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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
最終章 神々の戦い
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第213話 他力本願

「◼◼◼◼◼◼!」

「ふん、力に負けて獣に堕ちたか」


 我の知覚を掻い潜るほどの爆発的な瞬発力により、レオンハートは……レオンハートだった黒い獣は我の腕を食いちぎった。

 その辺の名剣魔剣を束にしても我には傷一つつけること叶わぬところを、自らの肉体のみでやり遂げた。それは確かに称賛に値するが、獣が相手では言葉をかけること自体に意味がなかろう。


「ならば、問答無用で駆除するとしよう」


 脆弱な人間とは違い、我は腕の一本程度千切れたところで何の痛みにもならない。腕なんぞ生命の世界破片(ワールドキー)があればいくらでも増やせるものであるし、そんなものがなくともこの程度を癒すことなど造作もないのだ。


「我が意に応え、我が敵を射ぬけ」


 我は瞬時に腕を再生させ、同時に我が剣に命じる。世界核(ワールドコア)より武具の情報を読み込めと。

 先程までのレオンハートが相手では、いかな名剣とはいえいくら投擲しても容易く弾かれた。だが、今の知性も理性も棄てた黒い獣ならばこれで十分だ。


「行け」


 武具の世界破片(ワールドキー)の力により、いくつかの魔剣を空中に生成、それを矢として放つ。

 あれらは全て封印の力を宿した魔剣であり、身体に刺されば力を大きく封じられるだろう。本来ならば一本刺さっただけで存在ごと封じられるくらいの性能はあるらしいが、神の領域から見れば獣狩りに使うのがお似合いだ。

 流石にパワーだけは侮れないものがあるので、剣に神の魔力をコーティングすることで強化だけはしておくがな。


「◼◼◼◼◼◼!」


 相も変わらず意味不明な咆哮を上げ、愚かにも黒い獣は封印剣の矢軍を迎撃するつもりらしい。

 的確にその性質を見極める目があれば、あれへの対処は触れないことであるとすぐに見抜けるだろうにな。


「――◼!」

「む?」


 何も考えることなく、黒い獣は拳を封印剣の矢に放った。

 そのまま封印されるかと思ったのだが、少々様子がおかしい。封印剣は確かにその能力を発動させようとしているのだが、何故か機能を停止させてしまう。

 今の一撃で破壊されたのかとも思ったが、様子がおかしいのは先頭の一本だけではなかった。いくつか放った封印剣のその全てが、宿す能力を忘れたかのように何の抵抗もしないまま黒い体表に弾かれているのだ。


(故障――等と言うことはありえん。我が創造した武具は全てが万全以上だ)


 武具の世界破片(ワールドキー)から造り出した魔剣王では古今東西の武具の性能を再現するだけで精一杯であったが、我ならば更に細かく世界核(ワールドコア)より情報を引き出し、その武具の全盛期を探り当てることができる。

 数多の達人の手を渡り、力と経験を吸収した魔剣として最強となった瞬間――その時を選別して我は武具を創造しているのだ。

 故に、機能不全など絶対にあり得ない。あの黒い獣が、理性なき獣が剣を破壊することなく能力だけ無力化する等と言う細かい芸当をこなしたと言うのか……?


「◼◼◼!」

「……獣に二度も触れることを許すほど、神の身体は安くはないぞ」


 我が考えていると言うのに、この獣は再び地を蹴り我の元へと疾走してきた。

 先程は予想以上に膨れ上がった奴の能力を読み違えたが、二度目ともなればそれもない。どれ程速く、力強くなろうとも緩急の一つもない突撃など簡単にいなすことができる――それは神でなくとも同じことだろう。


「――◼ッ!」

「学習もしないか」


 黒い獣はあっさりと我に投げ飛ばされ、地に叩きつけられる。神が不覚を取るほどの超高速移動をそのまま攻撃力に変換して返されているも同じである以上、相当の痛みを覚えているはずだ。だが、何一つ揺らぐことなく愚直な特攻を繰り返すばかりであった。

 何度繰り返そうとも、我にミスはない。投げの威力で大地が砕け沈んでいき、足場がやや悪くなるがそれも問題ではない。走り回っているのはこの獣だけであり、我は不動の構えでただ合わせているだけでよいのだからな。


「――◼◼◼◼◼◼◼!!」

「手を変えるつもりか?」


 投げの回数が百を越えた辺りで、黒い獣も流石に学習したのか手を変えてきた。

 今度は距離を取り、魔力を溜め始めたのだ。流れを見る限り、砲撃の準備をしていようだが……ふむ。


「そんな、ただ力を叩きつけるだけの動きで戦っているつもりなのか?」


 先程までのレオンハートであれば、通用しないまでも大技の前に多数の布石を打ち我の隙を見いだそうとしただろう。

 しかし今の黒い獣はただ己の力を持てあまし、やたらと叩きつけようとしているだけだ。どれ程強力であろうとも、ただ使うだけでは何の価値もない。それではその辺のゴミに力を埋め込んだだけでも同じことができてしまうのだからな。

 ……とは言え、力だけで言えば先程のレオンハートを上回るのは間違いない。ある意味では更に(われ)の領域に近づいているとも言えるのだが……この不快感は、やはりあれだろうな。


「我が半身を見ているようで、不愉快である」


 黒い獣は我が与えてやった時間を使い、どんどん砲撃を育てていく。

 本来なら妨害することも容易いのだが、獣のやることに一々我が先手を打つと言うのも少々情けない。故に準備を許してやったが……こやつはわかっているのか?


 もしその砲撃をなにも考えずに地上で放てば、星の崩壊を意味すると言うことをな。

 元より滅ぼすつもりの世界。最終的に世界破片(ワールドキー)さえ回収できれば、我としてはこの星が滅んでも構いはしないのだがね。


「……ん?」


 我が静観していたら、何やら黒い獣に人間が駆け寄っている。

 あれは、先ほど我と戦った者だな。


「あれを止めるつもりか?」


 人間の思惑を推察し、我は自分の行動を再考すべきか考える。

 ……どのような結果になるか、見物だ。ここは一つ、見物と行くか……。



「――何て速さだ」

「だが、あれは何がどうなっているんだ? シュバルツはどうしたんだ?」


 瞬き一つする暇もないほどの超高速戦闘。シュバルツは元々速いタイプだとは言え、あれほど無茶苦茶ではない。

 しかも、その速さは技術に支えられるものではない。シュバルツ流は脚力はもちろんのことだが、それ以上に数多の歩法を駆使することでその速度を得ている。だが、今のシュバルツは……シュバルツから溢れ出た黒い泥のようなもので形成された何かは、技術を一切用いることなくシュバルツ以上の速度を体現しているのだ。

 そして、魔王神はそれをも上回る。素の敏捷性が桁違いであることに加え、確かな技術も持つ魔王神はあの音を遙かに置き去りにする突撃を軽く捌いているのだから。


(私が入り込むことは不可能か? いや、あんな単純な突撃だ。何ともならないということはない)


 こうして遠くから見ているからこそ、その動きの特徴はわかる。

 単純な数字だけで比べれば勝ち目はないが、実際に戦うのならつけいる隙はある。刹那の隙を狙うことになるが……。


「あれは間違いなく世界破片(ワールドキー)の力だろう」

「というと、グレモリー様が昔使ったという時も同じことが起きたのですか?」

「いや、私のときは一時的に魔力が跳ね上がっただけだった。……だが、それは私が天才だったからなのだろう」

「……力の制御ですか?」

「その通りだ。かつてあやつに魔道を教えようとした私だからこそ断言できる。あれに才能はない。あらゆる事象に対し、できるまでやるという行程が必要不可欠なのだ」

「結果として、初めて手にした完全な世界破片(ワールドキー)二つ分の力を操りきれずに暴走しているということですか」

「加えて、センスのなさに反比例する肉体強度も理由だな。私があんな魔力を受ければそれだけではじけ飛ぶが、類い希なる強靱な肉体があの姿になることを可能にしてしまっているのだ」

「普通なら肉体がストップをかけるところを、レオン君だからこそ行けるところまで行ってしまっていると……」


 シュバルツが変化した怪物への対処法を無意識のうちに考えていたら、スチュアートとグレモリー老が何かを話し合っていた。どうやら今のシュバルツについて話しているらしい。

 ……力の暴走か。そうならないように私たちは常に自分をコントロールする修行を積んでいたのだが……やはりとんでもない力なのだな。


「現状把握は、こんなものでいいでしょう。では、あれをどうやって止めるかを考えましょう。今のままでは勝ち目はない」

「……止められると思っているのか?」

「止めるのが僕らの役目です。僕らは最後の希望として全ての力をレオン君に託しました。ですが、それは戦うことの放棄ではありません」

「そうか。若いな」

「強くなった仲間を見てわいわい騒いでいるだけの者を、仲間と言いますか?」


 スチュアートは覚悟を決めた目でそう言いきった。

 私も同意見だ。今のままではどうにもならないというのなら、何とかするのは私たちの役目だろう。

 私だって、今でも負けるつもりなどないのだからな。


「して、方法は?」

「具体的な手段はさっぱりですね。世界破片(ワールドキー)の暴走なんて、過去に例がありませんから」

「そんなものは簡単だろう」


 具体的な話……というところで困った二人に、私が声をかける。

 何を悩んでいるのかは知らないが、そんなもの大昔から決まっている。暴走して困ったなんて、直し方は一つだ。


「全力でぶん殴ればいい」

「え?」

「壊れたものは殴れば直る」

「……字が違う気がするけど、まあいいか。確かに、そのくらいがレオン君にはよく効きそうだ」


 スチュアートが一瞬あっけにとられたが、すぐに笑って頷いた。やや苦笑ぎみだったが。


「正気に戻るまでぶん殴る。サポートは任せるぞ」

「わかった。できる限りの準備を整え――って、え?」

「まずい!? あの馬鹿、あんなものを撃つつもりか!」


 グレモリー老達は揃って焦りの叫びを上げた。

 何が起きたのかと言えば、砲撃だ。単純であるからこそ強力な、ただ魔力を固めて放つ技の総称。力ばかりに偏った暴走獣との相性は、最高だろう。

 ならば何が不味いのかと言えば、その威力と角度だ。作り出そうとしている砲撃に込められている魔力は、今までの人生全てを振り返っても比類するものはない。あのグレモリー老最強の切り札であった空間破壊魔法と比べてもあれの方が上だ。

 そんなものを、グレモリー老のように結界を張るなどの前準備なく放てば、それも地上へ直撃するコースで放てばどうなるのか。

 もはや予想でしかないが、大陸の消滅……いや、それ以上の大惨事にもなりかねない。最悪、人類滅亡の原因にもなりかねない代物だ。

 そんなものをシュバルツに撃たせるわけには、いかないな。


「行くぞ!」


 もはや考えている暇はないと、私は駆けだした。何か考えて行動しなければならないものがあるならば、私が到着する前に何か考えておいてくれ。


(覚醒融合――【三重加法】!)


 加力法、加速法、加堅法全ての効果を同時に発動させ、相乗効果で更に個々の能力を引き上げる初代の籠手を融合し、身体能力を強化する。

 だが、これでは通用しないのは先の戦いで証明済みだ。今の私には世界破片(ワールドキー)もないことだし、差は更に広がっていることだろう。

 魔王神が手を出してくるかはわからないが、生きてあそこまでたどり着けるかは後ろ次第――


「――っと、そもそも相手にする気もないか」


 暴走シュバルツは魔王神の方しか見ておらず、魔王神は私に気がついてはいるが興味はないようだ。

 屈辱的な対応だが、これなら確実に接近するまでは行けるな。


「後は、近づいた後だが……面倒なことを考えるだけ無駄だな」


 拳を握り、腕にありったけの力を込める。あの異常な力の塊と化している今のシュバルツに、半端な攻撃では蚊に刺された程度にも感じないだろう。

 三重加法を更に制御、インパクトの瞬間までは速度重視で強化し、拳が触れると同時に加力法で破壊力を高める――


「――【縛術・神縛りの鎖(チェーンシール)】」

「――【縛術・多重加重魔方陣(グラビティ・ホール)】」


 拳を振りかぶった瞬間、後方の二人から支援としてシュバルツの動きを封じる魔法が発動された。

 何もない空中から多数の鎖が出現して物理的に拘束する魔法と、魔方陣を展開し、範囲内の重力を増加させて大地に縛り付ける魔法だ。

 どちらも非常に強力――特にグレモリー老のそれは、恐らくは対神を想定して開発した術の一つだ。と言っても、あの二人の魔法であっても5秒も止めることはできないだろう。自分に対して魔法が発動されたことを感じて少しだけ砲撃に魔力を回すよりも拘束に対しての抵抗に回したが、そんな片手間の対処で早くも鎖が軋み始めている。

 巨大なハリケーンをうちわで跳ね返そうとしているようなものだな。あの怪物をまともに拘束しようと思ったら、それこそ神クラスの力が必要だ。


「だが、一瞬止めてくれればそれでいい」


 この場にやって来たのは、私たち三人だけだ。他の者たちはそれぞれ自分の仕事を果たすべく動いている。

 だから、これ以上の援護はない。必要などないと、この拳で証明してやろう――


「さっさと正気に戻れこの馬鹿者が!」


 シュバルツの目の前までたどり着いた私は、事前に考えていた通りに拳を振り下ろした。

 躊躇などない、殺す気で打って丁度いいくらいの頑丈さはあるだろうと、思いっきり黒い泥のような魔力へとげんこつを喰らわすのだった。


「――◼◼◼◼!?」

「一発で理解できるほど物わかりはよくないだろう?」


 頭に一撃打ち込んだ後も、私は止まらない。

 どうもこの黒い泥は超高温であり、同時に腐食作用があるらしく触れただけで溶岩に手を突っ込んだときのようなジュッ! という音と共に拳が爛れるのは参ったが、そんなことで止まってもいられない。

 拳で正気に戻す計画なのは間違いないが、一回殴るだけで済むと思うほどこの馬鹿との付き合いは短くないのだ。


 私がやるべきことは――正気になるまでぶん殴ることだからな!


「ハアッッッッ!」

「◼◼◼◼◼◼◼◼◼ッ!!」


 脳天狙いの両手連打に何やら悲鳴を上げているような気もするが、気にせず殴る。

 砲撃を完全に中止してこちらへの対処をしようとしているようだが、無駄だ。破壊されると同時に新たな拘束魔法が発動している以上動きは緩慢になる。そんな状態の上に、この単調な動きでは――捕まる方が難しい!


「【超加力法】!」


 一撃で相手を仕留めるのがモットーである私がこんな連打をするのは非常に珍しいんだぞ?

 だから、この必殺を受けられること――光栄に思え!


「【絶招剛拳・抜山大】!」


 山をも砕く拳。この戦場においては些か不足した威力だが、これが今の私の全力だ。

 馬鹿の頭くらいは割れたかと完全に振り下ろした拳の向こうにある頭を見るが、そこには……。


「……割れたな」


 ビキバキと音を立てながら、黒い泥は拳を当てた頭からヒビ割れていった。

 ……これ、大丈夫なんだろうか? 殴っている内に興が乗って、手加減とか一切考えずにたこ殴りにしてしまったんだが……。


「……おい、やりたいことはわかるけど、もうちょっと手加減できないのか?」

「お、生きていたか。なら問題ないな」


 泥が崩れ落ちたら、中からシュバルツが現れた。頭にたんこぶが何個かできているが、生きているなら何も問題ないだろう。

 全く、手間をかけさせてくれるな。


「あー、マジでしんどい。もう帰って寝たい」

「何を言っている。お前の仕事はこれからだ」

「ま、そうなんだけどさ……」


 シュバルツは酷く疲れた顔でため息を吐いた。よく見ると目の下に隈ができており、かなり疲労してるようだ。


「……やはり私が戦うか? そんな様で戦えるのか?」

「いや、大丈夫だよ。大丈夫だって教えられたしな」

「……?」


 よくわからないことを言いながら、シュバルツは身体についた泥を払うように手で払った後、深く深呼吸をした。

 そして、気合いを入れるように頬を叩いた後、私に向かってこう言うのだった。


「マジで助かったよ、正直一人じゃどうしようもなかった」

「そうか」

「またなんかあったら、頼むよ。どうも追い詰められて俺は自分を見失っていたらしい」


 シュバルツは息を整えると、途端に疲労を感じさせない覇気を纏う。どうやら、心を整え直すことはできたらしい。


「いつの間にか、俺は一人で何とかしようなんて身の程知らずなことを考えていたらしいよ」

「そうか。それは阿呆の極みだな」

「ああ。俺はそんな格好いい英雄様じゃない。泥臭く、馬鹿みたいに戦って……できないことは誰かに助けを求める。そうやって生きてきたんだったよ」


 シュバルツはぐぐっっと身体を伸ばした後、私から視線を外して魔王神へと目を向けた。

 魔王神は愉快そうにこちらを見ているが……どうするつもりだ?


「一人で何とかしようなんて思ってたら、あの力は制御することはできない。失敗したらどうしようなんて考えながらやっても、絶対に失敗する。だけど……道を間違っても殴ってくれる仲間がいるなら、本当に行けるところまで行けるだろうよ」


 シュバルツを中心に、風が渦巻いていく。これは、強大な力の解放……その前兆だ。

 再び世界破片(ワールドキー)の力を解放しようとしているのか。しかし、その流れは先ほどとはどこか違う。力強く、勢いよく放出されているのだ。

 私はそれを見て、にやりと笑った。更に強くなりそうなライバルへの思いもあるが、それよりも面白そうなことを一つ思い出したのだ。


「そういえば、一つお前の気合いを更に燃やす土産があったな」

「ん?」

「一度通信魔法で各国と情報の共有を行ったんだがな、その一環でマキシーム商会の会長からお前にメッセージだ」

「……何だ?」


 力を高めながらも、少し照れたように顔を赤くするシュバルツ。いい年した男が何をやっているんだとも思うが、どうやら本当に何かあったようだな。

 あのメッセージは嘘や冗談ではなかったということだが……これは中々に面白い。


「伝言の内容はこうだ。『レオンハート。私の夫になるのなら、世界の一つくらいは救わなきゃ承知しないわよ』だそうだ」

「……なんともまあ、本当に難易度の高い人生だな、俺も」


 実質、マキシームの会長に告白したことを認めるような呟きだった。

 恥ずかしそうに零れた小さな言葉とは裏腹に、シュバルツの気は更に高まっていく。


 ……いいことだ。


「――ハッ!」


 発している魔力の質が変わっていく。それは先ほどの黒い泥と同じもののように感じられるが、一つ違うところがあった。

 それは、調和。先ほどの泥は全ての力が滅茶滅茶に動いていて纏まりがなかったが、今のシュバルツの力は一つの意思の元に統一されているのだ。

 ……にしても、一度失敗しなければ次のステージに進めないこの癖は、何とかならないのか?


「……まさか」


 魔王神が、変化していくシュバルツの力を見て驚きを露わにした。

 ……あの余裕綽々だった魔王神が、どうしたんだ? 今のシュバルツの外見は、あの黒い泥を吸い込んだせいか髪の色が真っ黒になっている程度で、覚醒融合に比べればずっと人間的だ。

 そこまで驚くほどのものがあるのか……?


「ようやくここまで来たぜ、魔王神」

「……まさか、本当に?」


 魔王神はブツブツと何かを呟きながらも、その表情を歪めていった。

 そこに宿る感情は誰だってわかるだろう。魔王神の圧倒的な魔力が、その感情によって揺らぎ世界を揺らしているのだから。


「……確かめてやろう」


 魔王神は剣を天に掲げる。すると、上空に光が見えた。日の光ではなく、金属の光沢だ。

 あれは、剣だ。空から無数の……本当に数えることもできないほどの刃が、視界全てを覆うほどに……地平線の果てまで広がっているのだ。


「【終焉劇・星周剣】」

「……派手な技だな」

「星を覆う剣の軍勢。星を砕くとは言わないが、地表の雑草は全て刈られることとなる」


 魔王神は、はっきりと宣言した。この星の全ての空が、今私が見ているものとおなじになっていると。

 な、なんてふざけた技だ。私たちが生きる星全てを攻撃範囲とした技だと? 対星攻撃……そんなもの、どうしろと言うのだ……?


「お前が本当に至ったのなら、この程度なんてこともあるまい?」

「そうだな――」


 シュバルツはこの危機的状況でも落ち着いた様子で、目に魔力を集めた。

 同時に、瞳が金色に輝く。一体、何を――


「本当に、お前達はずるい。こんなことが産まれたときからできるんだから」

「…………」

「魔眼……いや【神眼・殲滅の眼】」


 シュバルツは空を睨み付けた。その瞬間、空から降り注いでいた刃の全てが消滅していく。

 これは、シュバルツの混沌属性の魔力を利用した魔眼……?


「神の眼は世界の全てを見渡す。つまり、今の俺の眼を使った技の射程は世界全土だ」

「ク、クカカカカ……! やはりか。ついに、ついに産まれたのか!」


 魔王神は、そこでついに自分の感情を抑えることを止めた。

 抑えていても溢れ出ていた感情が……歓喜の思いが、その狂笑が大地を揺らしている。

 本当に、一体……。


「俺一人じゃ到底たどり着けなかった……世界破片(ワールドキー)で皆の力を借りて、ようやくここまで来たぞ」

「構わん構わん。どんな手を使おうが、ここに来てくれたのなら我は満足だ。我の領域――神の領域にな!」


 魔王神は、嬉しくて仕方がないと断言する。

 今のシュバルツは、人の領域を、英雄の領域を、その先の領域すらも超え――神の領域に至っていると。


「いずれは一人で来てやるがな。……じゃあ、やろうか。今の俺……皆の欲望と正義に、神様に勝って欲しいって思いに乗っかっただけの情けない力だが……うん、そうだな」


 シュバルツは何かいいことを思いついたと頷き、構えを取った。剣を魔王神に向け、大声で宣言するのだった。


「【モード・他力本願英雄】。他力本願って、本来の意味はどっかの神様の力で世界の全てを救うって意味らしいし、どっちの意味でも今の俺には相応しいだろ?」


 神の力に至ったシュバルツは、そう言って駆けだした。神と神、その戦いに決着を付けるために――。

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