外伝 シュバルツ姉弟4
「これは……」
「……あからさまにおかしいね。こんな作りってことは、やっぱり本丸はこの先かな」
ノラ姉と共に、隠し階段を降りてしばらく。何かしらの罠を警戒してゆっくりと降りてはいるが、それにしても長い。
もはや『ちょっとした塔なら上から下まで辿り着くんじゃない?』って言いたくなるくらいに階段を進んでいるが、まだ底が見えない。どれだけ深く掘って作ったのだろうか?
「……ロン、一応聞くが、幻術に嵌められているということはないか?」
「多分無い。その手の妨害は一番最初に潰してるから」
幻術を仕掛けておき、侵入者を同じところでぐるぐると足止めさせるのは魔法防衛の基本だ。
もちろん、僕よりも遙か格上の術者が仕掛けてきているから破れないということは十分にあり得るけど、気づくことすらできないってことは流石に無いと思う。
これは、単にクソ長いだけだ。
「……ム?」
「どうしたの?」
「話し声……人の声がする。すぐ下だ」
ノラ姉は、何か声を聞いたらしい。
流石に、五感を含めた肉体的な能力ではノラ姉の方が僕よりも数段優れている。というか、砂漠に落ちた米粒一つを視力だけで発見し、激流の中で小動物の足音を聞き分けるとか、できる方がおかしいのだ。
……まあ、父さんクラスだとやろうと思えば砂漠の中から若干質が違う別の場所の砂を発見したり、激流の中で水一滴落とした音を聞き分けたりできるけど。
「何て言っているかわかる?」
「……いや、内容はわからないな。ただ、少なくとも声は二つある」
「最低でも二人か……」
このまま進むべきか、引き返すべきか。
さて、ノラ姉の考えは……って、聞くまでもないような気がするけど。
「こっちに気がついていない……ってのは、まあないよね」
「だろうな。そもそも、ここに転移してきた段階で私達の存在はバレているはずだ」
「ここで引き返しても、危険度は変わらない。だったら――」
「突っ込んで勝つ、だな」
ノラ姉と意見が一致するのも癪だが、実際ここまで来て引き返しても危ないことには変わりない。
もし僕がこの施設の人間ならば、ここまでおびき寄せておいて逃がすなんてことはしない。この階段を発見させたのが誘導だったのかはわからないけど、発見されたときの仕掛けくらい用意しておく。
この長い階段だって、きっとその一環だろうしね。もしこんな長い密閉空間で炎術の一つでも使われれば、回避できずに丸焦げか、耐えられても酸欠一直線だろう。
(……それをここまで無視ってことは、おびき寄せだろうけど)
ここは敵地であり、こちらに優位など無いと思った方がいい。
それをお互いに確認し、改めてノラ姉の耳に従い声の方へと降りていく。
どうなるかは、出たとこ勝負だね……。
そのまま、階段を降りきった先にあったのは――巨大な研究施設。
見るからに怪しいとしか言いようがない様々な設備に、法律で禁じられているような危険な薬物の材料になるようなヤバいものがゴロゴロと転がっている光景……これを見て、ここの住民がまともだと思う人間はいないだろう。
そして――
「いやぁ……よーこそ! 我が城へ!」
待ち受けていたのは、明らかにイカレタ人間のような何か。
恐らく、ベースは人間だ。ただし、身体中に機械部品やら魔物の生体パーツと思われるものとの異種縫合やらの跡が見られ、もはや人とは言えない別の存在と化している。一番近いのは、合成獣だろうか?
その隣に、もう一人。こっちは極普通に見える人間の女性。見たところ、30~40歳くらいだろうか?
「クヒヒ……いやー、まさか、あのシュバルツのご子息ご令嬢が我が城に足を運んでくださるとは、こーえーの至り」
「……なんだ、こいつ?」
「油断はしないでね。明らかにヤバい」
奇怪な笑い声を上げている合成獣っぽい男は、明らかに精神に異常を抱えている。
女性の方はよくわからないけど……こんなのの隣で平然としているんだから、まともとは考えづらいね。
「おお、これは失礼。私、名をヘッド……と申します」
「ヘッド?」
「人の名前としては、珍しいね。無いとは言わないけど」
少なくとも、南の大陸……フィール王国風の名前ではない。
多分、偽名だろう。
「こっちの彼女はリップちゃん。よろしくね? レオノーラ・シュバルツさん、ローラント・シュバルツさん?」
「……こっちのことは事前に把握ずみ、か」
「ま、当然だろうけど」
「お二人のような有名人にあえて実に嬉しい。……あの、憎くて憎くて仕方が無い、レオンハート・シュバルツのクソガキどもになぁ!!」
「ッ!? 父上に恨みを持っている輩か」
「ま、こんなあからさまな犯罪者、父さんに憎しみくらい持っていてもおかしくないけどさ!」
狂人――ヘッドは、突然憎しみと怒りを持って吠えた。
元とは言え、父さんは騎士だった人だ。当然、その職務上、犯罪者には恨まれることも多い。
僕自身、そういう傍迷惑な逆ギレ野郎への自衛のために戦闘用魔法を習得しているところもあるくらいだ。
「リィップちゃん!」
「はい、ヘッド」
リップと呼ばれた女性が手を振るうと、この辺りの空間が変化した。
多分、空術系の何かを発動されたな。転移封じと……階段への道も塞がれているか。
「あっちの女性は、空術使いか」
「想定の範囲内だ。敵の中に空術使いがいることはわかっていたことだろ?」
今のはこっちを害するというよりは、逃亡阻止が目的だ。
元々、逃げるつもりなんて無い。だったら、今のは無駄な一手――
「姉ちゃん!」
「わかっている!」
僕は後ろに、ノラ姉は前に向かって飛ぶ。
僕らが共闘するなら、この陣形が基本だ。
「――セイッ!」
ノラ姉は、一切容赦なく手にした剣を振り下ろした。
僕らが本職の騎士ならば、もっと事情の確認とかいろいろやるべきことがあるだろう。でも――この状況で、そんな悠長なことを言っている余裕はない。
「【縛術・激痛の車輪】」
「盾――いや、拘束系か!」
ノラ姉の剣を阻んだのは、ヘッドが発動した魔法。本来なら対象を拘束し、拷問を行うような魔法だな。
それを即席の盾代わりにしたってところだろうけど、剣を防ぐなら僕が攻める!
「【風術・不可視の刃】!」
発動するのは、僕の手札の中で最速で発動できる基本的な魔法だ。
その名の通り、風の刃を飛ばすだけの魔法なのだが、そこそこの威力を持ち速射性に優れているので、牽制の一発としては優秀だ。
「【縛術・頑強な鎖】」
(また縛術で防御……あれが奴の得意魔法と思っていいかな?)
風の刃は、鎖に止められた。本来なら鎖を切り裂いてそのまま進むくらいのことを期待したいんだけど、あっさりと霧散させられたか。
「弱いねぇ……そんなんじゃ、僕は殺せないよぉぉぉっ!」
「狂人が」
ヘッドが最初に目を付けたのは、近くにいたノラ姉だ。
今まで攻撃の意思は見せてこなかったヘッドが、攻撃に出る。さて、どんな手で来るのか――
「リィィップちゃん!」
「はい。【召喚術・契約召喚】」
(契約召喚……事前に召喚紋を刻んだ生命体を呼び出す魔法。ってことは……)
動いたのは、ヘッドではなくリップと呼ばれる女性だった。
彼女は発動したのは、召喚魔法。手下を呼び出すだけの魔法だけど、ここで呼ばれるのは――
「さぁ、出てきなよ僕の研究の結晶! 闇化生物ァァァァッ!」
――召喚により現れたのは、黒い霧のようなものを纏う巨人だった。
……あれが、話に聞いた闇化生物か。
「ヒヒヒッ! こいつの力は、お前らみたいなガキが抗えるようなもんじゃないんだよぉ!」
「――そうかな?」
「バカ共が! さあ闇化生物よ! そのガキを、死なない程度に痛めつけてやりな! だが殺すなよ? そいつらは、レオンハート・シュバルツの目の前で八つ裂きにしてやるんだからさぁ!!」
どうやら、父さんは相当恨まれているらしい。
……まあ、それはどうでもいいとして、さてどうするか。あれは僕らの力で何とかできる相手なのか否か……ま、とりあえず試してみなきゃね。
「姉ちゃん、三秒後!」
「わかった!」
僕の合図で、ノラ姉は剣を高々と掲げ、大上段の構えを取る。
そんなノラ姉に、闇化生物は無策に突っ込んでくる。体当たりを仕掛けるつもりみたいだけど、余り頭は良くないみたいだね。
「――【風術・風神の加護】!」
「良いタイミングだ――」
僕は、風の魔力をそのまま放出し、ノラ姉の剣に与える。
ノラ姉が剣を持ち、僕は魔法を制御する。これで、完成――
「――【風術剣・獅子風刃】!」
「ゴアッ!?」
魔法と剣を同時に扱う必要があることから、難易度が高い魔法剣。
その分威力はあるのだが、実戦で使って失敗では目も当てられない。将来的にはノラ姉一人でできるようになるつもりらしいが、その前段階として僕ら姉弟の協力技としてノラ姉に無理矢理練習させられた切り札の一つだ。
実体の刃と風の刃を同時に受けた闇化生物は、刃の入った肩口から大きく切り裂かれた。耐久力は、その程度ね。
「……なんだと?」
「決まったか?」
「さあ? 再生能力がある可能性もあるから、一度距離取ってね」
半ば奇襲だったとは言え、一撃で倒せたのは朗報だ。
とはいえ危ないことには変わりないので、ノラ姉に一度安全圏まで下がってもらう。
しかし、斬られた闇化生物はピクピクと傷口から真っ黒な血を流しているだけなので、どうやらアレで戦闘不能にできるらしいね。
「おいおい……おかしいよねぇ? なんで? なんで僕の闇化生物が負けてんの?」
「……なんだ、あいつ?」
「狂人の思考回路なんてわかんないよ」
ヘッドは、あっさりと倒された自信作の有様に平静を失っているらしい。
こうなってくると、そんなヘッドとは真逆に、全く感情を表に出さないリップって人の方がむしろ不気味だな……。
「ヘッド。落ち着いてください。あれは、所詮は量産型の雑兵……シュバルツの血族を些か侮っていた、というだけでしょう」
「あぁ……そうだったねぇ、リップちゃん」
さっきまで狼狽えていたのに、リップという女性に諭されただけであっさりと平静を取り戻してしまったようだ。
……やっぱり、あの二人の本当の上下関係は、そういうことなんだろう。
「僕が復活させた新生・真の誇りの生物兵器……イビル様が残した吸血鬼の血メカニズムを利用した、闇化生物は、もっと強いよねぇ?」
「はい。次は、精鋭を呼ぶとしましょう」
……ネオプライド?
確か、その名前は……
「……なんか、聞いたことないか? その名前?」
「うん……真の誇りって名前の組織は、確か僕らが産まれる前に暗躍していたっていうテログループ……だったはずだよ。目的は、国家転覆」
「ああ……そうだったな。母上に習ったか」
「でも、あれは盟主と呼ばれる首謀者の死亡と共に解体され、残党もほとんど捕えられたって聞いてたけど……」
「そのとおり! 旧真の誇りの主要メンバーはほとんどが死亡、もしくは投獄され、残されたのは僕みたいな下っ端同然の駒ばかりでねぇ……。いくら駒だけが残っていても、差し手がいないんじゃ何の役にも立たないだろうぉ?」
狂った目で僕らを見るヘッドは、腕を大きく広げ、演説でもするかのように声を張り上げていった。
「おまけにさぁ! 君らの親族のせいで、その下っ端まで情け容赦なく狩られまくっちゃってさあ!」
「親族?」
「お爺ちゃん辺りじゃない?」
「残ったのは、君らの父親のせいで瀕死の重傷を負っていたおかげで索敵から逃れた僕と、僕についていたリップちゃんたち少数の部下だけでねぇ……ヒヒヒッ!」
……その辺の事情は流石に詳しくないけど、真の誇りによって引き起こされた動乱は相当酷い被害を出したって聞いてる。
となれば、その残党狩りもかなり激しいものになったんだろう。そんな追撃の中から運良く生き残ったのが、目の前の二人ってわけか。
「つまり犯罪者の残党か。大人しく罪を認めてお縄になればいいものを、何故今更こんな事件を起こしたんだ?」
「クフハッ! 簡単な話さぁ……僕らの盟主を殺しておきながら、平穏とかいうものを満喫している連中に、僕らの存在を、思い出させてやるためだよぉぉっ!」
「――ようは、狂っているだけだな!」
もはや話をしても無駄。ノラ姉はそう判断したのか、また面倒なことをやられる前に更なる攻撃を仕掛けた。
どうやら、今度はかなり本気で打ち込むつもりみたいだ。
「無駄無駄! ガキのおままごとなんぞ、付き合う理由無いんだよぉ!」
「――無詠唱魔法!?」
ヘッドの叫びと共に、ノラ姉の身体に無数の鎖が巻き付いた。
無詠唱による魔法の発動はかなりの高等技術のはず……狂ってはいても、魔法使いとしては確かに一流のようだね。
「解除するよ!」
魔法には魔法だ。縛術は筋力で破るのは難しいけど、魔法の構成を看破し解除する方法でなら僕でも破壊可能――
「遅ぇよ! 【爆】!」
「ッ!? ガハッ――」
「――やられた!」
今まで縛術ばかり使っていたのを見ていたせいで、思考を誘導されていた。
今の鎖は、縛る縛術ではなく爆破を特徴とする爆術だ。術の構成を読み違えたことで僕の魔法解体が一歩遅れ、ノラ姉は爆発の直撃を受けることになってしまったのだった。
「生きてる!?」
「あ、ああ……かなりギリギリだったが」
爆発と共に舞い上がった煙の中から、ノラ姉がかなり青ざめた顔で出て来た。
身につけていた鎧に込められた防御魔法が自動発動し、一撃だけ致命傷から守ってくれたのだろう。その代償に鎧の方はかなりボロボロになっちゃったけど……命には代えられないよね。
「しぶとい奴だが……やれ!」
「――【召喚術・闇化強兵召喚】」
「あ、ヤバいかも」
爆発に気を取られた隙を突かれ、リップにまた更なる召喚を許してしまった。
しかも、今度のはさっきのとは使っている魔力量が違うようで……うん。
(これ、ダメかも)
「ギルグアァァァァッ!!」
現れたのは、身の丈四メートルを越すだろう巨人だった。
さっきの闇化生物と同じような特徴を有してはいるが、その力は明らかに桁違いだ。
「こいつは、騎士を素体として作った精鋭兵って奴さぁ……吸血鬼の眷属作成を手本にして作ったんだけど、中々だろぉ……?」
「……悪趣味な」
「闇化生物は、一人一人が犠牲者達の成れの果て……というわけか」
「ヒャハハッ! 恨むなら、僕の身体をこんなにしたレオンハート・シュバルツを恨むんだねぇ!」
身勝手極まりない叫びと共に、強化版闇化生物は一直線にノラ姉に迫ってきた。
さっきの鎖は爆発で完全に消え去っているとはいえ、アレに対抗するのは――
「――グアッ!」
(無理か!)
ノラ姉は咄嗟に剣でガードしたが、闇化生物の拳を受けきれず、吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた身体を咄嗟に僕の魔法で受け止めるが、かなりのダメージだろう。
……今の一撃だけで、わかってしまった。あの闇化生物は、今の僕らの力じゃ倒せないレベルの相手だって。
「く……ロン、下がっていろ。ここからは私が主体になるから、終わった後のことを頼む」
「え――」
苦しそうな声で立ち上がったノラ姉は、今の出来事を忘れたかのように、堂々と胸を張って前に出た。
まさか、ノラ姉――
◆
(――意識を集中しろ。胸の中に、力を集中。この身体に宿る力を、覚醒させろ!)
迫る巨大な怪物。人間と魔物を改造して造り出された、哀れな成れの果て。
そんな怪物に、今の私では対抗できない。ロンの魔法もあまり効果は無いだろうから、ここは姉として、まずはリスクを背負わなければな。
その覚悟で、全身の魔力を胸の奥――心臓に蓄える。私達の心臓は、普通の人間のそれとは少し違うのだ。
「――【モード・吸血鬼】」
「なぬっ!?」
父上は、身体に人ならざる者の血を――吸血鬼の血を持っている。
そして、私達姉弟は、その父上の血を引いている。ならば、当然私達だって持っているのだ。この、吸血鬼の力を。
吸血鬼の特徴を身体に表した私を見て、ヘッドとやらが驚愕の声を上げているが、これはただの事実なのだ。
「ク――アアッ!」
身体が全く異なるものに変質する、何度やっても慣れない感覚。父上にも生命の危機に陥らない限りは使うなときつく言われている力だが、それでも効果は絶大だ。
人の領域、人の限界という枷を容易く外してしまえる、この吸血鬼の力。これを開放しさえすれば――
「グルガッ!」
「――お前にも、負けん!」
闇化生物の拳を、私の拳で相殺する。
同時に、全身に強烈な衝撃が走り、身体中の骨が軋み、皮膚が裂ける。
だが問題は無い。今の私ならば、この程度の傷は数秒で完治するのだから。
「オオオォッ!」
雄叫びを上げ、剣に有りっ丈の力を込める。
今の私がこの力を使って、無事でいられるのは持って一分。全力戦闘をするならば10秒がいいところだ。
となれば、出し惜しみはなしだ。
「見せてやる――私の全力を!」
全身の魔力を、更に開放。そのバランスを狂わせ、瞬間的な力を高める、シュバルツ流の秘奥!
「【加速法・二倍速】」
加速法により、世界は私に置いて行かれる。
私の主観的には突然動きが鈍くなったように感じられる闇化生物を、一方的に切り裂く――
「【瞬剣・刃輪舞・十】!」
加速状態での、精密なコントロールを必要とする、父上の秘剣。未だ父上の領域には到底及ばないが、二倍速状態でこのくらいの回数なら――
「行ける!」
常人には、一瞬の光にしか思えないだろう高速剣。
渾身の力を込めた十連撃によって、闇化生物の全身を切り刻んでやった。
これで――
「グ、ガァァァッ!!」
全身から黒い血を噴き出し、闇化生物は悶え苦しむ。
今の私が操るのは、闇属性の命を蝕む力。こいつも闇化……闇属性の魔力を埋め込まれているようだが、どうやら効果はあるようだな。
「加速終了――グッ」
私は加速法の終了と共に襲ってきた反動の痛みに、一瞬硬直する。
吸血鬼化という摂理に反した無茶な強化と、加速法の反動。この二つが同時に来る痛みには、まだ慣れない。
父上は私以上に力を引き出した上で何の反動も受けない屈強な肉体を持っているが、私ではまだまだ未熟……ということなのだろう。
「……リップちゃん」
「問題ありません。あの程度なら、すぐに再生します」
「なに……?」
自爆も同然の方法で倒したというのに、何故落ち着いている? さっきの動揺はなんだったんだ?
そう思って、まさかという気持ちで振り返ってみれば……闇化生物は、当たり前のような顔をして傷を高速で塞いでいる最中なのだった。
「ク――クヒャヒャ! 残念だったなシュバルツの娘! 吸血鬼の血は入念に研究済みでねぇ……この強化型の闇化生物には、そっから流用した再生能力もあるんだよぉ!!」
「はぁ、はぁ……面倒なことだ」
吸血鬼化のタイムリミットも迎え、全ての力が霧散した。今の私は、後数分回復に専念しなければならない程に弱ってしまっている。
その間の守りをロンに任せるつもりだったのだが、まさかここまでやっても倒しきれないとはな……。
(にしても、今の感触は何だ? さっき倒した闇化生物の時も思ったが、斬ったときの手応えが何かおかしい……?)
まだまだ実戦経験の無い私の感覚など当てにならないかもしれないが、肉を斬るときの手応えと闇化生物を斬ったときの手応えは少し違う気がする。
父上に社会勉強兼修行だと言われて連れて行ってもらった、狩猟の時に感じた肉の抵抗や、骨に当たった感触が一切無かった。まるで水でも叩いたときのような――
「――【モード・吸血鬼】」
「ッ!? ロン!」
「仕方が無いでしょ。僕だって、やりたくはないんだけどね――!!」
私が考え事をしていると、ロンの魔力が変質した。
私よりも身体が弱く、幼いロンに吸血鬼の力は強すぎる。とても耐えきれるものでは無いというのに、それでも使わせてしまうことになるとは――
「悪いけど、一発が限界――」
ロンも、自分の限界は熟知しているはずだ。
故に、ロンがあの状態でできるのは一発の魔法だけ。それだけでこの場の勝利を取ることなど不可能である以上、選ぶのは――
「【闇術・腐食の呪い】」
「ギィヤヤヤッ!?」
――闇化生物の完全撃破だ。
ロンが使ったのは、対象の皮膚や肉を腐らせる効果を持つ闇の呪い。通常の刀傷などとは違い、あれでは再生もできない。
私達だって、再生回復能力は持っているんだ。当然、再生封じの手段くらいは持っている。
だが、それだけで殺しきるのは難しいだろう。……弟が頑張ったんだ。だったら、お姉ちゃんだって、頑張らねばなるまい。
「ク――師、曰く!」
――もう無理だと思ってから、気合いで行ける距離は意外と長い!
「首、もらうぞ!」
ミシミシと反動ダメージの弊害で抗議の声を上げる身体を無視し、気合いで剣を振るう。
腐りの呪いで再生を封じられた状態で首を斬られれば、いくら吸血鬼の再生能力でも耐えられる道理など――ない!
「……クア……ど、どうだ!」
「や、やったみた……だね」
今度こそ力を使い果たした私と、吸血鬼化の反動で膝を突いているロン。
共に戦闘不能も同然の状態だが……何とか、目の前の敵を倒すことには成功したようだな。
「……あーあ。まさかやられちゃうとはねぇ」
「ヘッド――」
「やられちゃう、とは、ねぇ!」
虎の子の闇化生物を倒されたせいか、またヘッドは情緒不安定な状態になった。
……そう、まだこいつらが残っている。こいつらを倒さない限り勝利ではないというのに、このガタガタの身体でどうやって切り抜ければ良いのか……。
「……はぁ。どうやら、ここまでのようですね」
「なに……? どういうことだ?」
狂ったようにブツブツと意味不明なことを呟いている狂人ヘッドを見て、リップと呼ばれた女性は小さくため息を吐いた。
そう、この二人の主従関係は、ヘッドが上にいるという形をとってリップが全てをコントロールしているというものだ。
正気を失ったヘッドをコントロールして使っているのは、リップ。ならば、本当に注目すべきはこの女……のはずだ。
「魔法技術だけは一流なのでここまで使ってきましたが、どうやらそれももう限界……壊れた道具は道具らしく、ゴミ捨て場行きにすべきですね」
「どういう、意味だ?」
「そのままですよ? 新生・真の誇りなんて、ただの妄言。かつて使用した自爆魔法の後遺症で狂ったこの男が勝手に言っているだけ……神々の楽園すら拒否した妄執の産物です」
「へえ……だったら、何故このようなことに加担した……いや、させたんですか?」
「ただのビジネスですよ、坊ちゃん。大体、あなたたちのような子供にすら劣る程度の闇化生物では、あなたたちの父親を筆頭とする世界最強戦力を相手に革命なんてできるはずがありません。私は、そんな大それたことを考えているわけではないんですよ。この狂人と違ってね」
「クヒッ!」
リップは、指先一つの動きでヘッドの動きを止めてしまう。どうやら、何かヘッドの身体に仕込んでいたらしいな。
「しかし、世界が変わろうとも時が流れようとも、愚か者というものはいるものでしてね。この程度の『人の範疇の中では強い』程度の兵力でも欲しがる無法者はどこにでもいる。身を寄せていた組織を失い路頭に迷った身としては、これは見逃せないビジネスチャンスだったというわけですよ」
「……ってことは、アンタの目的は……」
「はい、お金です。最後にここまでの罪を全て被ってくれるスケープゴートにも心当たりがありましたし、前組織から持ち出した設備と研究資料を使って一儲けしようと思いましてね。ほとぼりが冷めるまで十年以上潜伏する羽目になったのは誤算でしたが……まあまあの儲けが出ました」
「金のために、罪のない人々を……魔族達も犠牲にしたというのか?」
「そのとおりですよ。まあ、あなた達ががここまで来たと言うことは、いずれレオンハート・シュバルツも来ると言うこと……潮時ですね」
……こいつも、狂人か。
金が欲しいのならば、稼ぐ手段などいくらでもある。十年以上も準備して、こんな誰も喜ばない犯罪に費やす労力があるなら、もっと真っ当な手段がいくらでもあったはずなのに……!
「……私欲のために、弱い者を傷つける。お前は、英雄にはなれないな……!」
「はい。私は世のため人のためではなく、私のために生きておりますから」
私が父上から教わったのは、力を持った者の心得。
あの日のこと、この前夢に見たことを思い出せば……この女の言葉は、到底受け入れられるものではない!
「後は、この男に全ての罪を被って死んでもらうだけ……もちろん、全てを知ったあなた達にも同じ未来をご用意いたします」
「クソ……!」
「なに、寂しくはありませんよ。冥土の土産……というわけではありませんが、処刑人は豪勢に、今動かせる全闇化生物を呼び寄せてあげますから。闇化生物事件の首謀者、ヘッドは闇化生物の制御に失敗して死亡。無謀にもヘッドに向かって勝負を挑んだあなた達はそれに巻き込まれた……という筋書きです」
そこまで言って、リップは巨大な魔法陣を生み出し、大量召喚の準備をし始めた。
ここに大量の闇化生物を呼び寄せ、自分は転移で逃げよう……ということだろう。
だが、わかっていてもどうすることも、できない――!
「最後に、あなた達を褒めておきましょうか。こんなところまで子供だけで来たのは褒められたことではありませんが、正直闇化生物が負けるとは思っていませんでした。流石はあのシュバルツの子、というところでしょうか」
「……ロン、まだ動けないか?」
「歩くだけなら、何とか」
「少し、惜しいですよ。あなた達のような未来ある若者を死なせてしまうというのは――」
『そうだろ? 俺が言うとちょっとおかしな感じになるが、うちの子は中々優秀だろ?』
「は?」
「え?」
「へ?」
残された道は絶望――と拳を握りしめていたんだが……なんか、聞き覚えのある声がしたような気が……?
「ま、まさか、この声は……」
「どーも……一連の首謀者さん?」
「レ、レオンハート・シュバルツ……!!」
……リップの召喚術に割り込む形で出現した、歪な黒い門。そこから出て来たのは、無数の闇化生物ではなく……私の父上だった。
いや、何が起きているかその……さっぱりわかんないんですけど?
明日で番外編ラスト&新作投稿を行います。




