第115話 決着、そして……
ちょっと短いです。
「首の紋章が、融合対象だというのか……?」
レオンハートに似た男、自称歴史の矛盾を前にして、俺は空を飛びながらも唖然となる。
俺の感覚が正しければ、この男はすでに覚醒融合を行っている。状況的にレオンハート以外がいるはずもない空の戦場に現れたときからそうなのだろうとは思いつつも確証が得られなかったが、もう間違いない。
目の前に居るのは覚醒融合によって変化したレオンハートなのだ。聖騎士の紋章と融合するなど想像したこともないが故にどうなっているのか皆目見当がつかないが、もうそう考えるしかないだろう。
だが――
(……明らかに人格が変わっているのだが、いったいどういう理屈だ?)
覚醒融合は魔力を内在する道具と自らの魔力を同調させ、力を増幅する技術。力の増大から多少興奮状態になるくらいのことはあるが、人格が変わるほどの変化はないはずだ。
もしかしたら投与した転生丸と支配の指輪の影響なのかとも考えられるが、想像の域を出ない。そもそも武器防具以外の魔道具と融合すること自体初めての経験であるし、人が覚醒融合に至った場合のテストケースが俺とレオンハートしかいないのだからどうしようもない。外の世界で出合った戦士達ならばいるが、人間とは根本が違いすぎて比較対象にはなりえないだろう。
……つまりわからんのだが、それでも無理やり考えるのならば……やはり聖騎士の紋章か?
「聖騎士の紋章……まさか、英霊の行か?」
「……考えても仕方がない、さ!」
「クッ!」
歴史の矛盾は再び攻め込んできた。当然俺も対処するが、先ほどの八王剣と自爆技の影響でやや動きが鈍っているのを感じる。
聖騎士の紋章はシュバルツに伝わる特殊な魔道具であり、最後の試練とも言われる英霊の行のための鍵。しかしそれ自体には大した魔力など宿っていないはずであり、少なくとも武器である華厳と融合した俺よりもその強化率は低いはずだ。
それなのにこれほどの強さとは……本当に、異常なまでの戦闘センスの持ち主と驚嘆せざるを得ない。全ての動きが理屈ではない的確さでこちらの隙を突き、攻撃を受け流している。これは反射神経や気影洞察だけでは説明がつかない、天性のものだろう。
肉体の性能的には上回っている、この俺を追い込むほどのな。
(これほどの技術がレオンハートにあるはずがない。確かに奴も若いなりに努力しかなりの高みにいるが、これはその次元を遥かに超えている。いったいどういうことだ……!)
こちらの剣を最小限の力で受け流し、そのまま斬りつけてくる。剣舞のお手本のような動きであり、理想ともいえる戦いだ。
この俺を相手にそんな真似ができる者など今まで見た事がない。俺以上の力の持ち主など人の世界にいるわけもないというのに、俺の速さに慣れているかのような落ち着きで対処される。
俺クラスの戦士との戦闘経験を積むことなど、英霊の行くらいだろう。しかし……この若さで英霊の行をものにしているというのか? シュバルツ最大最凶の試練とされる――あの地獄の修練を。
「……いや、ありえん」
「何が?」
「ヌゥ!?」
容赦ない首狙いの突きを回避しながら俺は自分の考えを否定する。
あれはそんな簡単なものではないし、そもそもこの急激なパワーアップの説明にはならない。やはり、こうして人格が変わっている理由の方を考えるのが一番の近道だろう。
10を超える気影を相手にしながら考え事をするのは少々骨だが、その程度で参るほど俺も弱くはない。秘密を解き明かせば俺が更なる進化を果たすきっかけになりえるかもしれないのだ。これは放棄していい疑問ではない。
(聖騎士の紋章は英霊の行を行うための鍵。ならば、そこにこのパワーアップの秘密があるのではないか?)
英霊の行は歴代シュバルツの記録と戦うことができるというもの。記憶であるために肉体は全盛期以上の性能をもっているのにも関わらず、経験は死の間際まで――聖騎士の紋章を手放す瞬間まで有しているという反則みたいな状態で現れる。
ならば、今のレオンハートはその記憶という可能性はないだろうか? 紋章の中の魂が覚醒融合によりレオンハートを操っている可能性はないだろうか……?
「【勇光斬】!」
「チッ! 【特殊技能・残像気影】!」
高速でその場を移動しつつ、気影だけをその場に残すことで相手の感覚を騙し、離脱する技。それによって歴史の矛盾の剣撃を回避する。
と同時に、やはりこの仮説も違うかと心の中で首を横に振る。英霊の行で呼び出される過去の英雄は、聖騎士の紋章だけでは召喚できないのだから。
(聖騎士の紋章はあくまでも鍵。そこに自分の魂を移しつつ“シュバルツの人間である”ことをシュバルツ家地下にある霊碑に認めさせるためのアイテムだからな)
英霊の行の原理は俺にもよくわからないが、確かこんな感じだったはずだ。
まず、英雄の記憶を残しているのは紋章ではなく霊碑。当主のみがもつ“大聖騎士の紋章”内に蓄えられた持ち主の記憶は、当主死亡とともに霊碑に宿る。その霊碑に記憶が残るほど身につけた聖騎士の紋章を持つシュバルツが触れることで英霊の行を執り行う幻術空間に招かれるのだ。
つまり、聖騎士の紋章だけでは歴代シュバルツの魂を呼ぶ事はできない。シュバルツ家地下の霊碑が本体であり、紋章は中の英雄と会うための鍵でしかないのだ。
「紋章と融合し、中の記憶を呼び出せたとしても……そこにあるのは精々自分の記憶のみ。何の変化もおきるはずもない」
そもそもいくら血族とは言え、他者の記憶でしかない。そんなものが身体を操ってこれほど見事な戦いができるとも思えない。
なにせ、記憶は所詮記憶なので学習し、成長することがないからな。こちらは何度も繰り返し戦うことで相手の癖を学び、学習する。しかし記憶の当主たちはこちらの技から学習するようなことはない。だからこそ英霊の行は辛うじて突破可能なのであり、自分以外の身体を使った戦い方など学べるわけがないのだ。
それこそ、自分と完全に同じ肉体を持った別人の記憶が宿っていた――なんてことでも無い限り妄想の域を出ん説だな。
「ハッ!」
「おっと!」
ようやく歴史の矛盾のリズムが掴めて来た。上段の斬撃と合わせて飛んできた下段蹴り――に見せかけた踏み込みからの肘を回避し、歴史の矛盾の気影を絞り込む。
元々身体能力ではこちらが上なのだ。ならば、こうして動きを読めば自ずと――グッ!?
「【加速法・瞬】」
「がはっ!?」
ほんの一瞬、一瞬だけ加速することで防御をすり抜けられた。
スキルの発動技術もまた一流か。一撃入れられるまでその素振りを気づかせもしないとは……ええい!
「【加速法】!」
俺も加速法を発動し、歴史の矛盾を追う。こうなれば直接捕まえ、そのまま両断してくれる――!
「そろそろ……かな」
「なに?」
「僕も長くは表に出ていられないんだよ。本当は、存在しない人間なんだからさ」
加速状態で突っ込む俺を再び一瞬だけ加速することで回避しつつ、歴史の矛盾は小さく呟いた。
いったい何を……ッ!?
「個人的な恨みはまあ、それなりには晴らしたし……後は任せようかな」
「……?」
「最後に一撃、入れてからね!」
なにやら神妙な雰囲気を出した瞬間、歴史の矛盾の身体が光へと変わった。
膨大な光の魔力を放出したことによる錯覚――?
「【奥義・光化竜星】――――!」
「ぐおぉぉぉぉぉ! 舐めるなぁぁぁぁぁ!」
光と化した歴史の矛盾は、加速状態であるにも関わらず俺の先手をとり体当たりを仕掛けてきた。
これはスピード強化の技なのか、今の俺にすら回避させない鋭さを秘めていた。光に包まれ、俺は空の戦場から引きずり降ろされる。
そう、体当たりの衝撃にこそ耐えてはいるが、そのまま上から押し込まれる形で地上へと落ちているのだ――
「クアッ!」
「グオッ!?」
斜めに落ちたため、俺達が落下したのは王都から少し外れた平野だった。高高度から超スピードで膨大な魔力の塊が落ちた衝撃で周囲一帯が吹き飛び、もう平野ではなく爆心地のようになっているが……ともあれ、その衝撃は大きい。脳を揺らされたのか、視界が歪んでいるほどだ。
覚醒融合により強靭な肉体を手にしていたからこそ『ダメージが大きい』で済んでいるが、普通なら肉塊に変わっていてもおかしくはない突撃だったな……?
「ぐおぉぉ……。い、いったい何が起きたんだ……?」
「……レオンハートか?」
クラクラする視界の中で敵――歴史の矛盾を探すと、そこにいたのはレオンハート本人であった。
腰まで伸びていた髪の毛は元の短髪に戻っており、雰囲気も先ほどまでの透き通った水面を見るかのような完全さを感じさせるものではなく、明らかに動揺している普通の人間を感じさせる。
どうやら、元に戻ったらしいな……。
「……ん? あれ……?」
レオンハートはこちらに気がついたのか、自分の状況を確認しつつも手にした剣を握り締める。
どうやら、疑問は棚上げにしてとりあえず戦う準備を整えたらしいな。まったく、混乱しているのはこちらだというのに……。
「な、何が起きたのかは知らないが――え」
勢いよく立ち上がり、剣を構えるレオンハート。だが、その瞬間その身体が震えた。
小刻みに震え、足元がおぼつかないようだな。まるでそう、一日の訓練を終えた新米のような有様なのだ。
「グ……ググ……!」
「痛……どうした? 随分苦しそうだな?」
レオンハートの全身の筋肉が震えている。どうやら全身の痛みに必死に耐えているらしいな。
俺自身も今のダメージでかなり痛んでいるが、どうもそういった様子ではない。そう、あの感じは……筋肉痛だな。
「覚醒融合はそれなりに無茶な技だ。その反動が来たのか?」
覚醒自体、人間の肉体には耐え難い負担を強いる技だ。融合自体は本来ではありえない大量の魔力を消費する疲労を除けばむしろ身体を補強してくれる技術であり、肉体的な負担は軽減されるはずなのだが……初めてらしい奴の融合ならばある程度の反動は仕方がないのか?
まあ、いずれにしても……もう終わらせるとしよう!
「先ほどまでのお前は脅威だった……。その技術はもはや人間の領域を超え、そして人外の領域すら超える未知のもの。天才などという言葉では括れない異端者のものだった。だが、今のお前ならばもう何もあるまい。強大なパワーも、異次元の技術も、そして覚醒融合も失った今のお前ではな……」
華厳を振り、今も立ち尽くすレオンハートへと俺はゆっくり近づく。
レオンハートはもはや覚醒融合も解除され、覚醒すら行っていない。対して俺は未だ覚醒融合を維持しており、もはやその差は歴然と言える。
今までの戦いは全く予測できないものであり、非常に楽しいものだったが……終わりはいつだってあっけないもの――
「――デリャッ!」
「ッ!?」
完全に勝負は終わったと思い、最低限の警戒とともに近づいていたそのとき、突如レオンハートが動き出した。
剣を一閃。やったことはただそれだけ。それだけなのだが……その動きは、まるで歴史の矛盾と同等の鋭さを秘めていたのだ!
(あ、危なかった。あと一瞬反応が遅れていたらかなりのダメージだったな……!)
「ハッ! ダリャリャリャリャデリァッ!!」
「クッ! なんと……!」
連撃に次ぐ連撃。その動きの見事さは、どう考えても全身の痛みで痙攣していた男のものではない。
外見が変わっただけで、中身は歴史の矛盾のままなのか? そう思うほかないほどの鋭さに、能力値で圧倒的に上回っているはずの俺がまさかの防戦を強いられることとなった。
「は、ははは……! 気に、いらねぇな!」
「何がだ!」
だというのに、なぜかレオンハートは動きながらも不満を口にした。
コレほどまでの、剣士ならば誰もが憧れるほどの動きを体現しながらも、一体何が不満だと言うのか。
全く分からないが、しかしレオンハートは止まらなかった。
「この全身の痛み――まるで、ヨチヨチ歩きの赤ん坊扱いされてる気分だよ!」
「何の、話だ!」
多少のダメージは覚悟の上で、前に出るほかないか。そう決断し一歩を踏み出してみれば、その足を払われ体勢を崩される。
本当に、全てが見えているかのような動きだな。気影を読むだけならこちらが優勢であるはずなのに、直前で動きが切り替わる。やりづらいな……。
「喰らいつけ――【嵐龍牙】!」
「ム……痛っ!」
レオンハートの剣を華厳で受け止めたとき、俺の両腕から血が噴出した。どうやら、斬られたらしいな。
刃状の風を刀身から放ち、防御をすり抜けて斬り裂く技か。中々優秀じゃないか。
そう、敵ながら天晴れと褒めたくなるような、な。
「ハァッ!」
「ッ!?」
魔力波を放ち、強引にレオンハートを弾き飛ばす。
一旦体勢を整え、息を吐く。この長い戦いも――これで終わりだと確信しながらな。
「見事な戦いだった。消える前の蝋燭の火のような美しさすら感じる動きだった……だが!」
全身の魔力を漲らせる。完全なる全力――融合した華厳、そして俺自身の魔力を完全解放し、剣を突きつける。
そう、最初からそれだけでよかった。はじめの変化のような膨大な魔力によるごり押しは流石に無理であったし、そもそもこちらに力を使わせないよう巧みに動いた歴史の矛盾にもやりづらかったのは事実。
だが、今のレオンハートならばこれでいい。根本的なパワーに決定的な差がある以上、これだけはどうしようもないのだ。
圧倒的な魔力に任せた、力押しの突撃技だけはな――
「【加速法】発動。そして、これぞ真なる融合の極地――【華厳大突破】!」
水の竜人と化している全身から水の魔力を放ち、真っ直ぐ突撃する。
強大な力を前にしたとき、それと同等の力がなければ防ぐことなど叶わない。回避することもできなくはないが、加速状態の俺から逃げる術などあるはずがない。
圧倒的速度、威力を兼ね備えた原点の一撃――今のお前に、防ぐ術などあるはずがないのだ!
あるのならば、見せてみろ――
「すぅぅぅぅ……」
レオンハートは、俺の剣を前にして大きく息を吸った。それは死への覚悟を決めているのか、それとも……
「ハァァァァァッ!」
「ムウッ!」
レオンハートも俺と同じく、全身から膨大な魔力を放った。
そして、その身を変化させる。背中から竜と血の翼を放つ、覚醒融合へと――
「舐めるなよ。限界を超える無茶なんざ、日常のことなんだよ――」
「フ……それでいい!」
レオンハートが俺の剣を前に選んだ選択肢は、単純明快。より大きな力で受け止める、であった。
フラフラの身体のどこにあったのかという魔力を滾らせ、再び覚醒融合にいたるレオンハート。どうやらコツは完全に掴んだらしいな。
さあ、どちらが強いか決めるとしようか――
「ググググィ……!」
「ヌアァァァ……!」
レオンハートの水、風、光、闇の四属性が混ざり合った、暴力的な魔力の嵐。
俺の水の魔力を極限まで高めた、極みに至る魔力の嵐。
その二つがぶつかり、拮抗する。なるほどなるほど……この俺と、拮抗するのか……?
「その程度ならば……このまま殺すぞレオンハート!」
「うぅ……!」
お前は、俺の志を否定した。人の世界の正しい形は一部の強者が多くの弱者を従え、利用することであるという意思を。
弱者は永遠に弱者である以上、有効活用される道具であるべきなのだ。強者が道具のように使われ、その力を無駄使いしているような現状など愚の骨頂である。
その考えを否定するのならば、見せてみるがいい。俺の意思を超える、お前の力をな――!
「……力じゃ、勝てないか……!」
「どうした。諦めるつもりか!」
レオンハートは、小さく呟いた。徐々に力を増していく俺を前に、力比べでは勝てないのだと。
だが、俺が聞きたいのはそんな弱音ではない。弱音では、ないのだ――!
「諦める? 生憎だが、そんな言葉――俺の辞書からはとっくに、常識と限界って言葉とともに破り捨てられているんだよぉ!」
「ぬぉ!?」
「【聖剣術・吸光剣】!」
「ッ!?」
レオンハートの剣に秘められた魔力が、光の力を強めた。
すると――俺の剣から放たれる魔力が、徐々にレオンハートの剣に移っていく。魔力が、奪われていくのだ――!
「絶対にできないと思ってた技だけど、今ならできる。光と闇の、覚醒融合って奴に至った今ならな――!」
水の魔力を浄化し、光に変える。その後覚醒融合の能力である『同属性の吸収』により、自分の力にしてしまう。
同じ覚醒融合に至ったものの魔力は吸収できない。だからこそお互いに水の属性を持ちながらも吸収できなかったのだが、俺のものではない光に変えることで奪い取るか。
まったく、強引で――実に俺の血族らしい技ではないか……
「ぶっとべ――【逆襲の光】!」
俺の視界は、徐々に力を強める光の中への飲み込まれていくのだった……。




