第173話 蹂躙
「師匠!」
触れてもいない剣の一撃。それだけで師匠の胸からは噴水のように血が吹き上げ、ゆっくりと倒れ伏してしまった。
あり得ない。そう思うことしか僕には出来ない。だって、今の師匠には油断も何もなかったのに――間違いなく最強の姿だったのに、こんなにあっさりと――
「――【覚醒融合】!」
「――【炎術・炎落星】!」
僕が動揺している間に、メイさんとクルークさんが動いていた。師匠が倒された瞬間――攻撃の直後を狙ったんだ。
この心の安定性と判断力、それはまだまだ経験の浅い僕にはないものだ。僕ならとても対応できないだろう。
でも、魔剣王は全く動じることすらなく、僕でも知っているお伽噺の剣と同じものを振りかぶったのだった。
「――一度見せた剣が容易く通じると思うな!」
メイさんは拳を握りしめたまま、ジグザグに移動して魔剣王に迫った。
あの剣がお伽噺の空断剣ゼロだとすれば、その能力は距離を無視した斬撃。だから正面からではなくあんな進み方をしているんだろう。
「……まずはこっちだナ」
しかしその歩法をとる以上、どうしても直線で進むより遅くなってしまう。
結果として空から降ってくる巨大な炎の塊が魔剣王に先に到着することになり、魔剣王はまずそちらを標的にしたようだ。
「世界核よリ、炎を切り裂く魔剣――炎封の宝刀を再現」
空断剣ゼロへと姿を変えていた魔剣王の剣が再び変わった。
今度のは波打つ刃が特徴的な、赤い剣だ。刀身に何かの呪文がかかれており、中心に宝玉が埋め込まれている。いったいあれは――
「そレ」
「――ッ! 触れただけで、だと……?」
「これハ、さる魔術師が火竜に苦しめられる故郷を救うために5年の歳月をかけて作った炎封じの剣だそうだナ。剣としての性能はともかク、炎殺しとしては一級だゾ」
炎封じに特化した魔剣。それじゃ、クルークさんの魔法の半分が封じられたようなものじゃないか――!
「だが私は止められん! ――極正拳!」
炎が完全に封印された瞬間、メイさんが魔剣王の懐に入って拳を振りかぶった。
でも――
「再現・守護神の盾」
「――なにっ!?」
剣はまたしても一瞬で姿を変え、今度は盾になった。
異質な輝きを宿す淡い緑色の金属でできたその盾は、あろうことか覚醒融合状態のメイさんの拳を受け止めてなお罅一つ入っていない。
既存の金属ではあり得ない硬度。仮に師匠の嵐龍の材料である精霊竜の鱗で盾を作ったとしても罅くらいは入るはずなのに、それなのに――。
「――まだだ!」
「この姿を前にシ、なお挑む意思――我が記憶に刻もウ」
メイさんは拳を止められたことなど気にもしないで連打を仕掛ける。
更に、その後ろでクルークさんもまた連続で魔法を発動している。炎がダメなら他の属性をと、あらゆる属性の魔法を発動しているのだ。
「この盾ハ、かつてこの地に誕生した『人後神』の一ツ、守護の神が所持した象徴。所詮紛い物の神とはいエ、神器である以上その程度では砕けヌ」
でも、お二人の攻撃はことごとく弾かれてしまう。
単純な破壊力でも、どんな魔法でも――あの盾は全て弾き返す力を持っているのか……?
「――グッ!」
「ふム、隙ありダ」
数十秒の激しい攻防の果てに、メイさんがバランスを崩した。
絶対的な力の代償として、肉体への負担を度外視した覚醒融合――その限界が来たんだ。
「――魔槍・呪縛怨」
盾が消え、今度は黒いきりのようなものを纏った槍が現れた。先端部分が肉をえぐるように返しがついており、非常に凶悪な見た目である。
明らかに呪われているその槍を魔剣王は何の問題もない様子で手に取り、動きが止まっているメイさんの肩を突き刺した。流石に苦しそうな表情になるメイさんだが、悲鳴一つ上げずに反撃しようと拳を握る。
だが――
「――なに?」
一歩踏み込もうとしたとき、なぜかその場で倒れてしまった。メイさんならあの程度の傷で動けなくなるはずないのに――
「これは戦場で捕虜に対しての拷問に使われた槍ダ。数多の恨みを吸イ、突き刺した相手の動きを封じる呪いを宿しているそうだナ」
攻撃されると動けなくなる槍だって……?
つまり、一撃もらったらそこで戦闘不能が確定するってことか? 何て凶悪な武器を……!
「――転移!」
倒れたメイさんを救うべく、ボーンジさんが転移で戦場へ跳んだ。
本当なら僕も師匠を助けに行きたいんだけど……あんな激戦区に足を踏み入れたが最後一瞬でミンチになるのはわかりきっている。無策じゃ無駄死にだ。
何か、何かないか……?
「そのまま避難しろ! 【風術・超暴風弾】!」
空間転移したボーンジさんを狙おうとした魔剣王に、クルークさんの魔法が直撃する。
圧縮された空気の塊を飛ばす魔法みたいだけど、あれは倒すというより吹き飛ばすことを重視しているようだ。多分メイさんの救助を助けるのが目的だろう。
「――マナ・ブレイカー」
しかし、今度は短剣へと変化した魔剣王の武器がそれを拒む。
その短剣は刀身に幾つもの魔法陣を取り巻いており、その効果は――
「魔法分解の、重ねがけか……!」
短剣が暴風の砲弾に接触すると同時に、まるで元々存在しなかったかのように魔法が消滅した。
その光景を見て、原理を一瞬で見抜いたクルークさんは歯軋りしながらも答えを口にした。
「如何にモ。この短剣ハ、魔術師が魔術師を殺すために作られた物だそうだナ。刀身に無数の魔法文字を刻ミ、その効果は全て魔法式の破壊と妨害に当てられていル。つまリ、この短剣に触れたあらゆる魔法は消滅するということダ」
魔法使いの天敵そのものの武器。そんなものを手にとった魔剣王は、まるで人事のように語った。
一体幾つ伝説級の武器を持っているんだ……? いくら魔術師殺しの武器と言っても、最上位の魔術師であるクルークさんの魔法を分解するなんて普通は不可能だ。魔剣王の力ならそれも可能かもしれないけど、見たところ今のは力を込めている素振りもなかった。
つまり今の魔法解体は、武器性能だけでやったってことだ。師匠や僕も習得している技の中には『相手の魔力に自分の魔力をぶつけることで構成を破壊し、分解する』という原理の【魔力解体】ってのがあるけど、それと同じことをクルークさん相手にできる武器なんて伝説の中くらいにしかありえないのに……!
「奇跡の無力化などワシには通用せん!」
僕が戦慄して固まる中、空から大声が響いてきた。巨大山人族のザグさんだ。
魔剣王に一撃を止められた後吹き飛ばされてしりもちついていたはずだけど、いつの間にか戦線に復帰したみたい。
今、魔剣王の手にあるのは物理的な力は小さい短剣だ。巨大なハンマーなんて、魔法でも何でもない質量攻撃なら通るかも……!
「よかろウ。一度破れてなお挑むその勇気を称エ、同じ土俵で戦ってやル――再現・巨人殺し」
突如、周囲から光が奪われた。闇の魔法とかそう言うのではなく、巨大なものが出現したことで日の光が遮られたんだ。
魔剣王の手には、いくらなんでもでかすぎる剣が握られているのだ。魔剣王自身3メートルを越える巨体だけど、あの剣はその10倍はある刀身を有している。
柄だって当然でかく太いため、今魔剣王は剣を握ると言うよりは掴んでいるといったほうが正しい有様なのだから。
「でかければ勝てると思うな!」
「無論、勝っているのは大きさだけではなイ」
信じがたいことに、魔剣王はあの巨大剣を振り回して上から振ってくるハンマーとぶつけた。その振り回しがこっちまで届いたから危うく斬られるところだったよ……。
しかし流石にパワー勝負ならザグさんに分がある……といいたいところなんだけど、さっき片手で止められたって事実がある。この勝負、普通にやったら勝ち目はない――
「【空間跳躍・千殺刺突】」
と思ったところで、援護が入った。動けなくなったメイさんを救助したボーンジさんが、今度は空間転移で切っ先だけを飛ばす突きの連打を放ったのだ。
ボーンジさんのスタイルは喉や心臓を狙うのが前提の対人特化であり、その手の急所を持たない魔法生物には不利だけど、このパワー勝負の最中にちょっかい出されるだけでもかなりの効果があるはず――
「無意味」
――なのに、魔剣王は突きの連打を全く気にすることなくただ巨大な剣でハンマーを迎撃し、体勢が崩れたザグを返す刀で斬りつけてしまった。
それどころか、あの巨大剣を小枝のように振り回し、返す刀で遠距離から攻撃していたボーンジさんをそのまま斬りにかかる魔剣王。それは当然のように回避するボーンジさんだけど、驚くべきことに魔剣王は物理法則を無視するような動きをもって連撃を仕掛けている。
あんな巨大な剣を普通の剣と同じように振り回せるとか、頭おかしくなりそうな光景だ……!
「クッ……転移!」
巨大すぎる攻撃の前に、堪らずボーンジさんは転移でその場から離れた。
魔剣王の、わかっていたと言わんばかりの行動と同時に。
「再現・異空震の杖」
魔剣王が手にしたのは、さっきの剣とは打って変わって小振りな杖だった。
その杖を魔剣王は地面に突き立て、魔力を解放する。すると――
「がはっ……!」
「ボーンジさん!?」
絶対安全な異空間に逃れて安全圏へ移動するはずだったボーンジさんが、全身血まみれで空から僕のすぐ近くに降ってきた。
慌てて駆け寄り状態を確認すると……かなりの重傷だけど、息はある。動くことは出来ないだろうけど、死にはしないだろうって状態だった。
「異空間とは本来不安定なものダ。空間使いはその不安定な空間を安定させて利用する者のことを言うガ、この杖はその逆を行ウ。差し詰メ、生身で嵐の海に飛び込んだようなものダ」
魔剣王は何でもないことのように語っているが、空間転移中の相手を攻撃するなんて常識はずれにもほどがある。そもそも空間転移自体ほとんど使い手がいない術なのに、何でそんなピンポイントな攻撃手段用意しているんだよ!
今更ながらも、強く確信する。巨大な剣を簡単に振り回す腕力と、英雄級の戦士であるボーンジさんを無視できる耐久力。そして相手に応じて様々な手段を取れる対応力。
さっき自分で斬りかかった時も感じたけど、やっぱりこいつはとんでもない化け物だ……!
「――【土術・岩鉄城壁】!」
魔剣王に隙がない。どうすることも出来ずに遠距離から剣を構えているだけだった僕と、今すぐにでも飛び出してやろうと唸りつつも本能的に無意味であることを悟っている様子のカーラさん。
無力感をかみ締めるしかない僕らの前に、壁が出現した。魔剣王を取り囲むように巨大な壁が出現したのだ。
今のクルークさんの声からして、壁を作る魔法かな……?
「今のうちに、負傷者を抱えて離脱するよ!」
「え? でも……」
「山人族たちの設備がどれだけ役に立つかわからないけど、ここは引くしかない! このままじゃ全滅だ!」
クルークさんは、僕らに撤退を命じた。
確かにその発言は理解できる。あの化け物を倒せる手段なんて、僕たちにはない。勝てない相手からはさっさと逃げるべきだって師匠からも言われているし、それが正解なのはわかる。
でも、逃げたからって何とかなるものなのかな――
「再現・星幽の槍」
――一瞬の迷い。その隙を突くかのように、岩の壁から槍が突き出てきた。
壁を破壊するわけでもなく、まるですり抜けるかのような現象を伴った槍は――真っ直ぐクルークさんの胸を貫いているのだった。
「ガッ……!」
「クルークさん!?」
胸に大穴を空けられたクルークさんは、槍が引き抜かれると同時に大量の血を噴出しながら前のめりに倒れた。
当たり前だ。あの傷……普通の人間なら、いや生物なら文句なく心臓直撃の即死コースなんだから。
「ム……? 死んだカ?」
岩壁に封じられたはずなのに、その岩壁をすり抜けるなんて手段で逆利用した魔剣王が、術者が倒れたことで崩れた壁の向こうから姿を見せた。
当然、手には青白くも切っ先に赤い血を滴らせている槍を手にしたままで。
(……あれ? あの槍、どっかで見たような気が……?)
僕は槍を見た瞬間、何か古い記憶を刺激されたような気分になった。
あんな槍を、昔どこかで見たような気が……?
(って、そんな場合じゃない。今は――チャンスだ!)
僕は槍に対する考察を諦め、剣を握り締める。
何故だかはわからないが、今魔剣王は気を逸らしている。今をおいて反撃のチャンスはない!
「いくよ!」
「わかってるわよ!」
僕とカーラさんが同時に仕掛ける。僕らの力じゃどうすることも出来ないかもしれないけど――可能性が見えた瞬間にすら動かないのは慎重じゃない、臆病だ。
僕は、臆病者にはなりたくない。蛮勇を振りかざして自滅する気はないけれど、勇気を持たない臆病者なんて言われるのはごめんだ。
だから、一歩前に出る。今この瞬間のチャンスに、全てをかける。
恐怖を踏みにじって進め――!
「ダアァァァァァッ!」
正面から、愚直なまでに基本に忠実な上段斬りを放つ。
もちろん剣には加護魔法による威力増強の重ねがけとありったけの光の魔力を込め、僕自身も限界まで加速しているが、技そのものは普通すぎるものだ。
でも、結局一番強いのは基本の技である――というのが師匠の教えだ。基礎をどれだけ固めているかが最後に勝者と敗者を分けるものであり、迷ったときは大技ではなく基礎技で行く方がいい。そういっていたんだ。
「――剛拳!」
カーラさんも同じ結論なのか、打つのは加力法で限界まで高めた筋力にものを言わせた正拳突きだった。
僕ら二人の全力攻撃で、崩して見せ――
「その勇気は誉めてやろウ。だガ、無謀ダ」
魔剣王は、先に攻撃した僕らを追い抜いて構えを取り、反撃してきた。
僕らが攻撃するという一動作の間に、構え、反撃するというニ動作をこなし――そしてそれでもなお僕らより速い。これじゃ、隙を突いても意味が――
「――な二?」
斬られる。そう思った瞬間、僕らの前に強力無比な光の壁が現れた。
その壁は信じがたいことに、今まで誰も止められなかった魔剣王の攻撃を止めていた。こんな強力な魔力障壁、いったい誰が……?
「……聖地の守護結界カ。主を守っている……つまリ、前回と代わらないということだナ」
自身の攻撃を止めた結界を前に、魔剣王は何かを呟いた。
正直何が何だかわからないんだけどって……ん? これは……
「……メダル?」
よく見たら、光の結界の中に三枚のメダルが埋まっていた。いや、このメダルが結界を張っているのか?
これって、師匠が集めてたメダルだよね? 僕らの国や鳥人族の国、そしてついさっき持っていっていいと言われた山人族の倉庫から貰っていたあれ……。
てっきり師匠の悪癖であるがらくた集めの一環だと思ってたんだけど、こんな力があったなんて……!
「人が認め、天が認め、地が認めた証したる三枚の紋章。三種族の王が守り、神の力に手を伸ばす者への試練を攻略したとき与えられる……だったか。もう集め終わっていたとは、前より速いな」
メダルに驚いていたら、突如吸血王が瞬間移動してきた。光の壁の向こうから興味深そうにメダルを見ているけど……これ、ますます不利になってるんじゃ……?
「女神が施した封印の鍵カ。流石に強大な力を宿しているナ」
「そうでなければあの聖域の封印を解く鍵は勤まらないだろうよ。何せ我らでも突破不能なのだからな」
もうすっかり敵意をなくしたと言うか、僕らなんて眼中にない様子の魔王二人。
でも、いつ気を変えて襲ってきてもおかしくはない以上全く状況は改善されていない。この結界もいつまで持つのかわからないし……今のうちに師匠たちを回収して逃げるべきかな?
「痛っ……グッ……ふぅ」
と思ったら、背後から何かが擦れるような音が聞こえてきた。鎧と地面の石が擦れるときの、騎士ならば聞きなれた音。倒れた者が立ち上がろうとするときの音だ。
これは、間違いなく――
「師匠!」
「おう……アレス君。ちょっと長めの睡眠時間を取っちまったみたいだな」
師匠が立ち上がっていた。いつもならとっくに治っているだろう胸の傷から血をダラダラと流しながらも、二本の足で立っていたのだ。
「ほウ。頑丈だナ」
「お前の一刀を受けてなおその場で立ち上がった者など、ここ数百年いないのではないか? これは中々の快挙と言えるな」
立ち上がった師匠は剣を構える。でも、その切っ先は揺れていた。
あまりに大きなダメージと疲労で真っ直ぐ構えることもできないんだ。既に神造英雄も覚醒融合もとけてしまっており、今の師匠は生身そのもの。とても戦える状態ではないんだ。
とにかく、師匠をここで死なせる訳にはいかない。いざとなったら僕が命を捨ててでも――
「では、ここまでとしようか。そろそろ足元のが出てこようとしている。あれと戦うのは今ではない」
「うム。大地の精霊竜と決するのは魔獣王の役目ダ。ここで戦うのは盟約に反すル」
何て決意は、吸血王の意味深な一言であっさりと捨てられた。
……今、何て言ったんだ?
「なに、既に勝負はついている。これ以上やっても結果は変わらん。それは貴様らもよくわかっていることだろう?」
「そ、それは……」
正直、反論の余地はない。このまま続けても、命を捨てる覚悟をしてもなおこいつらに届く気がしない。
どうやっても、このまま続ければ死ぬのは僕らだろう。それは覆らない事実だ。
でも、だからって……!
「じゃ、じゃあお前たちはいったい何しにここまで来たんだ!」
僕は感情のままに叫んだ。
こんな、絶望的なまでの力を見せつけるだけ見せつけて止めるなんて……馬鹿にしているにもほどがある。
いったい、何がしたいんだよ!
「うん? お前の師に聞いていないのか?」
「な、何を……?」
「今日は決着をつけに来たのだよ。そしてそれは決した。貴様らの完全なる敗北だ」
吸血王は何でもないことのようにそう言った。この蹂躙劇は、部下を失ったはずの戦いはただの遊びであると。
そのあまりにも傲慢な言葉に、僕は絶句してしまう。魔王――わかっていたことだけど、僕とは価値観が違いすぎる……!
「おい、そりゃ……聞き捨てならねぇなぁ」
師匠が一歩前に出た。いや、力を振り絞って一歩だけ動いた、という方が正しいかも。
「何か文句があるのかね?」
「負けたってのもそうだが……お前ら、配下の吸血鬼たち……そしてレヴァンの死はどうでもいいのか?」
「ほう?」
「別に自分で殺した奴に情けをかけるつもりも資格もあるとは思わないけどよ……敵をすぐにでも討てるってのに、引くのか?」
師匠は明らかに怒っていた。師匠は常日頃から騎士道精神なんて興味ないとか何とか言っているけど、それでも戦った相手への敬意は持つ方だ。
だから、気にくわないんだろう。自分と戦った猛者たちの死を無視されるのは。
「ふむ……私からは特に何もないな。100対1の勝負に負けるような無様を晒しておいて王自ら敵討ちをしてもらえると思うほど奴らも厚顔無恥ではあるまい」
「……我からモ、特にはないナ。我が配下レヴァンは死力を尽くして戦っタ。その結末に口を挟むのは奴の戦いへの侮辱であル」
ニュアンスは大分違うが、二人の魔王は揃って部下の敵討ちを否定した。
ある意味予想通りだけど、師匠は二の句を告げなくなっている。流石にこう言われてはこれ以上言うべきことはないってことかな。
「……では、失礼するとしよう。中々楽しい余興であったよ」
「ま、待て!」
本当に帰ろうとする吸血王を師匠が改めて止める。正直帰ってもらえるならそれに越したことはない状況だけど……あまりにも釈然としないよね!
「てめぇ……結局何しに来やがったんだ? ただの弱い者苛めか?」
「……ああ、ついつい忘れていたな。さっきも言ったが、ここに来たのはまず決着を着けるためだ。実力の差を分からせる意味を含めてな。そしてもう一つ――パーティへの招待だ」
「パ、パーティ?」
師匠は早く休んだ方がいいんじゃないかな……とつい思ってしまう顔色の悪さながら、気丈にも吸血王と会話を続けた。
「ああ。我らが王にして神……魔王神様が後3ヶ月ほどで復活なされる。その前祝いだよ」
「……は?」
「おやおや、何だねその『後3年は猶予があったはずだ』と言わんばかりの間抜け面は」
何か物凄く重要な話がされている気がするけど、分かりやすく顔に出ている師匠の驚愕と吸血王の嘲りの方が印象に強く残ってしまう。
まるで、ここから先の話は聞きたくないと魂が言っているかのように。
「何せ、封印を打ち破られるのはこれで2度目だ。多少早くなられても可笑しいことはあるまい」
「……そういうことか」
師匠は何かに納得しているが、いったい何に納得しているんだろうか?
2度目……?
「まあ、そんなわけで最後の準備を兼ねて最後の祭を派手にやろうというわけだよ。……封印の鍵たる精霊竜狩りをね」
「なっ!?」
「先程も言ったが、時刻は三ヶ月後。天が闇に染まるとき、我らが四柱の魔王――原初の四魔王が四大陸の精霊竜へ同時に攻撃を仕掛ける。今ならば、封印の要である竜が一体でも落ちれば封印は解けるだろう。……止めたければ来るといい」
「う、ぐ……!」
四人の魔王が、四体の精霊竜を攻める。そのスケールに、僕はただただ圧倒されてしまう。
そして師匠の葛藤もわかる。全員がかりで手も足もでなかった魔王に、戦力を分散して挑む。元々0の勝率がマイナスに行きそうな話だ。
それに――
「魔王軍の総本山である火の大陸なんて、行けないよ……」
僕はぽつりと内心を溢した。
自軍の領土である南の大陸と、同盟関係にある東と西の大陸は問題ない。でも、北に位置する魔王軍の領土への侵入なんて現状不可能だ。
魔王と精霊竜の戦いに介入するどころか、上陸するだけで死闘を演じるはめになることはほぼ確実。その上魔王と戦うなんていくらなんでも無茶だ。
大体、一体でも精霊竜を倒せばいいのなら、わざわざ戦力を分散させずに自領にいる火の精霊竜を魔王全員で襲えばいいんじゃないか?
そんな僕の考えを悟ったのか、吸血王はそのシワが刻まれている顔にゾッとするほど魅力的な笑みを浮かべて答えたのだった。
「その心配は不要だ。まず第一に、封印破りの際は要であるすべての精霊竜の側に我らクラスの魔がいる必要がある。封印を破る側と守る側が拮抗する状況を崩すために戦うというわけだよ」
「……つまり、一ヶ所でもその均衡が崩れれば……」
「他の魔王もその勢いに乗り、その地の精霊竜が生存していようとも封印を破るだろうな」
一体でも倒せばってのはそういう意味か。
でも、逆に言えば魔王一人でも倒せれば結界をめぐる戦いは有利になるってことだ。なら僕らは全員が一丸となって一ヶ所に集中するのが得策か……?
「だったら、てめぇら全員まとめて潰してやるよ……!」
「フフフ……流石は英雄殿。流石に間違わんか」
「こんだけペラペラ喋ってんだ。理由は知らないが、俺たちに妨害される場所は少ない方がいい……ってことだろ?」
「ご名答。理由は教えないがね」
……師匠と吸血王の言葉の戦いが行われた。
そうか、あえて教えることでこちらの行動を誘導しようとしているって考え方もあるのか。でもそんな小細工するくらいに僕らを警戒しているならなにも教えなければいいと言うか、ここで殺せばいいだけって気もするんだけど……ダメだわからない。
魔王の思考を読もうって考え自体が間違ってるのかな……?
「ああ、そうそう、招待しておいて立ち入りさせない等という無粋はもちろんしないとも。ちゃんと我らが領域で図々しくも居座る女神のペットの元へ向かうチケットは用意しているさ。……無論、ただではないがね」
「へぇ、いったいどんな高値で泥舟のチケットを売り付ける気なんだ?」
「何、我が優秀な配下へのご褒美ついでに……といったところだよ」
「さっき、部下を見殺しにした男の台詞とは思えんな……!」
「ッ!? メイさん!」
「メイ! 大丈夫なの!?」
背後から声をかけてきたのは、立ち上がったメイさんだった。僕とカーラさんはつい叫ぶように声をかけたけど、メイさんは答えることなく歯を食いしばるだけだった。
どうやら、槍で刺された肩からは深刻な出血を確認できるが、呪いの槍による呪縛はもう解除したようだ。でも戦えるほど回復してはいないだろう。だって、普段とは比べ物にならないくらいに弱々しい足取りなんだから。
「立ち上がったか。丁度いい。君にも関係がある話なのでね」
「何だと……?」
「我らが領域へ足を踏み入れる許可をくれてやる条件は、二つ。今我が配下の中でもっとも強い二人――ミハイとカーネルを倒して見せろ。ただし、ミハイはレオンハート・シュバルツが、カーネルはメイ・クンが一対一で戦うこと。以上だ」
「……なんだと?」
「おとー様が?」
「これは本人たちからの希望でね。奴らにはそれぞれ転移玉の欠片を持たせるがゆえ、戦って奪い取って見せるがいい。二つ揃えば我らの大陸への道が開かれる」
唐突な決闘の申し込みに、師匠たちは唖然となっている。僕も正直情報処理が追い付いていない。
そんな僕らのことなど気にもせずに、今度こそ吸血王はマントを翻して立ち去ろうとする。当然、転移魔法によって魔剣王も一緒に。
「決闘の日時は……そうだな、傷を癒し準備する時間も含めて一月後としよう。改めて迎えを寄越すので精々頑張りたまえ」
それを最後に、吸血王たちはこの場から消えた。
僕らに、あまりにも大きなショックと屈辱、そしてどうしようもない敗北感を与えて……。




