第141話 ひと時の平穏(一部にとっては)
「盟主の弟子……って、知ってる?」
「……あの動乱事件の首謀者の弟子って事だと思うよ」
「え? それってメイが戦ったっていう英雄級に近しい実力者って奴か?」
「そうそう。僕も面識はないけど、かなり危険な男って聞いているよ。まあ、あまり強く言えた立場じゃないけどね。確か投獄されていたと思うんだけど……」
俺とクルークは、今もメイに向かって跪き、何か興奮しながらクネクネしている銀髪の男――自称盟主の弟子ことマイド・ボーンジについて部屋の隅で情報交換していた。
盟主って、あの動乱の首謀者であるガーランド・シュバルツのことか? 確かあの時はクルークも強制とは言え動乱を仕掛けた側だったからだろうけど、ちょっと声に張りがないな。
しかし投獄か……俺はあくまでも容疑者を捕まえるまでが仕事であり、そこから先はノータッチだから詳しい事は何も知らないんだよな。面会に行くほどの暇もなかったし、理由もないからこれが初対面だし。
まあ、気になる事はあるけど。
「……メイとまともに戦える実力者なんだろ? よく素直に投獄されたな」
「ん、ああ。何でも、グレモリー様が作った対英雄用封印牢獄ってのが王城の地下深くに存在しているらしいよ、極秘で」
「……あの魔法狂いならそんなのを作れてもおかしくはないか」
グレモリー……あの正体不明の大魔法使いにして一応の師匠の一人。しかしてその実体は魔法研究に全てを捧げた異常者にして異端者。
魔法に関する手ほどきを受けた恩人でもあるのだが、いろいろ複雑だ。あの爺さんからは魔法の使い方について教わっていたのだが……何でも、俺が一流と呼ばれる魔法使いになるには普通の方法では人生を二回繰り返す必要があり、異常な方法を用いれば9割廃人になるリスクがあるらしい。
そんなことよりも剣を振っていた方が可能性があるということで魔法使用に関しては最低限の基礎を、そして対魔法の戦術を教わるって方針になったのだが……うん、まあそれは感謝している。爺さんの教えがなければ俺は今までのどこかで魔法使いに敗れていただろうからな。
だが、教えを授けるのを口実にしているとしか思えないくらいに実験台にされたことを思い出すと、どうにも複雑なのだ。だからこそあのジジイの異常な実力は熟知しているので英雄級を封じる牢獄を作れてもおかしくはないと断言できるわけだが。
が、そんなことよりも……なんで極秘情報扱いなんだ?
それに、何故それをクルークが知っているのだろうか?
「……その目は、何故極秘なのか、そして何故それを僕が知っているのかって目かな?」
「よくわかったな」
「ま、後ろめたい事情があるからね。そう言うのには敏感になっちゃうものだよ」
「ふーん。で? その事情って?」
「大したことじゃないよ。僕の父は元国立魔法研究所の最高責任者。そういった魔法的なものが関わることで知らないことはないし、国攻めをする際に警戒すべき情報は共有されていたってだけのことだから」
「へー。今にして思えば本当に危なかったんだな。そんな頂点に近い大物まで加わった反乱ってのは――」
「おい! お前ら現実から逃避していないでそろそろ助けろ!」
何となく世間話に興じていたら、ついに近寄りがたいオーラを出している男のクネクネポーズに限界を迎えたらしいメイが叫びを上げた。
正直こっちに実害がないのならもう見なかったことにしてしまいたいのだが……どうしたものかな?
「えっと、その……ボーンジさん?」
「おや、何ですかな?」
「いろいろ聞かなきゃいけないことはあるんですが……なんでここに?」
「運命に導かれてです!」
「……はあ? じゃ、その、どうやってここに?」
「宿命に従ってです!」
「…………何がしたいんですか?」
「決意を果たしたいのです!」
「………………今日はいい天気ですね」
「世界は祝福されています!」
……どうしよう。言葉が通じるのに会話が出来ない。
今まであったことのないタイプだ。異常者異端者の知り合いには事欠かないと自負しているけど、これはまたベクトルが何か違う気がする……。
『……えー、それはワタクシが説明いたしましょう』
「って、え? この声は……ロクシーか」
メイの要請に応じて話しかけたらいきなり着地点が行方不明になったところで、今日は一日中起動させておいた通信の指輪の色が変わった。
……前回は何故この指輪で通信できたのか不明だったけど、今ならわかる。まだボーンジさんが出てきた空間の歪みが残ったままだし、この先が南の大陸に繋がっているのなら通信できて当然だ。何せ魔法の霧も竜巻防壁も全部スルーしてここに直通しているんだから。
どうやってこんなことしているのかは未だに謎だけど。
『はい、5日ぶりですね。無事予定通りことが進められて何よりです。そちらはお変わりありませんか?』
「ちょっと戦闘があったくらいだよ。問題は特にない」
『それは何より。さて……ではまず、何から始めますか?』
指輪から聞こえてくるロクシーの声に、さてまず何から聞くべきか少し考える。
本来ならもっといろいろ考えた上で情報交換すべきなんだが……うん。やはりまず、最初に聞くべきなのはこの人のことだろう。何とか通訳できないか期待しているぞ俺は。
「自称、盟主の弟子ことマイド・ボーンジさん……この人、ぶっちゃけ何者?」
『本人の名乗りの通りですよ。最初の事情聴取ではナイトムーンと名乗り、その後もヘブンロードだとかシェルロックとか名乗ったり……短いものだとクルスとかもありましたか。とにかく気分次第で自分の名前が変わる人でしたが、名簿との照合で裏もとった本名ですよ、それは』
「……まあ、名前はとりあえずどうでもいいよ。それで?」
『はい。元々はかの反乱劇で賊軍の首領、シュバルツ様の親戚でもあるガーランド・シュバルツの隠し玉だったそうです』
「隠し玉……」
『自らが大衆の中から見つけ出した金の卵を育て、対英雄級もこなせる超一流の戦士に育て上げたようです。まあ武芸魔術の才はともかく精神的には英雄級とは程遠い人格破綻者でしたが……いえ、むしろそうなるように育てた節があるようですが』
「ふーん……」
英雄級の人格破綻者とか……危険すぎるな。
普通、俺を含めて武芸を学ぶ者が最初に習うのは剣の握り方でもなければ拳の作り方でもない。鍛えた技の恐ろしさ、危うさだ。
本当の意味で大切なのは力を振るう心ではなく、力を得てなお自分を律する心。人間ってのはどこまで行っても自分勝手なもので、力を得たら使わずにはいられない生き物だ。だからこそ、本当に強くなりたいのならまず『力を使わない強さ』を教え込まれる。
それを知らずに力だけ得てしまえば、必ず生きる災害に成り果てる。そうならないように、真っ当な武人は弟子を鍛えるときは体と技だけではなく、心こそ注意して鍛えるものなのだ。
まあ、その力を存分にふるって平和を破壊し、蹂躙するための駒として育てたってんならそんな理念とは真逆になるのも頷ける話だけどさ……。
『本当に酷いものでしたわ。精神の専門家にお願いして簡単なテストをしていただいたんですが……処置なしと』
「そんなに?」
『多少例の魔薬にも使われていた精神錯乱の危ない薬が使われていた形跡もありましたが、それ以上に非人道的な教育により徹底的に歪められた精神はもはや対処不能。普通にカウンセリングしても無駄という結論が出ました。もう殺すしかない……というのが専門家の意見です』
「そりゃまた、凄いな」
そうなるように育てられたとは言え、酷い話だ。
ある意味ではもっとも悲惨な被害者と言えるだろう。内側から人生歪められたとか……身内として心底申し訳ない気分になってくる。
『まあ、元々自分の才能を過信して暴力三昧、三度のメシより人を見下し嘲笑うのが好きってどうしようもない人物だったようですけど。生来の能力である空術を使って気に入らない相手を高所から落としたり、困っている婦女子を助けるという名目でその辺のナンパ男を過剰攻撃し、その後恩に着せて被害者の婦女子を弄ぶといった事件は日常茶飯事だったようです。結論として、盟主ことガーランドがやったのは将来の大悪党候補をより完璧なものに仕立て上げたというのが正しい表現ですかね』
「……それでも、被害者ってことにしておこう。そうじゃないと俺の心が痛み損になる」
最後の一文は聞かなかったことにした。それが多分俺的には一番いい。
「……で、それが何でああなったの?」
俺はいろいろ放り投げてから、チラリとボーンジさんのほうを見る。
俺がロクシーと話し始めたからか、またメイの足元でクネクネしている。……そろそろメイから殺気が漏れ出している気がするが、大丈夫だろう。あいつも武人のプライド的な意味で戦闘態勢に入っていない相手を殺すことはないからな。殺したいくらいに苛立っているのは間違いないが。
『ああ、どうせ処刑するなら一つワタクシに預けてくれないかと頼んだのですよ』
「……で?」
『国としても、英雄級の実力者を失うのは非常にもったいない話ですからね。その力が自分達に向けられるのでは殺すしかないとはいえ、使えるものなら使いたいのは当然のこと。元々、基礎性能で敵対勢力に圧倒的に劣っているのは事実なわけですし』
「言わんとする事はわかった。お前がどうやって特別房に入れられた囚人とコンタクトを取ったのかも大体わかった。が、何故ああなったんだ? 医者でも手の施しようがなかったんだろ?」
『ええ。普通の方法では。ですがまあ、最初からダメだったら殺せばいいと諦めがつくのならやりようはありますわ』
……なんだろう、指輪越しに会話しているだけで顔は見えないのに、何か凄い黒い笑みが見える。
元々、法を破りはしないって表現が相応しいくらいにスレスレのことをやっているのは知っている。利益のために人道を逸れるような真似こそしないが、制限の中でならどんな手でも使うのがロクシーだ。
常人がつい躊躇ってしまうところでも、迷わず踏み込める。それが出来るからロクシーは大商会の長なのだ。綺麗事だけでは生きていけない世界で強者たるに相応しい黒さがある事は知っているつもりだからな。
なのだが……これは過去最大級の黒さを感じるんだが……。
『知っていますかシュバルツ様。元々、ワタクシの家は暗殺者の教育に力を入れていたと』
「ああ、でも失敗して没落したんだろ? 囲っていた暗殺者も一流どころはさっさと鞍替えして、残ったのは隠密としては優秀でも暗殺って分野では二流ばっかりだったって」
ちなみに、その二流暗殺者軍団を再編成し、情報操作に特化させた隠密集団がマキシームの“影”だ。
『ええ。ですので、ワタクシの……というよりマキシーム家の配下には一流の暗殺者はおりません。ですが、そのノウハウは残っているのですよ』
「ノウハウ?」
『ええ。ですので、使いこなす事はできずともやり方はわかっています。そして……人を殺すとは、何も肉体的に破壊するだけではありません。心を、精神を殺すのもまた暗殺術の一つなのです』
「……するってえと、もしかして……」
『はい。根元から歪みきっていてどうしようもないというのなら、いっそ根元から破壊して作り直してしまおうかと思いまして』
「何恐ろしいこと言ってんの!?」
いやいや、それはどう考えてもアウト判定だろ人として。
人格を破壊するというと薬物か精神魔法か……いずれにせよ、何十と言う法を破らないといけないはず……。
『いえいえ、誤解しないでくださいまし。違法な手段は一切使っておりませんとも。それどころかかすり傷一つ付けておりません。一時の利益のために法を犯す。それはいずれ没落する定めにある愚か者の所業ですわ。ワタクシは父や祖父の二の舞になる気はありませんので』
「違法な手段はなしって……じゃあどうしたんだよ?」
『簡単です。言葉のみ。それだけで追い込んだんですよ。幸いにも相手は囚人。合法的に拘束した状態で徹底的に追い込んでやればいいだけのことですとも』
……あれ、なんだろう? 合法って言ってんのに邪悪度がアップした気がする……。
こういうとき、表情が見えない通信ってのはありがたい。今、俺の表情は間違いなく脅えて引いているだろうから。
しかし通信でならそんな俺の様子が相手に伝わるわけもなく、ロクシーは何事もなく話を続けるのだった。
『彼の心の歪みは自尊心と優越感……つまりは生まれもった才能に依存しています。何の鍛錬をすることもなくその他大勢より優れていて、鍛錬を積んだ今では本当に数えるほどしか対等な存在はいない。そんな優越感が人格を歪めていました』
「それはわからなくもないが……」
『ですので、まずその自信を徹底的に粉砕しました。幸いにも、無敵にして絶対の存在だと信じていた自分が敗北したという下地がありましたので……そこを基点に自信という自信をへし折ったわけですね』
「……具体的には?」
『聞かないほうがよろしいと思いますよ? 簡単に言えば、拠り所としていた自信を完膚なきまでに否定し続けただけですけど。その後力以外の点を言及、産まれもった才能の一つがなければどれだけ愚かで脆弱で醜い存在であるのかを残酷なほどに正確に認識させただけです。そして拠り所を失い、自信の全てを失ったがらんどうの心にちょっと新しい拠り所を入れてあげただけで……』
「だけって……それ、洗脳って言わない?」
『言ったでしょう? 裏の住民の技術をフル活用したと。……まあ、ちょっと想定外のこともありましたけど』
「それって……」
「ええい、もう寄るな!」
「あふん!?」
軽くドン引きな洗脳……いや調教……そんな感じのものに恐れ入っていたところ、ついに当事者であるメイがキレた。
どうやら這いつくばっていた可哀想なボーンジさんの顔面に比較的手加減少なめな蹴りが入ったようだ。その威力に当然吹っ飛ばされるボーンジさんだが……何故だろう。あんなに嬉しそうに恍惚とした表情を浮かべているのは?
「えっと、その結果がアレなのはわかったが……何故ああなった?」
『その……自分絶対主義を崩壊させたまではよかったのですが……何故かその反動で自分卑下主義といいましょうか、他者を痛めつけて見下すって趣味が反転し、痛めつけられ、見下されるのが大好きになってしまったといいましょうか……』
「ああ、何か狂った扉を閉じたら代わりに開けちゃいけない扉を開いちゃったわけね」
『まあ、他人を傷つけないと気が済まない性癖よりはましなので、もういいかなと。元々処置なしという判断をされていたわけですし、頑張った方でしょう?』
「ベクトルが変わっただけで狂人度は変わってないのでは?」
蹴られた場所を押さえながら地に這いつくばり、クネクネ喜びを表現するボーンジ。
……何故か蹴ったはずのメイが脅えている。まあ気持ちは分かるよ。俺たち、基本外敵は殴るか蹴るか、じゃなきゃ斬るしかない。だから殴っても蹴っても喜ぶ相手とか最悪の相性だろう。まさか害意がない相手を殺すわけにもいかないしな。……貞操の危機は感じているかもしれないが。
『周囲を破壊する狂人と見ていると不安になる変質者なら後者のがましでしょう?』
「ましなのか? ……まあ、殺意ばら撒かれるよりはましか」
俺は納得いかないが納得したことにした。もう知らんと現実から逃避したとも言う。
「でも、それはちょっと不思議ですね。そういった性癖の持ち主は知らないわけではありませんが、それなら彼が好くのは自分をこれでもかと蔑んだミス・マキシームなのでは?」
横で静かに聴いていたクルークが話に入ってきた。気を利かせて今まで黙っていたのか……その気遣いに何故か余計なものを感じるのは気のせいだろうか?
『ああ、まあ最初はそんな感じの状態になったこともあったんですが……』
「あったんですが?」
『面倒くさいので、彼の自信を砕いた原初であるクン様に忠誠を植え付けておきました』
「おぅい」
この人、最後の最後で面倒くさいものを全部人に丸投げしたよ。
自分のコントロール下に置いた上で面倒なのは他者にとか……やっぱこの人怖いわ。
「……ま、つまり困るのはミス・メイだけということでいいのですか?」
『そうですわね』
「じゃ、いいんじゃないでしょうか?」
『いいでしょう?』
あれ、何かクルークとロクシーが謎の見解の一致に至ったらしい。
……支配階級の常識、怖い。
「いいわけないだろ! 誰か助けろ!」
もちろんメイは納得しない。怒りの声を上げているが……当然だろう。
『まあ、彼のしつけはお任せします。ということで、そろそろ真面目な話に移りましょう』
「そうですね。とりあえず、彼がここに来た方法から教えていただけると助かるのですが?」
「おい! 無視か!」
二人そろって都合の悪いことは聞かないモードになっているな。
最終的に苛立ちが頂点に達したメイが『死にはしない攻撃モード』に入ろうとしているように見えるんだが……これは俺が収めないといけない流れだろうか?
『彼をそちらに送ったのは空術です。これは言うまでもないですね』
「ええ。今も残っている空間の歪み……異なる場所を異空間でつなげる空術の一つでしょう。それ自体はよくあるものですが、何故ここに繋げることができるのですか? こちらが認識しているだけでも三つの壁があるはずなのですが」
「え、三つ? 二つじゃなくて?」
「レオン君が言っているのはあの魔法の霧とここの竜巻の障壁だろう? それももちろん厄介だけど、それと比肩するくらいに面倒な壁……距離の壁があるのさ。空術ならどんな場所にも距離無制限で移動できるってわけじゃない。遠ければ遠いほど難易度が上がるのは当然のことなのさ。はっきり言って、何の障害がなくとも大陸を越える転移なんて不可能なんだよ、普通の方法では」
クルークは急に真面目な顔になって魔法の解説を行った。
俺も、重要そうな話と言うことでそっちに集中して話を聞く。とりあえず動きを封じるよう、主に関節を狙って技を繰り出しているメイとそれを食らって喜んでいるボーンジは意識の外に置いた。
「どんな方法を使っても不可能なのか?」
「いや、机上の空論でよければないわけでもないんだが……」
『はい。かのグレモリー様も同意見でした。が、机上の話でよければ簡単に魔法を作れると仰っていただけたので、とりあえずお願いしたんですよ。座標指定空術の構成を』
「座標指定……やはりそうか」
座標指定空術? はて、聞き覚えがないな。
クルークは納得いった様子なんだが……魔法は所詮門外漢だからな。あまり踏み込んだ話をされると着いていけん。
「……簡単に説明するなら、こう言う感じだよ」
「ん?」
クルークは右手をかざすと、無詠唱で小さな炎を作り出した。
「……ただの炎術だろ?」
「まあね。ほら」
「ん?」
クルークは、何の気迫もなく火球を俺に向けて飛ばしてきた。
はっきり言って、何の脅威でもない。この程度なら指一本動かす必要もない――というわけで、俺は軽く魔力を放出するだけでかき消した。
今のは何のつもりだったんだ?
「今のが普通の魔法。んで、ちょっと応用するとこう言うことができる」
クルークは魔力を展開し、部屋を自分の魔力で包んだ。
そして、その魔力の一部を変質させ――俺の背後に火球を作り出した。
「自分の手元以外で魔法を作る技術か。まあ、ある程度技量のある魔法使いなら誰でもやることだな」
背後から飛んでくる火球を、やはり魔力放出で吹き飛ばす。
今ので『自分の手元から魔法を発動する』基本と、その応用である『自分の身体から離した場所で魔法を発動させる』応用を見せたことになるな。
「レオン君。今キミは背後を見ずに火球を消して見せたけど、どうしてわかった?」
「そりゃまあ、お前の魔力を感知していればわかるだろ」
「そうだね。手元から離して発動させるためには、まずその地点まで自分の魔力を飛ばす必要がある。空術も同じだ。自分の魔力を行きたい先まで飛ばさないといけないからあまり長距離にはいけない。それを克服するためには事前に転移先に魔道具を用意し、魔力をそこから発生させるといった工夫が必要だ。そして両端から魔力を伸ばしあうことで繋げるわけだね。転移門や転移玉がその代表だ。そして――」
「ん?」
今までとは違い、クルークはなにやら集中して魔力を練り始めた。
今度は何か大技でも使うつもりか――ッ!?
「おっと!?」
俺は首筋辺りにぴりぴりとしたものを感じ、咄嗟に屈む。すると、今まで俺の頭があった場所を掠めるように火球が飛んできたのだった。
「流石、予知不可能の魔法でも勘で回避するか」
「い、今のは……?」
「今のが座標指定の魔法だよ。自分を基点として発動させる魔法とは違い、何もない場所から魔法を発生させるのさ」
「いったいどうやって……?」
「それを説明するには基礎魔法論を完全に理解した上で高等魔法理論書を10冊は読み込んだ事前知識があると仮定した上で、更に150時間ほどの講義時間が必要なんだけど……聞きたい?」
「いや、いい」
難しい話なのはよくわかった。多分、俺には一生理解できない話なのだろう。
「ま、戦士として知っておくべきなのは物凄い集中力と技術が必要ってことくらいかな。今の下級魔法相当のを一発撃つだけで、上級魔法一発分くらいの魔力消耗してるしね。到底実戦向きじゃない。奇襲にはうってつけのように思えるけど、見ての通り気配は駄々漏れになるからね。魔法構築に全力で集中しないといけないから」
「へー。道理で知らないわけだ」
「おまけに、僕でも視界の範囲内が精一杯だ。座標指定とは言っても、世界のどこにでも自由に魔法を発動させるなんて不可能なんだよ」
クルークの話が一区切りついたところで、俺は徐に頷いた。何かこう、賢そうな雰囲気が出るような感じで。
……はい、学問的な魔法技術は完全無欠に専門外なのですよ、俺は。
だから内心では理解をすっぱり諦めたのだが、クルークはだからこそと言わんばかりに目に力を宿すのだった。
その先にいるのは――おおよそ、人体において移動に必要な箇所の破壊が完了したらしいボーンジである。
「だからこそ信じられない。魔法の中でも高等技術に属する空術を、視界におさめることもできない超遠距離から座標指定で発動させるなんて技術はね」
……クルークにも不可能な技術か。それは確かに驚きだな。
少なくとも、人類の中でクルーク以上の魔法使いなんてグレモリーくらいしかいないと思っていた。いや。グレモリーからしても机上の空論ってことは、この分野に関してはあのジジイ以上ってことになるんじゃ……?
『彼は空術の先天技能者。先天技能と、天性の才。あわせて考えれば、空術のみで言えば比肩する者はいないかと。伊達に世界は自分中心に回っているなんて自己陶酔に浸った才能ではありませんから』
「先天技能? どんなのだ?」
『使用していたのは魔法発動の速度上昇。しかして、その真実は空間転移に関するあらゆる技能の超効率化、とでも言うべきでしょうか。剣士としてのスタイルと併用する関係上発動速度以外には目を向けていないようでしたが、一歩引いた目線から視野を広く持つともっと汎用性が高い能力ですわね。その辺の思慮と視野の狭さも彼の精神の大きな問題ですが……まあ、戦闘能力以外は期待されていなかったということでしょう』
「それで、その座標転移も可能にしたってことなのか?」
『ええ。とは言え、本当にどこでもというわけには行きません。普通の転移魔法と同じく、目標物の元へ飛ぶだけですわね。普通のとの違いは、転移阻害をかけた結界の中であっても繋げる必要がないため簡単に出入りできるという点ですわ』
「……そんな簡単にできるものなのか?」
『……天才って、便利ですわね。やらせてみれば大体のことができるんですもの。特に、ワタクシの手の上で動く天才は』
……これだから天才は! いやまあ、便利だしありがたい話なんだけどさ。
そして、天才より偉いのは人を使う天才ってことなのかな。無情な話だ。
「はぁ……なんかもういいや。それで、彼の力で補給物資を送ってくれるってことでいいのかな?」
『はい。既に準備は出来ておりますので、そちらの都合次第で』
「んじゃ、鳥人族の責任者には話を通しておくよ。流石に無許可で他国に入り口作るわけにもいかないし」
『はい、では、これで失礼しますわね』
「ああ。いろいろありがとうな」
通すべき筋はちゃんと通す。これは最低限守るべきことだ。その確認をした後、俺は通信を切る。
さて、まずは……そこで肉体的な動きを封じられつつも空間転移を駆使して不気味に忠誠を誓っている人を何とかするか。
メイも最低限の理性を駆使して致命打は一発も入れていないようだし、回復魔法なしでも関節を嵌めなおせばすぐに治るだろう。仮にも英雄級ってんなら回復力も高いだろうし。
後は……ん?
(ノック……誰か来たか)
部屋の扉が礼儀正しく叩かれた。誰か来たらしい。この気配は……アレス君か。
この騒動で接近に気がつかなかったとは、俺も未熟だな。今敵の暗殺者でも来ていたらちょっと危なかったかもね。
「入っていいよ」
「……失礼します?」
俺が許可を出すと、ゆっくりと扉を開いたアレス君が入ってきた。
そして一礼し、床に転がっている謎の肉塊を発見して一瞬固まる。が、正直考えない方が賢いことってのもあるものだ。
というわけで、俺は無視するよう目で伝えてから用件を聞くのだった。
「あー、アレス君。どうしたの?」
「えっと、その……え?」
「気にするな。それが一番賢い」
「あ、はい。ではえーと、用件なんですけども……」
アレス君の中でなにやら葛藤があったようだが、触れるべきではないと判断したのだろう。
すぐにアレス君の訪問にも動じず不気味な笑顔を浮かべ、空間転移でメイに迫る何かを意識から遮断したようだ。
同時に、表情を引き締める。まるで戦場にでも立っているかのような真剣な顔つきだね。
「……師匠。お願いがあります」
「何かな? 改まって?」
アレス君がこうも真剣にお願い事をしてくるとは珍しいな。
さて、何事かね……?
「僕を、僕を鍛えてください。今まで以上に、強くなれるよう」
「……なるほど」
今までも、十分以上に鍛えていたつもりだ。少なくとも手を抜いた指導をしたつもりはない。
だが、今のアレス君はそれ以上の覚悟を決めているらしい。何があったのかはしらないが、どうやら更なる高みを目指したいようだな。
「……わかった。そう言う話なら断る理由もない」
「ありがとう、ございます」
「元々、この大陸の戦闘レベルも把握し終わったところだったしな。更なるレベルアップが必要だと感じたのは確かだよ。食糧問題もとりあえず解決しそうなことだし……うん」
俺は当面の問題はひとまず片付いたと考え、本当に対処すべき敵について考える。
今の戦力でも十分なのかと言われれば、不明だ。敵の総戦力が分からない以上、少しでも強くなっておくに越した事はない。
となれば……比較的余裕のあるうちにやっておくべきかもしれないな。アレス君だけではなく、全体のレベルアップを。船旅の間に培った様々な鍛錬を結晶とし、より上の世界で通用する力になるような修行を。
「よし! クルーク! メイ!」
「なんだい?」
「どうした?」
「明日より、弟子達の総仕上げを行う。アレス君だけではなく、全員だ。手伝ってくれ!」
「なるほど……面白そうだね」
「ここは船の上ではないからな。沈む心配もない以上、思いっきりやれるというものか」
それぞれが面白そうな雰囲気を感じ取ったのか、隠し切れないやる気が強烈なオーラとなって放たれる。
クルークにもメイにも、それぞれ直接面倒を見ている教え子がいる。クルークは同じ魔法使いのナーティアちゃん、メイはカーラちゃんだ。
そして、今は直属ではないが、アレス君の仲間であるマクシス君とフィーリアちゃんも元は俺の教え子。弟子にしたわけではないのでマニュアル通りの騎士訓練――マニュアル製作者は団長の親父殿である――だけだったが、ここでなら彼らを更に強くできる人材に心当たりがある。
早速当たってみよう。そして始めよう。彼らを強くし、そして俺たちもまた更なる高みを目指すための修行を――。
「とりあえずアレス君、今日はゆっくり休むといい。これ以上先に行く鍛錬となると命の保証はないから、今世で遣り残したことが無いよう、悔いなく成仏できるように準備しておくんだよ?」
「……え?」
自分から頼んでおいてなんですが、逃げていいですか。
そんなことを言いたげに一歩引いたアレス君を尻目に、俺たち英雄陣はやる気を滾らせる。
久しぶりに、足場を気にすることなくできる本格的な修行だ。可能な限り整えたトレーニングルームがあるにせよ、あまり無茶な事は船上ではできなかったからな。
さあ、楽しむとしようか……!




