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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔の勢力との開戦
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第150話 最強の吸血鬼

「ようやく来たか」

「……ミハイ!」


 俺は守護十二獣の連合を倒してからしばらく走った。隠す気のない痕跡を素人仕事ながら追っていくと、やがて匂ってきた覚えのある魔力。

 自信と実力を嫌でも感じてしまう、覇気に満ちた気配。ガキの頃に会った時とは比較にもならない重厚な殺気と闘気を纏い、奴は俺の前に姿を表したのだった。


「久しいな、レオンハート・シュバルツ」

「別に会いたくもなかったがな。……アレス君はどこだ?」

「お前の弟子か。それならあそこだ。意識を奪う以上のことはしていない、安心するがいい」


 ミハイはやや離れた場所にある岩場を指差した。

 そこには、気絶している様子のアレス君が横たわっている。今のアレス君なら気絶してもすぐに立ち上がるくらいの根性はあるはずだから、恐らく魔法的な手段で眠らされているのだろう。


「人質を使ってお前の動きを縛ろうなどとセコいことは言わん。せっかくの機会だ、楽しもう」

「人の可愛い弟子を拐っておいて言う台詞じゃないな。……何を企んでいる?」

「企んでいるのは私ではないさ。私はただ、仕事の対価としてお前と一対一の機会を頂いたにすぎんよ。……もっとも、今のお前ではあまり楽しめないかもしれないがな」

「……そうさせた張本人がよく言うぜ」

「勘違いするな。それは私の……俺の意思ではない」


 ミハイは以前の戦いでも使用した血の魔装、吸血牙槍(ヴァンパイアファング)を取り出しながら余裕の笑みを浮かべる。

 確かに、今の俺はかなり消耗している。連戦を繰返し、総魔力は半分以下。とても同格かそれ以上の敵を相手にしていいコンディションではないだろう。

 仮にミハイの実力が当時と変わっていないのなら、今の俺なら問題なく倒せる。だが、どう見てもそんな楽観的な考えでは済みそうにない。

 立ち振舞い一つとってもよくわかるほどに……腕を上げていやがるな、これは。


「では、まずは小手調べだ。――【基礎形態:貪る牙】」


 ミハイは以前も見せた通り、槍の先を無数に分裂させながら伸ばすという形態をとってきた。

 ……さて、そっちが以前のままならば、こっちは最新で行かせてもらうか。


「明鏡止水・流」


 俺は早速明鏡止水を発動し、攻撃受け流しの構えを取る。

 そして、迫る槍先の壁へまっすぐ飛び込むのだった。


「ほう、最小限の動きでこの槍の包囲を突破するか。なかなかやるではないか」

「まあな」


 ミハイは大して驚いた様子も見せないが、気にせず俺は距離を詰める。

 槍の大半は回避、どうしても避けきれないものは正面からではなく側面から当たって無力化。これでこの槍の軍勢は突破できるな。


「ふむ、小手調べにしても少々簡単すぎたか。だが――優秀な防御技を修得してご満悦かもしれんが、あまり頼りすぎるのもよくないぞ?」

「ッ!?」


 突然、槍の動きが変化した。俺を突き刺そうと真っ直ぐ伸びるのではなく、すべてに意思があるように曲がりくねり全方位からの攻撃を仕掛けてきたのだ。

 これは、ちょっとまずいな……


「その技、自分に触れたごく少量の部分だけを光の浄化で無力化するのが胆なのだろう? ならば話は簡単だ。我が槍のように、相手に当たる面積を小さくして当たればいい。そうすれば、我が攻撃全てを浄化するしかない、すなわちパワー勝負にならざるを得ないのだろう?」


 その通りであると、俺は若干悔しく思いつつ内心で肯定する。

 明鏡止水の浄化防御は相手にする力を極僅かに限定することでどんな破壊力でも無関係に受け流す。ならばその対処法は、受け流せないように――小さく当たればいい。防御を破ろうと躍起になって大きな魔力砲を撃つのではなく、全てを相手にしなければならないよう力を圧縮するのが正解なのだ。

 一瞬でそこまで見切ってくるとは、こいつ本当に強くなっているな。それも吸血鬼って上位種族だからって強さではなく、むしろ弱者の力である技術に磨きをかけていやがるらしい。

 加えて、完璧な包囲を敷くことで回避も困難にしている。いきなり必殺の布陣というわけか。


 だが、その弱点は無論承知している。ならばこそ、こういうときのための対策を用意していない訳がないだろう?


「【明鏡加速】」


 俺は明鏡止水モードを解かずに加速法を発動させる。静かな魔力を必要とする明鏡止水と魔力を意図的に片寄らせ一種の暴走状態になる加速法では水と油だが、それができるからこそ“流”の段階に至ったと言えるのである。

 こうなればもう、俺はどんな攻撃だろうが対処する自信がある。攻撃を受け流す明鏡止水に、回避においてこれ以上ないほど有効な制御した加速法を重ねているんだからな。それでも避けきれなきゃ日々の鍛練で培った耐久力もあることだし、ちょっとした無敵モードって気分だ。


 欠点としては、加速法を発動する関係上維持時間が短いことかな、うん。

 ……数秒しか持たない無敵とか、全然無敵じゃないってつっこみが聞こえてきそうだ。


「ほっ!」


 とはいえ、その数秒があればこの包囲を抜けるのは容易い。通常の状態では穴がない包囲でも、加速状態なら十分抜けられる道が見えてくるというものだ。


「やるな。では――」

「来るか」


 槍から逃れ、加速法を解除する。するとミハイはこれ以上の追撃は無駄だと察したのか、槍の形状を再び変化させたのだった。

 普通の槍と同じく、白兵戦に用いる武器としての姿へとな。


「接近形態:(いくさ)の牙。ここらでお互いの成果を図るとしようか!」

「いいだろう。受けてたつ!」


 俺は嵐の魔剣、嵐龍を手にミハイの誘いに乗った。

 そういや、前に戦ったときは嵐龍も持ってなかったんだっけな。腕も装備も、以前とは比較にならないってところを見せてやるよ!


「フンッ!」

「ハアッ!」


 お互いの武器がぶつかり合い、弾かれる。どちらにも罅一つ入っていないことだし、攻防はここからだ。


(見える。明鏡止水の技法によって、今までとは比較にならないほどはっきりと奴の気影が感じ取れる)


 敵の目線の動きといった意識、そして予備動作から次の動きを予測した果てに見える『一瞬先の未来』たる気影。

 その動きが、今の俺にはどこまでも鮮明に見えてくる。ミハイの突きを、蹴りを、体当たりをすべて事前に予測して回避できる。

 抗わず、流れと一体化する明鏡止水の極意。なるほど、基礎を徹底的に磨かなきゃ実現不可能で――どこまでも優秀な技だな。


「……不思議なものだな。まるで水を相手に斬りかかっているかのような手応えのなさだ」


 ミハイはどこか感心しているように、攻撃を続けながら呟いた。

 持ちうる技法を駆使しているからこそ完全回避を実現しているが、この攻撃は十分厄介だ。力任せに槍を振るのではなく、こちらの動きを見て次に繋がらないよう槍を放ってくる。槍を回避するとどうしても攻撃に移れないような体勢へと、俺を誘導しているのだ。

 これもまた、防御術の理想の一つ。相手に攻撃させない。そんな理想を実現する技ってやつだな。


(だが、理想は理想だ。どんな技にだって、必ず穴はある)


 明鏡止水のままでは攻撃に移れない。ミハイの槍の妙技によって封じられているのは事実だが、それ以上にこちらが攻撃の意思を見せていないのがこの膠着の原因。

 持久戦はこっちが不利なだけなのはわかりきっていることだし……そろそろ仕掛けるか!


「――【覚醒】!」

「ヌッ!?」


 前の戦いの時にはまだ見えてすらいなかった領域、覚醒を発動する。

 それにより上限を撤廃した身体能力を駆使し、槍の連撃を縫ってどてっぱらに蹴りを叩き込む。

 その威力に一歩引くミハイだが、本命はこれじゃない。嵐龍による必倒の一撃こそが俺の狙いなのだ。


「――【竜鱗ノ払】!」


 嵐龍閃を込めた斬撃を崩れたミハイへ降り下ろす。スタミナ不足ってんなら、短期決戦を狙う。

 定石通りだろ――


「【守護形態:鮮血の盾】」

「――舐めるなッ!」


 自動防御らしき赤い盾が嵐龍の刃を防ごうとする。

 だが、昔ならともかく今の俺がこの程度で止まると思うな!


「ハアッ!」


 気合い一閃、赤い盾は一瞬で粉々になった。多少威力を削がれはしたものの、まだまだトドメには十分な威力が――


「一瞬稼げればそれで十分。【加速法】!」

「うっ!?」

「――【瞬槍・反逆の牙】!」


 ミハイはとてつもなくスムーズに、何千何万という練習を感じさせるほど見事に加速法を発動させ、俺の剣を追い抜いて必殺の突きを繰り出してきた。

 このままだと、俺がミハイを斬るより先に心臓を貫かれてお仕舞いだな。となれば――


「【超加速法】!」


 奴の速度を、今度は俺が追い抜けばいい!


「ぬうっ!」

「もらった!」


 刹那の勝負。今度は俺の剣がミハイの槍を越えた速度で走り、奴の身体を両断すべく唸る。

 この速度での激突なら、いくらミハイでもただでは――


「【待機魔法発動(リリース)・闇術・爆破する黒玉(ダークボム)】」

「え」


 突如、俺とミハイの間に小さな黒い玉が出現した。

 その玉は一秒の時間もおかずに膨張し、爆発を起こす。その威力で接触寸前だった俺とミハイを大きく吹き飛ばすほどの威力で。


「痛って……いつの間に魔法を?」

「事前に完成させておいた魔法を待機させておいただけだ。時間を置く分消耗は激しくなるが、不意を打つには有効だろう?」


 ミハイは何でもないことであるかのように語った。

 ……この野郎、さらっとクルーク辺りが好みそうな魔法使いとしての高等技術混ぜてきやがった。

 戦士としての上達も驚きだが、魔術師としてはもう俺じゃ相手にならないレベルだな。……出会ったときからそこは変わっていない事実とも言えるが。


「さて……そろそろ小手調べは十分か? これ以上の力を出すと、今のお前ではついてこられないのではないかと不安なのだがな」

「舐めた事言ってくれるじゃないか……!」


 覚醒まで発動させ、俺の魔力は早くも底を見せてきている。

 ミハイの言う通り、これ以上の力を使う戦いとなると腕比べ以前に魔力が持たないかもしれない。今の攻撃で仕留めきれなかったのが致命傷にならなきゃいいんだがな……。


「見せられるなら見せてみるがい。覚醒融合とやらをな」

「……よくご存じで」


 覚醒融合は知られているか。まあ、奴等の大将である吸血王に知られている以上当然の話だろうが。

 となると、出し惜しみしても仕方がないか。覚醒融合には融合する武器の魔力を受け入れるだけの力が使用者に求められる関係上、スタミナ不足の状態では使いたくないんだが……このままダラダラ削られるよりはましかな。


「そこまで言うなら、見せてやるよ。俺の全力を――」


 そういや、一対一の戦闘目的で覚醒融合を使うのは久しぶりだな。

 修行以外で最後に使ったのは、オオトリさんとの試合のときか? あのときはオオトリさんがベストじゃなかった分不完全燃焼だったし、所詮お互いに加減した試合だ。出発前のクルークとの戦いも同じく身内同士の腕試しだし、あくまでも訓練である記憶の世界での戦いは除くとしてそれより前の覚醒融合を使ったガチの戦いというと……王都でガーランドと戦ったときの、覚えたての時まで遡るんじゃないか?


 そう考えると、状況を忘れてちょっと楽しみにもなってくるな。

 今の俺がどこまで成長しているのかを、絶好の相手で試せるんだから。


「――【覚醒融合】!」


 嵐龍、そして吸血鬼の心臓を全開にし、己の魔力と一体化させる。

 右半身は鱗に覆われ竜と化し、左半身は吸血鬼の特徴を色濃く表す魔人となる。これが今の俺の最強フォーム。そして――


「その力を、100%制御する極意。これを持って俺の全力と名乗ろう」


 力を完全制御する力道点破を用いて覚醒融合を完成させ、その先にある明鏡止水の極意にて融合同調率を100%にする。

 今の俺は、以前の覚醒融合状態とは比較にならんぞ……!


「なるほど、お前が万全であれば勝敗の読めない楽しい戦いになっただろうな」

「ふーん……。まるで、今の俺じゃ相手にならないって言っているように聞こえるんだけど?」

「そう言ったつもりだが?」

「――上等!」


 お喋りしているほどの余裕もないことだし、俺は早速持ちうる力を全開にして真っ直ぐミハイとの距離を詰める。

 こっちのトップスピードまでは知らないだろうし、このまま一撃で決めてやる!


(【無言加速法】!)


 だめ押しに、一見発動がわからないよう工夫した加速法を合わせる。

 今の俺なら、瞬きする間に一軍を滅ぼすくらいならできるぞ……!


「――【加速法】。そして【精霊化(モード・スピリット)】!」

「ッ!?」


 本当に一瞬で刃をミハイの首にかけたとき、突如ミハイから凄まじい魔力が放たれ空間を蹂躙する。

 それでもめげずに俺は刃を振るうが、無防備な首に当たるはずの刃は硬質な音をたてて弾かれた。ミハイと一体化した、血の槍によって。


「クッ……それは……覚醒融合!?」

「少し違うな。俺はお前ら人間のように一々細胞強化に魔力を回す覚醒とやらは必要としない。お前の言葉に合わせるなら、ここは単に融合と呼称するのが正しいのではないか?」


 ミハイから放たれる魔力に弾かれ、俺は大きく後退する。


 姿こそ変わっていないが、その力は紛れもなく覚醒融合。

 規格外の力を持つミハイの槍と融合した今、その魔力は本体性能の差で今の俺を明らかに上回っている。元々人間と吸血鬼って絶望的な差があるなか、同じ強化術まで使われたら……そりゃ向こうのが上になるわな。

 いや正直、そんなのありかと叫びたくなる状況だ。


「どうした? 諦めたのか?」

「いや? 別にそんなわけでもないさ」


 棒立ちにはならないものの、表情を険しくして自分を睨む俺の様子を諦めと判断したのかミハイは小さく嗤った。

 確かに、加速法どころか融合の技まで修得しているのには恐れ入った。素で強いくせによくもそこまで磨いたものだと心からの賛辞を送ってもいい。


 だが――


「俺だって、そこまで弱くはないぞ?」

「……ほう」


 ミハイは今気がついたといった様子で自分の左腕を見た。

 そこでは上等なものなのだろう黒い外套がザックリと裂けており、芳醇な魔力を感じさせる血が流れ出ている。


 そう、さっきの一太刀で仕留めきれなかったのは事実だが、俺は初撃が不発に終わってから弾かれるまでの間に下段から一撃入れておいたのだ。

 絶対に決めると誓いはしたが、それでも防がれたのなら刹那の間もなく次の手を打てる。積み上げてきた鍛練の成果と言うべきか、格上相手に何度も殺されかけた経験の賜物と言うべきか……多分後者だろうな、うん。


「……やはり惜しいな。もし万全だったら今のはかなり効いていただろうに」

「……まあ、わかってたけどな」


 ミハイの傷は一瞬で再生する。混沌属性の魔力攻撃なら吸血鬼でも簡単には再生できないのは主に自爆で立証済みなのだが、どうしても出力が足りていない。

 今の魔力でもさっきまでのミハイならそれなりに有効打だったはずなのだが、融合により増大した闇の魔力に俺の魔力が負けているってことだな。


「しかし、吸収まではできないか。やはりかなりの力を身に付けているな。精霊化(スピリット)状態での俺に闇の攻撃を通せるものなどそうはいないぞ?」

「……スピリット?」

「お前の言葉で言う覚醒融合の事だ。この状態ならば融合した武器の魔力と近しい力を取り込めるのは知っているだろう? 精霊と呼ばれる意思を持つ魔力と同質の能力であり、優れたマジックアイテムは自らの内に魔力を宿している上にある程度の意思を持つのは人間でも知っているはずだ。すなわち、優れた魔具とは精霊の宿った道具のことを言う。そんな存在と一体化しているからこそ吸収能力が会得できるのだ」

「……ひょっとして、吸血鬼的には有名な話なのか?」

「拒まず共有する感覚を実現できる者が少ないので使用者はほとんどいないが、教養としてならまあ一般的だな」


 ……何だろう。こう、何故か無性に恥ずかしい。

 俺の技を知って我流で会得するとは大した奴だ……的にちょっと上から目線で考えていたら、相手のが詳しかったってどう考えても格好悪いよねこれ……。


「まあとにかく、同じ精霊状態なら力が拮抗している限り吸収することはできない。すなわち、この俺と闇の力で互角だと言うことだ。誇りに思い、生涯最高の栄誉と思っていいぞ?」

「それが言いたいだけかよ……」


 軽く脱力するが、とにかく今俺とミハイの条件は同じってことだな。消耗している分だけ俺が不利だが……ふう。こういうときこそ落ち着いて、一つ一つできることを確認するんだ。

 焦りは最大の敵。身体には爆発させるように力を巡らせ、頭は冷静に巡らし、心を深く静めてすべてに対処する。それが明鏡止水の極意だ。

 俺の場合最終的に考えないほうがいいんじゃねって説もあるが、まあそれを目指すとしよう。


「ふぅぅぅぅ……」


 ゆっくり息を吐き、力を整える。相手より少ないからこそ、より無駄なく効率よくだ。


 ……ん?


「爆発……?」


 再び攻撃へ――と思ったら、近くで小さな爆発音が聞こえてきた。俺やミハイはもちろん、気絶しているアレス君にもまったく影響を与えない場所でだ。


「……本当に、惜しいな。本来ならここから死闘を楽しみたいところなのだが、立場上そうも言っていられんのだ」

「どう言うことだ?」

「時間だ。そろそろ俺の……私のわがままの時間は終わりと言うことだ」

「……?」


 ミハイは爆音を聞くと僅かに視線を逸らした後、あからさまに残念そうにため息を吐いた。

 そして意味深なことを言いつつも、ミハイは槍を構える。いったい何のつもりだ……?


「これよりお前の前に現れるのは世界でもっとも強い吸血鬼だ。精々無礼にならないように気をつけるがいい」

「なんだと……?」

「不要ならば殺しはしない、と仰られていたからな。どの程度の確率で不要だと判断されるのかは私も知らんが、いつか万全のお前と戦い、今度こそ雌雄を決することができることを期待している」


 ――俺もまだ、真の力を見せてはいないからな。


 そんな言葉を最後に呟いたミハイは、槍から大量の赤い液体を放出するのだった。


「【結界形態:赤月の牙】。抵抗するには魔力で弾くか効果範囲から逃れる他ないが……今のお前にこれから逃れる術はないだろう」

「く、そッ!」


 猛烈な勢いで周囲を覆い、全ての逃げ道を封じる血の如き魔力の大波。


 逃げる事は可能だろう。逃げれば殺すと宣言するようなミハイの気影包囲がなければ。

 防ぐことも可能だろう。もし俺に十分な魔力が残っていれば。


 今までのミハイの戦いは、個人的な勝負という以外にも目的があったらしい。

 元々弱っていた俺の力を更に削り、確実に異空間への取り込みを成功させるという目的が。

 俺はまんまとミハイの策略に誘導され、力を使い果たしてしまったと言うわけか――!


「だったら、せめて!」


 俺は懐から一つのエンブレムを取りだし、アレス君の方へと投げ飛ばす。

 あの子の持っていた分は破壊されたようだが、俺のを使えば問題ないだろう。今ミハイは俺が逃げ出すのを止めるのに全神経を使っていることだし、確実に届くはずだ。

 ボーンジが作った、転移魔法装置はな。


「弟子を逃がしたか」


 ミハイは興味無さそうに空間の歪みに消えていくアレス君をチラリと見たあと、何事もなかったかのように俺の監視に戻った。

 これで、最低限の仕事はしたぜ……。


「私は中に入るなと命令されているのでな。異空間を中に入らず維持するのは本来不可能なのだが……王の力は偉大ということか」


 そんなミハイの言葉を聞きながら、俺の視界は暗転する。








 ――気がつくと、かつても見た赤い世界へと取り込まれていた。


 人間、弱者としての目線で見ると何の気配も感じさせないほど弱弱しくも見え、英雄、強者としての目線で見ると自ら死を選びたいなんて感覚にも陥らせる異様な気を宿す、中年と老人の中間といった男の眼前という位置で。


「お前は……」

「こうして直接会うのは初めてだったな、私……我が魔人王、あるいは吸血王と呼ばれている魔王軍最高幹部が一人、原初の四魔王(メモリーズ)のオゲイン。本名はもっと長いのだが、不要であるが故名のみを名乗らせてもらおう」


 目の前の初老の男性は、自らを吸血鬼の王であり、4人の魔王の一人であると名乗った。

 確かに、その吸血鬼と比較してもなお一際目立つ紅い瞳はただならぬものを感じさせる。色素を一切感じさせない白髪のオールバックと顔に刻まれた皺は積み重ねてきた時間を語っているようであり、しかし吸血鬼なのでそういった要素は外見に現れないはずなのでただのファッションなのかもしれない。


 とにかく、一つハッキリしている事は……これは詰んでいるとしか思えないんだけど。


(おいおいマジかよ……よりにもよって四魔王が出てくるか。しかも、こんな体力使い果たしているときに。万全の状態で仲間と協力して戦うのが前提って怪物からこんな奇襲かけられるとか、こりゃ文句なしで歴代最高のピンチだなクソッタレ……)


 ミハイ、イーエム、ガーランド……かつて戦った強敵たちのことをまるで走馬灯のように頭の中で思い返すが、その全てと比較しても今の状況ほど酷いってことはないだろう。

 おまけに術者を倒す以外に解除方法がない結界空間の中とか、逃亡すら可能。術者であるはずのミハイの姿がまったく見えないってのがまずどういうことなんだよ……。


「さて、では早速始めようか女神の尖兵。お前の中にあるものの正体、確かめさせてもらおう」

「正体……ようは、闘る気って事でいいんだよな?」


 勝負は一瞬。実力比べになればとても相手にならないって全身の危機察知センサーが訴えてきているような相手に今の状態で戦おうなんて考える方が間違っている。

 だから、戦いになる前に終わらせるしかない。こっちの実力をその眼で見ていない初撃、それで勝つ以外に活路はない。


「戦う? フム……まあ、お前がそのつもりなら少し遊んでやろう」

「ケッ! 人をこんなところに誘拐しといて、よくそんなことが言えたな!」


 覚醒融合モードでの、超加速法発動。力道点破と明鏡止水の極意によりその全てを一点に束ね、最強最速の一撃を構成する。

 正真正銘、今の俺ができる最強にして必殺の一撃を――叩き込む!


「【超瞬剣・刃輪舞(エッジロンド)混沌の一(カオスワン)】!」


 斬り払いではなく、突き技。加速した速度を存分に活かし、全身体当たりの感覚で刃を立てる。

 当然刀身には嵐龍閃のエネルギーを纏わせ、その属性は嵐と混沌をあわせる。今俺ができる、最強最大の必殺技だ――


「……え?」


 俺の生存をかけた一撃は、ビックリするほどアッサリと吸血王の身体を貫き、その身体を吹き飛ばした。

 だが、それで勝利を確信するほど俺も能天気ではない。この肉を貫いた感触は間違いなく攻撃成功であると訴えてくるが、同時に俺の勘が言っている。


「――ほう、格上にも通じる技を持っていたか。だが、少々迂闊だな。もう少し余力があれば視野が広がり別の手が打てたかもしれんがね」


 俺が貫き、今も手ごたえを感じさせる吸血王は――幻術により作られた、幻だと。


「言うのが遅れたが、我の得意分野は幻を操る幻術でな。実のところ我は最初からそこの高台で茶を飲みながらお前を見下ろしていたのだが、気がつかなかったかね?」

「なんだと――」

「では、早速実験を始めるとしよう。【幻術結界・絶望郷(ディストピア)】」

「あ……」


 俺は、またもや視界が暗転する感覚を味わう。この感覚は、記憶の世界に行くときと同じ――


「消えるがいい、器よ。そして見せるのだ。お前の中にある女神の尖兵の正体をな」



「……あれ? ここどこだ……って、王都じゃないか。俺、何でこんなところに……?」


 気がついたら、俺は王都の道に一人で立っていた。

 装備品に変化はなく、嵐龍と鎧が俺が何をしていたのかを教えてくれる。そう、確かさっきまで俺は吸血王と戦っていたはず……?


『違う。お前は戦ってなどいない。お前にそんな力はない。お前は無力な一般人だ』


 ……いや、そんなわけないか。俺はただの一般人。何で一般人が剣を握り締めて戦うんだよ。

 ほら、その証拠に俺は何も持っていない。さっきのは何かの気の迷いだろう。町民が着る普通の服。それだけが俺の持ち物なんだから。


「えっと、何をしてたんだっけ? まあいいや。とりあえず飯にでも……」

「キャァァァァァッ!」

「え?」


 何をしていたのか自分で思い出せない。そんな夢遊病患者のようなボーっとした気分になりながら、俺は一歩を踏み出した。

 すると、なにやらわざとらしいほどの女性の悲鳴が聞こえてきた。咄嗟にそっちを見てみれば、如何にもチンピラと言った様子の男が三人がかりで女性に詰め寄っていた。


「た、助け……」

「騒ぐんじゃねぇ!」

「大人しく俺たちと来るんだ。そうすりゃ、お互いにいい思いができるぜぇ……?」

「女に生まれたことを感謝できるようないい思いがなぁ! ギャハハハハハッ!」


 品性の欠片もないような笑い声。どう見ても女性をどこかに連れ込んで強姦しますと宣言しているような男達だ。

 三人ともガタイはいい。そこそこ鍛えたのだろう筋肉質な身体と身長。とてもあの女性が一人で追い払うのは不可能だろう。

 だったら……!


「止めろ!」

「あん? 何だテメェ?」

「何でもいい。それ以上は許さん」

「許さなかったらどうなるんだってんだよ!」


 チンピラの一人が、如何にもといった解決法を速攻で選んだ。その太い腕を振り上げてパンチを放とうとしているのだ。

 一般人である俺に対処方法なんてないけど、だからって見過ごす事はできない!


「フンッ!」


 俺はまるで知っているかのように拳を避け、相手の勢いを利用して拳を放つ。相手の丸太のような腕にも負けない、鍛えぬいた拳を。

 そして放つ。いつものように、真っ直ぐ拳を――


『違う。お前にそんな技能はない。お前は一度も戦闘訓練などしたことのない一般人だ』


 視界が暗転した。


 そして――


「あれ……? 俺、何してたんだっけ?」


 いつも着ている普通の服に、鍛えたことなんて一度もないと主張するような細い腕。

 いつもの俺が、王都の道でボーっと立っている。何があった――


「キャァァァァァッ!」


 女性の悲鳴が、聞こえた。

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