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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
大陸からの旅立ち
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第121話 とある男女の昼下がり

今回からサブタイトル付きです。

活動報告でも上げましたが、今まで投稿した全話にもサブタイつけました。

「二人で歩く、というのも珍しいですわね」

「ま、ロクシーは普段護衛の人と一緒だしな」


 俺は今、ロクシーと二人で並んで町を歩いている。本来の目的が王城に行って地下の港にいる船長への挨拶と言うこともあり、団服を着ているため非常に目立っている気がする。ロクシーはロクシーで、目立つ為に着ていると言わんばかりの宝石で飾り立てたブルジョワ衣装であるため、やはり目立っている。

 要するに、何か恥ずかしい。騎士団の団服――しかも上級騎士腕章をつけている以上俺の素性はすぐにばれることだし、こんな金かかってますとアピールしているような衣服を着ている人間が誰なのかなんてすぐにわかるだろう。別にやましいことがあるわけじゃないからいいんだけど、何か恥ずかしいのだ。


 その感想はロクシーも共有しているものなのか、周囲の目を見てちょっと不機嫌そうにしている。いつもなら『目立つことそれすなわち人生』みたいな生き方をしているとは言え、やはりプライベートまで干渉されるのは嫌なのかな?


「……にしても、何で今日は護衛の人いないんだ? 後ろからこっそりつけてすらいないだろ?」

「ええ。シュバルツ様の屋敷に行くまでは護衛をつけていましたが、到着した後は別の仕事を任せました」

「いいのか? 敵も多いお前がそんな無防備で」


 ロクシーの権力は大きい。貴族としての権威は決して高くはないものの、飛ぶ鳥落とす勢いの商会の全権を握っているって立場が持つ力は強大だ。

 しかし、有名税というものか敵が多いのも事実だ。成功者を妬む者なんてのは世界を跨いでもいるものだし、単純に商売敵として嫌われることもある。誰かが団子を食うって事は、誰かが団子を食えないと言うこと。つまり団子(かね)を食いまくっているマキシーム商会は、団子(かね)を食いそびれた――商売って戦いに負けた連中から恨まれているわけだ。

 まあ、優秀であり恩を売るべきであると判断できるものには救いの手を差し伸べ傘下におさめるロクシーの性格上、敵=無能ってことなんだけどさ。

 それに、敵以上に味方も多い。特に、力ある人間の大半は味方につけている関係上、そうそう敵を脅威に思う必要なんてない女だ。


 だが、それでも戦闘能力的には一般人なのだ。いくらロクシーが頭脳って見地から見て化け物であろうとも、頭脳戦の入る余地のない暴力には何も出来ない。それを熟知しているからこそ常に護衛をつけているのに、何で今日に限って誰もいないんだよ。

 もしいれば、それとなく護衛の人を巻き込んで昼飯の相談とか出来たのに……。


「本日は、護衛など不要と判断しました」

「そりゃまた、なんで?」

「決まっているでしょう? 人類最強と呼んでも過言ではない男が側にいるのです。それ以上の護衛が存在しえますか?」


 俺の内心を知ってか知らずか、俺のことを信じているってストレートな言葉が返ってきた。

 その本心は微笑で固定された表情から読み取る事はできないが、とりあえずそんなことを言われては無様を晒すわけには行かなくなった。男には、命より大切な意地ってものがあるのである。


「……とはいえ、この注目の集め方はよろしくありませんわね」

「そうか? いつもは目立つの大好きじゃないの」

「別に目立ちたいから目立っているわけではありません。ただ優れているから自然と目立つのであり、そして目立つことに利益が発生するからこそやっているのです」


 ロクシーは歩きながらも、周囲からの好奇の視線に苛立ちを零した。

 そんな彼女に俺はからかい気味に答えたが、しかしいつも通りに自信満々な言葉と共に反論されてしまう。その言葉が意味する事はよくわからんが、とりあえず今の状況では目立ってもあまり意味はないってことなのかな?


「……仕方がありません。シュバルツ様。あちらへ」

「え?」


 ロクシーは諦めたかのようにため息を吐き、俺の手を引いて角を曲がった。

 この道は大通りから大きく外れる、裏路地への道。今の王都はいろいろ治安も悪化している――動乱の影響で、よからぬ輩が入り込んでいる――ため、あまり一般人にはお勧めできない場所である。

 もう一月も立っていることだし、動乱直後に比べれば大分ましだろうが、それでも不安はある。俺はそんな意思をロクシーに伝えるが、まったく取り合ってもらえない。とりあえず、人目につかない場所へ――と言うばかりであった。


(何を考えているんだ?)


 若い男女が人目につかない裏路地へ、二人っきりで。当事者でなければ何かを疑ってしまうような状況だ。

 まあ、当事者だからそんな意味合いがないことだけははっきりわかっているけども。


「さて、この辺でいいでしょう」

「いいって、何するつもりだ?」

「これを使います。不本意ながら、町人にあらぬ噂を流されても今は迷惑なだけですからね」


 そういって、ロクシーは服の中から一つの指輪を取り出した。

 その指輪からは僅かに魔力を感じることから、マジックアイテムの類であることがわかる。秘められた効果はさっぱりわからないが――と思っていたら、ロクシーは躊躇なく指輪を右手の人差し指に嵌めた。

 同時に魔力が開放され、込められた魔法が発動される。空間を僅かに歪まされるこの感じは、空術か?


「ワタクシとしたことが、この程度のことを読めなかったのは不覚でしたわね。つい着飾ってしまいましたが、町を歩くのには相応しくありませんでした」


 ロクシーは自分が起こした現象についてまったく触れる気はないらしい。だが、何が起こったのかはもうわかることだった。

 そう、指輪をしている右手にいつの間にか握られている、一枚の外套を見れば。


「……隠者の外套(ハーミットローブ)?」

「ええ。認識阻害の魔法がかけられていますから、これを身につければもう一般人はワタクシを意識することはできません」


 ロクシーの指輪の能力は、別の場所にあったアイテムを瞬時に取り出すものだったらしい。その能力を使って取り出した認識阻害のローブを被ったロクシーは、パッと見怪しい。外出用のドレス、といった感じの服の上から黒い外套をすっぽりとかぶり、フードで顔まで隠しているのだから当然だろう。

 まあ、その効果は確かにあるようだけど。事前に知っているってのもあるけど、俺クラスにはあまり意味が無い。精々ちょっと存在感が薄くなったって程度だ。だが、何も知らない一般人なら問題なく効力を発揮してくれるだろうな。


「では、今度こそまいりましょう。この外套をしていますから、どんな場所でも問題ありませんわ」

「まあ、そうだろうな」


 根が庶民である俺の行動範囲に、ロクシーが……マキシーム商会会長が行くのはよろしくない。主に世間体って意味でな。

 だからこそ俺は悩んでいたわけだが、これで問題は解決したわけだ。この外套の隠蔽を抜けられるほどの看破能力の持ち主がいないわけではないが、今気にすべきなのは一般市民の目だけだからな。要は変な噂を立てられなければいいのだ。

 というわけで、俺とロクシーは再び歩き出した。まずはこの人気のない路地裏を抜けて、表通りに出るべきだろう。






 ……あ、でもその前に、俺の騎士団服を見てあからさまに隠れた、何か嫌な匂いのする連中の方をちょっと見に行ってもいいかな?


……………………

………………

…………


「では、よろしく頼む」

「はっ! お疲れさまです!」


 違法薬物を所持した路地裏の住民――頭を殴られた衝撃で白目を向いている――を衛兵に引渡し、俺は駐在所を後にする。

 結局、ちょっと路地裏の先を見に行ったら、そこにいたのは物流が激しくなっているのをいいことに違法な薬物の取引を行っているチンピラだったのだ。転生丸ではなかったのがせめてもの救い――黒霧の粉と呼ばれる、世間一般に知られる麻薬だった――かもしれないが、どっちにしろ服用すれば頭パーになる危険なものなので問答無用だ。

 鎮圧に5秒ほど、連行には数がいた分ちょっと時間をかけてしまったが、ロクシー怒らせちゃったかな?


「お仕事は済みました?」

「ああ。悪いな、待たせちゃって」

「いえ、問題ありませんわ。この王都の治安が悪化するのはワタクシにとっても不利益。治安回復のための行動に腹を立てるのは筋違いでしょう」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 ロクシーは、先ほど外套を取り出したのとは違う指輪を撫でながらも怒っていないと言ってくれた。

 俺としてはありがたい話だが、ヒジョーにその指輪が気になる。だって、それもマジックアイテムみたいだし。


 なんて思いながら指輪を見ていたら、視線に気がついたらしいロクシーが指輪を嵌めた手を俺の顔の前まで突き出したのだった。


「これが気になりますか?」

「まぁね」

「ご心配なく、危険なものではありません。ただの連絡用魔道具ですわ」

「連絡用?」

「はい。リリス魔法工房が独自に研究していた通信魔道具の最新作ですわ。同種の指輪の持ち主を選択し、離れていても会話ができるものですわね」

「へー……。もうそんなことまで出来るようになったのか」


 前のアイテムは特定の子機にしか繋げなかったのに、もう持ってさえいれば対象を選べるところまで来たのか。それは便利だな。

 まあ、本当は立場上俺がその報告を受けなきゃいけないのだが、丸投げの弊害と言うやつだ。ここ一ヶ月ほど外出していたし、その辺の情報の刷り合わせもしないといけないな……。


 まあそれは置いておいて、そのアイテムでいったい誰と話していたんだ? 何か急用でもできたのだろうか?


「相手は部下ですわ。先ほどの取引の、大本を探れと指示を出しておきました」


 俺の表情を読んだのか、質問する前にロクシーが答えてくれた。


「指示?」

「ええ。麻薬なんてものに手を出すものに慈悲は不要ですが、持ち込む者へは断罪が必要でしょう? どの商会のルートを使っているのか調べさせましたの」

「そりゃ、ありがとうございます」


 普通に騎士団や兵士団の仕事だよねそれ、と思いつつも俺はロクシーに礼を言う。実際、俺たちが調べるよりも遥かに速くて正確だろうから。

 蛇の道は蛇って奴で、復旧作業のための物資輸入ルートを利用しているのならば、それを把握するのは同じ商人こそが相応しい。特に、情報収集専門部隊を抱えているマキシーム商会なら確実だろう。兵士団の情報課はいい顔しないだろうけど……まあ、その辺は何とでもなるさ。


「っと、それじゃ、そろそろメシにしようか。予定外の時間使っちゃったし」

「そうですわね。もうすぐ約束の時刻ですから、手軽に食べられるものにしましょうか」


 ロクシーは懐中時計を取り出すと、少し考えてそんなことをいった。俺もロクシーの後ろに回りこんで時計を見るが、確かに指定時刻までもうあまりないな。

 余計なことしたせいで時間とっちゃったか。これから普通に飯屋に入って料理を待つ時間はなさそうだし、これはもう早さ重視の店に行くしかない。しかも、この駐在所から近い……というよりも、ここから王城までの通り道にあるくらいがベストだな。


 となると……うん、もう仕方がないよね。






「親父、牛肉の串焼きを……味別に全種類くれ」

「はいよ」


 俺は串焼き屋台の親父に注文をする。もうこの際見栄とかその辺のものを分投げ、いつも食ってる昼飯シリーズの一つ、早くてうまくて安い上にボリュームたっぷりと騎士や兵士の間で密かに有名な『串焼きのゲンちゃん』の牛串を。

 せめてもの心遣いとして、好みを選べるよう、ふんだんに用意されている味を全部買う。もちろん俺のおごりだ。どっちが金持ちかって土俵で比べれば本当に勝負にならない差があるとは言え、せめてもの意地だと思ってもらいたい。この『安さが勝負の大衆飯』って看板掲げてもおかしくない店で割り勘とか奢ってとか、そんなことを言えばその瞬間俺の社会人としてのプライドが崩壊する気がするし。


「……あいよ」

「どうも。代金はここに置いていくね」


 俺はつり銭が出ないように予め出しておいた硬貨を店主の手に乗せ、十本ほどの串焼きの乗った皿を片手にロクシーの元に戻る。

 ぶっちゃけ、こんなもん食えるかと嗤われないか激しく不安なのだが……うん、もうどうにでもなりやがれ。


「ありがとうございます。では、ワタクシはシンプルに基本のタレと塩にしましょうか」

「お、おう」


 俺の心配を余所に、ロクシーはなんのためらいも無く皿の上の串焼きを手にして――流石と言うべきか、品のある仕草で――軽く口をつけた。俺みたいなのと比較すると一口が非常に小さいが、それでも確かに食べている。

 そのまま、味わうようにゆっくりと肉を噛みしめている。ロクシーが普段食っている肉とは悪い意味でレベルが違うはずなので、あまり味わわないで欲しいのだが……。


「久しぶりに食べましたが、偶にはいいものですわね」

「え?」

「あら? 意外でしたか? ワタクシがこういったものを食べるのは」


 ロクシーはからかうように笑った。俺は、その笑みに釣られて軽く頭を縦に振る。


「元々、ワタクシは産まれた時から地位と名声にめぐまれていたわけではありませんから。まぁ、それでも領地持ちの貴族家に生まれたわけですし、一般的な基準から言えば十分裕福なんでしょうけど」

「どういうことだ?」

「マキシーム家は今でこそ商売に成功して裕福ですが、先代と先々代の当主――つまりワタクシの父と祖父は揃って無能でしたからね。領民は飢え、ワタクシも世間一般が想像するようなお貴族様の暮らしというやつには縁遠い生活をしていたんですよ」

「……そうなのか」

「貴族として生きるのならば、衣食住に妥協することなどあってはならない。そんな基本すら理解せずに、無意味な投資で散財していましたからね。本当に、()()急な病に二人揃って倒れるのが後少し遅れていたら建て直しなど不可能になっていたでしょう」


 ロクシーは、少し遠い目をしながらも自分の過去を語った。


 貴族――いや、貴族に限らずとも有力者と言うやつはその地位に相応しい暮らしをしなければならない。それは単に贅沢したいという欲望から来るものではなく、ある種の義務に近しいものだ。


 例えばそう、冒険者でもそうだ。

 冒険者の最上位は“四獣”のメンバーだが、彼らが貧相な食事で飢えをしのぎ、薄汚い衣服を身につけて生活していた場合、ほかの冒険者はどう思うだろうか?

 まず間違いなく、自分の未来を不安に感じるだろう。どんなに頑張っても――頂点に上り詰めてもその程度だと諦め、前に進むことをやめてしまうのは間違いない。というか、そもそも冒険者であることを辞めてしまう者がほとんどのはずだ。

 逆に言えば、上位者はそれに相応しい暮らしをすることで下の者のやる気を引き出すことができるということだ。悪く言えば欲を刺激するということだが、欲望こそ人間の原動力と言うべきものなんだしそれを利用するのは当然のことだろう。


 また、信用を得るという意味合いもある。貴族や商家は当然他家との金銭のやり取りが――それも一般市民の生涯賃金くらいの額が――あるわけだが、単純に金が無い家とそんな大金のやり取りができるだろうか?

 いや、できるわけがない。むしろ、下手すれば自分まで巻き込まれて自分まで共倒れって末路が見えてくるだろう。

 そんな風に思われれば、もう大口の取引などできるわけがない。そして大金を動かすことが出来なければ利益も減っていき、やがてはマイナスとなり破産という結末を迎えることになる。そう、ある種の権力者にとって、力を保持していることを示す事は呼吸に等しい重要性があるのだ。


 ロクシーの親は、それを怠った。だから没落していったということなのだろう。


「貧相な食事をし、何度も使いまわした古着を纏い、美術品の一つも飾っていない家に住む。そんな貴族が商人たちの信頼を得られるはずがありません」

「貴族って商売は、金がかかるらしいからな」


 ロクシーはしみじみと当時の自分の家を語る。

 商人からの信用を失った貴族は悲惨なものだ。付き合っても大損するだけだと判断された家がどんな末路を迎えるかなど考えたくもない。

 そして、商人が貴族家と付き合うか否かを決める一つの基準こそが衣食住なのだ。その家に卸している食品の質、衣服の格、美術品の価値――それら全てを商人たちは当然のように把握している。つまり、その家の余力がどの程度なのかを正確に把握しているということだ。

 もちろん、それ以外にも見るべきポイントはいろいろあるが……どちらにせよ、最低限家を維持するだけの力があるのだと外に知らしめることができない貴族はもう貴族ではないということである。

 本当に貴族じゃないのに貴族のような暮らしを望むのは論外だが、立場に見合った財の消費をしないのもまた論外ってことだな。


「本当にもう金貨の一枚も金庫に残っていないのなら質素な暮らしを送るのも当然なんですがね。不要なところにばかり金を使って信頼を失っていくのは愚かの極みと言うべきでしょう。まぁ、つまりワタクシはそんな時代にこのような物をよく食べていたということです。ですので、特に偏見などはないんですよ」

「高級な物に慣れて、もう安物は嫌だって感じにはならないんだ?」

「旨みの種類が違いますからね。ある種懐かしい味ともいえますし、食品部門にも参入している商会の長としては否定することなどできませんよ」

「そう言うもんなのか」


 何となく、ロクシーのイメージがちょっと変わった気がする。意外に庶民的なことでも受け入れるタイプなのか。これならあんまり気にする必要なかったかな。

 俺はロクシーがとらなかった串焼きを食べながらもそんなことを考える。うん、やっぱり先入観って危険なんだな。


 その後、しばらく俺たちはその辺のに腰掛けて無言で串焼きを頬張った。

 別に空気が悪いから黙っているわけではなく、何となく喋らなかっただけだ。でもまあ、こう言う沈黙は、悪くないかもな。


「……こうしていると、昔を思い出しますわね」

「昔?」

「ええ。昔です」


 ふと、ロクシーは優しく微笑んだ。昔、とやらを見ているような目で。


「覚えていますか? シュバルツ様と出合ったときのことを」

「出合ったとき? それは――」


 俺もまた、昔を思い出す。ロクシーと出合った、その日を。

 そう、あの日は――


「……借金の申し込みだったかな?」

「ええ。部下から急な連絡が入って驚いたものですわ。まさかかのシュバルツ家の一人息子が借金の申し込みに来たと言うんですもの」

「……悪かったな」


 俺はちょっとばつが悪くなって顔を背ける。

 別に借金の話は今更なのだが、と言うかもう借金と言うか出資主と言った方がいいようなことになっているのだが、それでも胸を張ることではないだろう。まあ、商人的な感覚で言えば金を都合してもらって利益を出してもらうなんて日常的なことだろうけど、一般庶民である俺からすれば忌諱したいものなのだ。


「別にそんな顔しなくてもよろしいでしょう? 十分利益を出しているんですから」

「……そうなの?」

「ええ。少なくとも、今のリリス魔法工房の技術を運用することで生まれる利益はかなりのものです。当然、そのオーナーであるシュバルツ様の預金に全て入っているはずですよ?」

「あー、その辺のことは全部人に任せてるからなぁ」

「はぁ。その利益の中から研究費を捻出していますからね。その管理計算が面倒なのはわかりますが、せめてお金の出入りくらいは把握してください」

「……はーい」


 俺はとりあえず頭を下げる。

 イヤだってね、俺の人生、金なんて日々の食費と消費アイテム代くらいでいいのだ。上級騎士の給金って、普通の労働者とは比べ物にならないくらい高いわけで、そこから一割出すだけで十分なのだ。普通なら高級な魔道書とかも、工房の試作品とか製品にはできない失敗作の流用で十分だし、魔法薬(ポーション)も同じルートでいいし、魔法道具(マジックアイテム)とかむしろリリス印以外いらないし……。

 あれ、俺の金の消費相手って、本当にリリス魔法工房だけだな。食費以外全部あそこに依存している気がする。

 ……こんど、職員一同に飯でも奢ろうかな? いや、下手に酒席なんて設けて仕事や休息の邪魔をしても悪いから、臨時ボーナスとかのがいいか……?


「ま、その辺のことはまた後日お話しましょう」

「そうだな。……ってあれ? 何の話してたんだっけ?」

「初めて会った時の話でしょう?」

「ああ、そうだったな。あのときは確か、契約を結んで金を借りてから……依頼を受けたんだっけ?」

「ええ。丁度厄介な案件がありましたので、通常よりも条件を良くする代わりにお仕事をお願いしました」

「えっと、あれは確か……山奥の薬草採取だったか? 群生地に魔物が住み着いたから退治して、ついでに摘んできてくれって言う」

「そうですわね。普通の人間には些かハードな案件でした。生憎、当時のワタクシの配下には戦闘能力に長けた者がおりませんでしたし、有力な冒険者とのコネもありませんでしたから」


 俺は昔を思い出しながらロクシーとの出会いを振り返る。

 最初に会ったときは、定期的に依頼を引き受ける代わりに利子をただ同然にするばかりではなく、本来なら上限で借りられない額の金貨を出してくれるとかそんな話をしたのだ。

 当時、俺の望むアイテム製作が可能な環境を作るためにはとにかく金が必要だった。だからこそ、当時はその申し出が天の声のように聞こえたものだったな。


「まだまだ商会としてスタートを切ったばかりであったマキシーム商会としても、随分な冒険でしたわね」

「結果的には成功したけどな」

「ええ。あっさりとワタクシ達が頭を抱えていた問題を解決して、土産の花まで持参なされたんでしたわね。殿方に花を贈られるなど当時は中々ない経験でしたし、新鮮な驚きでしたわ」

「あはは……」


 ……本当はどれが薬草なのかわからず適当にその辺の草花をもいで、町で専門家に鑑定してもらったあと外見がよかったやつをついでに持って行っただけであることは内緒にしておこう。


「覚えていますか? その後、一緒にお食事をしたのを」

「ああ、覚えているよ。飯が喉を通らないような高級店だったし」


 今でも覚えているが、俺一人なら絶対に行かないような高級感溢れる店でステーキを食ったのだ。

 確かに旨かったが、それ以上に値段が気になってイマイチ味が分からなかった。結局そのときはロクシーが『今後の投資です』といって奢ってくれたけどさ。


「こうして二人っきりで食事をするのなんて、あの時以来ではありませんか?」

「そういや……そうだなぁ」


 何だかんだいってロクシーも俺も忙しいし、一緒に飯を食う事は偶にあっても二人っきりということはなかったかもしれない。

 いや、その数少ない二回の内、ロクシーの奢りが高級ステーキで俺の奢りが屋台の串焼きってのは何か引っかかるが……。


「……ご馳走様でした」

「あ、ああ。それじゃ、そろそろ行くか?」


 俺たちはお互いに食べ終わり、そこで話を切り上げる。

 さて、そろそろ城に行って仕事するとしよう。まずは、今後命を預けることになる船長と挨拶しないとな――



(まったく、ワタクシの勘も捨てたものではありませんわね)


 ワタクシは思い出話を切り上げ、次の仕事を考え始めたシュバルツ様の横顔を見ながら改めてそう思う。

 当時のマキシーム商会は、所詮有象無象の一部。貧乏貴族が始めた、よくある弱小商会の一つでしかなかったのよね。

 そんな場所に、なぜか訪れた国の英雄の一族。その力を何とかして利用できないかとしか当時は思っていませんでしたけど、我ながらこんなことになるとは思っていませんでしたわよ。


(ねぇシュバルツ様。あなたには本当にお世話になりました。ワタクシがどれほど感謝しているのか、あなたはご存知ですの?)


 商売人としても、貴族としても、今のワタクシがこの世でもっとも信頼する男。


 それがアナタなのですよ、シュバルツ様。


 出合ったときから随分と時間が経ちました。その間に頼んだ仕事は、助けてもらった回数はもう数えるのも面倒です。

 何度も繰り返したからこそ、もう余人には決してありえないことを思ってしまいますのです。圧倒的な実力と、驕らない魂。そんな、英雄の体現者なんて存在を認めることなんてね。


(ワタクシは人の能力を計算し、“信用”することはよくあります。でもね、シュバルツ様。アナタに任せれば必ず何とかなる――そんな無条件の“信頼”を抱いた相手なんて、アナタだけですのよ)


 ――理由なんていらない。シュバルツ様だから、信じられる。この先何があっても、きっと彼ならば勝ってくれる。

 だから、ワタクシも全力でその道を、背中を支えることができる。そんな男、この国中を見渡してもアナタだけしか知らないのですからね?

 だからこそ、信じますわ。どれほどの危険が、この先に待ち受けていようとも、きっと――


(アナタなら、きっと何とかしてくれますよね? レオンハート――)


 それが、今のワタクシの想いです。

 そんな風に思い、ワタクシはそっと胸に手を当てる。初めて彼が送ってくれた、きっと薬草と間違えて摘んできたのだろう花で作った一枚の御守りを――。

恋愛描写ってこれでいいの?

難しすぎて、とても私が触れていい内容ではない気がして来た……。

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