第144話 戦いの予兆
予告どおり新章開始。
「……流石は南の大陸よりも魔王軍に近い場所。あちこちに砦の類があるなー」
俺は一人、山の中に……より正確に言えば、山の縁に当たる崖の上にいた。
そこからそれなりに離れた――少なくとも常人の弓矢では狙いをつけることすらできない距離から、一つの建造物を見ているのだ。
そこにあるのは、砦だ。本来は敵からの侵攻を食い止めるための軍事拠点って奴だが、毒攻めにより落とされ今は敵の手にある。
そこにいるのは、肉眼による観察によればやはり魔物の軍勢。それも、四足歩行の獣ではなく人と同じく二足歩行で歩き武器を持つ種族がぞろぞろといる。
細かく見れば、所謂獣人と呼ばれるワーウルフやワータイガーと呼ばれる連中が中心だ。人型モンスターは魔人王――つまり吸血王の配下だったと思うが、獣の特性も持っているから魔獣王の配下なのかな? その辺の詳しい敵軍の情報も欲しいところだ。
まあ、それはともかくとして……あの砦は本来二足歩行生物である鳥人族が使うことを想定して作られているのだ。となれば、当然その機能を活かせるように配備するだろう。
……やはり、敵は明確な意思の元に統率されているようだ。
少なくとも、好き勝手に暴れて落とした砦を自分の住処に使っているってわけではないようだな。
今までにも何度か落とした砦と、同じと言うことだ。
「んじゃ、いつも通りに行きますか!」
俺は軽く身体を解すように準備体操をした後、心を戦闘に切り替える。これで砦への侵攻は5回目くらいだ。
弟子組の修練が始まってから数日。同時並行で夜の間に敵軍への奇襲作戦を行っているわけだが……ここと同じく元鳥人族の砦、現敵の巣窟って場所はあちこちにある。
元々こちらの物である以上その全ての場所を把握するのは簡単なのだが、兵力的な意味で手が回らない。
そもそも奪われた場所は全て毒による汚染が酷く、奪還しても使い物にならない。並みの神官では浄化どころか自分が死にかねないくらいに毒が強く、まだアレス君では対処できないだろう。とても砦として運用するだけの兵力を在住させるのは不可能だ。
それを解決することは現段階では不可能。だから、この砦を攻めるメリットはあまりないだろう。
だが、それならそれで別に構わないとも言えるわけだがね。
「要はそこに行けば敵がわんさかいるんだ。ただでさえ頭数じゃ負けてるんだから、安全確実に削っていかないと……ね!」
魔力や気迫を探ってみたところ、あの砦にはそれほど強いのはいないようだ。一人二人そこそこのはいそう……ってくらいだな。
だが、それでも流石に多勢に無勢。いくら気迫と自信を宿し、弟子に恥じないよう生きるべしとは言え……流石に正面突破では危険が大きすぎる。
だから、魔力を消し、気配を消し、隠密で行くべきだろう。
というわけで、俺はその場でググッっと脚に力を溜めながら屈む。
そして、その力を一気に解放することで大きく跳躍するのだった。あくまでも、悟られないように力を控え目にしてね――!
「チェリアッ!!」
跳躍によって控え目に到達した砦の壁面――材質は恐らく石を魔法的に強化したもの――に向かって、控え目に蹴りを放った。
その一撃により壁はあっさり爆散し、人一人通るくらいは余裕の穴が開いた。もっとこの砦は耐久力に気を払った方がいいな。
「な、なんだ! 何事だ!?」
「侵入者だ! 全員戦闘配備――」
「んじゃ、控え目に始めますか!」
侵入した場所にいた何人かに存在を知られたが、まあここまできたらもう関係ない。
パッと見える位置にいるのは、大型の戦斧と鎧で武装したトカゲっぽい獣人魔物。所謂リザードマンだ。
意思疎通はできるようだし、カーラちゃんとこの連中の例もある。ここはやはり、死なない程度に加減して沈めるとしようかね。毒耐性こそ持っているのだろうが、どう見ても召喚によるかりそめの命ではなさそうだし、最大限の利益を得るためにはただ殺すだけじゃダメって言われてるしね。
そんなわけで、俺は控えめに拳を振るった。
「控え目にねー」
「グルオォォォッ!?」
「何だ、このバケモノは!」
「空から降って来たぞ! 飛行術も使わずに!」
「最近通達があった襲撃班か!?」
「奴に近づくな! 触れた奴らが天井に突き刺さっているぞ!」
「近づかずにどうやって止める!?」
「知るか!」
剣は使わない。使う必要もないし、手加減するなら素手のほうがいい。敵陣で自分の戦力を低下させるのは愚かなことかもしれないが、やはりリスクを背負ってこそ力を得られるというものだ。
「こほぉぉぉぉぉ……」
「ぐばぼっ!?」
「な、何でだ!? 大して力を込めているようにも見えないのに!?」
「それが技術だよ、トカゲ諸君」
力を抑えて、消耗を最小限に。ただ強い力で弱い相手を倒すだけでは成長はない。必要最小限で、最大限の力を発揮する。それが出来てこそ、更なる上にいけるのだ。
完全に制御された一撃は、無造作に振るわれる強大な力に勝る。それを成しえるのが技術って奴だからな。
アレス君にも同じ極意を習得できる修行をさせているわけだが、俺も決してこの技術を極めているわけじゃないからな。練習できるときにはきっちり練習しておかないと――ね!
「シュバルツ式・力道点破!」
「ぶろぉぉぉろ!?」
近くにいた獣人の顔面に右拳を叩き込むと同時に、全身の力を練り上げて威力を圧縮させる。
力を闇雲に強くするのではなく、一点に束ねることで高める。無駄を削り、圧縮すれば同じ力でも威力を何倍にも高めることができる。
それが力道点破の極意。元来全ての攻撃技とはより効率よく力を敵にぶつけるためにあるものだが、その原点にして基点をトコトンまで追求する。それが俺が歴代当主達の戦いから学んだ極意の一つであり、もう一人のレオンハートから教わった力でもある。
これができるからこそ、覚醒融合を使いこなすことも出来る。武器と融合し、その力を完全に制御する。そのために必要な技術なのだ。
「死なない程度にぶちのめしてやる! 精々物資を消費して治してもらうんだな!」
「ギヤァァァァァァ!」
一体のリザードマンの頭を掴み、投げ飛ばす。下手をすれば首の骨が折れて即死だが、そこはちゃんと加減してこその技術だ。
こうして傷つけても殺さない理由は一つではない。第一目標に失敗した場合のこともちゃんと考えた布石なのだ。考えたのはクルークやロクシーといった頭脳担当だけども。
まず、補給的な意味では味方は死亡するよりも重傷の方が面倒だったりするのだ。心情的にはもちろん味方に死なれるのは絶対に嫌なことだが、当然怪我人は治療しなければいけない。そのために、一時的に戦力にもならない者を治癒するための薬や術士が必要になるのだ。
当然兵糧も消費しないといけないため、生きていてもそれほど危険ではない敵戦力は生かしておいて方がいいのだ。
まあ、それはあくまでも敵が負傷兵を治療するって前提の話だけどな。見殺しにされた場合のことまでは責任持てん。
そして――
「敵をただ殺すだけの技よりも、殺さずに倒す技のほうが遥かに難しい。ならば当然、高みを目指す者は不殺を目指すものだ!」
ただ殺すだけなら強い力をぶつけるだけでいい。極端に言えば、誰でも使える強力な武器を持った一般人でも同じことができてしまうってことだ。
だが、殺さずに倒すのは敵の力量を見極めた上で自分の技の威力を完全に制御する必要がある。だからこそ、騎士は無意味な殺生を恥とするのよ!
「ハハハハハハッ! そらそらどうした! 無抵抗に全滅するつもりか!」
「ぐ、怯むな! 敵はたかが一人だ! 全員で囲んで動きを封じて殺せ!」
「オウ!」
侵入した部屋の壁を破壊し、廊下に出て走りながら目についた相手を適当に殴って進む。自分でいうのも何だが、もはや交通事故だろう。
そうやってしばらく暴れていたら、ようやく奇襲の衝撃から抜け出したのかリザードマン兵は――そして騒ぎを聞き付けて集まってきた守備兵たちは一斉に武器を構えた。
手にしているのはさっきの戦斧ではなく、槍か。どうやら突撃槍で一斉攻撃してくるつもりらしいな。
「突撃!」
「ウォォォォッ!!」
「さて、この布陣を突破するには――」
嵐龍を使っての砲撃技、魔法を使っての遠距離殲滅、魔眼を使っての集団支配……まあいろいろある。
だが、そういう特殊能力にはギリギリまで頼りたくない。俺の内側でざわついている、何かを掴むためにもな――!
「……模倣! クン流・双腕連槍!」
「ぶ、グアァァァァッ!?」
「ば、ばかな!? 素手でこの人数の攻撃を押し返しているだとぉぉぉぉっ!?」
自分の両腕を槍のようにイメージし、連続で抜き手を放つクン流の一手。俺の指先の方がやつらの槍よりも鋭く硬いようで、敵の軍勢が面白いように吹き飛んでいった。
どうやら、船の中での修行はちゃんと身についているようだな。メイ相手に素手の組み手を繰り返していたのは伊達ではないってわけだ。ちゃんと技を盗むくらいの努力はしていたんですよ――ってな!
「しかしこの砦は外れだったか? もうちょっと強いのがいる気がしたんだけど……」
「それは私のことかな?」
「――ん?」
景気よく敵兵をぶっ飛ばしていたら、なにやらちょっと大き目の気迫を感じさせるトカゲが現れた。
いや、背中に生えている翼から考えて……竜人って奴かな? 精霊竜や船上で遭遇した水龍からは感じられたドラゴン特有の気は感じないから、多分羽が生えているだけのトカゲなんだろうけど。
「貴殿が通達のあった襲撃者か。ここ数日、我々の同士を次々と打ち倒しているらしいが……運がなかったな。この守護十二獣が一柱、ガイザレスの領域に足を踏み入れるとは」
「守護十二獣?」
竜人、ガイザレスの手に握られているのは斧と槍の両方の特性を持った武器――ハルバード。
この武器は多様性に富んだ優秀なものだが、だからこそ使い手には無数の選択肢から最善を選ぶ咄嗟の判断力と、確かな技量が求められる。
そんな武器をこうも自然に持っている以上、かなりの実力者なのだろう。
だがそれ以上に、気になるのは何か幹部っぽい名称のことだ。聞いたこと無いけど、何の称号だろうか?
「おお! ガイザレス様だ! ガイザレス様が来てくれたぞ!」
「これでもう安心だ、あの愚か者は真っ二つ間違いなし!」
なにやら、まだ無事だった敵兵が騒いでいる。どうやら、味方からの信頼も厚いようだな。
まあ、それよりも疑問を片付ける方が先か。
「で、守護十二獣ってなに?」
「なんだ? そんなことも知らんのか?」
「馬鹿な奴だなおい。まさか守護十二獣の方々の存在すら知らんとは」
「それで我らと一戦交えようというのだから馬鹿らしい話だ!」
さっきまで怯えていた守備兵たちの笑い声が砦に響く。
どうやら、連中の中では知らないほうがおかしいってくらい有名な名前らしいな。
俺としても是非知っておきたいので、ここは野次など気にしないでおこう。どうせ後でぶっ飛ばすしな。
それに、できるだけ情報も引き出したい。どうせ後で尋問する予定ではあるが、聞けるなら聞きたいしな。こうして自分の中心で味方に囲まれた状況、それでいて本人に自信が漲っている。これは口が軽くなりそうだ。
「冥土の土産に教えてやろう。我らは偉大なる獣の王、魔獣王様の軍勢だ。そして魔獣王様の軍勢には最高幹部“征獣将”様がおり、その方を守護しサポートするのが我ら守護十二獣だ」
「ふーん……。つまり、トップの魔獣王と、その下に幹部……魔獣軍の副官がいて、お前は更にその下ってことでいいのか?」
「そう言う事だが……何が言いたい?」
「いや、つまり……その他大勢の雑魚ってことだろ?」
「フッ……抜かしたな人間!」
ガイザレスはハルバードを自在に振り回し、俺を斬りつけてくる。あの重い武器を小枝のように振り回すとは、技量身体能力共に中々のものと言えるだろう。
だが――
「悪いな。最近の俺は、どうも調子が良すぎる」
「な――グルアッ!?」
ハルバードの猛攻の隙を抜け、ガイザレスの背後に回る。
そして、そのまま背面から心臓を目掛けて抉るように掌打を一発。それで終わりだ。力道点破の技法を身につけてからと言うもの、一つ一つの動作の威力が桁違いなんだよな。
今まで自分がどれだけ無駄に力を使っていたのかって話だが……まあ、それを理解しただけでも成長だと思おう。
「ば、馬鹿な……この私が、素手で……、しかも一撃で……」
「悪いけど、最高幹部でもない奴に手間取っている暇はないんだよ。一昔前の俺ならいざ知らず、今の俺はそこまで謙虚じゃいられないんだ」
ガイザレスはその場で倒れ、意識を失う。獣系のモンスターは生命力が異常なくらい高いから死にはしないだろうが、当分動けまい。
こいつは自由にさせるのは危険なので連れて帰るけどね。情報もたっぷり引き出せそうだし。
(実力的にはミハイやイーエムの7割くらいかな……? 我ながら強くなったものだ)
俺は大将が倒されたことで完全に戦意を喪失しているリザードマンたちを前に、警戒は解かずに体内の熱を放出し気を整える。
同時に、自分の拳を見る。力が漲っている、自分の拳を。
自分で自分の成長に驚いているくらいに、ここのところの俺は強くなっている自覚がある。
もう一人のレオンハートから伝授された技の数々は俺の力を飛躍的に増大させ、更にその教えを自分のものにする時間を船の中で十分に取れた。
そのおかげだとは思うのだが、正直何か恐ろしいものを感じる成長だ。まるで、自分の内側に何かとんでもない化け物が住んでいて、その力が表に出ているかのような感覚すら覚えるほどなのだから。
まあ、恐らくその感覚は気のせいじゃないんだろうけど。それを思えば、もっともっと強くなっておかないとな。
「――さて、敵兵諸君。君たちの大将はこの様なわけだが……まだ続けるかい? 降伏してこちらの軍門に下るのなら慈悲はあるけど?」
俺は少々強めの気迫を放ちながら遠巻きで見ている守備兵へと語りかける。
俺の降伏勧告に敵兵達はしばらくお互いの顔を見合わせて考えるが、しばらくすると全員武器を手放して降伏の意を示した。
これは経験からわかったことなのだが、彼ら魔王軍の兵士には案外忠誠心というものはない。ただ、魔物のルールとしてより強い者に従っているだけなのだ。
もちろん吸血鬼のように一人一人のプライドが高い連中や悪魔のように強者しかいないものは話が別なのだが、こと獣に属する彼らはその傾向が強い。
要するに、カーラ式説得術が有効というわけだ。せっかくこっちが苦労している毒に対して強い耐性を持っていることだし、使えるなら使いたいよね。もちろんこっちに忠誠心を持つわけじゃないから、信用はできないけど。
とは言え、これでまた労働力ゲットだ。こうなった場合のことまで考えてわざわざ不殺を貫いたんだし、この砦の襲撃は大成功と言えるだろう。
それじゃ、帰るとしますかね。
…………………………
……………………
………………
「がぼがぼがぼ……」
「ほらほら、沈んでないでちゃんと二本の足で立ちなさい」
「常識的に普通の人間は水の上に立つことはできません!」
砦攻めが終わったら俺も就寝し、朝4時頃になったらアレス君と修行だ。
ここ数日で大分水中移動になれてきたおかげで湖の掃除は大分進んだ。最終的にアレス君は無理して水中で浮かぼうとするのではなく、素早く底まで潜って水の中を走るという方法で往復するようにしたのだ。確かに、同じ足を引っ張られながらでも地に足がついていた方が安定はするだろう。俺としても、水中ダッシュは死ぬほど足腰の鍛練になるので文句はない。
とはいえ流石に大変だろうから、一つアドバイスとして秘策を授けてあげることにした。
このように、足を高速で動かすことで水面に立つという男のロマン溢れた秘策を。
「実際できてるだろ? これができれば多少不安定な状態だろうが水中を素早く上がることなんて簡単だ。習得すると結構便利だよ?」
「重力仕事しろ!」
アレス君は足をじたばた動かしながら、何とか足につけた鉄球の重さで沈まないように頑張っている。こうして叫ぶだけの余裕がある辺りまだ余裕なのかな?
それにしても、重力に失礼なツッコミだな。ちゃんと仕事はしてるってのに。力道点破の極意により力を一点に集め、水面の波に合わせて強烈な力を加えることで一瞬水を石のようにしているから沈まないだけで。
そして、それらの動作を限りなく小さくやっているから立っているように見えているだけだよ?
「もっと気を集中させて、素早く無駄なく蹴るんだ。これができるようになると打撃の威力が飛躍的に上がるよ」
「無茶……」
「あ、力尽きた」
ついに重りに抗えなくなり、ブクブクと沈んでいくアレス君。
いざとなれば飛行魔法で――なんて甘えはもちろん許さない。あの鉄球、愛と絆君は魔法封じの効果もあるので小細工はできないのだ。
このまま溺れ死ぬってことはないと思うけど、死の直前までは助けないので頑張ってくれ。
「んじゃ、俺は俺で掃除するとしますか」
アレス君のことはアレス君に任せるとして、俺も湖の掃除を始める。
今も当然覚醒融合状態なので、アレス君とは別の原理で水に触れているだけで浄化できるのだ。
それに、今はそれと平行して『限りなく小さな力に押さえて覚醒融合を維持する』という修行を行っている。
当然力を引き出すだけなら大きく魔力を解放した方がいいのだが、制御の技術向上のためには小さく纏める方がいい。はっきり言って、こういったことは最大威力を出すよりも最小に留める方が難しいからね。
「ぶはっ!?」
「お、自力で上がってこれたじゃない。ちょっとコツつかんだのかな?」
「死にたくないだけです!」
いつものようにアレス君の悲鳴を聞きながら、今日も元気に修行するのだった。
◆
「……ほう、それは興味深いな」
「じ、実に恐れ多いことです……」
我は報告を遮り、一言漏らした。
その一言に、報告を持ってきたワーウルフの伝令兵が隠しきれない恐怖を見せながらも答える。この不愉快な報告をしたことで、腹いせに殺されるとでも思っているのか?
確かに我の召喚した有象無象であれば気軽に殺していたかもしれんが、こやつは魔獣王様より預かった兵士だ。御方の命を果たすためなら勇敢に死ねというが、癇癪で殺してしまう訳にはいくまい。
もっとも、我の機嫌が悪いままという問題はあるがな。
「我の召喚軍があっさり全滅。しかも役目を果たすこともなくか」
「は、はい。今までの鳥どもは一度も見せたことのない面妖な術を使い、全て……」
「まあ、あれらは殺されるのが役割だ。負けたというだけなら驚くに値しないが……その術は厄介だな。何らかの方法でこちらの攻撃への対抗策を見つけたか、あるいは援軍でも来たか……?」
我は口に出しながら現状を整理する。
我の計略により、鳥どもの命は風前の灯であったはず。弱った心を利用することでこちらに引き込んだ者の話でも、起死回生の策など用意できる状態ではなかったはずだ。
となると援軍の線が濃厚か? いったいどこの誰がやって来たのかは知らんが……いや、確かそんな報告を受けた気もするな。確か吸血鬼どもからだったと思うが……。
「……まあ、誰でもいいか。それよりも、鳥どもが息を吹き返しているのが問題だ」
「はい。敵は迎撃だけにはあきたらず、こちらが占拠した砦を次々と破壊しています。その場にいた兵士たちは皆殺されるか、あるいは連れ去られ……」
「砦を塒にしていたのは、当然我の召喚獣ではあるまい。それはいささか問題だな。いかに下級兵とはいえ、魔獣王様から預かった兵を失うのは……」
雑魚を何匹失っても痛くはない。だが、問題ではないとは流石に言えない。
そんなことを口にしたとき、伝令兵の肩が僅かに震えた。ここでその反応は……まだ何かあるということか。
「そういえば、報告の途中であったな。それで、いったい何を隠している?」
「そ、そのようなことは! 断じて隠してなど……!」
「わかっておる。話を遮ったのは我だ。一々びくつくな」
「も、申し訳ありません!」
俺との絶対的な格の差を理解している態度だと言えるが、こうも事ある度に畏まられては時間の無駄だな。
もっとも、敬意が足りないと俺が思えばこの場で殺してしまう可能性は確かに高いがな。
「で、では報告させていただきます。敵の攻撃で倒れた――行方不明者の中に、守護十二獣のガイザレス様が……」
「――何?」
守護十二獣、だと?
本来ならば決して表にでない我――"征獣将"グラムの直轄に当たり、我に何かあった場合その席を埋める予備。つまり魔獣軍の中でも最上位一歩手前の実力者にのみその名を名乗ることが許されるということだ。
そのような名誉を受けたものが、敗北したというのか? どこの誰とも知れぬ、有象無象ごときに――!
「ふざけるなッ! 魔獣王様の顔に泥を塗る気か!」
我は一瞬で怒りを抑えることができなくなり、4本の腕をその場で周囲に叩きつけた。
その威力で居城としている要塞は揺れ、あのワーウルフもまた運悪く腕の一本に当たり吹き飛ばされ、絶命した。
……またやってしまったな。ついつい癇癪で周りのものを壊す癖が出てしまった。
結局殺してしまったが、まあそれならば仕方がない。死んだのならそれはそれで構わない程度の存在だからな。
「おい、誰か――」
死体を片付けさせようと我は誰か呼ぼうとした。
しかし、その言葉は形になることなく消えてしまう。我の興味が、一点に集まったからだ。
「ウ、アァ……」
なんと、絶命したはずのワーウルフがふらふらしながらではあるがゆっくり立ち上がったのだ。
これには我も驚く。あやつは偶然当たっただけのものとはいえ、我の一撃に耐えうる存在だったのか?
そうとは思えなかったのだが……と首を傾げたところで、その原因を我の鼻が嗅ぎ取るのだった。
「この死臭……アンデッドか」
確実に絶命する一撃を受けて立ち上がったのは、なんということもない理由だった。ただ死んでからも動いていただけなのだから。
しかし、それならそれで疑問は残る。いくら理不尽な死を迎え、怨念の塊になる条件は揃っているとはいえ……自然発生には流石に早すぎるだろう。十中八九、この周囲にアンデッドを産み出す術者がいるはずだ。
しかも、我にその存在を気取らせないほどの力を持ったな。
「大して慌てもしないか。流石にあやつが副官としているだけのことはある」
「――貴様、いえ、あなた様は……!」
周囲をうかがうと、柱の影の中から三人の人影が現れた。
不埒な侵入者かと咄嗟に武器に手をかけたが、その姿を見ると同時に今までの比ではない驚愕と共に膝をつく。
本来ならば魔獣王様以外に膝をつく道理などないのだが、流石にこの方が相手では下手に出ざるを得ない。
目の前に突如現れた、我らの王と同格の存在。全ての死者の王――原初の四魔王が一角、魔人王オゲイン様が相手では。
「楽にせよ。そう畏まることもない。此度は非公式でのお忍びだからな」
「ハ、ハハッ!」
楽にせよといわれて楽にできるわけもないが、それでも命令を聞かないという選択はあり得ない。我は無礼にはならない程度に身体の緊張を解いた。
「して、魔人王様ほどのお方がこのような場所に何用でしょうか? 何かお望みがあれば、何でもお言いつけください」
「気持ちは受け取っておこう。しかし不要だ。お前はお前の主の命に全力を注ぐがよい。この通り、私も部下を二人ほど連れておるから不自由はない。人手が欲しければほれ、あのようにいくらでも作れるしな」
魔人王様は後ろに連れた二人の吸血鬼と、今作ったばかりのワーウルフゾンビをちらりと見た。あれを作ったのは間違いなく我を驚かせるためのイタズラだろうが、確かに人手が欲しければいくらでも作れるか。
とはいえとても王に仕えるのに万全の布陣とは言いがたいが……本人が仰られているのだ。我が口にすることではないだろう。
後ろの二人は恐らくどちらも伯爵級であり、王の近衛としてもいささか不安なのは気になるところだが。
「この二人のことなら心配はいらん。確かに魔力量こそ伯爵級相当だが、どちらもそんな表面上の力では計れない実力の持ち主だ。我が一族の歴史の中でも比肩する者は早々いまい」
スッと、お褒めの言葉に感謝するようにお着きの二人が頭を下げた。
魔人王様にここまで言わせるとは……どうやら、外見だけで判断していい相手ではないようだな。
「それと、ここに来た理由だったか? 大したことではないし、お前の任務を妨害するつもりもない。ただ――」
魔人王様は一瞬、次の言葉を考えるかのように視線を上にやった。
そして、自分の中で纏まったのか改めて口を開いたのだった。
「私直々に行いたい調査が一つあってな。数年前からやらねばとは思っていたのだが、丁度その調査対象がこの大陸に来ていると聞いて来てみたのだよ」
「ま、魔人王様直々にとは……よほど重要なことなのでしょうな」
「重要というべきかは判断に悩むところだが、まあやらねばならない事だな。全ては世界核のために……だよ」
魔人王様はそれで言いたいことを言い終えたのか、マントを翻してその存在をボヤけさせていった。恐らく転移魔法だろう。気がつけば、連れの二人も同じように消えていっている。
この大陸にかけられた転移阻害も、魔人王様にかかればないも同然ということか。連れの二人にまで同時に転移させるとは、流石は原初の四魔王と言うべきか。
「今日はこれで戻るが、目標を狙う機会があればすぐにでも来ることになる。これから私を見かける度に一々動揺させて邪魔をしたくはない。今日はそれを言いに来ただけだよ」
消える直前、魔人王様は私を見ながらそう呟かれた。
確かにいきなりかの方が現れれば大いに驚き、足を止めることになるだろう。ここでならともかく、軍事行動中だと致命傷に成りかねない。それを危惧されたということか。
「……相手は女神の尖兵。万が一があると怖いので、ね」
最後に何かを呟かれた後、そのお姿は完全に消えてしまったのだった。
「ふぅ……ともあれ、我には我の役割がある。まずは、我ら魔獣軍の顔に泥を塗った何者かへ、我らの力を知らしめるとしようか……!」




