第126話 最終準備
「……そんなものでよろしいのですか?」
「ええ。私が望むのはこれです」
あの記憶の世界での出来事から約2ヶ月。そろそろ出港の日が近づいてきたというところだが、その前に俺は王城の宝物庫を訪れていた。
あの王都動乱での活躍、その褒美としてようやく立ち入りが許されたのだ。ずいぶん遅くなったが、まあようやく王都が落ち着いてきたのだろうとプラスに考えることにする。実際、復興物資の調達と他種族への贈り物で宝物庫も大忙しだったみたいだしな。
まあとにかく、俺も宝物庫の中から好きなものを――常識の範囲内で――くれるという言葉に従い、選んだのだ。
この、古代文字で『人』と刻印されているらしい、手のひらに収まる金属のメダルをな。
「本当によろしいのですか? そのメダルは建国の頃より伝わる由緒あるもの――とされてはいますが、実のところ王族の方々ですら存在すら知らないこともある骨董品ですよ?」
「別に構いませんって。元々欲しいものなんてないですし」
俺は宝物庫管理の責任者である品のいい男性に、再度自分の意思を伝える。
まあ確かに、こんなもん貰っても二束三文だろう。王家秘蔵の品としての歴史的価値を考えればかなりの値がついてもおかしくはないが、こんな誰でも作れそうなショボいメダルじゃまず証明するのが難しい。王家の人間ですら、これは過去にすり替えられた偽物だろうと判断しているくらいだし。
一応由緒ある品ってことになっているから捨てはしない、ってくらいの価値しかないのだ、これには。
「欲がないのですね。本来なら褒賞に関しては無欲は大欲よりも……などと言うべきなのですが、今の国庫のことを考えますと感謝する他ありません」
「え? ええっと……まあ、そういうことで」
何か突然頭下げられてしまったが、俺は曖昧に頷いておく。
ぶっちゃけ、俺本心をそのまま言っただけなのだが。とりあえず工房の経営は順調らしいから金に飛び付く必要はないし、実用性で考えても俺の現在の装備の方が宝物庫のマジックアイテムより強い。と言うか、もっと強いのがあるのならとっくに俺かそうでなくても他の騎士が装備しているだろう。この国に力の出し惜しみをする余裕などないのだ。
つまり、俺には本当にこの宝物庫に欲しいものがないのだ。唯一、このメダルを除いてな。
(今となっては生まれる前の記憶がどこまで信用できるかわかったものじゃないけど、これに関しちゃある程度の裏付けがある。なら、信じてみるしかないよな……)
内心でそんなことを思いながら、俺は宝物庫を後にする。
さて、次にやるべきことは……選定の、最終確認かな。
◆
(冒険者の枠がこのくらい、魔獣軍の枠がこのくらいで、兵士と騎士がこれだけ必要で、船旅に必須の人員がこれだけ。それに姫様のお付きがこれだけで……間違ってないよな?)
俺は『国家プロジェクト:新大陸チーム』に拠点として与えられた、王都内にある屋敷の執務室で数名の文官と顔を突き合わせて会議……というか、最後の確認をしていた。内容は船に乗る人員のチェックだ。
ぶっちゃけ俺がやるよりもこの人らがやった方が千倍くらい確実で早いのだが、この旅の責任者はあくまでも俺。つまり俺が参加して『なにか問題が起きたとしても、その責任は私にあります』というためには参加しないわけにはいかないのである。
「……漏れはないですよね?」
「はい。使用人の一人に至るまで完全な準備が出来ているといえるでしょう」
俺は自分の最終チェックが完了すると、同じ作業を行っていた文官たちに問いかける。
その全員が自信に満ちた顔で頷いているので、本当に不備はないのだろう。やったことは今まで散々いろいろな部署の人間と話し合ったメンバーリストの確認作業でしかないが、万が一にも誤りがあれば洒落にならないからな。
(……しかし、本当にこれでいいのだろうか?)
今更ながら、このメンバーで本当にいいのか不安になる。
戦闘力と言う意味では十分だろう。何せ、俺、メイ、クルークの三人が向かうのだ。これ以上の戦力を持ち出すとこの大陸が心配で夜も眠れなる。
それに、アレス君やチームメンバーを含めた騎士も何人か連れて行く予定だ。その他“四獣”を初めとする、未知を恐れない探究心溢れる冒険者達。これ以上を望むならもう国盗りしてからにしろって話ではある。
じゃあ何が不安なのかと言えば……うん、こいつらだよなぁ……。
「……カーラちゃん、連れてっていいのかな」
ボソッと俺は本音を呟く。だが、小さな声で言ったつもりだったがことのほか部屋に響いたらしく、文官たちは一斉に顔を見合わせるのだった。
「かの魔獣軍の総戦力は、既に英雄級を除く騎士団に匹敵すると謳われるほどです。戦力としては心強いのでは?」
「いやまあ、そうなんですけど……」
「この地に残る魔獣軍の統率が保てるかは不安ですが、氏族会の統率力と忠誠心は相当なものだと評判です。しっかりと命令を残しておけば早々問題は起こらないでしょう」
「いや、それもそうなんですけどね」
カーラ魔獣軍。それはカーラちゃんが気まぐれに散歩に出て、従えて来たその辺の魔物の集まりだ。
しかしなぜかその統率力は高く、今では軍とまで呼ばれている。カーラちゃん本人は何となく響きがいいからそんな名前にしただけだろうが、実際その戦力は侮れない。そもそも人間よりも基礎的に強い魔物だけで構成されているのだから、構成員の一体一体が騎士クラスと言っても過言ではないのだ。
その指揮系統は、集められた各部族の元族長が集まって構成された“氏族会”によって成り立っている。氏族会からの命令が各部族に通達されるピラミッド構造になっているわけだ。
そしてその氏族会の上にカーラちゃんが統括族長として君臨しているわけだが……まあ、あの子は基本的に難しいことには興味を示さないので事実上氏族会が運営者だな。そしてその氏族会のメンバーは全員カーラちゃんと一騎打ちを行い、忠誠を誓った者だけなもんで、唯一の族長命令『人間との争い禁止』を守った規律ある集団となっているわけである。
まあその族長命令を出させたのは俺なわけで、強さが正義な魔物たちも俺に一目置いてくれているみたいなので、無関係と言うわけではないのだが。
さて、そんな魔獣軍だが、今回の遠征にも連れて行くことになっている。
まず統括族長のカーラちゃん、その親衛隊として全10体で構成される氏族会から3体、配下の部族を各100体づつの大所帯だ。
魔物を連れて行くことで他種族たちがどんな反応をするのかは正直賭けだが、こうして共存関係に俺達がなっているのだ。もしかしたら好意的に見られるかもしれないし、そうでなくとも人間が異種族と手を取り合うことのできる種族だと証明する存在になってくれることを期待しているのだ。
そんな理屈で「アタシも行く!」と駄々をこねたカーラちゃんを連れて行くことにした――多分、他の大陸の食事に興味があるだけで、ついでに海の幸を楽しみにしているみたいだ――わけだが、不安はどうしても消えない。
残していく魔獣軍のメンバーは氏族会の元カーラちゃん不在でも問題ないと思うけど、カーラちゃん連れて行ったら……食糧難に陥らないだろうか?
「食料は確か、延べ三か月分積み込んだんでしたよね?」
「ええ。他大陸への距離は魔法でも調べられませんでしたから、今の情勢で集められるだけ集めたところです」
「一人で消費するのなら一生持つ量ですが、人数が人数ですからね」
数は力だが、大所帯になれば当然消費も大きい。正直船に積んだ食料の総額だけで目玉が飛び出て大気圏突破するようなことになっているが、それでも不安が出るのだ。
それ以外のも当然異常な出費があるわけで……まったく、そりゃ戦争は金がかかるなんて言われるわな。別に戦争目的でもなく、ただ移動するだけでこれなんだから。
個人的には、その異常な金額を気軽に右に左にと運用するロクシーや王様に恐怖を覚えるところだが。あの人らの金銭感覚はどうなっているんだろうね本当に。
「魔法の霧がなければもう少し準備が整ったのですがね」
「そればかりは仕方がない。あるものはあるのです。かのグレモリー老ですらお手上げの自然現象ではどうすることもできないでしょう」
文官たちは、準備した物資の日にちからここ数ヶ月俺たちの頭を悩ませてくれた現象について話し出した。
魔法の霧と呼ばれる自然現象。それは海の上に絶えず漂う不思議な霧であり、なんと魔力を通さない性質を持つ。遠距離を調べるタイプの魔法は当然存在しているのだが、その霧に阻まれてついにその先の情報を一切得ることができなかったのだ。
おかげで距離も方角も不明のまま出航するしかない――一応、方角は古い書物で予測できてはいるが――わけで、物資が持つのかは最後まで心配なわけである。まあもしかしたら一月もあればついてしまうかもしれないわけだが……大食漢のカーラちゃん一人でどれだけ消費するのかとっても心配だ。
「まあ、そこは考えても仕方がないでしょう」
「魔法の霧の前までならば少量ですが転移魔法で補給もできますし、杞憂となる可能性のほうが高いのでは?」
「魔法の霧までたどり着いた後は、霧を晴らす方法を探す手筈ですし」
口々に文官たちが俺に気を使っているかのようなセリフを口にする。
実際、全てできる事はした以上、もう後は信じるだけだ。そう言う意味では不安を口にするのは御法度なのだが……当事者たちの前では言えない以上彼らの前でくらい愚痴らせてもらいたい。
とはいえ、そろそろ弱気は捨てるとするか。どうにも剣で斬れない問題には強気に出られんけど、まあ何とかするしかないか。
(いざとなったら海の中に食い物なんていくらでもあるしな……今度は海洋生物が絶滅しないか心配する必要があるけど)
流石に不要な心配だとは思うが……本当によく食うからな、あの子。
吸血鬼はアンデッドだから飲食不要のはずなのに、いったい何故あんなに食うのやら。正体を隠して人に紛れている――その割には無防備で偶に隠蔽の指輪忘れてるけど――くらいだし、吸血鬼にも何か事情があるのかね。
そんなことを思いながらも、俺は事務仕事を続ける。
出航はもう、目の前だ。
◆
「えー、記念すべきこの日をこのような快晴で迎えられたことを――」
数日後、いよいよ出航の日となった。王城の地下に作られた港にはこの旅に参加するメンバーがずらりと並んでおり、圧巻の光景だ。もちろんそれ以外の関係者――貴族のお偉方――もおり、記念すべき日と言うことで一般人からも抽選で見物が許されている。最終的に5000人くらいいるかな。
そんな大勢の前で、俺はチームの責任者として挨拶をしている。正直柄じゃないというか逃げ出したいのだが、そういうわけにもいかないので根性だ。
まあ、奇抜なことを言う必要がないから気楽な事は気楽なんだけどさ。今更人数に圧倒されて緊張ってことも……いや緊張するんだけど、メッチャ心臓バクバクなんだけど、それでもこれからの旅の中で『あ、演説とちった人だ』的な目を向けられないためには頑張るしかないのだ。
「――以上で、私からの挨拶を終了します。ご静聴、ありがとうございました」
俺は丸暗記したスピーチの内容を何とかどもらず言い切り、最後に頭を下げる。同時にパチパチと拍手音が聞こえてきてようやく出番終了だ。
さて、後は船に乗り込んで寝るだけだな。船の上での船頭は当然船長。となりゃあ、俺の仕事は不測の事態だけだ。
「――では、続いて恐れ多くも国王陛下からお言葉を頂きます!」
(っと、次は王様のスピーチか)
俺は如何にも『私は偉いんでございます』といっているようにぽつんと離れた場所に用意された関係者席にすわり、壇上を見る。
参加している組織の一つのトップとして同じ席に座っているカーラちゃんは退屈そうに知恵の輪に挑んでいるが、俺が聞かないわけにはいかないよね、やっぱり。
「諸君。この旅は我が国の、そして人類の歴史に刻まれる大いなる一歩となるであろう。しかし、危険が付きまとうのもまた事実。余は諸君ら勇敢な勇者たちへ、まずは賞賛を送ろう」
王様のスピーチが始まった。
古今東西異世界に至るまで、偉い人の話が長いのは変わらぬ真理だ。さっき同じ壇上でスピーチした人間の思うことではないかもしれないが、長くなるんだろうなぁ……。
「……さて、余がこのまま長々と話してもいいのだが、諸君らのやる気を長話で奪ってしまっては本末転倒。余も嫌われたくはないことであるし、簡潔に話すとしよう」
(あら)
俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、王様は予想外にもありがたい長話をするつもりはなかったらしい。
ありがたいことではあるが……いいのかね?
「諸君らは勇気を持ってこの過酷な旅に参加してくれた。しかしそれでも不安は大きいだろう。そこで、我らが誇る最高戦力の力を今一度確認することで出航セレモニーとしよう!」
(出航セレモニー? 俺は何も聞いていないんだが……?)
急に王様が妙なことを言い出した。俺は何も聞いていないんだが……はて?
旅に同行する最高戦力といえば、メイにクルークに俺。少し落ちてアレス君やカーラちゃん、それに四獣のバンシ辺りになると思うが……
「演目は『英雄VS英雄の海上決戦』だ。無論、あくまでもセレモニーなので両者怪我のないようにお願いするがな」
「海上決戦?」
「出場するのはこの旅のリーダーであるレオンハート・シュバルツ。そして魔法部門におけるリーダーであるクルーク・スチュアートだ。各自各々が瞠目するような、目も覚める戦いを披露して欲しい」
「……へ?」
えーと……今俺の名前が呼ばれた気がするんだが、気のせいだよな?
だって、俺何も聞いてないぞ? クルークだって……あれ? そういや、クルークどこだ? スチュアート家の立場上この席にいないのは仕方がないのだが、一般参加者達の列にも見当たらないぞ?
「それでは皆の衆、これより始めるので気を引き締めてくれ。では……始めよ!」
王様が右手を高々と天に突き上げる。それはどう見ても合図だったが、しかし誰に向けたものなのかはわからない。この会場の誰もが小さくではあるがキョロキョロと辺りを見渡している。
そんな中――突如、地下港の壁から水が噴出してきたのだった。
「み、水だ!」
「まさか壁が壊れたのか!?」
「い、いかん! 急いで避難を! 陛下を――」
ここは地下にある港。当然、海に繋がっている。今も船が浮いているのは海の上なのだ。
そんな場所で水漏れ――そりゃパニックにもなる。冷静になって考えれば水位は港よりも下なので壁から水が出るわけはないのだが、そんなことを考える余裕は普通ないだろう。
流石の冒険者や騎士は動じずに周囲を確認して退路の形成、護衛対象の確保と的確に動いているが、一般の使用人や式典に参加しているだけの貴族は大慌てだな。もちろん一般人枠の参加者も慌てているが、貴族達の動揺っぷりには敵わない。
何せ、貴族連中は我先にと階段へ――一番安全を考えなければならない王族を忘れて――逃げ出そうとしている者もいる。ありゃ、これが終わった後適当な理由つけて処分対象だな。忠誠心ってのは、こう言う場面でこそ試されるものなのだ。
(しかしまあ……クルークの奴、いつの間にこんなことできるようになったんだ?)
俺は水からクルークの魔力を感知しているからこそ慌てず成り行きを見ているが……あいつ、炎専門じゃなかったっけかね?
そんなことを考えている内に、噴出してきた水はこの港全体を包み込み――俺たちを、水中へと引きずりこむのだった。
(……水の世界、か)
俺は水の中に飲まれた直後、この現象の術者であるクルークを探そうと周囲を見渡す。
水の中なのに問題なく目を開けていられるのは、水に飲まれた瞬間空気のある場所にいたからだ。一緒に飲み込まれてきた参加者たちも、息が出来ることを確認して徐々に落ち着きを取り戻している。
だが、それでも慌てるだろう。こんな、ぽつんと陸地があるだけの、絶海の孤島みたいな場所にいきなり放り出されれば。
「……ようこそ、紳士淑女の皆さん。私の作り出したる海上の世界へ」
ふと見れば、広がる海の上に杖を構えて臨戦態勢状態のクルークが浮いていた。
流石は元貴族とでも言うべき優雅な礼を浮遊しながらしているが、相変わらず凄い度胸だな。参加者の中には事情を察して「ワシに恥をかかせおって!」的な激昂の視線を向けている者もいるのに、まったく気にした素振りがないんだから。
「さて、準備は整ったな。ではこれより、この海をイメージした世界にて、旅の総責任者であるレオンハート・シュバルツと同行人であるクルーク・スチュアートによる模擬試合を行う。各自その実力を仲間に示し、必勝の意思を示すがよい」
続けて、王様の宣言が出された。仕掛け人の一人なんだから動揺していなくて当然だが、場の混乱を一瞬で収める覇気のある声だ。年齢を感じさせないってのは、このことを言うのだろう。まあ、混乱させたのはこの人なんだけど。
なんてことよりも……うん。俺、ここで闘うの?
「さあ、我が主人レオンハートよ。上がってきていただこう」
「……あいつ、演技に酔ってるな」
クルークは一族の起こした裏切りにより、その地位と名誉を剥奪され俺の配下となっている。だから『主人』って宣言は決して間違えてはいないのだが、普段からそんな態度はとっていない。というか、取られたら俺が迷惑だ。
しかし、今のクルークは大勢の前で舞台役者のように振舞っているせいか、ノリノリで芝居がかった言葉を口にしている。この流れだと……出ないわけにはいかないんだろうな。
「やれやれ……せめて事前に言っておいてくれよな」
「事前に言ったら態度に出るでしょう? この手のサプライズは、ばれないから価値があるのですよ」
「……へいへい」
いつの間にか俺の近くに来ていたロクシーから、俺の独り言への返答が来た。
……そんなに俺って隠し事下手なのか? 満場一致で当事者にまで秘密にされるレベルで。まあ、隠し事が成功した試しないけど……。
「まあいいか。思えばあいつとまともにやりあうなんてなかったことだし……いっちょ楽しむとするよ」
「やりすぎないでくださいね。これは命がけの旅に出発する者を勇気付け、先日の反乱劇による不安から浮き足立っている貴族達に『我らの力は未だ健在』と示す狙いから行う模擬戦です。ですので本気でやってもらう必要はありますが、これで大怪我されたら本末転倒ですから」
「なに。腕一本もげる程度の怪我なら俺は問題ない」
「あなたを基準に考えてクルーク様が死んだら元も子もないのですが……」
「なーに。あいつだって心配する必要なんてないくらい強いさ。三ヶ月前より更に腕を上げたって肌でビリビリ感じるよ」
心配そうに見るロクシーに短く言葉を残した後、俺は吸血鬼化する。
これで空を飛べるというわけで……さて、楽しもうか。この海上戦――空中戦をよ!
「フフフ。レオン君。キミは僕の上官だけど……遠慮はしなくていいよね?」
「もちろんだ。そんな必要があると思うか?」
「いいやまったく。実力的には僕が挑戦者だ。だから……本気でやらせてもらう。キミ相手なら殺す気でやって丁度いいだろ?」
「殺されたくはないが……せっかくの機会だ。この水の結界空間の秘密も合わせて、一つ教えてもらおうか」
俺は浮いたまま剣を構え、クルークも杖を構える。
やや離れた陸地には王様を初めとする見物人。しかし改めて考えると、本人の同意なしにこれだけの人数を隔離された空間に引っ張ってこれるんだから、恐ろしい魔術師だな本当に。
「――【水術・霧雨】」
(……視界を奪う魔法か? 魔眼対策ってところか)
突如、空から細かい雨が……いや、霧が立ち込めた。
そのせいで極端に視界が悪くなり、すぐ近くのクルークの姿もぼやけてくる。吸血鬼の眼を使って魔力を追えば位置がわからないことはないが、視線が通らないと魔眼系の能力は使えない。元々クルーククラスに効果のある技ではないが……決まればでかいのは事実。手の内を知っている以上、対処されるのは当然――ん?
(何だ? 魔力の波形が……?)
視界に納めたままだった、霧の向こうのクルークの魔力が突然変質し始めた。
魔力と一口に言っても、その種類はいろいろだ。炎だとか水だとか以前に、個人個人によって少しずつ違うのが当然なのである。
だが、その個人としての性質のレベルでクルークの魔力は変化していく。これは……どういうことだ――
「【雷術・雷球】!」
「ぐっ!?」
霧雨によって濡れた身体に、突如電撃が襲い掛かってきた。アンデッドの性質を持つ今の俺に電撃は効きづらいとは言え、その属性の攻撃はまったく警戒していなかっただけに痺れで一瞬動きが止まる。
だが、クルークの攻撃はそこで止まらない。またもや魔力性質が変質し――追撃を仕掛けてくるのだった。
「【氷術・氷結錠】!」
(今度は、氷術か!)
霧から服に染み込んでいる水分が、一瞬で凍結する。さらにその氷はまるで拘束具のように伸びていき、俺の身体の自由を奪っていく。
おいおい……こんな多彩な魔法を使うとか、流石に聞いてないんだけど……。
「どうだい、レオン君。これが僕の、僕の新たな力――合成獣としての能力をフル活用した、新たな戦術さ!」
今もなお霧の奥に隠れて見えないが、クルークの自信に満ちた声が聞こえてくる。
理屈はわからないが……キメラの能力か。結構嫌がっていたような気がするけど、吹っ切れて有効活用することにしたのね。まあ、まさかの炎を含めて四属性の魔法が使えるようになるのなら俺でも気にしないだろうけど。
でも――
「――ハァァァァァァァッ!」
「ッ!? おっと!」
俺は魔力を解放し、氷の拘束具を、そして霧の結界を吹き飛ばす。
確かにクルーク。お前はこの数ヶ月で随分腕を上げたみたいだが……それはこっちも同じってことを、見せてやるぜ?
何気にガチでやるのは初のレオンハートVSクルーク。
見世物だといっているのに初手視界を奪うガチっぷりである。
次回が章の最終話となり、いよいよ大海原へ繰り出します。




