第118話 褒賞と罰
今章ラスト。
(……暇だな)
戦いが終わり、俺は次の日に眼を覚ました。とは言え、まだまだ一般的医学の見地から絶対安静を厳命されていたために、ベッドの上で暇をもてあますくらいしかやることはないのだが。
(……いや、まあ、やらなきゃいけないことならあるんだけど)
俺は寝転がりながら現実から目を背けるも、しかし逃げていても何も解決しないかとため息を一つ吐いてからベットの隣に置いている机の上に積まれた書類を見る。
これは、この事件の顛末を纏めた報告書だ。正直そういった後処理や事務処理はあまり好きではないのだが、一応騎士団の中でも偉い人である俺にはこれを全て読み、また別に報告書を作成する義務があるのである。
幸いにも、その量自体はあまり多くない。というか、まだ昨日の出来事であり他に仕事も多いため、報告書にできている人間のほうが少ないのだ。最低限の概要だけ纏めましたって感じの物しかないわけだな。
逆に言えば、時間を空ければ空けるほどここに積まれる紙の量が増えていくということなのだが。
(しゃあない、とりあえず読むかぁ……)
俺はここで逃げても未来に試練を残すだけだと覚悟を決め、どうせ暇なのだからとゆっくり一枚一枚目を通していく。
正式な文書というやつは、とにかく読むと疲れる。もっとわかりやすく書いてはダメなのかと思うようなお堅い文章で記されている文章を読み解くだけでも頭が痛くなってくるが、文句を言っても仕方がない。
俺は纏められている報告内容を一つ一つ、とりあえず必要な部分だけを抽出していくのだった。
……………………
…………………
………………
……………
(なるほど、どうやら、思ったよりは大分まともに機能しているみたいだな)
俺は30分ほどかけ、大体読み終えた報告書の内容を頭の中で反復する。想像より大分マシだったなと思いながら。
まず、王都に攻め入っていた暴徒は全て鎮圧されたそうだ。
騎士団の中にすら裏切り者が出たほか、兵士の中からも多数の謀反者が出て指揮系統が目茶目茶になるほどの惨事ではあったが、冒険者が介入することで鎮圧は比較的速く済んだらしい。ガーランドの足止めを担当した者以外にも、ロクシーの指揮下でいろいろ動いていたようだ。
また、自分の意思で反乱に参加していた者も大勢いたのは確かだが、中にはガーランドが持っていた指輪によって洗脳されていた者がいたのも大きかったようだ。ガーランドの死亡とともに――あるいは指輪の破壊とともに――魔法が解除され、正気に戻った者が王都軍に加わったのが大勢を決した要因だったそうだ。ガーランドの死体を調べたところ、指輪が壊れていたそうなので戦闘中にいつの間にか壊れていたんだろう。
もちろん、洗脳された者の中には転生丸の効力によって精神を狂わされていた者も多くおり、また魔物化していたこともあり意味もなく暴れまわる彼らを拘束するのはそれなりに苦労したとのことだが。
とは言え、破壊された町の復興にはやはり時間がかかる。その陣頭指揮を王様とその子供達――つまり王族がとっているそうで、既にあちこち動いているのが外から響いてくる音だけでもわかる。今は職人はもちろん、建築に使える魔法使いや体力自慢の戦士たちも大忙しだろう。
なお、斡旋所からもロクシーが先頭に立って冒険者を動かしている。いい商売になると不謹慎ですがといいつつも笑っていたからな、ロクシーが果物持ってお見舞いに来てくれたときに。
この世界、町や村が破壊される事は珍しくないから、建築資材は常に需要がある。当然マキシーム商会も大量に溜め込んでおり、こういった事態は言いたくないが稼ぎ時らしい。特に最近は冒険者の町を作るため、大量に仕入れていたからな。それを放出して一気に稼げる算段がついているとのことだ。
なんだか知らないけど、最近かなり大きな買い物をしたとか言ってたし、その穴埋めができそうで安心しているってところなんだろう。
その他、自分の意思で裏切った騎士や兵士……“真の誇り”を名乗る犯罪集団の構成員たちも、アレス君達が捕らえた連中を初めとしてかなりの規模で捕縛に成功したようだ。盟主として全てを仕切っていたガーランドと、その裏で組織の掌握を行っていたスチュアート当主が共に倒れたために烏合の衆と化した犯罪者たち……その捕縛はそれほど苦労はなかったようだな。
もっとも、中には逃げ延びている者もおり、そんな連中の大半は厄介な奴、ということになるのだが。特に違法研究や人体改造の技術を持っている輩の多くが個人として優秀な魔術師であり、うまく公権力の手からすり抜けたって情報が気になるところだ。
……まあ、そんな連中もいずれ捕まえることになるだろう。少なくとも大きな後ろ盾であった組織が壊滅した以上、今まで通り活動する事はできないはずだ。何か動こうとすれば、今度こそお縄にしてやるってところだな。
ついでに捕まえた連中だが……かなりの数がおり、全員を裁かなければならないため朝から裁判所が大忙しらしい。
流石に一人一人裁いている余裕もなければ拘留所にスペースもない――現在、一人用の牢獄に5人くらい詰め込んでいるらしい――ので、下っ端構成員は町の復興部隊として強制労働の刑になっているらしい。どっちみち有罪は確定しているのだから、少しでも減刑してもらえるよう精々労働に励むといいだろう。
そして――
「ふむ、あらかた調べ終えたぞ。確かに異常は多々あるが、この場でできる調整はしてやった。本格的にまた施術する必要はあるが、今すぐ命に別状はない」
「ありがとうございます、グレモリー老」
俺は一通り読み終えた報告書を仕舞いつつ、少し離れた場所に置いてあるベッドの様子を横目で見る。ここは王城の医務室なだけあり個人スペースがかなり広いのだが、それでも今の状況で一人一部屋独占するほど図々しくはない。まあ、それでも十分すぎるくらいにスペース使ってるんだけど。
と言うのも、俺と同じ病室で寝ているのはクルークなのだ、と言うことである。どういうことなのかと言えば、俺やクルークは、当の本人である俺の自覚が薄いものの偉い人なのだ。そんな人と同室なんて気が休まらない――と嘆願があったらしく、結果的に一部屋を俺とクルークで使っているということである。
そんなクルークだが、今一人客が来ている。俺も知らない相手ではないというかよく知っている老人――この騒動の中で、知らない内に主犯格の一人であったクルークの父親を討ち取っていたらしいグレモリーのジジイだ。
グレモリーは今、クルークの診察を行っている。産まれた時から埋め込まれていた魔力の強制抽出、全身に施されたキメラ化改造。それらに対応できる医師などいるわけもなく、魔法技術の第一人者であるグレモリーが担当することになったのだ。
グレモリーはふむふむと頷きながらもクルークの身体を調べ、更にどこから持ってきたのかクルークに施された改造実験のレポートなどを物凄いスピードで解析。手のつけようもなかった未知の患者であるクルークにあっさりと「当面の問題はない」などと言ってのけたのだった。
「では、私はこれで席を外そう。お前の家の研究所にいろいろ用があるのでな。私の予想では、そこの資料を精査するのに半日はかかるだろう。それに機材の準備も考えれば……お前の身体を安定させる施術を行うのは、二日ほど後になるだろう。それまでに体力をできる限り戻しておけ」
グレモリーはそれだけ言い残し、クルークの返事も待たずに部屋を出て行った。相変わらず傍若無人な爺さんだ。クルークを見る目が完全に実験動物を見る眼だった気がするし。
そんなグレモリーにクルークはしばらく唖然としていた様子だったが、ふと苦笑いを浮かべた。そして、クルークの様子を俺が伺っていたことに気がついたのか俺の方に振り向き、ゆっくりと口を開くのだった。
「なんと言うか……すごい方だ、グレモリー老は」
「まあ、凄いってのは認める」
グレモリーはスチュアート家当主を消し炭にした際、少々無茶な魔法を使ったらしい。その反動でしばらく動けなかったのだと本人は言っているが、まだ若い俺たちでも戦いのダメージが抜けていないというのに、もうあの通り元気に平常運転だ。
しかもグレモリーは、クルークのことだけではなく転生丸に心身を蝕まれた被害者のことまで面倒を見ると宣言している。転生丸の効果に興味があるってのが正直な理由なのだろうが、あの爺さんがいなければ今回の騒動……どれだけ復興に時間がかかったかわかったものじゃないな。
「まったく擁護するつもりなんてないけど、父があの方に嫉妬したのも頷けるよ。外道に成り果ててまで手にした研究成果も、あの方からすれば半日程度で自分のものにできるっていうんだから」
「……まあ、いろいろ規格外ではあるな」
その無茶苦茶さは、俺もよく知っている。あのジジイの好奇心に振り回されてガキのころどんな目に合わされていたのかを思い出すと……今すぐ復讐したくなるもの。額にラクガキしてやるくらいの奴を。
そんな個人的な感想は飲み込んで、俺はクルークにかける言葉を捜す。何せ、そのグレモリーに実の父親を殺されたわけだしな。父の愛とか情とか、そんなものとは縁遠い人物であったようだが、それでも父を失ったのは事実。その心情がどんなものなのか――なんて、軽々しく口にすることができるわけもない。
とは言え黙っているわけにもいかないので、俺は無難なところから会話を始めることにしたのだった。
「えっと、でも、まあよかったじゃないか。とりあえず、命に別状はないみたいだしさ」
「そうだね。本当に、グレモリー老には感謝しかないよ」
俺の心配をよそに、クルークはただグレモリーへの感謝を口にする。
父親への思いとか、そんなものクルークの中には初めからなかったんだろうか? ……どうも、違う気がするんだけどな。
「……そんな顔、しないでいいよ」
「え?」
「どうせ、父を手にかけたグレモリー老に対して憎しみとか怒りとか、そんなものを抱いているんじゃないかって考えているんだろ?」
「……顔に出てたか?」
「ああ。キミは本当にわかりやすいからね」
俺の内心を言い当てたクルークは、そっと眼を閉じる。
そして日の光が差し込む窓を見ながら――穏やかな声で話すのだった。
「正直に言えば、複雑だよ。複雑に決まっている。今だって、心の中にもやもやとした何かが渦巻いているさ」
「クルーク……」
「僕が父に抱いていた気持ち……それが何だったのか、今になって考えると僕にもわからない。一般的な視点で考えれば、親への愛情でも感じているべきなんだろうね。でも、そんなものがあったとはとても思えない。血の繋がり……なんて、そんなもので補えるような温い仕打ちではなかったと、僕は考えているんだ」
クルークは口を動かすのを一旦とめた。何かを考えているかのように。
今まで語られたのは、ただただ父親への恨みの言葉。しかし、その内容に反してその声色は穏やか。だが同時に、得体の知れない暗さも僅かに感じる……そんな声だ。
そこから考えれば……父親への憎悪を滾らせる何かを思い出しているのだろうか?
「僕が抱えてるもやもやしたもの……その正体は、もしかしたら復讐心なのかもしれないね」
「……それは」
「ああ、勘違いしないでくれ。グレモリー老へのものじゃない。この感情を向ける相手なんて、父以外にはいないさ。……そう、僕はいずれ力をつけ、父を超え、自由を手にするのが夢だった。ただ、その壁と目標を不意に失ったことが、この感情を産んでいるのかもしれないね……」
クルークは、かみ締めるようにそれだけ言って黙ってしまった。
俺も、何かを言う気にはならずに沈黙を守る。どう考えても、これはクルーク自身の問題であり、部外者でしかない俺が口を出すことではないだろうから。
そのまま気まずい雰囲気が病室に流れていったが……そのとき、どたどたと廊下を走る音が聞こえてきたのだった。
「レオン! いるわね?」
「……カーラちゃん? どしたの?」
部屋の中に、扉を破壊する勢いで入ってきたのはカーラちゃんだった。
何か問題でもおきたのかと俺は一瞬身構えるが、カーラちゃんは構わず用件を伝えるのだった。
「人手が足りないから手伝えってロクシーが言ってたわ!」
「……俺、一応怪我人なんだけど」
「魔力が戻れば身体の傷なんてどうにでもなるでしょ? サボってないで働きなさい――って、伝えて欲しいって頼まれたわ」
カーラちゃんは、思いだすように上を見ながらセリフを口にした。ちらりと視線を下げて見れば、何か手にしている。恐らくこの伝言のお駄賃としてお菓子でも貰ったのだろう。
そんな推理をしながらも、俺はどうすべきか考える。
……いや、まあね。俺自身結構なダメージは負ったが……能力の関係上、魔力さえあれば回復できるのだ。
クルークと違って体内に異常が発生したとかそんなこともなく、覚醒融合による後遺症の類も一切ない。非常に疲れる以上のデメリットはないだろうってのが医師の見解だ。
そんなわけで、実のところ俺は十分動ける。人間の基準で考えたら絶対安静の状態だし、そうでなくとも万全の状態に比べたらフラフラだ。精々42.195キロメートルマラソンを完走する程度の体力しか戻ってないだろう。……けど、働こうと思えば働けるんだよねこれが。
だが……一日くらい休ませてくれてもよくないかと俺は思います。
「えっと、後ね……『メイさんはとっくに回復して、復旧作業を手伝ってくれていますわ』って伝えてって言われたわ」
「わかった。すぐに準備しよう」
そんな俺の心の動きは、ロクシーにすっかり読まれていたらしい。俺と同じく最前線で闘っていたメイが、一応人間としての能力しか持たないメイがすでに働いていると言われては……俺も寝ているわけにはいかないだろう。
流石にそれは格好悪いし、なんか負けたみたいで腹が立つ。そんな思いで俺は吸血鬼化し、全身の傷を癒す。同時にガンガン魔力が失われていくが、まあ肉体労働に従事できる程度の回復なら足りるだろう。
「フフフ。それじゃ、頑張ってね。僕は怪我人の特権を行使するから」
「おー、精々養生してくれ」
流石に無理はさせられないクルークを置いて、俺はカーラちゃんとともに病室を出る。
まったく、人使いの荒い友人を持って、俺はとても幸せだよ……。
「ああ、そういえば、もう一つ伝言があったわね」
「ん? なに?」
「アレスが怪我人を助けにいって、そのまま懐かれて困ってたわ。仕事が進まないってね」
「いつものことでしょ。あの子は道を歩けば助けを求めている人に遭遇する天才だからな。この状況下じゃ、三歩歩くたびに事件に遭遇するだろうよ」
その処理はまあ、本人に任せよう。もう一人前なんだし。
そんなことを話しながら、俺は町へと降りていく。
町の復興作業を手伝い、夜になったら家に戻って飯を食う。翌日眼が覚めたら軽く修行して、また復興の手伝いに。
――そんな日常を数日過ごしていたとき、ある日王城から召喚状が届いたのだった。
◆
「賞罰……ですか」
「ああ。此度の一件、一つ間違えればこの王都が落ちていただろう。それを最低限の被害で防いで見せた騎士団並びに“冒険者”一同、そして“カーラ魔獣兵団”の活躍、大義であった」
俺は今、召喚に従い王城謁見の間で膝をついている。
当然、俺の前にいるのは玉座に座る国王陛下だ。もう歳も歳なのであまり無理はさせたくないところだが、こういった式典は王の仕事。未だ玉座を他者に譲っていない以上、頑張ってもらわねばならない。
今この部屋には、俺と王以外にも何人かいる。
まず敵の首領を討ち取ったって扱いになるメイとクルーク。次に大きな貢献をした冒険者の代表として、責任者であるロクシー。そして冒険者と共に戦った魔物たちのボスであるカーラちゃん――本人を連れてくるといろいろ面倒なことになるのは目に見えている上に本人にもまったく興味が無いため――代理人として側近の一人であるゴブリン将軍ことケーがいる。
そのほかにも、親父殿を初めとする騎士団の幹部クラスに多数の文官。そして周囲を取り囲む儀仗兵が控えていた。
「各人への褒美はまた別途用意するとしよう。宝物庫から望みの品を……もちろんどんなものでもとはいかんが、持ち出すことを許可しようと思っている。宝物庫の中に興味を引く物が無かった場合は何か別の物を用意しよう。そのときは望みの物を言ってくれ。今王都は此度の一件から物流が滞っているが故にすぐ用意することは難しいかもしれないが、可能な限り願いを叶えることを約束する」
王は俺たちへの褒美について語った。その言葉に、この場に集まった褒賞を受け取る人間は皆揃って頭を下げた。
俺個人としては、別に何か欲しいものがあるわけではない。もちろん欲しい物――というより必要な物ならいくらでも思いつくが、そう言った物が都合よく宝物庫に収められているなんてことはないだろう。
これはゲームではないのだ。日々魔物と戦い続けているというのに、宝物庫の中に強力な武器防具を眠らせておくなんて愚を犯すほど王族も騎士団も馬鹿ではないのである。
だが、それでも俺は一つだけ宝物庫に用事が合った。これは俺の記憶の中だけの情報であり、確実なものではないのだが――一つだけ、宝物庫の中にあるかも知れない物があるのだ。
その意味を知らねば何の役にも立たないガラクタだが、俺にとっては絶対に回収しなければならないアイテムが。
「――さて、褒美についてはとりあえずそんなものだ。後で宝物庫の中の見学を許すので、そのときに欲しい物があればあれば担当の者に言うがよい。次に――此度の件における、罪について語るとしよう」
王の言葉と共に、謁見の間の空気が一気に重くなったように感じた。
王が語る“罪”について。その内容に激しく心当たりがある人間としては、嫌でも身体が硬くなるというものだ。
「まず、此度の一件は“真の誇り”を名乗る犯罪集団によって引き起こされた反乱である。相違ないか?」
「相違ありませぬ、陛下」
王の隣に控えている宰相が、王の言葉に頷いた。当然、それに文句のあるものなどいないため全員沈黙を持って肯定している。
「ならば、その真の誇りの主格の名が“ガーランド・シュバルツ”であった、という情報に相違ないか?」
「ありませぬ、陛下」
今度王の言葉を肯定したのは、他ならぬ親父殿だ。
王がその事実を知っているのも、親父殿自身の報告によるものだろう。もちろん堂々とガーランドは王都に姿を晒していたわけだから、親父殿が黙っていたとしても王の耳に入っていただろうが。
「ガーランド・シュバルツ……既に我が国の歴史書において、最悪の罪人と記されている男の名だ。よもや死してなお我らに刃を向けるとはな」
王は、本当に小さな声で呟いた。
クルークから聞いた話だと、ガーランドの裏切りによってかつて二つあった人間の国は戦争状態になったらしい。おそらく、そのときのことを言っているのだろう。
「シュバルツ家から出た罪人が引き起こした事件。その解決を見たのもシュバルツ家の手柄であったとは言え、これを捨て置く事はできん」
「当然でございます、陛下」
またもや、親父殿が王に追従した。シュバルツの人間が起こした事件の責任を取れ、という言葉に。
俺としても、それは当然のことだと思う。普通に考えて、犯罪組織を率いて国家転覆を狙ったとか――お家おとり潰しの後一族郎党晒し首くらいになっても文句は言えない罪だろう。
少なくとも、その辺の貴族の家が同じ立場となったのならば遺恨を残さないためにも処刑される。処刑しなければならない案件だ。
これがシュバルツとなると、また話がややこしくなるのだが。
「本来ならば一族全員に罰を与えねばならないところだが、此度の一件においては吸血鬼の王が絡んでいたと聞いている。なれば、シュバルツ全体への罪とするのは少々酷だろうな」
王も俺と同じ思考に当然至っているのか、罰の内容ではなくすぐさま減刑の材料を持ってきた。
そう、シュバルツを家単位で裁くことなどできないのだ。ぶっちゃけ、じゃあ責任とって自害しますとシュバルツが消えてなくなるなんてことになれば――そのまま人の世界が滅びかねないのだから。
いや、一族単位ではなく一人いなくなるだけでも似たようなものだろう。仮に親父殿が引退して山に引きこもったりすれば、騎士団の戦力は半減では済まないのは間違いない。
それに、圧倒的武力を有するシュバルツを怒らせることの愚かさを王は知っているというのもある。単純に、重い罪を言い渡して「だったら逆にお前らをぶち殺してやる」なんて気になられでもしたら、それはそれで詰みなのだ。
しかしシュバルツがいないと国が成り立たないとか、シュバルツが怖いからどんなことでも許すとか、そんなことを言えば王の沽券に関わる。権力から離れているにも関わらず、その気になればシュバルツが王をも自在に動かせるのだ――なんて思われるのはお互いに迷惑ってことだな。
だからこそ、王はシュバルツの罪を罪と認めた上でうまい落とし所へ持って行こうとしているのである――って、事前に今回の会談について予測していたロクシーが言ってた。
なんて思いだしていたら、王の話が大分進んでいたようだ。
どうやら、これから王の沙汰が下るらしいな。
「以上を持って、シュバルツには此度の反乱の主犯を輩出した罪を今後の働きによって償うことを命ずる。具体的には、非常に過酷かつ危険な任務の責任者となってもらう。何か相違あるか?」
「いえ、何もございません」
親父殿の言葉と共に、シュバルツの人間である俺も深く頭を下げる。
結局は今までどおり働けってことなんだろうけど、まあそれで済むならそれでいいんだよな、多分。
「さて、次に……スチュアート家についての裁きに移ろう」
そこでシュバルツについての話は終わり、スチュアートの話への移った。そう、クルークの一族の話だ。
ぶっちゃけた話、ガーランドはシュバルツ出身であるのは事実でも当の昔に死亡扱いになっていた人間だ。今のシュバルツとは本当に無関係と言っても過言ではなかったために王としてもあまり過激なことは言わなかった。
だが、クルークの一族は違う。当主であるクルークの親父さんが自分の意思で犯罪組織の幹部をしていたわけだからな。今回の事件が大きくなった原因の一つである魔薬、転生丸や洗脳魔法を込めた指輪に人体改造の違法研究などなど、研究所を僅か数日調査しただけでも10回は軽く極刑にできる罪の証拠が出てきているらしい。
流石にこれをなあなあで済ます事は王にもできないだろう。曲がりなりにも法を敷いている以上、ここまでやられて見逃してしまってはもう王として――国家として終わりだ。相当厳しい罰を与えなければ、王や俺たちが許しても国民が許さないだろうな。
しかも、スチュアートは元々旧レイック帝国の貴族だったって話だ。初めから忠誠心など欠片もなく、王家の慈悲に縋って好き放題していたって事実が明らかとなった以上、もう信用すら皆無だ。何だかんだいってシュバルツはガーランド以外裏切るようなことはしないって信用があるんだと思うけど、もうスチュアートにそれはないのだろう。よほどの罰を与えなければ、事情をしっている貴族達が黙ってはいないはずだ。
そして何よりも、死亡したスチュアート当主の非道な実験によって、もうスチュアートの血筋はクルーク一人しか残されていないのが大きい。元々フィール王国はシュバルツとクンだけで防衛を担っていたこともあり、今のスチュアートならば切り捨てても問題ないのだ。
だが、それでもクルークだけは守らなければならない。正直スチュアートって家を守る方法などこの場で反乱を起こす以外にはないのだが、クルークだけならばなんとかなるはずだ……!
「恐れながら申し上げます」
「……申してみよ」
俺は王の言葉が途切れるのを待ち、発言する。内容は当然、クルークの減刑嘆願だ。
「スチュアート家に対する罪状に相違ありません。その全てが真実なのでしょう。ですが、ここにいるクルーク・スチュアートはその罪を適用されるべきではない人間です」
「……そのわけを聞こうか?」
王は俺の言葉に快も不快も示さず、ただ続きを促した。
俺はスチュアート家のことはすっぱりと初めから諦め、今も膝をついて黙って話を聞いているクルークのことだけに焦点を当てて話をする。
スチュアート当主によってクルークに施されていた呪いについて、クルークに自由意志がなかったことについて――それを強く主張し、クルークの罪を軽くして欲しいと頼んだのだ。
俺の言葉を聞いて、王は「ふむ」と一言呟いて目を閉じてしまった。その脳内でどのような変化が起きているのかはわからないが、俺は黙って王の結論が出るのを待つ。
これでダメなら後は……力に訴えるしかないか? しかしそれだとお互いに不幸になるだけだし、何とかならないかな……。
「……クルーク・スチュアートよ」
「はっ!」
目を開いた王は、クルークの名を呼んだ。その呼びかけに対して、クルークも顔を上げて応えた。
「余の立場から考えて、お前の罪は決して軽いとは思わない。いかに支配されていたとしても、それでも此度の反乱に加担していた事実は変わらないからな」
「当然の判断です」
クルークは王の厳しい言葉に一切逆らうことなく頷いた。どうやら、どんな結果が出ようとも受け入れる覚悟はできているらしい。
しかしそのまま処刑とか言われるとこっちとしても困るのだ。友人を死なせてたまるかって俺個人の思いもあるし、戦力として考えてもクルークを失うのは大きすぎるのだから。
「まず、スチュアート家についての沙汰を下す。スチュアート家はただ今をもって、貴族の地位を剥奪。並び、その財の全ても没収とする」
王から下されたのは、貴族がもっとも恐れるもの。降格や罰金などとは桁が違う罰である――取り潰しだった。
更に、その財も没収。名目としては慰謝料とか賠償金そんなものだろうが、これで正真正銘無一文ってことになってしまうな。
「そしてクルーク・スチュアート本人への罪であるが……今後の騎士としての献身を持ってその罪を償うこととする。相違ないか?」
「え……?」
スチュアートを壊滅させた後、クルーク本人へ突きつけられた罰はシュバルツへのものと同じだった。
今後の働きで償え。つまり、事実上何もなし――ということだ。もちろんもう騎士を自分の意思でやめるといった事はできなくなるが、騎士として働いていけば何のお咎めもないってことである。
「何か不服か? クルークよ」
「い、いえ。……よろしいのですか?」
「無論、余の決定に不服がある者は出るだろう。通例に乗って考えればその首で償うのが当然といえる話であるからな。よって、もう一つお前には枷をつけることとする」
「枷……ですか?」
「クルーク・スチュアートの身柄をレオンハート・シュバルツ預かりとする。今後、クルークの監視をするのがお前の役目だレオンハート」
「……え?」
ホッとしていたら、なんか名前を呼ばれた。
身柄の預かり? どういうことだ?
「ギシャ。説明してやれ」
「……分かりやすく言えば、今後クルークの一挙手一投足の責任がお前に発生するということだ。そしてクルークはレオンハートの命令に従う義務が発生する。つまり、クルークをお前の部下にする……と言えばわかるか?」
「へ?」
俺がわからないと思っているのを表情から読んだのか、王に促された宰相が簡単に説明してくれた。
だが、説明されてもわからん。いや内容はわかるんだけど、何でそうなるの?
「クルークは英雄級の魔術師。その監督ができるものなど同じ英雄級のお前しかいないだろう。何よりも、自分で減刑嘆願したのだから、その責任を取れと陛下は仰られているのだ」
「は、はぁ……」
俺は宰相の言葉にとりあえず頷いた。よくわからんが、まあクルーク本人に今後反乱の意思なんてないだろうし、別にいいのかな。
「さて、以上でこの場における賞罰に関する話を終えよう……っと、肝心なことを忘れていたな」
王はこれで話を終えようとしたが、そこで何かを思い出したかのように言葉をとめた。
そして、明らかに俺の方を見ながら最後の言葉を告げるのだった。
「シュバルツに与える任務とは、人類史上誰もが成し得ていない超高難易度任務……南の大陸より外へ出立し、異種族との交流を持つことである。シュバルツは一人、この役目の責任者を出すように。以上である」
王は、最後にシュバルツへ与える罰という名の王命を下した。
そう、俺が三年前に願い出て、しかし却下された任務。外の大陸への旅だ……!
ちょっと中途半端なところですが、章としてはここで区切ります。




