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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔の勢力との開戦
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第149話 明鏡止水・流

「邪魔だァァァァッ!!」


 ミハイが去っていったという方角。露骨に残されている手がかりを追って進んでみれば、そこにいたのは魔獣王軍の軍勢。

 俺はいつものように目の前の敵を吹っ飛ばし、いつものようにあっさり消し飛ぶ獣の死体を横目に進む。いつものと違うのは、その全てが一度破壊され動死体(ゾンビ)として蘇ったアンデッド軍団である、という点くらいか。


(確かに、死者を操る力を持つ吸血鬼が仲間にいるなら考えるべき作戦だったな。第一陣で死んだ召喚魔物をアンデッド化させて事実上数を倍加させるってのは)


 通常、魔力により作られた召喚魔物は破壊されると魔力に還る。だが、どんなものにも例外はあるものだ。例えば、死亡してから毒を撒くのが目的である特別な召喚獣とかな。

 その特性を利用しての再戦力化。こっちの消耗を狙うって目的ならこれ以上なく有効と言えるだろう。力を消耗するのはもちろん、精神的にもきつい絵面だし。おまけに不浄なる存在として甦ったせいで毒と呪いがパワーアップしてるし。その手のものを完全に無効化できる、同じアンデッドとしての特性を発動した今の俺なら問題ないが、これだとクルーク製の対毒結界も効果薄いかもしれない。


 ……多方面からの一斉攻撃に見せかけてこちらの戦力を削る捨て駒に使い、本命の幹部クラスで仕留める……と見せかけて、真の狙いはアンデッド化による強化呪い攻撃だったってことか?

 この作戦を考えたやつは絶対性格悪い。ああ全く、本当に気分が悪い!


(こんなのの相手している時間も魔力も体力もない。無駄に力を使わず、最小の動きで突破する!)


 俺は敵軍を吹き飛ばすような大技を温存し、体術を駆使して隙間を抜けるように魔獣ゾンビの群れを突破する。

 ここで倒しておかなきゃこいつらがそのまま虹の樹へ向かうって恐怖はあるが、俺がやらなくても他に誰かがやってくれると俺は信じる。他力本願と言われるかもしれないが、丸投げだって信頼の証ということにしてくれぃ!


(よしっ! 抜けた!)


 アンデッドモンスターは生命力そのものを持たないため尋常ではない耐久力を持ち、下等な者は意思をも持たないため死ぬまで命令に従い続ける忠誠心を持つ。

 だから物凄く面倒なのだが、反面動きが遅い。上級の者になれば話は別なのだが、まあ肉体が腐っていたり、筋肉なんてそもそもそんなもん存在しないって状態なのだ。そりゃ遅いだろう。


 そんな弱点を突く形で軍団を単騎突破したが、次は何が来るか……って、ん?


「なるほど、情報どおりだ」

「我らが同胞が次々と倒されているのだ。ならば、こうして集団でかかるのも戦の道理だろう」

「吸血王様には感謝しなければならないな」

(……そこそこ強そうな獣系モンスターが……6体?)


 進行方向に邪魔な障害物を6体発見。凄まじくでかいのが共通点であり、目立つ武器を持っている獣人が3体、何かもう我が肉体が武器だと主張しているような巨獣が3体だ。


 狼の獣人、巨大な片刃剣を持つワーウルフ。

 虎の獣人、両腕に刃物がついた手甲をつけているワータイガー。

 魚の獣人、三叉戟をもったサハギン。

 石化の魔眼を持つ大蛇、バジリスク。

 二本の角を持つ黒馬、バイコーン。

 三つの頭を持つ魔犬、ケルベロス。


 どいつもこいつも有名どころと言おうか何と言おうか……初めて見るはずなのにどこか見覚えのある連中ばっかだ。

 それだけヤバイ力を持っている、人間世界にまで広く知れ渡る種族であるってことでもあるんだろうけどな。

 バジリスクなら亜種を討伐したことあったし、今俺が着ている鎧とかまさにそいつの鱗なのだが……あのバジリスク、サイズや魔力から考えてあの時の奴の比じゃないな。喋ってるし。

 バジリスクの王……バジリスクキングとかそんな感じか?


「奴は新しく加わった反抗勢力の精神的主柱とのことだ。ここで潰せば一気に侵攻が楽になることだろう」

「元々我ら守護十二獣が参戦すらしていなかった楽な戦場(いくさば)であったというのに、随分大事になったものだ」

「まあ、だからこそ魔獣王様に捧げる首級としての価値があると言うもの。精々その力を見せてもらうとしよう」

「ならば、まずは我が眼光にて試してやるとしよう……【魔眼・石化の眼光】!」


 ごちゃごちゃと話をした後、バジリスクが代名詞である石化の眼光を早速発動してきた。

 俺と奴らの間にある植物が軒並み石と化し、石の侵食は一瞬で俺の足元まで進んでくる。以前は対石化の力を宿したマジックアイテムで防いだが、今はそんなもん持っていない。いや、一応持っているが道具袋の中であり身に着けるのは到底間に合わないというべきか。

 以前戦ったときは隠れながら見ていたアレス君の手前余裕綽々みたいに振舞ってたけど、あれ耐性装備なかったら普通にやばかったよなーなんて思い出話を思い返しつつ、すぐさま俺は対応策をとるのだった。


「――【明鏡止水・静】!」


 光の浄化と抗わず、受け流す魔力。それにより、俺は石化の魔眼から放たれた魔力を全て無力化する。

 アレス君にも伝授した技だが、当然伝授した側である俺も使える。こうすれば遠距離からの非実体魔法攻撃や特殊攻撃は全て無効だ。


「……効果がないようだな?」

「奴だけに影響がない。単純に抵抗(レジスト)されたか?」

「いや、そのような感覚は受けなかった。むしろ、何も抵抗がないとすら感じたのだが……」


 守護十二獣と思われる集団は、俺の技を見ても大して焦ることなく平然と会話している。

 まあ、方法はともかく石化の魔眼を無力化すること自体はそう難しい話じゃないからな。それこそ耐性装備一つあればいいんだし。

 何よりも、あのレベルのモンスターが6体も集まって俺一人に負けるなんて想定もしていないんだろう。それは当然の判断であり、だからこそ――俺が突くべき隙になるのだ。


「油断している間にどこまで削れるかが勝負だな――【明鏡止水・流】!」


 俺は明鏡止水の状態を維持したまま走り出す。

 第一段階、“静”では身体を動かすことができない。技を維持するためには不動が条件となるのだ。

 それに対し、第二段階の“流”は肉体の活動まで含めた状態である。抗わず浄化する構えの中に自分自身の流れをも含むことで、移動しても全身の魔力流が崩れないようにするのだ。

 まだアレス君に教え込めたのは“静”までであるが、この“流”までくれば魔力攻撃頼りの魔術師や魔獣にはとてつもなく有利に戦える。まあ、クルーククラスの『出力よりも技術』タイプだと受け流せないように力をコントロールした魔法との技術対決になっちゃうんだけど、この手の生来の能力頼りの連中なら何も問題はない。


 更にその先、最終段階までいければとんでもない武器になるんだけど……俺もそれはまだだ。

 この技の開発者、記憶のレオンハートならそこまでいけるし実際に見せてもらったんだけど、あれはちょっとばかり難易度が高い。とても数ヶ月練習した程度じゃ俺にはできないんだよね。


「来たな。石化の魔眼は維持しておけ、我らが迎え撃つ」

「了解した」


 バジリスクが後ろに下がり、武装獣人たちが前に出てきた。流石と言うべきか、石化の魔眼は仲間を傷つけることなく発動し続けているようだな。

 そんな援護を受けながら前に出てきたのは獣人達。どいつも身長は軽く3メートルほどあり、並んで立っているだけで凄い威圧感である。

 さて……


(石化防御の首飾りはもう取り出して着けた。今なら明鏡止水を解除しても何とか抵抗できるはずだが……)


 正直自信がないと言おうか、そもそもあの蛇が持っているのが石化の魔眼だけとは限らないし、他の魔獣にも即死級の能力がないとは限らない。

 今は吸血鬼化しているから文字通りの即死は無力化できるが、それ以外の危ないのは結構予測できるしな……。


(毒物の類は吸血鬼の能力で対処可能だが、体内に残るタイプだと後が怖い。それに後危ないのは魔法的な麻痺、錯乱や魅了といった精神系攻撃、身体能力を低下させる各種弱体化ってところか……流石にハンデを背負ったまま戦うのは厳しいからな)


 一瞬でも動きを止められるようなことがあればそれが致命傷に繋がりかねないのは間違いのない事実。能力低下も戦えなくなると言う意味で同義だ。

 如何にも一癖も二癖もありそうな魔獣を前に俺はそんなことを思い返すが、正直食らっちゃダメなヤバイ攻撃なんてまだまだあるからなぁ。

 ……ヤバイと言えば、時間支配能力とかもヤバイが……流石に使い手なんて存在しないと信じたい。俺のエセ記憶の中にはそれに該当するものもあるので一応警戒はしているのだが、正直吟遊詩人の御伽噺くらいにしか登場しない能力なので耐性も対策もさっぱりないんだよなこれが。


(ま、とにかく確かなのは……優先すべきは前衛の獣人ではなく、後衛の魔獣だ!)


 肉体派っぽい武装獣人よりも、早めに後ろの魔獣を潰しておきたい。

 俺はそう判断し、走る。狙いは――奴らの攻撃の瞬間!


「ハッ!」

「ネアッ!」

「シャアッ!」


 獣人達が、それぞれ手にした武器を一斉に振り下ろしてきた。

 ワーウルフは実直な性格が見えるような真っ直ぐな太刀筋、ワータイガーは刃物付き手甲を利用した格闘技に近い攻撃、サハギンは槍を振り回し攻撃範囲重視の制圧。

 俺は、その全てを――一枚の木の葉になったつもりで、ただ流れに乗り最小限の動きで回避する。


「明鏡止水・流」

「なにっ!?」

「すり抜けただと!?」


 明鏡止水・流は何もただ受け流し状態で動けるだけではない。静かな魔力を維持したまま動くには、静かな動きが求められる。

 シュバルツ式の高速体術を行いながら静かに動くってのは矛盾しているようであるが、その実簡単な話なのだ。つまり、無駄なく速くというどんな流派にも共通する基本技能だからな。

 身体能力に任せてとにかく動くのではなく、必要最小限の動作を最速で行う。これにより、体術に関してもかなりの回避性能を持つことが出来るように自動的になるのだ。


「――もらった!」

「なにっ!?」


 動きが小さいと言う事は、回避の隙を最小限に抑えることができるということ。それはつまり、防御から攻撃への移りも早いということだ。

 俺はほぼノータイムで獣人達の攻撃を回避し、そのまま後衛に迫った。そして、明鏡止水を解除し嵐龍を大きく振るうのだった。


「【剣技・竜鱗ノ払】」


 狙いはバジリスク。その巨体の頭に向かって、真正面から嵐龍閃のエネルギーを纏わせた一撃を放った。

 悪いが、非殺の類は行わない。今はそれどころではない危機的状況であるし、情報を引き出すとか言っている場合ではない。

 何よりも――俺、まだ普通に怒っているからなぁ!?


「セイッ!」

「ぎゃば――」


 蛇の開きが完成した。切り口が吹き飛んでいて料理人としては落第点だろうが、殺し屋としては認めてもらえると思う。

 例えここに世界最高の獣医がいたとしても絶対に助けられないくらい完璧に殺した自信がある。うん。

 ……カーラちゃんのところの連中とも最近仲良くやっているせいか、気分的にどうしてもよくないな。昔は化け物相手なら躊躇なくやれたんだが、これは進歩なのか劣化なのか……。


 ま、ここでやることは変わらないがな。


「貴様、よくも!」

「このまま袋叩きにしてくれるわ!」

「――明鏡止水、発動!」


 攻撃終了と共に、再び明鏡止水・流を発動する。

 この“流”の弱点は、攻撃時に解除されてしまうこと。抗わず受け流すが極意である技は、攻撃という抗う意思そのものを宿すと維持できないのだ。

 そのため、攻撃の瞬間を狙われると無防備なのだが……だからこそ常時発動タイプの能力を発動させてきたバジリスクを一番最初に殺らせてもらったわけだな。


「クッ! 何故だ、何故当たらん!」

「速度では決して劣っていないというのに!」


 獣人は叫びながらも殺気に満ちた鋭い攻撃をしかけてくる。

 流石は身体能力お化けの魔獣系モンスター。基礎的な身体能力を数字にして比較すれば間違いなく俺以上だろう。俺は魔力強化こみならチーターと徒競走しても勝てる自信はあるが、相手も同じ強化をするならどうしても種族差が響いてくるからな。

 覚醒まですればそれも覆せないことはないのだが、今はそこまで消耗するわけにはいかない。元々、俺は格上を相手に戦う方が慣れているしな。


「どうした? 多少速い程度じゃかすりもしないぞ?」

「クッ! おのれ、この下等種族が!」


 こいつら、身体能力は確かに高いがそれ以外はまだまだ未熟。弱いからこそ磨いた人の技を、あまり侮ってもらっては困るな。

 相手より弱く、遅い。それでも敵に勝つべく生み出され、磨かれてきた技を継承する身としては……お前らみたいな最初から強いってだけの奴は獲物でしかない!


「――シッ!」

「こ……?」


 瞬剣・首狩り。加速法を併用した刃が、素早く正確に獣人3体の首を刎ねた。

 いくら頑丈でも首、心臓、頭の三点は即死だ。それが通用しないモンスターも多いが、この手の連中はこでで解決する。

 まあ、それで想定通りに死んでくれるほど甘くはないだろうが。


「――ッ!」

(死線を越え、なお一撃を放つか。やはり舐めてかかっちゃいけないな)


 死が確定する致命的な一撃を受けても、それでも動く。見上げた精神だ。首から先がないにも拘らず、一度決めた動きを最後まで実行しようと身体だけで最後の一撃を撃とうとしている。

 が――


「悪いが無視だ!」


 俺はもう考えて動くことなどできない死に体の獣人達を無視し、走り出す。

 次の狙いは、あの犬と馬だ!


「――不浄の雷!」

「――地獄の炎!」


 バイコーンが二本の角から黒い雷を、ケルベロスが三つの口の内の二つから黒い炎を吐き出した。

 仲間がやられても即座に攻撃に移るのは見事だが……その攻撃は、意味が無いことはもう見せたと思うんだがな。


「明鏡止水・流」


 炎も雷も、関係はない。魔力由来だろうが自然由来だろうが、全て浄化するのが光属性の理不尽さだ。

 元々初代シュバルツがその性質を最大限に利用していた『敵の力を浄化し、吸収して跳ね返す技』に着想を得たらしい。

 あれは覚醒融合の性質を利用した技だが、吸収にはどうしても容量限界がある。そもそも相手の力に打ち勝って浄化する必要があるしな。

 その点、受け流しに特化すれば自分に触れる部分だけを最小限浄化すればいいだけであるし、限界値もない。魔力じゃない自然物でも浄化殲滅できるのは殲滅の目でも確認したとおりであるし、仮にこれが魔力攻撃ではなく生体由来の能力だったとしても通用はしない。


「な、何故――」

「一つの能力が通用しなかったら終わりか? 随分温いんだな、守護何チャラの条件は」

「――舐めるなァァァァァッ!」


 大体の場合、強い奴は幾つかの切り札を持っている。

 この状況で使ったのだからあの雷と炎はそんな切り札の一枚だったのだろうが、それが通用しなければどうなるか。

 一つの力に依存しているタイプの奴なら狼狽してそこでおしまいだが、流石にそこまで楽には行かせてもらえないようだな。

 バイコーンは自慢の脚力を使った高速特攻。巨体の質量と二本の角で全てを貫くと言わんばかりに突進を仕掛けてくる。

 そしてケルベロスは、活動していなかった三つ目の首も動き出し、三つの口を使った噛み付き攻撃に来た。こう言うと大したことないように聞こえるが、足だけで俺の身長を越えそうな化け物の口が三つ同時に迫ってくるのはかなり怖い。

 どうやら、明鏡止水の性質を見切り物理攻撃に切り替えてきたらしいな。そして体術による回避は当然限界があり、いくら無駄をなくしても避けられない速度、あるいは回避不可能な数に任せた包囲攻撃なら通用するとも瞬時に判断したようだ。

 やはり、流石魔獣王軍の中で幹部と呼ばれているだけのことはあるというところか。


(無傷は無理だな)


 俺は敵の判断の的確さを認め、一撃受けることを覚悟する。

 流石にこれを完全回避しようと思えば致命傷を受けかねない。ならば、ダメージを最小限に抑えるように受けるほかないだろう。

 さて、行くべきは二本の角か、三つの口か――


「――こっちだ!」

「ガフッ!?」


 俺は自ら魔犬、ケルベロスのほうへと剣を突き出したまま飛んだ。

 そして、大きく開いた口の一つに剣を持った腕を突っ込む。当然その腕は牙の餌食となるが、その巨体が邪魔をしてこれだけ接近すると他の口は俺を攻撃できない。

 腕一本で命を買え、ついでにそのまま魔犬の頭を貫けるなら安いものだろう。


「痛っ……っと!」

「クッ! オノレェェェェェェッ!」


 バイコーンはケルベロスを攻撃することを恐れて停止したが、その間に頭の一つは潰した。

 これで死ぬのか、それとも他の頭が残っていれば生命活動に問題はないのかはわからないが、どちらでもいいように俺はトドメの一撃を放った。

 身体に嵐龍が突き刺さっている状態で、嵐龍閃を発動したのだ。指針性を持たせた砲撃スタイルではなく、刀身周りを吹き飛ばす剣撃スタイルで。


「――不浄の雷!」

「なにっ!? ぐおぉぉぉぉぉぉ!?」


 これでケルベロスも撃破したと思った瞬間、黒い雷が俺の身体を貫いた。

 あの馬、止まったのはケルベロスを攻撃しないためじゃなかったのか! 攻撃の瞬間には明鏡止水が発動できないことまで見抜いて、俺がケルベロスにトドメを刺している瞬間を狙うためだったわけか!


「ぐあっ……!」

「……よもやここまでやられるとはな。だが、これで終わりだ」


 イマイチ感情が読みづらい黒々とした馬の目で、プスプスと煙を上げる俺を見下すバイコーン。

 どうやら、この雷が決まったことで勝負ありと判断したようだな。


 それは、砂糖とハチミツを混ぜて煮詰めるより甘い判断だと俺は思うがね!


「――吸血鬼の爪!」

「ぐおっ!?」


 俺は素早く立ち上がり、油断しているバイコーンの首へ左の抜き手を繰り出した。

 今の俺は吸血鬼の能力を発動している。つまり高い再生力を持ち、アンデッドなので麻痺の類を起こさない分電撃に強い。更に四肢が凶器と化しており、並みの武器では跳ね返してしまう魔獣の毛皮だろうが貫く爪を持っているのだ。


 どうせなら、もっと相手の情報を集めるところまで頭を回すべきだったな。俺が吸血鬼化の能力を持っているところまで知っていれば、この程度で油断することもなかっただろうに。

 俺は貫通させた手を引き抜きつつ、崩れ落ちるバイコーンの身体を見ながらそんなことを考えるのだった。


(炎と雷なら炎のが怖いからな。だから先に犬の方を狙ったんだけど……やっぱ無傷は無理だったか)


 俺が受けたダメージは、ケルベロスの牙により右腕が付け根から噛み千切られそうになる程度の出血、そして雷による全身火傷か。

 腕のダメージは織り込み済みだったけど、雷の方は計算外だったかな。まあ受けた場合のことまで考えて相手を選んだとは言え、出来れば受けたくないダメージだったといえる。


(……ここまでで全身再生が一回と部分再生が一回。嵐龍閃が雑魚狩りから数えて5回ってところか。それにあの無意識化で発動した光の技も含めれば……結構ヤバイかもな)


 俺は回復しながら残りの魔力を計算する。明鏡止水だって消耗ゼロではないし、極限の動きを要求される分精神の磨り減りが大きいのだ。まあ、単純な体力や魔力消耗なら無駄を減らした分少ないのだが。


(残り約3割……ふう。消耗狙いってことなら大成功だな)


 本当ならじっくり3時間は休憩をとるか、あるいは他に仲間を連れて行きたいところだ。

 だが、人質取られている状態でのんびりしているわけにもいかないし、他の戦線を維持するためには人員を持ってくるわけにはいかない。

 元々敵の幹部クラスを倒すのが俺たちの仕事。一般兵にこれから出会うであろう男との戦いを任せても無駄死にさせるだけとわかっている以上、俺が行くしかないだろう。

 せめてちょっと軽めに走って体力回復くらいはしておくか……。



「……魔人王様。これは、どういうことでしょうか?」

「どうとは、何かね?」


 魔獣王軍、西の大陸侵攻部隊の現拠点。その中でも司令官たる我を筆頭とする最高幹部のみが入室を許される一室にて、我は話をしていた。

 本来ならばこの拠点における最高権力者である我ですら頭を垂れねばならない、原初の四魔王(メモリーズ)が一柱たる魔人王様と共に、遠方の映像を映し出す魔道具を用いて戦場を見ていたのだ。

 今まさに、我ら魔獣王軍の中でも最高戦力に当たる守護十二獣の半数を一人で皆殺しにして見せた人間の戦いを。


「魔人王様の情報と行動により、敵の主力を引き寄せることに成功したと聞きました。その結果が、これですぞ……!」


 魔獣王軍最高戦力が壊滅。それはいくら魔人王様でも見過ごす事はできない被害だ。

 事と次第によってはいかに魔人王様でも罪を償ってもらわねばならないぞ……!


 だというのに、魔人王様はどこまでも涼しげに笑うだけであった。


「私は何か問題のある情報を提供したかね?」

「なっ! し、したでしょう! 現にこうして……」

「私は配下を使って敵の最高戦力をおびき寄せることに成功した、と教えてあげただけだよ? 更に即席だが作り上げたアンデッド軍団まで貸し出したのだ。これで負けたのは単にキミらが弱かっただけという話ではないのかね?」

「ぬ、それは……」

「とはいえまあ、私が絡んだ戦場でキミらに重大な被害が発生したのは事実。私のほうから魔獣王には伝えておこうか? 彼の性格上、間違いなく負けた方が悪いの一言で済ませるだろうけどねぇ」


 ……グ、グググ……そういわれると反論のしようがない。

 魔獣王様はどこまでも公平なお方。その判断基準は強いか弱いかでしかなく、敵に負けた時点で絶対なる悪であり罪であると断じられるだろう。

 事実、魔人王様は嘘は一切吐かれていない。ただ事実を我々に提供してくださっただけだ。その結果破れた罪は、確かに我らにある。それは反論のしようがない……!


「ま、頑張りたまえ。なに、一人の強者は万の兵に勝る。その強者を失ったと言うのならば、キミだけで彼ら全員分の働きができることを証明すればいいだけのことだ。魔獣王も敗北したわけではないキミにそこまで煩く言うことはないだろう……勝利さえすればね」


 魔人王様は非常に楽しそうに語る。手にした血のように赤いワインが入ったグラスを愉快そうに回しながら。


「……多くの戦力を失ったのは将たる者の責任。それから逃れるつもりはありませぬ。ならば、せめてもの汚名返上。この戦場の勝利は我が手にて掴みましょう」

「それでいい。ああ、それとこの男のことは気にするな。私のほうで処理しておこう」

「……ありがとうございます」


 正直、ここまでやってくれた敵の将を自らの手で葬れないのは納得がいかない。

 だが、想定外のことで戦力が大幅に低下している現状で魔人王様の手が借りられるのを拒む事はできない。奴の始末をするにはかなりの戦力の投下、もしくは我自身が動かねばならない以上ありがたいことに変わりはないのだから。


「……ああ、そうそう。今私の部下の一人が少々遊んでいる最中でね。その過程で敵の最高戦力の一人と交戦状態にあるようだ。今なら比較的薄い本丸だと思うよ?」

「……情報感謝します」


 魔人王様は嘘は吐かれない。ただ、その言葉の中に真意を隠しているだけだ。

 恐らくは我らを利用してご自分の目的を果たそうとしているのだろうが、それならばそれで構わない。

 ようは勝てばいいのだ。あらゆる思惑を跳ね除け、完全なる勝利を魔獣王様に献上する。それが我が考えるべきことなのだから……!


「出陣だ! 全軍、これより鳥共を初めとした反抗勢力にトドメの一撃を与える! 降伏した鳥共も含め、全戦力に出撃命令を出す!」


 私は部屋の外に出てから全軍への命令を下す。元々、この召喚獣軍による第一陣が終わった後本命の魔獣王軍で攻めるつもりだった以上、既に準備はできている。

 降伏した鳥共の一味が故郷に槍を向けられるのかは未知数だが、我らへの忠誠を示すために自らの主君同胞の首を差し出したのだ。ならば最低限の戦力としては考えてもいいだろう。

 もちろん、同胞を殺してしまうような輩に信用は置けないがな。


「献上された奴らの宝物の中にあった……そう、風神玉だったか? 鳥共の王族でなければ扱えないというあれはそれなりに使えるものであろうし、この際多少の問題は置いておくとしよう」


 我は全軍の戦力を頭の中で纏めながら行動に移る。


「精々頑張りたまえ。もっとも、魔獣王も勝敗にはあまり興味がないと思うがね。所詮、世界破片(ワールドキー)を探すための遊戯なのだから。本命はそう、初めから我が配下ミハイの戦場だけなのだよ」


 部屋の中で一人魔人王様が呟いた言葉を、聞くこともなく。

























「ようやく来たか、レオンハート・シュバルツ」

「……ミハイ!」


 私の宿敵よ。さあ、今度も楽しむとしよう。

 人と魔、光と闇の戦いをな……。

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