第179話 獅子奮迅
「……ふう」
俺は一人、身体と心を休める目的で自宅の庭に座り込んでいた。
何もすることなく、ただ空を流れる雲をボーっと見続ける。不毛で無駄な時間のようにも感じるが、そんな無駄な時間を過ごしたのって、一体いつ以来だったかな。
俺って、元々こうしてゆったりと過ごすのが好きだったような気がする。勇者に世界を救ってもらって、後はのんびり適当に暮らす……そんな夢を見ていたんだったな。
それが気がつけばこうしてのんびりと過ごすことも忘れた修羅地獄。全く持って、本当に――
「人生って奴は、疲れるな」
「何に疲れているので?」
「あー、まあそりゃいろいろと……」
「ワタクシとしましては、まだまだ老け込むには早すぎると思いますが?」
「別に老け込んでいるわけじゃ――って、え?」
ボーっとしてたら、いつの間にか背後に誰かいた。
気を抜いているからこそボーっとしているといえるのだが、しかしこの声の持ち主は……非常に覚えがあるような……。
「お久しぶりですわね、シュバルツ様」
「……久しぶり」
いつの間にか、さも当たり前と言った様子で立っていたロクシー。
ここ、俺の自宅なんだけど……どうやってここまで来たんだ?
「普通に玄関から入りましたわよ? ワタクシ、最近はお義母様といろいろ付き合いがありますのでよくこちらへ参っているのですよ。今日もお義母様に呼ばれ――っとと、今のは聞かなかったことにしてくださいませ」
「へー……」
何故だろう。俺の母親という意味だと思うんだが、何故か言葉に別の意味があるような気がするんだけど。
しかし何の感情も読ませないロクシーの笑みを前に、俺としては何も言う事はできない。きっと裏の意味なんてないんだと自己暗示をかけるので精一杯だ。
最後の言葉も何か気になるが……まあいいか。
「それにしても、つれないですわねシュバルツ様。せっかくご帰還なさったのに顔も出さないなんて」
「……いろいろあってな。他のことにかまけている暇はなかったんだよ」
「そうですか。今まさに黄金でも眺めるような様子でその暇を満喫していらっしゃるように見えましたが……まあ、よろしいでしょう」
「……今の俺にとっては、こんな時間こそ黄金の価値があるんだよ」
「それはなによりですわね。通信越しの声だとなにやら張りつめたご様子でしたので、そのようにゆとりある結論に至ったのは良いことだと思いますよ」
「そりゃどうも」
理由はわからないが、俺はこっちに戻ってからなんとなくロクシーには会いたくなかった。
しかしこうして心の準備なく出会ってしまうと……何ともまあ、穏やかに話せるものだな。
「のんびり日向ぼっこですか。そういえば、そのようなことここ十年やっていなかったかもしれません」
「お互い忙しいからなぁ。でもまあ、実際余計なことは忘れてただこうしてのんびりするってのも悪くないぞ?」
「そうですわね。やろうと思ってもその時間でできることをつい考えてしまうものですが、やってみると気持ちいいのかもしれません」
「そうだな。いい仕事をするにはまず良質な休息を――なんて話がしたい訳じゃないけど、身体を普通に休めるってのはいいもんだ」
「……ですね」
お互いにたいした中身もない会話を続ける。
しかしその会話もやがてなくなり、二人で並んで空を眺める時間がゆっくりと流れていく。
普段だったらそんな時間があるなら修行の一つ二つやったほうが――何て思うけど、なんでだろうな。
今はただ、こんな時間をずっと過ごしていたい気分だ――
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しばらく一緒にのんびりと過ごした俺たちは、やがてそろそろ用事があるというロクシーの言葉と共に解散となった。
ほんの少しだけ寂しいような気もしたが、何事にも終わりはあるものだ。我が儘をいっても仕方がないと、俺もロクシーを見送ってから行動を開始することにした……って、ん?
そういや、何でロクシーは俺の家に来たんだろうな? 用事があるって帰っちゃったし……?
(まあ、いいか。それよりも、これからやるのは本当に命がけ。ここからは気を抜かずに行かないとな)
気力体力共に充実。そう自覚し、そろそろ本題に入るべきだと思考を切り替える。
俺は今、シュバルツ邸地下へとやって来ていた。英霊の行を行うための場所で、俺は一人息を整える。
ここ最近じゃあり得ないくらいにしっかりがっつり睡眠を取り、人間の町だからこそ手にはいる人間用の食事を大量にとった。
体調は一切の強がりなく全快。思えば「多少体調が悪くても体力と再生力で何とかなる」って考えで無理をするようになったのはいつからだったかな。
やっぱり人間、しっかり食って寝なきゃダメだな。身体から力が湧いてくるような感じだ。
(今なら行ける。俺の全力を出しきって――どこかに隠れている初代を倒す!)
英霊の行は精神のみで戦うことになる。だから肉体的な疲労なんて関係ない――ってのは間違いだ。
むしろ、精神ってやつは肉体と直結している。体調が悪いときは誰だって気分が落ち込むものだし、逆に無駄に元気があり余っていればテンションも上がるだろう。それは当たり前のことだ。
今の俺は心身ともに絶好調。これ以上ない万全のコンディションだ。これでダメなら笑うしかないって状態だな。
「一度倒した歴代当主はもう俺の前には現れない。だけど――初代こと、レイ・シュバルツ。アンタはまだ、俺に倒されちゃいないよ――なっ!」
俺は誰もいない記憶の世界に入り、ニヤリと笑う。
そして、迷うことなく嵐龍を取り出し――周囲を軽く見渡してすぐに嵐龍閃を四方八方へ向けて放った。
魔力消費が激しいこの技はあまり連発が効かなかったが――今の体力100%状態なら多少の無理は可能だ!
「でて来いコラッ!」
記憶の世界を徹底的に蹂躙する。隠れる場所がなくなるくらいに徹底的に。
嵐が大地を抉り、建物を吹き飛ばし、自然を粉砕する。知らず知らずのうちに、俺ってこんなことができるようになってたんだな。
いや全く、現実世界だったらできない大暴れってのも――たまには楽しいな!
「――フンッ!」
「お、出たか」
空間を抉る嵐の砲撃が、一ヶ所切り裂かれた。
そこから出てきたのは、どこか俺や親父殿に似た顔立ちをした男――シュバルツ一族の原点、初代ことレイ・シュバルツだ。
「乱暴な奴だな、おい」
「こういうやり方のほうがお好みだろ?」
「まあそれは間違ってないが……で? 何しに来た?」
初代は手にした剣で自分の肩を叩きながら俺に問いかけてきた。既に修行を終えている身で、いったい何しに来たのかと。
その質問の答えは初めから決まっている。俺は余計な駆け引きなどは不要とし、単刀直入に答えることにした。
「欲望の欠片。貰っていく」
「……その言葉の意味わかっているのか?」
「ああ。グレモリー……あんたの盟友から、一通り聞いているよ」
「……そうか。状況はそこまでか」
「ああ。既に四魔王が活動を開始し、魔王神復活を宣言しているよ」
「……やれやれ。それで、我が頭の悪い子孫は俺の忠告を無視してこいつを取りに来たと」
初代は右手をかかげ、そこから黒色の魔力を放つ。
あの魔力は初代自身のものではなく――世界破片によるものか。やはり、ここにあるって予想で正解だったようだな。
「頭が悪いのはお互い様だろ?」
「違いない。そもそも、本当に賢い奴は剣を持たんだろうしな」
「戦わずして勝つのが最良ってのは誰でもわかることだしな。でも――」
俺は剣を振り、舞い上がった土煙を吹き飛ばす。
戦意は、十分だ。
「馬鹿は馬鹿らしく、戦いの果てに未来を掴ませてもらう」
「……いいだろう。なら、今度は実力で俺を倒してみな。最低限、俺以上の男じゃなけりゃこいつは危なくて渡せないからよ」
「――上等!」
初代は結局欲望の力を完全には扱いきれず、最終的にグレモリーが生け贄になる形を取らざるを得ない状況まで追い込まれた。
なら、ここは最低ラインだ。恐らくは歴代最強の戦士である男を越える。それが、これから先の戦いに挑むための最初のハードルなんだ!
「小手調べはいらねぇな?」
「当たり前だ。俺は試されに来てるんじゃない、越えに来たんだ」
「よく言った!」
初代の背から翼が現れる。荒々しい光の魔力で構成されたそれは、覚醒融合の証。言葉通り最初から全力で来ているってわけか。
「わかってるだろうが……この勝負、負けたらやり直せばいい――なんて温い考えは許さねぇぞ!」
「ああ、トライアンドエラーなんてやってる暇は初めからない。今この場で、あんたを倒す! いくぞ嵐龍!」
これは修行ではなく試験。失敗してもまた挑戦すればいい――なんて考えじゃこの先へ進むことなどできるわけがない。
この先、あらゆる場面で敗北は死に直結するだろう。その程度の覚悟も持たずにこんなところに来るほど、俺も平和ボケしちゃいないさ!
「クククッ! 精霊の力――どこまで俺についてこれるかな!」
「舐めるなよ。ついていくどころか、追い抜かして踏み潰してやるよ!」
覚醒融合同士での斬りあい。一振り一振りが大気を切り裂き、さながら天変地異のごとき有り様を作り出しているが……足りない。
魔剣王の剣は、こんなもんじゃなかった。まだまだ先へ、上へいかねばならない。そのためにも、俺は――
「覚悟決めていくぞ!」
魔力を更に解放し、俺の出せる全力までまで持っていく。
全力で――ひたすらに押す!
「覚悟か。死ぬ覚悟でも決めたか?」
「何でそんなもん、決めなきゃならん!」
俺がすべき覚悟とは、生きる覚悟、そして生かす覚悟だけだ。
つまりは全部守って自分も守る。ただそれだけを目指して――余計なことは考えないってこったな!
「なかなかいい剣だ! だがまだまだ届かん!」
「――明鏡止水・流!」
全力で動いてなお、わずかながら初代の方が速い。全力の初代は正真正銘、人の形をした化け物だ。
本来人が頼りにすべき技術ではなく、異常に高い身体能力と野生の勘で全てを捌いてくる。長い年月をかけ蓄積された技術から成り立つ攻防ではなく、その場その場で最適な動きを編み出しているようだ。
俺はなんとか明鏡止水状態となり初代の動きの流れを読んで対処するも、このままじゃいずれ押しきられる。
もっと、もっと鋭く強く――
「ハァッ!」
「気合いをいれるだけでは勝てんぞ!」
「気合いだけじゃない――さ!」
全力で放出していた魔力を、更に強化する。今までの全力なんて乗り越えて、ただひたすら極みを目指す!
「いいじゃないか。そこまでの力を見せてくれるんなら一つアドバイスだ。お前は俺と同じタイプのようだ。だから――」
「――ッ!」
「小難しく考えずに、本能のままに剣を振るえ! 術理なんざ魂に刻んだ戦いが勝手に理解しているもんだ!」
「簡単にいってくれるな!」
初代の剣撃と、俺の剣撃が激しくぶつかり火花を散らす。
まだだ。まだまだすべての力を出しきれているわけじゃない。もっともっと、力を絞り出せ――
「その技――明鏡止水とか言ったか? いい技だが、本来お前には考えながら戦うなんて向いてないんだよ! 誰が考えたのかは知らんが、それはまだ真にお前のものにはなっていない! その答えを本能に聞いてみな!」
「――好き勝手なことを!」
俺は初代の言葉に怒鳴り返すが、同時に頭の隅でその言葉に同意する。
明鏡止水を俺のものにするか。なるほど、確かにこれを俺はまだ完全に自分のものにしたわけじゃない。
相手の動きを、力の流れを読むことで成り立つこの技は、俺に向いているとは言えないのかもしれない。本来の使い手であり、開発者である過去世界のレオンハートはそういう頭で考えて戦うの得意そうだったけど、俺には確かにその手合いは苦手だ。
優秀な技であるのは確かだが、ただ教えられたことをやっているだけではダメ――か。
そろそろ俺も、継承されるだけではなく発展させるべきなのかもしれないな。受け継ぎ、進化させるのが受け継いだ者の使命だってんなら……一つ越えてみるとしようか!
「――久しぶりの自己暗示だ。闘気解放!」
これ以上解放する闘気などないが、戦いに不馴れだった子供の頃の自己暗示を久しぶりに口にする。
頭で考えて戦いを読むのではなく、高めた闘気で、本能で戦場を感じとる。初代の言う通り、確かにその方が俺に向いているかもな。
「オラァッ!」
「そうだ、もっと解放しろ! 刻み込んだ戦いの歴史を見せてみろ!」
考えない。ただ、感じとる。今までに経験してきた無数の戦い――それが、考えるまでもなく次の動きを俺に見せてくれるのだ。
大気の流れを感じる。初代の気影を感じる。空間を支配するような殺気を感じる。全てを、思考の介入しない五感で感じとる。
いい感じだ。今までにも数えるほどしか感じたことのないほどのベストコンディション。それと同じような感じだ――なっ!
「【竜鱗ノ払】!」
「魔力全開での剣か? なら受けてたってやるよ! 【破壊剣】!」
お互いの魔力をありったけ乗せた剣がぶつかり、弾かれる。
そして、お互いに脳を使っていないとしか思えない脊髄反射の反応で体勢を立て直し、剣を振るう。
回避から攻撃まで、身体に刻み込んだ経験と鍛練に導かれた直感に頼るもの。すべての動きを頭で予測して動く正道のやり方とは、540度くらいは違う粗暴な動き。
本来そうなるはずなのだが、自分で言うのも何だが今の俺の動きはキレていた。いっそ美しいとすら表現できる――さすがに気持ち悪いので口にはしないが――計算され尽くしたかのような鋭い動きを体現しているのだ。
「どうだ! 本能の世界は!」
「ああ、悔しいが――理想的だ!」
初代の剣が右目を切り裂く軌道をとるが、半歩下がって回避し、そのまま脇腹を狙う。
初代は身を捩って攻撃を回避し、その勢いを利用した回転斬りを放ってくるが、前に踏み込むことで遠心力を無力化する。
すべての動きが、考える前に行われているような感覚。頭で考えてからでは決して間に合わない反応速度を前にして、俺は何かを掴んだように感じた。
明鏡止水とは異なる絶対知覚――それを手にしているのだ。名前は……明鏡止水とは対極の荒々しさで行っていることだし、ここは一つ、こう呼ぶとしようか。
「――獅子奮迅!」
明鏡止水の如く心を沈めて流れを掴むのではなく、獅子奮迅の如く心を高ぶらせ本能で流れを制圧する。
開発者の想定とは少し違うかもしれないが――これが、俺流の明鏡止水の完成形。そう今決めた!
「頭より早く。これなら、面倒な集中も要らないな!」
「む……?」
「一撃で消えてくれんなよ――【獅子奮迅・混沌嵐龍閃】!」
「ぬおっ!?」
明鏡止水の最終段階、極。これは攻撃の最中でも明鏡止水を維持し、如何なる魔法的な障壁も特殊能力もすり抜ける必殺を放つ技だ。
魔剣王のように純粋に固い相手でなければ一撃必殺そのものだが、発動には相手の流れを見切るために膨大な集中を必要とする。
だが、獅子奮迅は明鏡止水と同じことを勘と本能で行う。すなわち、戦っている相手の流れなんて、いつだって完全無欠に感じ取っているに決まっているってことだ!
「今の俺の攻撃は――全てが一撃必殺だ」
初代が咄嗟に張った結界をすり抜け、剣による迎撃を無視し、混沌を纏った嵐が突き進む。
防御無視。その意味、しっかりと見定めてくれよな……初代!
「――解放せよ!」
初代はすべての防御を素通りされ、嵐龍閃の直撃を受ける。
消滅の力を持つ混沌をあわせ持った嵐を受ければ、魔剣王クラスのでたらめな防御力がなければ耐えられないはずなのだが……。
「クハハ、これは想定以上だったな! レオンハート!」
漆黒の光を纏った初代は、あらゆる防御を素通りするはずの嵐龍閃を受けてなお耐えていた。
……さっきまでと、初代が纏っている魔力の流れが違っている。だから嵐龍閃を受け止められているのだ。
つまりは、ようやくおでましということだろう。
「欲望の欠片――ようやくだしたか!」
「使うつもりはなかったんだがな!」
漆黒の光を爆発させ、初代は嵐龍閃を吹き飛ばした。ならば――
「アァァァァァッ!」
俺は雄叫びをあげて突っ込む。獅子奮迅は、本能を経験で飼い慣らすことで成り立つ身体運用法だ。
故に、そこに恐れは要らない。勇気ではなく、蛮勇をもって進む。死ぬか勝つか。それを体現してこその状態だ。
逆に言えば、この超ハイテンション状態が終われば獅子奮迅は強制解除される。いつまでも絶好調ってわけにも行かないだろうし――な!
「神造英雄――解放!」
俺も初代に対抗し、神造英雄こと正義の世界破片を起動させる。
だが、こうして相対するとはっきりとわかる。宿している力自体はこっちのが大きい――初代の欲望は三分割されたものの一つだからだろう――が、実際の強化具合は明らかに初代の方が上だ。
これが、世界破片を使いこなしている者とただ持っているだけの者の差って奴なんだろう。
グレモリーが語った、世界核への接続により発動する力の集約。世界破片が象徴するもののエネルギーを集め、自分の力に変換する能力。
初代はそれを使っており、俺は使えない。それがこの力の差を生み出しているのだ。
「……なるほど、それで欲望を求めるわけか」
「ああ。俺に、こいつを使いこなす事は……できない」
いつもなら、俺はこの神造英雄を……正義の世界破片を使いこなすべく努力するだろう。
だが、これに限っては無理なのだ。俺がどれだけ努力してもクルークのような知識を身に着ける事はできないってのと同じようにな。
「ふーん……。それ、随分相性が悪いみたいだな」
「ああ。正義のためなんてお題目で戦うタイプなら何の問題もないんだろうが……俺にはこの光が気持ち悪いものとしか感じられない」
「正義なんてクソ食らえ、自分自身の意思を押し通すためにこそ力を磨いているのだ――ってことかい?」
「そうだ。俺は、大衆的な正義に興味はない。あくまでも、俺が力を求めるのは俺自身の意思を押し通すためだ。それを正義だなんて、剣を振ることを正義だなんて俺は認めたくない」
「真面目なことで。でもまぁ、言いたい事はわかる。俺も聖騎士だのなんだのと言われはしたが、生涯一度も自分を正義であるなんて考えた事はねぇ。むしろ、悪と呼ばれて当然のことをして来たって自覚のほうが強い」
「……何をして来たのかはあえて聞かないけど、そういうことだ。暴力と言う正義を肯定すること前提のこの世界破片は、俺にとって最悪の存在なんだよ」
俺は、別に正義と言う言葉にこだわりがあるわけじゃない。ただ、人よりも武力的に優れているから正義であるなんて考えは嫌いだ。
本当に正義を体現しているならば、誰も傷つけることなく問題を解決すべきだ。平和とは戦争のための準備期間である……なんて言葉もあるとおり、結局武力で作った平和は更なる戦いを呼ぶのだ。
他に方法がないからこそ邪魔な奴を力ずくで排除するしかない。それは俺もやっていることだが、本気で正義を名乗るなら武力を使ってはいけないのだ。だって、武力行使は所詮平和を諦めた妥協の先にあるものなのだから。
「正義ってのが何なのかはわからないけど、はっきりしている事はある。……暴力は、悪いことだろ?」
「ま、その暴力で救われる側からすれば正義の味方だろうが、暴力で排除される側からすれば悪そのものだな」
「だから俺はこいつを使うことができないんだ……と思う」
「……やれやれ」
俺は使いこなせる気がしない神造英雄の能力を正直に話したのだが、その返答は呆れていますとアピールするかのような態度だった。
肩を竦めて首を振るその仕草はどう見ても肯定的なものではない。いや、自分でもらしくないこと言っているような気はしているけど、それはないんじゃないか?
「いいか。俺からのアドバイスは何も変わらないぞ?」
「変わらない……?」
「ああ。……余計なことを考えるな、以上」
「よ、余計なことって……」
「俺らみたいな人種はな、考えれば考えるほど泥沼に嵌るんだよ。結果、何もしないほうがマシって道に入っちまうんだ。だから、どんなときもやるべき事は一つなんだよ」
初代が纏う黒い光――欲望の世界破片の力が膨れ上がった。
初代の意思に従い、初代の力としてそこにある。その証を立てるかのように。
「正義も欲望も、俺に言わせりゃ大差ねぇもんだ。重要な事は唯一つ――テメェに都合のいいように考えろ!」
「は?」
「善だの悪だのと、そんな細かいこと気にしても飯が不味くなるだけだ! 欲しいもんがある、だから手に入れる。それだけの話だろうが」
「いやいや、山賊か何かか……?」
「おう、山賊の何が悪い」
「いや山賊は悪いだろ、誰がどう考えても」
「その山賊だって、何かあれば英雄と呼ばれるようにだってなるさ。何が正しいかなんてのはそこにいる誰かにとって都合よく変わるもんだ。この欲望も同じさ。無数の浅ましい念が流れ込んでくるが……自分の欲望こそが最優先であり、絶対。その意思さえ揺らがなきゃ他の有象無象なんざ無視して食らうだけでいい」
初代はなんら恥じることはないと主張するように胸を張り、口元を歪めて断言した。
余計な事は考えずに、必要なものを手に入れる。それだけで世界破片の制御はできるんだと。
「まさか、グレモリーが言ってた世界破片の制御ってのは……」
「ああ。他の欲望を自分の意思でねじ伏せる。それだけだぞ? 俺の意思以外のものなんざ興味もないしな。その正義とやらも同じようにいけんだろ」
……そうなんだろうか、と俺は首を捻る。
繋いだことがないのではっきりとした事は言えないが、それでもほんの僅かに感じる世界核と呼ばれるものから流れ込んでくる思念――正義という名の身勝手な思い。
正義を掲げるばかりでその実行は他人に委ねるという、浅ましい他力本願精神。そんなものを感じるのだ。
正義ほど邪悪な意思はない。そんな感想を抱いてしまうようなものを、どこからか感じているのだ。
(そんな無数の思念を、全部自分の意思でねじ伏せる……か)
そういわれると、何かできるような気がして来た。というか、もう何度もやっていることのような気がする。
……ならば、後は踏み込むだけだ。常識で考えれば止まるべきところだが――まあ、神様みたいなのに挑もうって話なんだ。今更常識でブレーキかけているようじゃ話にもならないよな。
獅子奮迅って精神状態も手に入れたことだし、ここは一つアクセル全開で行って見るとしようか。
「繋ぎ方は、見ていたからわかるよ」
世界破片の使い方は、実は拍子抜けするほど簡単だ。
どこからか流れ込んでいる思念――そっちに手を伸ばすだけ。いや、むしろ向こうから来ようとしているのをせき止めている扉を開くといった方がいいだろうか。
世界破片は世界核へ繋ぐためのアイテム。鍵として認識さえすれば、簡単に開けられるってことだな。
(……開けた後どうなるかは、自己責任だけど)
魂の内側にある神造英雄を起動する。鍵そのものの力を纏うのではなく、鍵として利用する。
そう念じるだけで、あっさりと扉は開かれた。無数の思念が、人の数だけ存在する正義が一気に俺の中に流れてきて、俺と言う存在を消し去ろうとしてくる。
だが――
「……そうだな、もう一人のレオンハート。もしかしたら、お前はここまで分かっていたのか?」
イメージするのは、正義の念という激流の中で仁王立ちする自分だ。
どんな強い流れを受けても、同化して後ろに受け流す。明鏡止水の極意だ。それを忠実に守っていれば、こんなものどうにでもできる。
激流に晒されても不動を維持する俺自身の思い――培ってきた鍛錬と、戦い。それを土台とするプライドこそが、俺の正義であり本能。獅子奮迅の心でこれだけは誰にも譲れないと強く思えば、こんなもの恐れる必要もない。
明鏡止水の精神で獅子奮迅の気合を持つ。これで世界破片の制御とやらは、まあ何とかなるのかな。
「……これで準備完了、完全版神造英雄モード。つまり気合があればいいってこったな!」
膨れ上がる無限とも思える魔力を持ち、俺は笑う。
そんな俺を見て、初代もまた笑う。
よい戦いが目の前にあると理解して、俺たちは笑うのだ。
「さあ、始めようか」
「ああ、アンタの欲望も俺が貰って、魔王を殺す」
心を闘争心でいっぱいにした俺たちは、示し合わせたように同時に動き出し、闘い始めた。
精神世界にいて、その魔力は互いに無限。限界と言うものを持たない戦士という名の獣と化した俺たちは永遠とも思える戦いを続け――
一週間後、俺は欲望の世界破片を手に現実世界へと戻るのだった。
割とマジで餓死しそうなフラフラの身体を抱えながら……。
シュバルツ夫人「男を元気付ける方法なんて人類誕生から変わってないのよ」




