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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
最終章 神々の戦い
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第210話 魂の決意

 無数の魂が漂う神の空間。そこで俺は、口も耳もない大きな魂に声をかけられていた。


「……あんた、見えているのか?」

「あぁ、見えているよ。お前のように身体を得ることはできなかったが、周囲の情報くらいは知りたいからな。最低限、見る聞く喋る……それくらいはできるように頑張ってみたのさ。もっとも、ここにはお前が来るまで喋ることができる相手なんていなかったがね」

「そうか……まあ、やってみたらできるもんなんだな」

「普通は無理だ。俺がここまでになるのも、体感で数ヶ月はかかっているんだ。時間の流れなんてわかるもんじゃないがね」


 謎の魂は、他のものくらべてかなり輝きが強い。しかし、どこか黒ずんでいるようにも見える。

 ……まあ、黒ずんでいるのは俺も同じだけど。自分の魂なんてものをこうして観察する機会なんて早々ないけど、俺前に一度自分の魂見ているからな。

 神造英雄と吸血鬼の魂改造、そして本来の魂――一億の成れの果てが結合したものを。


(……今思えば、吸血鬼の血に俺が耐えられたのもそれが原因だったのかもな。光の魔力で抵抗に成功したんだって思ってたけど、魂に干渉して寄生するって特性を考えればそっちの方がありそうだし)


 今更一つ増えたところで、大して影響はない。俺は初めからそういう生き物だったのだってことだ。

 そうであるからこそ神造英雄の器として機能し、吸血鬼の影響も表層で止められたのだろう。普通なら一つ貫かれたらアウトであるデリケートな領域だが、俺の場合1億全部抜かれなきゃ致命傷にならないわけだし。

 おまけに、深刻なレベルまで潜り込まれると神造英雄による自動防御も発動するし……自覚はなかったが俺、精神に対する術に異常なくらい強かったんだな。


(まあそれはいいとして……うん。黒い輝きは、前に見た吸血鬼の血による影響に酷似しているよな)


 この謎の魂は、恐らく吸血鬼の影響を受けている。あくまでも混ざっているだけだから吸血鬼本体ではなく、支配された人間だろう。

 しかも、これはただの勘だが……俺の知り合いのような気がする。魂だけの姿では個人を特定する情報など何もないが、それでも纏っている気配に覚えがあるのだ。


「……それで、貴様こんなところで何をしている?」

「何って……」

「貴様は死ぬことなど許されん。まだまだあのどうしようもない世界でやらねばならないことがあるはずだ」

「……誰だか知らんが、言われなくても戻るさ。ここにはちょっと魂だけで誘拐されてきただけだよ」


 俺だって来たくて来たわけではない。ちょっと全身に刃物突き立てられた上に心臓破壊されただけなのに魂拉致られただけだ。


「……戻るか。それは結構なことだが、戻ってどうするつもりだ?」

「何がだ?」

「ここでは目も耳もまともに使えん。だが、だからこそ思念を感じる能力が鋭くなってな。さっきから貴様がばらまいている思念で大体の事情はわかった」

「なに?」


 女神が相手の時は心を読まれるくらい仕方がないことだと思ってたけど、こいつもわかっているのか?

 実は女神が心を読む能力を持っているのではなく、俺の心の声が全方向に発信されているだけだったなんてオチは……


「概ねその通りだ。俺はこうして喋ることも聞くこともできるが、それができんそこらの有象無象共でも聞くだけならできているだろうな。……魂だけの状態で肉体を構成するほどの精神エネルギーを発していれば当然のことだが」

「と、当然なのか。魂の常識はよくわからん……」

「まあそんな話はどうでもいい。とにかく、今現世は大変なことになっているらしいな。あの魔王よりも更に上の神の進撃か……人の世も儚いものだ」

「だからといって儚く散るつもりはないがな。最後まで汚く醜く見苦しく、それでも生にしがみついてこそ人間は強くあれるってもんだ」


 滅びの美学だの美しい死に様だの、そういうのは俺にはよくわからない。

 死ぬまで――否、死んでも足掻くのが本当に強いってことだと俺は思う。元々人間って時点で弱いんだ。そこにお上品な雅さなんて持ち込む余裕なんてあるわけないからな。


「当然の話だ。人間の世を守ることはお前の使命だからな」

「そんな使命を受けているつもりはないけど……」

「俺を殺した以上、それが最低限の勤めだろうが」

「殺した?」


 えっと……俺がこの魂を殺したのか?

 そりゃまあ、こんな商売しているんだし手にかけた奴がいないわけじゃないが、極力人間やその他の知的生命体は殺さないようにやってきたつもりなんだが……誰なんだろ?

 俺が殺さなければ止められない相手で、吸血鬼の血を受けた人間といえば――


「余計なことは考えなくていい。俺が生前誰だったのかなんてどうでもいいことだ」

「え?」

「それよりも、俺の質問に答えろ。どう見てもその神とやらに勝つ見込みはないようだが……何か考えているのか?」

「……いや」

「そんな方法があればここに来ていない、か?」

「……本当に心読まれてるんだな」


 心を閉ざす術とか覚えた方がいいのかな? 今は特殊な状態だから仕方がないとしても、俺って元々考えていること読まれやすいし……。


「どうやら身体も即死しているようだが、そっちの対策はあるのか?」

「ああ。それは大丈夫だ」

「そうか。発している気もそこに不安は感じていないようだし、本当のようだな。ならば後は戦力の増強……うむ」


 謎の魂は何かを考え始めた。それは俺も考えなければならないことだ。

 短期間でのパワーアップってのは不可能ではない。本来強さ、能力なんてものは地道に一つ一つ積み上げることでしか得ることはできないが、ちょっとしたきっかけで爆発的に成長するってケースは決して珍しくはない。

 しかしそれも初心者……精々が中級者まで。知識として得られるレベルのことを全て会得し、後はそこから練度を高めていくってところまで来てしまえばそんな大きな成長は望めない。

 それを覆すには、既存の技術とは全く異なる術理を習得でもするか、さもなくば本人の能力に依存しない力……つまり武器や道具による強化を行うくらいしかない。

 しかし現実問題、そんな都合良く今まで先人達が考えもつかなかった新たな技なんて開発できるものではないし、強力なパワーアップアイテムが転がっているわけもない。

 可能性があるとすれば世界破片(ワールドキー)くらいなものだが、その大半が敵の手にあるって状況だしな……。


「……いや、あるぞ。基礎能力を飛躍的に高めるパワーアップアイテムが」

「は?」

「そこら中にあるだろう?」


 そんな都合のいい話が……と思いながらも、俺は辺りを見回す。しかし、どこを見てもどんよりとした薄暗い空間と虚ろな魂しかない。

 一体何のことを言っているんだ……?


「魔力とはどうやって作られるものか?」

「なに?」

「答えろ。魔力とはどのように作られ、どうやって高めるものだ?」


 謎の魂は突然問いを投げかけてきた。

 魔力とはどうやって高めるものか、ねぇ……。


「……魂だ」

「そう、魂により魔力は精錬され、力を高めていく。通常は日々の鍛錬などで魂を磨いていくことで強化されていくものだが、魂そのものを直接強化することができれば飛躍的なパワーアップが見込める……そうは思わないか?」

「確か、そんな違法研究があったな」


 素直に答えたら、なんだか怪しげな話が始まった。

 確か、クルークの親父さんの研究資料の中にそんな話があったとか報告を受けたような気がしないでもない。一応騎士団の中でも上位に当たる地位のものとして、あの王都動乱事件に関する重要な出来事の報告は受けているのだ。

 はっきり言って内容はほとんど理解できない謎の暗号のようなものだったが、その中で唯一印象に残っているのがその魂強化研究の話だった。

 何せ、その研究の発端が俺――吸血鬼の血による魂変質を受けても自我を失わない存在についてってことだったのだから。


「貴様は無数の魂の集合体なのだろう? ならば、魂吸収……他の魂を取り込み強大化する術を行うことができるかもしれん」

「魂吸収?」

「いくつか考えられた魂強化プログラムの一つでな。単純に、二つの魂を融合させれば二倍の魔力を生み出すことができるのではないか、という試みだ」

「それダメだろ。倫理観や危険性を無視するとしても、二つどころか億単位で融合させても大して意味ないんだから」

「ああ。実際にいくつか試したらしいが、大半が融合に耐えられず廃人に、何とか自我を保っても質が落ちて使い物にならなくなったそうだ」

「……質?」


 試して廃人になったって発言にかなりツッコミを入れたいのだが、まあ置いておこう。

 それよりも、質が下がるって言葉が気になる。俺、多分その系統だし。


「研究の成果だそうだが、魂による魔力の増幅に必要な要素は量ではなく質。強い信念により支えられる強靱さこそが重要であり、量だけ増やして薄めてもほとんど効果がないそうだ。強さとは流した血により得るもの。当然と言えば当然のことだろう」

「へー……。で? それなら何の意味もないんじゃないか?」


 いくら量を増やしても無意味なら、この話自体が無意味。ならば、何をするべきだというんだ?


「簡単だ。お前も何度か経験していると思うが、魂加速を用いればいい」

「魂……加速?」

「極限状態に追い込まれた時に起こる現象……火事場の馬鹿力と言えばわかるか? 窮地に追い込まれたとき、肉体のリミッターが外れ通常では出せない力を出すことが可能になるだろう?」

「まあ、それを意図的に起こす技もあるしな」


 割とそれは普通に使われる技法だ。意識的に肉体のリミッターを外すってのは珍しい話ではない。

 それこそ、加速法だってその系統の技だしな。


「実はそのとき、魂も似たような現象が起きていてな。本当の窮地に陥ったとき、通常以上に魔力が高まる。これは脳のリミッターを外しているのと同じように、魂の働きを加速させることで短時間だけ密度を上げるのだ。当然負担が上がり魂が損傷する裏技だがな」

「うーん……」


 いかん、そろそろ話について行けなくなってきた。

 表情も何もない魂の論説に圧倒させるのも情けない話だが、これは俺が関与していい分野の話ではない気がする。


「……要するに、一時的に魂をパワーアップさせる技だ。代償として魂がすり減るがな」

「へー」

「この魂加速にややこしい練習はいらん。要は死を一歩手前にしたときの感覚……何が何でも生き延びるための力を求めるような意思の力があればいい」

「まあ、そういうのは慣れてるな」

「この方法は魂をすり減らす……つまり寿命が縮むほどの負担がかかる。しかし、お前の魂はとんでもない量を持っており、多少すり減った程度では何の問題もない。ここまでお前が生き延びてきた理由の一つだろうな」

「……無茶しても大丈夫ってことか」


 もはや死にかけることなど子供の頃からの恒例行事みたいなもんだが、何とか死なずに対応できたのはその魂加速という現象が起こってもそこまで負担にならないから……か。

 それが正しいのかはわからないが、まあそういうこともあるのかもしれない。自慢することではないが、死にかけてからの反撃でギリギリ生き延びたって経験は豊富だし。


「次は意識してやってみろ。ほんの僅か、常人が行うのと同じ魂加速ではなく……お前の強靱にして巨大な魂だからこそできる規模でな」

「って言われても……」

「というより、すでにやっているというべきか」

「え?」

「魂だけの姿だからこそできているのだろうな。今のその姿こそが通常の魂の質量では不可能な魂加速の結果だ」

「そうなの?」


 ……そういえば、魂のままで気合い入れたらこうなったんだな。確かにこれはこれで魂の全力と言えるのかもしれない。


「後はそれを生身でやればいい。しかし、それでも勝てるとは言えんな」

「……まあな」


 確かに、今のなら飛躍的なパワーアップが望めるとは思う。でも、それは決して魔王神に勝てるって話ではない。

 正直なところ、俺の魂の全てを燃やし尽くすつもりで行っても勝率は決して高くはない。いや、1%あるかも怪しいところだ。


「だから、そこら中に転がっているパワーアップアイテムを拾っていけと言っているんだ」

「……それは、ここにいる魂達を喰えと言っているのか?」

「その通り。弱者が強者に食われるのは世界の法則と言ってもいい。こいつらを喰らい更に質量を高めれば魂加速で得られる限界量を更に伸ばすことができるだろう?」

「確かに、そうかもしれないけど……」


 確かに、この方法は魂の量があればあるだけいい。魂を削るこの禁術指定間違いなしの技を使うなら、少しでも材料は合った方がいい。

 だが、だからといって人の魂を食うなんて許されるのだろうか?


「もちろん、言うほど簡単な話ではないぞ? 先ほども言ったが、魂吸収は被検体が何人も廃人となった危険な手段。まずこいつらの魂を喰ってお前がお前でいられる保証はない。その上で、魔王神に勝てるほどの出力を得ることができるという保証もない」

「……そんなことはどうでもいい。それよりも、やっぱり他の魂を喰うなんて真似をしたくないな。それじゃあの女神と同じことをするだけだ」

「そうか? ……だが、少なくとも俺はこんなところであの神様の玩具にされるよりはお前と共に戦いたいと思っているがな」

「……玩具?」

「ここに何故これほどの魂が集められていると思う? ……俺たちは、材料なのさ。魔王神とかいう女神の半身が攻め込んできたとき、対抗するための兵器のな」

「兵器の材料って、まさか」

「そうだ。再びお前を作り出そうとしているんだよ。ここにいる俺たち全員を、いやそれ以上の数を使ってな」


 ここにいる大勢の魂……それが全て材料だというのか?

 俺と違って、あの女神なら一度やった失敗を繰り返すようなことはしないだろう。最初の作品である俺はまあ残念な結果に終わったが、二度目はもっと上手くやるはずだ。

 しかしそれでもあの魔王神に届くとは思えない。もっともっと、沢山の魂が必要になるはずだ。


「女神は地上の人間が殺され、魂としてここへ昇ってくるのを待っている。最強の兵器を作るためにな」

「なるほど、そういうことか……」


 聖剣アークと神造英雄。この二つで魔王神を止められなかった場合、今度は犠牲者の魂を生け贄にする。そういう計画か。

 肉体を持たない女神はどう頑張っても現世に干渉することはできないが、魔王神がこの魂の空間まで攻め込んできたのならそれも問題はない。だから、いざとなれば現世は諦め、この空間でのみ活動できる最強戦士を作り出すって腹なわけだな。

 何故俺が敗れてもそこまで焦っていなかったのか気にはなっていたが、そんな計画があるのならあの態度も頷ける話だ。


「女神の玩具にされるくらいなら、世界に生きるものとして最後まで戦ってやりたいよ。少なくとも俺はな」

「……なら、他の魂にも聞いてみるか」


 ここにいても、いずれ魂をすり潰されて新たな新兵器の素材にされてしまう。そういう話なら、何となく罪悪感を感じるからって理由で放置するのも間違っているような気がする。

 正解って話なら有無を言わさずに全部吸収するべきなのかもしれないが、それでもやっぱり本人の意思確認は重要だよな。


「あー、ここにいる全ての魂の皆さん。私はレオンハート・シュバルツという者です」


 魂には目も耳もないためコミュニケーションを取ることはできない。でも、今の魂の身体を発現するくらいまで力を発している状態ならテレパシー的にこっちの意思を伝えるだけならできる。

 だから、語ろう。俺の意思を、何が起きるのかを。


「……詳しいことは、もうわかっているだろう? その上で言うが、俺に食われて戦うか、女神に改造されて戦うか……どっちがいい?」


 正直に言って、最悪の選択だろう。魂達からすればどっちも大して変わりはしない話だ。

 それを口八丁で丸め込むことは俺にはできない。だから、文字通り魂で語ってやるしかない。


「最初に言っておく。俺についてこようとか、俺に意思決定を委ねようとか……そういう意図で食われることを選択するのは止めてくれ。俺は王様でも何でもないからな。生憎、人を導くなんて弟子一人で精一杯なんだ」


 俺に吸収されると言っても、それが意思の放棄ではダメだ。

 俺にそんなことを頼むだけ無駄だし、何よりそんな魂を吸収しても役に立たない。最後まで自分らしく、自分の意思を持っていること。それが戦う最低限の条件だ。


「俺は戦士であり、騎士だ。俺の仕事はお前達の行動を決定することじゃない。お前達が自力で選んだ選択の邪魔をする壁を粉砕するのが仕事だ」


 騎士はあくまでも「守る者」だ。俺の考えに従って行動する必要などどこにもない。俺がやることは、誰かが選んだ道の障害を破壊することだけなのだ。

 俺が導くのではない。一人一人が自分を導けばそれでいい。俺は、その手助けをしよう。


 それが、俺が選んだ生き方なんだから。


「だから、選んでくれ。どうやって戦うのかをな」


 死んでまで戦いたくはないってのが本音かもしれないが、それならそれでいい。

 俺が欲しいのは、死んでも失いたくないって強い思いがある奴だけなんだから。


「現世に残してきた何かを守りたいって奴だけ、俺と一緒に来てくれ!」


 このまま何もしなければ、全てが失われる。死んでもなお戦い続ける意思があるなら、俺と来い。

 その思いをぶつけ、呼応する魂だけを受け入れる。最初にあの謎の魂が俺と一体化し、その後も徐々に集まり始める。

 そうして高まってく力を振るい、俺はこの空間を突破する。目指すは、自分の肉体だ。


……………………………………………………

………………………………………………

…………………………………………


「……世界破片(ワールドキー)の回収ですか。全く、我らが神の命に背くつもりはありませんが、退屈な仕事ですね」

「女神の結界が解けるまで待ち、後は世界破片(ワールドキー)を死体から剥ぐだけですからな」

「命令は絶対。ならば粛々と待つこととしましょう」

「にしても、ただの死体あさりに我ら最上位の悪魔……そして王であらせられる悪魔王ご自身が出る必要などないと思うのですが」

「全ては我ら神のご判断。余計なことは考えず、仕事を行いなさい」


 ……何やらごちゃごちゃと話し声が聞こえてくる。

 あの魂の牢獄から力業で抜け出し、現世に戻り自分の身体まで戻ってみれば、なんと光に包まれた俺の身体を囲うように大量の悪魔が構えていたのだ。

 あの光は女神が世界破片(ワールドキー)保護のために展開した結界だろう。そして悪魔は、あの光の結界が消えた後世界破片(ワールドキー)を回収するために構えているってところか。

 俺は悪魔達の存在を気にせずに、自分の身体へと飛び込む。光の結界に弾かれることは、出られたんだからないだろう。


(……ん? ああ、戻ったか)


 飛び込んでみたら、すっと五感が切り替わった。めちゃめちゃクラクラするというか、激しく痛いというか、いろいろ酷かった。

 出血多量……いやあまり血が流れてもいないな。心臓止まってるから。


(五体の損傷、深刻。もう数分戻るのが遅れてたら本当に死んでいたな)


 身体に戻ると同時に傷の具合を確認するが、かなりひどい。そこら中穴だらけだし、心臓は止まっている。

 しかし、それでも俺は立ち上がる。心停止くらいなら、何とかなるだろう。


「……おや?」


 立ち上がった俺を見て、悪魔達が驚いた顔で見てきた。

 ……まさか、悪魔にお化けか幽霊でも見るような目で見られる日が来るとは思わなかったな。


「触れることはできないながらも、確かに死亡確認はしたつもりなのですが……何故立ち上がれるのです? この一瞬でゾンビか何かにでもなったのですか?」

「アホか。人間はそう簡単には死なん。心臓が止まった程度でくたばってたまるかっての」

「……そこは死んでおいた方がよろしいのでは? 人として」

「人間とはそこまで丈夫な生き物ではなかったと思うのだが……」


 俺の短い発言に悪魔達が困惑している。

 失礼な奴らだな。常人ならともかく、俺は仮にも英雄なんて呼ばれる男だぞ。心停止くらい修行中にもしょっちゅう起こしているし、よくあることでしかないっての。


「簡単な話だ。俺の身体に俺の意思で動かせない器官は一つたりとも存在しない」


 交感神経だか副交感神経だか知らないが、武人たる者頭の天辺から足の指の先まで自分の意思で動かせるようになってこそ一人前だ。

 やはり、まずは自分の支配者になるのが入り口だからな。山人族(ドワーフ)救出のときにも自分の気配を消すためにやったが、今回はその逆。

 筋肉の収縮で傷口を塞ぎ、心臓が破壊された代わりに全身の血管を収縮させてポンプの役割を持たせているってだけの話だ。


「さて、とっとと魔王神のところへ行かないと……」

「おっと、それはさせません。我々の役目はあなたの世界破片(ワールドキー)の入手。立ち上がったのは想定外ですが、それなら改めて殺してしまうとしましょう」


 俺は早く魔王神のところへ行きたいのだが、この悪魔達はただで通してくれるつもりはないらしいな。

 見たところ、最上級の悪魔が6体に、それ以上のオーラを持つ奴が1体。あの悪魔は四魔王以下副将以上ってところかな……?


「せっかくです。改めて名乗りましょう。私の名はサファル。悪魔王サファルと申します」

「悪魔王?」

「はい。あなたが今まで戦ってきた四魔王軍の裏にいる、第五の軍団。魔王神様直轄部隊と言えばおわかりいただけますか?」

「ふーん……魔王神の手下か」

「ええ。それ以外にも、各魔王軍への作戦立案などもやらせていただいておりますが」


 ……今までの魔王軍の攻撃。その作戦の一部はこいつらの立案ってことか。

 鳥人族(バードマン)の大陸を毒攻めにしたり山人族(ドワーフ)たちを人質に取ったり、なるほど確かに悪魔らしい戦略だ。


「ま、要するに敵ってことでいいんだな」

「おや、そんな身体で抵抗するつもりですか? それは止めた方がいいでしょう」

「我ら悪魔は魔王神様の魔力により生み出されし存在」

世界破片(ワールドキー)を使ったわけではありませんので流石に四魔王のお歴々には及びませんが、副将レベルならば王は超えているのですよ?」

「我ら近衛も、その辺の魔物とは比較にならない力を有する者。その力は――」


 剣を抜き、振り、納める。うん、悪くはないな。

 肉体的なコンディションは正直最悪に近いが、動けないってことはない。暴走してるのかってくらいに吹き出る魔力を使った戦闘をここで経験できたのも、よかったかもしれないな。


「……何を、しているのです?」


 魔王神の元へ向かおうと背を向けて空に上がったら、悪魔達が困惑した様子で声をかけてきた。

 しかし、何をしていると言われてもな……。


「もう終わったから大ボスのところへ行くんだよ」

「終わっダ?」


 言葉を最後まで発することなく悪魔達の身体に線が入り、バラバラになる。光属性を使った斬撃を目一杯叩き込んだんだ。いくら肉体そのものを破壊されても大して痛みを受けない悪魔でも、流石に耐えられないだろう。

 次があったら覚えとけ。速度で絶対的な差がついていると、戦いにすらならないってことをな。特にシュバルツ流を相手にするときはな。


「さて、待っていろ、魔王神」


 力が高まったことは実感できた。あとは、この力がどこまであの怪物に通用するのか、だな……。

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