第36話 吸血鬼殺し
レオンハート、18歳編開始です。
「ニナイ村までは後もう少しですんで、もうしばらくお待ちをー」
ゴトゴトとゆれる馬車。本来の用途は荷物を運ぶための荷馬車であり、事実多くの食料やら生活必需品やらちょっとした娯楽グッズなんかを載せている。俺は、そんな荷物と一緒に俺はのんびり旅を楽しんでいた。
この、商人のおっちゃんが所持している荷馬車に、名目だけは護衛として便乗させてもらう形で。
「しかしダンナ。何だってあんな村に行くんですかい? 商売しに行くあっしが言うのも何ですが、とても観光目的で行くような場所じゃないですよ?」
「ハハハ。まあ、いろいろあるんですよ」
俺の今の目的地は、ニナイ村と言う小さな村だ。これと言った特産品などはなく、所在地も辺境と言っていい田舎村。とても普通の旅人ならば訪れることなどないところだ。このおっちゃんも、半分くらいボランティアで人の少ないニナイ村に移動商売を行っているくらいだ。
でも、俺はこの村に用があった。俺が旅に出てから早6年。それだけの歳月をかけて、ようやく見つけ出した場所なのだから。
その場所を知っているおっちゃんに一緒に連れて行ってもらうために、俺は格安の依頼料でこの旅の護衛を引き受けたのだ。
「いろいろ、ですかい。まあ、人にはそれぞれいろんな人生がありますからねー。ダンナは立派な剣士様みたいですけど、案外引退して移住でもしようってんですかい?」
「いや、そう言うわけじゃないんですけどね。あえて言うなら、趣味と実益と仕事を兼ねてってところですかね」
「へぇ。そりゃまた、いろいろですねぇ」
「ええ、いろいろです。……ところで、ちょっと馬車を止めて、馬が暴れないようになだめてくれませんか?」
俺は暢気におっちゃんとの会話を楽しみつつ、雲を眺めていた。
でも、どうやらのんびりと馬車旅行を楽しんでいられるほどこの世界は優しくないようだ。それを改めて再確認しつつ、俺はおっちゃんに一声かけて荷馬車から飛び降りた。
「へ? どう言うことで?」
「……招かれざる客、って奴ですよ。ホラ、上です」
とりあえず馬を止めつつも頭の上にクエスチョンマークを浮かべているおっちゃんに、俺は指で上を見るように指示した。
おっちゃんはそんな俺の指示に素直に従い、真っ直ぐ上を見た。そして、どうやら異変に気がついたらしく、一瞬で先ほどまでののほほんとした表情を青ざめさせたのだった。
「あ、ありゃ、まさか……!」
「翼竜。ワイバーンって奴でしょうね。まあ色は青のブルーワイバーンですから、大して強くは無いでしょうけど」
ワイバーン種は……と言うか、この世界のモンスターの大半は、色によってその強さを判別することができる。その観点から言えば、今回この荷馬車の上を旋回している全五匹のワイバーンは全て最弱の青色だ。油断は禁物だが、大げさに騒ぐほどの事でも無い。
まあ、一般人のおっちゃんはそうでもないみたいだけどな。
「クソッ! なんてこった! こんなことならもっと護衛を雇っておけば……」
「おいおいおっちゃん。俺がいるでしょ」
「いや、でも相手は竜種のワイバーン、しかも五匹の群れですよ! とても一人じゃ……」
「ま、確かに竜種は強いけど、何とかなりますって」
竜種。それは、この世界に生きる多種多様な魔物の中でもトップクラスの強者だ。
でも、俺は旅に出てから、数多くの敵と戦ってきた。日々の鍛錬を欠かしたことは無いが、実戦こそが修行だと言ってもいいくらいに戦い続けてきた。
野性のモンスター。明らかに野生ではない、何者かの悪意を感じる改造モンスター。そして、モンスターなんて枠組みでは語れない魔族、吸血鬼の刺客。いろいろだ。
そんな連中に比べれば、たかが野生のワイバーン数匹くらい、物の数ではない。元々翼竜は竜種って枠組みで言えば最弱に近いモンスターのはずだしな。
「いや、でもだって!」
「とりあえず、馬が錯乱しないように抑えておいてくださいね?」
移動の足として人に飼われている馬は、まず魔物に怯えて錯乱しないように訓練をうける。人の領域から一歩外に出ればいつ魔物に襲われてもおかしくは無い以上、魔物にいちいち怯えられては話にならないのだ。
でも、流石に今回の場合はちょっと危ない。本能で生きる獣と言う分野では文句なく最強の種族が自分を狙っているとなれば、いくら訓練を受けていても暴れだしかねないからな。
だから俺は、慌てふためくおっちゃんにまず一言告げた。馬以前におっちゃんにまで錯乱されては、流石に勝てる勝負にも勝てなくなるからな。
幸いにもおっちゃんも場数を踏んだ旅商人なだけはあり、すぐに落ち着いてくれた。どうせこの場を何とかするには俺に頼るしかない以上、迷惑をかけないように指示に従うのが自然だしな。
そんな、商人として正しい姿勢を見届け後で、俺は空を睨みつける。俺の頭上の遥か上を旋回し、獲物を狙っているワイバーンを。
(……とりあえず、まず引きずり落とすか。流石に空は敵に有利すぎるからな)
翼を持つ敵相手に、空中戦を挑むのは愚の骨頂。元々空は俺の領域では無い以上、まず敵に俺の足元まで来てもらうとしようか。
そう思い、俺は右腕の腕輪にそっと触れるのだった。
「――【風術・下降気流】!」
「ギュワッ!?」
空の上から虎視眈々と獲物を狙っていたワイバーンが、急にマヌケな叫び声を上げて飛行の安定を失った。
俺が使ったのは風術。風を操り、上空に渦のような風を作ることで飛ぶ者を攻撃する魔法だ。更に、渦に巻き込んだ敵はその中心に来ると同時に落下する。そういう流れを作ってあるのだ。
その効果にまんまとはまり、五匹の翼竜はそのまま俺の目の前へと叩きつけられたのだった。
「お、おお! アンタ、剣士様だと思ってたけど、術士様でもあったのか? スゲェ魔法だ!」
「ちょっとした事情がありましてね。一昔前は魔法が大の苦手だったんですけど、今は人並みには使えるんですよ」
実のところは、そんな褒められるほどの話ではないのだが、この場はその賛辞を受け取っておく。
俺は本来魔法が苦手だ。生憎それはこの旅の経験を加えても未だに残る弱点で、こんな大規模魔法を使うにはちょっとした仕掛けが必要なのだ。
一応俺の生命線の一つでもあるので、そんなことを口外したりはしないけどさ。
「さて、翼竜だろうが、地に落ちればトカゲに等しい。後は軽く捌いて仕舞いでしょう」
おっちゃんを安心させる為にも、俺は自信満々でちょっと演技過剰なセリフを口にする。そして腰の剣を抜き、落ちてきたワイバーンの一体に飛び掛る。
正直、あの魔法は虎の子の一つだ。格好つけて余裕を見せるべくいきなり使いはしたけど、魔法発動に必要な仕掛けの仕組みの関係で、連発はできない欠点がある。
だから、体勢を立て直して再び空を飛ばれる前に切り伏せてしまわなければならないのだ。
「――【加速法】」
「おお! 消えた!」
ぼそりと呟き、常態を遥かに超える速度を手にする。そして、その速度のままでワイバーンの翼へと剣を走らせる。
このワイバーン種って奴の何が怖いかと言えば、やはり空を自在に飛びまわることだ。しかも鳥系に比べてはるかに強い力を持っているため、頭上からの急襲が本当に恐ろしい。
でも、逆に言えば翼を斬りおとしてしまえば全く恐れる必要がなくなるってことだ。こいつら、地面を歩くには向いてない体の構造してるしな。
「おお、すげぇ! あっという間にワイバーンの翼が斬り飛ばされていく!」
(いや、一匹仕留めそこなった)
おっちゃんはさっきまでの慌てぶりを忘れたかのように興奮しているが、残念ながら俺的には最善の結果を得ることが出来なかった。
四匹まではワイバーンの翼を落とすことが出来たのだが、最後の一匹へ斬りかかる前に再び飛ばれてしまったのだ。
やっぱり、高レベルの加速法の持続時間はまだまだ改良課題だな。複数体を相手にする場合、どうしても時間が足りなくなる。
「キシャー!」
(咆哮で威嚇。でも降りてくる様子は無いな)
「だ、ダンナ! もう一回あの魔法で叩き落しちまえば……」
「あ、いや、それはその……あれだ、同じことを二度やるのは面白みに欠けるでしょう?」
なんて言っておくが、まあぶっちゃけそれはできないだけだ。いや、まあやろうと思えばできなくは無いのだが、とても戦闘中に晒していい隙の許容を遥かに超える隙を晒さねばならなくなる。
……さっきの一発で、腕輪の分は使い切っちゃったからな。やっぱりもうちょっと予備を作ってもらえないか頼んでみるか。
「しゃあない。もう片方を使うか」
俺は力を失った右腕の腕輪から目を逸らし、左腕につけた腕輪に軽く触る。そのついでに、左腕の袖の部分に縫い付けた魔法式――別名、カンニングペーパーをチラッと見ておく。
まだ、この系統はいろいろ不安だからな。正直うろ覚えの魔法構造をいつでも見れるように、袖に書いてあるんだ。人には聞かせられない、情け無い話だけど。
(遠距離攻撃、もっと増やさないとなぁ。いや、あることはあるけど、ギリギリまでやりたくないし)
「おお! な、なんですかいその光の球は!」
おっちゃんが、俺の左手――正確に言うと、左手の腕輪からの魔力で構築した光の球をみて驚きの声を上げた。まあ、こんな魔法を見る機会はなかなか無いだろうし、当然か。
だってこれは、ほぼ俺にのみ許されている魔法だ。流石に世界で俺だけなんていう気は無いが、まず普通の人が見ることは無い力であると言える。
そんな俺自身、あやふやな知識をカンニングで、魔法を使う際に必須の特殊な魔力操作を腕輪の力で、なんとか補佐しなきゃ碌に使えないって代物だ。
正直こんな空飛ぶトカゲに一々使っていいものじゃないんだけど、まあ俺の場合は習うより慣れろでやってきたしな。使いまくって少しでもより完璧に近づける為と思おう。
……さて、じゃ、行くか!
「射抜け、【光術・星光の矢】!」
「こ、光術!? じゃ、じゃあアンタは、もしかして――」
全部で五つ。丁度このワイバーンの群れと同じ数だけ構築した光の球。
それが全て、上空のワイバーン一匹に向かって殺到する。物体を消し去る力を秘めた、消滅の光となって。
「ギュワァ!」
「……逃がさん」
「世界各地を巡って多くの魔物を倒す英雄――」
光術の球の力を本能で察したのか、ワイバーンは慌てて旋回して離れようとする。
だが、流石にここまでやらせといて逃がすわけも無い。五つの光弾を操り、包囲。一気に叩き落す――!
「ぶち抜け!」
「王国騎士、吸血鬼殺しのレオンハート様!」
……背後で恥ずかしい異名を叫ぶおっちゃんを無視し、光弾によってワイバーンの体を穴だらけにする。
これで、このどうでもいい戦闘は終了だ……。
「いやー、光栄ですよ私は。まさかあの噂の英雄、レオンハート様を私の馬車に乗せられるなんて」
「いや、本当に止めてくれ。俺はただの騎士でしかないよ」
積荷の中に血生臭い解体した翼竜を追加した後、俺とおっちゃんは再び移動を再開した。ただ、今度はなんともどこかが痒くなるようなおっちゃんの賛辞付きではあるが。
そもそも、道中で襲ってきた外敵を撃退する。それが護衛の仕事であり、俺はそれを成しただけにすぎない。
だから、さっきのは誰でもやる仕事の一つに過ぎないんだ。そこまで感激されることではないはずなんだ。
と言うかそれ以前に、あの恥ずかしい異名で呼ばれたくは無いんだよなー。
(吸血鬼、ミハイ。奴は俺のことを大層恨んでいるみたいだけど、これは全部、全部あいつのせいだ!)
俺はおっちゃんの興奮と共に叩きつけられる、ほとんど凶器としか思えない賛辞の言葉から逃げるように脳内の仇敵を思い浮かべる。
そう、俺を軽く人外にしてくれたあの吸血鬼のことをな。
6年前の戦いで、奴は俺たちの前から逃げ出した。奴を逃がしたこと自体が敗北のような気がする結果ではあったが、奴自身はそう思ってはいないらしいのだ。そして最後の捨て台詞を忠実に守り、今でも俺への恨みを全く忘れずに命を狙ってくるのだ。
どうやら個人的な恨みに納まる範囲の戦力しか動かせないみたいだけど、それでも吸血鬼事件の捜査を目的とする6年の旅の中で、奴の息のかかった下等吸血鬼や吸血鬼の従者、後たまに爵位級ではない本物の吸血鬼が襲ってきたのだ。
当たり前だけど、俺はその逆恨みを叶えてやる気なんて毛頭無い。毎度毎度命がやばかったのは間違いないが、吸血鬼の天敵とも言える光属性の魔力を初めとした持っている武器全てをフル活用して迎撃してやった。
そのおかげで、旅の先々での魔物退治と合わせて噂が噂を呼ぶ形で、俺はすっかり有名人になってしまったのだ。
人よりも魔物が強者であると言う関係が不動のものである以上、魔物に勝てる人間の話は本当にすぐ広まるんだこれが。こんな英雄がいるから自分達は守ってもらえる。そんな風に安心する為に。
まあ、他の人たちがそれで安心して暮らせるのなら俺としても嬉しいし、功績が称えられること自体は悪い気がしないわけでもないが、問題も結構ある。
その筆頭が、もう18歳だと言うのに『吸血鬼殺し』などと言う、なんとも背中のかゆくなる異名を付けられてしまったことかな。
ぶっちゃけ、魔物退治は騎士団の後方支援として働きつつ錬金術を磨き続けているリリスさんへ送る研究資金を調達するために仕事としてやっただけだ。それに任務として吸血鬼を探してはいるが、今まで倒したのは全部向こうが勝手に俺を狙って来ただけだ。
だから、ここ数年ですっかり民衆にいろいろ間違った情報と共に広がった“吸血鬼の脅威”に対抗する英雄様、なんて理想像を持たれても俺が困るんだよな……。
「あれ? でも、レオンハート様が用事があるってことは、もしかしてニナイ村は既に吸血鬼に襲われてる……なんてことありませんよね?」
「いや、大丈夫。少なくとも、俺の目的は吸血鬼退治じゃないからさ」
そして、一番困るのがこれだ。
変な噂が広がってしまったせいで、もうレオンハート・シュバルツがやってきた=この辺りに吸血鬼が潜んでいるんだ、なんて妙な不安と疑心暗鬼を与える事となってしまっているのだ。
おかげで、おいそれと名乗りを上げることもできない。逆に、いつも懐に入れている“国王の命令書”と“吸血鬼殺し”のネームバリューを使えば結構な無茶もできると言うことなのだが、基本的には迷惑なだけだな。
まあ、本当は人々の期待をそんな風に思ってはいけないんだけど、ただの子供だったころが懐かしくないと言えば嘘になるよなやっぱり……。
(今回の場合、そもそも目的地であるニナイ村について調べだしたのがつい最近なんだよな。だから、多分村の現状についてはおっちゃんの方が詳しいと思うんですよ……なんて、言えるわけ無いか)
そして、今の俺はそんな弱音を吐くことも許されない。何故ならば、俺が騎士だからだ。
騎士足るもの、常に民衆に勇気を与える存在でなければならない。これは親父殿の教えでもあるが、何故か英雄視されるようになってきてからは特に強く手紙で言われていることだ。
まあ要するに、騎士とは強くて立派で頼りがいがある……と、一般市民には思ってもらう必要があるってことだな。強い騎士が自分達を守ってくれていると言う安心感があるからこそ、多くの戦いはしなくとも大切な仕事をしてくれる人々が安心して仕事できているわけだしな。
それは理解できているつもりだが、おかげでおいそれと弱気を見せることはできないし、とにかくどんなことでも計画通りで何の問題も無いと振舞う必要があるのだ。
ぶっちゃけ、ほとんど人前では舞台上の役者になってる気分だよ。
だから、この腕輪にチャージするのもこっそりやらなきゃいけないんだよな。
まあ、これに関しては敵にばれちゃいけないことでもあるから、結局こっそりやらなきゃならないことなんだけど。
「……ま、何があろうともレオンハート様が一緒なら大丈夫ですよね? 普通の冒険者なら五人やそこらじゃ手も足も出ない翼竜を、一人で一遍に五体も纏めて倒しちまう凄腕の剣士様であり、魔術師様でもあるんですから!」
「……とりあえず、付き合う冒険者を一度見直すことをお勧めしましょう」
おっちゃんの賛辞を、もう止めてくれという内心を外に出さないように受け流す。
ぶっちゃけ、剣士としてならともかく、魔術師として褒められるのは何よりもまず良心が痛む話なのだ。あれはいろいろインチキの上に成り立っている技だからな。
……にしても、おっちゃんが普段雇っている冒険者って、かなり質が悪いんだな。流石に複数人で青いワイバーンを倒せないのは完全に落第だろ。それじゃ見習い騎士試験の第一次も通らないぞ。
まあ、俺もこの旅の中でいろいろな冒険者を名乗る人たちを見てきたけど、かなりの割合で弱っちかったし仕方ないのかな?
あれなら、俺が王都にいたころの方がまだ強かったぞってくらいにしょぼいの多かったし。
(さて、また変なのが襲ってくる前に、チャージを済ませておくか)
俺は、馬を操りながらも未だ興奮気味にペラペラ喋り続けているおっちゃんからは見えないように注意しつつ、両腕の腕輪に魔力を込める。
この腕輪は、魔法のセンス0の俺が人並みに魔法を使うために必要なアイテムの一つであり、とある遺跡から見つけてきたレシピ書を元に、リリスさんに作ってもらった物だ。
ゲームでの名称は『高速詠唱の腕輪』といい、その名の通り『装備した魔術師が魔法を使う場合、行動順決定に使われる素早さに補正がつく』と言う効果があったのだ。
(そして、実際にレシピ書から作られた腕輪の力は『属性変化させた魔力を溜めておける』と言うものだったわけだな)
魔力の属性変化。まあ要するに、炎術とか風術とかを使うときに使う、属性を持った魔力のことだ。
ゲームの魔法使い達はクラスに見合った魔法ならどんな属性でも無節操に使いまくっていたが、そんなことできるのは世界でも極少数の選ばれた天才のみ。大抵の場合は一つか二つが精一杯だ。
と言うのも、大抵の人間は変化させられる属性が限られているのだ。これは完全な才能の世界であり、俺で言えば風属性だ。
……まあ、光と闇もできないことは無いんだけど、とりあえずそれはちょっと置いておく。
この属性変化が出来ないと、ほとんどの魔法は使えない。身体強化みたいな魔力の使い方なら属性変化は不要なのだが、魔法として使おうとすれば必須技能なのだ。
ちなみに、才能が無いと自然に魔力を属性変化させることはできないが、やろうと思えば魔法陣やら魔法式やら、正直未だによくわからん魔法学を駆使して基本的な属性の魔力なら作り出すことは可能らしい。
まあ、実戦レベルで作り出すとなるとやっぱり厳しいだろうけどな。
(そして、俺が魔法を使えない、使っても目茶目茶しょぼい理由。それがこの属性変化なんだよな)
魔法とは、まず属性変化させた魔力を要求される。
だが、昔ちょっと死に掛けたときに魔力そのものを操ることは出来るようになったが、この属性変化が俺は死ぬほど苦手なんだ。結局、魔力操作の感覚って根本的なところで躓いていると言ってもいい。
更に、その魔力を直接剣に乗せる――くらいならともかく、魔法に組み込むとなるともうダメ。ただでさえ少量しか作れない属性魔力を更に無駄にして、結局出力不足の欠陥魔法になってしまうわけだ。
……そこで、この腕輪が出てくるわけだな。
(風の魔力精製。腕輪に注入……。こうしておけば、俺でも魔法発動に必要な魔力をすぐに用意できるって寸法だ)
この腕輪には、属性変化させた魔力を蓄えておける。だから、安全なときに時間をかけてゆっくり魔力を蓄えておけば、俺でも魔法を使うために必要なエネルギーを持てるわけだ。
……まあ、本来はこんな使い方じゃないんだけどさ。そもそも、まともな魔術師ならこんなことする必要ないし。
「お、つきましたよ。アレがニナイ村です」
「あ、着きました?」
時間をかけて、普通の魔術師なら数秒で作れる属性魔力をたっぷり五分ほどかけて腕輪に蓄え終えたその時、おっちゃんから声がかけられた。
見えてきたのは、本当に小さな村だ。その家屋の数から考えて、恐らく村人は80人ほどだろう。良くも悪くも小さな田舎の村って感じだな。
あえて特徴を述べるのならば、村全体が木製の柵で覆われているくらいか。辺境の村にしては立派なものであるが、魔物の蔓延るこの世界では些か心もとない。まあ、無いよりはましだけどな。
後はそうだな、近くに畑が見えることから考えて、多分ニナイ村の主産業は農業なのだろう。後は近隣が森であることから木材を取り扱っているかもってのと、家畜でも飼っているかもってところかな。
他にも……土地的な関係から考えて、もしかすると鉱石の採掘とかもしているかもね。
(さて、これからしばらくあの村で厄介になる予定だ。とりあえず村長と、後はあの村を守っている戦士にでも挨拶しておくか)
見知らぬ土地に来た場合、まずはそこの長に挨拶するのが礼儀だ。これを怠った場合、不審者扱いされても文句は言えない。
特に俺みたいな武装した剣士、戦士の場合、最初に話を通しておかなきゃ無駄に警戒され、そして不必要な不安を村人に与えることとなってしまう。
これが冒険者やら守護騎士やらの、武装した戦士が珍しくない大きな町ならばまた話も変わるのだが、ああいった小さくて閉鎖的な村に行く場合は絶対に忘れちゃいけないことだな。それはこの旅の中で身をもって知ったことだ。
それと、各村や町には絶対にいる守り手、戦士にも挨拶しておかなくちゃならない。この世界では戦える者なしで生活することなど不可能だから、その重要性から守り手も高い権力を持っていると相場が決まっているのだ。
とりあえず、おっちゃんには俺のことを秘密にしてもらって、村長にも出来る限り騒がないように頼まないとな。
ここは南の領域の最北端に近い場所だし、あまり目立たないようにしないといけないからな。
本当の目的地である、聖剣の神殿を下見するためにも……。
数年にわたる実戦修行(一人旅)をこなし、体も立派に大人のものへと成長しました。
魔法は相変わらずダメダメですが、それでも戦闘能力だけならもうかなりのものです。恥ずかしい二つ名が付くくらいには。
今章は今まで不足していた主人公の強さを見せつける展開にする予定。




