外伝 異世界召喚俺TUEEE編
今まで散々主人公を虐め……もとい、試練を与えてきました。
しかし、これは番外編であり、既に本編完結である以上彼の主人公としての役割は完了しています。
ならば、やってもいいのではないか……ということで、禁断の俺TUEEE編スタートです!
「勇者様! よくぞ我らの祈りに答えてくださいました!」
――気がつくと、見たことのない場所にいた。
そこは、不思議な光沢を持つ白い部屋だった。中にはこれまた全身白一色の服で身を包んだ大勢の人間がおり、皆一様に跪いて祈りを捧げている。
少なくとも、ここはさっきまで俺がいた近所の商店街ではない。夕方から始まる一日10個限定の激安コロッケを求めて、放課後になると同時に走っていた道ではなく、異国情緒溢れる謎の神殿的な場所だったのだ。
そして、一番目立つ位置にいる、一人意匠が異なる服に身を包んだ美少女と、勇者様という言葉。
――なるほど、理解した。
(つまり、俺は勇者として異世界に召喚されたというわけか!)
光速で状況を理解した俺の名前は早乙女達也。しがない普通の高校生だ。
プロフィールとか来歴とかは特に特記するほどのものはない。特に部活に所属しているわけでもなければ勉強も中の下程度の能力。趣味と言えばネットで無料の小説を読みあさるだけの、それこそ小説の世界でならばモブキャラ一直線の凡人だ。
しかし、今この瞬間からその自他共に求める凡庸モブという評価を改めなければならないようだ。
この流れならば、確実に勇者としてのチート能力を手に入れて唯一無二の英雄として崇められる存在になるのはもはや確定と言っても過言ではあるまい。
そう、もうネット小説の世界でならば腐るほど見た、唯一無二の力を持つ異世界チーレムの主としての輝かしい未来が俺を待って――
「俺を呼んだのはお前らか? 欲望の世界破片に反応があるくらい強い祈り……んで、接続の感覚からして異世界ってところか。無視はできないから来たけど、なるべく早めに頼む。今日は嫁さんと子供を連れて夕食に行く約束なんだ」
「え?」
唯一無二の勇者――になるはずだったのに、何かもう一人いた。
中肉中背、運動不足の都会っ子。いや厳密に言えば田舎よりのギリ都会風味ってくらいの街出身だが、とにかくそんな感じの俺とは全く違う鍛え上げられた身体を持った男。
若者からおっさんになりかけ――と言った程度の年齢だろうが、だからこそ大人の魅力というか頼りがいを感じさせているような気がする。
(な、なるほど。そういうパターンか。理解した)
異世界転移、転生は俺の守備範囲だ。当然、勇者が一人じゃないパターンも熟知している。
一見して明らかに勇者というか英雄というか、強そうな屈強な男と貧弱な俺。誰がどう見てもこの男が本当の勇者で俺が巻き込まれた一般人枠だろう。
しかし、そのパターンの場合、高確率で冷遇される俺の方こそが真の勇者枠なのだ。この男が俺は勇者だ――って調子に乗っている中、本物の勇者としての力に俺は目覚め、力関係の逆転から始まる成り上がり出世ストーリーって奴ね。理解した。
「ゆ、勇者様が二人……?」
「伝説によれば、勇者様は一人だけのはずですぞ」
「もしや、召喚に不具合が?」
「どちらかは我々の召喚術に巻き込まれてしまった一般人なのかも……」
周りの白集団もざわざわと騒いでいる。初めから勇者は複数パターンもあるが、これは勇者は一人、一人は偽物パターンか。
となれば、やはり先ほどの推理どおりの設定らしいな。
「と、とにかく、よくぞいらっしゃいました、勇者様。私はこのオーレ王国の王女、レスティーナと申します」
「えっと、俺は早乙女です。ここはいったい――」
やはり、最初にやるべきなのは情報収集だろう。ここで慌てふためいてというのも一つのパターンだが、既に冷静になっている俺にそんな必要はない。
早く話を進めて、勇者様ルートを開拓しなければ――
「王女様ですか。私はシュバルツというものです。……それで? 私……と、早乙女君を呼んだ理由は? 手短に説明願います」
一方、男――シュバルツさんとやらは、なにやら堂に入った礼を取った。
……まあ外見からわかっていたけど、外人か。いや、もしかして俺とは出身惑星すら違うパターンかもしれないな。
「……はい、実は、私達は魔王と呼ばれる邪悪によって苦しめられているのです」
はい魔王来た。勇者と魔王はセットだし、予想の範疇ね。
後はその魔王の性別次第で勇者が取るべき対応も変わるのだが、どっちかな?
「依頼内容は魔王の討伐ですね。ちなみに、魔王と呼ばれる存在に攻撃される理由は? 戦争を仕掛けたのはどちらからですか?」
「え? ええと……」
シュバルツさん、ぐいぐい行ってる……。
いや俺がいうのもなんだけど、この人理解力高すぎない? 何? 日常的に殺し合いでもしている世界の人なの?
「も、もちろん魔王が突然攻めてきたんですよ?」
「魔王からの要求は? 戦争を仕掛けて何を求めているんです?」
「え……さ、さあ?」
「要求無し? というのは少し不自然ですね……攻撃するからには何かしら理由があると思いますが、交渉すらないということはこの国自体には興味が無い……ということですか。何か副次的な理由があると考えた方が良さそうですね」
シュバルツさん、一人で話を進めまくってる。何か急いでいるみたい。
……どうしよう。俺も会話に参加すべき? でも、一介の高校生でしかない俺にいきなりどうしろと……?
「交渉の余地なしとなれば、とりあえず一回殴って話を聞かないと何も始まりませんね。その魔王の居場所、あるいは本拠地の場所はわかっていますか?」
「あ、はい。それでしたらこの城からずっと北の方ですが……」
「わかりました。それじゃ、ちょっと行ってきます」
「え? いや、その! ちょっと待ってください!」
聞きたいことは聞き終えたと、シュバルツさんはすたすたこの部屋から出ようと扉に向かって歩き始めてしまった。
多分、お姫様はお姫様で勇者召喚のあとの段取りがいろいろあったんだろう。それなのに、ここまでマイペースに話を進められて困っているのだろう。最初の儚げなイメージがぶっ壊れるくらい慌てた様子で叫んでいた。
「まだ何か?」
「いや、何かといいますか、その……まずは、勇者の祝福を受けて頂きたいのです」
「勇者の祝福?」
「はい。我々の崇める主神、女神様のご加護を受けることで勇者としての使命を果たすための力を受け取ることができるのです」
チート能力キター!
いや、それ絶対勇者の力という名のチート能力でしょ?
この貧弱ボディの俺がシュバルツさんのマッスルボディに勝てるようになる的なアレでしょ? 俺知ってる。
「あ、結構です」
「なんで!?」
と、一人でテンション上げていたらなんかシュバルツさんが拒否していた。
え? 一人が偽物だから勇者パワー授かれないパターンは知ってるけど、ムキムキサイドがチート受け取り自体拒否ってどゆこと?
「個人的に、神の力とかそういうのに全く良いイメージがないので、遠慮します。ここの魔王がどうにもならないくらいの力の持ち主だったら改めて相談に行くかもしれませんが、とりあえずいいです。突然知らない力なんて乗っけてもバランス崩れるだけですし」
「いや、そう言われましても……」
「それに、家族との約束まで後二時間しかないので……では」
と、それだけ言い残して本当にシュバルツさん、部屋から出て行っちゃった。
更に、そのまま廊下の窓から外に飛び出してしまった。……あの、窓からパッと見ただけですけど、ここ最低でも三階くらいはありますよね?
「……ええー……」
白集団もお姫様も、あまりにも予想外すぎて止めることができなかったようだ。
俺も、予想外過ぎて一言も喋る暇が無かった。召喚主に逆らって出て行くとか、それ主人公のやることじゃない?
それも「拉致誘拐の犯人を信じるなんてできないな」とかスカしたこと言って出て行くとか、偽物として追放されるとか、何かしらお姫様王国サイドと対立した上で出て行く復讐ルートのパターンじゃない?
何? その皆が唖然としている内に依頼は承諾して出て行くって斬新ルート……?
「……あ」
「うん?」
お姫様、シュバルツさんが出て行った窓をしばらく見ていたと思ったら、思い出したかのようにこっちを見た。
いや、これ比喩では無く今思い出しましたよね? そういえばまだ一人いた……的な顔ですよねそれ?
「さ、さあ勇者様! 今こそ祝福を受ける時です!」
え? スルー? 今の一連の流れスルー?
シュバルツさんのパワープレイというか何というか、今の想定外全部なかったことにしようとしてる?
あ、でもチートは頂きますよもちろん。一人が拒否した後で受け取るって何かそこはかとなくダサいような気もするけど、僕気にしない。
だから、その言葉に対する答えは一つだけだ!
「はい!」
承諾すると同時に、召喚の台座から光が降り注いだ。
その瞬間、俺の内側から何か感じたことのない力を感じると共に、意識が薄れていったのだった。
…………………………
……………………
………………
――それから、どれくらい時間が経ったのか。それはわからないが、俺は目を覚ました。
いつの間にか別の部屋のベッドに運ばれていたらしい。
そこには、何やら疲れた顔をした面々。
面識があるのは遠い目をしているお姫様くらいで、後は知らない人だった。
頭に王冠を付けている老人……多分王様。その隣にいる立派な鎧を着ているのは、多分護衛の騎士団長とかかな? 多分勇者に稽古を付けてくれるとかそういう役柄の人だ。
その隣には、ご立派な神官風の衣装を身につけたお姉さんだとか、いかにも強そうな悪魔だとか、デカいたんこぶを付けた魔王風の角の生えた人だとか、魔法使い風の美女だとか、両手両足へし折られた白い翼の生えた天使的な人だとか、いろいろいる……ん?
今なんか、変な人が混じっていたような気が……?
「あの……どちらさま?」
何だか知らないが、大変な事が起きていることだけはわかる。理解したくないことが起きていることだけはわかる。
俺は、唯一面識のあるお姫様に速やかな状況説明を求めた。
すると、お姫様は遠い目をしたまま、ゆっくりと慈愛の笑みを浮かべた。
「世界は救われました。今お帰りのための術を用意していますので、少々お待ちください」
「え」
……何を言っているのかな?
僕、まだ何もしてない。勇者様、まだ勇者してない。
「い、一から、一から説明を……!」
何一つ納得できない俺は、混乱したままとにかく説明を求めた。
すると、それに答えたのは魔法使い風の美女であった。
「……お主にも納得できないことは多々あろう。まずは私が説明しよう。事の発端は、召喚されてすぐに出て行ったあの御仁……シュバルツ殿だ。私は連絡を受けてすぐに追跡の魔術で彼を追ったのだが……うぷ」
語り出したと思ったら、突然魔法使いの美女は気持ち悪そうに口元を抑えた。
「いや、すまん。少し思い出してしまってな……」
「な、何を?」
「……この城から魔王城までは、かなりの距離がある。世界最速の飛竜を使っても三日はかかるほどにな」
「はぁ」
その飛龍の速度がわからないからいまいち想像できないけど、とにかくすっごい遠いのはわかった。
「だと言うのに、あの御仁は脚力だけでその道のりを三十分ほどで駆け抜けてしまったのだ。視点の切り替わりが早すぎて気持ち悪く……」
「え?」
……えーと、この世界最速の移動手段で三日の距離を、三十分でゴール?
何それギャグなの? チートなの?
「……しかし、魔王様の城には我ら四天王の命を礎とする結界が張られているのだ。いくら近づいたところで、中に入ることなど出来はしない」
「えっと、どちら様?」
「我か? 我は魔王様に使える魔王軍四天王の一人だ」
「……何で魔王軍四天王の一人が俺のベッドの側で待機してんの?」
いかにも強そうな悪魔、魔王軍四天王だったらしい。
うん、言葉としてはわかるけど意味はわからない。
「それに関しては、話を聞け。ここからは我が引き継ぐ」
「はぁ……? それで? あのシュバルツさんがいくら高速で魔王城まで向かったとしても、結界があるから入れないんですよね?」
「うむ。どんな結界破りの専門家が相手であろうとも、我ら四天王の命ある限り破ることは不可能な無敵の結界……だったのだが……」
「えーと……もしかして?」
「……超高速のまま一発結界をぶん殴られたら、それだけで木っ端微塵に……その反動で、我ら四天王も全員纏めて自城で気絶……」
「うわぁ」
要するに、四天王を一人一人倒さないと行けないRPGのイベントみたいなのワンパンで突破したの? 四天王スルーしたの?
何? チートなの? RTAなの?
「……そのまま、あの怪物は魔王城に単騎で侵入。我が城の親衛隊を悉く命は奪わない程度に気絶させ、我が元までやってきたのだ」
「えーと、ということは、つまり貴方は……」
「我が魔王である」
「デスヨネー」
このタイミングで語り出すということは、そりゃもう魔王様ご本人しかいないだろう。
いやマイッタネこりゃ。
「ちなみに、召喚から魔王との対面までで合計四十分ほどです」
「更に、その後我に『人間と戦争する理由について聞かせろ。嫌なら殴る』と突きつけてきた」
「ほー……」
「我も魔王としての意地にかけて交戦を行い、十分ほど戦い続けたのだが……何か全身が光ると同時に肉体能力が跳ね上がり、そうなったら一撃で沈められた」
へー……何か光って魔王が相手にならない力かー……。
やっぱチートだわ。チートずっこい俺にもよこせ。
「その後、我らが人間と戦うのは人間が崇めている神が原因だと語って聞かせることになった」
「神って……勇者にパワーを与える女神?」
「そうだ。女神こそが全ての厄災の源。あれは人間に力を与え、我ら魔族から恵みを奪うことで戦いを引き起こしているのだ」
「……あー。理解した。あれでしょ? 要するに魔族の土地から力を奪って人間から略奪するしかない状況を作り、それを迎撃する人間達に力を与えることで信仰心を高めるとかそんなんでしょ?」
「……そのとおりだが、よくわかったな」
「慣れてるんで」
一周回って何か冷静になってきた。うん、そのパターンならよくある話だ。
「要するに、女神が魔族から不当な搾取をしなければ争いは起こらないと」
「全く起こらないとは言わないが、種族の存亡をかけた戦いをする必要はなくなる。そう聞かせたら、あの怪物は……」
「魔王の首根っこをひっ捕まえて、余の元まで引っ張ってきたのじゃ」
「……あなたは、王様ですよね?」
「いかにも、余が国王である」
話に入ってきたのは、王冠を被った老人……うん、まあ貴方が国王なのは見ればわかります。
「光ったままのシュバルツ殿の速度は更に増しており、魔王を持ったまま帰り道は十分ほど……召喚から一時間で、国王陛下と魔王を対面させたことになります」
「話の展開が早すぎる……!」
俺は、ベッドのシーツを力一杯握りしめ、痛恨の表情を浮かべて嘆いた。
ねえ? 何で俺が寝ている間にそこまで話進めちゃうの? 俺泣くよ?
「そのまま、魔王と国王の会談が強制的に行われ、お互いの情報交換がなされた」
「そこで、我らに戦えと加護を与えている女神こそが戦争の諸悪の根源であることを知ったわけじゃ。……まあ、自国の利益を考えれば争い続けるという選択肢も無いわけではなかったんじゃが……」
「あんな怪物にセッティングされた会談で欲望むき出しなこと言えないよな」
「いや全く」
……何か、国王様と魔王様が既に仲よさげなんだけど。
何? 共通の恐怖にさらされた被害者としての仲間意識芽生えちゃったの?
「そのまま、じゃあ諸悪の根源ぶん殴ってくるとシュバルツ殿が言い出しまして……」
「我が国に伝わる秘宝、女神の力を受け取ることができる召喚の台座に行く許可を強引に取りまして……」
騎士団長っぽい人が哀愁を漂わせて話を引き継いだ。そうだよね、王様に武力で圧力かけるところに何もできなかったんだから、プライド傷つくよね。
一介の高校生になにがわかるって怒られそうだけど、心中お察しします。
「召喚の儀式の責任者である私が呼び出されまして、台座の上でシュバルツ殿が……」
今度は、神官っぽいお姉さんが話に入ってきた。
へー、あの人が勇者召喚の責任者なんだ。何かお姫様が儀式を行っていた風だったけど、専門家は別にいるんだね。まあそりゃそうだよね。
「ワールドキー起動、と何やら呪文を唱えると、そのまま神の領域への扉を黒い何かが上書きし、漆黒の門を開いてしまいまして……」
「そのまま、あやつは女神の領域に強行突破を仕掛け、我らもそれに続いて中に入ったのだ」
なるほど、魔王様国王様その他大勢は一緒に女神様の元まで行ったわけか。
勇者である俺が寝ている間にな!
「本当に、女神の元に攻め込むためあらゆる手を尽くしていた我々の立場はどうなるのだ……」
「……お気持ち、お察しいたしますぞ魔王様!」
……魔王様と四天王が慰め合ってる。
そっか。魔王が人間の国に攻めていたのは土地問題だけではなく、召喚の台座を手に入れるためってのもあったのか。
できれば今から一年後くらいに、四天王との死闘の果てとかに知りたかったよ僕。
「そこで、シュバルツ殿は女神に全ての事情を問いただしたのですが……」
「女神様は、話し合いの一切を拒否なされ、紛れ込んだ異物を排除すると力を行使なされました」
「腐っても流石は神。あの力には我であっても対処できない威圧感があったな」
ふーん……魔王でも手に負えない神の戦いかー……。
あの、過程はともかく人と魔王が手を組んで諸悪の根源である神に挑むとか、そんなラストバトル勇者不在で始めないでくれない?
まだ勇者レベル1よ? 始まりの街から一歩も外に出たことのない、オープニングムービーにすら入ってないタイトル画面見ただけクラスの限りなく一般人なままよ?
「流石のシュバルツ殿も勝てないと判断したのか、一歩後退しました」
「それを勝機と思った女神は、シュバルツ殿に突っ込んでいきました。すると……」
「シュバルツ殿が何か呟いたかと思えば、次の瞬間には神々しいオーラを纏った黒髪の戦士に……そう、神の戦士へと変貌していたのです」
「今にして思えば、あれは恐らく神族の何かだったのだろうな。でなければ魔王たる我が敗れるはずもない」
魔王様は何やら納得した様子でうんうんと頷いていた。
……へー、偽物の勇者の正体は神様かー……。それ、普通に勇者より格上じゃない?
いや、本当に止めてくれ。チート能力で対応しきれない難題とか、それの攻略法俺の知識にないから。
「同じ神となってしまえば、あの戦士に一切の隙は無かった。圧倒的な力の差を女神に見せつけ、完膚なきまでに叩きのめしてしまったのだ」
「……えーと、もしかして?」
「うむ。そこで半死半生の有様になっているのがその女神だ」
ほうほう。そこでボッコボコにされている天使風の人が女神様だったんだね。いやなるほど。
……ん? ねえ、ちょっと待って? それ、俺は? 俺がやることもう無くない?
「久しぶりにいい運動になった……そんな余裕の言葉共に、あの怪物は世界を救ってしまったというわけだ」
「ちなみに、女神との戦いを含めてここまでで召喚から一時間と45分ほど。そろそろ戻らないと嫁にしばかれると焦っておられました」
……ねえ? 僕の出番は?
「その後、同じく召喚されたあなた様の帰還に責任を持つよう強く我々に言い含められた後、あの神の戦士は元の世界に帰られました……例の黒い門を使って、自力で」
「最後の最後まで、我々の想定を破るお方でしたね」
「しかし、あんな屈強な戦士が恐れる嫁とはいったいどんなものなのでしょうか?」
「きっと世界を滅ぼすような力をもった神なのでしょうなぁ」
アハハハハと何かもうどうでもいいや、という感じの笑い声が部屋に響き渡った。
……アハハハ、俺も笑っていい? ねえ? というかさぁ――
「俺は!?」
「はい?」
「俺の勇者人生は!? 神様のパワーで楽勝勝ち組人生は!?」
「え? ええと……」
「……勇者の力の根源である女神がこの有様なのだから、もう勇者の力も無くなっただろうな」
「はいぃぃ!? つまり、俺異世界まで召喚された挙句気絶させられて帰るだけってこと!?」
「え、ええまあ。それについては申し訳なく思っておりますが、その……」
「想定よりもかなり早く、本当に早く問題が解決してしまいましたので、召喚儀式のために用意した魔力がそのまま送還術に使えますので、あなた様の準備ができ次第すぐにでも元の世界に戻せますので……」
……元の世界に戻るんだ、みたいな葛藤まで知らないところで潰されてた。
……俺、異世界デビュー、デビューする前に終了? 冒険の書作ると同時にゲームクリアーって、それゆとりの極みか何かですか? もはやただのバグゲーでは?
つか、チート能力が気絶している間に付与されて気絶している間に消えていたとか、そんなんあり?
ねえ? 勇者なんだと思ってんの?
というか、お姫様とかさっきから俺のこと『あなた様』としか呼んでないけど、名前すら覚えてないよね! こんな異世界転移があってたまるか!!
(何が悪いんだ? あのシュバルツって人?)
いや、あの人は別に悪くないんだろう。俺の幸せ異世界生活を木っ端微塵にした張本人だけど、力の源が諸悪の根源とかいうバッドエンドまっしぐらなハードモードを潰してくれた恩人でもある。
ならば、召喚したお姫様達か? しかしそもそも、この人達がいないと異世界生活のスタートラインにすら立てなかったことを思えば恨んでも仕方が無い。
じゃあ魔王? 女神? もっと勇者以外に負けてんじゃ無いよって怒れば良いの?
――いや、そのどれも違うだろう。
きっと、誰も悪くはないんだ。だから、俺が言うべきことは、きっともうこれだけ――
「俺の……俺の激安コロッケ返せぇぇぇぇっ!!」
シュバルツさんは嫁との約束に間に合ったのかもしれないが、二時間も経ったら激安コロッケは売り切れてんだよ!
それが、俺が異世界生活で得たただ一つの真実なのであった……。
完
◆
(これで異世界に招かれるのも何回目かって話だけど……今回の収穫無かったな)
欲望の世界破片の力で、強い欲望を持つ存在の元に飛ばされる現象はもう慣れっこだ。
その度にその欲望には手を貸すべきか止めるべきかとちょっと悩んでは行動しているわけだが、まあそれはいい。
しかし、目下抱えている問題の答えは、残念ながら得ることができなかった。実質的な誘拐事件だったから、もしかしたらと思っていたんだけど……。
(闇化生物……か。こいつの出所を知っている奴のところに飛べれば、話は早いんだが)
最近、犯罪組織を中心にばらまかれている怪物の手がかりを得られなかったと、俺はまた頭を悩ませることになるのであった。
はい、俺TUEEE編終わり。いやー、本編ではあり得ないくらいに無双できて満足でしょう。
え? 主人公視点での格好良い描写と周りからの尊敬のリアクション?
役割を果たし主人公を引退したことを条件に無双させたんだから、主人公視点なんて許されるわけがないでしょう?
あ、ちなみにこの後早乙女君は慰謝料代わりに異世界宮廷で豪華ディナーをご馳走になってから特にイベント無く帰りました。
早乙女君って誰? と思った方は冒頭に戻るをどうぞ。
というわけで、箸休めはこのくらいとし、明日より番外編最終章、シュバルツ姉弟(全五話)をお届けいたします。
※どうでもいい裏設定。
この世界と番外編投稿前に短編として出しました『お話にならない話―平穏を求める主義に嘘偽りがないとこうなる―』は同一世界だったりする。
特に盛り上がる話ではありませんが、まだ見ていない方はよろしければどうぞ(ダイマ)
下にリンク張ってありますのでそちらより。




