第48話 人の悪
「――そこだ!」
「甘い!」
「ぎゃふっ!?」
小柄な体を活かして下から潜り込もうとするアレス君の剣を、剣の腹を蹴り飛ばすことで無力化し、そのまま吹き飛ばし重視の蹴りを放って突き飛ばす。
まだまだ、今のアレス君に一本とられてやるほど俺の修行も甘くないんだぜ?
(しかし懐かしいな。俺も昔、こうしてよく親父殿にぶっ飛ばされたっけか)
俺は今、アレス君に剣の稽古をつけていた。動物相手の命のやり取りの後は、人間相手に技術を磨く時間と言うわけだ。
午前中にやっていた、アレス君の修行兼食料調達は無事に終わった。時間こそかかったものの、アレス君は一人で獲物を捕らえることに成功したのだ。
その後俺たちは、捕らえた獲物を持って町に戻ってきた。そして、プロの肉屋に解体をお願いし、ついでに自分達で食べる分以外を買い取ってもらった。
そして俺たちは、そんな肉と、ついでに市場で買ってきた野菜なんかをもってリリーアちゃんの家に向かった。そこでアレス君が鍋を作り――この子、俺より料理上手なのだ――、後は煮るだけにしてから俺たちは宿に戻ってきたのだ。
そんな雑事を済ませた後は修行の時間である。今度は対人戦の訓練、つまり俺との模擬試合をやっているのだった。
「坊主ー。しっかり頑張れよー」
「しかし指導役の兄ちゃんも若いな」
「いや、剣を持つ姿は立派なものだ。若くしてかなりの領域に上っていると見た方がいいだろう」
ここは借りた宿の裏にある運動場だ。冒険者達が腕を磨く為に用意された訓練場と言ってもいい。
冒険者向けの宿にはこんな感じの場所があることが多い。腕が鈍ることがそのまま死を意味しかねない冒険者にとって、日々の鍛錬は死活問題だからな。
俺も自分とアレス君の修行を考えて、わざわざ訓練場が使える宿を選んだのだ。別に外でやってもいいのだが、街中で剣を振り回すのは歓迎されない為に本当に外に行く破目になりかねない。そうなると、魔物を気にしなくちゃいけないから基礎鍛錬はやりにくいのだ。
だから、俺は町に滞在するときには必ず訓練場つきの宿を選ぶことにしている。他にも利用客――冒険者がいる上に、少しでも強くなろうと、あるいは他者の弱点を知ろうと観察されてしまうのが難点だが、まあ本番の緊張になれる練習だと思えばいい。
「も、もう一回お願いします!」
「よし、来い!」
アレス君は蹴られたダメージにもめげず、すぐに立ち上がって借り物の訓練用模造剣を構えた。
まあ、俺だって食らってまずい攻撃と大丈夫な攻撃の違いくらい体で理解している。要するに、親父殿から受けた攻撃を思い出せばいいってことだからな。
「てやっ!」
「ん、いいぞ!」
「ハッ!」
「そうだ、実戦では剣だけじゃなくて足も使え!」
五体をぶつけるように剣を振るうアレス君。これぞまさに戦う為の剣だ。最終目標は剣で敵を斬ることではなく、どんな手段を使ってもいいから勝つことだからな。
俺も剣を握ってしばらくは剣を振ることしか頭になくなってたけど、親父殿との指導試合の最中に何度も蹴り飛ばされた。そんな中から剣だけに集中する愚かさを学んだんだけど、アレス君はもうそれを理解してくれたみたいだ。
……でも、やっぱこう言う事は体でも覚えないとな!
「グブッ!?」
片足を上げて蹴りに出たアレス君だが、俺は軸足を払って浮かせてから靴の底で腹を蹴り飛ばした。
踏ん張ることもできないアレス君はそのまま吹っ飛んでいく。まあ、この手の攻撃を受けたときのダメージは体で理解しているし、今の一撃ではそこまで深刻なことにはならないはずだけどな。
「お、おい……ぶっ飛んで行っちまったぞ」
「あ、あれ死んでないよな? 生きてるよな? 壁に激突したぞ……」
「あれ、本当にトレーニングだよな? 虐待とか処刑じゃなくて……」
……なにやらギャラリーがうるさいけど、失礼な奴らだな。お前らだってこのくらいの修行やっただろうに。
「ぐ、ぐぐ……」
(ホラ、問題なく立った)
俺だって、ちゃんと計算して力を入れてるんだ。ちゃんと壁を壊さない程度の勢いで蹴ったし、骨だって折れてないだろう。
まあ、本当のところを言うと骨が折れるなんて実戦ではよくあることなわけだし、骨折の痛みになれるためにも、骨が折れたまま冷静さを失わずに戦えるようになる為にも骨の二三本は折った経験があった方がいいと思うけどさ。
「も、もう一本!」
「よし、来い!」
アレス君は壁に激突したときにぶつけたのか、鼻血を出している。でも、気にすることなく再び剣を構えた。
それでこそ未来の騎士だ。やっぱ、世の中最後に求められるのはやせ我慢と根性だからな!
「行きま――」
「あ、あの! 騎士様はいらっしゃいますか!?」
「あれ? リリーアちゃんのお母さん?」
再びアレス君が駆け出そうとしたとき、リリーアちゃんの母親が入ってきた。体は痩せ細り、いつ倒れてもおかしくないような体なのに、息を切らせて走ってきたのだ。
「どうしたんですか!?」
そのただ事ではない様子に俺とアレス君は訓練を中断し、急いで駆け寄る。本来ならば安静にしていなければならないのに、何故こんなところまで一人で走ってきたのかと。
「む、娘が、娘が!」
「リリーアちゃんが?」
「借金取りの男達に、連れて行かれたんです!」
「なっ!?」
その様子からただ事ではないと思ったけど、本当にただ事ではなかった。まさかの誘拐事件だ。
でも、何でいきなりそんなことになったんだ? 流石に借金の形に子供を連れてくとか、無知な素人でもわかる犯罪だぞ……?
「今日も借金取りが家に来て、いただいた食事を見て、それで怒り出して!」
「な、何でですか?」
「『こんなもん買う金がどこにあったんだ!』って」
「ああー、そっか……」
……うん、それは俺が悪いな。確かに、違法とは言え金が無いと言っている家にそこそこ豪華なメシがあったら怒るかもしれん。
昨日暴れたばかりだったから大丈夫だと油断してたけど、俺も残るべきだったな……。
「それで、これは人に、騎士様に貰ったものだと言ったら、急に顔色を変えて娘を!」
「し、師匠! どういうことでしょう!?」
「……多分、俺が、つまり騎士がこの件に関わりだしたって判断したんだろう。……これは完全に俺のミスだな」
今回の件、悪徳商人は証拠を隠そうとかそんな行動を全く起こしていなかった。俺はそれをばれたら逃げるつもりなんだろうと思っていたが、どうやらその考えは当たっていたらしい。
食卓に並んだ鍋から騎士の存在を知った悪徳借金取りは、すぐさま逃げの一手を選んだんだろう。そのついでに、子供まで攫っていったってところだろうなっ!
「とにかく助けに行きましょう!」
「お、お願いします! 娘を、娘を!」
「わかっています。……ひとまず、アナタは家に送ります。安静にしなければアナタが危ない」
俺のミスで、考えなしの親切なんて馬鹿の極みで引き起こした事件だ。俺が解決するのは当然だろう。
だが、正直手がかりがない。とりあえず無理して俺を頼ってきたこの人を安静にさせるくらいしか、俺にできることは――あ、そうだ。
(吸血鬼モード、発動!)
心臓の魔力封印を解き、全身に吸血鬼の血をめぐらせる。あいわからず嫌な感覚だが、それでも人間としての体とは比べ物にならないほど五感が強化されていくのを感じた。
そして、その強化された感覚で周囲の気配を探る。俺の勘が正しければ、多分近くにいるだろう人を探す為に――
「師匠?」
「目が……」
(ロクシーの性格なら、多分どっかにいると思うんだけど……)
アレス君に吸血鬼モードを見せるのはこれで二回目だ。だが、詳しいことは説明してないからちょっと困惑気味だ。
それにリリーアちゃんの母親も俺の変化に戸惑っている。まあ、わけがわからないからだろうけども、ここは集中する為に無視させてもらう。
さて、どこにいるか――おっ!
「見つけた」
「何をです――」
「よっ!」
「わっ!?」
俺は目的の人物を見つけたと、その場から跳躍によって宿の屋根の上に移動した。今の俺の脚力ならば、軽くジャンプするだけで屋根の上に上がるくらい楽勝だ。
すると、そんな宿の屋根の上なんて普通の人は立ち寄らない場所には俺の思うとおりの人がいたのだった。
「マキシームの“影”、ですよね?」
「……是」
「よかった。では話を進めますが、至急マキシーム会長に連絡を取りたいので繋いでもらえませんか?」
俺は妙に気配の薄い、人間状態では感知できない魔法のかかった黒装束の人物に話しかける。
この人は、マキシーム家が雇用している“影”と呼ばれる隠密部隊の人だ。戦闘能力を切り捨てた暗殺者って聞いているけど、ゲームにはなかったクラスなんだよな。
多分暗殺者クラスの改良系、一次職である暗殺者を進歩させた1.5次職ってところになると思うんだけど。
いや、実際凄まじいよなこれ。この“影”の在り方はロクシーが考えたらしいけど、万人が進めるクラスの進化系を考えるなんてさ。
「……会長と連絡を取りました。中央街の茶店にいるとのことです」
「感謝します」
どうやら“影”は、通信系の魔法を使えるらしい。本当に諜報関連に関しては右に出る者のいない人たちだ。
それによってロクシーに連絡を取ってくれたようで、待ち合わせの約束も取り付けてくれた。急いで向かうとしよう。
約束の日時には全然届いていないけれど、リリーアちゃんの安否は一刻を争うんだからな。
「……一つ、よろしいか?」
「ん? なんでしょう?」
「……何故、私の居場所を?」
「ああ、気配を探っただけですよ。しかし流石ですね、かなり真剣にやらないと感知できないんですから。実際、目の前に居ても気を抜いたら見失いそうなくらいに気配が薄いですしね」
「……そうですか」
「ええ、では私は行きます。時間が無いのでね」
「……彼女は我らにお任せを。必ず送り届けますので、シュバルツ様は早急に会長の下へ」
その“影”の人の言葉に頷き、俺は訓練場へ降りた。リリーアちゃんの母親も安全に家まで送り届けてくれるらしいので、任せて大丈夫だろう。
マキシーム商会の人間は、約束を絶対に守るからな。
「よっと」
「あ、師匠! 急に消えないでください!」
「別に消えてないよ。それよりも、今すぐ中央街に行くよ」
「あ、あの? 娘の居場所がわかったのでしょうか……?」
「いえ、それはまだ。ですから、これから居場所を知っているかもしれない人に会いに行ってきます。アレス君、背中に乗って」
「は、はい!」
俺はアレス君を背負い、この町の中心の方角を確認する。
中央街は確か一般客向けの店が並んでいる場所だったな。丁度、俺達が午前中に買い物した辺りだ。
「すぐに迎えの者が来ますので、あなたはその指示に従ってください。見た目は怪しいですけど信用できますから」
「わ、わかりました……」
俺は脚に力を込め、アレス君を背負ったまま再び跳躍し、屋根の上に上がる。そして“影”の人に軽く一礼してから、ショートカットの為に屋根の上を跳んで行くのだった。
「相変わらず忙しない人ですねシュバルツ様は。家の“影”から連絡を受けてまだ五分も経ってないのですよ?」
「すまんね。でも時間が無い。今わかっていることだけでいいから聞かせてくれないか?」
「……女の子が誘拐された、その認識でよろしいのですか?」
「流石だな。既にわかっていたか」
アレス君の悲鳴をBGMに、俺は最速最短距離でロクシーの元までやってきた。着地時にちょっと周囲をざわつかせちゃったけど、緊急事態なんで許して欲しい。
ロクシーはティータイムの最中だったらしく、優雅に茶を飲んでいる。だが、それでもついさっき起きた事件についての情報は得ているらしいな。流石だ。
「この際正確な犯人の特定は不要だ。怪しい奴に関して全部教えてくれ。総当りで全部潰す」
「ふぅ、そんな野蛮な……」
「どうせ相手は犯罪者なんだ。本来はこの町の守護騎士の仕事だけど、この際仕方ないだろ」
元々、悪徳商人なんて全部叩き潰して問題ないのだ。いや、それでも必要悪ってのはあるし、そんな悪徳商人たちがまわしている経済ってのもあるわけで、実際潰すといろいろ問題は出るんだけどさ。
それでも、人命には代えられないだろう。リリーアちゃんをこのまま取り戻せなければ、どう考えても最悪の未来しか見えてこないからな。
「この町の悪徳商人を片っ端かた潰すのはおやめになってください。まだこの町の経済の掌握は完全ではありませんので、不要な混乱を招きます」
「掌握するつもりなのか……。いや、それはこの際いいとして、じゃあどうすればいい?」
「……ご安心ください。既に犯人の目星はついていますので」
マキシーム商会がまた巨大化しようとしている話はこの際置いておく。それよりも、約束の三日どころかまだ初日なのに目星がついているって方が驚きだ。
マキシームの“影”の皆さん、また腕を上げたんじゃないのか?
「念を押しておきますが、あくまでも目星がついているだけです。確かな証拠はありません」
「……どういう事だ?」
「今までの調査でもある程度絞り込めていたのですが、今回のような強引で短絡的な手を使うような奴は一人しか思い当たらない、と言うことですね。もちろん裏づけ調査の時間など無いので、可能性が高いと言うだけですが」
「十分だ。そいつについて教えてくれ」
ロクシーは確証などないなんて言っているけど、この人は傲岸不遜な自信家で、完璧主義者だ。実際裏付け調査はできていないんだろうけど、俺にそれを話すのは九分九厘間違いないからだと確信しているからであるはずだ。
それを知っている俺は、その犯人とやらが本命だと考えて動く。それが一番のはずだ。
「ではお話しますが……その前に、その子を降ろしてあげたらどうです? 目、回してますよ?」
「え? ……あ、アレス君大丈夫?」
「…………きゅぅ」
俺の全速力で屋根の上を跳んできたからな。ちょっとアレス君にはまだきつかったらしい。元々訓練中で弱ってたし、目を回して気絶してら。
……まあいいか。話している間に目も覚めるだろうし、椅子を並べて寝かせておこう。
「……さて、じゃあ話してくれるか? 今回の件の黒幕らしき何者かについてさ」
「いいでしょう。では、可能な限り手短に簡潔にお話しますね」
「よろしく頼む」
一般的な貴族って奴は無駄話と美辞麗句が好きって相場が決まってるけど、ロクシーは単純明快と言うか、要点を抑えた話を好む。
この辺は貴族と言うよりも商人と言うことなのかもしれないな。もしかしたら、単純に俺が嫌われているだけかもしれないけど。
「今回の件、恐らく首謀者はゴルドと名乗る男です」
「ゴルド?」
「偽名でしょうけどね。とにかく、そのゴルドは商人ではありません。詐欺に恐喝、窃盗に人攫いと言った犯罪を生業とする組織の頭です。小規模ですけどね」
「ふーん。小悪党の親玉ってことか?」
「まあそんなところです。手口は強引の一言。計画された完全犯罪を狙うのではなく、力と勢いで弱い人間から搾取し、危なくなったら逃げる。そんなことを繰り返しています」
「なるほど。今回の件と共通するな」
どんな調査をしても証拠を出さない仕事ではなく、物理的に捕まらない内に逃げ出すってことか。合理的なのかアホなのか判断に迷う相手だが、とにかく野放しにするのは危険な犯罪者ってことだろう。
でも、手配書の類は回ってないよな? 俺も大きな町に来るたびに一応手配書の類は確認しているけど、ゴルドなんて名前に心当たりないし。
「にしても、この町の騎士は何をやっているんだ? そんな存在そのものが迷惑極まりない犯罪者、とっとと捕まえに行けばいいだろうに」
「……まあ、この町は人の出入りが激しいですからね。普通の住民もいるとは言え、治安の悪さはどうしようもないのでしょう」
「にしたって、会長さんは調べ上げたんだろ? それも、この短い時間で」
「当然でしょう? ワタクシの諜報と一介の騎士を同レベルに考えられては困ります」
自信満々に言い切られてしまった。確かに“影”の人たちの隠密としての力は知っているし、その集められた無数の情報を纏め上げ、宝のような真実を作り上げる能力がロクシーにあるのも知っているけどさ。
それでも、現役騎士としては何か複雑になる回答だ……。
「まあいいか。それで、ゴルドの今の隠れ家は?」
「ゴルドはその性格上、隠れ家を転々としています。拠点と言うべきアジトを持たず、町から町へ旅人のように流れて行動していますからね」
「……なるほど、そりゃ捕まりそうもないな」
この町を守る守護騎士も、ぶっちゃけそのゴルドって奴がこの町に入り込んでいることを知っているかも怪しくなる話だ。
賢さだの強さだのではなく、勢いと狡さと逃げ足の速さが武器か。ある意味吸血鬼連中より厄介かも知れんな。
「にしても、そんな事出来るってことは結構小規模な組織なのか? そんなフットワークが軽いってことは」
普通に考えて、大人数で移動するのってかなり大変だしな。そのやり方は、少人数だからこそできるものだと思う。
でも、ロクシーはそんな俺の言葉を聞いて首を横に振るのだった。
「犯罪組織の規模にランキングでもつけるのならば、十段階評価の五ってところですわね」
「中堅ってことか?」
「ええ。そこそこの人数がいると思ってくれていいでしょう。少なくとも、構成員だけで村一つ起こすくらいはできるでしょうね」
となると、何か秘密があるな。そのセコイ犯罪者集団が抱える、切り札的何かが。
この世界、普通の人間が外を歩くのは食ってくださいと言っているようなものだ。
だからこそ人は集団になって戦うわけだが、戦闘者ではない人間が数集まっても良質な狩場程度にしかならないだろう。
ニナイ村の人たちの移動にも護衛が着いたように、一人でもいいから並みの魔物なら威圧だけで退けられるような騎士級に付いてきてもらえなきゃそんな手段は取れないだろうからな。
「その顔、何か切り札がある――とでも思ってるのかしら?」
「ん? ばれた?」
「ええ。シュバルツ様は考えていることがすぐに顔に出ますからね」
「……自覚はないんだけどね」
「ま、それはいいとして、その通りですわね。ゴルド組――ゴルドの傘下の組織には、一人切り札と呼んでいい戦力がいます」
やっぱりいるか。本来は相応に命を賭ける必要がある――もちろん騎士クラスになれば修行の一環程度だが――旅を、そうほいほい実行に移せる何かが。
この世界の軍隊や戦力ってのは、結局のところ数より質だ。戦いは数できまるってのが前の世界の常識だった気がするけど、この世界には冗談抜きで一騎当千どころじゃない英雄が存在しているからな。
まあ銃器を初めとする量産できる兵器が台頭してくれば話は変わるかもしれないけど、少なくとも戦力の基準が個人の肉体や魔力に依存する今の常識では一万の一般兵と一人の英雄なら英雄が勝つ。
もちろんそれは相手が真正面から戦ってくれる場合の話であり、蜘蛛の子散らしたように逃げ出されたりした場合はなんともできないから、英雄側にしたって本当の意味での勝利を得るにはやっぱり数が必要になるのも事実ではあるけどな。
そして、未だ英雄なんて領域には至っていない俺にもそれは当てはまる。
流石に並の人間よりはずっと強くなった俺にとって、悪徳詐欺師だのその辺のチンピラだのは何人集まっても戦力的に脅威にはならない。
だからこそ、攻め込むのならば本当に警戒しなければならないのはその“切り札”とやらだろう。おおよそ信頼だの信用だの度胸だのなんて言葉とは縁遠い人格の持ち主らしい小悪党ゴルドが、自分の命を任せられるほどの相手ならばな。
「その人物についての情報は?」
「ご心配なく。場合によっては敵になる組織の切り札に関する情報くらい、調べるまでもなくこの頭の中にありますわ」
「そりゃ心強い。……で?」
「性別は男。年齢は三十代前半といったところ。獲物は槍。簡単にその力を知る武勇伝としては、ゴルドがとある町で下級守護騎士数名に囲まれたとき、その全てを皆殺しにした実績がありますわね」
「……下級騎士数名を、ね」
それはなんとも、気分が悪くなる実績だ。同時に、警戒すべきものでもある。
俺が下級騎士だったときの力量を参考にすれば、今の俺でも三人以上はきつい。五人いれば撤退を選ぶだろうな。
戦いは質で決まるのがこの世界だが、両者の力量が最低限戦いになる程度の差しかないのならば、やっぱり数は強いのだ。
それを覆せる力量の持ち主となると、正面から行くのは危険だな。ここはやっぱりこの町の守護騎士に連絡をとって、集団で攻めるのが最良か――
「そして、これが最後に言うべき情報。彼は、かつて王国騎士団の上級騎士であった男です」
「――なんだと?」
だが、ロクシーの口から出た最後の言葉に、俺はそれまでの考えを全て破棄した。
何故ならば、その言葉は今の俺にとって、絶対に許してはならない事実を指していたのだから……。




