第147話 吸血鬼の拳士
「ふーん。あれが敵ね。ちゃっちゃと片付けちゃいましょう!」
私の部下と毒臭い獣の群れが戦っている。その光景を高台から見下ろしながら、主として堂々とふんぞり返りながらもアタシは自分の敵を見据えた。
アタシの部下ならあの程度何の問題もないでしょうけど……あのでっかいのはちょっと強そうね。ほんのちょっとだけど。
「待て待て、流石に無策で突っ込んで勝てる相手じゃないぞ。あの熊は」
「見たところ……軽く4メートルは越えていそうですね……」
「四速歩行型の魔獣なのは間違いないが、迫力が桁違いだ。間違いなくあれが守護十二獣とやらだろう」
カレーにアタシの力を見せようと思ったら、一緒についてきたフィーリアとナーティアが何か言った。
戦いなんてちゃっちゃと突っ込んでババーと終わらせるのが基本なのに。少なくとも、刃物のローヤに入れられるのに比べたら雑魚魔物の群れを突破するのなんて恐怖でもなんでもないわよ。
そう、あの馬鹿でかい熊の魔物なんて、今のアタシの敵じゃないわ!
「行くわよ!」
「あっ! こらっ! ……って、止めても無駄か。仕方ない、いくぞ!」
「は、はい!」
アタシは部下の魔物部隊に、突撃をサポートするように指示する。軍団サインという奴を事前に決めて練習しておいたのよ、こう言うのがあると何か格好いいから。
すると皆優秀なので、あっさりと敵の雑魚魔物がわきに寄せられて道が作られた。当然ね!
その道へ向けて、アタシ達は真っ直ぐ進む。狙いはあの一番強そうなクマよ!
「最初っから全力でぇぇぇぇぇぇっ! 【クン流・大空砲拳】!」
拳圧を圧縮し、敵に向かってぶつける。あんなでかいのが的じゃ外しようがないわね!
「……何も考えないからこその超速攻。見事命中したな」
「あの巨体が吹っ飛びましたね、流石攻撃力なら人類最強と謳われるクン流の技です」
考える前にぶっ飛ばす! ぶっ飛ばした後は忘れる! それがアタシ達の流儀よ!
熊のバケモノはアタシの一撃にそのまま吹き飛ばされ、宙を舞っている。でも、まだまだ元気みたいね。殺気むき出しでこっち睨んでるもの。
「グルゥゥゥ――アッ!!」
(速い!)
着地すると同時に、見た目からは想像もできないほどのスピードでクマがこっちに突っ込んできた。
見てわかる通りのパワータイプみたいだけど……上等よ! 相手してあげようじゃ――
「セアッ!?」
「グルアッ!?」
構えていたら、フィーリアが前に出て槍を突き出した。
相手の突進の勢いを利用して眼球を抉るつもりだったみたいだけど、直前で察知して急停止することでクマは避けたわね。
「ふぅぅぅ――【三叉の魔槍】!」
槍から魔力刃を形成し、そのまま連撃を始めるフィーリア。スピードでは負けていても、相手がでかいからある程度は当たっているわね。
でも致命傷には足りていない。だから数で攻めているみたいだけど……あれ、ちょっと速すぎない?
「風に乗り……互いの流れに乗ることで、無駄なく攻め続ける鳥人族の槍術、風切り舞。まだまだ模倣の域を出ないが、それなりに使えているだろう?」
……よくわからないけど、とにかく攻撃と攻撃のタイムラグが少なくなってるみたいね。スピードで負けても動き自体を小さくして対抗しているって奴かしら? メイも似たようなこと言ってたし。
決定打には届かないにせよ、相手の動きを封じる事はできているみたいだし――
「【精霊術・力の精霊の慈悲】!」
「助かる!」
と思ったら、今度はナーティアが素早く魔法を発動させてフィーリアの攻撃力を強化した。おかげで、三つの刃が今まで以上にクマの硬い毛皮に食い込んでいる。
「魔術師の最大の武器は状況に合わせた魔法選択と、精密なコントロール技術! クルーク先生の教えに従い、援護します!」
「えー。もっと派手なのでドガガーってやったほうが早くない?」
自分に言い聞かせるように叫びを上げたナーティアに、アタシはつい疑問の声を上げる。
だって、せっかくならド派手な魔法で一気に倒した方が格好良くない?
「ダ、ダメですよ! 敵を倒すだけなら戦士にもできます! 魔術師は、戦士に出来ないことをもっとも効率よく芸術的なまでの巧みさでこなす者のことをいうんです……って、クルーク先生仰ってましたもん」
「そういうもんなの?」
「そういうものなんです! 大体、敵を吹き飛ばすだけなら爆薬でも使えばいいじゃないですか! それに、敵をとにかく凄い威力で吹っ飛ばすだけなら高い魔力量さえあればちょっと発動式を覚えるだけでできるんです! そんなの魔術師としては三流以下……な、なんです」
「ふーん」
急に熱くなって持論……というより先生だったクルークの教えを叫んでたけど、最後の最後に冷静になって顔を赤くして小声になったみたい。元々大声なんて上げる人じゃなかったと思ったけど、何なのかしらね?
……ま、いいわ。それよりも、いよいよアタシの出番――
「風の精霊、お願い――【精霊術・風の精霊の集い】!」
「グルオォォォオオッ!?」
「――この接近戦で、私に当てることなく多段攻撃魔法か。確かに凄まじい腕になったな。では――そろそろ終わらせよう!」
「……あれ?」
無数の風の刃が敵を囲み、攻撃的な束縛として機能する。その援護を受け、刃が獣を切り裂く。
槍が地を舞い、精霊が天を駆ける。見事な連携であのクマになにもさせてないけど……ねぇ?
「ハァァァァァッ!!」
「――トドメです!」
アタシが手を出すまでもなく、二人の攻撃がいよいよ佳境に入る。二人の攻撃がついにクマの分厚い皮を、筋肉を抉り――心臓を貫いたのだった。
「ふぅぅぅ……」
「か、勝てましたね」
巨体が崩れ落ちる轟音をバックに、二人はお互いの健闘を称えあっている。
……勝ったことは勝ったけど、なんか釈然としない。開戦の一撃はアタシだし、あの一発があったからペースを握れたのは確かだと思う。
でも――全然スッキリしない!
「もう! 他に敵はいないの!? これじゃなにしに来たのかわからないじゃない!」
「あの熊の化け物を倒しに来たんだろう? 誰が倒したかなんて些細なことじゃないか」
「そりゃそうだけど……うぅ……」
この内で燃える闘志をアタシはどこへ持っていけばいいの?
こうなったら、レオンやメイの言い付けなんて無視してあの雑魚ども倒しにいっちゃおうかな――
「――やれやれ、多少は成長したようだが、まだまだだな。あまり友達に迷惑をかけてはいかんぞ、カーラ」
「はーい……ん?」
今もアタシの部下と戦い続ける獣モンスターへ特攻しようと思ったら、急に誰かに後ろから声をかけられた。
懐かしい声につい自然に返事をしちゃったけど、この声は――
「な、何者!?」
「いつの間にここまで近づいて――」
「――おとー様!?」
「なっ!? お父様って……!」
「カーラちゃんの、おとうさんなの……?」
声をかけてきたのは、アタシのおとー様、伯爵級吸血鬼のカーネルだった。
ずいぶん久しぶりで……えっと、もう何年ぶりだったっけ? そもそも、何でアタシおとー様と会わなくなったんだっけ……?
「……カーラよ、お前は家出していたんだよ。何を考えてのことかまでは知らないがね」
「家出? そうだっけ?」
「そうなのだ。私の庇護下から離れて暮らすのも良き成長になると思いあえて放置していたが、せめてそれくらいは覚えていなさい」
「うーん……覚えてないけどわかったわ、おとー様」
久しぶりだけど、アタシとおとー様はいつものように会話する。
当たり前だけど、吸血鬼であるおとー様はアタシの記憶の中の姿と全く変わっていない。そもそも何年かそこらなんて軽く1000年は生きていると言っていたおとー様なら一瞬の出来事だろうし、本当にいつもの延長なのかしらね?
「……感動の再開のところ申し訳ないが、少しいいだろうか?」
「おや、なんだい人間のお嬢さん」
「カーラの父ということは、吸血鬼なのだろう? いったいなんの目的でここに現れた?」
「……あれ? 何でアタシが吸血鬼だって知ってるの?」
槍を構え、全身全霊で警戒しているフィーリアだけど、ちょっと気になる発言があった。
アタシはたしか気配遮断の指輪で正体を隠しているはず……って、あれ? あの指輪どこに仕舞ったっけ……?
「……とりあえず、どんな馬鹿でも気がついているとだけ言っておく」
「だ、大丈夫だよカーラちゃん! 誰も今さら気にしてないから!」
……あれ? もしかして、とっくにばれてたってことなのかしら?
まあ、別に問題ない……わよね? 今までも何もなかったわけだし。
「中々豪胆な友人を得たな、我が娘よ」
「……上官が吸血鬼も逃げ出す化け物だらけなのでな」
「なるほど、知らないうちに人間の心臓も頑丈になったものだな」
「人は進化する生き物だ。というところで世間話は終わりにしてもらいたい。いったい、何の用だ?」
「何の用、と言われてもね。父親が娘を迎えに来るのは極当たり前のことだと思うが?」
「迎えに……だと?」
迎え? アタシをどっかに連れてくってことかしら?
普段なら別にいいけど、今は忙しいからちょっと難しいのよね-。だってほら、族長で切り札なわけだし。
「そうだ、カーラよ。お前を外の世界で学ばせるのはもう十分だろう。これより私の下に戻り、吸血鬼の戦士としての本分を果たすのだ」
「なっ!?」
フィーリアが驚きのあまり息を飲んだ。
吸血鬼の戦士の本分を……えっと、つまりどういうことかしら?
「……そういうところは変わっていないようだな。要するに、私と共に戦い、吸血王様――そしてもうじき復活なされる魔王様に仕えるということだ」
「……マオー? ねえ、たしかアタシたちが倒しに来たのって……」
「……そうだ。復活が予測される魔王の再封印ないし撃破。そしてそのシモベたる魔王軍の撃破。それが私たちの目的だ――と、もう何回も説明があったはずだが、まさかまだ理解していなかったのか?」
「し、失礼ね! わかってるわよそのくらい! アタシはマオーをぶっとばしに来たのよ、うん」
「……カーラよ、非常に不敬な発言だが今は聞き流そう。とりあえず教えておくが、その道を選ぶ場合私と敵対することになるわけだが、それはわかっているのか?」
……え、そうなの? そういえば、レオンからすると吸血鬼は敵なんだとか言ってたっけ。あくまでも集団としての意思であり個人の付き合いはまた別――とか言ってたせいで忘れてたけど。
うーん……そうねぇ。みんなで仲良くやるのが一番いいと思うんだけど、そっかー。おとー様とレオンって、敵同士だったのよねそういえば。
会ったことはないと思うんだけど……これは困ったわね。
「ところでおとー様」
「なんだいカーラ」
「アタシがおとー様に着いていくとして……その場合、アタシの友達や部下はどーなるの?」
「それが誰のことを指しているのかはわからんが……まあ、我々に敵対する以上殺すことになるだろうな。敵対しなくとも魔王様が復活なされれば滅びる運命に変わりはないが」
「……殺すの?」
「戦とはそういうものだ」
「ふーん……わかったわ。それじゃ」
アタシは会話をそこまでで止めて、右足を半歩前に出す。
そして――
「クン流・怪腕刺突」
左腕に加速のための助走を乗せて、おとー様の腹に向かって突き出した。
「おっと、ここで攻撃ということは……まさか、私と戦う気かね?」
「うん。だってアタシ、誰にも死んでほしくないもん。だから――おとー様一人殴り倒して戦いを終わらせた方が早いでしょ?」
おとー様は軽く後ろに跳んでアタシの攻撃をやり過ごした。でも、意思は伝えられたわね。
真の武術は不殺を目指す――だっけ? 細かいことは忘れたけど、とにかくただ殺すよりも殺さないで勝利して手下にする方が格好いいのよ!
メイに教わった通り、おとー様を殺さずに倒す。それができればなんの問題もないわ!
「……フッ、今のクン流は随分甘いのだな」
「え?」
「なに、独り言だ、気にするな。ともあれ、それがお前の目指す道なのだな?」
「そうよ。誰にも文句は言わせない、アタシの願いよ」
「……よかろう。己の道を見出だしたと言うのなら、それは尊重すべきものだ。私はお前を一人前の戦士として認めよう。そして認めた以上情けも容赦もしないが、構わないな?」
「上等よ。アタシがどれだけ成長したのか見せてあげるわ!」
アタシはおとー様に向かい合い、構えをとる。肩をすぼめ首を守り、両腕を盾のように曲げる防御重視の構えを。
「ほう? 威勢のいいことを言ったわりには随分慎重だな?」
「別に、強い相手と戦うときはこうしろって教わっているだけよ?」
「なるほど、武の真髄は防御にあり、か。良き師に学べたようだな。では――試してやろう」
おとー様は前に出ると、技術もなにもない身体能力任せのパンチを放った。
確かに早くて強いのは認めるわ。アタシも強くなったと思うけど、おとー様が強いのはよく知っている。でもね、だからこそ――自分より速くて強いパンチの防ぎ方はよく知っているのよ!
「ハッ!」
「肩に擦らせるように受け、ダメージを抑えると共に自分の隙を最小限に抑える、か。見事だ。確かにお前は技を学んでいるらしいな」
「そうよ! いくら速くたって、速いだけのパンチなんて効かないんだから!」
あのおとー様を相手にこんなこと言えるなんて、何かすごい気分いいわね。
辛いこともいろいろあったけど、メイに格闘技教わってよかったと今心の底から思っているわ!
「では、連続でいくぞ?」
「――なんのっ!」
おとー様はパンチにキックと、でたらめだけど速い連打を打ってきた。
アタシはそれを、一つ一つ丁寧に捌き、打ち落とす。相手を観察し、その動きを予測する。そしてその先にある未来予知へ――
(とまでは流石にいかないけど、十分見えるわね!)
そこら中から襲いかかってくる刃物と違って、おとー様の攻撃は一方からだけ。
メイは『練習で10やって初めて本番で1の力が出せる。同じように、実戦で敵の動きを見切りたければ練習で全方位攻撃くらいは捌けなければ話にならんぞ?』なんて言いながら嬉そーに刃物弾いてたけど、高速移動と気影の操作で分身して方向を絞らせないようにしながら。
……まあ、今は感謝しておくわ。痛かったし恐かったことは永遠に忘れてあげないけど。
……でも、これからどうしようかしら? 防御はできてるけど、攻めに出るのはちょっと厳しいかも……
「――隙あり!」
「おっと」
「ッ!? フィーリア!」
「一対一の戦いに割り込むのは武人としては気が進まないが、助太刀させてもらうぞカーラ。この男が尋常ではない強さを持っていることはお前もわかっているはずだ」
「ここは三人で戦いましょう? 私達、仲間なんですから」
おとー様の連打の隙を突き、フィーリアが槍を放った。それ自体はおとー様が後方に跳んだことで避けられたけど、そのままフィーリアとナーティアが参戦してきた。
……気に入らないけど、協力したほうがいいのは確かよね。吸血鬼の能力を全く使わないであの攻撃だし、様子見が終われば確かに危なそうだもの。
「3対1か」
「卑怯ではあるが、勘弁してくれ。見ているだけでもわかるが、貴殿はまだ私達が武人として対等になどと言っていい相手ではなさそうなのでな」
「眼力も確かなようだな。それに、それを理解した上で私に向かってくる胆力。何よりも、仲間を見捨てて逃げるなど考慮すらしていない曇りなき闘志……カーラよ、良き友を得たな。吸血鬼の世界にいてはまず手にできないものだ」
「そんなに親しいわけじゃないけど――ねっ!」
無駄話をしながらも、今度はアタシから仕掛ける。
一人じゃ防戦一方だったけど、こうして援護が期待できるのなら――
「では、私もそろそろ真面目にやろうか。簡単に死んでくれるなよ?」
「――え?」
踏み込み、拳を出した瞬間、おとー様の気配が変わった。今までは魔族らしく生来の力に任せていただけだったのに、急に動きが変わったのがわかる。
暴走するモンスターから、技を極めたと言わんばかりの完成された戦士へと、おとー様は変化している。それが、今のアタシにはわかる。
「クン流――」
「――え?」
「招く水神の大渦!」
クン流? とおとー様の口から聞こえた言葉に首をかしげる暇もなく、アタシの目の前がぐるんと回った。
おとー様はアタシが突き出した拳を両手で掴むと一緒に、自分の方へと引き寄せながらその場で大きく素早く回転したみたい。
当然腕を掴まれたままのアタシはそのまま一緒に回り、首から地面に叩きつけられる。これ、アタシの突進の力を利用した投げ技――
「ハァァァァッ!」
「このタイミングでの攻撃、いい判断だ。そして、後ろの魔術師のお嬢さんも素晴らしい反応速度だと言えよう」
地面に叩きつけられ、首を折られた。本来そうなるはずだったけど、まだアタシはそこまでのダメージは受けていない。地面が直前で沼に変化したことでギリギリ首をへし折られることはなかったみたい。
多分、ナーティアが寸前で魔法を発動してくれたんだと思う。泥だらけになっちゃったけど、お礼を言っておくわ。心のなかで。
だってほら、今はそれどころじゃないから。
「捕まえ――たっ!」
「ほう?」
アタシは泥の中でおとー様の腕を掴み、拘束する。
アタシをおとー様は捕まえたけど、それはアタシがおとー様を捕まえているともいえるわよね。投げが終わって隙を見せたタイミングでフィーリアが仕掛けたことだし、このまま足止め……手止め? してやるわ!
「いい判断、いい連携だ。死ななきゃ安いと当然のように思考し、迷いなく行動に移すその姿、ぬるくなったとはいえあの男の教えは受け継がれているようだな」
「何を――」
「だがこの程度で安心してはいけないな。私にはまだ足がある」
おとー様はアタシに腕を掴まれたまま、片足を上げて大きく曲げた。
その姿はまるで引き絞られた弓矢。片足を上げるという不安定な状態のまま、全く軸をぶらさずに力を溜めるおとー様がそこにはいた。
「――ハッ!」
「いい槍さばきだ。だが、どこか不自然。最近になって新しい流派でも取り入れたのか?」
槍が迫っているというのに、おとー様はホントーに落ち着いている。
すでに攻撃を開始しているフィーリアの方が圧倒的に有利なのに、何で――
「付け焼き刃で勝てるほど私は甘くないよ。――【クン流・駆ける馬神の矢】!」
「――がっ!?」
もう0.1秒もかからずに槍はおとー様を抉る。そんな状態から動き出したのに、その非常識な速度の蹴りはフィーリアの槍を追い抜いて彼女の胴体を逆に抉った。
フィーリアも鍛練の成果か直撃の寸前で身を捻り、クリーンヒットだけは何とか避ける。でも、そんなの関係ないって感じに大きく吹き飛ばされてしまった。
「ぐ……あ……」
「フーちゃん!?」
フィーリアは生きている。ダメージを受けて苦しんでいるのがその証拠。
でも、これ以上戦うことは無理でしょうね。レオンに鍛えられてダメージには強いはずだけど、あれはそれで何とかできる攻撃じゃない。
今のは、偶々死んでいないだけ。もしフィーリアがあと少し反応できなかったら胴体に大穴を空けて死んでいたはず。今だって、放っておけばそのまま死ぬ。
あれは、そういう種類のダメージよ。そこまでやられても魔力さえあれば大丈夫だと似たようなところまで何度も追い込まれたアタシだからこそはっきり断言できるわ。
「今ので死なないとは、基礎技能はかなりのもの、しかもしっかりと馴染んでいるな。槍の技とはまた別に、変態的に防御を鍛えるいい師に学んだらしいな」
おとー様はまだ生きてるフィーリアに感心した様子を見せると同時に、僅かに膝を落とした。
そして、まだ腕にしがみついているアタシを無視してナーティアへと突進していったのだった。
「クッ!」
「魔術師の反応速度で私を捉えるのは難しいぞ? 【クン流・砕く牛神の骨】!」
「――」
おとー様は突進の勢いのまま、強烈なショルダータックルをナーティアにぶつけた。
咄嗟に発動させた防御魔法を軽く突き破り、ナーティアの小さい身体を高々と打ち上げる。仮にも防御したんだし、アタシをくっつけたままなんて不安定な状態の一撃だもの。即死ってことはないだろうけど、あれもまた偶々死んでない一撃よ……!
そんな風におとー様の破壊力に驚いていたら、いつの間にかアタシのお腹に軽く掌を添えられていた。
何をするつもりなのか一瞬驚いたけど、それより離れないとまずい。本能が全力で送ってくる警告に従い動こうとはしたけど、それよりも速くおとー様は身体を僅かに震わせたのだった。
「吸血鬼たる私が吸血鬼の再生能力に対策を持っていないとは思っていまい? 【クン流・蝕む毒神の針】!」
「がっ!?」
密着状態。それも、優しく触れただけ。それだけなのに、アタシは身体の中身をかき混ぜられるような強烈な痛みを感じた。
このダメージは、吸血鬼でも無理――
「衝撃を直接臓腑に送った。いくら再生能力があると言っても、内部破壊は吸血鬼でも嫌なものだよ。特にこれは特殊な力の練りを加えることで回復、再生を阻害する技だからね」
吸血鬼は吸血鬼を知る。おとー様が再生だけでは無効にできない攻撃を持っているのは当然だけど、まさかこんなに簡単に――
「さて、これで全滅だな。では……トドメと行こうか。せめてもの情けに、苦しまずに行かせてあげよう」
おとー様は、まったく迷うことなくトドメを刺すと宣言した。
この再生がしづらい内部破壊の技。回復するまで、後10分はかかるのに……!
「まずは……そうだな。その槍のお嬢さんからにしようか」
おとー様は偶々視界に入ったからなのか、足元で蹲っているアタシではなくフィーリアのほうへと歩いていった。
今のフィーリアは生きているのがやっとの状態。とても逃げたり戦ったりできないんだから、アタシが何とかしないと……!
「グゥ……アアッ!」
再生は後回し。とにかく全身の魔力を操り、壊れていない部分を駆使して立ち上がる。
アタシは吸血鬼。この身体はアンデッド。柔な人間と違って、内臓の一つや二つ潰れたくらいじゃ何ともないのよ!
「ゴフッ!」
「……立ち上がる気概は評価するが、血を吐いているぞ? 血は我々にとって生命線であり力の源だ。無駄使いは止めておきなさい」
おとー様は立ち上がったアタシを困ったような顔で見て、特に何もしなかった。
……相手にする価値も、ないって言いたいのかしら!?
「馬鹿に、しないで!」
いくらおとー様だからって、許せない事はある。
それはアタシを無視すること。そして――アタシの周りを傷つけること。
「クン流――」
「……やれやれ」
拳を引き絞って突進するアタシに、おとー様は軽い様子で構えをとった。
本当に、何も心配する必要などないといった様子で。
「警告するぞ。今ならまだ間に合う。止まりなさい。もう一度打ってくるのなら……今度こそ命はない」
「――上等!」
命が惜しくて、族長で切り札やってられるかってのよ!
アタシはね、怖くて震えているお姫様なんて嫌いなの。どこまでも強く雄大に、誰よりも強い王こそがアタシに相応しい姿なの――!
「【裁きの流星群】!」
「ムッ!?」
拳がおとー様に向かって放たれる瞬間、空から輝く光の塊が降って来た。
それはおとー様目掛けて落下してくる。どう見ても、光属性の攻撃よね?
「これはいかんな」
おとー様は流石に無防備では受けられないと思ったのか、大きくその場を離れて拳を後ろに引いた。
そして、軌道を修正しておとー様へと向かう光の弾を殴りつけたのだった。
「フゥゥゥゥゥ……ハッ!」
気合炸裂。そんな大声と共に、光の弾は粉々に砕け散った。かなり強い力だと思ったけど、おとー様には勝てなかったみたい。
でも、いったいどこから……?
「驚いたが、追撃はないらしいな。どうやらかなり遠くからの射撃魔法だったらしい。これ以上の援護は、ないようだね」
おとー様は、二撃目がこないことを確認して再び拳を握った。
アタシも、また拳を作る。今のが何なのかはわからないけど、アタシがやるべきことは変わらないんだから。
「今度こそ、行くわよ! クン流・弓拳突破!」
突進の勢いそのままに拳を繰り出し、おとー様の身体を殴りに行く。
それでなんとなかるかはわからないけど……やらないで生き残るくらいなら、やって死ぬのが心意気よ!
「まったく、勇気と無謀はちが――」
「――クン流・降体弾」
距離を詰めるアタシとおとー様との間に、突然何かが降って来た。
その何かは地面へ物凄い勢いでぶつかった後、その衝撃波で辺り一面を揺らす。まるで本物の地震が発生したかのように。
それを成した馬鹿げた力の持ち主は、地面に叩きつけた拳の威力で発生した蜘蛛の巣状の地割れの中心に立ち、一言発したのだった。
「……ギリギリ、間に合ったようだな」
アタシの師匠――クン流格闘術正当後継者、メイ・クンが戦場に現れたのだった。




