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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
風の民の大陸
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第139話 始動

「美味い! 美味いぞ!」

「こうして腹を満たすのはいつぶりのことか!」

「おい! その肉は俺のだぞ!」

「何をいう! 貴様はもう三切れも食したではないか!」

「ならば貴様は既に水をコップ三杯も飲み干しておる! ここは譲るべきだ!」


 喧騒。もはや殺気すら感じさせる騒がしさを見せているのは、鳥人族(バードマン)たちの本拠地である虹の樹内部の食堂だ。

 驚くべきことに、木造建築というか木内建築な場所にも関わらず普通に火も使っている。何でもこの虹の樹はちょっとやそっとで燃えるほど柔ではないらしく、英雄級の魔術師が本気出さなきゃ火事なんて起こらないとのことだ。何とも安全設計である。


 ……なんてどうでもいいことを思い返してしまうくらい、目の前の光景は凄まじいものがある。

 まあ、今まで毒に汚染されたせいでまともに食料が手に入らなかったのだ。今までは残り少ない汚染されていない地で作られる作物や極僅かに取れる動物の肉を細々と分け合って暮らしていたそうだが、とても足りないらしい。

 優先的に戦士に食料が配給され、非戦闘員――彼らの言い方で言えば羽なしの人たちへの割り当てが少なくなっていたそうだが、どっちにしても飢えていたのだろう。前線で戦う戦士の消費カロリーを舐めてはいけない。

 だからこそ俺達が船から持ち込んだ食料品を使った手土産代わりの食事は大好評であり、全鳥人族(バードマン)たちからの好感度が一気に跳ね上がったのを実感できるわけだが……こりゃまずいな。


「……料理長。このペースで消費する場合、食料は後どのくらい持つ?」

「我々も食べなければなりませんので、一週間が限度ですね。一食の量を節約すれば10日はいけるでしょうが」

「思ったよりは持つが……とても楽観はできないな」


 船から上陸してもらった料理長の言葉に、俺は苦い表情となる。


 彼ら鳥人族(バードマン)の許可を得て、俺たちの船は入国を許された。

 まず手始めに友好の証として当初の予定通りこっちの大陸の名産品やらなにやらをプレゼントしたわけだが、切実に困っている彼らが喜ぶのは食料品と医薬品ばかり。持ち込んだ絵画やら服やらにはまったく興味を示さない――食料しか見えていなかっただけな気もするが――ので、鳥人族(バードマン)たちへはもうそれでいいことにした。

 だが、問題は明確に存在しているのだ。


(うーん。この大陸にいつまで留まるのかはまだ未定だからな。いくらなんでもこの状況を放置して帰ったんじゃ本当に何しに来たんだ俺たちって話になるし、最低でも土地の汚染か毒魔物共の頭を潰すのどっちかはやっておきたいんだけど……このままじゃこっちも飢えかねないぞ)


 喜んでもらえたのはもちろんこちらとしても嬉しいのだが、食事は当然俺たちにも必要なものだ。

 補給なしではまともに食えるのが一週間とすれば、俺達が動けるのも当然それだけの時間となる。海までは汚染されていないので魚やら海獣を捕らえて食うってのを計算に入れても、漁や狩りなんてどれだけ取れるかはその日の運次第みたいなところもあるしな……。


「……そもそも、そう簡単にあの竜巻防壁を空けてはもらえないだろうし」


 俺は船を内海に入れるため、一度竜巻防壁を解除してもらったときのことを思い出す。

 竜巻防壁はなんとも大掛かりな守りだったが、解除がまた大掛かりで……簡単に出し入れできるものではないというのは当たり前のことだったのだろう。

 原理的には聖都の結界と同じものだが、規模が違うしな。あの竜巻を制御している心臓部までは流石に見せてもらえなかったものの、ちょっと一部解除して船を通すだけで何人もの鳥人族(バードマン)の術士が倒れたくらいだ。とても食料調達のために気軽に解除したりはできないのだろう。


 ……もしかすると、魔物軍の狙いはそこにあるのかもな。毒攻めを基点とした兵糧攻めで大陸内の資源を奪い、結界を解除させるのが目的なのかもしれん。

 現状の物量作戦から考えて、何らかの方法で結界を素通りして兵力を送っているのは間違いないが……もし結界が無ければもっと大規模に攻められるのだろうしな。


「……やっぱ、早いうちに行動するしかないか」


 俺は料理長と分かれ、南の一団用にと割り当てられた部屋へ向かう。もちろん低層だ。

 来賓用の部屋が全部呼吸も苦しい高層にしかない文化はどうにかならないのかと思うが、流石に俺たちならともかく一般人相当の体力しかない姫様をそんな場所で暮らさせるわけにもいかないしな。


 そんなことを考えつつも、鳥人族(バードマン)たちの問題を解決し、力になってもらう計画について考える。

 とにかく食料も不足してまともに動けなくなる前に何とかしなきゃならないだろう。しかし敵の本拠地なんて都合よくわかるわけもないし、何らかの方法で汚染された土地を浄化したとしても一瞬で作物が実るわけでも家畜が育つわけでもない。こりゃ困ったな……。


「……どうしたんだい? そんな考え事なんて慣れないことして」

「クルークか……解毒薬はどうだ?」


 廊下でクルークに遭遇した。クルークは船の設備を使って毒の成分分析をし、医師のサポートについていたはずだ。特効薬でも作ってくれれば問題は一気に解決することだろう。

 ちなみに、神官たちは総出で病人の解毒、解呪に励んでいる。一瞬で全快というわけにはいかないものの効果はあるそうなので、解毒薬共々今後に期待だ。


 そんな俺の期待を寄せた目に気がついたのか、クルークはやや脱力するかのように力ない様子でため息を吐く。これは……まだまだかかるっぽいな。


「残念ながら、まだ調査中だよ。そもそも材料が足りなすぎる。一度国に戻って専門の素材と道具を改めて揃えたいくらいだ」

「凄く難しい要望だな」


 クルークの言いたいこともわかるのだが、俺は首を振って否定した。

 何せ、ここに来るだけで数ヶ月経過しているのだ。往復すればまた半年はかかってしまう計算となり、下手をするとその間に鳥人族(バードマン)たちが全滅しかねない。そんなことになら無い為にも何とか現状の資源で解決策を見つけて欲しいところなのだが……ふぅ。


「……素材は何とか現地調達で頼めないか?」

「そうしたいのは山々なんだけど、そもそもそう言った健全な素材が全滅しているのが根本的な問題なんだろ? とても満足できるだけの物が集められるとは思えないよ」

「だよなぁ……。そんな毒消しに使える素材が簡単に手に入るんならそもそも苦労してないだろうし」


 何せ、オオトリさんを初めとして多くの鳥人族(バードマン)たちが本気で悩み、解決しようと取り組んできた難題なのだ。俺たちがちょっと考えたくらいで解決できると思うほうが彼らへの侮辱だろう。

 それはわかっているのだが、だから仕方がないと放棄するわけにもいかない。何かこう、彼らにはなくて俺たちにはある起死回生の秘策とかないもんかね……。


「転移魔法でも使えれば話は簡単なんだけどね。僕らの故郷から必要な物資と人員を呼べばいいだけだから」

「まぁね。でもそれも不可能。竜巻障壁に付随する空術阻害は解除してもらえばいいにしても、魔法の霧が突破不可能だ」

「アレのせいで全ての魔力が消されてしまうからね。そもそもこの距離まで空術を飛ばすこと事態神技だけど、どんな術士でもアレがある限り術を飛ばせないのは確認済みなんだよねぇ……」


 俺とクルークは揃って乾いた笑いを漏らす。

 航海の途中でアレス君が干からびる犠牲を払って突破した魔法の霧は、魔力を消す。つまり空間転移を初めとする空術をどんなに頑張って飛ばしても魔法の霧で遮断されてしまうわけである。

 実際、この指輪も魔法の霧を抜けてからうんともすんとも言わなくなったしな……。


「……ん? なんだい、その指輪?」


 俺は懐から赤い宝石がついた指輪を取り出したのだが、クルークはそれに興味を持ったらしい。


「ああ。出掛けにロクシーから貰った通信魔法を込めた指輪だよ。魔法の霧までは毎晩連絡取り合ってたんだけど、あそこを超えてからは完全に音信不通状態って奴だ」

「へぇ……ミス・マキシームとねぇ……?」

「ああ……って、なに? その顔は?」


 俺は手のひらの上に置いた指輪を起動させるときのように赤い宝石部分を軽く押すが、その仕草をみたクルークが何ともムカつく笑みを浮かべていることに気がついた。

 ……なんだろう? この殴りたくなる笑顔は。笑顔は人を幸せにするとかよく言うけど、実際他人の詳細不明の笑顔はとりあえず殴りたくなるのは俺だけじゃないよね。


 というわけで殴る。


「フンッ!」

「おっと! 暴力はいけないよ」


 とりあえず顔面ストレートを放ってみたが、あっさり避けられた。まあこんなじゃれあいで本当に当てる気はないのだが、変わらないニヤニヤが何か悔しい。やっぱり当てるつもりで撃つべきだったか……。


『――バル――』

「まあいいや。キミをこんな話題でからかう機会が来るとは思ってなかったけど……時期が悪いかな。この話しは諸問題が片付いてからゆっくりするとしよう」

「せんでいい!」

『聞こえ――』

「それで、えっと……何の話だっけ?」

「何をするにも物資が足りないって話だろ。国に戻ることは出来ない以上何とかこの大陸で発見を――」

『シュバルツ様! 聞こえますか!?』

「うおっ!?」


 話題を本題に戻したとき、この場にいないはずの第三者の声が響いた。

 何? この危機覚え……じゃなくて聞き覚えのある声は? 何であの声が突然……?


「……レオン君、その指輪……」

「え?」


 クルークに指摘されてみてみれば、手に持っていた指輪が緑色になっていた。

 この指輪、通常状態が赤で通信中が緑に変わる仕組みとなっている。つまり緑色になっている現状は、通信中と言うことになる。

 しかしこの指輪が反応する先は南の大陸のみ。繋がるわけがないんだが……。


『ああ、やっと繋がりましたか。まったくとんだ苦労しましたよ』

「えっと……ロクシー?」

『はい。シュバルツ様。声だけとは言えお久しぶりですね』


 半信半疑ながらも問いかけてみれば、確かにロクシーの声で返答があった。

 絶対に繋がるわけが無いのに、何で……?


「これはミス・マキシーム。お久しぶりです」

『あら、その声はスチュアート様ですか。出航されて以来ですね』

「ええ。ところで……何故通信を? 技術的には現在我々との交信は不可能のはずですが」

「そ、そうそう。何で通信繋がるんだ? あれから一回も繋がらなかったのに」


 魔法の霧を抜けてからも、もしかしたら通じるんじゃないかと何度か試した事はあった。

 だが、一度も反応したことはない。それが今になって何故通じるのか。しかも、今は竜巻結界による遮断もあるというのに。


『それに関して詳しい話は後ほど。あまり長い時間繋げるのは難しいので』

「えっと、そうなのか?」

『そうなのです。少々……いえ、かなり裏技的な手段を用いておりますので。こちらとしても船団とまったく連絡が取れないのは不安でしたので連絡しましたが、お変わりありませんか?』

「残念ながら、悪い意味で大いにお変わりあるよ」


 かなりの裏技……なんだろうな? 一応星を逆方向から一周させれば魔法の霧も突破可能ではないかとか試したけどダメだったわけだし、単純な力技ではないのだろうけど。

 ……まあいいか。ロクシーがどんな手段を用いてここまで連絡を飛ばしているのかは気になるが、それ以上にこっちの状況を伝えるのが優先だ。


 俺はクルークの手も借りて手短に、簡潔に現状を――鳥人族(バードマン)一族との出会いと問題について伝えたのだった。


 すると――


『……なるほど。それは大問題ですね。……シュバルツ様。確認いたしますが、一週間は問題ないのですね?』

「え? ああ。計算上、一週間なら食料は持つって報告を受けてるよ」

『わかりました。では一週間――ギリギリでは少々不安ですね。余裕を持って5日後のこの時間、もう一度指輪を起動させてください』

「5日後のこの時間? それは問題ないけど、理由を聞いても?」

『通信時間に限界が来ているので、その理由は5日後に。そのときに、こちらからできる支援をさせていただきます』

「支援って……いや、わかった。じゃあそれを前提にこっちも動くよ」

『お願いいたします。では、これにて』

「ああ。また5日後に」


 あっさりとした挨拶とともに、通信が終了し再び指輪は赤に戻った。

 俺は指輪を仕舞い、早速行動に移ることとする。まずは――


「って、ちょっといいかい?」

「ん? どうしたクルーク?」


 まず何をすべきか考えようとしたそのとき、クルークが待ったをかけてきた。

 いったい何の用だろうな?


「さっきの話、あれでいいのかい?」

「いいのかって?」

「……南の大陸からの支援。確かに受けられるのならありがたいけど、それはほぼ不可能なのはわかっているだろう? なのに、何の詳しい確認もせずにそれを前提に組み込むのは指導者として正しい態度とは思えないよ?」


 クルークの発言の意図は、俺への苦言だった。

 確かに、今の俺は一般人Aではなく探索団のリーダー……責任者だ。ならばその判断に間違いは許されないものであり、確実でないものを信じるのはリスクでしかない。

 だが、それは真っ当な指導者の、真っ当な問題を前にした話だ。初めから不可能な問題にぶち当たりにっちもさっちも行かなくなっている上に、この俺が指導者なのだからそんなことを気にしても仕方がないだろう。


 というか、そもそも不確実な賭けに出るつもりもないしな。


「大丈夫だろ」

「……根拠は?」

「いやまあ、そう言われると特にはないけどさ。俺は生憎会議室でふんぞり返っているタイプの人ではなく、現場の人だから」


 信じるものは客観的な信憑性ではなく、仲間の声。そう言うタイプの人なのだ。まあ出世はしちゃダメなタイプだな。


「俺はロクシーを信用している。あいつはできそうもないことを平然と口にする女だけど、できないことを口にする女じゃないからな」

「……はぁ。まあ、その判断に従うのが部下の役目だから、これ以上は何も言わないよ」

「ああ。その代わり、何かあったら全責任は俺が取る――って奴だ」

「わかったよ。一応、既に通信不可能って事実を覆している実績もあるんだ。それを持って信用することにした――ということにしておくよ」

「そういう細かい事は任せた。報告書に載せられる理由は考えておいてね」


 クルークの呆れたため息が聞こえてくるが、俺は努めて無視する。

 この旅の報告書は報告書できちんと残しておかなきゃいけないわけだが、お偉いさんが納得するありがたい文面を考えるのは俺には不可能だ。仮にやったりした場合、おおよそまず俺の書いた文面を解読するための作業が必要となるだろう。何故だかは知らないが、偉い人というのはとにかく回りくどくて読みにくい文面を好むと相場が決まっているし。

 その点、クルークはややこしい文章を得意としている。俺にはできないことができる人材がいるのだから任せればいい。集団とはそう言うものだろう。他力本願ではなく、適材適所なのだ。


「とにかく、食料と医療品およびその材料の手配はロクシーが何とかしてくれる。俺たちはそれを信じて、俺たちにできることをやるぞ」

「オーケー。で、具体的には?」

「まず、現地の調査だ。汚染された土地って奴を調査し、浄化可能なのか調べる。それと平行してこっちでも薬草を初めとした物資調達ができないかも調べて欲しい。……それと武力の貸し出しだな。ここは鳥人族(バードマン)たちの国なわけだし、俺達が勝手なことをするのはあまりよくないだろう。だから彼らに協力するって形で防衛を行う」

「それじゃ、調査は僕のほうで部隊を組むけど構わないかい?」

「もちろん許可する。最重要戦力を除いて探索団の人員所持品の大半の利用許可を出すが……一応条件をつけるのなら、毒や呪いに耐性を持つ者を選抜してくれ」

「畏まりましたよ、我が主。……でも、毒や呪いに耐性がある奴なんて僕やキミを除いたら魔獣軍くらいしかいないよ?」

「じゃあカーラちゃんに話を通しておこう。んで、その辺に強いのを連れて行ってくれ」


 言うまでもないが、魔物は人間より遥かにそう言った面で強い。その一点に限れば純粋な人間であるメイよりも強い者が大勢いるくらいだ。

 あの鳥人族(バードマン)たちですら影響を受ける毒ならば、体力だけでは心もとない。つまり産まれついてそう言った負の力に人間より強い魔物たちは頼りになってくれることだろう。


 他に人間の中で今の条件に適しているのとなると……聖なる力を持つ神官くらいか?

 彼らもアレス君と同じ理由で毒や呪いに対して強いからな。浄化できるかの判断は彼らに任せるしかないから、同行してもらうことになるだろう。


「あっと、そうそう。大事なこと忘れてた。元々このためにわざわざ船から来たのに」

「大事なこと? 何だ?」

「サフィリア姫様から伝言を頼まれているんだよ。これからオオトリ殿と低層の会議室で対談を行いますって報告だ」

「ん……わかった。それなら俺も行こうかな」


 俺はクルークの言葉に頷き、これからの行動についても考える。

 早速サフィリア姫が動き出したということは、恐らく今後の関係性についての政治的な条約などについての話だろう。そこに俺が行ってもできることはないが、防衛についての話をするには丁度いい。


「それじゃ、僕はもう行くよ。今の指示も含めて連絡出しておくから」

「よろしくな」


 俺はクルークとの話を終え、ここで分かれることとした。

 細かい仕事はクルークに任せることとして、俺は早速クルークに教えてもらった会議室へと向かうのだった。



「ム、レオンハート殿か」

「あらシュバルツ様。ご機嫌麗しゅう」

「オオトリさ……殿と、サフィリア姫様。これは、お話の邪魔をしてしまいましたか?」

「いえいえ。そんなことはありませんよ。むしろ一緒に席に着いてくださいな」


 俺は扉の前で番をしていた両国の兵士に話を通し、会議室の中に入った。

 中にいるのは、当然姫様とオオトリさん。それに両者の護衛であろう戦士が数人と、給仕が何人かだ。


 わかっていたことだが、何かの話し合いをしていた最中だったらしい。まずそっちの話が終わってからの方がいいかと引き返そうとするも、逆に手招きされてしまう。

 まあそれなら俺としても拒否する理由は……まああるが、大義名分はない。極力感情を表に出さないように注意しつつ、俺は席に着いた。


「では失礼します」

「……おい、レオンハート殿にも茶を」

「畏まりました」


 部屋の隅に控えていた給仕へオオトリさんが命じた。

 粛々と軽やかな動きで茶を入れてくれる給仕さんだが、事情を知った後だとこの一杯の茶も重いな。持ち込んだ食料があるとは言え、今の情勢なら水の一杯も貴重なはず。

 さして乾いてもいない状態でそれを飲むのは……何と言うか、妙な罪悪感を感じるな。何故か。


「気になされるな。客人に茶の一杯も出せないような情けない国になる方が屈辱だよ」

「……では、遠慮なく」


 俺の心を読んだのか、オオトリさんはやや冗談めかした口調で茶を勧めてきた。

 そこまでされて遠慮するのは逆に無礼だと、俺も一口茶を啜る。……相変わらずこの苦味がなんともいえない旨みを醸し出しているな。


「それで、何の話ですかな?」

「いえ……その、まず姫様とのお話を優先なされては?」

「お気になさらずに。既にあらかたの話は済んでおりますので」


 話しは終わったのだから、遠慮することはない。サフィリア姫はそう言った。

 しかし俺にはそうは見えない。今は取り繕われているが、部屋の前に立ったときに感じた空気は明らかに重苦しく、到底円満な解決を見たようには思えなかった。まあそれを承知で入室を願ったのは俺なのだが……部屋に入るために事前に扉の前で番をしていた兵士がいるのだから仕方がない。まさか姿を見せておいて何となく居心地悪いから帰ります、なんて言えないしな。


(……まあ、そこに突っ込んでも俺に得はないか)


 話題は間違いなく政治的な話。オオトリさんは政治屋ではないものの、現状鳥人族(バードマン)社会の中で事実上のトップだ。決定権を持つ王族の少女――雪姫様が年齢的にも精神的にも自己判断能力を持たない以上、虹の樹に残る誰もが認めるこの人以外には務まらない役目だろうから。

 そんな人と政治担当のサフィリア姫が何を話し合ったのか――なんて、はっきり言って地雷原だ。後で会議ででも聞ければいい話であり、ここで迂闊なことを言えば悪い空気を更に悪くする結果しか生まないだろう。


 そこまで考えた俺は、お二人の言葉に従い俺が来る前までの空気のことには気がついていないことにして自分の話をすることにした。


「実は、防衛に関する協力について話し合いたいのです」

「防衛……ですか」

「ええ。現状、我々を客人待遇で迎え入れてもらってこそいますが、組織的な戦力としてはまったく協力関係にはありません。それについて――」

「それならば、既にサフィリア姫君と話を。我々はもちろん貴殿らの協力を歓迎する。無論、その対価についてもお約束しよう」

「具体的な防衛布陣などに関してはシュバルツ様にお任せします。そういった話は専門家にお任せした方がよろしいでしょうから」

「……あ、はい」


 俺の考えていることくらいとっくに実行済みですか。

 まあ実際、条約締結を初めとした交渉がサフィリア姫の役目なのだ。そりゃそのくらいはするか。クルークに話を聞いたときから薄々予想はしていたが……この短期間で話をまとめるとは、流石王に交渉役を任されただけのことはあるな。


(防衛に関する話は最重要事項。何を置いてもそれを片付けるのも当然だしな)


 俺は改めて背後関係を思い出した上で、この話の早さも当然かと納得する。姫としては一刻も早く、少しでも鳥人族(バードマン)国家の防衛力を上げたかったのだろうから。

 今自分がいる場所の安全確保は当然のことであるが、それ以上の理由がある。何せ、この国がなくなり、大陸が落ちれば次は間違いなく南の大陸だ。立地上の偶然とは言え、この国は俺たちの国の防波堤としても機能している。ならば自国を戦場にしないためにも、ここで食い止めようとするのは当然の考えだからな。


 望む対価ってのがどんなものかは後で聞くとして……具体的な話か。それなら俺とオオトリさんだけではなく、もっと大勢で話し合ったほうがいいな。

 俺にも毒魔物に対しての対抗策が幾つかあるし、じっくり検討を……。


「突然の無礼、お許しを! 緊急事態です!」

「何事だ?」


 まずは会議のセッティングから……と思ったら、会議室の窓から一人の鳥人族(バードマン)が入ってきた。武装しており、中々強そうだ。

 しかしその慌てた表情、そして権力者の部屋に窓から入るという無礼。鳥人族(バードマン)文化的に実は窓は扉の役割もあるということでなければ、かなりの緊急事態かな。


「報告します! 見張り台より、魔物軍の敵影を確認! 三手に分かれております! 汚染地帯を越え、正常地帯へまで最短でおよそ30分ほどです!」

「……敵襲か。緊急を要するゆえ、席を外させていただく」


 オオトリさんは戦士の顔となり、立ち上がった。

 だがそれを黙ってみていることもない。具体的な話はまだとはいえ、軍事協力をすると約束しているのだ。ならば俺も動かねばなるまい。


「協力しましょう。それと、正常な土地に侵入を許しそうな一団に関しては俺に任せてください。策があります」

「……助かる。立ち止まっている時間はないので、最低限の話は移動しながらでお願いする」

「了解しました」


 俺はサフィリア姫に一礼し、オオトリさんと共に部屋を出る。

 さて、まずはこっちの戦力に指示を出さねばならない。そして……あの新技、早速試してみるとするかな……!

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