第123話 王女サフィリア
「……姫殿下。本気なのですか?」
「当たり前でしょ? これは私の将来を決める計画なのよ」
レオンハート……かの“英雄”が外に出るのを確認した後、私……僕は姫に話しかけた。
そこにいたのは、先ほどまでの深窓の令嬢ではない。儚げで如何にも庇護欲をそそる可憐な乙女の擬態を脱ぎ捨て、勝気な笑みを浮かべ、腕組みしてふんぞり返る女性だ。
これこそが姫様。普段護衛である王族騎士団――つまり僕たちに見せる、姫様の素の姿だ。
「バーンお兄様には差をつけられちゃってるからね。ここで巻き返すのは必須よ。わかってるわね!」
「は、はいっ!」
「ならいいわ。ああ、それと、ちゃんとレオンハートに喧嘩売ってきたんでしょうね、レイク?」
「も、もちろんであります!」
僕の名前を呼び、やや目を細める姫様。その目に秘められた剣幕に、僕は勢いよくフルヘルムに覆われた顔を縦に振った。
「そう……ならば、私の印象は良好だったのかしらね?」
「そ、そうでありますね……」
僕は個人的な感想は心の内に仕舞い、頷く。
僕が姫様から受けた密命。それは、陛下の使者として名乗りをあげ、騎士レオンハートの元に向かうこと。そして、これでもかと挑発して僕個人の心証を悪くしておくことだ。
こうすることで騎士レオンハートの“貴族”への印象を悪くしておき、その後に『話の分かる心の広い姫』に擬態した姫様が会話することで相対的に印象を良くしておこうという作戦だったのだ。元々一般の騎士から見れば貴族なんて大多数が嫌悪の対象であるという事実もあるし、心理操作としては効果的だろう。
でも、僕個人としては、あの英雄に喧嘩を売るなんてマイナスしかない。だが、姫様の密命に背く方がもっと大きなマイナスだ。
我が家、レインバード家はサフィリア姫様を支持している。姫様が王位に就かれた暁にはそのお力を持って御家の繁栄を約束していただいたため、全力を持って姫様を支えるよう父上や兄上に命じられているのだ。それこそ、僕の命を捨ててでも、と。
(だからって、シュバルツ家の大英雄と成長著しいマキシーム家に喧嘩売るなんて勘弁してくださいよ……なんていえないのが宮仕えの悲しさか……)
英雄シュバルツ。その中でも、歴代トップクラスと呼ばれた大英雄ガーライル……その力を更に超えたと噂される、吸血騎士レオンハート。その人に喧嘩を売るとか、今すぐ土下座しに行きたい気分だ。
そして、それ以上に我が家の秘密をいろいろ握っているマキシーム卿にまで喧嘩売る破目になるのは完全に計算外だった。騎士レオンハートと懇意にしている彼女にも敵意を向けることで僕の印象は最悪に持っていけるだろう。そう思っての行為であり、逆にそうしなければ印象を決定付けることはできなかったはずだ。あの人の評判を聞く限り、自分への悪意にはあまり関心がないみたいだから。
せめてもの救いは、マキシーム卿がこっちの事情を読んだのかすぐに頭を下げられる空気を作ってくれたことくらいか。一瞬目に『アナタも大変ね』って意思が宿った気がするし。
でも、それはマキシーム卿に更なる借りを作ったってことであり、しかも僕個人が返済しなければならないので決して喜ばしいことじゃないんだけど……本気で潰しにかかられるよりは、マシだよね……。
「フフフ……今回の遠征、成功させればその功績は破格よ。歴代の王族のなしてきた偉業と比較しても最上位なのは間違いないわ」
「その通りだと思います」
姫は徐々に未来の成功を夢想し、興奮した声を上げた。
ほかの大陸……書物の中の概念である地に赴き、新たな文化と接触する。もちろん想定される危険は桁違いだが、見事成功させれば得られる利益もまた桁違いだろう。恐らくは、今まで人類が想像もしなかった技術に物資……その他様々な物を手にできるだろうから。
「王位継承に大きく近づくのは確実よ。今はバーンお兄様に一歩譲っているけど、それも今日限りだと思い知らせてやるわ!」
姫の声が徐々に大きくなっていく中、僕ら護衛騎士はただただ頷いておく。
姫様がこんなことをしている理由。それは、王位継承のためだ。
基本的に、貴族の当主継承は長子と決まっている。だが、王族だけは特殊なルールで選ばれることになっている。人類の指導者たるもの、ただ王家に生まれたというだけでその地位についていいわけがない――という理念で。
そのルールとは、実力と実績だ。最終的な次期王の決定権は現王にあり、王が自分の後を任せられると判断するに足る優秀な能力と実績を示した者のみが次代の王となる。
と、これだけ言えばそう珍しい話ではない。王家が特殊なのは、この短い一文を徹底していることだ。
例えば、現王バージウス様はもうお歳だ。本来ならばとっくの昔に引退し、自分の子に全てを託して隠居している年齢だろう。
だと言うのに、王の子供……つまり姫様の父君やそのご兄弟が王位についているということはない。バージウス様には4人の子供がおられるが、その全員が『王となるには不足』と判断され、王位継承権を失っているのだ。
普通に考えて、いくらなんでも厳しすぎる判断だろう。例え基準を満たしていなくとも、候補者の中から一番の者が選ばれるのが至極当然だ。だが、厳格すぎるルールは合格者0人なんて結果も平然と生み出すのだ。
なお、現王族に次代の王に相応しい者はいないと判断なされた場合、王族以外からすら次期王を選定することになっている。本当になりふり構わない実力主義なのだ。
かつてフィール王国と敵対したレイック王国は実力者優遇国家であったと聞いているが、この国はこの国で実力者であることを求められる。実力者を生かす国と、実力者を活かす国の違いと言ったところだろうか。
(現在、王位継承権を残しているのはその4人の子供達……そして、その一人が姫様ってことなんだけども)
当然、王位継承の資格を失っても王族であることに変わりはない。つまり政治に携わる存在であり、自分が認められないのなら自分の子供を王にしようと考えるのは自然な発想だ。
しかし、傀儡に甘んじる人間に次期王の椅子が与えられることはない。だからこそ、候補者達はそれぞれが独自の帝王学を叩き込まれている。
その結果、王族の方々は非常に個性的だ。姫様もその例に漏れず、いろんな意味で特殊な御人である。現在その優秀な才覚と慈悲に満ちた人格によって王位継承権第一位と呼ばれ、次期王の二つ名を持つバーン・フィール殿下を出し抜こうと日々努力しておられるのだ。
僕も立場上協力しているのだが……その、うん。いつもどこか抜けておられるんだよなぁ、姫様は。
「私の話術にレオンハートもメロメロのはず。この勢いで、遠征中にシュバルツの後継者をも手に入れれば私の勝利は確定ね」
(メロメロ……。多分、そうはなってないと思う)
姫様は先ほどの会話で好感度をしっかり稼いだつもりみたいだけど、僕の目から見るとそうとは思えない。とても楽しんでいたようには見えないというか……つくり笑顔全開だったような気がする。
確かにシュバルツの血を取り入れればその力は跳ね上がるだろうし、王族たるもの、文武両道であれの精神から考えても評価点は上がるだろう。事実、過去に王家にシュバルツやクンの血を引き込もうと画策した王族は多いのだ。
僕ら貴族や王族にとって、婚姻や伴侶とは力を強めるための手段。そこに愛だの情だのなんてものは存在しないってのは常識であり、姫様もその例に漏れず一切恋愛感情なんて持っていない騎士レオンハートを自分の夫に据えてその力を利用する気満々なのだ。
だが、英雄って連中の思考回路は貴族や平民の違いなんてものとは根本的に異なっている。
常識が通用しないからこそ英雄って呼ばれるのであり、王侯貴族の計画は一切悪気なくスルーされてきた歴史しかないのである。
どう見ても騎士レオンハートもその例に漏れないようで、姫様の計画は初めから頓挫している気しかしない。可能ならば姫様の側で友好を深め、その伴侶となり王家とのパイプを確固たるものにするのが野望である王族騎士団のメンバーの中には騎士レオンハートに苛立ちを感じている人も多いみたいだけど、どう考えても無駄に終わる気しかしないんだよねぇ……。
「この先のプランも完璧よ。既に約束は取り付けたし、次の機会に私をお忍びデートに誘わせて見せるわ!」
「あの、堂々とお忍びとか言わないでもらえません? 一応、私達はサフィリア様の護衛なのですが……」
「英雄に守られるのよ? ほかに護衛が必要だと思うの?」
「……姫様の仰るとおりです」
姫の断言に、僕らはただ黙って頷くしかない。
僕らの立場を考えて欲しいのだが、姫様はそんなことお構いなしだ。まあ、いつものことだけど。
というか、何故そこまで自信満々なんだろう? 姫様、当たり前だけど王城の最奥で使用人と護衛に囲まれて普段暮らしているから、恋愛経験とかゼロなんだよね。その知識は書物からが精一杯のはずなのに、何故こんなに自信満々なんだろう?
……あ、恋愛の基準がお伽噺なのかもしれないな。それも幼児向けのお話の。
……なんて、今更考えても仕方がないよね。
姫様は間違いなく美貌も才覚も優れた御人なんだけど……超自信家で、しかも妄想癖まであるのだ。本当に優秀な御人であるのは確かなんだけど、自分の欲望を前に出すと途端にポンコツになるんだよね。本当に、公務では優秀なんだけどさ……。
今更乗り換えるとか、そんな忠道に反したことはできないにしても、もうちょっと何とかならないのかなぁ……。
「この旅で次期王に相応しい実績を作り出し、そしてそれに相応しい英雄も手に入れる。私の将来は輝いているわ!」
「姫様、ちょっと声を落として……」
「乗ってきたわよー……ウッシャーッ!」
テンションが上がりきった姫は、姫君にはまったく相応しくない雄雄しい雄たけびを上げた。一度妄想の中に入ると周りが見えなくなるこの悪癖、本当に何とかしてくれないかな……。
優秀な人である事は、間違いないはずなんだけどなぁ……。僕達姫様つきの護衛騎士も旅には同行するんだけど、生きて帰れるのかなぁ。心配だなぁ……。
(交渉役としての御役目だけはきっちり果たしてくださるだろうからそこだけは心配ないんだけど、せめて騎士レオンハートにドン引きされない程度に抑えていただくよう監視するのが僕達の一番の仕事に……なるのかなぁ)
僕は廊下の外にまで響いていそうな姫様の雄たけびの反響音を聞きながら、未来を憂うのだった。
◆
――――時は少し戻る。
「……当面の予定は以上になりますわ、陛下」
「うむ。流石だなマキシーム卿」
ワタクシは王の執務室で、国王バージウス陛下に直接国家プロジェクトの経過報告を行っていた。
このお役目は商人としてではなく貴族としてのものですが、やはり王と直接言葉を交わすのは緊張しますわね。少なくとも、貴族としての地位だけでいえば同じ部屋にいることすらできない天上人ですし。
「……気にならんのかね?」
「あら、何がでしょうか?」
「余の孫娘である姫のことだよ」
ここでやるべきことは終えたと一息ついたところで、陛下から唐突に話題が振られた。
姫……と問われて一瞬誰のことかわからず戸惑いましたが、陛下が外に出る扉へ目を向けたことで理解する。
恐らくは、先ほどそこから退室していったサフィリア姫のことでしょう。
「この一件において交渉役に就かれたのでしたわね。ダレグアン領の内乱未遂を未然に防いだ手腕、聞き及んでおります。姫殿下の能力ならば、問題なくお役目を果たしてくださることでしょう」
「いや、そうではなくてな?」
陛下は珍しく言葉をつまらせた。英雄と呼ばれる超越者の非常識さに困ることはあっても、こうして普通に話されているのにこうも歯切れが悪いのは滅多にない。
陛下は指導者として、常に自信に満ちた態度を求められていらっしゃるのですから。
「その、よいのか? 孫がレオンハートについていっても?」
「特に問題はないでしょう? 能力的にも血筋的にも申し分ないと思いますが?」
「……そなたがいいなら、いいんだがな」
陛下は諦めたようにため息をついた。ワタクシがこの話題に乗るつもりがないと悟ったのでしょう。
実際、意味のない話ですしね。サフィリア姫のことはある程度調べましたが、シュバルツ様をどうにかできるとは思えませんし。
「……どちらかと言えば、陛下にご不満があるようにお見受けいたしましたが、何かあるのでしょうか?」
「うん? ……そんな風に見えるか?」
「はい。恐れながら、普段よりも迷いがあるかと」
「迷い、迷いか。確かにそうかもしれぬな」
陛下は軽く自嘲するように笑い、頷いた。
……やはり、陛下の意思ではないようですわね。サフィリア姫の派遣は。
「ここだけの話だ。よいな」
「畏まりました」
陛下はワタクシに確認をとった後、室内の文官達を下がらせた。
どうやら、あまり公にはしたくない話のようですわね。
「実を言うとな、他種族相手の交渉役、その大任を引き受けるといい出したのはサフィリア本人なのだ」
「自ら立候補したのですか? それはなんとも、豪気ですわね」
「王族の性というやつだ。次代の王を目指すのならば、困難に挑み己の力を示すのは絶対条件だからな」
「王位継承は楽ではありませんものね」
「王を名乗る以上、優れていることが絶対条件だ。高貴な血を引いていようが、それに相応しいものを持たないのなら意味などない。それは間違いではないのだがな……」
陛下は難しい顔をして唸る。どうやら、王家の心得と個人の感情が喧嘩しているようね。
常の陛下なら感情を捨てた判断をなさるでしょうし、実際そうしたのでしょう。でも、決して納得したわけではないといったところかしら?
「ふぅ……。アレはな、些か功を焦るところがあるのだ」
「存じておりますわ」
有名ですからね、サフィリア姫の「最終的に自分だけが損をする体質」は。
もちろん有名とはいっても、王族の情報を集められる人間の間では、ですけど。
先日ダレグアン領で内乱を阻止したときも、本当は領主を不正を理由に脅し、傀儡にしたてることで勢力拡大を狙っていただけだったんでしょうし。何故か悪徳領主を牢屋送りにした後その悪行の尻拭いをする破目になって大損してましたけど。
全てが計画通りに進んでいればサフィリア陣営の影響力は拡大したでしょうに、目立ちたがるから派手にやり過ぎて領主の不正を白日の下に晒してしまうんですもの。おかげで悪徳領主を倒した名声を得ることはできましたが、搾取された領民を見捨てるわけにもいかなくなり、結局その保障をすることになってましたし。
最終的には敵対派閥最大手のバーン王子を巻き添えにしようとして、唯一の報酬となった名声まで二人で分け合うことになり、相対的に損するおまけ付きで。まあ、バーン王子は国民のためならと貯蓄していた資金を迷わず切り崩して支援しただけで、一切悪気も下心もなかったんでしょうけど。
……とにかく、利益を得るためならどんな悪辣なことでも平気でやれる性格はある意味美点ですが、些か詰めが甘いのですよね……あの姫様は。
先ほどの騎士の無礼も、多分あの人の差し金でしょうし。悪者と正義の味方を作るのは人心掌握術の基本のようなものですしね。
対象があらゆる悪意に晒されてなお生き残り、常識の枠組みが当の昔に修復不可能な状態になっているシュバルツ様でなければの話ですけど。
多分、あの程度の悪意……気にもしてないでしょうね。そんなことよりも修行のことを考えていよう、程度にしか思わないタイプですし。
「アレは自分の欲望に走ると妄想が止まらなくなる悪癖がある。仕事である以上大丈夫だとは思うが、この役目には常に死のリスクがあるからな。死ぬのが怖いとは口が裂けても言えないのは王家もシュバルツも同じだが、所詮一般人に毛が生えた程度の武力しかないサフィリアには向いていないのではと思ってな」
「仰ることはもっともですが、それを言ったら誰しもが似たようなものでしょう?」
英雄級ですら命の保証がないのに、そんなことを言っていたら誰も動けない。誰にでもわかることね。
もちろん陛下にも――というよりも、陛下こそが一番わかっているでしょうに。人の頂点として、人類で一番の責任を負いながら人を使う立場なのですから。
「……そんなに御嫌なら、直接命じたらいかがです? 陛下の命令なら誰も断れないでしょうに」
「わかっていて意地悪なことをいうでない」
「あら、これは失礼いたしました」
陛下の冗談じみた苦言に、ワタクシも笑顔で頭を下げる。
……陛下のお気持ちとしては、孫娘を死地へ送りたくはないのでしょう。いくら万全の準備を整えているとはいっても、やはり肉親の情は拭いがたいものでしょうし。
ですが、陛下には本人希望の着任を止める口実がないってことでしょうね。
「この任務は誰が行っても危険だ。それを理由にサフィリアに行くなと言えば、では他の者なら危険に晒されてもよいと宣言するも同じ。この任務の前提条件に身分がある以上、そのようなことを言えば下手をすれば内乱だ」
「ですね」
「孫娘かわいさにそのようなおろかな判断をする王など、誰が許してもこの余が許さん。それに……」
「能力面で否定することも難しい……ですわね。あえて懸念をあげるなら性格面ですが、そんな理由ではそれこそ王家の威信に傷がつきます」
「……そうなのだ」
陛下が再び言葉を詰まらせたため、ワタクシが引き継いで言葉にする。
性格が悪いからダメ――なんて言えば、恥でしかないなんて当たり前のことを。
「まあ、もうどうしようもないでしょう。実際、多少黒い方が交渉役に向いているでしょうし、適任なのでは?」
「やはりそうなるか……」
陛下はやはり納得いかない御様子ですが、なんとかご自分の感情を飲み込んだようですね。
というよりは、こんなこと話す前から全てわかっていたことですし、ワタクシに人払いまでして話したのはただの愚痴だったのでしょうけど。
「……ふん、ところで話を戻すが、サフィリアがレオンハートと同行して本当にいいのか? アレは間違いなくレオンハートを手に入れようとするぞ? 今なら余以外の耳はないことだし、正直に言ってみい?」
「……その話は終わったのでは?」
「余の目は節穴ではない。大勢に聞かせる話ではないが故に先ほどは深く聞かなんだが、今なら問題あるまい? もちろん余も王の名に懸けて他言せんと誓おうぞ」
「……それが本当の狙いだったのですか?」
「フフフ、許せよ。余としても、今後さらに巨大になるだろう組織の長と王家との間に確執を作りたくはないのでな」
……内心、嵌められたとワタクシは声にこそ出さないものの理解する。
陛下が愚痴を言うためにわざわざ人払いしたのだと思っていましたが、こちらが本命でしたか。人生経験ではワタクシなど比較にもならない御方ですし、これは適当に誤魔化すのも難しいでしょうね。
……仕方がない、か。非常に不本意ですが、陛下の命に反発するほどのことでもありませんしね。
「……先ほど申し上げたことは偽りではありません」
「ほう、ではサフィリアがレオンハートを誘惑しても構わないと? 余が言うのも何だが、アレは外見だけなら大陸を見渡してもそう比類する者はいないと思うが?」
「ええ、確かに姫君の美貌はワタクシも認めるところです。ですが――」
ワタクシはここで言葉を切り、髪をかきあげてから自信に満ちた――満ちているように見えるはずの笑みを浮かべる。
そして――
「ワタクシ、自分に自信がありますのでね。例え姫君でも、個人として劣るつもりは全くありませんの」
「……なるほど。ライバルなど存在し得ないということか」
「はい。ですので、何をしようともワタクシから何か言うことはありませんのでご安心を」
傲岸不遜な、いっそ不敬と言われても文句の言えない態度で答える。
ワタクシ、いくら陛下が相手でも、決して自分を貶めるつもりはありませんのよ?
そんなワタクシの心の声を聞き取ったかのように陛下は苦笑し、頷いた。これ以上の問答は無意味だと判断したのでしょう。
……さて、ではそろそろ失礼するとしましょうか。言葉にしなかった真実……レオンハートへの信頼は、胸に秘めたままね。
「では、また会おう」
「はい。では、失礼いたします」
ワタクシは一礼し、ゆっくりと退室する。
そして部屋を出てからそばで待機していた方に、シュバルツ様を呼んでくるようお願いする。
どうせレオンハートを誘惑しようと画策しているのでしょうが、住む世界が違いすぎて空回りしているでしょうし、このくらいで止めさせてあげるのがお互いのためでしょうしね……。
◆
「……やっと、ここに戻ってこれたか」
俺は一人、色々な仕事を片付けてようやく戻れたと一人息を吐く。王城でサフィリア姫の世間話から解放された後、俺はロクシーと共に城から出てようやく自由の身になったのだ。
その後ロクシーから姫との会談についていくつか質問をされたりした――一方的に向こうが喋るだけの精神修行だったので、これといって言えることはなかった――が、そのくらいで本日の業務は終了したのだ。
もっとも、後はゆっくりと寝るだけってわけではない。予定がつまっていたからできなかったが、本当ならすぐにでもやりたかった最重要事項がまだ残っているのだ。
「さて、始めるか」
昼に帰ったときはすぐに出発したから、事実上一月ぶりだな。
これでようやく、俺が本当にやらなきゃいけない事を始められる。あの時からずっと感じている違和感。それを確かめる……そのための戦いをな。
「ウッシッ! やるぞっ!」
俺は自分の頬を両手で叩き、気合を入れる。そして、首から下げた聖騎士の紋章を取り出した。
今俺がいる、シュバルツ家の地下。そこに安置された、英霊の行のための霊碑を前にして――。




