第143話 人外への道 後編
今章ラストです。
――アレスが湖に沈められた日の朝。
「今から俺はアレス君と修行に出る。とはいえ夜には戻ってまた出発ってサイクルだけどね。流石にずっといなくなるのは責任者として問題あるし」
アレス、カーラ、それにアレスの班メンバーであるマクシス、フィーリア、ナーティアの計五人が虹の樹の一室に集められていた。
彼らの前で、シュバルツが代表して話をしているのだ。彼らの覚悟を問うためにな。
「そこでだ、君たちにも聞いておこうと思ってね。今からアレス君にはちょっと上に行くためのやや厳しい修行を受けてもらうことになったんだが……どうする?」
「どうする、というと……そちらの方々も関係あるのでしょうか?」
「メイがいるって事は、修行関係?」
槍の女戦士、フィーリアがこちらを見て口を開いた。更にその隣で私の弟子、カーラもぽけっとしながら言葉を被せた。
彼らの視線の先に――つまりシュバルツの後ろにいるのは、私とクルーク。それに鳥人族の隊長オオトリ殿と、あの変態仮面ことボーンジだ。最後の一人は今は大人しくしているようだが、何かあれば即制圧できるように私が構えているのは言うまでもない。
(実力だけは確かだから指導者として採用というシュバルツの意見はわからなくもないのだが……人格的には不安しかないのだがいいんだろうか? 教え子の人格に多大な悪影響が出る気しかしないのだが……)
非常に心配ではあるが、この場の最高責任者であるシュバルツの決定だ。それに一々口を挟むのもルール違反と言うものだろう。
本人は『まあ何だかんだ言ってもロクシーが調整したんだし、多分大丈夫』と言っていたが……深く考えるのはよそう。
そんな雑念はもう捨てるとして、今考えるのは自分の役割だ。
私達がここにいるのは、もちろん彼らへの修行をつけるため。だが、こういうことは無理やりやらせても何の意味もない。あくまでも本人の強い意志があってこそ身になるのだ。
ある程度までの領域ならば、才能がある者こそが上に行くものだろう。しかし、それ以上を目指すとどうしても本人の意志の力が必要になってくる。あらゆる不利不平等に動じず、ただ上だけを見て進む心の力がな。
「カーラちゃんは師匠であるメイに、ナーティアちゃんは船と同じくクルークに任せる予定だ。それと、槍の達人であるオオトリ殿にフィーリアちゃんを、空間把握の達人であるボーンジにマクシス君のことを任せる予定だ。ああ、彼とは初対面だろうから一応言っておくけど、腕は確かだよ。さっき軽く手合わせしたけど、確かに英雄級だから」
シュバルツはボーンジへ視線を向けて紹介し、ボーンジはにこやかに笑みを浮かべて軽く頭を下げた。
……それにしても、いつの間に手合わせしたんだ?
今の実力で言えば、しばらく監禁されて動けなかったボーンジよりもシュバルツのが上だろう。当時の実力だけで比較してもシュバルツのほうが上だったろうし、更に差が広がっているはずだ。
さては、大人しいのはそれが原因か? 取り繕っているが消耗が激しくて回復に集中してたのだろうか……?
「まあ要するに、ここにいるのはキミら以外全員師匠役ってことだな。というわけで、改めて聞こう。ここにいるメンバーは戦力としての質を高めるべく集中特訓を受けてもらうわけだが……キミたちは、ここまで来たいかい?」
「え?」
「俺たちが今いる領域へ。師を名乗る以上、当然そこまで連れて行きたいと思っている。だがそれは言うまでもなく過酷で危険な道だ。今のままでも十分一般的な基準では実力があるし、普通に稽古をつけてもらうだけでも十分だとは思うよ。だからね――」
シュバルツはそこで言葉を止め、五人を眺めた。その眼の奥に宿る、心を見抜くために。
「選ぶといい。普通に稽古を受けるだけにするか、それとも……命を捨てる覚悟をするか。ちなみに一応言っておくと、この場合の常識的な回答は普通に稽古を受ける方だ。もちろん普通とは言っても、常識的な範囲でかなりきついことをする。はっきり言えば、一般的な感性で言えば地獄の猛特訓って奴だ。だからその場の空気に流されたりせずによく考えて答えなさい。命を捨てる修行ってのは、それ以上なんだからね」
一般基準における最高戦力になるか、それを踏破した規格外の戦力になるか。シュバルツが迫っているのはそう言うことだ。
前者であっても、問題なく役立つだろう。戦いを勝利で終えればの前提だが、貢献者として表彰され尊敬されるには十分な実力を得る事はできる。
だからこれ以上、上に行く必要などはないのだ。望むのが名声や金銭であるのならば、な。
「そんなの決まっているじゃない――」
…………………………
……………………
………………
現在の拠点である虹の樹より走って1時間ほどの場所。
毒の影響は比較的少ない――殺風景なほどに何もない岩山地帯であるため、攻撃対象にされていない――場所にて、私は弟子と一対一で向き合っていた。
「さてカーラ。今よりお前に新たな修行を授けるが……覚悟はいいか? お前なら死ぬことはないだろうが、それに近い苦痛を伴うのは間違いないぞ?」
「ふふん。アタシを誰だと思ってるのよ。なんだか知らないけど、どんとこいってやつよ!」
薄い胸を張って私の前にふんぞり返る我が弟子。事前に肌着だけになるように指示しておいたので少々はしたない動作と言える。まあ、ここには私しかいないので問題はないが。
師弟関係の始まりこそあまり格好のいいものではなかったが、今ではこの吸血鬼の少女が私にとってもっとも大切な存在といえるかもしれない。少なくとも、そのくらいには大切に思っている存在だ。
情が芽生えたといえばその通りだが、この子自身に好感を抱いているということなのだろう。考えなしで頭がいいとはお世辞にもいえないが、その分心は真っ直ぐで清らかだ。ここまで邪気と呼ぶべきものを持たない者も珍しいといえるだろう。
まあそんな複雑なことを考えていないだけだろうが、拳の筋もいいし……要は気に入ってしまったのだ。強くあることに躊躇いがなく、ただ真っ直ぐ進むことができるその魂をな。
そう、これよりクン流における秘伝にして奥義を授けてもいいと思うくらいにな。
「では最後に確認するが、やるからには私は容赦しない。途中で怖じ気づいても止めないが、構わないな?」
「しつこいわね。いいって言ってるじゃない」
「……よし、死ぬかもしれないが、頑張るんだぞ!」
「死ぬ? ……アタシなら大丈夫よ!」
「その意気やよし。普通の人間なら……まあお前は人間ではないが、とにかくまともなら足を止めるところでも躊躇なく先に進めるのは美点だぞ」
欲をいえば、止まるべきところでは止まれるようになったほうがいいのだろうが……まあ、いい。
私個人の持論だが、巨大な壁が立ちはだかったとき、考え込んで動けなくなるよりは前に進む方がいい。無謀だろうが何だろうが、障害は破壊すれば全て解決するのだ。その精神でやっていけばこの世に不可能などないのだからな。
「ねえ? どうしたの?」
「あ、ああ。なんでもない。ちょっと考え事だ」
「ふーん。また犬のことでも考えてたの?」
「いや、そんな可愛いものじゃないさ」
少々思考がわき道に逸れ気が抜けたのを見抜いたのか、カーラが首をかしげた。中々鋭くなってきたな。
そう、見ているだけで癒しを与えてくれるわんこはここにはいない。今考えているのは目の前の弟子のことなのだ。
というわけで、早速準備するとしようか。
「ではまず、これをつけなさい」
「なにこれ?」
「囚人拘束用にも使われる、魔封じの手枷だ。本来は鎖で繋がっているのだが、それは邪魔なので外してある」
魔力を封じられれば、当然戦闘力は激減する。つまり問題を力技で突破することが困難になるわけで、技術的なことを学ぶときによくやるのだ。
特にこれはシュバルツからのお勧めで譲ってもらった一品であり、その質には確かな保障がある。
「さて、着けたな? では前置きはこのくらいにして、早速始めよう。……あれだ」
「あれって、あの大きな布がかぶせてあるやつ?」
「そうだ。本当は私の実家にこの修行のための道具が置いてあるのだが、流石に持ってくる事はできなくてな。そこで、技術班と鳥人族の方々にお願いして似たようなものを作ってもらったのだ」
「ふーん」
私は岩山の影に置いておいた、高さ3メートルほどの巨大な訓練器具に歩み寄る。
持ち運ぶために布を被せておいたが、これは仮にも流派の奥義に関わるものなので隠すという意味合いもある。作ってもらった技術者の方々は当然見ているが、何に使うのかまではわからないだろうしな。
(予想くらいはするかもしれんが、それは仕方がない。元々、真似しようと思ってできることでもないしな)
即席で作ってもらった割にはかなり精巧にできている器具が隠された布を前に、私はその全貌を明らかにすべく手をかける。クン家の道場にある隠し部屋――通称秘伝の間に置いてあるものとほとんど同じ、この装置にかけられた布に。
この装置で鍛えられる力は、クン流の奥義に絶対不可欠。これさえできれば勝てない相手はいなくなるといっても過言ではない重要な力を身につけることができるのだ。
その分危険はとてつもなく大きいが、仕方がないことだ。世の中、最後の一線を超えるのはいつだって決死の気迫と相場が決まっているからな。
「では、開帳だ」
勢いよく布を外せば、そこから見えたのは――刃だ。無数に光る、幾つもの刃物の輝きだ。
少し引いた視点から見れば、これ以上ないくらいに手を抜いた家屋という感じだろうか。床に何の飾り気もない石の板。その四つ角から柱が伸びており、天井に該当する石の板を支えている。壁はなく、本当にそれだけの代物だ。
無論、それは天井から糸でぶら下がっている無数の刃、そしてこの装置内限定で強度、切れ味の強化、更に四方に反射の術式を込めた魔力壁を展開する魔法陣を仕込んでもらっていることを見なければの話だが。
「えーと……なに? この古代遺跡の罠が作動した後みたいなのは?」
「見ての通り、大量の刃物をぶら下げただけのものだ。シンプルだろう?」
まあ本当はいろいろ仕掛けがあるのだが、言葉で説明しても無駄なのはわかっていることだ。それは身体で理解してもらおう。
なお、刃となる武器の提供は鳥人族の方々。そしてこれを組み立ててくれたのが技術班の方々だ。
こいつはいったいこんなもんで何をするつもりなのか――みたいな目で見られたが、分からないならそれでいい。
こんなものでできることなど、唯一つしかないというのにな。
「ではカーラ。この中に入れ」
「え、ヤダ」
上からぶら下がっている刃物の間隔はランダムだが、気をつければ刃に触れることなく中央まで入れるようにはなっている。
実は天井部分がパズルのように可動式になっており、ある程度なら刃物の位置を調節できるようになっているしな。
そんな装置に早速入れと命じたのだが、カーラは笑顔で拒否した。
……やれやれ、それでは先が思いやられるな。
「そうか。嫌なのか」
「え、いや何言ってんの? 当然でしょ? 死ねっての? これ、完全に殺しにきてるわよね?」
「大丈夫だ。うまくやれば死なん」
「いや、いやいやちょっと待ちなさいって」
珍しくカーラが慌てて逃げ腰になっている。刃に毒や聖水を塗っていないだけまだましだと思うのだが、どうも怖いようだな。
……恐怖は全てに通じる。恐れない者は強いのではなく愚かなだけだ。真の勇気とは、恐怖してなお前に進む心の力のことである。
ならば、この弟子に恐怖の概念があることはいいことだろう。初めは刃物に触れると斬れるということすら理解していない様子と言っても過言ではなかったのに……成長したものだ。
というわけで、後は前に進む勇気だけだが……嘆かわしいことにまだそれは備わってないようだ。どうせすぐに慣れるのだから、やった方が早いのにな。
「そうか。まあ嫌なら仕方がない。怖くて無理と逃げ出すのを無理に止めはしないよ私は」
「……なんですって?」
「いやいや、別に恥じることじゃないさ。弱者がこれを前にすればおびえて当然だよ。……私は昔やったがな」
私はそんな挑発以外のなにものでもない言葉と共に、できる限りの優越感を込めた笑みを浮かべる。
すると――
「誰が弱者よ! やってやろうじゃないの! このアタシに不可能はないわ!」
「そうかそうか」
我が弟子ながら、本当に扱いやすくて好きだよ。
本当に、まずこれに挑む覚悟を持つだけでも普通の人間だと結構な時間がかかるというのにな。
「い、行くわよ……あ、ちょ、イヤァァァァァッ!?」
カーラは装置の中に入ったが、中央へたどり着く前にいきなり刃に当たってちょっと斬れた。
いかに人間より遥かに優れた肉体を持つ吸血鬼であるとはいえ、魔力を封じられた以上普通の刃物で斬れる。当然のことだな。
「待って待って待って! 何する気か知らないけど、これはダメでしょ! 痛いもん!」
「怖いと感じる心は大切だぞ。これからも忘れないようにな」
「自分に都合のいい部分だけ聞き取らないで!」
弟子のわがままを封殺し、カーラにさっさと装置の中央部まで行くように指示する。
中央部には二つの円が隣り合うように描かれているのだが、今は一つ使えばいいだろう。修行をレベルアップさせるころには二つ目の円が役立つのだが、今はまだ第一段階だ。
その後も神経質なくらいにゆっくりと吊るされた刃の間をすり抜けて、ようやくカーラは円の中に入った。今すぐにでも逃げ出したいように見えるが、刃物が怖くてうまく身動きができていない。まだまだ無駄だらけの動きではこの刃の檻から出るのは入ったときと同じく再生力任せの突破しかないだろうし、再生できても痛いとのことなのでやりたがらないだろうがな。
「さて、ではこれより修行を開始するが、まずは趣旨の説明と行こうか」
「ねえ! そのまえに出してくんない!? ちょっとでも動くと斬られそうなんだけど!」
「クン流において、もっとも重視されるのはパワーだ。だが、どんな破壊力も相手に当たらなければ意味が無い。すなわち、自分よりも速い相手には無力ということだ」
「聞いてよ」
なにやら弟子が涙目になっているようだが、無視する。今は大事な話をしているところなのだ。
「例えば、シュバルツの剣士がそれに該当する。彼らは鍛錬において、特に足腰を重視して鍛える傾向がある。それは流派が速度重視の剣術であるためだが、とにかく加速法といった要素を抜きにしても速度ではクン流に勝っている場合が多い。別にクン流が足腰を蔑ろにしているというわけではないが、重視しているものの違いだ」
「重視?」
「大切に思っているもの、ということだ。シュバルツ流は『どんな攻撃も当たらない速度こそが最強』という理念で技を練り、クン流は『どんな相手でも一撃で倒す威力こそが最強』という理念で技を練っている。それだけの違いだよ」
だが、どうしたってその一撃を当てられなければ意味が無いのは事実。
かといって、速度と力を同時に極めるのは難しい。そもそも速度にせよ力にせよ、どの流派も当然深く練っているのだ。その上で、特に重視するものの違いというだけの話だからな。
「そこでクン流は、速度で勝る相手に当てる技術を磨いてきた。これはその技術を学び、磨く為の修行なのだ」
「……これが?」
「ああ。その力とは、先を読む力。一般に気影洞察と呼ばれるもののことは覚えているな?」
「うん。何か、相手の動きがブワーっとなってる奴よね」
「まあ、そうだ。ブワーとなってズバーとなる奴だ」
指導する言葉としてこれでいいのかは非常に疑問だが、この子には難しく言葉で教えるよりも感覚と身体で覚えさせた方が効率がいい。
つまりそういうことなのだ。
「クン流は、更にその先を目指した。気影により数秒先の未来を予測するだけではなく、それ以外のあらゆる情報から未来を“予知”する。それが目標だ」
相手の動きが完璧に読めれば、どんなに速くとも攻撃を当てる事は容易い。
カウンターをとれば速さなど無意味であるし、それどころか相手の守りをすり抜けるように攻撃することも可能になる。まさに攻防一体の力だといえよう。
「予知って……どうやって?」
「それをこの装置で学ぶ。要は、周囲の情報を自分の周囲に張り巡らせた気で感知し、そこから次に起こることを直感するのが目的だ。頭で考えるよりも速く、身体が次にやるべきことに自動反応するようになるまで刻み込むのだ。……こうやって、な」
「キャッ!?」
私は無数に垂れ下がっている刃物の内、一つを強く弾く。
すると当然、衝撃を受けた刃は振り子のように動き出し、刃の密林を闊歩する。もちろんそのまま素直な軌道で中心部へ向かうわけではない。途中で他の刃にぶつかり、跳ね返り、更に他の刃を巻き込んで無軌道に斬撃の嵐を巻き起こすのだ。
「え、ちょ、ま――痛っ!?」
振り子の軌道で動き回る刃の一本がカーラの背中を捉えた。
先ほども証明されたとおり、今のカーラは魔封じの枷のせいで耐久力が激減している。あの程度でも普通に斬れてしまうことだろう。
まあ体内の魔力が消えたわけではないのですぐに再生するが、それでも痛くて怖いことに変わりはない。まあそれでも再生できないよりは大分楽なのだが……そういった点では、やはり人間は脆弱だな。私がこの修行をやったときは両手両足がダース単位で千切れ飛び、その度に回復役か回復魔術師のお世話になっていたからな。
「こ、こんなのどうしろってのよ!?」
「全ての刃の反射を予知し、必要最小限の力で止めるんだ。無駄に力を入れたり考えなしに暴れると反って悪化するぞ」
「無茶をいう――キャッ!?」
更に幾つかの刃がカーラの肌を刻む。やはり事前に服を脱がせておいてよかったな。貴重な資源を無駄にすることはないだろう。身につけていた肌着はもうダメかもしれないが。
ともあれちゃんと本能的に急所である頭と心臓だけは守っているようだし、このまま続けるとしようか。本当に死にそうなときは助けなければならないが、それ以外で手を出すつもりはない。
「この――ヤッ!」
カーラは自分に迫ってくる刃の一本を視界に納め、破壊すべく抜き手を放った。
指を真っ直ぐ伸ばして敵を貫く型だが、特にカーラの場合は種族的に鋭利な爪があるので強力だ。もはや武器術といっても過言ではない威力を誇る。
が――
「あれ? ――痛い!」
当たり前だが、固定されていない物に力を加えても後ろに移動するだけだ。そして上から糸で吊るされている以上、やがて振り子運動で戻ってくる。力を加えた分勢いを増してな。
後ろに逃がさず物を破壊するためには、後ろから力が逃げないように支えるか、特殊な力の練りが必要になっている。大した力のかかってない不安定な物を破壊するのは意外と難しいのだ。
おまけに今のカーラは魔力を封じられて破壊力を落としている上に、武器には耐久力強化の魔法をかけてもらっているのだ。そう簡単には破壊できるはずがない。
「だったら避ければ――って、ぶつかった!?」
ならばと今度は自分が動いて、自分から動いていない刃に突撃してしまうカーラ。
当然ぶつかった刃はカーラに刺さるか、あるいは吹き飛んで振り子に加わる。
そうして自分でますます剣の嵐を苛烈にしてしまい、また斬られるカーラ。私も最初はああなったから気持ちはよくわかるがな。
「さて、では師としてのアドバイスだカーラ。まずはこの修行の目的を思い出し、五感を駆使して刃の動きを予見するように努めろ。そして、避けるときはやはり周囲の状況を目に頼らず把握し、何もない場所を狙って動くんだ。そうすればいずれ刃は止まる」
「できるか!」
「できないと死ぬほど痛いぞ。まあ、全ての刃を身体に突き刺すでも止められないことはないが、お勧めはしない」
恐怖を知らぬのでは愚か者だ。だが恐怖に負けていては臆病者だ。恐怖を乗り越える勇気こそが本当に重要なものなのだ。
そんな恐怖の中でも、死の恐怖は何よりも強い。だからこそ五感を研ぎ澄ませ、第六感に至るこの修行には必要不可欠なものなのだ。死にたくなければできるようになる。それしかないのだからな。
同時に最小限の動きで攻撃を捌く練習にもなるし、刃に慣れることで対剣士の練習にもなる。まさにお得な修行法だ。まずこの第一段階を制覇すれば、周囲の動きを目に頼ることなく察知する感覚と高レベルの危機回避能力、そして最適化された守りの動きを習得できるというわけだな。
この第一段階が終われば最低限、無数の動きを読み取る力と、必要なだけの力を込める技術が身に着くことだろう。
それが終われば第二段階、今度は私が外から刃を動かすことで読む動きに自分由来ではない他者のものを加える修行。
そして第三段階として、私もあの中の二つ目の円に入り、刃を避けながら組み手を行うのが待っている。そこまでいけば十分にクン流の極意を習得しているだろうな。
「ま、先は長いが頑張れ。とりあえず、最低限向かってくる刃を摘むだけでも止めることはできるからなー」
「な、なるほどって……こんなの摘んだら手が斬られるわよ!」
「斬られないように摘めばいいんだ」
そんな愉快な会話をしながらも、時間は過ぎていく。
まあ、初日はこんなものだろうな……。
◆
「…………」
「おーい。皆、生きているかーい?」
「………………」
4人の弟子組が食卓に突っ伏し、手に食器を持ったまま意識を失っている。辛うじて生きていることを示すように痙攣しているが、こりゃ本当にギリギリだな。
まあ、一人元気に――欠食児童のように食いまくっているのもいるけど。
「血、血が足りない。もっと、もっと食べないと……!」
その食欲旺盛な最後の一人はもちろんカーラちゃん。吸血鬼に疲労はないからいくら痛めつけられても元気だ。
まあ、失った魔力を補うべく必死に食べまくっている姿からして消費した体力は他の4人と似たようなものみたいだけど。海上で捕縛した人間には早い食材が見る見るうちになくなっていくよ……。
「どうでした? それぞれの成果は?」
「カーラに関しては問題ない。予定通りの進歩だ」
「ナーティア君も問題ないよ。しっかり魔術師に必要な技術を基礎から叩き込みなおしているから」
「マクシス君も何の問題もない。個人的に気があったし、仲良くやれてるよ」
「フィーリアも大丈夫だ。言われたとおり我らの基本にして奥義でもある“風読み”を教えたが、中々筋がいいぞ」
俺が師匠組に各々の感触を聞いてみたところ、いずれも良好のようだ。アレス君も何だかんだいって大分水中で動けるようになってきたし、問題はないだろう。
皆才能豊かな子達ばかりだし、全員あの場で俺たちと同じステージに立つことを覚悟できるくらいの心を持っているのだ。後は伸ばすだけなのだから、ある意味当然だけどな。死ななきゃ。
「で、合格までは?」
「一日二日では流石に無理だ。もっと時間は必要だな」
成長するのは当然。しかし師匠勢が認めるほどの実力を身につけなければ意味はない。
その完成はまだまだ遠いか。まあ、メイの言う通り一日二日で身に着くなら何の苦労もないので仕方がないのだが。
「んじゃ、予定通り俺たちはこれから時間を稼ぐことを念頭に動く。この大陸の浄化活動も敵に襲われながらじゃ効率悪いし、弟子達が寝ている間も俺たちは仕事ってことでな」
「ああ」
この大陸は元々鳥人族の勢力圏だった。当然、各地に軍事拠点としての砦などもあるのだ。
その大半は毒攻めにより放置されたり魔物軍に占拠されたりしているらしいので、俺たちはこれからそれの解放と魔物の駆除に動く。流石に四方を万全な体勢で押さえられてはおちおち修行もできないからな。
まあ下手に刺激するとより攻撃が苛烈になるって恐れもあるのだが、すでに攻められているのにそんなことを言っても仕方がないだろう。
と言うわけで、攻めることにしたわけである。元々、守りよりは攻撃の方が性にあってるしな。
こちらから攻める場合、戦場は当然汚染地域だ。だから毒対策さえしっかりしておけば汚染を食い止める技を持たないメイやオオトリさんでも問題なく戦えるってわけで、一つ……暴れるとするか!
「それじゃ、これが対毒のマジックアイテムだよ。やつらの毒にあわせて作ったから、ひとまずこれで問題ないはずだ」
「わかった」
「かたじけない」
毒に対して耐性がない組にマジックアイテムが手渡される。クルークが体内に取り込んだ毒魔物の成分から突貫作業で作った対毒魔法のかけられた装備であり、これで準備は万全だ。
作戦としては個々が敵の集団に奇襲をかけて殲滅。この繰り返しだが……シンプルで非常にやりやすいって話だな。
「んじゃ、健闘を祈る。明日も弟子組の指導があるんだから、ちゃんと自分の睡眠時間は確保できる程度に抑えてな」
「了解。では――」
「出陣!」
個人能力頼りのゲリラ戦法だが、それができるからこその英雄級。
神官複数人がかりで徹底的に浄化したオオトリさんは体調もすこぶる良い様だし、一気に攻め落とすとしよう。
ある意味、これが俺たち師匠勢の修行だ。実戦に勝る修行はない――って奴だな!
どいつもこいつも英雄と呼ばれる者はイカレテいるの巻。
次章より、魔獣軍との本格交戦となります。




