第43話 筋肉禿親父無双伝
「ったく、こんなのありなの?」
俺の目の前で、吸血鬼アハロンは不気味な魔力による改造を施された。本来人間と変わらないスラリとした体型だったのに、今はオーガの一種なのではないかと思えるくらいに筋肉が膨らみ、真紅の瞳は完全に狂気に染まっている。
本来後方から呪いをかける呪術師だったはずなのに、今では完全に肉弾ファイターだな……。
「あぁ……あああ……」
『さてアハロン。聖地落しを実行せよ』
「アアアァァァァァ!!」
(命令はしっかり聞くのか……)
アハロンは、声の主の命令に忠実のようだ。全く理性なんて感じられない姿なのに、しっかり命令に反応しているからな。
そんな忠臣アハロンは、さっきとは比べ物にならない速度で突撃をかけてきた。
俺は、とりあえず巨大化したアハロンの脇の下を潜り、後ろに回る。そして、背中に一太刀入れてみた。
(堅いな)
「グルゥアア!」
しかし、剣は弾かれてしまう。全力で行ったわけではないとは言え、それでも生身の皮膚に剣が弾かれるのはいただけない。
これで吸血鬼の再生力も失われていないのならば、少々厄介だな。
『我らヴァンパイア一族を素体にした強化アンデッド……これを退けるのは不可能だろう?』
「ま、確かにちょっときつい」
元々吸血鬼は上位のモンスターだ。俺もその力の一部を持っているわけだが、とにかく並のモンスターとは比べ物にならない。
それの強化体となると……本気でやらなきゃ勝てないな。
「フッ!」
『ん? 何のつもりか?』
俺は一瞬加速し、距離をとる。そして、大きく大上段で剣を構えた。
「いや、そこそこ強いから……本気、出そうかと思ってな」
『本気? まさか今まで本気じゃなかったんだ、などと言うつもりかね?』
「当然」
偉そうな声の主が俺を笑うような雰囲気を漂わせてるけど、当たり前だろうが。
大体、たかがヴァンパイア一体に本気出すとか、その時点で負けを認めるも同然なんだっての。俺の見ている目標は、ヴァンパイア千匹纏めて相手にするよりも遥か上なんだからな。
「【加速法――】」
『それはさっきも見た。速力を一時的に高めるスキルのようだが、速かろうが問題ないよう強化した。無駄だ――』
「【六倍速】!」
ひとまず、現段階での負担を抑えられる領域内での最高加速を使用する。さっきの感じなら、これなら絶対に妨害できないはずだ。
そして――
「スキル【瞬剣・鎧断ち】!」
斬りつけた相手の防御力を低下させるスキル、剣技を発動する。ガキの頃と違って、今の俺は純粋な剣技だけではなく、特殊能力を乗せた一撃を放つこともできるんだ!
特殊能力を乗せた剣は全く反応できていない強化アハロンの腹に直撃し、その体を斬り裂く。それと同時に、強化アハロンの全身を取り巻いていた守りの魔力を消し飛ばした。
「ガアッ!?」
「一撃で倒す……と言えないところが悲しいね」
『キサマ、何者――』
「スキル【瞬剣・気合斬り】!」
六倍速モードの俺に、この程度のモンスターではついてこれない。俺は斬りつけた状態から素早く剣を戻し、そのまま純粋な破壊力を上昇させるスキルとともにもう一度胴体をたたっ斬る。
防御能力を失った状態で純粋破壊能力を高めた瞬剣を受けた強化アハロンは、あっさりと両断されて地面に倒れ伏した。
当然大量の血が出ているので、もう再生もできないだろうな。まあ、あの姿でも再生力があるのかは不明だけども。
「が、が……」
『馬鹿な……いくらなんでも、ただの人間に私の強化術を施したヴァンパイアが負けるなど……。それも、ここまで圧倒的に……』
「そりゃ人間舐めすぎだ。俺なんかよりもずっと強い人間なんて、結構いるはずだぜ?」
加速をやめ、唖然とした様子の声の主に挑発ぎみに言ってやる。実際たかが中級騎士である俺よりも強い騎士はいっぱいいるだろうしな。
まあ、俺の目で見たことあるのは親父殿だけなんだけど。とりあえず、6年前のシルビィ隊長よりは強くなったと思うし。
『そう言えば、キサマ純粋な人間ではなかったな?』
「失敬な。俺は立派な人間だぞ? ちょっとお前らの血を流し込まれただけの」
『そうか、なるほど。キサマがミハイの奴が追っている従者のなりそこないか』
ん? 急に何かを思い出したように落ち着いたと思ったら、俺がいろいろ苦労する破目になった諸悪の根源の名前が出てきたな。
奴の知り合いか?
「お前、ミハイの知り合いか? もしそうなら、今すぐ刺客暗殺者その他もろもろを送ってくるのを止めるように言って欲しいんだけど」
『それは無理だろう。あれは数年前から狂ったように鍛錬を積み、そして憎悪を日々増大させているからな』
「あっそ。吸血鬼って、本当に執念深くて気位の高い一族だね」
吸血鬼を相手にするときは、とりあえず挑発しとけばいい。これは俺が旅の中で暗殺者に狙われるたびに実証してきた法則だ。
だと言うのに、この声の主は愉快そうに俺の言葉を笑い飛ばした。
『フフフ、いや愉快だ。私もこんなに意気のいい人間を見るのは久しぶりだからね。ついつい楽しくなってしまうよ』
「冷静だな」
『キミもね。慣れているのかい?』
「……まあ、吸血鬼に襲われるのには慣れているな」
だと言うのに、未だに吸血鬼とその他大勢程度に一々本気にならなきゃ勝てないとは、俺は本当に弱いんだって自覚させられるな。
『そうかい。では、こんな趣向はどうだろうか?』
「なに?」
『【空術・集団転移】』
「なっ!?」
声の主が何かの魔法を発動した瞬間、鼻が曲がりそうな悪臭が漂ってきた。
これは……腐臭だ。肉の腐った匂い……アンデッド系が近くに現れたのか? それも、強烈な匂いの兵器になるくらいに大量に。
『第一作戦が失敗したときの備えと言う奴さ。キミがいる場所とは反対側に、アンデッドモンスターの軍勢を跳ばさせてもらった。数はそうだねぇ……500体くらいだったかな?』
「おいおい……随分奮発してるなおい」
『ま、私としても失敗できない案件だからね。ついでに、キミにもちょっとした足止めをしておこう。丁度遠距離発動を可能にする魔道具もあることだしね。【特殊能力発動・低級死霊作成・影の暗殺者】』
「あああぁぁぁああぁぁ!!」
「なっ!?」
アハロンの死体が持っていたネックレス。あれからまた魔力が放出され、死体と化したアハロンを包み込む。そして、次の瞬間には闇を纏ったような黒装束に身を包み、刀身まで真っ黒なナイフを構える小柄で危険な暗殺者へと変貌を遂げていた。
発動されたのは吸血鬼の特殊能力であるアンデッド作成スキル。本来は自分の周囲にしか作れないはずだけど、どうやらあのネックレスの本当の力は遠距離からスキルや魔法を発動することらしいな。
となると、通常状態のアハロンがやたら頑丈だったのも納得できる。より上位の存在が安全なところから戦いを観察してるんだ。そりゃ、ベストなタイミングで防御魔法の一つや二つかけられるわな。
どうやら魔道具としての限界が来たらしく、今のでネックレスはボロボロになって崩れ落ちたけど、その役割は十分に果たしたみたいだなコンチクショウ。
『知っているかもしれないが、配下となるモンスターを作成するスキルを使うのには核があった方がより上質なものを作れる。我ら吸血鬼が使うのならば、死体だね』
「アンデッドの材料は死体ってか。だからって、普通そこまでするかよ……」
『するとも。アハロンとて、最後まで役に立てた方が本望だろう。自分一人の力では無様を晒すことしかできなかったのだからね』
「――――」
アハロン……元アハロンとしか言えないシャドウアサシンは、無言でナイフを構える。どうやら、自意識は完全に消滅したらしい。
吸血鬼って、ここまで冷酷なのか? いや慈悲深いとは最初から思っていないけど、どちらかと言うと仲間意識は強い方だと思ってたんだがな。
これは、この声の主が特別部下に対して情を持たない性格だってことなのか、それともこの襲撃はそこまでしてでも成功させなきゃいけないって判断なのか……。
『さて、では――第二ラウンドだ』
「――影隠れ」
「んっ!?」
シャドウアサシンは体を闇に変え、周囲の影の中に入り込んでしまった。
シャドウアサシンは、確かアンデッド系の雑魚モンスターの一種だ。その名の通り暗殺者の能力を持っており、回避率アップスキルとか一撃必殺の即死スキルとかを得意としていたように思う。
さっきのは、多分ゲームで言うところの回避率アップスキル。影に潜んで攻撃されないようになるスキルだ。
これが現実になると、影に潜んで姿が見えなくなるなんて厄介極まりないスキルになるってことかよ……!
(どこだ……どこから来る!)
『フフフ……動けないよねぇ。そこには、キミが守らなきゃいけない脆い人間だっているんだから』
「……! そう言う、ことか……」
この場所には、俺だけではなく村長さんやアレス君、それに倒れた自警団の人たちまでいる。
自警団の人たちはドサクサにまぎれてアレス君が回収したみたいだけど、まさか闇にまぎれた暗殺者がいるのに放置するわけにも行かない。
今も不安そうに周囲を見渡しているアレス君たちを見捨てないのならば、俺はここであのシャドウアサシンを確実に倒していく必要がある。だが、姿を隠して一撃必殺を狙っているのであろう暗殺者を今すぐ倒すのはほぼ不可能だ。
だって、魔力視認能力すら誤魔化してこの辺りに隠れている暗殺者相手に俺にできるのは、仕掛けてきたところへカウンターを仕掛けるくらいなんだから。
「ここで暗殺者相手ににらめっこさせるのが狙いか……」
『そう言う事だ。足止めとしては最上の一手だろう?』
暗殺者相手に戦うのならば、どうしても持久戦になる。目の前に出てきて剣を合わせるのならば暗殺者に負けるわけが無いが、だからこそ暗殺者としての能力を持つシャドウアサシンが姿を晒すことはない。
その唯一の例外が俺を殺そうとする瞬間であり、その瞬間以外は警戒する以外の方法が無いってことになる。つまり、相手が動いてくれなきゃただ無駄に時間を浪費するだけだ。
だと言うのに、今も腐臭をばら撒くアンデッドの群れが村に向かってきているのだ。俺をここに足止めするために作ったんだろうが、なるほどと思わず納得しちまうくらい嫌らしい手だなクソッ!
「どうするか……」
「し、師匠! 僕らは大丈夫だから――」
「ダメだ。それはできない」
俺はアレス君の言葉を遮り、はっきりと断言する。
村長たちがここで死屍累々になりながらも引かずに戦っていたことから考えても、生命感知の感覚から言っても、間違いなく村人はこの村の中央広場周辺に避難している。多分、近くの建物のどれかが緊急避難場所に指定されているんだろう。
だからこそ、ここで俺がいなくなれば、まず間違いなく村人は全滅することになる。シャドウアサシンは俺ならば即死攻撃以外は大した事無いはずだけど、流石に瀕死の村長や未熟なアレス君では勝てないだろうからな。
もし俺がこの場を放棄してアンデッドの軍勢を全滅させられたとしても、村人が皆殺しにされては何の意味も無い。村ならばまた立て直せるけど、村人の命は取り返しがつかないからな。
そんな選択をするくらいだったら、村を捨てて俺が守りながら村人全員で避難した方が遥かにましだ。
(クソッ! ここで都合よくアンデッド軍団を倒してくれる救世主とか勇者様とか現れねぇかな――ん? この気配は……)
『どうしたね? 固まっていていいのかい?』
ついさっきまで本気だすか、とか言ってた割にはあっさり手が無くて立ち往生なんて窮地に陥って、もう神頼みでもしてやろうか少しは働け聖剣の女神様と天を呪ってみたところ、何かアンデッド軍団の方でおかしな気配を感じた。
この、太陽が近くで燃えているかのような暑苦しい生命の波動。この感じ、前にも感じたような気が……。
◆
「ヌッハー! くらえぃ!」
目の前に突然現れた腐った死体の群れ。それに、ワシの拳を思いっきり叩き込んでやる。それだけで、脆い死体は数を巻き込んであっさりと粉々になりよったわい。
「おい! もう少し考えて動け! いきなり戦うな!」
「何を言う殿下! 恩ある村に邪悪な魔物の群れ。これを見過ごすことが許されるとお思いか!」
「いやそうは言わんが、ここで戦うよりも村人の安全を確保した方がいいかも……」
「心配なさるな! 村にはガーライルの倅がおる!」
村にも死体共の手は伸びているようだが、あやつがいるのならば問題あるまい。気配から見ても優勢のようだし、みっちりシュバルツの力を叩き込まれているようだからな。
「それに殿下よ、おぬしは世界がどうなっているのか見たかったのだろう?」
「そうだが……それがどうかしたのか!?」
並み居る意思なき死体の群れに、拳打を浴びせてなぎ払う。見たところ、殿下も危なげなく雑魚を祓えているようだな。
王族としてあらゆる英才教育を受けているのだから大丈夫だとは思ったが、次代が優秀なのはいいことだ。
後は、経験を積ませるのがワシらの勤めだろう。
「これが世界だ。この魔物の群れ、もしワシがいなければあの村は塵になっていただろう」
「……そうだな。とても村一つで対抗できる戦力ではない」
「そして、これが世界の当たり前なのだよ殿下。魔物共が鳥人族と山人族こそを強敵と見なしているからこそ我ら人間族は今も生きている。だがこうして少し本気になられれば、対抗できる人間なんぞ世界に四人ほどしかワシは知らん。殿下はな、これからそんな種族のリーダーになるのだ。その重責、この光景からしかと学んでくれ」
「……ああ。よくわかっているつもりだ。そして、ならば次期王として、このバーン・フィールが命じる」
人間の文明も生活も、全てをただ力だけでねじ伏せる魔物たち。その力を知ること、それは王として何よりも大切なことだ。
それを分かってくれたのか、殿下はワシが見逃している弱めのモンスターを切り裂きながらワシの目を力強く見た。
「世界に四人しかいない。その内の一人、人類最強の一人たるバース・クンに命じる! ……敵を殲滅せよ!」
「フッ! 勅命、確かに聞き届けた!」
このワシ、バース・クンの力を頼られた以上、その期待を裏切ることは許されない。
最強を目指し、鍛錬を続けるクン家現当主として、武力で他者に後れをとることだけはワシ自身が許せんからな!
「フッフッフ。娘への土産話ついでに、一つ大掃除と行くとするか!」
全身の筋肉を膨張させ、魔力を高める。我がクン流の真髄、その腐った目にしかと刻み付けるがよい!
「【加力法――クン流剛拳・大気崩落】!」
拳の威力を増強し、奴らに向かって真っ直ぐ、連続で突き出す。ただそれだけで、我が拳は空を震わせ、敵を砕く!
拳から放たれる威力によって無数の空気の弾丸が形成され、それが雑魚共を纏めて飲み込むのだ!
「しょ、衝撃波!? 本来多人数相手は苦手とする格闘術だと言うのに、なんとでたらめな……」
「当然であろうよ殿下。我がクン流は罪無き者を守る為の拳。それが己の手の届く範囲しか守れないようでは格好がつかんのですよ」
クン流の初級技である空砲拳の進化系とでも言うべき一撃。極限まで高めた力を空気に叩き付けることで、衝撃波により間合いの外を攻撃する拳。
更に、その拳を一瞬の内に複数回繰り出すことで拳圧による空気の壁とでも言うべきものを作り出し、多人数を纏めて叩き潰す技だ。
さて、これだけでもゾンビ程度の雑魚ならば100体だろうが200体だろうがすべて吹き飛ぶはずだが……。
「フン、少しは骨の在るのもいるか」
「一応言っておくが、注意しろ。恐らく、残ったのはさっきまでの雑魚とは比べ物にならん」
「でしょうな。さっきまでのは紙を破るような労力しか使わなかったが、今度のは鉄を砕くくらいの労力がいりそうだ」
ワシの目算だと、恐らくこの軍勢は全部で約500体ほどだったはずだ。構成兵が人間であれば大したことのない数だが、一体一体が強い魔物の軍勢となると破格の戦力と言える。
まあ、その内の400体くらいはさっきの拳圧でバラバラになってしまったようだが、残りの100体はちょっと強そうだ。
どれ、次は直接殴るとするか。
「……何者だ、あの人間」
「我らの軍を一瞬でここまで崩すとは、ただの人間ではあるまい」
「どうやら格闘家のようだ。前衛を盾に遠距離で攻めるとしよう」
「ほう、死体の分際で生意気にも口をきくか」
残った100体の内、後方に位置しているアンデッド数体が口をきいている。
この手の自意識を持つアンデッドはどれも強力で、下位のアンデッドとは違い策を弄する頭を持っているのが厄介だ。早速なにやら作戦を立てているようだし、ここは一つ先手必勝で行くとしよう!
「リビングデッドナイトよ! 奴を止め――」
「ヌッハー! 戦場で余所見は命取りだぞアンデッド!」
「なに?」
ダラダラと作戦会議している隙に、強化した脚力を使ったジャンプで鎧を着たゾンビの群れを飛び越し、一気に敵陣後方まで跳んだ。
このリビングデッドナイトとやらは自らの意思を持たんようだな。指揮権が後方のアンデッドに任されているのだろうが、ならば敵から意識を逸らしてお喋りは悪手としか言いようが無いわい。
守れ、止めろなど、何かの命令を与えなければワシが何をしていようが反応することはないのだからな。
「だが無駄なことだ。我らに物理攻撃は通用せん」
「フンッ! なるほど幽霊の類か貴様らは」
ワシの接近に動揺する素振りも見せないこのアンデッド、近くで見ると透けているな。
どうやら、死霊の類らしい。杖を持っているところから考えて、恐らく魔法使い系だろうな。確か死霊の魔法使いだったか?
この手の非実体モンスターには剣も拳も通用せん。すり抜けるだけだ。先ほどの大気崩落も、恐らく何の防御をすることなく受け流したのだろう。
それがこいつらの自信の根拠か? 所詮拳以外の武器を持たんワシでは、自分達を倒す事は絶対にできないと思っているのか?
……だとすれば、舐められたもんだわい!
「【魔法拳】!」
「ム?」
「貴様らの類は、魔法で殴ればよいだけよ!」
ワシの両拳を魔力で覆い、そこから冷気を発生させる。ワシの属性である“氷”の力だ。
これはガーライルの奴の得意技、魔法剣技。それをワシ流にアレンジし、拳で再現したものだ。
非常に繊細な魔力コントロールを要求される為に苦労したが、何とかものにした。まだ娘にも伝授できていない、ワシ自慢の技の一つだな。
この状態の拳なら、打撃であると共に魔法としての効果も持たせられる。これならば、実体を持たないモンスターだろうが問題なく殴れる。
そして、魔法使いの攻略法。そんなもん古今東西たった一つ。魔法を使う前に殴る。これに限るわい!
「氷剛拳・千手!」
氷の魔力を宿したまま、回転重視の連撃を放つ。ガーライルの奴の速さに対抗すべく磨いた、我が拳の速度を見よ!
「ラーラララララララァ!」
「ガァ!? こ、これは……!」
「フン! どうやら偉そうな態度の割りに耐久力は低いようだの! このまま全員粉々にしてくれるわい!」
氷の魔法を乗せた無数の拳打によって、あっさりとレイスは崩壊した。この程度で消えるのならば、他の全ても同じように粉々にするまでよ!
「おのれ人間が。……例の切り札を出す」
「やむを得んか」
「あれを使うのは、本来想定外なのだがな」
仲間がバラバラにされているというのに、ワシから少々離れた位置にいるレイスメイジ共は相変わらず抑揚の無い声で作戦会議をしている。
ワシの拳と闘気を前にしても一切ぶれないとは、やはり意思を持っていてもアンデッドの考えていることはわからんな。
「行くぞ、合わせろ」
「ああ」
「同調魔法――」
『【不死者召喚・竜の動死体】!!!』
「む? あれは……」
確か、同じ種類の魔法を完璧に同じタイミング、魔力量で唱えることで魔法を融合させ、より高位の魔法を使う技術だったか?
念入りに準備と練習を重ねた上で安全を確保しなければとても使えない発動難易度のせいで戦闘には使えないと魔術師から聞いたことがあるが、レイスメイジ共は三体で見事に魔法を同調して見せた。
やはり、人の常識と魔物の常識は違うの。こんな雑魚共でも、人間の魔術師には不可能な技を見せてくれるとはな。
「グルアァァァァァ!」
「フンッ! また匂う死体が出てきたの。いい迷惑だわい!」
先ほどの魔法は、召喚系であったらしい。同調によって無理やり魔法の効果を上げて本来レイスメイジ如きでは呼べない高位のモンスターを呼び出したようだ。
「どうだ人間。この世界でも最強と呼ばれる種を敵とした気分は」
「本物であれば血沸き肉踊ると言いたい所だが、腐っていては興ざめよ」
「言うではないか、決して勝ち得ない強者を前に」
「誇っていいぞ。本来ならば使うことの許されない切り札を出させたことにな」
レイスメイジ共が偉そうに語っているが、ワシは目の前で苦しそうに雄たけびを上げる、所々の皮が腐って溶けているドラゴンの死体を前に顔を顰める。
肉体的強度で言えば、世界最強と呼ばれる竜種。それと戦えると言うのは武人として本望であるが、こんな惨めな姿にされてしまっていてはそんな気分でもなくなる。
死体は所詮死体。いくら魔法によって操ろうとも、生前の力をそのまま発揮できるわけではないのだ。
上位の死霊使いならばむしろ強化してアンデッド化できるとも聞くが、このドラゴンゾンビはとてもそんな上等なものには見えないしの。
恐らく、ドラゴンという強大な存在の肉体をもてあましたのだろう。おかげで、生前以下の力しか持たない惨めな人形としてしか使えないのだろうな。
……ワシにできることは、せめてもの情けをかけることだろう。ドラゴンよ、できれば本物のお主と戦いたかったぞ。
「クン流……」
「何をしようと無駄だ」
「殺せ、ドラゴンゾンビ」
「グルゥアァァァァァ!」
ドラゴンゾンビはその口を大きく開け、喉の辺りに魔力を溜め始める。恐らく、ブレスを放とうとしているのだろうな。
だが、本来であれば美しくも強力な魔力が集まったのだろうが、半分腐ったこやつでは腐臭のする何かしか集まらん。
やはり、一撃で終わらせるのが強者への情けか。
「放て、ロットブレス」
「――絶招・不墜重戦車!」
ドラゴンゾンビの攻撃は、地面すらも腐らせる腐食の吐息。対して、ワシの技はクン流の奥義の一つだ。
所謂歩法の一つで、全身の筋肉を引き締め真っ直ぐ突進する。己の鍛え上げた肉体の頑強さを軸にする、突進だ。
つまり、どんな猛攻も防御壁も筋肉でぶち抜いて接近すると言うことだな!
「ば、馬鹿な。何故止まらない?」
「ドラゴンゾンビのブレスは全てを腐らせる魔力の渦」
「生身の存在では決して耐えられないはず――」
「ヌッハー! こんなもんで腐るほどワシの肉体は脆く無いわい!」
ブレスの余波を受けた木々や地面が腐って崩れるが、ワシには傷一つ無い。
我がクン流の極意は、鍛え上げた肉体であらゆる武器防具を超越すること。この我が人生の結晶たる肉体を前にしては、こんな腐った息如き真正面からねじ伏せられるものでしかないわい!
「せめてもの情け。速やかに眠れぃ!」
「グゥアァァァァァ!?」
「い、一撃か……。普通の騎士だったら何人がかりでどれだけの犠牲が必要なのだろうな、あの魔物」
ドラゴンゾンビの鼻先まで接近し、思いっきり頭を砕く鉄拳を食らわせてやった。それだけで、腐り果てていたゾンビの頭は粉みじんになり、その全身もあっさりと崩れおったわい。
「どういう事だ……?」
「ドラゴンゾンビが崩れた? 何が起きた?」
「不明だ。命令の中にこの現象は入っていない」
「……なるほど、知性があるように見えるが、実際には事前に命令されたことをこなしているだけと言うことか」
我が拳によって、ドラゴンゾンビの腐った体を粉々にした。本物の竜種であればもう少し苦労したかもしれんが、あんな不完全な死体ではこの脆さにも頷ける。
それを見たレイス共は、ようやく動揺を見せる。実際には、命令に含まれない出来事を前にどうすればいいか分からなくなっているだけのようだが。
「さて、その様子では、もうこれ以上の見世物はあるまい? ……ならば、鎧ゾンビもふくめて全てぶち壊すまでよ!」
そして、ワシは残りの残党を全て破壊して回った。殿下がワシの戦いをみて「あいつは本当に人間なのか?」などと失礼なことを言っているが、人間に決まっているだろう。
さて、もうこの死体軍団は壊滅も同然だ。後は任せるぞ、ガーライルの倅よ……。
主人公本気出して無双! その隣で知らないおっさんが超無双!




