第207話 神に挑む者
「お、お前たち……」
「グレモリー様。あなたの攻撃……十分通用しているようです。後は、我々にお任せを」
全身全霊の力を使い果たし、倒れたグレモリー老にスチュアートが声をかけた。
その言葉は気休めかもしれないが、嘘ではない。確実に、グレモリー老の決死の攻撃は成果をあげている。
今なら、私とスチュアートの二人でならなんとかなるかも知れない。私のクン流の拳と、スチュアートの魔法があれば。
(奴を、魔王神を誘き寄せる囮として最後方まで下がっていたが、やはりと言うべきか最後はこうなったか)
本来ならば最前線で待ち構えているべき私が後方まで下がった屈辱。それも全ては、目の前の神を倒すためだ。
本来の力量を考えれば、決して勝ち目のない相手。それに勝利するためにここまで堪え忍んだが……それは、結果的に正解だったんだろうな。
グレモリー老の一撃は奴を滅ぼすには至らなかったが、傷は与えた。それも守りをほんの僅かに抜いたのではなく、軽傷とはいえ全身へのダメージを与えたのだ。
「……魔王神。あなたが纏う不可思議な魔力……それがある限りこちらの攻撃は届かないのでしょう?」
「いかにも。この神のオーラを人の身で破ることはまず不可能だ。今のはまさに、奇跡と言っていいな」
「それが強力な能力であることは十分に理解しておりますよ。しかし――それには、弱点がある」
「ほう? 言ってみるといい。聞いてやるぞ?」
「いえ、言葉よりも――力で語りましょうか!」
今の短い会話の間に魔法の準備を整えたスチュアートは、欲望の力を全開にして魔法を放った。
私もそれに合わせて突っ込む。当然、覚醒融合弐式状態にして世界破片を全開にした状態でだ。
「……ふん」
魔王神は慌てた様子もなく魔法を闇の魔力で迎撃していく。
更に、私の拳を発達した良質筋肉で覆われている腕で防いでいる。とても綺麗で余裕そのものの防御と言えるだろう。
だが、やはりな。
「予想通り、使えないらしいな。神の力とやらは」
「……何故そう思う?」
「簡単なことです。魔王神殿、あなたは先程の世界破壊魔法に対し、神の魔力を膨張させ結界を張るようにして防いでいた。本命の世界が存在しない「無」に叩き落として消滅させる方の企みは失敗しましたが――世界を破壊するほどの一撃が相手では、流石に棒立ちで受けるわけにはいかなかったんだろう?」
「だからどうしたと言うのだ?」
「お前の能力――神の力は強力だが持久力に乏しい。全体の魔力にはまだまだ余力があるようだが、一度に使ったせいで回復するまで発動できない。違うかい?」
スチュアートは煽るように口を動かす。もちろんその間も魔法の連射は止まっていない。
「ここに来るまでに時間をかけたのも同じ理由だろう? 恐らく、レオン君を相手にお前は神の力を使いすぎた。だから回復するまでしばらく時間を置く必要があった――それが、僕の予想だ」
「すなわち、絶対的な差を作り出していた障壁がない今こそ、唯一にして最大の好機――【極正拳】!」
弱ったところを狙うのは情けないが有効な戦術だ。グレモリー老の魔法を防ぐために、奴はかなりの力を放出している。
闇の魔力だけでも十分すぎるほど強いが、強いと言う次元に収まっている。ただ強いだけなら――自分より強いものに打ち勝つのが、英雄だ。
「……なるほど、こんなことになったのははじめての経験だ。中々愉快だぞ?」
巨人のオーラで守った拳を、魔王神は闇の盾で弾き返した。
しかしそれで止まるほど温くはない。弾かれても体勢は崩さぬよう踏ん張り、もう片方の拳を放つ。
極正拳の、連撃だ。
「私を相手に守れると、思うなよ」
あらゆる防御を粉砕する破壊力を、ひたすらに追求した拳。
グレモリー老の千年が世界を破壊する魔法ならば、この拳が私の一族の千年――
「【超剛拳・極双拳】!」
「――ム」
二撃目は、届いた。魔王神の展開した盾を砕き、腹に拳が突き刺さったのだ。
「――一度届けば!」
私は止まらずに、更に連続動作で殴りかかる。
私の覚醒融合は短期決戦が絶対条件。ならば、このまま神を殴り殺す。例えこの身が砕けようとも!
「うおぉぉぉぉぉッ!」
加力法の限界時間など無視する。この腕が砕け散ることを覚悟で、最後まで拳を振るおう!
「一人で無理はさせないさ! 【付術・高速治癒】、【付術・全能力強化】!」
「――助かる!」
サポートに回ったときこそ、スチュアートの本領は発揮される。
奴も限界以上に、自分の身体が自分の魔力で崩壊しても構わないというほどの出力で強化、補助魔法を連射してくれる。もちろん攻撃魔法に拘束魔法も止めてはいない。
これで、決めてやる――
「……ククク、ここまで殴られたことはなかったな」
「――ッ!」
「言葉を話す力すら拳に込めるか。文字通りの全身全霊、見事といっておこう」
確実に届いている、ダメージを与えている。その手応えがある。
それなのに、魔王神は苦しむのではなく、むしろ楽しそうに笑う。何だ、何故この状況で笑う――
「次の世界では貴様らをベースとして人を作ればより良きものができそうだな。だが、今は知れ――神の力を!」
「クッ――」
「まさかっ!?」
「貴様らが見せた限界を越えた力、この我が認めてやる! 故に褒美をくれてやろう――我がこの世界破片を使うことの意味を!」
魔王神を中心として、凄まじい衝撃波が放たれた。堪らず私は大きく後退することを強いられる。
一方で魔王神は、闇に包まれていた。その闇は形を変え、いつの間にか武具となって魔王神を守っている。
あれは、四魔王の力。世界破片――。
「如何に強力であるとはいえ、拳は拳。不定形系統の魔物の特性を使えば、その威力は半減する。更に、同時に幽霊系統の非実体特性と魔獣系統の自然治癒力強化を複合させれば然したる問題ではなくなる。もっとも、ここまでやってなお我に痛みを与える破壊力と技巧は褒め称えるべきだがな」
魔王神は種明かしをするように右腕を突きだした。
言葉通り、奴の腕はスライムのように変形し、同時に幽霊のように透け物体を透過して見せた。
打撃天敵ともいえる魔物の特性を、二つ……?
「それは、魔獣王の世界破片かい?」
「如何にも。今は鎧となっているこの力はあらゆる生命の能力を再現することだ。あぁ、念のため言っておくが、ここでいう生命には不死者も含むからな?」
「……その能力とは、戦っているよ。でも、魔獣王は会得した特性を同時に複数再現することは出来なかったはずだ。奴自身の種族的能力でカバーはしていたけどね」
「それは当然だろう? 我を誰と心得る。王にできぬことも、神からすれば造作もないのだよ」
魔王神は勝ち誇る。神のオーラによる絶対防御がなくとも、それでも自分を倒すことはできないと。
極正拳はあらゆる拳の技法の集大成。そこには当然打撃の弱点であるスライムやゴーストを倒す技法も含まれているが……流石に、不定形で非実体の上に高い生命力と再生力を持つ生物は、想定していないな。
「神の魔力に余裕があればもっと面白いものを見せてやることもできたのだが……仕方があるまい。では、そろそろ死ぬか?」
「まだまだ――ッ!?」
魔王神は魔力を高め、何かの術を発動するそぶりを見せる。
私はそれを阻止すべく足を踏み出そうとしたのだが、そのとき全身に痛みが走った。反動を無視した三重加法に加力法の重ねがけを長時間、その反動が襲ってきたのだ。
――それが、どうした。
「肉体の限界程度超えられずして、クン流を名乗れはしない!」
全ての痛みを、無理を無視して踏破する。それができるから、歴代クン流の猛者は英雄と呼ばれるのだ――
「――行くぞ、最後の極正拳だ」
骨が、筋肉が、皮膚が千切れ崩壊する。それでも、この拳だけは打ち込もうと、自らの力の反動で崩れかけている腕を振りかぶる。
これは勝ち負けの話ではない。多くの犠牲を生み出したこの戦い、あるのは死ぬまで倒れない覚悟のみだ!
「――【神術・滅びの流星群】」
魔王神は私にかまわず魔法を発動させた。
すると空が暗くなる。遙か上空から、何かが落ちてきているのだ。グレモリー老が魔竜王との戦いで使ったのと同じ隕石を降らす魔法だな。
違いは、隕石が一つではなく十、いや二十以上降ってきているというところだけか。
「すでに世界破片は全て位置を把握している。お前達を殺し、欲望を回収した後にあの男の正義と欲望を改めて回収すれば、残るは近くにいる希望の小僧だけだ。もはや世界を更地にしても問題はあるまい」
「――あんなの地表に落ちれば、本当に世界が滅ぶぞ!」
スチュアートが叫んだ。あの魔法により、人の世界は滅ぶと。
私に難しいことはわからないが、あんな派手な魔法が炸裂すると余波でこの大陸は滅ぶのだろうな。
「――貴様を殺す」
しかしその全てを私は無視する。今の私はこの拳を振るうためだけに存在する。それ以外のことを考える余裕など、すでにない。
(相手はスライムでゴーストでビースト……その全てを討ち滅ぼす技を、今ここで作る)
あらゆる技法の融合である極正拳を構築し直し、より奴を殺すことに特化させた技に作り替える。
もとより極正拳とは、そうしてあらゆる敵に有効打を与えるのが神髄なのだ。
「【神滅極正拳】!」
これで、どう――
「仕方がない、少しだけ無理をしてやろう。【神々の盾】」
「――え」
拳の前に、突如盾が現れ魔王神を守った。
これは、魔剣王の能力か。そんなもので、この拳を止められるつもりだとは――舐めるな!
「何であろうと破壊するのみ!」
盾に阻まれて拳が止まるが、更に力を込めて押し込む。
盾の一つくらい、簡単に貫いてくれるわ!
「言っただろう、少し無理をしてやるとな」
「クッ――!」
現れた盾を破壊したら、更に別の盾が、鎧が、その他あらゆる防具が次々と出現して私の行く手を阻んでいく。
魔剣王では、こんなことはできなかったはず――
「我の中に僅かに残る創造の力あってのことだ。本来ならば世界破片そのものを変形させ一つ一つ持ち替えねばならないが、我ならばこうして一度に複数の武具の再現ができる。それもただの再現ではない。その武具共がもっとも強い働きをした――道具として最盛期の状態での再現だ」
「ク、ソ――」
「誇りて滅びよ。伝説に埋もれ、世界と共に滅びることをな」
「世界は、そう簡単には終わらない!」
私が止められた直後、膨大な魔力がスチュアートから放たれた。
先ほどの私と同じく、後先考えない完全解放。自分の身体が消滅してもかまわないという大出力を世界破片から引き出し、行使しようとしていた。
「【極大炎術・星の火】!」
スチュアートは立ち上る魔力の全てを大地へと送り込む。
その力は地表を通り、いくつもの場所で塊となっていき、やがて――
「大地の力と共に、燃え上がれ!」
各地で巨大な火柱を作り出した。その火柱はどれも空の隕石へと向かっており、全ての隕石を地表に落ちる前に溶かし尽くそうとしているのだ。
魔法の完成と同時に、スチュアートの身体は崩壊したかのように崩れていく。身体そのものが合成獣という特殊な怪物に改造されている奴にとって、体中の魔力が枯渇するというのは不自然に結合した身体のパーツが崩れると言うこと。生命維持に必要な部分だけは初めから保険がかかっているだろうが、もう戦えはしまい。
「地中の溶岩の熱でも利用する魔法か? なるほどこの規模の魔法なら一度だけなら止められるかもしれん。だが、それがどうしたというのだ?」
魔王神はスチュアートの抵抗を侮辱――いや、いっそ哀れんでいるかのように笑った。
確かに、私たちからすれば同じ力を出すだけでも死を覚悟しなければならない攻撃。だが、魔王神からすれば一度失敗したのなら二度目を撃てばいいだけのものなのだろう。
そんなものを命を賭けて止めるなど、馬鹿らしいこととしか映らないのも無理はない。いくら隕石を止めても、お前自身を倒すことはできないのだからな。
「……あま、い、ね」
「うん?」
スチュアートが壊れていく身体で、擦れた小さな声でつぶやいた。
魔王神は死に際の言葉に不思議そうにその声に耳を傾けるが、私はその必要はない。その先に紡がれる言葉は、言われなくともわかっているからだ。
「クン流に、防御を選ぶなんて、愚策……さ」
クン流の拳は、全てを砕くのだ。例え伝説の防具を何百持ち出そうとも、その全てを粉砕する破壊力が、我が拳には宿っているのだ!
「――アアッ!」
雄叫びと共に止められた拳を再度振りかぶり、無数の盾へとぶつける。
いきなり訪れた世界の終焉を止められたのはスチュアートの奴のみ。だから、私は諸悪の根源である貴様を殺すことだけに集中できるのだ!
「――ぬぅ」
「ぶち、抜け――」
恐らくは伝説に名を残しているのだろう盾の全てを単純にして最強の破壊力で踏破し、ついに魔王神へと届いた。
神を殺す技として組んだ拳が、魔王神の鎧に突き刺さる――
「……ふぅ」
「なっ……!?」
拳の命中と同時に、魔王神の顔が歪んだ。この拳は、確かに神に痛みを与えたのだ。
だが、完全に決まったわけではなかった。魔王神はインパクトの瞬間、全身の力をあえて抜き、同時に小さく後ろへ飛んだ。それによって拳の破壊力は後方へ吹き飛ばす力へと流されてしまい、ダメージを最小限に抑えてしまったのだ。
打撃に対する基本とも言える防御法だが、今の守りを突破されるはずがないと安心しきっていた状態から、とっさにあれほど見事に脱力してみせるとは……。
「人の技術というものはなかなかに面白い。格闘技の達人とやらの情報を10人分ほど一度に引き出してみたが、戦う術とは我が想像以上に深いものなのだな」
「……また、世界破片か」
私は今度こそ力尽き、膝を突く。
絶対的な強度を誇るエネルギーバリアに、無数の種族特性を掛け合わせた肉体強度と伝説の武具に加えて達人的な体技まで持っているとは……無念。
「さて、今度こそ止めといくか」
「……まだ、勝ったと思うな、神よ」
「死する直前までそんな目ができるか……少しばかり舐めていたよ、この世界をな」
もはや私にできることは何もないが、下だけは向かない。
死するまで勝利を信じる。それが、私たちのあり方――
「――えいっ!」
「うん?」
「カ、カーラ!」
死を覚悟したところで、物陰からカーラが飛び出し、魔王神に殴りかかった。
……そういえば、あいつは今までどこにいたんだ? 魔剣王との戦いの後、強制転移で一緒に来なかったところから姿が見えなかったが……。
「ようやくたどり着いたわよ! さあ、アタシとしょーぶ!」
「ま、まさかお前……鳥人族の大陸からここまでまた泳いできたのか?」
「え? それ以外にどうやってここまで来るの?」
「……転移魔法で移動しろと通達されたの、聞いてなかったな」
この馬鹿弟子……また人の話聞かないで自力でここまで移動してきたらしい。
魔王神への攻撃は当然軽くいなされたが、相変わらず根性だけは大した物だ。あれほどの力の持ち主を前にしてもいつも通りに振る舞える度胸は買うが。
さて……
「……弟子が死にそうになっているんだ。最後の最後まで抗うのが、師の勤めだな」
肉体的限界も精神的限界も、すでに超えている。それでも動くならば何が必要なのかと言えば、そうだな……。
「根性で動くとするか」
「……本当にしぶといな。貴様、一体いつになったら力尽きるんだ?」
「知るか。一度英雄を名乗った者を止めたいのならば、この身体を木っ端微塵にでもするんだな」
「我の知らない間に随分と頑丈になったのだな、人間というものも。……まあよい。ならば二人まとめてあの世に送ってやる」
「それは困るな。私より先に弟子を戦場で死なせるのは末代までの恥だ」
「ならば、貴様からでいいんだな?」
「ちょっと、アタシを無視するなんていい度胸ね」
根性論だけで立ち上がった私に魔王神が右腕を突きつけ魔力砲の構えを取るが、先ほど軽くあしらわれたカーラが前に出た。
この後に及んでこの弟子は……と叱りたいところだが、それはできないな。
恐怖に震える足を気合いで騙して拳を握っている者は、一人前の武人だ。
「カーラ、下がれ」
「な、何言ってんのよそんな身体で!」
「何度も言わせるな。弟子を先に死なせる師匠など、いない」
「――だったら、師匠を見殺しにする弟子もいないでしょ!」
カーラは叫ぶ。絶対に勝てないことはわかっていても、下がる気はないと。
そうだな……最後の最後に弟子にそんなことを言われるとは、なかなかに悪くはない人生だったのかもしれん。
視界一杯に広がる魔王神の魔力波、それとはどこか違う光に包まれながら、私の意識は消えていった――。
◆
「……魔術師の男も消えたか。やはりあの小僧が――ッ!?」
「残心と言う言葉を知っているか? 最大の隙はいつも勝利を掴んだと思ったその瞬間だ」
確実に消滅させたはずの世界破片の保有者二人を消し去ったはずの一撃。しかしそこに残るはずの世界破片はどこにも見当たらない。
どうやら予想は正しかったようだと残る一人を探そうとしたとき、右肩が切り裂かれた。身体に刃が食い込むと同時に身を捻ることで深手を負うことは避けたが、我の不意を突くとは何奴――
「小さ過ぎて気がつかなかったのか? 生憎だが、この俺も持っているのさ、世界破片をな!」
「吸血鬼――そういえば、いたな」
誰かと思えば、少し前に強制転移魔法で我の前に呼び寄せた戦士の一人ではないか。
……なるほど、よくよく観察して見れば小さいが世界破片の欠片を……正義を持っているな。
仲間が殺されるまで息を潜めて不意を突くとは、なかなかに大した男よの。
「腹立たしいが、今の俺では貴様には勝てん。だからあの人間共を利用させてもらったのよ!」
「ほう、味方ではないと?」
「当然だ。何故この俺が人間風情と足並みそろえて仲良しごっこせねばならん!」
ここまでのいざこざで消耗しているとはいえ、この我の動きにこの吸血鬼はついてきている。
真面目に戦いに興じなければならないとは……我が創造物の中にも見所がある者がいるではないか。
「しかし唯一にして最大のチャンスであった初撃を失敗した以上、まだ策はあるのか?」
「ああ、当然だ。――神を喰らい、さらなる進化を果たせ! 吸血牙槍!」
「……ほう、我の血か」
確か、吸血鬼の能力の源は血液に宿る魔力であったな。
先ほどの一撃で我に血を流させ、それをあの槍で吸収していたというわけか。しかしその程度の血を得た程度で何か変わるのかな?
「――チェイッ!」
「少し強くなったようだが、それでは届かんな」
適当な盾を作り出し、槍を止める。世界核によれば、奴が手にしている吸血牙槍とやらは魔人王の奴が作り出した武器であり、その能力は多種多様な形状変化にあるという。
更に血を吸うほどに武器本来の魔力が増していき、能力が拡張される進化する武器である、と。
(神の血を吸収したとなれば最上級の力となるだろうが、使いこなせるのかな?)
神の力を使いこなせた存在はこの世界誕生より我と女神以外にはいない。
一応人後神と呼ばれる人の祈りにより生み出された神もどきならばいるが、あれでは到底我には及ばぬ。あまりの無様さに我と女神が共通して優先的に破壊してしまうような有様の代物だ。
神ならざる者が神の真似事をするとはつまりそういうことだが、この男はどうなるのかな?
「我が糧となれ――【神器形態:大罪の牙】!」
(神の力を槍と融合している自らの力を高めるために使うか)
吸血鬼の男の肌に赤黒い文様が浮かび上がる。神の力を自らの内に取り込み、自己強化を目論んだようだな。
使いこなせるとは思えんが……
「ぬ、ぐ……」
「無理は身体に毒だぞ。所詮、神の領域に達することはできない。だからこそ我はこの世界を滅ぼすのだ」
「――アマリ、ナメルナヨ」
「ん?」
吸血鬼の男は理性を捨て去ったかのような暴威を纏い、連続突きを繰り出してきた。
全て空中に作り出した盾で受け止めるが、その威力は一突きごとに上がっていく。これは、まさか……
「神の力を理性で制御するのはなく、本能で支配するか。面白い試みだ」
暴れ馬を操れないならば、自らの行動に任せようと言うことか。最低限の指針のみを設定し、湧き上がる破壊衝動に身を任せての狂化……怪物に相応しい回答だ。
惜しい……実に惜しい。あと一歩で、もしかしたら我の望む領域に来られたかもしれないのにな。
「どれ、少しは回復したところだ。面白いものを見せてくれた褒美として、本物の神の威光を知るがいい」
しばらく使わなかった間に、僅かに回復した光属性の力と無尽蔵に湧き上がる闇の力を融合させる。
これが、本物の神の力だ。
「――【神罰】」
我に一撃加え、我を驚かせた戦士を神の光で吹き飛ばす。
とはいえ、どうせ先ほどのように――
(やはり来たな)
神の魔力が吸血鬼の戦士を包み込む瞬間、別の力が吸血鬼の男を包み転移させた。
こう何度も見せられれば、わからないはずがない。この術の正体、そして術者は――
「貴様だ!」
我は力の出所に向け、神の魔力の砲撃を放った。
居場所は老人の塔の遙か上空――雲の上だ。
「フン」
砲撃と同時に転移を行い、空に上がる。この辺りには転移封じの結界を張っていたようだが、戦いの余波ですっかり消し飛んだらしいな。
跳んだ先にいたのは、一人の子供。その手に女神の聖剣を持ち、精霊龍の加護を宿した少年だった。
「希望の剣、聖剣アーク。その能力は絶対なる守りであり、救済であるか。前にも見たな」
「……ああ、魔王神。でも、前みたいには行かないよ」
我の記憶にあるよりも少し幼い少年は、しかし、前と同じ闘気を発して剣を構える。
……その頭上に、我が殺したはずの者たちを収容している巨大な黄金に輝く箱船――希望の聖剣の真価である力を発動させながら。
「【救済する希望の箱船】。聖剣の担い手として、レオンハート・シュバルツの弟子として――誰一人として、犠牲になんてさせない」




