第180話 決闘1
「準備はできたか?」
「ああ。あらゆる面で万全そのものだ」
南の大陸へ戻ってから約一月が経過した。
俺、メイ、クルークの三人はそれぞれの方法で欲望の欠片を入手し、アレス君もまた聖剣を首尾よく手に入れた。
限られた時間内でのパワーアップという意味ではこれ以上ない成果だろう。使いこなせるかという話になるとまた変わるのだが、それはこれから先の時間に賭けるしかない。
そのためにも、まずは目の前の戦いに勝利しなくてはならない。5日前に空からやって来た使い魔を使った伝言によって決められた場所での戦いにな。
(俺はミハイと王都郊外の森前で、メイはカーラちゃんの父親だというカーネルって吸血鬼と聖都近くの平原で、立会人として一人同行を認めるが、一対一の決闘を行う、か)
あの黒い鳥型使い魔の言葉を思いだし、口には出さずに反芻する。
そう、これから俺とメイは決闘に向かうのだ。相手は西の大陸――鳥人族の暮らす地でそれぞれが戦った吸血鬼。もう長い付き合いになってしまう宿敵ミハイと、弟子の父親であり同じクン流の使い手であるという吸血鬼カーネルだ。
今の俺たちは、自力だけでも公爵級吸血鬼を1ダースまとめて葬るくらいのことはできる。ならば吸血王とその副将クラス以外なら余裕……と言いたいところだが、そう簡単にはいかないことは俺たちの身体が知っているのだ。
(間違いなくミハイは公爵級の連中よりも強かった。あのときは俺が大分消耗していたってハンデはあったけど、それを差し引いてもあいつは圧倒的に強い)
俺は当時の戦いを思いだし、確信する。
あの戦いの中で見せた実力だけでも十分強かったが、奴はそれ以上の何かを隠している。それも、とんでもないものを。
俺の見立てでは、今のミハイは魔王軍副将クラスの実力を有していると考えている。この期に及んで一対一を申し込むような実力者なら最低でもそのくらいはできなきゃ意味がないという考えも含めてな。
「それじゃ、気を付けてね。本当は僕が一緒に行ければよかったんだけど……」
「ないとは思うが、この決闘が陽動って恐れもゼロじゃない。だったら王都には少しでも戦力を残しておきたいからな」
立会人としての同行を望んでいたクルークが、どこか残念そうな顔で見送りの言葉を口にした。
クルークなら俺に言われるまでもなく理解しているだろうから、これは単なる冗談だろう。これから始まる戦いを見たかったってのは本音だろうけどな。
「では、私はいくぞ」
「あ、待ってよメイ!」
俺がクルークと話している間に、立会人のカーラちゃんを連れてメイが歩き始めた。
メイが目指すのは俺がミハイと戦い、恐らくだが初めて神造英雄を発動させた場所だ。あそこは周囲に気兼ねすることなく戦えるので決闘にはもってこいといえる。
そして――
「じゃ、俺たちも行こうか、アレス君」
「はい! お供します」
立会人であるアレス君を連れ、俺もまた歩き出す。
アレス君は聖剣を手にしたときに起こったという事件を気にしてしばらく身内にしかわからない程度に塞ぎ混んでいたが、最近は立ち直ったようで聖剣の修行に打ち込んでいる。
聖剣の力は未だ未知数だが、とりあえず持っているだけで強化魔法がかけられているような感覚を覚えるらしく、手にしているだけで強くなる便利機能付きらしい。流石は「持ってるだけで英雄気分になって暴走する」なんて前科持ちの剣と言えよう。
「わかってると思うけど、一対一の決闘だ。あくまでもアレス君は見届け人であって、相手が約束を守る限り手出ししてはいけないよ?」
「はい……。正直、聖剣持ってるってだけじゃ全然足りてないですし、今回は師匠の勝利から学ばせてもらおうと思います」
「ああ、よく見てな」
強大な敵を知っているからこそ増長せず、それでも前に進む意思を忘れない弟子に少しだけ笑顔になる。
やっぱり、力に飲まれないってのは大切な資質だ。俺もそれを忘れないようにしないとな。
「んじゃ、準備運動ついでに軽く走っていくぞ」
「はい!」
俺たちが目指すのは、王都からやや離れた場所にある森の入り口だ。
そこはかつて、ゴブリンの大軍が出現する前兆ありとして討伐命令が下されたとき俺が向かった場所であり、そして……ミハイと初めて戦った場所だ。
嫌でも気合いが入ってしまう場所を目指して大地を蹴り、走り出す。大体このペースなら5分もかからないで着くかな……
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「時間通りとは、真面目なやつだな」
「そういうお前は少し遅刻だな」
「当然だ。古来より、パーティ会場には格下から先に入ると相場が決まっている」
「ふん……なら、今度はお前が先にあの世にでも行ってくれよ……ミハイ」
「そうはならないな。貴人として、下民には先に迎えてもらわねばならん。お前は精々冥府の闇に飾り付けでもして私の到着を待つがいい……レオンハート」
指定された決闘の地で、俺とミハイは軽口を叩きあう。
全身に闘気が巡り、頭を戦闘状態に切り替える。勝つのは俺だと、互いに目だけで相手に念をぶつける。
少し離れた場所にアレス君がいる以外、人の気配はない。どうやら伏兵の類いを使うつもりも無いようだな。
となれば、後は勝つだけでいい。これ以上なくシンプルで、俺に優しい状況ってやつだ。
「では……始めようか」
「ああ――」
「――行くぞ?」
目の前から突如ミハイが消えた。
今日のミハイはいつもの血の槍に加え、見ていると不安な気持ちになりそうな淡い緑色の光を放つ鎧を身に付けている。
そんな鎧の光を帯のように残像として残し、一瞬で間合いに飛び込んできたのだ。
「――――ッ!」
「――――ッ!?」
互いに射程距離に相手が入った瞬間、息をする暇もないほどに苛烈な打ち合いが始まる。
この攻防に一切の余裕はない。常に最適解を条件反射で導きだし現実のものにする。気影を読む暇すらなく、行動予測を追い越す速度で互いに相手の血肉を抉る凶器を振るう。
真正面からの斬りあいとは、実に分かりやすい。小細工をせずに自分の力と技量だけで挑んでくるとは……楽しいじゃないか!
「だ!」
「フッ!」
お互いに言葉を忘れたかのように、意味のない音を口から出して武器を交える。
この短い間で、振るった剣撃の数は既に千を越える。そこまでやってお互いにまともな傷がないのを情けなく思えばいいのか誇ればいいのかいまいちわからないが、ここは相手を讃えておこうか――な!
「ウラアッ!」
武器攻撃のなかに体術も混ぜ混む。剣を振ると同時にその勢いを利用した回し蹴り、剣の影に隠した拳打などなど……学んできた白兵戦のあらゆる技法をぶつける。
その全てをさばいて見せるミハイは俺の予想以上に腕を上げているようだが、このまま続けるなら……いける!
「流石に単純な技量では一日の長がある――が」
「ッ!?」
「この手の戦法は私の方が長けているぞ?」
俺はミハイの肩を目掛けて抜き手を放った。これを回避させることで隙を作り、本命の剣を当てるつもりだったのだ。
しかしミハイは俺の攻撃を無視し、踏み込んできた。当然俺の左手がミハイの肩を抉るが、気にせずに踏み込み槍を突き出してくる。
吸血鬼の再生力に任せた強行突破。以前も同じようなことがあったが……まあ確かに、その手の戦術はどう足掻いても本物の吸血鬼には追いつけないな。
「だが、俺もいつまでも成長しないわけじゃない」
「――ほう」
俺は肉体の削りあい――再生力ありきの戦術には乗らず、剣で槍を弾いて対処する。
化け物相手に化け物の力で挑むのは無謀。俺はあくまでも俺――それを忘れるな。
「ならば、そろそろ小手調べは終わりにしようか。私も――俺も、殺意を持って挑むとしよう」
「――ああ」
武芸の競い合いはもう十分。ここからは、あらゆる特殊能力を活用したお互いの全力を競うことになるだろう。
本番は、これからだ。
◆
(凄い戦い……本当に凄い)
師匠と吸血鬼ミハイの戦いが続いている。
ミハイって吸血鬼と師匠との付き合いはかなり長いらしく、僕と出会うよりもずっと前に……師匠がまだ見習いだった頃まで遡るという。
当時からずっと敵同士であり、こうして戦うのももう四度目って話だけど……なんで二人とも生きているんだろう。傍から見ていると、本気でそう思ってしまう戦いが――死闘が繰り広げられていた。
「こほぉぉぉぉ……」
「ふん。例の回避技……更に進化させたか」
「お前もまた一段と攻撃が鋭くなったな。この前の戦い以上だ」
「当然だ。あの時のような疲労困憊の怪我人相手にやる気がでるか」
軽口を叩きながら武器を交えているが、その戦闘は激しいの一言だ。
既に覚醒融合を発動させた師匠に対し、吸血鬼ミハイもまた覚醒融合――彼の言葉で言うなら精霊化を行っている。
随所に挟まれる加速法の駆け引き、覚醒融合による強化、吸血鬼としての特殊能力の数々……まるで、鏡あわせだ。
お互いがお互いの能力を保持していて――だからこそ実力の差がはっきりと出る対決。その条件で、二人は完全に互角の戦いをしている。
この勝負は……凄すぎる!
「フフフ……やはり、手札を一枚伏せたままで勝てるほど甘くはないか」
「あん?」
「俺はお前に闇を与えた。だからお前は闇を纏える。だが――俺には光がない。どうしてもその点でお前に一歩劣ってしまうな」
「何だ? 欲しいのか? まあ、ただの闇と混沌では力の差は歴然だがな」
戦いながらも師匠たちは会話……というか挑発しあっている。
僕は互角だと思っていたのだが、師匠たち当事者からするとまた違う感想らしい。
確かに、師匠は光と闇の二属性を操れるのに対し、吸血鬼ミハイは闇のみだ。全てを消滅させる混沌の魔力の恐ろしさは僕もよく知っているし、あるとないとでは大違いだろう。
今はまだお互いにお互いの攻撃を打ち消しあっているからこそ目立たないが、一撃を当てた瞬間に破壊力で勝る師匠が優位に立つ。これはそういうことなんだ。
「なに、ただの事実確認だ。……欲しいと思う必要など、ないさ」
だが、そんな不利を抱えているはずの吸血鬼ミハイは不敵に笑う。
ミハイは闇の魔力を自分の前で爆発させ、強引に距離をとった。仕切りなおしと言うことらしく、師匠も深追いすることなく気を高めるだけで追撃は仕掛けない。一体何が狙いなのか見極めているようで、その目は獲物を狙う猛獣のような圧力を感じさせるものだ。
そして吸血鬼ミハイは、その真意を見せ付けるかのように――身体を変化させる。黒々とした闇を纏っていた身体に輝くような白が混じり、融合しているのだ。
あれは、まさか……!
「モード・混沌……だったか? 生憎だが、お前に出来て俺にできないことなどない」
「おいおい……無節操な吸血鬼だなおい」
「無節操な人間に言われたくはない。……まあ、ここは一つお前のネーミングセンスに合わせて混沌吸血鬼への進化とでも言っておくか」
「……一応聞いていいか? 何で、そんなことができる?」
師匠は苦笑いになりながらも問いかける。
普通は自分の能力をわざわざ解説してくれはしないだろうけど、聞いてみるだけならただってところだろう。
「何故、ね。……秘密だ」
「やっぱり?」
「いずれ分かることだが……今はまだ、早い!」
「ッ!?」
ミハイの眼が変化した。あれは……魔眼か?
「――殲滅の目か!」
「なんだその名は?」
ミハイは魔眼から混沌属性を放った。あれは、師匠の魔眼と同じ技――いや、違う。
魔眼は吸血鬼としての能力。となれば、魔眼の扱いでは師匠よりも上!?
「クッ――相殺する!」
「ほう、お前もできるか。だが――」
「ちいっ!」
ミハイの視界に映るすべてのものが白と黒の小さな玉となり、消えていく。消滅の力を持つ混沌属性を魔眼から発動させているためだ。
当然、焦点を合わせる対象は師匠。師匠の身体も分解されるかのように傷ついていったが、師匠はミハイの魔眼に対抗するようにやはり混沌の魔眼を発動させた。
魔眼は魔眼の持ち主には効果が薄い。特殊能力系というよりは直接攻撃系であるアレにもその法則が適応されるのかはわからないけど、同質の能力で相殺するのは間違いなく可能だ。
だけど、それはお互いの実力が拮抗している場合に限る話だ。片方の威力が勝っていれば、当然弱いほうだけがダメージを受けることになる。
つまり――
「……立ってるだけでダメージか。でも、受け切れないほどじゃないな」
「再生力を含めてようやくトントンというところか……まあ、これ以外のダメージがあれば再生力に頼ることができないということだがね?」
「問題ない。元々、そんなもんに頼るつもりはないからな」
「そうか」
魔眼と魔眼のぶつかり合いは、師匠が押されていた。吸血鬼としての再生力で何とか相殺している――と言った状態で、見られるだけでダメージを受けている。
師匠はそれも気にしていないと言う素振りで剣を構えるが、既に戦場はお互いの視界にあるものが根こそぎ消えていく地獄と化している。
……少し下がろうかな。このままじゃ見ているだけで死にそうだ。
「さあ、少しペースを上げるぞ?」
武芸以外の能力をも全力で活用し出した師匠とミハイ。
……ここからが、本番だ。
◆
「……時間通りだな。なかなか礼儀正しい」
「お前もな。わざわざ待っていたのか?」
「呼び出したのは私だからな。客人を招く最低限の礼儀というやつだとも」
指定された時間に、私は弟子のカーラを連れて決闘の場へとやって来た。
そこには既に到着し、目を閉じて瞑想を行っていた吸血鬼カーネル……カーラの父親が待ち構えていた。これから私はこの男と一対一で殺しあいを始める。弟子の肉親と殺意を交えるのには細やかな抵抗があるが……始まってしまえばすぐに忘れる程度のものだな。
「カーラ。お前は離れて見ていろ」
「……本当にいいの? おとー様、強いわよ? 一緒にやった方がよくない?」
「フフフ。我が娘ながら遠慮のないことだ。……愛弟子の助言だが、どうするかね?」
「不要だ。元より、一対一を挑まれて多勢に無勢は性に合わん。無論、そんな自己満足を掲げることすら許されないほどに力の開きがあるというならば話は別だが……」
「私はそれほどではないと? これは舐められたものだ」
カーネルはおどけたように肩を竦める。
侮辱ともとれる私の発言だったが、怒る素振りも見せない。まあ、決闘を挑んできた以上一対一で戦う価値があると最初に言い出したのは向こうなのだから当然だが。
「カーラ。下がれ」
「……わかったわよ。でも……」
我が弟子はそこで言葉に詰まった。だがその目が何を続けようとしたのか明確に語っている。
死なないで欲しい、とな。
その対象がどちらなのかはわからないが……弟子の不安をかき消すように私は力強く頷いて一言だけ告げる。心配するなとな。
「……さて、では準備は万全かな?」
「元より」
「よかろう。ならば、再び拳を交えよう――ボルグの継承者よ」
カーラが距離を取ったのを確認すると、カーネルの方から仕掛けてきた。肘を前に出して突撃するクン流の技だ。
「――ハアッ!」
私は敵の第一手に対し、防御でも回避でもなく迎撃を選ぶ。同じく肘を前に出した体当たりを仕掛けたのだ。
お互いの肘がぶつかり、ドゴンという重低音と共にお互いに弾かれ、ぶつかった場所から衝撃波が放たれ周囲を吹き飛ばす。
だが、互いにその程度で止まることはない。弾かれると同時に再び前に出たのだ。
「砕く牛神の骨!」
「初代式――ならば! 包む羊神の毛!」
カーネルが選んだ第二手は、全体重を乗せたショルダータックルだ。単純明快だからこそ、身体能力の差が大きく出る突撃技。この男が使えば、城壁を軽く破壊しそのまま城を崩すくらいは余裕でできるだろう。
対する私は、今度は防御重視の受け技を選ぶ。力を抜き、相手の攻撃を包むように受け止め、受け流す技だ。失敗すると危険だが、うまく使えば正面突破ならどんな威力でも受け止められる独特の身体運用が特徴的な技である。コツは自分の身体を支点とし、衝撃を後方へ受け流せるほどの脱力だろうか。
今回はうまく決まり、カーネルの体当たりを上手くいなすことに成功する。だが、殺意と破壊を追求した初代式がただの防御で終わるはずがない。
これは、超密着状態で相手を押さえ込む形を次に繋げる連続技なのだから。
「――切り裂く蟹神の鋏」
「それは困るな」
柔から剛へ。抜いていた力を一気に解放し、相手の首を両腕でクロスさせるようにして挟み、そのままてこの原理で絞め落とす――を通り越して斬り飛ばす殺人技だ。
知っていたのかはわからないが、食らえば一撃必殺間違いなしの絞め技から逃れるべくカーネルは動いた。自分の身体を霧に変える吸血鬼の特殊能力で逃れたのだ。
だが、それを許すほど私も優しくはない。
「その能力は知っている――極正拳!」
霧と化し、あらゆる物理攻撃を無効化する姿になったカーネルへ向けて私は正拳突きを放つ。
一見無意味な行動に思えるが、これは様々な拳の要訣を一つに纏めた極正拳。幼い頃はこの手の相手には手も足もでなかったが、今ならば対抗策はいくらでもあるのだ。
非実体系という肉弾戦闘主体の拳士の天敵を殺す、水をも砕く拳撃の要訣。それを込めれば――霧であろうが、砕ける。
「――ごふっ!」
非実体系モンスターだろうが問答無用で砕く拳を受け、カーネルが血を吐くような素振りと共に実体化する。
だが、今程度の一撃でそこまでダメージを受けるような相手ではないだろう。現に、勝機と見て踏み込んできたところを迎撃しようという意思が見え隠れしているしな。
あれはただのやられたふりだ。ダメージゼロというわけではないだろうが、そもそも相手は肉体の損傷の影響をもっとも受けにくいアンデッドであり、高い再生力を持つ吸血鬼。中途半端な攻撃で調子に乗るのは厳禁だ。
「……乗ってこないか」
「与えた一撃以上の反撃をもらっては意味がないだろう」
「ふん……それではこちらのやられ損ではないか」
やはりというべきか、演技であったとわかるくらい不自然に回復したカーネルは再び拳を構えた。
今までの攻防はほんの探りあい。まだお互いに全力の半分も出していないはずだが……どちらの方が力を蓄えているのか。そろそろその勝負に入ってもいい頃合いか?
「……それにしても、見事なものだ」
「うん?」
「私は吸血鬼としての力では大したものを使っていないが、それなりに本気で打ち込んだ。にも拘らず、人の限界を越えすらせずに捌ききるとは、大した腕だと思ってな」
「よく言うな。まだまだ全力ではないと拳が語っていたぞ?」
拳士の拳はある意味で雄弁だ。拳にのせる気迫一つで、相手がどんな思いで戦っているのかくらいはわかってしまうほどに。
そんな経験から言わせてもらえば、今までのカーネルの拳からは本気を全く感じられなかった。手を抜いているのはもちろんのこと、本気で私を殺すという意思すら感じられない。言ってしまえば、遊びでしかなかったのだ。
「……そうだな。これほどの技量を示してくれたのだし、作法に乗っとり我が名と共に全力を尽くすべきか」
「……名、だと?」
「いかにも。我が名はカーネル、カーネル・ドラカ。私が背負う肩書きこそは、魔人王軍副将――終生将カーネル・ドラカである」
「……副将だと?」
副将……すなわち、征獣将や斬魔将と同格の存在であるということ……か?
確かに、カーネルの技量は他の魔族の追従を許さない。白兵戦の技量という一点で言えば、かの魔剣王にも匹敵――いや、間違いなく凌駕するほどの男だ。
しかし、その反面魔族としての力では大きく劣る。立っているだけで全てを殲滅すると思わせるほどの莫大な魔力を有していた副将共を引き合いに出すと、あまりにも劣るのだ。
吸血鬼として見ても精々が伯爵級……もっと上がいくらでもいる。そんな魔力的に格上の同族全てを技量のみで越えるのは見事の一言だが、副将と名乗るほどの力はあるのか……?
「その顔は疑っているな?」
「まあ、な」
「それは仕方がないことだ。事実、今の私に副将を名乗る力はない。今はね」
「含みのある言い方をするな」
「ああ……これから本気でやると宣言したのだ。もう隠すことでもあるまい」
そういって、カーネルは懐から赤い液体の入ったガラス瓶を取り出した。……薬か?
何をする気なのかと警戒している私を他所に、カーネルは笑みを作る。これからが楽しみで仕方がないというように。
明らかに何かあるガラス瓶を手で弄りながら、カーネルは私に声をかけてきたのだった。
「――さて、始める前に少し話をしようじゃないか」
「話だと?」
「ああ、内容はシンプルなものさ。――成長するのに、圧倒的な力は邪魔にしかならない。そうは思わないかね?」
不吉に輝く液体の入った瓶を手のひらの上で転がしながら、カーネルは実に楽しそうに語るのだった。




