第117話 次世代の英雄達
『そろそろ相談は終わったかね?』
「グッ!」
お互いの状況を確認し――そして見事にそれぞれポンコツ状態であることを認識した俺、メイ、クルークの三人。
これは本当にどうしようと頭抱えたくなっていたとき、空からオゲインの楽しそうな声が聞こえてきた。
こいつ、圧倒的に有利な状況を楽しんでいやがるのか? それとも――無駄な抵抗をする有象無象を見て嗤ってやがるのか?
「前に出るのは私だ! 文句はないな!」
動き出した魔獣と化したガーランドの前に、メイが一人で出た。どうやら接近格闘戦であの化け物と戦うつもりらしい。
(メイ一人で大丈夫か? 万全の状態なら心配ないんだけど……どれだけ弱っているかにかかっているか)
メイの言う『使いこなせない技の反動』。それがどれほどのものなのかが勝負のポイントの一つであることは間違いない。
少なくとも、今の魔獣ガーランドは覚醒融合状態の俺より身体能力が高い。それを相手にどこまで迫れるのか――
「【覚醒】!」
と思っていたら、メイの身体が輝きだした。
全身からあふれ出す黄色い魔力と、バチバチ唸る電撃。それは間違いなく、人の限界を超える力――覚醒だった。
「メイ、それ……」
「いつまでも私がお前の後ろで止まっていると思うか? 当然たどり着いたさ、この領域にはな」
人の限界を超える技、覚醒。なるほど、自分自身の肉体を最大の武器にするクン流からすれば、剣を使うシュバルツ流以上に重要な要素だろう。
それでもそう簡単にたどり着けるものじゃないんだが……さすがメイと言ったところか。親父殿のライバルが父親であり指導者なんだから、むしろたどり着いて当然なのかもしれないけど。
というか……なんで若干不機嫌そうな顔なのだろうか?
「……どうかした?」
「いや、なんでもない。ようやく追いついたと思ったら更に次のステージに行かれたことにイラついているなんてこと、断じてない」
「え?」
「断じて、ないからな!」
「あ、はい」
メイはどうやら、俺の背中の翼にいろいろ複雑な念を抱いているらしい。
覚醒融合。覚醒の更に先の領域に俺が行ってしまったことが不満なのか? そんなことを言われても困るって言うかそう簡単に追いつかれてたまるかって話――っと、そんなこと考えている場合じゃないな。
「ハァッ!」
「グルアッ!」
ドスンッ! という非常に重厚感溢れる衝撃音とともに、二人の拳がぶつかった。
片や身長170センチメートル程度の女性、片や軽く3メートルを超えているだろう赤い巨人。その拳の激突は体重で言ってもパワーで言っても、魔獣ガーランドのほうが遥かに上だろう。
当然、次の瞬間訪れる現実はパワー負けしたメイがその拳を潰され、遥か後方へと吹き飛ばされることになる。さっきの俺のように。
圧倒的な身体能力の差。それがまた証明され、事実を叩き付けられることとなるのだ。
――と、誰もが予想する対決だったんだけど……ねぇ?
「……なんで互角なんだ?」
「相変わらず凄いね、ミス・メイは」
メイと魔獣ガーランドはお互いの拳をぶつけ、衝撃波でただでさえ荒れている周囲の土を更に耕しながらも一歩も引いていなかった。
パワーこそがクン流の最大の武器。それは知っているが……クン流が覚醒すると、あの怪物とガチのパワー勝負できるのかよ……。
「どうやら、思ったよりも反動とやらは小さいみたいだね? あんなパワーが引き出せるんだから……」
「いや、メイが万全ならあの体勢で力比べになんてならない。即座に腕を取って首から投げ殺すくらいのことはやっている」
かつて修行に付き合ってもらったとき、何度もそのコンボを食らった俺が言うのだから間違いない。
今メイと魔獣ガーランドは拳をぶつけた体勢で力比べしているが、メイはクン流格闘術の後継者であり達人呼んでもそん色ない技量の持ち主。パワーで押し切れないのなら別の技がいくらでもあるはずだ。それができないということは、やはり繊細な動きはできないのだろう。
とはいえ――
「雷撃を纏う覚醒……元々雷纏でそれに近しい状態になるのが基本スタイルだったけど、組み合っているだけでダメージだな」
メイが覚醒と共に纏った雷は、魔獣ガーランドを今も蝕んでいる。メイに触れているだけで電撃に襲われるのだ。
魔獣と化したガーランドはアンデッドである吸血鬼の特性を強く表に出している。そのせいで普通の生物よりも電撃にはかなり強いはずだが、まったく効いていないってことはないはずだ。少なくとも俺は痛い。
これは、予想以上にいけるのではないだろうか……?
『……娘、人間にしてはやるな』
「フン、世辞など、いらんっ!」
オゲインは素直にメイの力に感心したような声をかけたが、当の本人は不機嫌な様子だった。
まあ、クン流にとってパワーだけは絶対に負けたくない分野だ。その分野で互角――ってのは、メイからすると偉業でもなんでもなく、むしろ敗北感を抱かされるものなのだろう。
続けて魔獣ガーランドは空いている手で殴りかかってくるが、メイはその拳を横から叩くようにして逸らす。そのまま二人は、拳をぶつけ合わせたままで格闘戦を始めるのだった。
だが――
(やっぱり、分が悪いか……)
メイは見事に魔獣ガーランドの攻撃を捌いているが、攻撃には出られていない。防戦一方だ。動きの一つ一つに僅かな後れがあるせいで、攻撃まで手が回っていない。やはり全身に痛みが残っているのだろう。
あの速度の攻撃に対応しているだけで十分人外なのだが、やはり何とか援護する必要があるみたいだな。
「……さて、あまりのんびり見ているほど余裕はないだろうね。僕も行くとしようか」
「行くって……お前、魔力残っているのか?」
俺と同じ結論に達したのか、クルークは杖を構えて一歩前に出た。そんな男に、俺は尋ねる。大丈夫なのかと。
自慢じゃないが、俺にもう戦う力はほとんど残っていない。覚醒融合を保ったままだから、辛うじて嵐龍からの魔力で意識を繋いでいるような状態だ。恐らくあと一撃、あと一撃繰り出すのが精一杯ってところだろう。
疲労度で言えば、クルークも俺と大して変わらないはずだ。産まれた時から自分を縛っていた魔力を無理やり剥がした直後――むしろ、今すぐ精密検査をした方がいいって状態なんだからな。
しかしクルークは、そんな俺に対してむしろ強気な笑顔を向けるのだった。
「なに、確かに僕はボロボロだ。正直なところ、今自分の身体がどうなっているのか自分でもよくわからないよ。でも――僕は、キミのおかげで救われたんだ。だったら、その恩は返さないとね」
「おい……」
「シュバルツからするとあまり関心のない話だろうけど、貴族にとって恩を返さないってのは生き死にに関わる大事件なんだよ。僕はキミに人生を救われた。その恩を返すためなら――どんな無茶でもするさ」
クルークは、真剣な表情でそういいきった。
確かに恩は返すべきだと思うが、俺としてはそんな気にすることではないと思っている。むしろ結果的に俺は覚醒融合にたどり着いたわけで、そのきっかけをくれたんだからそれでもういいよって言いたくなるくらいの話だ。
しかしクルークにとってはそうではないようで、吸血鬼の眼からすればボロボロの身体に鞭打って全身の魔力を高ぶらせていくのだった。
「【モード・合成獣】」
「え」
クルークの身体が、変化していく。一見すると外見的に大きく変化しているわけではないが、こと身体作りの専門家である俺にはよくわかる。
全身の筋肉が、神経が、細胞が――その全てが、人間から別の何かに変化しているのだ。
「人間改造の実験体である僕は、体内に無数の魔物の因子を持っている。知っているだろう?」
「いや、でも……」
「その因子を自分の魔力で支配し、コントロールすれば……キミの吸血鬼の力と似たような機能を持たせることができるのさ。肉体を鍛えているわけではない僕にはできない、覚醒と似たような効果を持たせることもね」
クルークはなんでもないことのように言っているが、その負担は計り知れないはずだ。
何せ、体内の異質な魔力で自分の肉体を改造するってのは俺の方が遥かに親しんだ力の使い方だ。その強さもリスクも、そして負担も身体で知っている。その、尋常じゃない負担の酷さをな。
(一時的にとは言え、人間止めるんだ。その負担が軽いわけがない……!)
俺はもう、吸血鬼化にはすっかり慣れてしまっているから大して負担は感じない。というか、その程度の疲労、大した事無いさと笑い飛ばせるように時間をかけて修行したのだ。
しかしクルークは違う。いつキメラとして改造されたのかはわからないが、そう昔の話ではないはずだ。それはイマイチなじんでいない魔力を見ればわかる。
つまり、その身体への負担は甚大だと簡単に予想できる。それを今の状態で使うってのは……危険だよな、どう考えても。
「……止めないでくれよ?」
「なに?」
「僕は今まで、生きてこなかった。三大武家の一人だとか、上級騎士だとか、人類の希望だとは言われて来たけど……そこに僕の意思はない。全て命令の上で、父の手のひらの上で踊った結果の称号でしかなかった」
「それでも、お前の歩んできた道に変わりはないと思うけど?」
クルークのどこか達観したような言葉に、俺は素直な気持ちで答える。
人間、どんな風に生きたって他人の影響を受けるものだ。人の敷いたレールの上を歩くのは嫌だーなんてよく聞くが、別の道を選んだところで結局誰かが引いたレールがあるものだと俺は思っている。本当に誰も歩んだことの無い道を進んでいる奴なんて、歴史を振り返ってもそう数はないと思うくらいにな。
本当に重要なのは、人の敷いたレールの上を歩いたかどうかではない。その道をどんな風に歩いたのかだと俺は思う。他人の整備した道の上だろうが、その道を破壊して自分のものに変えてしまえば何も問題はない――ってな。
「……レオン君なら、そういうのかもね。キミもシュバルツって家の子として生まれ、英雄としての定められた道を歩いてきた人間だ。ある意味、僕と同じように産まれた時から用意された英雄って道を歩んできたんだろう」
「まあ、そうかな?」
少なくとも、俺がシュバルツの人間として産まれていなければ今の人生を歩んでいることはないだろう。
それ以前に、レオンハート・シュバルツって重過ぎる道の上に生まれているわけだけども……。
「しかし、キミはそれに後悔がない。だからこそ、そんな言葉を口にできるんだろう」
「いや、割と後悔することも多いよ?」
例えば今とかな。お互いに凄い形相で力比べしているメイと魔獣ガーランドを見ていると、ああなんであんな怪物と肩を並べて命張らなきゃいけないんだと心の底から思う。本当に、この人生ハードモードすぎないかと魂の底から思う。
「後悔しているのかい? でも、仮に世界の時間が戻ったとして――キミは今と違う人生、選ぶかい?」
「え?」
「キミが今まで救ってきた命、奪ってきた命……それらに背を向けて、もっと楽な人生を選ぶのかい?」
「それは……選ばないな」
とりあえず、俺がいろいろ放棄するのは絶対にダメだ。俺の責任で背負いきれる罪を軽く超えた死者がでる。というか世界滅ぶ。
そんなことを考えてなお、それでも俺は楽な人生送るんだーなんて滅びの時まで遊び人やれるかって言えば、まあそんな度胸ないわなぁ……。
「それが答えさ。僕なら、時間が戻せるのなら一からやり直したいと思っている。それが僕の人生だ。でも――」
クルークは全身に炎を纏った。その眼光は鋭く、魔獣ガーランドを射殺さんばかりの力強さを感じさせる。
そこに迷いはない。覚悟を決めた男――その言葉の体現者と言っても過言ではない戦士が、俺の目の前にいるのだった。
「今から僕は、後悔の無い人生を歩む。これは、その最初の一歩だ!」
「クルーク!」
炎の噴射を利用しているかのように、クルークは宙を舞った。
そのとき――
『その力、さぞや長い時間を費やし手にしたのだろう。眷属の素体として、これ以上ないものになりそうだな?』
クルークの飛翔と同時に、オゲインの上機嫌な声が聞こえてきたのだった。
すると、次の瞬間魔獣ガーランドの周囲に黒い塊が幾つも浮かび上がった。あれは……闇属性の魔力だ。
『【闇術・黒の球体】。パワーだけなら拮抗しているが、魔法にまで追いつけるかな?』
黒い球体は宙を自在に舞い、メイに向かって飛んでくる。
闇属性の魔力の特徴は、生命の破壊だ。触れるだけで生命を蝕む効果があり、あれを受ければ全身に強烈な痛みと無力感が襲ってくることだろう。
そうなれば、メイと魔獣ガーランドの均衡は崩れる。しかし、メイに組み合った状態での魔法への対抗策などあるはずもない。メイは正真正銘、拳のみで戦うタイプなのだ。
このままでは、メイはやられる。それでもメイの顔に恐怖や絶望は一切ないが、何とかしなければ危ないのは確かだ。
そんな時、空を舞う炎の魔人が動くのだった。
「そんな小細工、僕が許さないよ。むしろ――魔法で痛みを受けるのは、お前だ!」
クルークが一喝する。遥か遠くから魔法を発動させた、吸血鬼の王に向かって。
次に繰り出されるのは無数の炎術。キメラとして多種類の魔力を持っているからこそできる、魔法の同時発動。それにより、一人で業火の弾幕を形成するのだった。
「ミス・メイには当てないから安心してくれ! 【上位炎術・無限炎矢】!」
「フン、当たったところで――私は問題ない!」
『……まったく、元気な人間もいたものだ』
一瞬にして、メイと魔獣ガーランドは炎に包まれる。
しかし無数に飛ぶ炎の矢は全てメイを素通りし、魔獣ガーランドとその周囲から放たれる魔法だけを焼いている。あの数の炎の魔法を全て、本当に一つの漏れもなく制御しているからこそできる神技だ。
魔法という分野に置いて、クルークは俺なんかでは決してたどり着けない領域にいる。それを実感させるかの様な光景であり、こちらをどこからか観察するオゲインですら感心するかのような声を上げるほどであった。
「まったく……あいつら、本当に身体ガタガタなのか? 涼しい顔して無茶しやがって……英雄って奴は、どうしてあんなに無茶が好きなんだろうな?」
……今一瞬、誰かが「お前が言うな」と言った気がするが、きっと気のせいだな。俺はもっとスマートに戦っている……はずだ。
とにかく、肉体の限界を無視し、全力の更に上の力をメイもクルークも見せている。
その苛烈さは、あの魔獣ガーランドを確かに押さえ込んでいる。単純なパワーはメイが、魔法的な攻撃はクルークが完全に押さえ込んでいるのだ。
あんな光景を見せられて、いつまでもボーっと立っているわけにはいかないだろう。ここは一つ、最後の一振りに賭けてみるとするかな――!
(俺に残されている力は、精々最後の一振りくらい。ならば――それで仕留めればいい!)
俺一人ならば、どうしようもなかっただろう。俺にはもう敵の攻撃を避ける力も受ける力も残っていないし、こっちの攻撃を当てるだけの余裕もない。
だが、今ならばいける。敵を止めるメイと、魔法を止めるクルーク。この二人がいるのならば、俺は最後の力の残りカス全てを一刀に込めることができる!
(使う技は、シンプルなものを選ぶべきだ。もう嵐龍閃のような大魔力を要求する技は使えない。ならば、純粋な剣技がベスト)
俺は自分にできる技の中から、最適なものを選び出す。
目指すのは、純粋にして最強の斬撃。全力を、最後の一太刀に込められる技――
「クルーク、メイ。……行くぞ」
「そうか、ならば、私も行こう!」
「僕も、合わせるよ!」
俺たちは自然と、お互いの意思を言葉なくして共有した。それぞれが持てる、今撃てる最強の一撃。それを、同時にぶつけてやろうとな。
「フンッ!」
メイは大きく足を上げ、魔獣ガーランドの腹に蹴りを突き刺す。威力を重視した蹴り方ではなく、相手を押し飛ばす目的の蹴り方だ。
それによって、魔獣ガーランドの巨体は吹き飛ばされる。本来ならあの巨体でも相手を星にできるような威力なのだろうが、それでも数メートル飛ばされる程度で踏ん張っているのは流石と言ったところか。
もっとも、数メートルあれば十分だがな。
「【加速法】――」
「【加力法】――」
「【合成獣特殊技能・魔力集約】――」
俺は加速法によるスピード強化を、メイは加力法によるパワー強化を、そしてクルークは体内のキメラとしての魔力を一点に集約することで、一撃の威力を極限まで高めようとする。
対して、魔獣ガーランドもまた己の危機を悟ったのか、着地と同時に全身の力を振り絞るため足を半歩下げた。
さあ、最後の勝負と行こうか――
「【刃輪舞――」
「【絶招剛拳――」
「【最上位炎術――」
俺が放つのは、加速状態で連撃を叩き込む刃輪舞の変形。恐らく、それが俺にできる最強の一撃だろう。
メイの構えは、クン流の奥義である極正拳。その威力は以前俺が食らったのとは桁が違うこと間違いなし。
クルークが唱えるのは、キメラとしての魔力を統合した大魔力の一撃。全身から炎の魔力を噴出する様は、まるで炎の化身だ。
それぞれの技は、自画自賛も入るが人類最高峰の極大攻撃だ。これ一発で城くらい落とせんじゃないかって思えるほどの、人類に向けちゃいけない人類の必殺技だ。
この三つの奥義を向けられた魔獣ガーランドは、静かに腰を落とした。それと同時に、あの巨体が縮んでいくのがわかる。
全身の筋肉を収縮させ、力を蓄えているのだ。外見からもそれがわかるほどの規模で――
『命を賭けた最後の攻防か。その覚悟を我が称えよう。さあ、我が傀儡とどちらが上かな――』
オゲインの言葉が耳に入ってくる。だが、もうその内容について考えるような余裕、俺にはない。
限界まで高めた速度に乗り、俺は駆けているのだ。今の俺の眼に入るのは、ただ敵の姿のみだ――
『行け、偽・終末撃』
「バァッ!」
自分の身体を武器そのものとしているかのような、全身魔力強化。膨大な闇の魔力を纏った突進攻撃が、前に出る俺とメイに迫る。
さあ、ガチンコだ――!
「ゼェェェェィッ!」
「ハァァァァァッ!」
タイミングを合わせたこともあり、メイの拳と俺の剣は同時に魔獣ガーランドに迫る。更に、空の上から炎の塊まで降ってきた。
だが、魔獣ガーランドの全身の魔力は俺たちの攻撃を受け止めかねない力強さを感じさせる。しかしもうこれ以上戦う力などない以上、ここで決めなきゃ命もないのは言うまでもない。
そう、迷いを捨て、高速の一刀に全てをかけるのだ。俺が狙うべきは――
「――極みの一】!!」
腕だ!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
一瞬で百を超える斬撃を放つ刃輪舞。その力をただ一撃に、一度の攻撃に集中させる。つまり限界まで速い剣速を追求したってだけなのだが、俺にできる精一杯がこれだ。
その剣は魔獣ガーランドの突進を大きく追い越し、見事奴の右腕を肩から斬りおとす。同時に、膨大な闇の魔力も纏めて吹き飛ばす。
今の俺の身体でトドメを持っていく主役みたいな欲は張らない。求めるのは繋ぐこと。敵の防御の要でもある利き腕を落とし、そして突進に使われた魔力を弾き飛ばすことだ。
「――極正雷拳】!」
腕と魔力を失ったことで防御が潰された魔獣ガーランドは、続けてメイの雷を纏った正拳の直撃を受けた。
極正拳はクン流の奥義。無数にある“拳の技法”を一つにまとめ、一撃に込める技。その威力は一切の無駄なく敵に叩き込まれ、あらゆる防御を崩して潰す。必殺の拳である。
その一撃は、そのまま魔獣ガーランドの腹を抉り貫き、大穴を空けたのだった。
「――不死鳥降下】!」
攻撃を打ち込むとともに俺とメイが離脱したところで、追撃としてクルークの全力炎術が叩き込まれる。
巨大な鳥を象った炎が、魔獣ガーランドを包み込んだのだ。当然それはただの炎ではなく、魔法の効果により通常ではありえない破壊力を有している。
炎に包まれ、苦しむ魔獣ガーランド。腹には穴が空き、肩からダラダラと大量の血が噴出し、一瞬で蒸発する。
これで俺たちの持てる力の全てはぶつけた。これで倒れなきゃ、もう後は泣くしかないんだけどな……。
『……見事』
「あ、あん?」
俺は攻撃の後、本当に立っている力すらなくなり倒れこんだ。もう心臓動かすのも辛い。
見たところ、メイやクルークも似たような状態だ。流石に倒れ伏してはいないが、膝をついて座り込んでいる。
そんな俺たちに、オゲインから小さな賞賛がかけられた。まったく嬉しくないけどな。
『正直なところ、ここまでやるとは思っていなかった。この場は我も手を引かざるを得ないらしい』
オゲインの敗北宣言。それと同時に。魔獣ガ―ランドが前のめりに倒れこんだ。
その巨体は見る見る内にしぼんで行き、ガーランド本来の身体へと戻っていく。丁度あわせるように炎も消えていき、文字通り満身創痍の――死体と呼んでも過言ではない姿で現れたのだった。
「なん、だ? これでおしまいなのか?」
『ああ。ここから更に我の手勢を送り込んでもよいのだが……流石に無粋だろう。我の望みは果たせなかったが、代わりによいものを見させてもらった。その功績に免じて、我はこの場から引くことにしよう』
「勝手な、野郎だ……」
俺はオゲインに悪態をつくが、気にも留めていないのか次の瞬間にはその気配を消した。どうやら通信魔法を切断したらしい。
ひとまず、戦いは終わったのだろう。俺はそれをようやく確信し、ゆっくりと瞼を閉じていく。このまま寝たら一生目が覚めないような気がするが、多分大丈夫だ。王都の方からこの戦いを察知した人間の気配を感じるから、その内救助されるだろう。
俺はそれを信じて、そのまま意識を手放すのだった……。
◆
(……まさか、こんな結末になるとはな)
全身から漂う死臭。焼かれ、斬られ、撃たれた俺の身体。
はっきりと感じる、死。本来ならば20年以上前に訪れるべきだったものがゆっくりと俺の魂を連れ去ろうとしているのを感じる。
俺はそんな感覚に身を委ねる。敗者は死ぬ。その当然の掟に、今度こそ従うだけだ。
「……兄上」
「……ガーライル、か」
そんな俺に、誰かの影がかかった。
もはや俺の眼は機能しておらず、それが誰なのか一瞬わからなかった。声を聞いてようやく我が弟、ガーライル・シュバルツだと気がついたのだった。
「……酷い姿ですな」
「まあ、な。俺の予定にはなかったこと、だ」
ガーライルは、恐らくレオンハートとその仲間の救援に来たのだろう。あれだけ痛めつけたというのに、この短時間で回復するのは流石と言っておこう。
そこで偶々、ボロ雑巾になった俺を見つけたといったところか。
「……兄上、その傷――」
「――治してやる、などと言うなよ? 俺はこの結果を受け入れているのだ」
俺の喉はやはり、使い物にならない。自分でははっきりと喋っているつもりなのだが、ほとんどヒューヒューと音が漏れている中に僅かな言葉が混ざっている程度だろう。ガーライルのように聴覚にも優れたものでなければ聞き取れないほどのな。
そんな声であるが、俺ははっきり言う。この状態から俺を救う手段があるとは思えないが、あってもするなと。俺は、このまま死ぬとな。
「……育っていたのだな、次の世代は」
「……ええ。おかげで、私は安心していますよ」
その話はそこで終わりだと、俺は残る力を振り絞って最後に言いたいことを言う。ガーライルも文句を言わずに乗ってくれた。
ムカつく弟であるが、最後の最後で感謝しよう。おかげで、心残りなくいけそうだ。
「レオンハートに、伝えておけ。俺を殺したのだから――人類の未来を、なんとしてでも背負えとな」
「……確かに、伝えましょう」
俺は人類を救うため、この計画を実行した。それを阻止したのだから、後はレオンハートの仕事だ。
その言葉で俺の言いたい事は全て言い終わった。後は、眠るとしよう……。
「……さらばです。兄上」
ガーライルの言葉を聞きながら――俺は今度こそ、二度と目覚めない眠りにつくのだった――。
次で今章最後の予定です。




