第40話 ニナイ村の危機
「あのー、師匠はいますか?」
「おや、アレス君かい? レオン君なら、今は森に出かけているよ」
今日も僕は、師匠が宿にしている客人用の小屋を訪ねた。でも、そこにいたのは別件の客人である、僕の家に滞在している禿頭のおじさんの連れであるパウルさんがいるだけだった。
師匠――レオンハートさんがこの村に来てから一週間ほどたった。師匠は何か目的があるらしく、毎日森のほうに出かけている。
おかげで日中は僕の訓練を見てくれないんだけど、やっぱり今日もいないのか。師匠になる気はないなんていつも言われているけど、もっと頑張って正式な弟子にしてもらうんだ!
「どうする? せっかく来たんだ、お茶でも飲んでいくかい?」
「いえ、僕は今日の修行に行きます!」
師匠がいない以上、一人で訓練するしかない。もう訓練のやり方は教わったからね。僕一人で大丈夫だ!
「毎日熱心だね。レオン君も、いつも通りなら日が落ちる前には戻ってくるだろう。君がここに来たことを伝えた方がいいかな? とは言っても、僕もこの後出かけるんだけどさ」
「どこかに行くんですか?」
「ああ。ちょっとガハムと一緒にね。そんなわけで約束はできないけど、もし会えたら伝言するかい?」
「えっと、そうですね。僕はいつもの場所にいるって伝えてください」
「了解したよ。じゃあ、体に気をつけてね」
「はい、ありがとうございます!」
パウルさんに伝言を頼んでから、僕は村の外れの方に走っていく。森の中まで行くと危ないって言われてるけど、囲いの端っこなら問題ないよね。
そこには、偶に自警団の人が訓練に使っている訓練用の人形が立てられているんだ。実際には畑仕事が忙しくてほとんど使ってないから、事実上僕専用だね。
師匠は『流石にこれ相手にやると、一発で壊れそうだから遠慮する』とか言って使ってないし、毎日僕が自分で作った木の剣を叩き付ける為にあると言っても間違いじゃないと思う。
「よーし、まずは打ち込み100本……じゃなくて、1500本だ!」
師匠が『まあこのくらいやればいいんじゃない?』って言ってた回数だ。
今まで一人でやってた回数の軽く10倍以上だけど、騎士になるにはこのくらいやらなきゃいけないんだ!
◆
「……今日は、妙な胸騒ぎがするの」
ニナイ村村長として、日の光を浴びながら、私はふとそんな感覚を覚えた。何の根拠もないのだが、何か嫌な予感がするのだ。
アレスは、今日も特訓だと言って出かけていった。ガハム殿も、お連れの御方と一緒に、見聞を広めるとかで出かけている。
ついでに、シュバルツ殿も村の外に出ているはずだ。彼の場合は毎日外に出ているので、全く不思議なことではないのだが。
(アレスが運動に出るのは前からの――あの事件からの習慣じゃし、別に問題はない。大戦力である彼らがいないことに不安を覚えるのは分からなくも無いが、元々彼らがこの村の住民ではない以上、そこまで考えることでもないはず。ならば、この胸がざわつくような感覚の理由は何だ?)
……わからない。何もないのだ。今日、今この瞬間に覚えるべき不安なんぞない。いつも通りの毎日のはずだ。
なのに、意味不明のざわつきが消えることはない。いうなれば、これは勘としか言えん。既に錆び付いたとは言え、戦いを予感させる、戦士の勘と言う奴だ……。
(これは、いざと言うときの準備をした方がいいかもしれん)
何の根拠もない勘に警戒するなど、愚かなことだ。少なくとも、合理的に皆を導かねばならない村長としては失格だろう。
だか、こういった勘は時に魔法をも越える。何の根拠もない勘に救われた騎士の話など、そこらに五万と転がっているくらいだしの。
(この体でどこまでやれるかはわからんが、せめてすぐに剣を持ち出せるようにしておくか)
私の本当の正体を隠す意味もあり、騎士時代に王から賜った剣は家の中に隠してある。
それでも使うべきときの為にすぐに持ち出せるようにはしてあるのだが、今日は本当の意味ですぐに持ち出せる場所に出しておくことにしよう。
そう思い、私は家の中へと戻って行った。
「ふむ……相変わらず、私などにはもったいない、いい剣だ」
自室の壁の中に隠しておいた剣をとり、その輝きに思わずそんな感想を漏らしてしまう。
この剣には魔法がかけられており、決して劣化しない優れものだ。僻地で任務に当たる私へと、陛下がわざわざ用意してくれた一品なのだ。
この剣に恥じない働きをと誓ったものだが、実際にこの剣を持ち出す事はほとんどなかった。身分を隠して、孫にもその過去を伝えていない、ただの農民として生涯を過ごしたことになっている私ではこの剣に釣り合わないのだ。
まさか王から賜ったなどと言えるわけもなく、生涯畑を耕しただけの人間の手に入るような物ではないこの剣は、誰も見ていない場所でしか振るえなかったのだ。
「この剣を振るうようなことに、ならねばいいのだがな」
この剣は、本当は息子に継いで欲しかった。私の素性を教えた唯一の人間である、息子に。
だが、息子はもういない。もっともこの剣が必要であっただろう一大事に気づけなかった私への罰なのか、こんな老いぼれを、そして小さなアレスを残して逝ってしまったのだ。
「何があろうとも、アレスだけは守ってみせるぞ。我が息子よ……」
息子は魔物に殺され、その連れ合いはアレスを産んだときに逝ってしまった。
もはや、アレスの身内は私一人なのだ。だから、どんなことになろうとも、この老骨の体がバラバラになるまで私が守らねばならない。
そんな思いを剣に宿したとき、家の玄関がドンドンと乱暴に叩かれた。いったい何事だ?
「……どうした?」
「た、大変です村長! 妙な魔物が村に押し寄せてきます!」
「なに? 数は? 種類は?」
「はい。村の見張り台から見た限りでは、モンスターの種類はどれもこれもが見たこともないものです。数は、約100体ほどです!」
「……見た事がない、か。その魔物どもの特徴は?」
「はい、あれは……そう、骸骨の群れでした」
……骸骨、アンデッド系のモンスターか。確かに、この村ではみないモンスターだな。
アンデッド系のモンスターは、死体さえあればどこからでも発生する恐れがある。だから、どこにいてもおかしくないと言えばおかしくはない魔物だ。
だが、この辺りでアンデッドをみたことはほとんどない。それがいきなり100もの軍勢としてやって来たとなれば、明らかに何者かの悪意が背後にあるな。
まったく、悪い予感ほどよく当たるとは、いったい誰の言葉だったかの。
「警備隊を全員集め、女子供を避難させる。門は閉じ、柵の内側から攻撃するぞ。骸骨系なら弓矢はほとんど効果がないと考えられる。投石の準備だ!」
「は、はい!」
これは由々しき事態だ。こうなれば、戦いとは無縁の、農民上がりの村長なんて仮面を被っている場合ではない。
遥か昔の記憶を思い返し、今一度騎士としての自分に戻る。これより、戦いが始まるのだ。
しかし、村人ではないとは言え、普段のこの村では考えられない高レベル戦力が一人もいないこのタイミングで襲ってくるとは、本当に運がないことだ。
私は、自分には不釣合いな剣を再び握り締め、深くそう思うのだった……。
◆
「はぁ、はぁ、はぁ……。う、腕がぁ……」
く、くそぅ。まだ1200回目くらいなのに、もう腕が動かない。師匠なんて真剣で素振り1万回とか平気でやってるのに、僕は木剣ですらダメなのか……。
この、剣が的に当たったときの衝撃が結構きついんだ。強く打ち込めば打ち込むほど、腕が痛くなる。これ、どうすればいいんだろう……ん?
「……何の音だろう?」
もう体が、腕が動かない。そんなとき、村の外から何か大きな音が聞こえてきた。
この村は周囲に木で作った柵があるから、大抵のモンスターなら攻撃される前に追い返せる。でも、この音、いや、声?
これは……まさか、悲鳴?
(……じいちゃん!)
僕が聞いたのは、悲鳴のような叫び声だった。それを認識すると同時に、僕は手にした木剣を強く握り締め、一目散に悲鳴の聞こえた方角――村の中心部へと走り出す。
今は腕が動かないとか、疲れたとか言っている場合じゃない。そう思ったとたんに、ついさっきまではもう絶対に動かないと思っていた腕にも活力が戻ってくる。
早く早く早く早く、早く行かないと!
「カカカカカカカカッ!」
「ぐ、ぐわぁ!?」
「クッ! しっかりせい、ジール!」
全速力で走った末に、ようやく広場が見えてきた。村の広場には井戸があり、いつも村の人たちが集まって話をしている憩いの場だった場所だ。
それが、今は見る影もない。今僕が見れるだけでも、モンスターと思われる鎧で全身を覆った人型の何かが井戸を、そして家を壊して回っている。
僕は、慌てて近くの建物の影に身を隠した。何かあったときは、いつもとりあえず隠れろって村の皆から言われてるんだ。
(何が起きてるの? あそこにいるのは、じいちゃんとジールさん? 何かが僕の村を襲っている?)
僕は周りを見渡して、そう確信する。どうやら火の類を使ってはいないようだけど、それでもついさっきまでの村とは全く違う姿を晒してしまっているんだ。
そう、今の状態は、廃墟とでも言うべき有様なんだから。
「ガハッ!」
「ぬぅ! 誰か、ジールを急いで後方へ……クッ!」
「カカカカカッ!」
「じ、じいちゃん!」
村の惨状に一瞬唖然としていた間に、村の警備隊長であるジールさんが魔物の剣に倒された。更にその周囲には、警備隊の人達が皆倒れていた。残ってるのは、いつも鍬を持っている手には似合わない綺麗な剣を持ったじいちゃんだけだ。
ジールさんはまだ息はあるみたいだけど、魔物は剣を再び掲げて止めを刺そうとしている。それを剣を持ったじいちゃんが間に入って防ごうとしているけど、大丈夫なの!?
「――この私を、舐めるでないわっ!」
「カカ――」
「スキル発動――【骨断ち】!」
魔物の剣を受け止めたじいちゃんだけど、魔物はそのまま力ずくで押し込もうとした。でも、逆にじいちゃんは大きく深呼吸した後、魔物を弾いて胴から両断してしまった。
じ、じいちゃんって……あんなに強かったの!?
(じいちゃんスゲー……てッ!? あ、あれは、骨のモンスター……?)
じいちゃんの剣捌きに驚いたら、更に驚くべき事実が判明した。腰から両断されて崩れ落ちた為に、鎧によって遮られていた魔物の全貌が明らかになったんだけど、それはまともな魔物じゃなかったんだ。
腰から上下に分けられたと言うのに、悲鳴一つ上げることなくその魔物は地面に倒れた。その傷からは一滴の血すら流すことはなく、そして両断されても全く気にしないで蠢き、まだ戦おうとしている。
その切断跡から除く体は骨しかない。まさに、異形としか言いようのない化け物。何となく気配で人ではないと思ったけど、あんなモンスターが存在したのか……!
「やれやれ、所詮は低級モンスターか。こんな死にかけのジジイ一人殺せんとは」
「フン、どうやら、キサマが親玉のようだな……!」
じいちゃんが蠢く骨のモンスターから離れると、突然何もない場所に一人の男がマントを翻しながら現れた。
服は、よくわからないけど高級そうな物を着ている。とりあえず、村で皆がよく来ている作業着とも、偶に村を訪れる戦士様が着ている鎧とも違う不思議な衣装だ。
その服の事はよくわからないけど、パッと見は人間だ。だけど、間違いない。アレもモンスターだ。何の根拠もないけど、僕の勘がそう言っている。
「さっさと死にたまえ。私は忙しい」
「ほざけ化生が。この村は、絶対に私が守る!」
「既にここまで攻め込まれて、今更守るも何もないと思うがな」
「……確かに、ここまで見事に村の守りを破られるのは想定外だった……。だが、ここから先には一歩も進ません! この私の剣と命に賭けてな!」
「ふん……。死に掛けの老いぼれの命と剣? そんなものに何の価値があるのか。……さあ、やれ!」
「ムッ!?」
謎の男にじいちゃんは剣を構えるけど、あいつは自分で戦う気はないらしい。気取った仕草で右手を振りかざすと、さっきのモンスターがまたいっぱい出てきたんだ。
格好は、さっきじいちゃんが切り倒した骸骨のモンスターと同じ鎧だ。多分、同じ種類のモンスターなんだと思う。
「フン、老いたとは言え、この程度の魔物に後れを取るつもりはないっ!」
「ほう……」
現れた骨の戦士に、じいちゃんは果敢に、いつものじいちゃんからは信じられない速さで斬りかかっていく。
骨の戦士はそんなじいちゃんの動きについていけないらしく、無意味に剣を振り回すばかりでじいちゃんには傷一つつけられない。
じいちゃん、本当に強かったんだ……。
「まったく、剣による攻撃はスケルトン系のモンスターには効果が薄いというのに、よくやるな」
「その程度の問題に対処できないほど弱くはない! ――骨断ち!」
「カカッ!」
骨の戦士に剣が当たる瞬間、じいちゃんの剣が光る。そして、そのまま骨の体を鎧ごと両断してしまう。
アレが、スキルって奴なのかな? 昔じいちゃんが話してくれたのを聞いただけだけど、あんなことできるんだ……。
「骨断ち……。斬撃に対して耐性を無効化する剣技か。まったく、面倒な技を持っているな」
「昔とった杵柄、と言う奴だ。このような不浄なる負の生命体に対処できないのでは、勤まらなかったのでな」
(じいちゃん……生まれたときから畑耕してたんじゃないの?)
僕は、じいちゃんは生まれも育ちも農民だって聞いてる。でも、どう考えても、それじゃあんなことできないよね……?
「ふう……。なかなか見事と言ってやるが、これ以上年寄りの冷や水に付き合うつもりも暇もない。そろそろ終わらせよう」
「ぬぅ……」
「【呪術・痛みの呪い】」
「なっ!? ぬ、ぬぅぅぅ……」
「じ、じいちゃん!?」
謎の男が手をかざしたら、急にじいちゃんが胸を押さえてしゃがみこんでしまった。
これは、ちょっと前からじいちゃんが苦しんでいる病気のときと一緒だ。まさか、こんなときに具合が悪くなっちゃったの!?
「こ、これは……まさか……」
「ああ。最近お馴染みの感覚だろう? 少々特殊な方法で、遠距離から呪わせてもらったからな。既に我が闇はお前の体の深くまで蝕んでいる。抵抗は不可能と思え」
「く、そっ! このような呪術に気づかぬとは、一生の不覚……!」
「安心しろ。その一生も、すぐに終わる」
じいちゃんは、胸が苦しくて動けないみたいだ。必死に剣を握り締めて立ち上がろうとしているけど、思うように体が動かないみたい。
そんなじいちゃんに対し、また骨の戦士達が剣を持って近づいていく。まるで、今度こそ殺してやると言っているみたいに……。
「舐めるなよ、モンスター……!」
「そんな体でよく立ち上がれるな。……ならば、その拠り所を消してやろうか」
じいちゃんは、震える体で、剣を支えにして何とか立ち上がった。
でも、文字通り立っているだけだ。僕の目から見ても、もうじいちゃんには立っているだけの力しかないんだ……!
「その剣がなければ、今度こそ崩れ落ちるしかないだろう? 【呪術・武器劣化の呪い】」
謎の男の手から、まだどす黒い何かが出てきた。それはじいちゃんの体を支えている立派な剣を取り巻き――そして、跳ね返された。
「ム……?」
「ふ、ふふふ……。残念だったな魔物。この剣は、貴様如きにどうこうできる代物ではないのだよ……」
「……不朽の加護、か。いい剣を持っているな。だが――」
謎の男は、気取った仕草で右手を上げた。
すると、謎の男の挙動にあわせて動きを止めていた骨の戦士達が再びじいちゃんへ向かって行った。
「使い手がその有様では、どんな名剣も価値はない。だか安心しろ、キサマを殺した後に、その剣だけは貰ってやろう」
謎の男は邪悪に笑い、そして上げていた右手を振り下ろした。
それにあわせて、骨の戦士までもが手にした剣をじいちゃんへ振り下ろそうと構えをとった――!
「や、やめろぉぉぉぉ!」
「ん? 何だ?」
「ア、アレス! 来てはいかん!」
僕はそれ以上黙って見ている事はできずに、木剣を握り締めて骨の戦士に飛び掛る。
じいちゃんもこの変な男も僕の存在には気づいてなかったみたいで、叫び声を上げて迫る僕に一瞬驚いたような表情を見せた。
でも、その次の瞬間には二人の表情は大きく変化した。じいちゃんは、自分が殺される寸前である時にすら見せなかった恐怖を。そして、謎の男は僕への侮りを前面に出した笑みを浮かべたんだ。
――舐めるな! 僕だって、魔物と戦った勇敢な父ちゃんの息子であり、あんな凄い戦いを見せたじいちゃんの孫なんだぁ!
「たぁぁぁぁぁ!」
「カカッ!」
「ぐわっ!?」
じいちゃんに斬りかかろうとする骨の戦士に木剣を叩きつけるも、まったくダメージを負った様子はない。
それどころか、そのまま剣を持った手とは反対の手に握られている、ちょっと錆びた盾で殴り飛ばされてしまった。
「く、くそう!」
「む、無茶じゃアレス! 早く逃げるんだ!」
「やだっ! 逃げるならじいちゃんも一緒だ!」
転がった姿勢から何とか立ち上がった僕に、じいちゃんが叫んだ。
でも、じいちゃんを見捨てて逃げるなんて、絶対にいやだ! もう、家族が魔物に殺されるのは嫌なんだ!
「まったく……。弱い人間の意地など、醜いとしか言いようがないな。いや、しかしこのガキはお前の孫か。……面白い。ならば、お前よりも先に殺してやろう。やれ、骸骨の兵士」
「カカカカカッ!」
「や、やめろぉぉぉぉ!」
骨の戦士――ボーンソルジャーと呼ばれたモンスターが、喋ることもできないような骨の口を笑っているかのように鳴らし、標的を変更して俺に剣を振るおうとしている。
――冗談じゃない! 斬られてたまるかぁ!
「やっ!」
「ほう、一太刀凌いだか」
ボーンソルジャーの剣を横っ飛びで回避したけど、結構ギリギリだった。
あの骨、思ってたよりも、遠くから見ていたときよりもずっと早い。じいちゃん、こんな奴らを翻弄してたんだ……。
「く、くぉぉぉぉぉ!」
「止めておけ老人。ただでさえ呪いに蝕まれた体で無茶をすれば、本当に寿命を迎えかねんぞ?」
僕が斬られかけたのを見て、じいちゃんが雄たけびを上げて一歩を踏み出した。でも、その足はさっきまでとは比べ物にならないくらいに弱弱しく、今にも倒れてしまいそうだ。
そんなじいちゃんを鼻で笑った後、謎の男がまた手をじいちゃんにかざした。それだけで、じいちゃんはまたもや膝をついてしまう。
やっぱり、もう無理なんだ。ここは、僕が頑張るしかないんだ……!
「てやぁ!」
僕がこいつらを倒す。そう決心して放った一撃は、やっぱり何の爪跡も残さずに弾かれてしまった。
「まったく、奇跡は二度は起きん。さっさと殺せ、ボーンソルジャー」
「カカカカッ!」
奇跡。それはもしかして、僕がさっきこの化け物の剣を避けたことだろうか?
……確かにそうだよね。正直、早すぎて剣が霞んで見えるくらいだもん。こんなのを怪我なしで避けるとか、僕じゃ奇跡に近いことなのかもしれない。
でも、だったら――この場で、奇跡を当たり前に引き摺り下ろしてやるだけだ!
「ちぇらっ!」
「……また、避けただと?」
確かに、僕の目では、この骨の剣士の剣を捉える事はできない。
でも、この魔物は人間とほとんど変わらない姿をしている。少なくとも、体の構造自体は大体人間と一緒のはずだ。
だったら、当然剣を振る前に腕が動く。肩が動く。足が動くはずだ。それを見れば、剣が見えなくったって避けられる……!
「チッ! 何なんだこのガキは……。仕方がない。集団で片付けろボーンソルジャー」
「ア、アレス……」
(――やばい!)
あいつの命令で、傍観していた他のボーンソルジャーまで僕に向かって剣を振りかざしてきた。
流石に、一対一ですら敵わない相手の剣を、複数対一の状況で避けられるわけがない。このままじゃ、今度こそやられちゃう……。
「やれやれ。こんな細事に何時までも時間をかけている場合ではないのだ。私の目的は、こんなちんけな村のちんけな人間などではないのだぞ?」
既に勝利を確信したのか、謎の男は僕を見もしないで明後日の方向を向いている。
それは、僕にとっての絶好のチャンスだ!
「ここだ!」
「む――」
骨の剣士による包囲。僕はこの包囲から逃れる術はないけれど、それでも剣を振るう瞬間。そのタイミングに走り出すくらいの事はできる。
そしてこれが偶然か故意なのかはわからないけど、この包囲には隙があった。多分このモンスター達にとっての上位存在である謎の男がいるから大丈夫だと言う油断から生まれたのだろう、ギリギリ逃げられそうな隙間があったんだ。
「たぁぁぁぁ!」
僕はその包囲の隙間に体を滑り込ませ、謎の男の足元へと一気に跳んだ。そして、油断しきっていた謎の男の足元で大きく膝を曲げ、力を蓄える。
いくぞ――
「ぬぅ――」
「てりゃあっ!」
「ガッ!?」
敵の足元で大きくかがみ、そしてその足に蓄えた力で思いっきりジャンプする。その勢いを乗せて、奴の顔面に思いっきり木剣を叩きつけてやった。
その衝撃で、謎の男は一歩、たった一歩だけど、ふらついて後ろに下がった。みたか、僕の剣を!
「こ、このガキがぁ!」
顔を殴られて、謎の男は怒りを露にした。そのまま怒りに任せて僕を捕まえようと手を伸ばすけど、そんな単調な動きで捕まってあげるほど僕だって弱くない。
伸ばしてくる腕を横から剣で払い、更に一撃無防備な胴体に突きを入れてやる。
「グフッ!?」
「ど、どうだ!」
渾身の力で攻撃してやった。これなら、流石にノーダメージってことは――ッ!?
「く、クソガァァァァ!」
(なっ!? は、はや――避けられな――)
その二発で完全にブチギレたのか、謎の男はさっきまでの動きとは比べ物にならない速さで僕に殴りかかってきた。
何故か妙に時間が遅く感じられる。体は全く反応できない速さの拳なのに、妙にゆっくりに感じられるんだ。
そんな、まるで時間が引き延ばされた世界で僕に分かる事は、この拳が当たれば僕は死ぬって事と、この拳を避ける手段を僕は全く持っていないってことだ。
どんなに考えたって対処できない力の差。有無を言わせない、圧倒的過ぎる身体能力の差。赤く充血したその両眼から感じ取れる、絶対的な殺意。
それが、僕にわかる精一杯だ――
「死ねぇぇぇぇぇ」
(ダメ、逃げられない――)
「ア、アレスゥゥゥゥ!」
じいちゃんの悲鳴のような叫びと共に、僕の頭に破壊の拳が吸い込まれようとしている。
あ、これ死ん――
「よっと」
「――だ? ……あれ?」
「なっ!? ば、馬鹿な!?」
絶対的な死。それを数秒先に確信してたのに、突如視界が流れた。まるで瞬間移動でもしたみたいに、急に拳が消えて、全く別の――広場の光景が広がっていたんだ。
それを成したのは、間違いなくこの人。あの状況から割って入って僕を抱えて逃がしてくれたんだと思う、この人しかいない。
「あっぶねぇな……。後数秒遅れてたら、この子死んでたぞ。わかってんのか?」
僕では絶対に対処できなかった速さにあっさりと追いつき、そして追い越した人。この状況でも余裕を崩さない、僕の憧れの存在。
是非師匠と呼ばせて欲しい人、騎士レオンハートさんだ……。




