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第129話 龍の襲撃 / 過去の襲撃

「ふぅ。いい汗かいたな」


 俺はほどよく火照り、全身の筋肉が活性化しているのを感じながら固定バイクから降りる。

 そろそろ準備運動も終わりだな。身体も温まったことだし、修行を始めるとしよう。


「と言うわけで、早く立ちなさい。早速個人練習を始めるよ」

「うぁ……あ」


 今にも消えそうな苦しげな声。

 俺は早く今日のメニューを始めようと爽やかに弟子たちへと声をかけたのに、返ってきたのは爽やかさなんて欠片もない亡者の唸り声だった。

 まったく、そんなんじゃ次を乗りきれないぞ? そんな床に寝転びながら魂抜けた顔してたらさ。……あと、呼吸はした方がいいよナーティアちゃん。死んじゃうからさ。


「何だ情けない。ちょっと筋トレして休みなし全力ダッシュ1000本やっただけじゃないか」

「いや、師匠……この部屋、本当に辛いんですけど……」


 ぐったりしながらではあるが、代表して口を開いたのはアレス君だった。

 見れば他の面々も生まれたての小鹿みたいではあるが動き出している。うんうん、ちょっと呼吸が止まったくらいならもうすぐ復帰できるね。良いことだ。


「アレス君。辛くないと修行にならないだろ?」

「げ、限度があるかと……」

「まあね。確かに、君らはこの部屋初体験だし、慣れるまでは辛いだろう。よかったね、いい修行になるね!」

「…………」

「あ、慣れちゃう心配ならいらないよ? 今日は初日だから比較的緩めの設定にしてあるし、明日からは更に負荷を増やせるよ! 惰性になることなく常に刺激を受けられる安心設計だからね!」

「……がく」


 ハハハ、何故死ぬんだいアレス君? そんなにこの俺と親父殿でみっちり話し合って設計し直したトレーニングルームに感動したのかい?

 俺もこの化け物船にはいろいろ驚かされたけど、トレーニングルームだけは何故か控えめだったのでいろいろ注文し直したのだ。

 せっかくこんなアホかって金かけて作ってるんだから、やっぱ性能は100%引き出さなきゃもったいないってもんでしょう。親父殿も自分が使うことを前提にいろいろ意見を出してくれたし、三ヶ月前の初期案よりもかなりいい感じに仕上がっていると自負しているよ?


「……さて、もう休憩は十分だろう? そろそろ始めるよ」

「……はい」


 ふらつきながらではあるが、全員立ち上がった。確かに部屋の負荷でいつもよりもずっと疲れているだろうけど、こっちだって始めから不可能なことは言わないんだ。4人のなかで一番体力に不安があるナーティアちゃんでも三途の川の手前くらいで乗りきれるよう調整してるんだから、体力自慢組はもっとしっかりしてくれないとね。


「んじゃ……クルークー!」

「ん? 何だいレオン君?」


 俺はメイとの追いかけっこを終えた――なにか用事ができたらしく、メイから中断した――クルークに声をかける。


「クルーク、ナーティアちゃんの修行見てあげてくれないか?」

「え? 僕がかい?」

「魔法の専門家は間違いなくお前だろ? 俺が見るより1万倍いいだろうし、元とはいえ上官なんだから面倒見てやってくれよ」


 クルークはお家断絶の際に騎士位も失っている。そのため厳密に言えばもう関係ないのだが、まあそれはそれだ。

 俺の命令を聞くことで罪を償えって話だし、これも立派な仕事だろう。境遇的に弟子なんてとったことないだろうし、人に教えるのはいい勉強になるとこの機会に学んでもらえれば一石二鳥だ。


「まあ頼まれればやるけど……いいのかい? 本人の意向は?」

「ああ……どう? ナーティアちゃん? 一見ただのチャラチャラした優男に見えるかもしれないけど、実力は確かな優良物件だよ?」

「……レオン君? 今度は僕が鬼になろうか?」


 軽口を交えつつナーティアちゃんに確認をとってみる。

 いや、冗談抜きにクルークを魔法の師にするのはいい選択だろう。正式な弟子入りではないにしても、学ぶことは非常に多いはずだ。

 そう思って様子を窺ってみると……なんだろう? この、フラフラなのに感じられる憧れの視線は?


「え、えぇと……そ、その! あ、ありがとうございます!」

「お、おう。ずいぶん乗り気だね」


 予想外のハイテンションにちょっと引く。

 そんな態度を自分でも恥ずかしくなったのか赤面してうつむいてしまうナーティアちゃんだが、まあ乗り気ならそれでいいか。


「えーと、じゃあ他の三人は俺のところでいつもの技の修行ね。とは言っても、ここには人類のなかでも選りすぐりの業師が揃ってるから、自分に合ってそうな人のところに学びにいくのもいい――」

「わっ!? 地震か!?」


 始める前に簡単な話をしていたら、突如床が――部屋全体が大きく揺れた。

 ここが陸なら地震だろうが、生憎ここは船上。となると、船が揺れるほどの――それも特別加工のトレーニングルームにまで影響を与えるほどの大きな波でも来たのか、それとも……敵襲か、だな。


「ちょっと見てくる。ここはクルークに――」

「いやいや、僕もいくよ? 忘れてるかもしれないけど、こういう状況でキミの側にいるのが今の僕の仕事だからね?」

「……まあしゃあないか。それじゃアレス君、いざというときはキミがここを仕切ってくれ。指示があるまでは待機だ」

「はいっ!」


 俺は部屋の負荷機能を解除しながらアレス君へ指示を出す。

 さて、取り越し苦労ならそれでいいんだが……大体こういうときに大事じゃないことってないよね……。


 主要施設へ緊急時のため転移装置置いてあるから、甲板へ出るのに時間がかからないのが幸いだがな。

 稼動するだけで結構なエネルギー食うから、常用できないのが難点だけども。



「ああ、あれか」

「あれだろうね……」


 転移装置を使って甲板へ出てみれば、先程の揺れの原因はすぐにわかった。

 鱗だ。この巨大船リヴァイアサンにも匹敵する、巨大な鱗に覆われた生物がこちらを威嚇しているのだ。


 一見すると巨大な海蛇のようにも見える、青い胴長の怪物。パッと連想するのは、俺の鎧となったアクアバジリスクだろうか。

 しかし、それとは決定的に違うところがある。それは凶悪そうな顔から生えている立派な角であり、胴長の背から伸びる翼であったりするが……そんなもの見なくとも、この肌がピリピリするオーラでわかる。

 これは、紛れもなく生物の頂点に立つ種族特有のオーラ……ドラゴンの気配だ。


「普通に海を進むだけで龍種に出会うとか……幸先いいのか悪いのかわからんな」

「普通、いいとは捉えないと思うよ。……まったく、キミとの旅は退屈しそうにないね」


 魔導船リヴァイアサンの船底には、神官が清めまくった魔除けの金属が使われている。そのため並みの魔物なら浄化の力で近づくこともできない上に、進むだけで海が綺麗になる大変クリーンな船なのである。

 だが、逆に言うと“並みではない”魔物ならば近づけると言うことであり、むしろ魔物からすれば忌々しいだろう力に引き寄せられてくる恐れは確かにあった。

 あったのだが……流石に龍種は想定外だよ。南の大陸を一歩でたら、文字通りの魔境ってことかね。


「あ、総隊長! 状況報告します! あの龍の体当たりで船の結界を貫いて揺らされましたが、船体に破損なし。しかし第2波が来た場合の被害は未知数! 撃退のため魔導砲の発射を進言します!」


 龍を見ていたら、船員の一人が慌てた様子で総隊長――つまり俺に報告と提案をしてきた。

 なるほど、さっきの揺れはあいつの体当たりか。リヴァイアサンの常時展開結界でも完全に防ぎきれないとはさすが龍種と言うべきか、それとも何で龍種の攻撃受けて無傷なんだこの船はと言うべきか……悩み所である。


 まあ、そんなことよりも、さてどうするかな。

 船の武装の中でも最強の破壊力を持つ魔導砲なら確かに有効だろうが、エネルギーと弾がもったいないんだよねあれ。

 何せ、とにかく破壊力重視で作ってるからコストのことなんてまったく考えていないのだ。なんと一発撃つだけで三日分の走行エネルギーに匹敵する消費があるし、その大量のエネルギーをチャージする弾は希少魔法金属100%のでなければならない。ぶっちゃけ、魔導砲の弾一発くすねるだけで一般人なら10年生きられるだろうってイカれた価値があるのだ。

 ハッキリ言って『何で作ったそんなもん』と言われてしかるべきブルジョワ兵器だが、これくらいやらないと未知の怪物への切り札にはなり得ないというのが制作者たちの結論なのである。ぶっちゃけ、これでも効かないやつには効かないだろうし。


「……うん、やっぱ初手に使うもんじゃないな」

「し、しかし龍種ですよ! 世界最強種族ですよ!」

「まあ確かに、そうなんだけど……必要ないでしょ」


 敵は魔導砲を使うのにふさわしい、伝説級の怪物だ。その意見はわかる。船のプロであり腕っぷしにも自信はある船乗りとは言え、怯えてしまう相手なのはよくわかる。

 が、まあ何とでもなるんだよね……この面子ならさ。


「またでかいのが出たな」

「食べがいがありそうね。魔力たっぷり含んでるみたいだし」


 俺たちが出てきた転移装置から、メイと何故かカーラちゃんが現れた。

 特に接点があるとは思えない組み合わせだが、偶然一緒になったのかな?


 まあそんなことよりも……ふむ。カーラちゃんの意見、一理あるな。


「ドラゴンステーキ……王道だよな、見たことないけど」

「そう言えば、食べたことないねドラゴンって」

「食用以前に、いないからな、私たちの故郷には。まさか精霊竜を食べるわけにもいかないし」

「食料はあればあるだけいい。となれば、あんな獲物を逃がす道理はないか」


 俺たち昔馴染み三人は、揃って首を縦に振った。

 その思いは一つ。未知の食材への好奇心である。


「じゃ、さっさと狩るか。ぱぱっと嵐龍閃で……」

「いやいや。あれはどう見ても水の属性だ。同系統のキミの技では効果が薄いと思うよ? ここは僕の魔法で……」

「焼くつもりか? 食料として考えるのならば考えなしに火を入れるのは愚策だろう。それよりも、純粋な打撃で仕留めるのが一番状態がいい」


 ビシッっと、俺たち三人の間の空気が固まる。

 俺たちの会話を聞いて唖然となっている船員にも感じ取れたのか冷や汗を流しているが、それに構ってやる余裕はない。

 ぶっちゃけ、全員あの龍と戦いたいのである。はじめて遭遇する未知の巨大モンスター。その一番槍を望まない武人は少ないだろう。

 それに、長い船暮らしが確定している以上、どうしても実戦の勘が鈍ってしまうと俺たちは懸念しているのだ。いくらトレーニングルームが充実しているとは言っても、所詮身内同士の訓練しかできない。命がけの実戦でなければ得られないものって奴だけは補いきれないのだ。

 だからこそ、こういった機会は逃したくない。そんな思いで俺たちは牽制しあっているのである。当の水龍ほったらかしで。


 そんなとき――一つの小さな影が、水龍へと飛びかかったのだった。


「さあ――ひれ伏しなさい!」

「あっ! カーラちゃんいつの間に!?」


 三人で牽制しあっていたら、いつの間にかカーラちゃんが飛び掛っていた。

 水龍とお互いに意識を集中していて警戒レベルが下がっていたとは言え、俺たち三人を出し抜くとは……やるな。


「ちょっ! 漫才やってる場合じゃないでしょ! 速く助けに行かないと!」


 カーラちゃんの単独突撃を見た船員が、悲鳴にも似た叫びを上げる。

 まあ、普通に見たら身の程知らずの女の子が一人龍に挑んでいるわけだからな。そりゃ善良な人間なら悲鳴の一つも上げるだろう。


「――やっ!」

「グルオッ!?」

(ま、実際はそれほど絶望的じゃないんだが)


 カーラちゃんの拳が水龍の顔に命中し、その巨体を大きく吹き飛ばした。

 あまりにも理不尽な光景であるが、それも当然と言えば当然だろう。カーラちゃんは、本人は隠しているつもりでも吸血鬼だ。

 そして吸血鬼とは、その最上位が四大魔王の一角に数えられるほどの高位種族。それを言ったら龍種ももちろんそうなのだが、その潜在能力は非常に高いのである。

 そもそも龍種も吸血鬼もピンきりなのであまり当てにならない考察ではあるのだが、見た目通りではないことは間違いないな。


「……にしても、カーラちゃんってあんなに綺麗なフォームしてたっけ?」

「確かに、今の拳は中々鋭かったねー。パワーでのごり押しには違いないけど、確かな技量も感じたよ?」


 カーラちゃんの正体を知っている俺とクルークが、船員の驚愕とは別の疑問を口にする。

 今水龍を殴った拳、ちょっと前までの腕力任せの力技――ってのとはちょっと違うのだ。まあ俺もカーラちゃんの戦いぶりなんてほとんど見ていないからあまり強いことはいえないのだが、昔はもっと力だけだったと思うんだが……?


「……脇が甘いな」

「ん?」


 メイがぼそりと呟いた。格闘の専門家としては満足できる一撃ではなかったってことだろうが……素人にしては十分だったと思うんだけどな。


「ギヤァァァァァァッ!」

「おや? 龍が何かするつもりみたいだよ?」

「言葉を話す事はできないのかね? まあ、精霊竜みたいに喋られても迷惑なだけだけど」


 主に、騒音公害的な意味で。

 そんなことを考えつつ、水龍の様子を眺める。知性を感じさせない叫びを上げつつも、分かりやすく口に魔力を溜め、ドラゴンの代名詞であるブレスの準備に入っているその姿を。


「さて、一応助けに行くか。流石にドラゴンのブレスはヤバイだろ」

「そうだね」


 俺とクルークは共に構える。いくらカーラちゃんが吸血鬼と言っても、最強種たるドラゴン最強の攻撃は不味い。吸血鬼って、海水苦手だしね。

 戦い慣れしている戦士ならばあんなわかりやすい攻撃どうにでもなるだろうけど、種族的に強いだけで戦士と言うわけではないカーラちゃんには危険だ。


 そう思って一歩前に出たのだが、何故かメイが俺たちの前に腕を突き出して止めるのだった。


「ん? なに?」

「必要ない」

「そうか? 流石に危ないだろ……?」


 メイはなにやら自信満々と言った様子で、助勢は不要と断言した。

 そうとは思えない俺とクルークは首を傾げるも、まあいいかといったん下がる。危なくなったら助けに入るくらい、この距離なら簡単だしな。メイがこんなに自信に満ちている理由も気になるし、もうちょっと見ているか。


「生意気にも刃向かうつもり? だったらね――サイキョーのアタシが、アナタを晩御飯にしてあげる!」


 宙に浮遊するカーラちゃんは、ブレスの予備動作を見ても一切動揺することなく不敵に笑う。

 個人的には、まずブレスの予備動作であることを理解しているのかが心配なのだが……どうするつもりなのかな?

 あの、もう放たれる前から水属性の咆哮砲撃(ブレス)だとわかってしまうような攻撃を前に。


「ゴオォォォォォッ!」

「水は嫌いなのよねー。でも……その程度でアタシに牙をむくなんてふこう……じゃなくて、ふかい? ふけーき? えっと……まあいいわ!」


 ……多分、不敬(ふけい)と言いたかったんだろう。誰に影響されての言葉遣いかは知らないが、相変わらずだね。

 しかしそんな締まらない言葉とは裏腹に、カーラちゃんも空中で腰を深く落とし、その拳に魔力を集めている。どう見ても大技の構えだが……あの構え、どこかで見た気が……?


「グルアァァァァァッ!」

「――クン流・空砲魔拳!」

「え」


 水のブレスと、カーラちゃんの拳から放たれる魔力を含んだ拳圧――クン流格闘術における、砲撃技が激突する。

 並みの吸血鬼ではちょっと出せないよなこれって量の魔力が放たれ、脅威であるはずのブレスを逆に押している。はっきりいって、その威力は人間の領域を軽く踏破しているレベルだろう。

 だが、元々人外であるカーラちゃんなら別に不思議ではない。吸血鬼って基準で考えても強いほうのような気がするけど、まあそれはいい。純粋な吸血鬼の鍛錬法とか知らん――少なくとも筋トレは無意味だろう。だってアンデッドだもん――から、日常の何かしらが知らず知らずの内に力を増やしていたと思えばいい。


 そんなことよりも気にすべき事は、あの技だ。クン流の拳士が扱う技を、何故カーラちゃんが使えるのか。

 クン流は闘技場の覇者として君臨しており、シュバルツと違ってその技を公に晒すことが多い。更には道場も開いており、秘奥とされるものは別にして多くの弟子も取っている。

 そこで教わるのは一般的な他流派と大差ないものだという噂だが、それでもクン流の拳士を名乗る格闘家はそこそこいる。だからカーラちゃんが偶然技を知っただけとも考えられなくないが……その予想は、俺の隣でドヤ顔しているこの格闘の達人の様子を見れば外れだと誰でもわかるだろう。


 顔に書いてあるもん。私の教え、ちゃんとできているなって……。


「グ、アァァ……」

「勝利!」


 一撃で龍を粉砕し、Vサインを作るカーラちゃん。そんな光景を、俺は唖然として見る事になるのだった。



「それで、マキシーム会長? 今日はどんなご用件かしら?」


 品のいいカップをゆっくりとテーブルの上におきながら、シュバルツ夫人がワタクシに微笑みつつ問いかけてくる。

 その物越しは、まさに淑女。貴族令嬢として……そして有力者の妻としてまさに理想的な姿であるといえる。理想的すぎて、作り物の匂いを感じ取ってしまうほどに。


「……まず、本日のワタクシは、マキシーム商会の会長としてではなく、陛下に忠義を尽くす貴族の一人としてここにいることをご理解ください」

「あら? そうなの? でも私も元とは言え貴族の出身ですから、そう固くならなくても大丈夫よ?」


 こちらを安心させるように微笑むシュバルツ夫人。その美貌はどう見ても30代前半……いや20代でもいけるほどなのですけど、だからこそ怖いと感じてしまう。

 この理想の夫人の顔の下には、確実に別のものがある。若さを保つのは女性の永遠のテーマとは言いますが、これは食事法や化粧といった一般的なものではないとわかってしまう。

 同じ方法で若さを……全盛期の肉体を維持する者達と、多く接してきた経験が理解させてくるのよね。

 その手の話題には欠片もその鋭敏な感覚を発動させないシュバルツ一族にはわからないかもしれないけど、同じ女のワタクシならばわかってしまうものもあるのよ。


「……シュバルツ夫人。アナタにお願いしたいことがあります」

「お願い? あら何かしら? でも、私にできることなんて何もないわよ? 主人に嫁いで来てからはずっとお屋敷暮らしですし、特に私個人が持っているものなんて……」

「はい、確かにシュバルツ夫人ならばそうでしょう。ワタクシが求めているのは、シュバルツ夫人ではありません」

「……それは、どういうことかしらね?」


 さっぱりわからないわといいつつ、少しだけ首を傾げるシュバルツ夫人。

 流石の擬態。伊達に20年以上息子すら欺いているわけではないという貫禄を感じさせるほどの、おっとりした貴族像を体現しているわね。


「……きっかけは、先日の反乱劇でした」

「反乱劇? ああ、大変でしたねあれは」

「はい。その大変な事件の際、この屋敷も随分な被害が合ったようですわね」

「ええ。家具から何から随分壊れちゃったもの」


 その壊れた家具や家の修理をシュバルツ様に頼まれたのはワタクシ――もちろん有料――なので、その被害はよく知っている。

 壊れたタンスやテーブル、イスなどなど全て商会のスタッフが回収して新しいものを購入いただいたわけだけど、その報告を受けてワタクシはどうしても気になることがあったのよ。


 そもそも、何故シュバルツ邸が襲われたのか。その理由を考えるのは簡単なことであり、国の主力防衛戦力であるガーライル様やレオンハートへの切り札になりえるからというのが大きい。

 つまり人質の確保ね。まあその道のプロである二人なら私情よりも任務を優先させるでしょうけど、それでも動揺を与える事はできる。何だかんだいって人質のために無抵抗ってことはないにしても、見捨てるなんて決断をするほど諦めのいい人たちでもないし、何らかの影響は与えられることでしょう。

 少なくともワタクシが王都攻めをするのならば、この屋敷を最優先で押さえたいと思うでしょう。英雄に対するカードは一枚でも多くあったほうがいいに決まっているし。


 だからこそ、この屋敷が襲われて家具類がダメになったと聞いたときはさほど疑問を感じなかった。

 よくあの騒ぎの中で護衛戦力が残っていたなとは思いましたが、しかしそこまで。ですが……肝心の破壊後を見たとき、ワタクシの中で疑念が一気に膨らんだのです。


「シュバルツ邸から処分を一緒に頼まれた家具。一応毒素の類が使われていないか等、一応検査をさせたのですが……一つ気になる点がありました」

「それは何かしら?」

「壊れていた家具の傷跡、その全てが鋭いもので貫かれていました。それも、大小さまざまな大きさの穴が空けられていましたよ」

「つまり、賊の中に槍でも使う者が複数人いたということね?」

「ええ。普通に考えれば。ですが……破壊跡の全てが、というのはおかしいと思いませんか?」

「そうねぇ……特に思わないかしら」


 本心から言っていますといわんばかりの、裏のない笑顔で微笑むシュバルツ夫人。

 ですが、残念ながらワタクシはそうは思わないのですよ。だからこそ、ここに来たのですから。


「シュバルツ邸に押し入った賊……例の転生丸によって魔化を起こした犯罪者の集団ですが、その中に槍かそれに類する刺突武器を使う者はほとんどいませんでした」

「ほとんど、ということは何人かはいたのよね? だったら何も問題ないんじゃない?」

「ええ。ですが、そうであるならば貫かれた穴以外にも刀傷や魔法による焼け跡……そう言ったものがあるはずです」

「槍使い以外は紳士的だったのでしょう。そもそも、家具なんて壊しても彼らからすれば一文の得にもならないはずなんだから、本来なら壊れてないのが自然なんじゃないかしら?」

「転生丸の被害者は皆、理性を失って破壊衝動に襲われます。ですので、紳士的ということはないでしょう」


 シュバルツ邸で起こった何らかの戦いでは、刺突武器の使い手が大暴れした。これは間違いない。

 しかし、襲撃者の中にはそれに該当しそうな者はいない。念のため所持していた武器と家具の穴を比較させましたけど、一致するものはないとのことですしね。

 では誰の攻撃でこの屋敷は半壊したのかということになりますが……さて、そこで一つ考えねばならないことがあります。


 そもそも、何故シュバルツ夫人と屋敷に控えている執事のゼッペルさんは無事だったのか、という事実をね。


「シュバルツ夫人。お聞きしますが……この屋敷に住んでいるのは当主様とシュバルツ夫人、その子息レオンハート様。それに居候していた中級騎士アレスと魔獣団団長のカーラ。他におりますか?」

「そうねぇ……この屋敷は使用人をほとんど使わず、自分の手で生活するのを家訓としていますからね。偶に呼ぶ庭師を除けば、そこにいるゼッペル一人になるかしら」

「なるほど、では、当時の反乱劇の中で屋敷にいたのはゼッペルさんとシュバルツ夫人だけ、ということになりますね?」


 あの事件の中で、戦闘力を持つ者は皆戦っていた。

 騎士の称号持ちは当然のこと、カーラもワタクシがいろいろ頼みごとをしてましたし家の中にいなかったのは間違いない。

 ならば、賊を迎撃したのは誰なのか……大分絞り込まれますわね?


「……ゼッペルって、実は強いんですよ?」

「ええ。存じております。若いころは剣士として、当時は罪人領とまで謳われた治安の悪い領地でその腕を振るっていたそうですわね」


 ワタクシの考えを当然読んでいるのだろうシュバルツ夫人の先手を封じるように、ワタクシは言葉を重ねる。

 その言葉を聞き、ついにシュバルツ夫人の笑顔に僅かながら罅が入る。作り物のような上品な笑顔から、僅かに素顔が覗いたような気がしたのよ。


「かのシュバルツ家に仕える執事。それが腕に覚えありというのは不自然なことではありません。有名になると面倒な者を引き寄せますからね。当主様が不在のときでも家を守れる人間を雇うのはおかしなことではないでしょう」

「……そうね」

「ですが、ゼッペルさんの武器は剣……刺突武器ではありません。では、屋敷に深刻な破壊跡を残したのは、いったい誰なんでしょうね?」


 ワタクシは会心の笑みを浮かべ、シュバルツ夫人を見つめる。

 もう、調べはついている。あなたの正体が、いったい何なのかを。そんな意味を込めた視線で。


 シュバルツ夫人はそれでもなお、おっとりとした様子を崩さない。崩さないが……ほんの僅かに、部屋全体の空気が重くなったのを感じる。

 いよいよ、姿を見せてくれるつもりになったのかしら? 婚姻と同時にその姿を消した、一人の英傑の姿をね。

 その疑念を確かめるためにも、ワタクシは最後の一押しをする。ワタクシが家具の疑念から推察した、もっとも重要な答えを。


「罪人領……今では作物の豊かな地として、そして犯罪数がもっとも少ない領として栄える、ジャッジ領。そこには、領地の大改革を成し遂げた、その苛烈な裁きによって伝説と謳われる武闘派令嬢がいたそうです」

「……そうなの。お会いした事は、ないわね」

「でしょうね。レリーナ・シュバルツ夫人。……かつて、レリーナ・ジャッジ男爵令嬢として自ら隊を領主軍を率いた英傑の一人。それがアナタの正体ですもの」


 突如その伝説に幕を引き、そして二度と表舞台に出ることもなくその痕跡の全てを消し去った断罪の英雄。

 風の噂では罪人に返り討ちになって死亡した、魔物に殺された、肩書を捨て野に下ったなどといわれている、一領内でしか知る者は少ないマイナーな英雄。

 その正体こそ、目の前で微笑む夫人の正体。それこそが、ワタクシが出した全ての疑念の結論なのです……!

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