令を待っている。
さあ殺させろと、血を飲まさせろと私に命令しているかのように、空腹に耐え兼ねた獣のように僅かに震えながら空中に止まっている。
私はそれを見て笑い、そして許可を出してやる。どれほど優れていようとも武器に従う私ではないが、これも死蔵されて長いはずだ。
こんな、血に飢えたどころか怨念を宿した流血そのもののような槍にとって、血湧き肉躍る戦場から離れるのは相応に苦しいものだったのだろう。故に一つ、ここは慈悲をくれてやるとしようか。
「【雷術・抉る光槍】!」
「【炎術・降り注ぐ炎弾】!」
「ブモォォォォォ!」
私の殺意と魔力を感知したのか、それとも初めからこちらに気がついていたのか、有象無象共が鮮血の槍に許可を出すと同時に私に対して攻撃を仕掛けてきてきた。
放たれたのは、人間にしては上等な攻撃魔法。雷、炎、水流、それ以外も様々な魔法。そして、いかにも知能の低いオーガだのゴブリンだのの突進だ。
まったく……どんな事情があってここに居るのかは知らんが、私の敵としては不相応極まりない。せめて、生贄としての役割だけでも果たしてくれよ?
「ヒッ! な、なんだアレッ!」
「魔法が消された!」
魔力はより上位の魔力によって打ち消される。ならばこそ、あの程度の魔法が我が魔槍に触れてその存在を保っていられるわけもない。
槍を軽く振るだけで分裂した触手は矛先を伸ばし、敵に向かって突き進む。その牙の如き槍の放つ魔力によって、人間共の魔法は全て消滅していった。
「ああ、それと、貴様ら雑魚共に施されるべき慈悲などない。さっさと死ね。吸血牙槍基礎形態:“貪る牙”」
私の意志を汲み取り、鮮血の牙は伸ばした矛先を更に分裂させ、およそ百となった。
その全てを器用に操り、こちらに突進してきていたゴブリンやオーガ共の心臓を串刺しにする。奴らが脆過ぎるのか、それともこの槍が鋭すぎるのかは判断に迷うところだが……水でも突いたかのように何の抵抗もなくあっさりと貫いてしまったな。
まあ、当然の結果だ。存在の格が違うのだからな。
さて、そろそろこの槍の真価を見せてもらうとしよう。私が命を賭けてまで求めたこの槍は、決して増えて伸びるだけのものではないのだからな。
「さあ、吸うがいい! 我ら一族の象徴たる魔槍よ!」
「ぶ、モオオオオオォォォォ!?」
「な、なんだっ!?」
「干からびちまったっ!」
吸血鬼一族に伝わる至宝、吸血牙槍の基礎形態。その能力は血を喰らい、血を支配すること。
いわば、吸血鬼一族の基本能力を極限まで強化したようなものか。この槍で貫かれた者は全身の血流を支配され、吸い尽くされる。やろうと思えばそのまま逆に血を流し込むことで隷属させることも可能なのだが、今は不要だろう。
今私が求めているのは、あの人間との戦いに備えた準備だ。露払いの雑兵くらいは作製してもいいかもしれんが、とにかく力と武器を蓄えるためにもより多くの血を求めるとしよう……。
「さて、では狩りを続けよう」
吸血され、カサカサの干物となった雑魚魔物共。その体内を流れていた血液は全てこの血の魔槍に吸収されており、それはすぐさま魔槍の一部として支配される。
今まで100に分かれていた矛先は新たな血によって更に増殖し、血を求めて有象無象に襲い掛かる。血を喰らえば喰らうほどその力を増やすのもまた、この魔槍の能力だ。
「く、クソッ! 【付術・対物理障壁】!」
「盾の魔法か。くだらん」
人間の一人がモンスターでは壁にもならないことを悟ったのか、人の身長の二倍ほどあるやや黄色がかった透明の対物理攻撃魔力障壁を展開した。
あれは我ら一族にも使い手のいる、かなりメジャーな魔法だったはずだ。私はあまり好まないが、上位の使い手ならば竜の一撃をも止めることが可能だったと記憶している。
あくまでも、優れた使い手ならばの話だが。
「が、あぁぁぁぁ」
バリンと言う陶器が砕けるような音と共に、何の仕事もしなかった障壁と術者は運命を共にする。我が魔槍の分かれた一本すら止める事ができずに、障壁ごと串刺しとなったのだ。
最高位の武具の一撃は確かに強力。そう簡単に止めることは叶わないのはわかるが……せめて、反撃を考えない防御のみのためにある魔法を使ったのだから数秒くらいは抵抗して見せろと思わずため息を吐いてしまう。
「ヒッ!? ふ、【付術・対魔法障壁】!」
障壁魔法が全く役立たずに仲間が死んだことに怯えたのか、しかし何故か逃げる素振りを全く見せないほかの人間がまた障壁を展開した。
今度のは青みがかった障壁。あれは確か、魔法系等の攻撃を遮断する為のものだったな。極めれば最上位魔法でも一発くらいは無傷で耐えられる魔法だと書物で読んだことがある。
だがこの魔槍の基礎形態は純然たる物理攻撃なので、そもそもあれでは干渉することすら出来ない。障壁魔法は対象を限定することでより効果を上げている魔術式なのだから、攻撃の種類を間違えると何の役にも立たないのだ。
故に、結末は――
「ガッ!? な、なんで……」
障壁を砕かれることすらなく、何の抵抗もなく術者が貫かれる以外にはありえない。
大方物理障壁がほぼ役に立たなかったのを見て魔法攻撃の類だと思いたかったのだろうが……意味はなかったにしても砕かれた以上、これが物理攻撃なのはわかりそうなものなのだがね。
そんなことをしている間にも有象無象はただ真っ直ぐ伸びるだけの血の触手に数を減らされており、はっきり言うと私個人は暇だ。武器の性能チェックも目的の一つなのだから優秀なのは喜ばしいのだが、ただ武器を握って魔力を流しているだけでは戦闘とは呼べないだろう。
文字通りただの虐殺、あるいは作業と化している戦闘に意識を裂くのも馬鹿らしいが、しかし油断はしない。油断とはどんな強者にも敗北を与える最悪の毒なのだと、私は学習したのだから。
(などと思ってみても、結果は変わらんか)
既に我が前に命を保っているものはほとんどいない。正しくこの場は、強者によって蹂躙された生贄共の墓場だ。
どうやらこの雑魚共は、人間の魔術師と肉体能力だけがとりえの雑魚モンスターによって構成された部隊だったようだ。ま、その程度では今の私の敵にはなりえないことが証明されたな。
少なくとも、今の私にとって数など考慮に値しないものなのだと、雑魚が何百体集まろうが作業時間が増える以上の意味はないと証明されたのだ。
その結果を知るための実験台。そして、レオンハート・シュバルツとの闘いのために用意された生きた血袋。そう思えば、この雑務にも少しは意義を見出せるといったところか。
「あ、ああぁぁぁぁ……」
「……これで最後だな」
偶々残った最後の一人を槍に吸わせつつついでに眷族化しながら、あまりにも歯ごたえがなかったことに軽くため息を吐く。せめて力の差を理解して逃げ出すくらいの知性があれば狩りを楽しめたかもしれないが、何故か最後まで愚直に私に挑んできたからな。
結局、私が修行によって会得した技術。おおよそ生まれもった能力だけで最強を自負する吸血鬼一族としては屈辱以外の何ものでもない戦闘技術と言う奴を使うまでもなく、あっさりと500ほどいた有象無象は全て干物になってしまった。
吸血牙槍とて、基本形態である増殖し、吸血する牙以外出していない。用途に合わせて様々な形態をとると言われるこの槍の能力をもうちょっと確かめておきたかったのだが、その必要がまったくなかった。
まあ、この槍の能力を発揮する為に必須となる血液を大量に補給できただけでもよしとすべきか……。
「さて、レオンハート・シュバルツよ。早く来るがいい。この場に満ちた血の匂い、よもや気づかないわけがないだろう?」
◆
「……酷い匂いだな」
「なんか、胃の辺りからムカムカしたものがこみ上げてきます」
「気持ちは分かるけど、吐かないでねアレス君」
断続的に襲い掛かってくる魔物達。それを全て斬り捨てて進む俺たちからは相当きつい血の匂いがしている自覚はある。
でも、そんな返り血塗れの俺たちですら顔をゆがめてしまうとんでもない量の血の匂いが前方から風に乗って流れてきたのだ。微塵も爽やかさのない風だな。
「どうします師匠? 明らかに何かあったんだと思いますけど」
「そうだなぁ。どう考えても大量に血が流れるなんて物騒なことしか該当しないし……スルーできるものならしたいところだな」
新鮮な血の匂いなんて、植えつけられた本能がくすぐられるものを放つ何かしらなんて面倒ごと以外ありえない。
だから可能な限り逃げてしまいたいってのが本音なのは間違いないけど、立場上それはできないよなやっぱり。
「……はぁ。もしかしたら魔物に人が襲われてるとかかもしれない。最低限の確認だけはしていこう」
「わかりました。騎士としての勤めですね!」
「そう言う事。まあもしかしたら魔物同士の食い合いとかかもしれないし、見つからないように気配を消しつつ急ぐぞ」
「はいっ!」
血の匂い濃厚な戦場へ、できる限り気配を消したままで向かう。所詮素人の見よう見まねだが、とりあえず足音くらいは消して移動するくらいは俺でもできるのだ。
何故かアレス君も俺と同じくらい忍び足できてるんだけど……村での狩り経験でも活かしてるのかね?
そのままゆっくりと進んだ先には……地獄が待っていた。
さっき俺自身が作り出した死体の山なんて、比較にもならない連なる山脈のような死体。人間と魔物の死体が、それも一滴残らず血を吸われたかのように干からびた死体が視界一杯に広がっているのだ。
「し、師匠……。これは一体……」
アレス君の表情にも、怯えと嫌悪が浮かんでいる。この光景を見て恐怖以外の感情が湧き出てくるだけでも大したものだが、普通は間違いなくトラウマコースだ。
こんな、死って奴を否応なしに見せつけられる戦場跡みたいなのを見せつけられればな。
「不明だ。だが、急いでここを離れた方がいい」
「で、でもっ!」
「もうここに生き物はいない。でも、これを成した何者かはいるかもしれない。誰が何人がかりでこれをやったのかはわからないけど、とにかくやばいのは間違いないからな」
俺は既に吸血鬼の力を解放し、生命への感知能力を発揮している。正直濃厚な血の匂いの中で血を喰らう化け物の能力を解放するのはイヤなのだが、そんなこと言ってる場合でもなさそうだ。
そう、血を喰らう化け物。ここまでカサカサにしてしまうような腹ペコ野郎は俺を襲ってきた奴の中にはいなかったはずだが、確実な心当たりがあるんだ。
もしかしたら、この惨状をたった一人で作り上げてしまうかもしれない怪物。もしそうであれば、ちょっと前に戦ったバジリスクなんて比較にもならない本物の化け物がついに動いたことになる。
腰の物理法則無視道具袋には怖くて入れられずに懐に入れてある、この転移玉を狙う化け物が。
「いいか。とにかく気配を消して、可能な限り静かに離れろ」
「は、はい」
正直、これをやった奴が単独犯である場合、勝てないかもしれない。そう考え、俺はアレス君と共に逃げることを決める。
倒れているのは雑魚とは言えモンスターだ。人間の死体までなんで魔物と仲良く倒れてるのかはわからないけど、とにかくこれだけの数がいれば危ないだろう。
同数か、そこまで行かなくともある程度数と数のぶつかり合いでこの死体を作り上げたんならば俺一人でも何とかなるだろうけど、単独でこの数を滅ぼしたとなれば、それは間違いなく人間の領分を越えた怪物の所業だ。絶対に正面から戦うのとかゴメンだぞ……!
「なんだ。ようやく来たのか」
「っ!?」
だが、そんな俺の願いは虚しくかき消されてしまう。
何故か血の一滴まで吸われ尽くした死体であるにも拘らず周囲を満たす血の匂い。その根源である、血を纏った化け物の一声を聞いてしまったから。
「吸血牙槍結界形態:“赤月の牙”」
「――――ッ!」
空中に浮遊し、こちらを見下ろす一人の化け物。それが纏う大量の血液のようなものが、爆発したかのようにその体積を増やし、地表を飲み込んでいく。
俺とアレス君も逃げることなど不可能な、明らかに魔法的な効果を宿した血の津波。逃げても無駄だと理解できてしまうそれに飲み込まれた瞬間、俺たちは――――赤い月の昇る、草木一本生えない不毛な大地に立っていた。
「師匠、これ、まずくないですか?」
「ああまずい。とんでもなくまずい。何が起こったのかさっぱりわからないのが特にまずい」
アレス君も本能的に命の危機を悟ったのか、見慣れない景色の不思議な空間を見渡しながら警戒している。
俺も正直、内心ビクビクしている。この世界に生まれてそれなりに戦ってきたつもりだけど、こんなことは初めてだからな。
こんな、よく見れば月どころか空そのものが血のように赤く染まるなんて異常事態はな。
「ようこそ、レオンハート・シュバルツ。この日を心待ちにしていたよ」
「……悪いけど、どちら様かな? 俺にアンタみたいな知り合いはいないんだけど?」
月をバックにゆっくりと降りてきた人型の化け物――十中八九吸血鬼は、微笑を浮かべながら俺に声をかけてきた。
でも、俺にこんな知り合いはいない。吸血鬼には知り合いと言うか殺し合いをした仲の奴が何人もいるが、ここまで濃厚な殺意に満ちた魔力を持った奴はいないはずなんだけどな……。
「なに、別に親しく名乗りあう仲ではないさ。……死ぬまでに思い出せばそれでいい」
「チッ!」
吸血鬼が俺に向かって右手のひらを突き出し、吸血鬼お馴染みの闇の魔力による弾丸を放ってきた。
数は、本当に数え切れないくらいに大量に、魔弾の壁を形成するくらい。速度は俺の目でギリギリ見えるかどうか。威力は恐らく――俺を殺せる程度か!
「――――【中位風術・上昇気流】!! 来いアレスッ!」
「ししょ――ぐえっ!?」
回避を諦め、腕輪の魔力をフル開放しての風の障壁を作り出す。自分とアレス君を中心としての上方へ突き上げる突風の障壁。
それによって魔弾の全てを強制的に上昇させ、俺たちを軌道から外す。同時にアレス君の首根っこを掴み、加速法まで使って大急ぎで後ろに走った。
「じ、じじょう……?」
「今からこの空間内からの脱出を試みる。せめて戦地から離してやるから、今は生き延びることだけに専念しろ!」
この空間、広い。どうやら囲いを作ったというよりは特殊な空間に――ゲームのボス戦なんかでよくある逃亡不可能な不思議戦闘エリアに近い性質を持っているんだと思う。
そんなところから走って逃げるのは不可能。恐らくこの空間から逃げ出すには、奴を倒す以外の方法はない。そんなことは分かっているが、せめてアレス君を巻き込まないよう距離を取るために俺は走った。
「――チッ! 思ったよりも速いな」
「え?」
「当然だ。私から――俺からそう簡単に逃げられると思われては困る」
だが、加速状態の俺よりもやや遅いとは言え、吸血鬼は種族的な能力である飛行によって俺についてきている。
加速時間はもうそろそろ限界であることだし、このままじゃ追いつかれるな。仕方ない……ここらで迎え討つか。
「アレス君」
「は、はい?」
「これ、持ってけ。使い方はわかってるな?」
俺はこの闘いで使えそうな物を幾つか抜いた後、アレス君にジジイ製の道具袋を手渡す。中には道中でレクチャーした戦闘アイテムが入っているし、何かあってもしばらく逃げ延びるくらいはできるだろう。
そう信じた俺は、加速が終了する直前にアレス君を、思いっきり遠くに向かってぶん投げた。
「え……ええぇぇええぇぇぇぇ!?」
「何とかして逃げろ! 周囲に嫌な気配を感じるから、ゾンビの群れくらいは覚悟しとけ!」
「フフフ、いい勘をしている。この空間は一定時間ごとに俺に従うアンデッドモンスターを召喚する能力があってね。時間が経てば経つほど俺に有利になる仕組みだよ」
「そうかよっ! 魔道書――【付術・飛行】!」
道具袋から取り出したアイテムの一つ、短時間の間だけ飛行能力を与えてくれる魔法を込めたスクロールを発動させる。
吸血鬼は種族として翼がなくとも空を舞う能力を持っている。だから、空を飛べないままで闘うのはあまりにも不利。雑魚いノーマル種や俺みたいなもどきには戦闘に応用できるほどの飛行は困難だが、奴クラスならば今もしているように空を己の味方にできるだろうからな!
「へぇ、お前も空を飛ぶ術を用意していたか。ま、どうやら外付けみたいだけど」
「あぁ。だから、速攻で行かせてもらう!」
奴の飛ぶ空中に上がったら、感心したような態度をとられた。
まあ、人間にとって空を舞うのは一苦労だからな。多分俺と闘うのも空の優位を利用することを念頭に置いていたはずだし、これで少しは有利になればいいんだが……。
「それはこっちも同じ思いだよ、レオンハート・シュバルツ。まずはあの雑魚共とは違うところを見せてもらおうか。基礎形態:“貪る牙”」
(――――奴が持ってた血の塊が形状変化を? あれ、結界を張る道具じゃなかったのか?)
さっきまでこの空間を構成するための何かだと思っていたものが形を変え、鋭い先端を持った武器のような……あえて言えば槍のような形状に変化した。
更にそれがどんどん枝分かれして、あっという間に物凄い数になってしまう。さっき弾丸の壁を形成したと思ったら、今度は刃の壁かよ……!
「行け」
「来ないでよっ!」
奴が命じると、無数の槍が今度は触手にでもなったかのようにうねうねと伸びてきた。その全てが槍としての特性を持っているようだから、差し詰め、300を超える槍兵の突撃と言ったところか。
俺は飛行したまま剣を構え、ひとまず後退する。あの手の数の暴力には時間を稼ぐ為にも、距離があったほうが対処しやすい。
同時に引っつかんできたスクロールをどんどん起動する。筋力強化、速力強化、感覚強化などのドーピング魔法だ。
「――シッ!」
「フン、やはりあの雑魚共とは一味違うか」
強化が終わると同時に、触手の刃の付け根辺りを狙って剣を繰り出す。強度はそれほどでもないようで、不思議な手ごたえながらも斬りおとすことに成功した。
どうやら、この触手槍の正体は血液らしい。奴が持っている武器の正体は、血液に武器の特性を与える魔道具ってところかなっ!
「やるねぇ。よくこれだけの槍を捌けるものだ」
「流石に液体くらい斬れるっての!」
外側を魔力コーティングすることで金属もビックリな硬さになっているようだが、元は液体だ。こっちも魔力を込めてやれば、斬ること自体は難しくない。問題なのは、本体が液体であるが故に、斬ってもあまり意味がないことか。
全ての触手は本体から枝分かれしつつも一つに繋がっている。切り離された部分はこっちに襲い掛かってくることはないが、魔力を宿したまま球形になってぷかぷか浮いているのだ。
これを放置すると危険だ。俺の勘がそう教えてくれているが、しかし対処法がない。なんせ、今もなお俺を殺そうと槍触手が大量に襲い掛かって来てるんだからな!
「――――ッ!」
「嬉しいぞレオンハート・シュバルツ。やはり武器性能だけで死ぬほど柔ではないらしい……」
冗談言うなと叫びたい。一瞬でも気を抜いたら串刺しに、いやスクロールでの強化魔法がなければもうやられているかもしれない。
一体、コイツは何者なんだよ。本当に強すぎるぞおい……!
「ククク……変化せよ、眷属形態:飛翔する牙」
「今度は何――いぃ!?」
噛み付かれた。さっきから注意しなければならないと思ってはいた、あの血の球体が突如変化して俺に牙を立てたのだ。
そう、血が生き物に、蝙蝠になっていた。吸血鬼と蝙蝠は親戚みたいなもんだろうけど、いきなり血液が自由意志をもった動物になるってどういう事だよ!
「クソッ! うおっ!?」
「ふむ、流石に多量の血を食らっただけのことはある。同時に三形態を出せるとはね」
蝙蝠を弾きつつ、触手槍も斬りおとす。攻撃パターンが更に一つ増えただけとは言え、危険度は倍じゃきかないぞ!
槍を破壊すれば蝙蝠になり、蝙蝠を潰しても血に戻ってまたまた新たな蝙蝠になる。これじゃ、時間をおくほど俺が不利になるだけだな。
(仕方がない、賭けに出るか)
「――来るか?」
「時間は十分に経った――加速法・六倍速!」
強敵との戦闘において、加速法は一種のギャンブルだ。加速が切れた後の数秒を、強者は絶対に見逃さない。
だが、こうして加速すれば増え続ける蝙蝠も触手槍も脅威ではなくなる。さっき逃げる為に加速したときはアレス君を殺さないように強化率を落としていたし、さっきの速度をベースに考えてくれれば……奇襲一発で終わらせられるかもしれない。
(スキル――【六感強化】!)
五感を超えた勘と呼ばれる感覚を強化するスキルを使い、周囲を取り囲む触手槍を観察する。
ゲームで言えば回避率アップのスキルだが、こうして自分の体で使ってみれば集めた情報から最適解を直感的に導き出せる能力であると説明する。
それを持って、隙間なく俺に向かって飛んできているように見える触手槍の中からもっとも切り抜けやすいポイントを見切る。
そして、それが正しいのかなんて考えてる時間も惜しいが為に、速攻で触手による槍衾へ突撃する。
しかしいくら加速していると言っても、今は【飛行】の魔法で飛んでいるだけだから単純な飛行速度には影響がない。この場合は、飛行魔法の方を強化しないといけないのだ。
そこで俺は、触手槍の柄に該当する辺りを蹴り飛ばすことで加速を得る。今までの交戦から触れただけなら問題ないと判断し、触手を足場にすることで高速移動を、俺を見切る時間なんて与えない苛烈な攻めを可能にしたのだ。
「む――」
「遅いっ!」
残りかすしか残っていない腕輪の風の魔力を刃に乗せ、攻撃範囲を少しだけ大きくする。それを振り回し、進行の邪魔になる触手槍だけを斬りおとして吸血鬼に肉薄する。
更にまだ続いている六感強化の恩恵から、吸血鬼を攻撃するのにもっとも有効な、敵の防御が薄いポイントを見切った。
「流石だ――」
(右腕だっ!)
「痛っ!」
見つけ出した隙である、右腕を斬りおとす。武器を握っているせいか油断が見えたのだ。
予想よりも遥かにあっさりと大ダメージを与えられたことにちょっと拍子抜けしつつも、無理はしないように一旦加速をゆっくりと落ち着かせる。
……が、どうやらそれは誤った判断だったようだ。この一撃は、俺を嵌める為の罠だったらしいから。
「あの時と同じ痛み、心より感謝しよう」
「なに――」
「スキル【血の支配者】」
「なっ!?」
切断面から噴出した血液が、意思を持っているかのように飛んでいった右腕と繋がった。
そして、そのまま切断された右腕は宙を舞い、鋭い爪を伸ばして俺に向かって飛んでくるのだった。
(腕を落としてもダメージにならないのか!? いや、それ以前にあの時って――グッ!?)
加速終了タイミングを狙われた。これが偶然かは不明だが、回避しきれずに俺の右肩が引き裂かれる。
痛いなんて叫んでいる暇はないとは言え、とんでもない激痛が走る。よく見れば右腕を操作している血流の幾つかが弾丸のようにキュルキュル妙な音を上げながら空中で回転しているし、触手槍も縮むことで俺に再び刃を向けている。
これ、かなりまず――
「さあ、あのときの続きを始めようかっ!」
「がぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
血の弾丸が腹を抉り、触手槍が腕を射抜き、蝙蝠が全身の血を奪う。
激痛に絶えかねて意識を手放しそうになるが、根性で耐える。するとまたもや唐突に痛みが引いてきたわけだが、とにかく何とかしなければと物理的に引きちぎれそうになっている体を動かして防衛に当たる。
触手槍を蹴る打つ斬るとあらゆる手段を使って弾き、血の弾丸と蝙蝠は光の魔力で結界を張ることにより遮断。
今生きていればそれでいいと言わんばかりの無茶をすることで、何とか最悪の状況から逃れたのだった。
「――ま、この程度では済まさないがね?」
(あー、何となくわかってきたな。あいつの正体)
全力後退によって何とか敵の攻撃網から逃れたものの、追撃をかけようと吸血鬼は左手のひらに闇の砲弾を作り上げていた。
見覚えのあるそれは、俺の記憶を痛烈に刺激している。あれは恐らく闇属性の上位魔法。男爵級では命を削るような力を放出しなければ使えないような、俺では道具を使ってもどうにもならない最上位一歩手前の魔法だ。
「【闇術・上位邪念の爆発】!」
「ず、随分腕を上げたじゃねーかよ、クソッタレが」
力を失って落下する俺に向かって飛んでくる、恐ろしい威力を秘めた闇の砲弾。
それを見つつも、俺は乾いた笑いを上げる。こりゃまあ、参ったぜ、ミハイよぉ……。
爆音が、響いた。
敵(軍勢)VS敵(一人)の勝負は圧倒的な力の差で終了。
更に主人公相手にも無双。現在のミハイ(槍装備)は既に人間の枠組みで太刀打ちできるレベルではありません。
一握りの英雄を除けば単騎で国を落とせる位の化け物です。さあどうしよう。




