第215話 神に勝る力
「――約5分」
「あ?」
「それがこの勝負に決着までの攻防だ。名残惜しいことに、この戦いはもう5分もかからずに終わる」
魔王神との戦いは、あらゆる技を披露した末に基本中の基本である肉体と武器を駆使した白兵戦へと移行していた。
秒間数百回お互いを殺せる攻撃を打ち合う中、互いに傷というほどの傷はない。再生能力があるからではなく、お互いに防いでいるからだ。
ここまで高度な殺し合いになってくると、もう再生に回す力もない。もし傷を負い、それを治癒しようと攻防以外に力を注げばその瞬間バラバラにされる。それをお互いにわかっているからこそ、お互いの攻撃を攻撃でつぶし合う戦いが続いているのだ。
こうして魔王神があえて様々な特殊能力を使うことができない――使う暇がない近距離戦に終始しているのかと言えば、単純な話で妨害を避けるためだ。この拳を打ち終え次の攻撃に移り始めた頃にようやく打撃音が聞こえてくるような超高速戦闘に下手に手を出せば、魔王神への妨害どころか味方への攻撃になりかねない。
そして、この神様は自分の性能をこの上なく理解している。もしもろとも巻き込むような戦法に出たとしても、基礎性能で勝り対応力と頭脳の反射神経で大きく勝る自分が有利になるのだと。
だからこそ、俺も最も得意とする近接戦闘から逃げるわけにはいかないと付き合っているのだが……こいつ、殴り合いの最中に戦闘終了時刻を予言してきやがった。
先の先まで読むことは確かに瞬間の判断を求められる戦いでは必要なことだが、そこまで自信満々になるか……?
「勝者は当然我だ。我の予測を覆す何かを用意できないのならば、それで終わりだぞ?」
「そんな、寂しそうに勝利宣言するなよ」
この高速戦闘の最中に会話するのはかなり大変なのだが、俺はあえて付き合うことにした。
こいつは、飢えている。どれくらいの時間飢え続けていたのかは知らないが、飢えているのだ。それをようやく手にし、そして食い尽くしてしまいそうになっている……そんな複雑な感情を、俺は無視することはできない。
「……神様ってのは、孤独なんだろ?」
「そう思うのか?」
「同じ領域に立ったから――なんて言うつもりはない。多分、お前の孤独は強さに由来するもんじゃないんだろ?」
一言放つ間に50は致死性の剣と拳が飛び交うが、構わない。
この話をしなければ、きっとこいつを本当の意味で倒すことはできないから。
「……孤独、というと少し違うな。そもそも、我に孤独という概念はなかった」
攻撃の手を、戦いの手を休めることなく、魔王神は語り始める。それは、全てを完璧以上にこなしてみせる神には少し似合わない不慣れさを感じさせた。
恐らくは、生まれて初めてことなんだろう。神として、超越者としてあらゆる存在と対等に語り合うことができなかった男が自分の心境を言葉にするのは。
「世界は――否、世界と言う概念すらなかった。存在するのは我だった存在、ただそれだけだ」
「……想像もできない世界だな」
「当然だ。世界ありきで初めて存在できるお前達に『無』を理解することはできん。する必要もない」
「ああ、そう。それで?」
顔面狙いの膝蹴りを左手で受け止め、話の続きを促す。そのついでに右足で頭を吹き飛ばすべく蹴りを放っておく。
「我しか存在しない。故に、孤独が存在しようがない。そもそも他という概念が存在しないのだから」
「……それで? 何で世界を作る気になったんだ?」
「ただの思いつきだ。ただ我がいる。それだけで全ては完結していたわけだが、それ以外があればどうなるのかと無限の時の中でふと思ったのだよ」
……天才とは、0から1を作るものであると表現されることがある。1を100にしようが1000にしようが、それは努力すればできることであり、天才である必要はないと。
努力する余地もない、そもそも存在しない概念を創造する。それができるからこそ、過程を説明できないような結果を導き出すからこそ天才は天才と呼ばれるのだと。
ならば、完全なる無から世界を創造して見せたこいつは――いったいどんなレベルの天才なんだろうな。文字通り神レベルか。
「そこで最初に作ったのが世界核だ。全ての起点となるそれを創造し、世界を構築した。かなり苦労したがな」
「……苦労すれば世界を作れるのか」
「特に目的がなかったからこそ苦労したのだ。具体的に何をどうしたいのか……そんなものなかったからな。なんと言っても、ゼロだったのだから。できるからやってみた、とでも言うのか?」
……そんな、意味もなくペン回しでもするような過程で作られたのか、俺たちの世界は。
「さて、ともあれ世界という奴は誕生した。しかし命はまだ存在しない。というか、宇宙があるだけで星すらない。そこから生命体が発生する星が偶然生まれるまで更に長い年月がかかったものだ」
「偶然なのか」
「生命体という概念もなかったからな。はじめて何の思考も意味もなく漂う生命を見たときは軽く感動したぞ? そうか、自分以外の誰かという可能性が存在したのかとな」
それが当たり前の世界に生まれ落ちた俺からすれば何を馬鹿なことをってところだが、こいつからすればそうではない。
改めて、その存在の違いを、スケールの差を感じさせられるな。
「それからは、自分以外の何かという奴を観察するのが楽しみになったよ」
「で、そんな奇跡の存在をどうしてあっさりと滅ぼそうとする?」
「それはもう言わなくともわかっているのだろう? 我の中に、二つの意思が……欲望が芽生えたのだ」
「……魔王神と創造の女神、か」
ここまでの創造神話を紡いできたのは、唯一神である創造神だ。
しかし、創造神は二つの考えから自らを二つに引き裂いた。その結果、魔王神と女神が誕生した……だったな。
「我は、望んだのだ。我からすれば矮小で何の力もない者達が、お互いに手を取り合い協力し合うという全く未知の行動を取り始めたのを見てな」
「……お前が望んだのは、自分と対等以上の存在。自分以上の存在と混じり合い、更なる成長を遂げることか」
「協力し合うことで、あるいは敵対しあうことで個ではできない何かを成し遂げることができる。ならば何でもできる我がそれをやれば、何ができるのか。想像したら堪らなくなってな」
「だからこそ、お前はお前と肩を並べられるような存在を、正面から喧嘩できる存在を欲するようになった」
「だが、この世界は我の理想にはほど遠いものだった。元々適当に何となくで作ったのだから仕方がないが、残念なことに神の領域に昇ってくるどころか遙か下でくだらない争いを延々繰り返すばかりであったのだ。……その辺りから我が作った世界以外の世界にも興味を持ち、探してみたりもしたのだったな」
「期待には添えなかったらしいけどな」
魔王神の攻撃を受け、俺が反撃する。この単純で高度な戦闘を行えば、そりゃ早々こいつと対等の存在なんているわけないと納得するよ。
こっちはそこら中の力をかき集めたドーピングでようやくついて行っているってのにさ。
「故に、我はやり直すのだ。今度は適当に何となく作るのではない。一度作成した経験と、ここに至るまでに世界核に蓄積されたデータを駆使し、我を満足させうる世界を構築し直す。特にお前の存在と成り立ちをより精密に解析すれば、きっと素晴らしき世界が誕生するだろう」
「そりゃ御勝手にってところだが、この世界は滅ぼさないといけないのか? ここを無視して他で修羅地獄を作るのなら別に構わないというか、招待して欲しいくらいなんだけど?」
ここまで来た以上、更に上の世界を見てみたいって気持ちは当然俺にもある。もしそんな更なる強者が大量発生する世界が見られるのなら、是非見てみたい。
だが、魔王神は俺の首を取るべく剣を振りながらはっきりと否定した。
「この世界そのものを滅ぼす必要があるわけではないが……世界核の解析を行うため結果として滅ぶ。いや、目的の過程の一つに含まれているというべきだな」
「……正直世界核がどんなものなのかは、きっと俺には永遠にわからない。だけど、そいつを弄るのはそのまま世界の滅びに直結するってことなんだな?」
「現在から過去に至る全ての過程を記録する世界の核だ。それを書き換えればこの世界そのものを書き換えることもできる、まさに神の権能。それを弄れば確実に影響が出るだろうし、その結果貴重なデータが消失するリスクを負うことを避けるためには初めから滅ぼしておかねばならんのだよ」
「なるほど……なら、やっぱり敵ってことでいいな!」
全ての目的は、過程はすっきりと理解できた。
こいつの目指すものはよくわかる。一緒にいてくれる相手を、正面から敵対できる相手を求める気持ちは俺にもよくわかる。自分より強い存在を常に目指したいって気持ちは、誰よりもわかる。
だけど、それをその方法で叶えてもらうわけにはいかない。俺で満足しろなんて言える実力がないことはもうわかっている以上、こいつは殺してでも止めるしかない。
だからこそ、こいつが知りたかったものをこれでもかと教えてやらないとな。最強の敵は魔王神、お前だが……面倒くさい敵はまだ残っていることだしさ。
「――っと」
無限に続くかと思われた攻防に、変化が生じた。俺が魔王神の攻撃に半手遅れを取ったのだ。
このままでは攻防のバランスが崩れ、一気に押し込まれる――
「そろそろ時間だ。さあ、我の想定を覆して見せよ!」
魔王神が預言した5分。知らない間に、もうそんなに経過していたか。
ここまでの打ち合いは全て読み通りと――欲望の力で相手の動きを読み切れる俺は瞬間の読み合いでは勝るけど、推測と予測を組み合わせた先読みでは及ばないな。
(だが、ここまで来れば俺にも読める。今魔王神が導いている道は、三つ。さて、どれを選ぶべきか――)
体勢が崩れたことで、俺が選べる選択肢は一気に減った。魔王神が残した道を、誘導しようとしている流れに逆らえばその時点でバラバラ確定だ。
ならば後は、この残された次の三つの動きの中からどれを選ぶか……これが最後の勝負になる!
◆
(我が導いたルートは、正面からの突撃、側面に回り込む搦め手、全力で後方へ逃げる仕切り直しの三つ。さてどれを選ぶかな?)
レオンハートの気影を潰すことで、行動を制限する。縦横無尽に動き回るこやつの動きを制限するのは我であっても一苦労だが、こうなれば後は簡単な腹の探り合いだ。
と言っても、実のところこの内の一つ、正面からの突撃は罠だ。もしその道を選べば、その瞬間我の勝利が確定するよう導いてある。正面突破による最終決戦における奴にとっての最善は、我に刃を届かせることができないまま力比べに持ち込まれることだからな。
力と力の勝負になれば必然的に我が勝利する以上、こうなれば一番世話がないが恐らくそれはあるまい。この男がこの罠に気がつかないとは到底思えんからな。
となれば残されるのは後二つ……ふむ。
(後方に逃げるのが戦略的には一番自然か。距離さえ取れば再び仲間からの支援も期待できるようになる。しかし、それはできない)
仕切り直しと共に再び集団での囲いを作り直す。それが恐らくはこの状況での最適解だろうが、それは心理的に封じている。
今までずっと、近接距離から離さないように戦いを進めてきたのだ。それをこの詰めの場面で緩めた――どんな馬鹿でも罠であると直感するだろう。
だからこそ、それは選べない。具体的にどんな罠が仕掛けられているかを読めないからこそ、この極限状態では選ぶことができない。実際には何も用意していない――精々が後退の気配を見せた瞬間に背後に刃の壁を作ってやるくらいなのだが、だからこそこの罠を回避することは優れた戦士には不可能だ。
すなわち、残された道は一つ。
(正面からの攻撃に見せかけ、激突の瞬間に半歩斜めに移動。側面をとっての一撃必殺狙いだな)
我はレオンハートの行動を予見する。
しかし、この狙いもまた欲望の世界破片により感知されている恐れはある。奴の欲望感知がどれ程の範囲なのか――瞬間の攻防にて敵の狙いを読むだけではなく、より深い策略や駆け引きまで読みきれるのかは不明だが、どちらでもよい。
もし我が狙いを完璧に読めているのなら、次はそれを考慮にいれて更に攻めればいい。まんまと読み通りに動けば確実に殺せるが、心理の罠を読み切り後方への逃亡を行ったとしても更に有利な状況で殺してやろう。
「――勝負!」
(――ほう、逃げずに向かってきたか。となれば、狙いは側面に潜り込んでの一撃か)
レオンハートは逃げることなく真っ直ぐに距離を詰めてきた。しかし今の状況から正面対決なら絶対に勝つ。それは明白である以上、確実に回り込む――
「――突破だ!」
「……何?」
レオンハートは速度を緩めることなく距離を0とし、遂にこれといって何をするわけでもなく正面からの攻撃に出た。
我も応戦するが、その流れは全て予測通り。レオンハートにとっての最良でも少しの間力比べを行い、そして力尽き死ぬ――それしかない道を選んだのだ。
(ここに来て読み違えたのか? こんな致命的なミスを――いや、違う)
一瞬、我はあまりにもつまらない結末に失望しそうになるが、すぐに思い直す。
この男が、本当にこんな簡単な読みを間違えるとは思えない。必ず、必ずなにか考えがあるはず――
「チッ!」
絶対に何か狙いがある。我は確信しつつも、しかし現実は事前の予測通りに進んでいった。
正面からの攻撃は、最初にこやつの剣技における切り札である八王剣から入ろうとする。しかしそれは事前に読まれていては成立しない技。初撃の顔面狙いの突きを最小限の動きで回避、同時に距離を詰め続く連撃を封じる。
そうなった場合のレオンハートの次の行動は、超近接状態からの打撃。加速できない接触状態からでも放てる力の練りが可能にする接触殴打。
それももちろん、読んでいれば容易く防げる。触れた状態から放たれる打撃は回避できないが、同時に同じ技をぶつけてやれば相殺以上の結果をもたらす。
レオンハートがやや押し負けて一歩引いたところで、今度は我が剣を振りかぶる。この一撃をレオンハートは何とか剣で受けるが、上から押し潰す我と下から堪えるレオンハートではどちらが有利か明白だ。そもそも腕力では我がハッキリと勝る以上、この力比べはそのまま押し勝ち脳天を切り裂くこととなる。
我はそう読んでおり、事実としてそうなっている。このまま予定通りに終わるつもりなのか……?
「……狙い、通りだ」
予定通りに圧倒的優位な状態のまま鍔迫り合いに持ち込んだところで、レオンハートは額から汗を流しつつも笑った。勝利を諦めない獰猛な笑みを見せたのだ。
(この状況から何ができる……?)
力の限界を絞り出すレオンハートだが、ここまで単純な勝負では明確に能力の差が出てしまう。いくら気張ったところで、決着が僅かに延びるだけだ。
逃げようとしても、ここに至って逃すはずはない。我の技量を前には受け流しの類いも通用せんが……?
「――ようやく捕まえたぜ、魔王神!」
「捕まえた……?」
レオンハートの意外な発言に、我は疑問を浮かべる。
確かに、この力比べは我の方から止めることもできない。もし僅かでも力を抜けば、速度で勝るレオンハートは確実に我へ致命的な一撃を加えるだろう。
ならばこの状況は、封じられていると言っても間違いではない。ならば、その狙いは――
(仲間の支援か)
そこに思い至ると同時に、複数の魔法が我の元に殺到した。魔力の矢、炎の竜、氷の槍、刃の風……まだまだ色々とある。
あえて動きを止めた力比べに持ち込むことで、仲間の魔術師が援護を可能にしたと言うわけか。それが狙いならば、確かに面白いが――甘い!
「我にこの程度の魔法など通用せん!」
確かに、ほんの僅かな力を抜くことも許されはしない。レオンハート……この男との戦いはそういうものだ。
しかし、身体を動かす余裕がなくとも我にはまだ手が残っている。
「星々よ、我に従い、破滅に運命に殉じよ!」
――【神術・星々の怒り】
星の世界破片の力を使い、この星の――更には周辺の惑星のエネルギーをかき集め、魔法へと変える。
魔法には魔法だ。あまり集中している余裕はないので世界破片の特性に合わせたエネルギー、即ち天災を単純に再現する無差別破壊魔法だが――奴等の魔法をかき消すには十分。
「ぬおっ!?」
「羨ましいパワーだね、本当に――」
突然現れる嵐に、雷鳴に全てが駆逐されていく。二人の魔術師の内、老人はとっさに守りの結界に全力を注ぎ、若い方が攻撃を繰り返しているが、無駄な足掻きだ。
例外は我と共に天災など容易く吹き飛ばす力を放出している、レオンハートくらい――ッ!?
「――暇そうだな。私とも遊んでくれ」
(人間がこの嵐の中を突き進んできただとっ!?)
突風と雷撃が全てを蹂躙する死の空間から、一人の人間の女が飛び込んできた。前に我と戦い、先ほど暴走したレオンハートを拳で鎮めた拳士の女だ。
その力は確かに人間としては最上位――事肉体のスペックにおいては、本当に人間と言う種族なのか疑わしいほどのものを持ってはいた。
だが、もはや世界破片すら持たない身でこの嵐を抜けるなど、あり得ん――
「覚醒融合は自身と同質の力を吸収する――言うまでもないな?」
「――雷か」
我は女の言葉で疑問の答えを得た。
滅んだ末世界の法則の一つとなった、精霊族の能力。道具に宿る精霊族の力を自らの身に宿す精霊化を行えば、外界のエネルギーと一体化し吸収することができる。
それは同じ精霊化を行っているものの攻撃には適応されないが、世界破片の特性上引き起こされるのは自然現象そのものとなり、当然吸収の対象だ。無論それを踏まえて術を編めば容易く無力化できるのだが、今はその余裕がなかった。
その隙を、突いてきたのか。我がこやつが吸収できる雷を含む攻撃を選んだのはただの偶然――にも関わらず、瞬時に判断して命を捨てるがごとき特攻を行ったのか。
「流石は神の一撃。まるで世界破片を持っていたときのような力の高ぶりだ」
我が招来した雷を吸収し、大きく力を伸ばした女は拳を振りかぶった。
――まずい。あれはまずい。平時であれば容易くいなせるが、レオンハートの相手をしながらその一撃はまずい。総合力では我らの足元にも及ばないだろうが――力と破壊力に限っては、この人間もまた神の領域を脅かすものを持っている。
(今は動けん。星は使ったばかりで再使用には間に合わん。死と生命はレオンハートの相手をするのに使っている。ならば――)
大半の力をレオンハートとの力比べに使っているため、残された選択肢は少ない。それでも、まだ余力のある武具の世界破片を発動させ。迫る拳を防ぐ為の盾を複数生成する。
よもや、人間の助力がここまで苛烈なものになるとは――
「――これで、全部使ったな」
「ヌ――」
「お前自身の力と、世界破片二つは俺を殺すのに必要不可欠だ。残り二つの世界破片も、クルークとメイを止めるには使わざるを得ないよな……」
「だが、全て止まった。これ以上の増援など、この嵐の中では不可能。後はこのまま貴様を殺すだけ――」
「そいつは無理だな。だって、俺たちはまだとっておきのカードを残しているんだから」
レオンハートの言葉の意味を理解する前に、後方より強い光を感じ取った。
輝きは真っ直ぐに、我へと向かって飛んでくる。嵐をはね除け、愚直に真っ直ぐに。
「――【希望の方舟】!」
「知ってるか? 魔王を倒すのは、いつだって勇者の仕事なんだぜ?」
前にも聞いた台詞をレオンハートは口にする。聖剣の力で作り出す黄金の方舟を使った、真っ向からの突撃。仲間の全ての力を使い、我を封じるこの一瞬を作り出したと言うのか?
だが、ありえん。もしそんな計画を立てていたのならば、我は確実にそれを見抜けたはずだ。だがレオンハートにそんな気配はなかった。
ならば、まさかこのベストタイミングでの連携を即興で行ったと言うのか?
「全員が、できることを全力でやる。それができれば、それが最強の連携だ。仲間を信じて命を託す。仲間がいなかったお前には、わからないだろうな」
「――仲間、か」
対等な存在。己の背中を、命を託せる相手。
そんなもの、我にはいない。いないからこそ、我はただ求めたのだ。
全てを持つ神である我でも持たない――我だからこそ持てなかった力で破れるか。
フム――
「【超瞬剣・希望ノ剣閃!】」
人が――あらゆる種族の念をかき集めたのだろう力が、無防備な我に叩きつけられる。
流石にこんなものを受けては、死にはしないまでもまともに立っていることはできない。体勢を崩し、あらゆる守りが崩れる。同時に、我の身体を雷の拳が、炎の魔法が砕く。
そして――
「――お前こそが最強の敵だった。それは、これから先も変わることはないだろう」
「……当然だ」
レオンハートの剣が、神の身体を斬り裂いた。
神殺しを成し遂げた、新たなる時代の神か。中々に、悪くない――
(よもや、敗れる日が来るとはな。存外、楽しいものだった)
数えることすら不可能な悠久の時の中で、初めて出会った強敵、勝敗の見えない戦い……。
望みこがれたものの中で消えるのは、理想的な最後なのかもな。
ならばこそ――
「この我の死を、ハイエナに汚させる訳にはいくまい」
身体の崩壊と同時に、この場に新たな力が現れる。忌々しくもよく見知った気を察し、我はやはりかと苛立ちながらも、飲み込まれていく。
この無粋な介入者は、抵抗する力を失った我を吸収しに現れたのだ。絶対に抗うことができない、決着の瞬間を狙って。
――もっとも、ただでは消えるつもりはないがね。
「精々栄えるがいい。この弱々しくも強かった世界でな」
こいつらが敗北する事などあり得まい。だから、最後に一つだけ贈り物を残し、我は消えていく。
絶対に許さぬぞ? 陰湿にも我らの勝負に横割りし、盗人のように我を吸収する女神に負けることなどな――。




