第131話 魔法の霧 / その頃の強敵
久しぶりのあのキャラ登場。
船旅に出て早くも一月ほど。もう気分的には青い海なんてとっととくたばれ見飽きたんじゃボケって感じになっていたのだが、それでも船は進む。ただただ、代わり映えもしない大海原を背景にひたすら進み続けたのだ。
それはとても順調な旅であり、退屈なんて考えは贅沢の極みだろう。修行環境も万全で、ある意味理想的な日常なのだから。
しかし、それでも飽きるものは飽きる。たまに大型水生モンスターが襲ってくる以外に刺激のない毎日は、強制的に刺激に満ち溢れた毎日を送っていた俺をどうしても飽きさせるのである。
俺個人の将来の夢は、全てを片付けたらのんびりどこかの田舎で三食昼寝つきのスローライフを送ることだったのだが……もうそんな生活には耐えられない身体になっているのかもしれないな。
「うーん、全然ダメだね。未だに第一歩すら踏み出せないよ」
「魔力が消されるんですから、他のエネルギーを使えば突破自体は可能なんですが……霧を晴らすのは想定より遥かに難しいですね」
さてそんな俺の贅沢な悩みだが、実は三日ほど前に解決している。いや俺個人が退屈しているのは変わらないのだが、順調だった旅はこの3日間、一歩も前に進めなくなっているのだ。
今も海と海を切り裂くかのように立ち上る、この魔法の霧と名付けられた怪奇現象によって。
「しかし他のエネルギーで突破したとしても、船の魔力エネルギーは壊滅するよ? それはとても看過できることじゃない」
「そうなんですよね……私の研究室も全滅しちゃいそうですから、これは本当に最終手段としましょう」
「ベストは霧を晴らすこと、そこまでできなくとも霧の影響を受けないシールドのようなものを用意できれば……」
「魔法の霧が魔力を消す原理さえ分かれば対処のしようもあるんですけど……」
俺がボーッと佇んでいる甲板で、二人の男女の話し声がよく聞こえている。
会話の主は、クルークとリリスさん。研究者としても一流のクルークと、本職であるリリスさんが協力して魔法の霧対策を考えてくれているのだ。
魔法の霧。それは、大陸を分けるかのようにそびえる特殊な壁のようなものだと思えばいい。
物理的な障害には全くならず、ただ通るだけなら普通の霧と大差はない。精々視界が悪いってくらいの障害だ。
だがこの霧、実はとんでもない効力を有している。なんとこの霧、どれほど大量の魔力であろうとも触れた瞬間から徹底的に霧散させてしまうのだ。
おかげで、遠隔視といった情報系魔法での事前準備が全くできなかった。そもそもこんな遠距離まで魔法を届かせるとかその時点で神業なのに、こんな壁があったら話にならないというものである。
その強度はまあ……覚醒融合状態で嵐龍閃撃ち込んでも変化なしと言えばわかるだろう。厳密には一瞬で消されたわけではなくある程度霧の中を蹂躙して見せたのだが、まあ霧の一部を吹き飛ばしてもなんの意味もなかったという話だが。
とにかく、俺にできる最大威力かつ攻撃範囲がもっとも広い技でダメだったのだ。この時点で俺にできることはないため、研究者組に全てを託したわけだな。
(魔法の霧の正体そのものは、まあ予想ついてんだけどな)
既に研究者組にも伝えてある話だが、俺は霧の正体に見当がついているのだ。
と言うか、前に見たことあるといった方が正しい。俺の経験を元に考えれば、この気持ち悪くなるくらいに清浄な感覚……これに類するものは、聖都マーシャルの結界か伝説の地……聖剣の神殿くらいしかない。
更に言えば、聖都の結界と聖剣の神殿の結界を比較すれば圧倒的に聖剣の神殿の方が強い。特にこの魔力を消される感覚は、転移玉で神殿のある場所へ入った瞬間に浄化された感覚を鮮明に思い出せるな。
そう、この霧の正体は4大陸の中心にそびえる山の頂上、そこにそびえる聖剣の神殿から流れ出た結界魔力だ。しかも何者かの意志を感じざるを得ない形をとり、恐らくは4大陸を分断している。まるで、他種族間の交流をするなと宣言しているかのように。
まあ好意的に考えれば侵略者を跳ね返すバリア的な役割をしているとも言えるのだが、そのわりには外陸種が気軽に南の大陸に来てるんだよな……。転移魔法まで阻害できないのは確認済みだし、まあその辺の手段を使ってるんだろうけど。
転移座標知らないから、まだ人間には使えない手段でもあるわけだがね。
(誰かさんが勝手に埋め込んだゲーム知識も、こう言うときには役立たないんだから……)
今となっては不信しかない知識だが、まあ一応思い返してみた。何か霧突破のヒントはないかと。
だがこうして停滞していることからもわかる通り、何の役にもたたなかった。記憶によれば、ゲーム開始時点で既に侵略のため魔王が消してしまったらしいからな。もちろんその手段は不明である。
なお、北の大陸から来たらしいカーラちゃんはどうやって越えたのか参考程度に聞いてみたところ、何でも霧に突っ込んで浄化されたのに驚いて海に落ち、そのまま海流に流されてたら何か越えたらしい。魔力の大部分を持っていかれたそうだが、運がいいのか悪いのかわからん子だな。
「やはり現実的な手段としては、囲いのようなもので船を覆ってしまうのが確実では? 直接触れなければ問題ないかもしれません」
「着眼点としては悪くないと思うけど、どうしようもない問題としてこの巨大な船をどうやって覆うのかだね。魔力を使うのは軒並みアウトとなると、一度陸に戻るのを検討するレベルの大改修になるよ?」
「最小限の工事で船を完全密閉して突撃すれば……普通に浄化されちゃうんですよね。外周から霧の力が内部に伝わるようですし」
「霧に直接触れる部分と魔力との間に空間が必要だ。それでも完全に防ぎきれるかわからないんだから……この研究が大陸でできていれば対処法もあったんだけど……」
クルークとリリスさんの討論を聞きながら、俺はぼんやりと考える。
一体、今の俺にできるのは何なんだろうってね。
「これはレオンハート様。ご機嫌いかが?」
「ああ、サフィリア姫。私は変わりないですよ」
甲板で霧を眺めていたら、船内から護衛を引き連れたサフィリア姫が現れた。
姫の従者は皆疲れきった顔をしている。俺がトレーニングルームにいるときはいつもいるからな。きっと頑張っているんだろう。何せ、俺こうして霧を眺める時間ができるまでは食事睡眠風呂以外は常にトレーニングルームにいたし。
「こうしてお話しするのも久しぶりですわね。同じ船におりますのに」
「広いですから。お互いが予定を合わせなければ偶然出会うのは珍しいことでしょう」
「でしたら、本日は大変幸運でしたわね。偶然にもレオンハート様にお会いできたのですから。そう言えば先日――」
「そうなんですか。それは凄いですね」
「それとこのような――」
「はあ、そうなんですか」
「更にあんな――」
「へー……」
適当に挨拶して離れよう。姫様だって立場上無視はしないものの、ほとんど面識はない男とあまり長くいたくはないだろう。
そんな風に思っていたのだが、何故か姫様は口を一切止めないマシンガントークを始めてしまった。俺は失礼ながら滅茶滅茶適当な相槌を打っているだけだが、姫様微塵も気にした様子もない。まるで一月分溜め込んだ話題を一挙に放出しているかのようである。
話の一つ一つは流石王族にして交渉役って感じに引き込まれるものもあるのだが……短時間に詰め込んでいるせいでどうにも話題に乗れない。と言うか、姫様話すのに忙しすぎて俺の言葉聞いてないんじゃないか?
「おいたわしや姫様……」
「男心を掴むトーク……らしいけど、一ヶ月も考えた話題を全部ぶつけてもね……」
「それもこれも我らが不甲斐ないからだ。もっとうまくレオンハートとの出会いを演出できていれば少ないチャンスに詰め込むようなことにはならなかったのに……」
「ロマンチックな偶然の出会いとかどうすればいいんですか。あんな常人が入ったら即死する地獄の部屋に生息している生命体と偶然遭遇できるのは怪物だけですよ」
「せめて呼び出すくらいの事はできれば……」
「でも、自分から呼びつけるのはダメなんでしょ? 愛とは偶然から始まるもの……ってのが姫様の持論らしいですし」
「吟遊詩人の話の中にしか存在しない恋愛感ですけどね」
姫様の声でかき消されて良く聞こえないが、王族騎士団の皆さんがなにやら小声で話している。
とりあえず……こそこそしている暇があるんなら姫様何とかしてくれないかなぁ?
「――ただいま戻りました!」
「あ、アレス君」
何も出来ずに姫の長話に記憶世界のレオンハート直伝“社交界用笑顔”で対応していたところ、霧の向こうから一人の影が現れた。
アレス君が、ボートに乗りながら戻ってきたのだ。この魔力をかき消す魔法の霧――その中を、一人何もないかのように探索してきたのである。
(何でアレス君だけ霧の影響を受けないんだろうな……? まあ、霧の元が聖剣の神殿なわけだし、光の魔力だけは影響外ってことなんだろうけど)
霧の中から生還し、船員達に迎えられるアレス君。そんな少年を見つつ、俺は何故彼がこんな役目を負ったのかふと思い出す。
そう、あれは魔法の霧を見つけた一番最初のとき。とりあえず霧を吹っ飛ばそうと全員で持ちうる最大の威力を持つ技をぶつけたときだ。
しかし俺の風も、メイの雷も、クルークの炎も、その他戦闘員全員が誇る大技をぶつけても……霧は無傷だった。元々形無き霧を傷つけることなど不可能なのだが、吹き飛ばすことすらできないのは流石に困った。
全員がこれどうすんだって目を合わせたそのとき……一人だけ、俺たちとは違うリアクションをした男がいたのだ。
ただ一人魔法の霧に魔力が消されたことではなく、威力が不足していてとても吹き飛ばせないと漏らした少年――アレス君が。
「戻ったか」
「メイか」
「一人、魔法の霧の魔力霧散効果を受け付けないアレス。あの少年は何かヒントを持ち帰ってくれているといいんだがな」
アレス君の帰還を察知したメイが甲板に現れた。
俺と違い、一番初めに目覚めた生来の属性が光であるアレス君。俺だって光属性は持っているのだから理論上はいけてもいいはずなのだが、同時に闇の属性が強すぎてむしろ強烈に浄化されてしまう。
闇を持たず光に愛された少年であるアレス君だけが、あの霧の中を自由に行動することができる。俺たちはそう結論付け彼に調査を任せたわけだが……さて、何か見つけてくれたのかな?
「あの、えっと……」
「ああ、申し訳ありませんサフィリア姫。少々忙しくなりそうですので、これにて失礼いたします」
急に場が動いたせいか、喋ったまま固まっていた姫君に挨拶してから俺もアレス君の下に向かう。
まずは、霧を晴らす突破口だけでも見つけたいところなのだがな……。
「……もう大分メロメロのはずなのに、何であっさり仕事に戻れるのかしら? 私情よりも仕事ってタイプ……となると、やはり姫と騎士という立場での付き合いを変えるべきかしらね?」
「姫……そうではありません」
なにやら哀愁漂う護衛騎士たちを背に俺はよく生きて帰ったと祝福されているアレス君のところまで歩いた。
「あ、師匠! 今戻りました」
「お疲れさま。……疲れているところ悪いけど、早速報告をお願いするよ」
「はい。まず魔法の霧なのですが、僕の魔力を除くあらゆる属性、性質、状態の魔力を消してしまいます。……これを」
「……? これは?」
アレス君は腰から下げていた袋のなかから、幾つかの箱のような物を取り出した。サイズは手のひらに乗る程度で、正体不明の黒い壁で出来ている。輝きからして金属製かな?
黒い部分は透明度ゼロだが、立方体の一面だけガラス張りのようになっており中が見える。が、肝心の中身は特に何もない。空箱だ。
……いや、一つだけ何か入っているな。小さな白い光……灯りか?
「それは僕が説明するよ」
「クルーク」
「アレス君にお願いして、霧の中に持って行ってもらったんだ」
「この箱をか? 何のために?」
「まだ試作段階であまり偉そうには言えないんだけど……簡単に言えば、魔力保存装置さ」
「魔力保存装置?」
聞いたことがないが……どんなものなんだろうか?
クルークはまだ試作段階でとても人に話すことではないと謙遜しているのだが、とりあえず機能の説明を俺にもわかるようにお願いしたいな。
「機能は単純。この中に魔力を仕舞えるんだよ」
「魔力を仕舞う? 何のために?」
「そこは今後の研究次第ってところだね。今はまだこの程度の魔力しか保存できないけど、いずれは魔力を扱えない人でも魔法道具を起動させたりとかするのが目標と思ってもらえればいいさ。一応、一般人用護身結界発生装置の成功品もあるんだよ」
「へー。そりゃ便利だな。でも、これが今回何の関係があるんだ?」
「うん。この中には僕を含む数人の……属性の違う魔力を保存しておいたんだ。完全密閉モードで、霧散するようなことはないようにしてね」
「でも、一つを除いて空箱……ということは?」
「ああ。その一つはアレス君自身の魔力を保存したもの。他の全ては箱の中でも霧散させられたということだね」
箱の中に仕舞っていた魔力まであっさり全滅。これじゃあ、さっきクルークとリリスさんが話し合っていた船を何かで覆う計画もだめかもしれないな……。
魔導船の動力は当然魔力。トレーニングルーム経由で人力移動もできなくはないのだが、流石に魔力封印地帯でこの巨大船を動かすのは無理だ。いくらなんでも、魔力による身体強化抜きでそれをするんならまず人外に生まれなおさなきゃならないだろう。
本当に、これはどうしたものかな……。ある程度出たとこ勝負で何とかするしかないってのは旅に出る前からわかっていたことだけど、まさかここまで困難とは……。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの?」
「ええ。実は、個人的に一つ実験をやってみたんです」
アレス君はちょっとテレながらも、更に袋の中から一つの箱を取り出した。
……灯り、あるな。アレが魔力だとすれば、中身はやはりアレス君の魔力か?
「それは……!」
「はい。これは……クルークさんの魔力です」
「え?」
ガラス張りの一面から見えているのは、先ほどのアレス君の魔力同様の小さな灯り。
しかしクルークの魔力なら先ほどの空箱と同じように消えてしまうはず。それが何故……?
「実はこの箱だけ、僕の魔力でコーティングしておいたんです」
「……なるほど、つまり……」
「はい。あの霧の中に入っても、僕の魔力でコーティングしておけば魔力が消えることはありません。これなら、突破できます」
アレス君は強く、自信に満ちた表情で断言した。自分の力を信じ、やり遂げてみせると覚悟を示すかのように。
師匠として、弟子のこんな顔を見るのは何とも嬉しいものだ。アレス君は力だけではなく、心も立派に成長しているって証なんだから。
「……確かに、それは大いなる前進だね。でも問題はある」
「問題?」
「ああ。アレス君。キミには霧の調査をお願いしたわけだけど……霧を抜ける事はできたのかい?」
「……いいえ。丸一日かけて進んでみましたが、結局抜けられずに戻ることになりました」
一人で未知の霧の中に居続けるのは危険だからな。まああの中ならどんな魔物もまともに動けないだろうからむしろアレス君の独壇場といえなくもないけど、それはそれだ。
そもそもボートに乗せた食料と水は三日分くらいだったから、帰りを考えればそのくらいで帰るしかないんだけどもね。
「アレス君の魔力で船を覆うとして、船が霧地帯を抜けるまでそれを維持できるのかい? この大きさを覆うとなれば、極小に抑えてもかなりきついよ?」
「それは……」
「途中でキミが力尽きれば最悪。僕ら全員が魔力使用不可地帯に取り残されることになる。動けない船と一緒にね」
……アレス君は、立派だ。強くなっていると断言できる。クルークに現実を突きつけられてもなお死んでいない眼がそれを物語っている。
だが、それでもリスクを考えたらとても実行できない案ってわけか。勝利だけを見据えて突き進むのは戦士の役割だが、指導者は勝利した後の栄光よりも敗北したときのリカバリーを考えなければならない。だったかな、ロクシー?
今の俺はこの一団の指導者。となれば、弟子を信じるなんて感情論で決断するわけにもいかない。まずは教科書どおり、定石で考えてみるとするか。
「……クルーク、総隊長として、聞きたい」
「なにかな?」
「仮にアレス君の魔力によりコーティングを施したとして、どのくらい持つと思う?」
「……船全体への結界を張ると考えるのならば、半日も持てばいいほうだろうね。かなり高く見積もって。元々結界術士でもないんだから」
「その半日で船が霧を抜けることは?」
「霧地帯の範囲が不明だから何ともいえないね。ただまあ、今のアレス君が漕ぐボートで丸一日かけてもだめだったんだ。流石に半日じゃ失敗する公算のが遥かに高いよ」
……まあ、そうだろうな。その辺のことを考えずにクルークがダメ出しするわけもないし。
しかし、ここからが本番だ。俺がやるべきなのは画期的な解決案を考えることではない。そんな無理なことをするのではなく……考えてもらうのが今の俺の役割なんだから。
「今のままでは解決できないのなら、解決できるように考えよう。そうだな……船の移動速度を上げる事は?」
「できなくはないけど……状況は変わらないね。移動にかかる時間は元々不明なんだから」
「じゃあ……」
「あの、船を速くするのではなく、結界の維持時間を増やす方向のがいいんじゃありませんか?」
何とかクルークに解決案を思いついてもらえないか知恵を絞ってみるが、まあ俺の知恵など食後の睡眠と変わらないようだ。
しかし、思考の海から出された小さくも興奮した声の持ち主は違う。俺とは頭の出来が全く違う。
やはりこんなとき、頼りのなるのは俺ではなく頭脳派の技術者――リリスさんだよな。
「維持時間を? しかし今からアレス君を結界術士として育てるのは無理だよ?」
「ええ。しかし結界の範囲を限定すればもう少しいけるかと」
「うーん……守るべきは動力室と研究室、そのほかにもある。守るべき部分を限定したとしても、広いことには変わりないよ?」
「はい。そこでまず、船内の模様替えをすればいいかと」
「主要部分を一箇所に集めるって事? まあできなくはないけど、いやでも設備を動かすのは流石に……」
「動かせない場所は別の方法で守ればいいでしょう。丁度、そのための道具もありますし」
「道具って……携帯魔力保存箱のこと? これにアレス君の魔力を込めて術士がそれを使えば……いやでも単純に量が足りない。いや、それなら数を増やせば、いけるかも」
「箱自体もまだまだ改良の余地があります。材質はここで追求する事はできませんが、変換方式をレグロン回路に変えて――」
「いや、それは僕も考えた。しかしレイシャロッテの法則があるから――」
「それならグレモリー1245式を取り込めば――」
クルークとリリスさんは興奮した様子で話を進めていく。
途中から俺たち戦闘力特化組は置いてけぼりなのだが、何かうまくいきそうである。この状態の研究者に話しかけるのは自殺に等しいと経験上理解しているため、黙ってみていよう。
そのまましばらくしたところで、二人の魔術師はお互いにうなづきあった。
どうやら方針が決定したらしいが、目の前で聞いていたのに何を言っていたのかさっぱりわからないんだけど。そして改めて説明されても、睡魔との闘いになる未来しか見えないんだけど。
「よし、この理論ならいける!」
「すぐに取り掛かりましょう!」
「というわけで――」
二人の魔術師、研究者は揃ってアレス君の方へと顔を向けた。もうその目には自分の理論を証明しようって欲望しか見えない。
アレス君はドン引きして身の危険を感じているが……うん、強く生きろ。
「アレス君。キミの魔力、使わせてもらうよ」
「そ、それは構いませんけど……どのくらい?」
「ちょっと毎日干物になってもらうだけです。計算上大体3日もあれば十分な量が取れるはずですから、精をつけておいてくださいね!」
……何も聞こえなかったことにしよう。弟子がプルプルと恐怖に震える目で見ている気がするが、俺にはどうしようもない。
せめて、体力と魔力を効率よく回復させられるグレモリー製ポーションをそっと差し出すことくらいしかね……。
三日後、眼がうつろになるまで全身の力を搾り取られた挙句更に全力で結界維持に努めてくれたアレス君の献身(強制)により、俺たちは無事魔法の霧を抜けることに成功した。
さあ、いよいよ未知の大陸へ、踏み出そう――!
◆
「……鳥人族のところへ、増援を送ったのですか?」
「ああ、ミハイ。思ったよりしぶといから、魔獣王が少しだけ本気になったらしいな」
あの力の修行を中断し、私は今伯爵殿について吸血城の廊下を歩いている。
何でも、古き吸血鬼の一人として吸血王に呼ばれているらしいのだ。私はその供回りというわけだな。本来ならばそのような役割は即刻拒否するところなのだが……相手が恩人たるこの人では仕方あるまい。
「魔獣王、ですか。我らが吸血王――いえ、魔人王様と同格の怪物でしたね」
「世界の歴史を知るもの――原初の四魔王のお一人だ。今は鳥人族を攻めているらしいが、中々お楽しみのようだな」
メモリーズ……時として、四魔王のことをそう呼ぶものがいる。
何故そのような呼び名なのかはわからないが、ともあれ今大切なのは魔獣王の行動のことか。
「精鋭部隊の内の一つを向かわせることにしたらしい。これは流石の鳥人族も危ないかもしれないな」
「……精鋭部隊の一つ、ですか」
「そうだが、何か不満かね?」
伯爵殿は私の表情に気がついたのか、楽しげに問いを投げかけてきた。
……そうだな。この際、聞いてみるとするか。
「……前々から疑問に思っていたことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何かね? 答えられるものなら答えるが?」
「私は以前のような力押しとは違う、戦術と言うものを学びました。それ以来疑問なのですが……何故、我らは他の種族を全力で攻めないのですか? 戦力を小出しにするのは、敵に塩を送っているようなものなのではないかと愚考しますが」
力を出し惜しみしてはならない。やるなら全力で叩き潰せ。それが兵法の基本らしい。
個人的には弱者を甚振るのは楽しいのだが、軍として誇りを賭けるのならば全力攻撃が本来の姿だろう。今にして思えば一人一人送り込むからやられた幹部級も多く、私自身一人でなければあの男に二度も醜態を晒す事はなかっただろうに。
何故魔王軍は、持ちうる全ての戦力を使って敵を殲滅しないのか。それが、ここ最近の私の疑問なのだ。
「……ふむ、当然の疑問だな」
「そう仰っていただけるのならば、答えもあるのですか?」
「ああ。一言で言えば、我々の目的は他種族の絶滅ではないからだ。究極的には勝利する必要もないのだからな」
「……では、何故攻めるのです?」
勝つ気がないのに戦う。理解できない答えだ。
勝利とは、誰しもが望むもの。人も魔物も関係なく渇望する本能ではないのか?
「……ミハイよ。我らの目的は、常に一つ。全ては魔王にして神たるお方のために――だ」
「……魔王神様ですか?」
全ての魔物を生み出した、魔の神。その意思に従って我らは人と戦っているとは聞いているが、何故それが勝利を望まないのだろうか?
神の命だというのなら、むしろ全力で攻め落とすべきだと思うのだがな……。
「かの神の望みは、人間の命などという矮小なものではない。もっと大きな視点でものを見ているお方――らしい」
「らしい?」
「実際にお会いしたことはないからな。と言うよりも、本当にその真意に触れられたのは吸血王様くらいのものだろう」
「……なるほど。では、いったい我らは何を求めて人間共を生かさず殺さずといった具合に攻めているのですか?」
「ふむ。これは吸血王様が僅かに漏らしただけの言葉なのだが……何でも、魔王神様はたった一つの物を手に入れるだけが目的らしい」
「たった一つの物……それは何なのでしょう?」
これほど大規模なことをしているのだ。さぞや凄いものなのだろうな。
伝説的な武具か、あるいは眩い宝か……いや、その程度の物ではないのだろうな。
「詳しい事はわからないが、かの方はこう仰られていた。全ては世界核のために、とな」
――その言葉はどこか不吉で、そして……吸血鬼である私の何かを恐怖させる力を秘めていたのだった。
これで海のたび編は終わりの予定です。
次回、いよいよ未知の種族と出会う。




