第176話 世界破片 / ワールドキー
「……世界破片」
「何度か聞いた言葉ですね」
人類最強にして最古の魔術師、グレモリーが俺たちに見せたものを前に、ただただ戦慄するしかない。
グレモリーの右手に封じられているのは、間違いなく絶対なる力だ。封印されてなおあの魔剣王と同質の波動を放つそれに、俺たちは半分臨戦状態となっているほどであった。
「これの正体は未だわかってはおらん。長年集めた資料と研究成果より、仮説を立てることはできるがな」
「……仮説ってのは?」
「その話をする前に、まずは事実を話し終えたい。……どこまで話したか……そうそう、魔王神を倒した勇者、神造英雄が人類に牙を剥き、それに対抗すべく時間稼ぎしながら修練を積んでいた――と言うところだったな」
「ああ。そして、その修練の最中その右手のもんが現れたって話だったな」
「うむ。これは先ほども言った通り、欲望の世界破片と呼ばれる代物だ。そう言っておったのは神造英雄当人であるがな」
「欲望……それで、それを持つと強くなるのか?」
「まぁな。と言っても、決して便利なパワーアップアイテムではない。そもそも安易な力に頼って生きようなどと考えるような精神では手にしただけで魂まで消滅するほどの劇薬と言っていい」
……俺はその話を聞いて、自分の中にある力に意識を向ける。
俺の中にある、グレモリーの話に出てくる希望と絶望を振り撒く災厄、神造英雄の力へと。
グレモリーの右手にあるものと、神造英雄はやはり同質のものだ。と言っても俺の中の神造英雄とは、なんというか……力のベクトルが違うって感じがするが。
まあ、いずれにせよこれを宿している俺にはグレモリーの言葉がよく理解できる。僅かでも心に弱さを見せればすぐにでも俺を飲み込み暴れようとする、正義を名乗る悪鬼の危なさはな。
「この欲望は、神を越えると鍛練を続けていたある日突然現れた。欲望は我らに合わせて三つに別れ、それぞれに宿ったのだ」
「三つ? ってことは……」
「ああ。レイとボルグにもこれと同じものが宿っていたのだ。その力を使いこなすのは至難であり、不可能と言っても過言ではなかった。だが、せっかく己の中に飛び込んできた力だ。意地でも屈服させてやろうと躍起になったものだ」
「……本当に乱暴な思考回路だな」
「本当に、子孫そっくり」
……今のはどういう意味だろうかね、クルークくん?
「この世界破片と呼ばれるものが何なのかは正直わかってはいなかった。ただ強い力を持っていることだけは嫌でもわかったがな」
「……まあ、実際に手にするとわかるな。力の塊だってことはわかるんだけど、何をどうすればいいのかさっぱりわからないし」
「最初はただ力を解放してみたのだが、全身が黒く染まり膨大な魔力を宿すことには成功するのだが……あまりにも出力が高すぎてすぐにバテてしまい使い物にならない……なんてこともあったな」
「うんうん、わかるわかる」
グレモリーは共感してコクコク頷く俺を一瞬なにか言いたげに見たが、しかしなにも言わずに話を続けたのだった。
「しばらくして何とか使い道を発見した我ら三人は、いよいよ人後神を滅ぼし終えた神造英雄の元へと向かった。聖剣アークを振るい、正義のために人を滅ぼさんとする勇者の前にな」
「人間に都合がいいのが正義であるとは言わないけど、個人的には認めたくない正義だな」
正義の何たるかなんて俺は知らないが、少なくとも人を傷つけるのが正義であるとは認めたくない。
結局、暴力と正義は相容れないもののはずだからな。どんな理由があれ、武力を持ち出した時点で悪対悪であるべきだと俺は思う。
……正義で戦いだすと、全滅するまで止まれないしな。大体自分が正しいと思って暴力振るう奴は碌なことにならないんだよ。
今やってる戦いにしても、善悪ではなく種族の生存競争だしな。やっぱ武力に頼る正義の人は好きになれん。
「それで……勝ったんですか?」
「最終的にはな。しかしまともにやっては三人がかりでも勝ち目はなかった。七日七晩、撤退と奇襲を繰り返すような戦闘の中で判明した事実によれば、かの神造英雄の正体もまた世界破片。正義の世界破片とのことだった」
「正義……」
「そして手にした聖剣もまた世界破片であったそうだ。希望の世界破片を素材に創造の女神が作ったらしい」
正義の存在が希望の剣を握る、か。まさに物語のような正義の味方だね……やってることはただの圧倒的な武力を背景にした虐殺だが。
「その世界破片とやらの能力詳細が不明である以上あまり言えませんが……単純に考えれば、人間側は欲望一つ、神造英雄は正義と希望の二つ。不利ですね」
「しかも欲望は三分割。個の力ではどうしても越える事はできず、そして我ら三人以外にも募った勇士たちを使った昼夜を問わない波状攻撃を前にしても神造英雄は疲労すら見せはしなかった。それこそが世界破片の能力の一つでもあるのだがな」
「……そろそろ教えてくれ。その世界破片の能力ってのは、何なんだ?」
世界破片に凄まじい力があるってのはわかっている。俺の中にある神造英雄の正体もまた、恐らくは世界破片……正義。
俺個人との相性が最悪であろうそれを使えば、俺の力は飛躍的に高まる。しかしそれも記憶世界のレオンハートの犠牲があってようやく使えるという代物であり、現時点でも使いこなせている感じは全く無いものだ。
……はっきりとわかるのだ。これはただ強い力を持っているってだけで、俺の力ではない。強い剣を持つことと強い剣士であることが全く違うように、これは俺の力って器の中には全く入っていないと。
だから知りたい。これを、俺の力にするヒントを。
「……世界核。聞いた事は?」
「……ないな」
俺はメイとクルークのほうも見てみるが、二人とも首を振っている。いや、クルークだけは何かを考えている素振りだが……。
「……魔剣王が世界破片を発動させるときに、そんなことを言っていたような記憶はあります。本当に名前だけですが」
「そうか。まあ、そうだろうな。何せ、世界破片とは世界核への干渉を行うためのものなのだからな」
「……えっと、つまりどういうことなんだ?」
グレモリーが言っていることがよくわからない。
何がどうなっているのか、そろそろ俺の頭では処理しきれなくなってきたぞ……。
「はっきり言うが、ここから先は実際に使ってみた体験談に等しく、学術的な根拠など何一つない仮説だ」
「いいよ別に。学術的な根拠とか説明されてもわからんし」
「……まあつまり、正しいとは限らないということだ。その上で言うが、世界核とは記録であると私は考えている」
「記録?」
「人類史――なんて小さなものではない。正真正銘、世界そのものの記録だ」
「はぁ」
どうしよう、意味が分からない。
「世界に誕生した、あらゆるものの情報を記録している何か……それが世界核だ。そして、世界破片はそこに干渉し、情報を引き出すことができる」
「引き出す?」
「より具体的に言えば、世界破片に対応したものを具現化させる……というところかな? 例えば、欲望を起動すれば古今東西あらゆる『欲望』に触れる。そして、それを自由に引き出す」
「引き出すとどうなるんだ?」
「当然、叶える。世界に起こったあらゆる事象を元に、その欲望を満足させる手段を形成し、具現化するのだ」
「えっと……つまりは……」
「全知全能、ということですか?」
あまりに突拍子のない発言に、逆にどこか冷静になってしまう。
いや、化け物に対処する手段が全知全能って……むしろ今すぐこのジジイを討伐する必要を感じてしまう話なのだが。
「理論上は。しかし、当然そう上手くはいかん」
「というと?」
「簡単だ。お前……世界の全てが記録されている、無数と言う言葉ですら霞む情報量の中から必要なものだけ選べるか?」
「……えーと……」
「一冊の本から一つの情報を調べるだけでも苦労するのが人間と言う生物の限界だ。はっきり言って、どんな願いでも叶えるなんてことをしようと思えば億の年があっても足りんだろうな」
「そりゃそうか」
よかった、実はこの世界はこのジジイの欲望に従って動いているのだ――なんて嫌な衝撃の事実が明かされたりしなくて。
「それに、そもそも世界破片には限界がある。一つの世界破片で干渉できる情報には限りがあってな。欲望で言えば、世界誕生から現在に至るまで全ての生物が抱いた欲望を知ることができるが、それが叶ったという事実がない場合はどうにもできない。あくまでも、過去の事象を再現する能力だからな」
「つまり、叶ったことのない欲望は叶えられないと?」
「そして、叶えたことがあったとしてもその手段を持っていなければやはり実現不可能だ。あくまでも欲望から始まった情報を知ることができるだけなのでな」
「……それって、あんまり役にたたないんじゃないか?」
この世の全ては欲望から始まる――と言われても否定はしないが、しかしそれを叶えるためには多くのものが必要だろう。
はっきりいって、現状で叶えることができる欲望なんてそんな大層なものを使わなくても普通に叶えられるだろう。まあ、過去の事象を知れるなら有利にはなるだろうけど。
……検索している間に動いた方が早いような気もするが。
「まあ、はっきり言ってこの能力を人間が使いこなすのは不可能と言える。だが、それでも世界破片を用いて世界核に接続するのは強力な力を得ることができる」
「まだ何かあるのか?」
「うむ。過去ではなく現在より――力の集約だ」
「力の、集約?」
「この世の全ては世界核と繋がっている。そして、世界破片は司るものを魔力に変えることができるのだ」
「……?」
「要は、世界核に接続した者は世界に存在する司るもの全ての力を手にすることができる。欲望であれば、欲望という全ての意思が持つエネルギーを自分のものにできる。他の世界破片も同様であり、その力はほぼ無限と言っても過言ではない」
「つまり、魔剣王は武器とか防具の世界破片って言っていたから……世界中の武具から力を得ると?」
「世界に武具があればあるほど力が増す、と?」
「魔剣と普通の数打ち品では個の総量は違うだろうが、全てから集められるのだろうな」
「……一つあたりどのくらいかはわからんが、いずれにせよとんでもない力になりそうだな」
「一振り当たりから一般人の十分の一程度しか取れなくとも十分すぎるな……」
……そんな供給源があれば、そりゃあんな無茶苦茶な力を発揮することもできるわな。
まあそれを使わなくても十分すぎるほど強いのは確認済みなんだけど、それ以降の強さはまた桁違いだったからなぁ……。
「特にこの欲望は凄いぞ。森羅万象、全ての行動は欲望より始まる。欲を捨てるだの何だのと自称賢者共は言うが、欲を捨てたいと思うこともまた欲望だからな」
「全ての欲という感情が力になる……確かに、それがあれば無限の魔力と言っても過言じゃないな……!」
正義を象徴しているのだろう、あの神造英雄を起動させたときの燃費の悪さもそれなら解消できる。いや、もしかしてあれはその能力があること前提だったのかもしれない。
記憶世界で見せてもらった神造英雄が俺を乗っ取っていたときもどっからそんな力が沸いてくるのか不思議だったが、それが秘密の正体だったのか……。
「……ところで、その理屈なら別に三つに分かれていても二つ持っていても大して差はないのでは? どうせ無尽蔵にあるんですから」
「確かにそうだな」
「まあそうなのだが……何事にも限度と言うものがあってな。供給源が無尽蔵であっても、引き出せる量には制限がある。完全な世界破片ならばまさに無尽蔵に引き出せるが、分割されたものではどうしても限界がある」
「なるほど。逆に言えば、世界破片二つあれば二倍持ってこれると?」
「うむ。無限の二倍は無限――などと、くだらんことは言うなよ? あくまでも無尽蔵、無限などと言っているのは比喩だからな」
「わかってるよ」
馬鹿を見る目で注釈を入れるジジイだが、それくらいは俺でもわかる。
供給源が想像もできないほどあるだけで、実際には有限なんだ。そこから得られる魔力も正確に言えば有限である以上、二倍になって当然だろう。
……まあ、そんなものを持ってない普通の状態の俺たちからすれば二倍になっても大差ないって意味では同じなんだが。
「世界破片については理解したな? これまでに述べたように、我ら三人は世界核への接続を可能としていた。だが、その神の力とも言える本領を発揮する事はできず、魔力の供給装置としてしか使えなかったのだ」
「神造英雄は使えていたのか?」
「恐らくの。あまりわかりやすいものではなかったが、希望とはすなわち偶像を意味する。こうあってほしい、という理想を具現化するのだから厄介極まりないのだ」
「どう言う意味だ?」
「例えば、守ってくれる英雄という希望を持ってイメージする場合、どんなものを思い浮かべる?」
「そりゃあ……どんな奴にも負けない奴か?」
「その通りだが、少し違う。希望とはすなわち、生存だ。決して倒れない存在。それを希望と呼ぶのだろう」
「つまり防御よりの能力ってことか?」
「その通りだ。決して倒れない存在――それが希望だ。いかなる特性の攻撃をも受け止める屈強さこそが希望の世界破片の本領なのだ」
希望とは倒れないことである、か。
確かに、希望と言われると敵を薙ぎ払う力よりももっと平和的で守護的なイメージになるかもな。
敵に回すと絶望でしかないが。
「そして本体である正義だが、これは断罪、攻撃に適している能力と言える。どんな悪をもねじ伏せる絶対正義――つまりどんな防御も抜くということだ」
「絶対防御と絶対攻撃ね……矛盾って言葉を教えたくなるな」
神造英雄って、そんな能力があったのか。絶対なる攻撃とは……それがあれば魔剣王の守りを貫くことができたのかね?
まあ、固有能力を発動するのは人間には不可能って話だし、机上の空論だろうが。
「そんな怪物が相手だ。こちらはあくまでも魔力の増大にしか使えないにも関わらず、敵は強力無比な能力を当然のように使ってくる。と言っても、本当に使っているかどうか見て分かる類ではなかったが……少なくとも説明通りの戦闘を繰り広げおったよ」
「……それ、どうやって勝つんだ?」
俺はその状況を頭の中でイメージし、首をかしげた。
戦闘力が高い、といわれたらどんな者をイメージするか。それは人それぞれだろうが、一番簡単なのは『どんな防御も無視する攻撃力』『敵の攻撃を受け付けない防御力』の二つを揃えることだろう。これに『どんな攻撃をも必中にし、回避する速度』を加えたとき、人はそれを無敵と呼ぶのだ。
無敵の条件のうち二つを揃えている相手……そんなの、無敵でなくとも最強だ。避けられないわけではないと言っても、どう頑張っても時間稼ぎ以上のことはできそうにない。
グレモリーも俺の考えと同じなのか、ただでさえ多い顔の皺を更に増やしたのだった。
「はっきり言おう。無理だった。世界中の軍事力を集結させてもあれを倒す事は、不可能。戦いの中でそう決断するほかなかった」
「でも、どうにかしたんだろ?」
「……まあな。集団で挑んでもどうにもならんなら、絶対なる個を用意するほかない」
「方法は?」
「……三つに砕けた欲望の世界破片。これを一つにすることで、能力を跳ね上げる。同時に、人間には不可能な固有能力を発動させる。それが唯一無二の回答だ」
グレモリーは何かに耐えるように断言した。
……なるほど、確かに、それなら力は飛躍的に高まるのだろう。どのくらいのものなのかはわからないが。
でも、そんな方法でいいなら――できるなら、そんな悲観しないでもさっさとやればよかったんじゃ……?
「わかっとらんようだが、この世界破片の力は世界中の全ての生命の感情――その中でももっとも我が強い欲望だ。それが全て自分の中に入ってくるなど……常人ではもちろん、超人の精神でも耐えられるわけがないのだ」
グレモリーは欲望を封じた手を掲げ、俺たちを強い目で見る。
……そうか、そういうことか。世界破片によって得られる情報の中から必要なものを選び出すのは無理とか言ってたけど、そういうことか。
世界中の欲望の中から自分の欲望を保ち、必要なものを選ぶ――つまり、それは能力発動の度に全生命と精神力で戦うといっても過言じゃないことなんだ。
きっと、正義の世界破片である神造英雄も同じだ。俺はそのコアって奴につなげたことはないからピンと来ないけど、それでもあの不快感の正体が何となくわかってきた。
他者の正義なんて、別の視点から見れば受け入れられない悪徳だ。それがほんの僅かに、本当に僅かに流れ込んできていたからこそ、俺はあの力をどうしても受け入れられないんだ。
正義を掲げるってのは、他者の正義を否定するってこと。その対立するものが全部流れてきて気分がいいわけないんだから。
「三つに分けていたからこそ、辛うじてその精神汚染に耐えることができていたのだ。それを一つにすれば、待っているのは数多の欲望に押しつぶされて別の人格に乗っ取られるか――あるいは力に耐えかねて暴走するか。それはやる前からわかっていた」
「……でも、やったんだな?」
「ああ。そうするしかなかったからな。我ら三人、全員がその役を引き受けると言い争ったものだ。当時から事あるたびに喧嘩した仲だが、あそこまで本気で争ったのは初めてだったな」
……仲間を犠牲にするくらいなら、自分が。
その発想は、わからなくもない。俺個人としてはあまり好きな考え方ではないが、いざ同じ状況になれば俺も同じことを選択するかもしれないから。
「結果として、私が全ての世界破片を束ね一つにすることとなった」
「どうやって話を纏められたのですか?」
「いや、口論で私にあの二人が勝るはずがない。当然実力行使でという話になったのだが、事前に茶や菓子に魔獣をも一月は指一本動かせなくなる痺れ薬を仕込んだ上で話し合いにと用意した部屋にはこれでもかと束縛魔術を仕込んでおいたからな。簡単に奪うことができた」
「えげつないことをさらりと……」
「それが魔術の徒である」
「いや、それは絶対に間違っている認識だろ……」
多分、世界中の魔術師から抗議文が来る発言だな、それは。
当人は知らん振りしているほか、何故か魔術師であるクルークは納得顔になっているが。
……とりあえず、今後こいつと譲れない何かを話し合うことがあったときは何も口に入れないようにしよう。
「ともあれ、そうして欲望の世界破片を束ねた私は一人神造英雄に決戦を挑んだ」
「……使えたのか?」
「一瞬な。発動と同時に頭がおかしくなるほどの強い念が大量に流れ込んできたが、得られた膨大の魔力と、当時世界中の人間が思っていた『神造英雄に死んでほしい』という欲望を核にして能力を発動。最強最大の魔法を行使し、神造英雄を葬ることに成功したのだ」
……自爆覚悟の一発か。そう言うのは、怖いな。
どんなに弱い奴でも、そうした覚悟を背負われると危険な存在になる。精神は肉体を凌駕するって奴を地で行くような状態だしな。
「しかし代償も大きかった。あらゆる欲望に支配された私は欲望の力が暴走状態に入り、気がついたらこのような姿になっていたのだよ」
「このようなって……」
「当時の私は30にもなっていない若造であった。だが、気がついたときのはこのような老人の姿になっていたのだ」
「え……なんで?」
「恐らく、神造英雄が消えたことで次に大きな欲望を叶えることになったのだろう。……全ての生物が願う、死の恐怖からの脱却。すなわち不老不死という奴だ。特にその思いが強いのは、死を間近に感じてなお生にしがみ付こうとする老人。無論死を受け入れ生を全うしようとするものも多いが、しかし自分の死を受け入れない老人の念は強い。それが歪んで叶った結果が、老人でありながらも不老という歪なこの身体だ」
「……千年の時を生きるというのは、そう言う事だったんですか」
「そういうことだ。正常な世界破片による世界核への干渉はある種、神の領域といってなんら問題ないものであった。恐らく、その領域に足を入れてしまった反動なのだろうな」
グレモリーは、遠い過去を見つめるようにそう言った。
まだまだ若いのに、死なない老人になる……か。ある意味、死ぬより辛いことなのかもしれないな。
「しかし、所詮不完全な状態で行使された全能の力だ。徐々にではあるが我が肉体は崩壊に近づいているが……まあ、それはいい。それこそが自然の摂理なのだからな。ともあれ、こうして世界は平和になった――とはまた行かなかったのだ」
「え、まだ何かあんの?」
「神造英雄は消えた。しかしその手にあった希望の世界破片……聖剣アークは残ったのだ」
「アーク……」
「当然、超危険物扱いで封印されることになった。しかし、その絶対的な力に魅入られるように神造英雄討伐戦線にも参加していた戦士の一人である、当時の騎士団長であったグラン・レイックが封を破り手にしてしまったのだ」
「それって……」
「ちょっと前に話した、レイック帝国誕生の歴史だね」
以前クルークに聞いた昔話は、ここに繋がるのか。
確かに、手にしただけで無限の力が手にはいる聖剣が目の前にあったら……手にしてしまうのかもしれないな。
「グランは手にした力に魅入られ、暴走状態としかいいようがない精神状態に陥った。あまりにも大きな力に正気を失ったのだ」
「無理も無いな」
「奴は国を去り、自分の王国を作り上げた。レイック帝国の誕生だ。当時神造英雄との戦いでまともに動けなかった英雄達を尻目に好き放題やったというわけだな」
「世界でただ一人自分だけが特別な存在……って奴か。寝る前の妄想みたいなもんだが、現実になると危険極まりないな」
「まあの。しかし、所詮は付け焼刃の力。傷を癒したレイとボルグによって、国こそ潰されることはなかったものの初代皇帝は討たれ、聖剣は回収された。そして二度とこんな悲劇が起こらないように、力に飲まれるような者が手にする事はないように厳重な封印が成されることとなったのだ。当時の魔王軍の攻撃ですら破れなかった、世界の中心にある聖域に納めるという形でな」
「……聖剣の神殿か」
「うむ。あの聖域の持ち主――創造の女神もまた、聖剣を人の好きにさせることには反対だったようだ。自身の手駒を倒した我らをどう思っていたのかはわからんが、女神は自らの力を使い聖剣の封印に協力し、その鍵として三枚の紋章を残したというわけだな」
俺は、今アレス君が向かっているはずの場所を思い浮かべる。
聖剣がどうして今は封印されているのかと思ったら、そう言う事情があったのか。心の弱い奴が手にすれば大勢の犠牲者を生み出してしまうほどの、人格を塗り替えてしまうほどの圧倒的な力。それを人の手に渡さないように封じ、その鍵を三種族の王家に預けたわけか。
聖剣に飲まれることのない、強い心の持ち主だと三種族に認められて初めて使えるようにするために。
「聖剣から出る希望の力――絶対防御が漏れ出し、魔法の霧として世界を分断するのは予想外だったがな」
「え? あれ聖剣から出てるの?」
「少なくとも、聖域に封じるまではそんなものなかったからな。おかげで他種族との連絡はすっかり途絶えてしまったが……どうしようもなかったのだ」
「……それで、適合者であるアレス君だけは魔法の霧の影響を受けなかったわけですか」
「あらゆる魔力を消滅させる霧……確かに、あれを自在に使えるんなら最強の防御能力かもな」
魔法の霧。アレス君以外のあらゆる魔力を消滅させる世界を分断する壁。
あれが聖剣の力ならば、その聖剣の担い手としての資質があったらしいアレス君には影響がなかったのも頷ける。
防御壁の中に自分が入れないんじゃ話しにならないからな。
「ともあれ、騒動はそこで終焉を迎えた。しかし、永劫の平和が約束されたわけではない。聖剣にしても魔王神にしても封印されただけであり、魔王の軍勢にいたっては姿を消しただけで健在だったのだ。幸いにも魔法の霧という防壁が出来たおかげで北の大陸に居を構えていた魔王軍も容易にこちらには来れなくなったとは言え、いつか再び戦いが起きるのはわかっていた」
「まさに、今ってことか」
「ああ。そこで、未来のために我ら三人はそれぞれができることをすることにした。レイとボルグは自らの子孫に望みを託すことにし、再び三つに分かれた欲望の世界破片を子孫が継承することもできるように仕掛けを用意した」
「仕掛け?」
「レオンハート、メイ。おぬしらはもう知っているはずだ。人格の不確かな未来の子孫を、己の目で見極める方法をの」
「――英霊の行!」
「修羅招来図か」
俺は自分の心当たりを、メイもまた何かあるらしく呟いた。
そうか……英霊の行ってのは、ただの修行じゃなかったのか。何かあったときのために、世界破片を封印すると同時に継承者を初代自身が選ぶための舞台装置。それがあの記憶世界の正体だったわけか!
「そして私自身だが……この身体になったときに生殖機能も失ったのでな。子孫を残すわけにもいかないが、代わりに私自身が歴史の先へ行くことができた。故に、後継者となるものを探すことにしたのだ」
そこでグレモリーは、クルークを見た。
その視線の意味を理解しているのだろうクルークは、一瞬驚いた後に覚悟を決めた表情になるのだった。
「クルーク。恐らく、今この世界で最強の魔術師はお主であろう。この崩壊寸前の老人では耐えられない力にも、お主ならばと私は考えている」
「グレモリー様……」
「とはいえ、今すぐこれを渡すわけには行かない。まだまだ不足しているものもあるし、何より本人の覚悟なしに継承していいものではないからな。それは、お前たちも同じだ。これの力と恐ろしさは既に語った通りだ。決して強制はしない。あるいは考えるまでもない――などと思っているかもしれんが、よく考えてから決めろ。これは命令だ」
「ジジイ……」
俺としては、当然イエスというつもりだった。
どうせ黙っていても殺されるのだ。だったら、一か八かに賭ける以外にはないって思いで。
だがそれは見抜かれていたようで、釘を刺されてしまった。受け継ぐのは決定事項であっても、それでも考えろ、か。
「私からは、以上だ」
そういって、グレモリーは席を立った。答えを待つ、とだけ言い残して。
「……何と言うか、スケールの大きい話だったね」
「だが、そこに私たちは足を踏み込まねばならん」
クルークとメイがぽつりと呟きながらも席を立った。もうここにいる意味はない以上、二人とも自分の家に戻るのだろう。
それを見送った後、俺は屋敷の廊下で一人ぽつんと突っ立っていた。とりあえずアレス君のところに向かうってのもありなんだが……どうするかね。
「ム? レオン、戻っていたか」
「親父殿」
そんな風に思っていたら、曲がり角から騎士団服を身に着けた親父殿が現れたのだった。




