第140話 南の大陸の戦術
「……あれか」
「推定2000体。全員毒持ちです」
襲撃報告を受けた後、俺は諸々へ緊急招集をかけて現場へ向かった。
鳥人族たちの情報を元に戦場として選んだのは、遮蔽物が少ない平原。ここに生えている草は食用も可であり今の鳥人族たちの食糧事情に深く関わっているそうだ。
……ぶっちゃけ、普通の草である。サバイバル生活が長い俺からすると理解できる範疇だが、それでも自宅で食いたいものではない。
彼らからすれば毒汚染されていないだけマシなのだろうが、やはり同情を禁じえないな……。
「ここももうダメなのか……」
「久しぶりにメシにありついたってのに、クソ……!」
(鳥人族兵の士気にも影響しているか。そりゃそうだが)
この場所はまだ毒魔物との戦場になっていない貴重な場所だ。
本来毒魔物対策として、戦場に選ぶべきは既に汚染された場所なのだ。完全に対処療法だが、被害を少しでも抑えるためには必要なことだろう。
しかし敵もまた考えなしに襲ってきているわけじゃない。間違いなく高い知性を持った指揮官が背後におり、狙ってまだ汚染していない地区を目指して進軍してくる。しかしまさか無視するわけにもいかない以上、一戦ごとに領土を壊されている……というわけだ。
(今まで鳥人族たちが屠った敵は軽く10万を越えているって話だが……どっからそんな兵力を出しているんだろうな。十中八九魔法か特殊技能だろうけど)
普通に産まれて普通に育った魔物兵では到底足りないだろう。それも毒持ちに限定されるとなるとなおさらだ。
ならば何らかの能力により作り出していると考えるのが妥当なところだろうが……今は考えていても仕方がないか。
では、早速始めるとしよう。俺にしかできない、大地を守りながら敵を殲滅する技って奴をな。
「ふぅぅぅ……【覚醒】【吸血鬼の心臓開放】【嵐龍全開】――【覚醒融合】!」
俺は早速持ちうる手札を切り、覚醒融合の準備を整える。
覚醒により肉体の上限を排除し、吸血鬼の心臓、嵐龍から闇と光の魔力を生成し、その力と自身の魔力を完全に融合させる。
それにより現れる異形と呼ぶに相応しい姿。半身は吸血鬼、もう半身を竜人と化す。
これにて準備完了。この状態で、そのまま次の手を打たせてもらおう。
「……あの敵軍を葬るくらい、容易い。その認識に違いはないか?」
「え、ええ。実力的には我らのほうが遥かに上。いくら毒と食糧難に苦しんでいても早々後れを取る事はありません」
俺は指揮官として、偉そうな口調モードで語りかける。俺の変貌を知ってはいてもやはり戸惑っている様子の鳥人族兵へと。
彼はこの戦場の鳥人族側の責任者だ。オオトリさんの権限でこの全体の指揮権は俺にあるが、鳥人族だけって視点で見れば彼がここの最高責任者である。
ならば状況分析もできているだろうと踏み、俺は確認の意味も込めて質問する。彼らの不安を、少しでも取り除けるように。
「奴らが厄介なのは、死んだ後の毒と呪いの散布である。その認識も間違っていないか?」
「間違っていません。奴らに死後その流血を持って大地を汚す力さえなければ何の問題も……」
「では、奴らを血の一滴も残さずに消してしまえば何も問題はない。その認識も、また正しいか?」
「……はい。理論上は」
なるほど。俺の認識は間違っていなかったわけか。
ようは血が流れるから毒が撒かれる。ならば、血の一滴も流させることなく奴らを殲滅する。これだけでいい。
「し、しかしそれは不可能なのです! 確かに私達もそれは考え、危険を承知の上で奴らを傷つけずに捕らえることも試しましたが……奴らは全て自爆の能力を持っています。一度動きを封じられれば最後、奴らは躊躇いもなく自分自身を吹き飛ばすことでその血を広範囲に撒き散らすのです!」
「……なるほど、厄介なことだ。だが、それなら問題はないよ。俺は奴らを無傷で捕らえるつもりなんてないから」
むしろ冷酷に、非情なまでに力を振るい全ての敵を殺すつもりでいる。
いつもは極力殺さないことを念頭に戦っているが……必要もないのに不殺を貫く理由はない。特に、あんな自分の意思ってものを持たないだろう人形が相手ならな。
「ようは、消してしまえばいいんだ。奴らの存在そのものを――」
俺は、自分のやるべきことを改めて確認し、魔力を一点に集める。
そこは、眼。吸血鬼の半身が宿す、魔力に特殊な性質を持たせて視界の範囲内に飛ばす能力を秘めた魔眼へと魔力を集めるのだ。
それも、ただの魔力ではない。闇の心臓と光の剣から放たれる魔力を自分の中で一つに纏めた、破壊と浄化を併せ持つ混沌の力だ。
混沌の魔力は全てを消し去る。そこに例外はなく、例え形なき水だろうが空気だろうが全て『消滅』させる。それが混沌の魔力の特性なのだから。
「正直イメージ悪い気がするが……効果はあると思うぞ。【魔眼・殲滅の目】!」
覚醒融合状態で発する混沌の消滅を、視界全てに与える。
魔眼の性質上同格かそれ以上の相手には効果イマイチだが、それでも普通のとは違いこれは純粋攻撃能力。抵抗されれば何も起きない【支配の眼】とは違い、それなりの効果があると期待している技である。
人間の矜持としてこっち方向の鍛錬はあれかなとか昔は思っていたが……まああれだ。別に気にするもんじゃないよね、元々人間の限界なんて踏破した上で更に上に行こうとしているんだ。今更だろう。こだわりを持つのは強くなる上でも自分を高める上でも必要なことだが、正直魔物たちとも普通に交流を持っている今となってはあまり拘るべきところじゃないって思うしな。
そんなわけでこっそり開発した新たな魔眼の使い方なわけだが、これは恐ろしいぞ。
抵抗されても効果が期待できる純粋攻撃の魔眼。では、その効力が正常に発揮されるとどうなるかというと……つまりは、目の前の光景になるわけだからな。
「お、おい! 敵が、敵が消えていくぞ!」
「いや敵だけじゃない! 大地も、草花も、何もかもが……」
「ただ破壊されているんじゃない。本当に、何も残さずに消えてなくなっているというのか……?」
吸血鬼の特性を強く現した半身の眼で捉えた全ては、消滅する。単純に傷つくのではなく、この世界から消えてなくなるのだ。
視界の全てが混沌の魔力を現す白と黒が入り混じった輝きに覆われ、砂粒より小さくなるまで分解される。毒魔物たちは悲鳴を上げることすらなく、その肉体を白と黒の輝きと一体化させ消えていったのだ。
邪悪を消し去る光の浄化。生命を貪る闇の侵食。二つが合わさった混沌の消滅……恐ろしい力だろう?
「た、確かにこれなら毒も問題ないが……大地まで消してしまっては意味が無いのでは?」
「そ、そこはある程度必要経費と見て欲しいな。全部消えたわけじゃないし、汚染されるよりは、ま……し……」
「まあ確かに、消えたのはあくまでも大地の表層部分。草木の全てがなくなったわけでもないですし、想定していた被害よりも遥かに少ない……って、あの、何故蹲っているのですか?」
「……眼が、痛い」
そんなわけで、戦いの開幕前に大きく敵軍を消滅させたわけだが……その張本人である俺は、蹲っていた。
今まさに敵軍の大半を消滅させた、左目を抑えながら。
「フ、フフフ……やっぱり、俺にいきなり技を成功させるセンスはないか……」
「えっと、レオンハート殿?」
「ああ、うん。心配は不要。もう痛みに慣れてきたんで」
片目が潰れた痛みは流石に堪えたが、それでもなれている。全身の骨がバラバラになるまで痛めつけられたこともあるのだ。この程度では止まらない。
自爆同然の痛みであると言う、なんとも心の張り合いがない話ではあるが。
(魔力の注ぎすぎ……いや、魔眼として魔力を放出する時にロスが生じたせいか。おかげで消滅の力を自分の眼にまでかけてしまった……)
ついちょっと間違えた結果、自分の目玉まで消滅させてしまった。目玉一つくらい時間があれば再生できるから大したことではないのだが、痛いものは痛い。
やっぱり、修行不足の技を試すのは危険だな。特に俺の場合、一つの技を形にするまで何万回も繰り返さないと覚えられないし。
でも仕方がないじゃないか。こんな広範囲殲滅技を練習するとか危なすぎて船の中じゃ出来なかったんだから。乗船前は忙しくて未完成の危険技の練習とかしている暇なかったし……。
「ま、左目のことはいいとして……残党狩りと行こう。まだ全ての敵を倒し終えたわけじゃない」
俺は血を流す左目を閉じながらも全体への指示を出す。
左目の再生はまだ始まっていない。混沌の中に含まれる光の力が吸血鬼の再生を邪魔しているのだ。全部自前の力なのがなんとも物悲しい。
ともあれ、これは全滅させる戦争だ。さっさと残りを狩らないと面倒なことになるからな。
未完成の殲滅の魔眼だけでは全部をしとめる事はできなかった。毒が残らないよう効果範囲に入ったものは全部消したが、僅かに打ち漏らしは出てしまっているな。これも要改良点だ。
「了解しました。……しかし、それでは毒が撒かれますが……?」
「それに関しても、第二案がある。流石に2000体分は無理だが、残った数十匹程度なら……」
俺は背中の翼を大きく広げる。
この、光と闇の二属性を吸収することができる覚醒融合モードの象徴をな。
……以前、ロクシーに集団の指導者としての心得をしつこく講義された。その中の一つにこんなものがあったのだ。
策とは失敗したときのフォローまで含めて完成するものであり、全部が自分の想定通りに進むことが前提の未来予測など策ではなく妄想と呼ぶ――ってな。
俺としては「失敗したらそのときはそのとき」で済ませてしまうことも多々あるのだが、まあ将としてはロクシーの意見のほうが正しいだろう。
その理念にあわせ、一応考えておいたのだ。殲滅の魔眼だけでは足りなかった場合の対処法もな。
「奴らの毒の正体は闇属性の魔力だ。それなら俺が吸収することができる。とはいえ接触しなければ効果は発揮できないから、まずは数で追い込んで傷つけないように一箇所に固める。わかっていると思うが捕縛すれば自爆ってことらしいから、風を操作しての吹き飛ばしを戦術の要とするように!」
「……了解! 各員復唱! これより残党狩りを始める! 敵を一箇所に風を用いて集めよ!」
「はっ! 敵を風により一箇所に集めます!」
戦場に鳥人族兵の声が響き渡る。
さて、これでこの場は大丈夫だろう。あの程度の数なら吸収するのに何も問題はないはずだ。
……他の二箇所は、大丈夫かな?
毒地帯で迎え撃つことになった場所にはオオトリさんをリーダーとし、戦闘員に毒耐性持ちのカーラちゃん一行を送っておいたから戦力的には問題ないと思うんだけど……最後の健全地帯が戦場になる場所は、尖兵としてクルーク一人が向かっている。
本人曰く『仲間が側にいたら使えない策がある』とのことだが、一人で大丈夫なんだろうか?
まあ俺の数百倍は頭がキレる男だし、きっと大丈夫だとは思うけどさ……。
◆
「……ふむ、毒もちの獣系モンスターが約2000体と言ったところか。事前の情報が正しければ戦闘力は高く見積もっても外陸種としては低レベル。元々敵を倒す為ではなく死亡し呪いをばら撒くのが目的。人形遣いや召喚師辺りが使う戦術だね」
魔物を作ったりする能力はそこまで珍しくはない。騎士の中にも魔力を用いてゴーレムを作る者はいる。確か有名どころだと『軍勢』のなんちゃらって魔法騎士がゴーレムを使っていたし、レオン君の知り合いのスケルトンモンスターが大量のアンデッドを使役することに特化した能力者だったはずだ。
後は吸血鬼ならアンデッドモンスターを即席で生成することもできるし、似たような能力を持った者は珍しくない。
が、それらの戦闘力は実のところ大したことが無い場合が多い。専門の召喚師ならそれなりに強いのを作れるが、本体が強くなる修練を積んでいるとどうしても『使役人形と本体で魔力を分けるより一人で戦った方が強い』という理念が邪魔をするのだ。
もちろん本人が危険を犯すことなくそれなり以上に戦えるというのは十分すぎるメリットではあるが、それよりもずっと便利な使い方があるんだよね。
「……使役人形は使い捨て。ま、基本だよね」
魔力以外に何の消耗もなく手数を増やすことができる召喚、創造系の魔法は使い捨ての駒を用意するのにこれ以上ないくらい便利だ。
僕もそれを活かした炎のゴーレムなんかを使う事はあるし、敵の攻撃に晒されながら特攻して接近したら自爆なんてゴーレムあるあると言ってもいい。はっきり言ってしまえば、自律式の盾兼魔法弾みたいな運用こそが使役人形の本領なのだ。
あの毒魔物たちも、きっとそういう類だ。最初から倒される前提で、倒れた後に毒を撒くのが役割。
だから簡単に倒せる。倒せてしまうからこそ、毒にやられる。そういう性格の悪さが滲み出た能力なのだろう。
「如何せん、ぐっすり休んで魔力を回復すればまた同じことができるのが召喚魔法だ。とは言え生成した使役人形を維持するだけでも魔力は必要。アレだけの数を一度にとなると、召喚能力者が集団で行っているのか、あるいは何らかのマジックアイテムか……圧倒的な強者か」
最後の可能性はゼロじゃないものの、しっくりはこない。もちろん敵の中には僕の想像なんて遥かに超える強者がいるだろうことは覚悟しているが、単純な理論で否定されるのだ。
だって、こんな大量の使役魔獣を一度に使える能力者なら……その魔力を一つに纏めて強いのを一つ作ったほうがいいに決まっている。この2000体の魔獣はまったく脅威ではないが、流石にこの戦闘力が2000倍になれば手に負えなくなるかもしれない。それにこの戦場だけではなく、他に二箇所同時攻撃を仕掛けてきていることを考えればそれ以上だ。
仮にここと同じ数がいるとして、あの魔獣共の一体の力を6000倍にできれば……それだけで鳥人族を滅ぼせたはず。わざわざ時間をかけて毒で追い込むなんてする必要もない。
まあ膨大な魔力を有しているのとその魔力を受け入れることができる容量の大きな使役魔獣を作れるのはイコールじゃないから、単に大量召喚の適性があっても強力な使役魔獣を作るのには向いていないってだけかもしれないけどね。
「……さて、そろそろかな」
僕は敵軍が予定の位置まで進軍してきたことを確認し、思考を切り替える。
人形をいくら破壊しても召喚者本人にはダメージないだろうけど、とりあえずここで倒させてもらうとしよう。
元々倒されるのが目的だからこそ堂々と進軍してきたんだろうけど……だったら、罠を仕掛けておいても文句はないよね?
「燃え上がれ【炎石】」
僕は事前にとある仕掛けをしておいた。敵軍が通るであろう道に、輪を作るように僕の魔力を仕込んだ魔法石を置いておいたのだ。
ネーミングは適当に炎石だが、その効果は僕の魔力指令を受けて炎を出すことのみ。トラップとしてはまあまあ使えるだろうけど、これじゃあ毒を防ぐ事はできない。連中の魔法毒が熱に強いか弱いかは今後の研究で明らかにするとしても、とりあえず燃やしたくらいでなんとかなるほど甘くはないだろうしね。
だからこそ、僕はこの敵軍を取り囲んだ炎を使って次の術を発動させた。
「ここで死なれると迷惑なんだ。というわけで、僕の世界へ招待しよう【結界炎術・炎の世界】」
炎石から放たれる炎で敵軍を覆い、そこを境に異空間への入り口を作る。
流石に2000体もの数を覆える炎をいきなりひねり出すのは一苦労だからね。何匹かは取りこぼしちゃうだろうし、異空間へ取り込む前に自爆される恐れもあった。
だから一瞬で包囲が完了するように仕掛けをしておいたわけだけど、無事に成功したようで何よりだ。取りこぼしをしたとき用に炎の使役人形を幾つか出して隠しておいたんだけど、無駄になったかな。
まあ、伏兵対策になると思えばいいか。一応視界共有しておいて、現実空間の監視役に置いておくとしよう。
んじゃ、行きますか。煉獄の世界でなら、どれだけ毒をばら撒いてもらっても構わないからね。
それに、連中のサンプルも欲しかったんだ。だから、ちょっと食わせてもらおうか。今の僕なら、魔物を身体ごと取り込むくらいなんて事無いからね……。
◆
――5日後。
「とりあえず、最初の襲撃は見事クリアってところか」
俺は虹の樹に用意してもらった自室で、もろもろの経過が纏められた報告書を読みつつ安堵の息を漏らした。
この数日で鳥人族たちの信頼を得るべくいろいろやったが、やはり一番大きいのはあの襲撃だろう。
大見得切って出陣し、成果が挙げられませんでしたでは笑い話にもならないからな。土地の汚染を防ぎつつ敵を撃退できたのは大きな戦果だ。
クルークの方はまさにパーフェクト、オオトリさんを主体にした汚染地域での戦闘は普通に殲滅、俺の担当地区に関しては一部大地が禿げたりしたけどまあ問題ない。食用のものとなると話は別だが、ただの草なら植物操作系の魔法なんかで高速栽培するのは可能だ。元々ただの草を食べていた現状ならば大したマイナスにはならないだろう。
……魔法による高速成長で作った植物って、不味いんだよね。無理やり成長させたせいなのか知らないけど、こう……素材の味ってものが無茶苦茶なんだ。
まあ、食うだけなら問題ないけどさ。一応腹は膨れるから。
「まあ、これで協力関係の構築には成功したってところかな。」
軍事協力以外にも、食料の配布や神官による治癒、クルークによる毒の研究などいろいろすることができた。
まだ本格的に動いたわけではないにしろ、短い期間でやったにしては上出来だっただろう。手持ちの戦力でできることはやったつもりだ。
後はそう、ロクシーからの連絡がどうなるかってだけなんだよな……。
(ロクシーからの救援があるかないかで取るべき手は大きく変わる。食料や水の心配がひとまずなくなるならかなり大胆に動けるし、ないならそれなりに考えて次の一手を決めなきゃならない)
5日後に救援を出す。ロクシーはそう言っていた。
俺はそれを信じて次の行動の準備を進めているわけだが、それでも実際に受け取るまでは動けない。だからこの5日は静かに身内の中で行動していたわけだが……さて、どうなるかな。
(ロクシーが何かできたら大地の浄化作戦を一気に進める。できなきゃまずは地道に地盤作りってことになるのかな)
やはり、国からの支援があるかどうかは大分違う。特に問題は食料だからな。どんなに修行しても飯を食えないのでは効果はないし、どんな超人もすきっ腹では戦はできない。これは生物である以上変わらない話だ。
だから、期待しているぞ……ッ!?
(何だ、この感じ? 転移魔法の感覚……?)
俺は妙な気配を感じ、その場から飛び退く。
同時に、ほんの僅かな歪みを捉える。空間転移に伴う、僅かな歪みを。
(誰かが転移してこようとしている? でも、誰だ?)
転移魔法自体は問題ない。高難易度の魔法であるが、使い手に心当たりはいる。
しかし、ここは仮にも一国の首都。当然転移対策も万全であり早々できることではないはずだ。まあその手の妨害と進入はいたちごっこであり、防御以上の力なら突破できるのは自明の理だろう。
しかしそれでもわからない。いったい、そんな空間転移の使い手って何者だ……?
「……ふぅぅぅぅぅ」
「……人間?」
警戒して転移先を見ていたら、一人の男が空間の歪みの中から現れた。
容姿から察するに、南の大陸の人間だ。角もなければ翼もない、一番の特徴と言えば鮮やかな銀髪くらいだが、概ね人間の特徴のはずだ。
もちろん翼を開花していない鳥人族という可能性もあるが、このレベルの空間跳躍が可能でそれはないだろう。話によれば、翼はそのまま実力の証らしいからな。
「……おお、貴殿がレオンハート・シュバルツですか。お会いできて光栄です」
「えっと、その……どちら様?」
構えて警戒していたところ、何だかちょっと警戒したくなるくらいに感極まった様子で銀髪の男は一礼した。
敬意に満ち溢れているというか、何だか怖いくらいに強い感情を感じるのだが……誰だろうこの人? 初対面なのは間違いないんだけど……?
「無事かい、レオン君!」
「無事か、シュバルツ!」
「メイ、クルーク!」
俺と同じく空間の揺らぎを感知したのか、扉と窓からクルークとメイが飛び込んできた。流石に早いな。
人類ってカテゴリに含んでいいのかは微妙だが、間違いなく現戦力では5本の指に入る面子が揃ったことになる。
これを見て、この銀髪の男は何を考えているのかと様子を伺ってみると……何故か泣いていた。それも、これ以上ないくらいの喜色を隠せないと言った様子の嬉し涙だ。
「お、おぉぉぉぉ! ようやく再会できましたね、我が女神よ!」
「え? ……は?」
銀髪の男はもう俺のことなど見てもいないと言った様子で、窓の方へと駆けていた。
そして、その場で片膝をついて最上位の敬意を示す。突然の事態にどうしていいのかわからず、構えたままのメイに向かって。
「えっと、知り合い?」
「いや、私に覚えはないんだが……?」
「あぁん!?」
明らかに知り合いといった感じの様子の銀髪の男だったが、メイに心当たりはないらしい。
普通知り合いに一方的に忘れられたら気分を悪くすると思うのだが、何故か銀髪の男は非常に嬉しそうだ。気色悪いくらいに恍惚とした表情を浮かべている。
こいつ、本当に誰なんだ? とりあえずヤバイ人なのはわかったけど。
「あー、その、えっと……誰だ? 申し訳ないが、私に覚えはないんだが……」
いよいよ困ったという様子で、両腕で自分の身体を抱きしめて悶える銀髪の男にメイが声をかける。
気持ちはよくわかるが、明らかにドン引きした様子で。
「おお! これは申し訳ない! 以前は仮面をつけておりましたので、素顔を見せるのは初めてでした」
「……仮面?」
ようやく顔を赤らめて悶える動作から復帰した銀髪の男が口を開いた。
昔は仮面で顔を隠していた? それはまたなんとも……怪しいな。
「改めて名乗らせていただきます。卑しい私めの名はマイド・ボーンジ。以後、お見知りおきを」
「……? やはり覚えがないのだが?」
名乗られてなおメイに心当たりはないらしい。それはちょっと酷い気がする。
特に、こんな個性に満ち溢れた人を忘れるとか……ねぇ?
だが、ボーンジさんはまったく気に留めることなく口を開いたのだった。
「それは仕方ありません。私は以前、名を偽っておりましたから」
「はぁ?」
「しかし! かの偉大なる御方、ロクシー様の教えを受け生まれ変わった今の私めはそのような無礼をいたしませんとも!」
「……ロクシー?」
俺は知り合いの名前が出たことでつい口を出してしまう。
この一件、ロクシーが絡んでいるのか?
「以前名乗ったときはそう……この私、盟主の弟子と名乗っておりました」
「盟主の弟子……? え、盟主の弟子?」
メイはその名には心当たりがあったのか、信じられないという目でボーンジさんを見る。
……知り合い、なのかな?




